たまには、ハードに(涙) 大晦日の伏見稲荷山頂「一の峰」詣での巻


それは、2018年12月31日(大みそか)のこと・・・

ハートメイツのメンバーたちと、総勢37名(!)もの大部隊で、
商売繁盛の神様の代表格・「伏見稲荷大社」を訪れ、
なんと、山頂の「一の峰」まで、登山・参詣してきましたよ!!


\(◎o◎)/

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 ここが、伏見稲荷大社の玄関である、そびえ立つ立派な「楼門」(ろうもん)。

「いざ、山頂へ!!」 ( `ー´)ノ

 私の進軍ラッパが高らかに鳴り響いて、総勢37名が、ゾロゾロと門をくぐります・・・




 ほかの神社ならば、狛犬(こまいぬ)が出迎えてくれるのですが・・・

 ここ伏見稲荷大社では、なぜか「きつね」が、神様の使い。

 見てくださいよ、この、威厳に満ちた表情を!

 間違いなく、日本一、いや、世界一、威厳に満ちた「きつね」たち。


 夜道で、こんなに厳しそうな「きつね」たちに、囲まれて、にらまれたら・・・

 とっさに、「ご、ごめんなさ〜い!!」と、日頃の行いの悪さを、謝ってしまいそうですよね(笑)。




 楼門には、早くも、初詣客に向けた、行列案内が掲げてありますね。

 楼門の屋内には、どなたか、平安時代の貴族か神官のような御方が、鎮座なさっているのが見えます。




 外拝殿に目を向けると、そこには・・・

 酒好きの御方には、たまらない光景が!!(笑)




 外拝殿の横を抜けて、本殿へと向かいます。

 さすがに、「大みそかの昼間」にお詣りする日本人は少ないのですが、外国人観光客の方々が、たくさん・・・(日本人ならば、深夜か翌日まで待って、「新年の初詣で」のために訪れますからね)




 これが、本殿・・・伏見稲荷大社は、もともと、五穀豊穣(ごこくほうじょう)の神様ですから、本物の稲穂(いなほ)が、立派に飾られていますよ。(いつの間にか、「商売繁盛」の御利益の方が、有名になってしまいましたが・・・笑)




 本殿を、左手に回り込み、石段を上がって右折すると、便利な「境内案内図」が立っています。

 ところが、この案内図が、くせ者・・・

 全体像を無理して詰め込んでいるので、図の下方の縮尺と、上方の縮尺とが、ずいぶん異なっているのです。そのため、図の下方の縮尺イメージのままで、上方の山頂巡りの所要時間を推察し、「これなら、短時間で登れて、楽に一周して降りて来られそうだぞ!」と判断してしまうと、大変なことに!!

 実際には、図で推察する所要時間の、3倍は必要になります・・・ (>ω<。)




 やがて、たどり着いたのが、名物「千本鳥居」の入口。

 私の進軍ラッパが、再び高らかに響き渡って、総員突入!!

(人でビッシリ埋まって動けず、「突撃」は不可能なので、「突入」としておきますね)




 周囲を見ると、外国人の方々ばかり・・・
(黒髪の方々も、会話する言葉から判断すると、ほとんどは日本人ではなく、アジア系の外国人観光客です)




 「千本鳥居」と呼ばれますが、実際には、千本をはるかに上回る数とのこと!

 外国人の方々にとっては、まさに、異次元空間!!




 やがて、「奥社奉拝所」に到着すると、「きつね」の顔の「絵馬」・・・じゃなかった、「絵狐」が、たくさん奉納されていますよ。(元は眉毛だけが書いてあるので、あとは各自で、何でも自由に書き込めるのです)




 こんなものでも、ずいぶん、個性や美的センスの差が、現れるものですねぇ・・・

 ちなみに、裏側には、住所・氏名とお願い事を書いておくのですが・・・プライバシーの保護に、めっちゃウルサイ時代になっても、この一角だけは、めっちゃ無防備のまま(笑)。なにしろ、神様が厳しく見張ってくださっているため、情報を悪用するわけにはいきませんからね。




 この場所まで来ると、「どうする? まだ登る気なの?」なんて、真顔で相談し始めるグループが、たくさん出現中(笑)。




 「よし、まだ登ってみるぞ!」と、意を決した人々だけが、さらに進軍。




 子供連れのファミリー客は、どんどん脱落・・・

 登っているのは、1人客と、カップルが中心になってきましたよ。




 人が減ると、いい雰囲気が、漂ってきましたよねぇ・・・




 さて、ここから先が、石段が続く、本物の「試練の山道」に・・・

 特に、「ある真剣な覚悟」が、必要になるのです・・・

 なぜなら、「ここから先に、トイレはありません」と、ハッキリ、警告してあるのですから!!

 
\(゚o゚;)/

 ちなみに、山頂までの所要時間でいえば、まだ、3分の1くらいしか登っておりません(涙)。

 この先、果てしなく続きそうな石段の下で、スマホを開いて地図を確認しながら、いよいよ、「どうする〜?」と、苦笑いで思案中の人々・・・




 意を決して、しばらく石段を登ると、そこに突然、立派なお店が出現!




 それは、かの有名な、「熊鷹社」(くまたかしゃ)の前でした!!

 ここは、勝負事の「必勝祈願」の神様として、全国から参詣者が訪れます。

 私も、伏見稲荷大社に参詣する際には、たいてい、この「熊鷹社」まで詣でて、下山するんですよ。

(とはいえ、何かの「必勝」を祈願したいわけではなく、ただ単に、「この神社の雰囲気が大好きで、しかも、引き返すには最適な場所にあるから」というのが、その理由ですが・・・)




 この由緒正しいお店では、奉納する鳥居を、購入できますよ。ご覧のように、大きさによって値段が異なるのですが、最小サイズで三千五百円、最大サイズで一万二千円ですから、大きいサイズを購入する方が、かなりお得となっております。

 その他にも、奉納に適した品々が、色々と並んでいますから、「どれにしようかな」と、選ぶのも楽しみ!




 熊鷹社での参詣を終え、社を一周してから、さらなる高みへと進軍。

 ますます、人が減ってきましたねぇ・・・




 あえぎながら、しばらく登ると、またしても絶妙な場所に、嬉しいお店が出現!

(どこかの国からおいでになった美女も、さすがに腰に手を当てて、しんどそうな表情・・・)




 思わず一服してみたくなる、素敵な品々が、取り揃えてありますよ。




 ただし、食べ物がある場所には、その「おこぼれ」を目当てに、イノシシたちも出現!!




 イノシシに注意しながら(笑)、しばらく登ると、急に視界が開けましたよ。

 向こうに見えるのは、京都の市街地よりも南方に広がる、鳥羽・伏見エリア・・・かつて、戊辰戦争で、「鳥羽・伏見の戦い」が繰り広げられた地域であり、今でも、「ここで新選組隊長の近藤勇が銃撃され・・・」などと、様々な石碑や説明版が立っています。

 また、その昔、お椀の船に乗った「一寸法師」の上陸地点として名が残る、「城南宮」も、このあたり。




 さらに登って、分岐点である「四ツ辻」を、「三ノ峰」方面へ右折する頃になると・・・

 ご覧の通り、登山者の足取りも、見るからに重くなって、しんどそう・・・ (>_<)




 足の重さがピークになった頃、ようやく到着したのが、「三ノ峰」に鎮座する、「白菊大神」。この神社を「下之社」(しものやしろ)として、これから「中之社」を経て、「上之社」へと順に登っていく、最後の登頂コースに入ります。






 三ノ峰の「下社」(白菊大神)を後にして、二ノ峰へ!

 ほとんど、人がいなくなってきましたよ・・・




 あえぎながら登り、意識が薄まってきた頃、「二ノ峰」に到着。




 ここまで来れば、山頂(一ノ峰)までは、あと五分!

 しかし、この最後の5分が、きつかった・・・ (>ω<。)




 ちなみに、「二ノ峰」に鎮座しているのは、「中之社」と呼ばれる、「青木大神」。




 青木大神の向かいには、またまた、嬉しいお店があり・・・




 青木大神に参詣する際にお供えする、神様の好物3点セット(お酒、海苔、とろろ昆布)が、売られています。(これらを目の前にお供えして参詣し、お祈りした後は、自宅に持ち帰るのがマナーとのこと)




 このお店では、かわいいトートバッグも、販売されていますよ(1500円)。

 写真の左側では、「TORII」(鳥居)が売られていますが・・・私が、英国(ロンドン)に住んでいた頃の記憶によると、この綴りでは、英国人は「トォゥラァィアィ」と読んでしまうはず・・・なにしろ、「飯田」を「IIDA」と綴ると、いつも、「ミスター・アイアイデイ」と呼ばれてしまいましたからね(笑)。




 青木大神の横に見えている、石造りの細道に入って行き、社(やしろ)の裏側に回り込んでみると・・・

 まさに、世界でもここでしか見られない、独特の光景が広がっていますよ。

 この光景は、きっと大昔から、はるかな未来まで、変わらないのでしょうねぇ・・・




 さすがに、クロックスのサンダルも汚れて、足も痛くなってきましたので・・・

(というか、こんな山登りにも、いつもの履き古したサンダルで来てしまうところが、まずは驚きポイントなのでしょうが・・・笑)




 ここらで、秘密兵器を登場させましょうか・・・

 つまり、同行のお客様男性から頂戴したボンベを取り出して、「濃縮酸素」を吸入!!




 酸素吸入のおかげで、顔に表情が戻ってきたところで・・・
(いつの間にか、みな、無表情&無言になってしまっていたのです)


 おお!! (゚o゚;)


 ついに!! 
(゜ロ゜ノ)ノ


 夢にまで見た、稲荷山山頂に到着!!


 
\(☆o☆)/




 山頂、つまり「一之峰」に鎮座しているのは、「末廣(末広)大神」。

 末に向かうほど広がっていく(未来になるほど人生が豊かになる)という、めでたすぎる名前ですよね!!




 社の横の燭台(しょくだい)で揺らめく、ローソクたちの炎でさえも、とても幸せそう!!(笑)




※ 「一之峰」の周囲の詳細や光景につきましては、実際に登る方々の楽しみを奪ってしまわないように、現場写真の公開は、控えさせていただきますね。この重要な現場写真まで公開してしまうと、いわば「全裸」状態になってしまいますから、最後の大切な「局部」だけには、パンツをはかせておくということで・・・(笑)


 皆で感涙にむせびながら、下山を始めると・・・

 なにやら、(一之峰よりも)立派な社が出現!!




 なんと、お金持ちになりたい方々の聖地、「長者社」ではありませんか!!




 「どなたか、お金持ちになりたい人は?」と尋ねたら、全員が手を挙げましたので(笑)、やむなく、長者社の裏山(?)を、ぐるりと一周・・・

 これで、全員に、労せずして(?)、大金が転がり込んでくるはずですよ!!・・・いつの日にか(笑)。




 「ううっ! ついに、ヒザが笑ってきましたねぇ・・・」(>_<)

※ 「ヒザが笑う」・・・登山者用語で、「ヒザがガクガク震えてきた」という、危険信号。多くは下山中に、筋肉を使いすぎるために生じる、軽い痙攣(けいれん)状態のこと。

 ・・・と、泣き笑いしながら、しばらく下っていくと、「薬力の滝・行場」なる看板を発見!!




 その昔、修行中の山伏(やまぶし)たちが、滝に打たれた跡だそうですが・・・




 近づいてみると、「打たれる」というほどの、激しい水量ではなさそうですね。

 しかし、チョロチョロと落ちてくる水は、めっちゃ冷たそう!!

(夏は逆に、心地良い冷たさで、楽しく「行水」できるため、山伏たちに大人気だったかも・・・笑)




 やがて、またもやお店が現れたので、ちょっと休憩。




 名物の「甘酒」は、炭水化物と糖分を一気に摂れるので、山登りには適した飲み物。




 お店をのぞいてみると、「んっ?」と首をかしげてしまうような、雑多な品物も並んでいますよ。




 おお!! 
(*´з`)

 私が少年だった頃の国民的アイドル女優、あの御方も、ここを訪問なさったのでしょうか!?
(今でも、当時のままの美しさを保ちながら、お元気に活躍なさっているそうですよ)

 この私も、(特に「水戸黄門」における入浴シーンが)大好きでした・・・




 達成感・安堵感に満ちて下山する途中の、ほのぼのとした休憩時間・・・

 私が提供する「ハートメイツ・システム」は、あくまでも「私とのつながり」のみが目的であり、「組織」ではないため「名簿」も「規約」も作成しておらず、メンバーのほとんどは、たまに顔を合わせることがあるだけで、互いに名前も知らない状態ですが・・・さすがに本日は、苦労を共にした仲間同志だからこそ生じる、心地良い連帯感に、包まれていますよ。(横のつながりで団結・拡大させるような「組織」を作らないで、すべてを私個人の単位で活動するというのは、臨死体験時に光たちから厳命された、今生での私の絶対的ポリシーですからね)




 そろそろ、お腹がすいてきましたので、ここらで、「ある物体」を配布して、みんなで賞味。




 その物体が、これ!!

 あの、油揚げで包んだ「いなり寿司」の元祖であるお店、「ねざめ家」のシンボル。

 油揚げは、伏見稲荷大社の神の使い、「きつね」の好物・・・
(油揚げを載せたうどんを、「きつねうどん」と呼ぶほどですから)

 いなり寿司の「いなり」とは、「伏見稲荷大社」のことだったんですね!!

 だからこそ、「いなり寿司」のことを、稲荷大社を敬(うやま)う気持ちを込め、ていねいに「御」(お)を付けて、「おいなりさん」と尊称するわけです。




 実は、京阪電車の「伏見稲荷」駅から、参道を登ってくる途中の「ねざめ家」で、私が「77個」(11人前)も、予約購入しておいたんですよ。(もちろん、私から参加者の皆様へのプレゼント、つまり「おごり」ですね)




 この「ねざめ家」、なんと、1540年に、秀吉が命名したのだそうですから、由緒正しすぎます!!

 きっと、秀吉も、この「いなり寿司」が好物であったに、違いありませんね。

 これですから、京都という街の歴史は、実にリアルで奥深い・・・




 プチプチした食感の「麻(あさ)の実」が入っていることが独特である、この「ねざめ家のいなり寿司」を、秀吉と一緒に食べている気分になって、この私も・・・




 どんどん山を下って、視界が開ける「四ツ辻」まで戻って来る頃には、もう夕暮れに・・・

 向こう正面に見える山並みの中央部で、少し山が低くなっているあたりは、あの「本能寺の変」の際に、山の向こうの亀岡城から出た明智光秀軍が、京都盆地を目指して降りてきた道。

 また、同じく向こう正面に見える山並みの左端(山崎)は、かつて、その「本能寺の変」の直後に、秀吉と光秀が戦い、「天下分け目の天王山」として知れ渡った、天王山のあたり。(山崎の戦い)

 こんなふうに、京都の街は、いたるところに、リアルな歴史が満ちているんですよ。

※ かつて、「光の学校」スタッフたちに、「山崎の戦いが〜」と解説を始めたとたん、「ああ、源平・山崎の戦いですね!!」と真顔で即答したオトボケ者がいたので、「違う! 源平じゃなくて!!」と、厳しく叱っておきました・・・おそらく、「源平・壇ノ浦の戦い」や「源平・屋島の戦い」と、混同したのでしょう(笑)。(実話ですよ)
 



 しだいに薄暗くなってくる道には、やたらと、男女カップルの姿が・・・おそらく、これから年越しまでを一緒に過ごして朝帰りという、実にイケナイ魂胆であるに違いありません(笑)。




 ようやく下山すると、明かりが灯ったお店の中で、掘り出し物を求める人々が、楽しそうに物色していますよ。




 店頭には、あれやこれやと、人目を引く品々が所狭しと並び、我々を誘っています。客の多くは外国人の方々なので、皆さん、不思議なものを見る目つきで、楽しそうに、興味シンシン。




 お店の向かいに立つ、お守りの売店・・・じゃなかった、「規定額の志納金を奉納すればお守りを授与していただける窓口」(笑)にも、人だかりが・・・




 近づいてみると、接客する・・・じゃなかった、「規定額の志納金を奉納した人にお守りを授与する」担当者さんたちは、なぜか、「中年以上の男性」ばかり。大みそかの夕暮れ時には、「大人の女性」も「女子・男子」も、あれこれと大忙しなのでしょうね。(年が明けて元旦になれば、一転して「女性の巫女(みこ)さん」たちが、たくさん出勤なさるに決まっています)




 時刻が午後5時を過ぎて、夕暮れ時の稲荷大社は、鮮やかにライトアップ。

 登り始めたのが、午後2時頃でしたから、約3時間で、登って降りてきたことに・・・
(だいたい、登りで2時間、下りで1時間、という感じでしたよ)




 大鳥居の前の参道には、いつの間にか、たくさんのお店が居並んで、威勢の良いかけ声が、飛び交っていますよ。




 外国人の方々は、始めて見る珍しい食べ物の数々に驚いて、撮影しまくり(笑)。




 夏の「祇園祭り」の屋台と違って、「あま酒」のお店も出ているのが、寒い時期の特徴。




 意外なことに、「鮎の塩焼き」が、外国人や若い女性に人気でしたよ。




 京阪電車の「伏見稲荷」駅に戻って、「光の学校」に向かう「三条」駅まで移動します。

 あれ? 背を向けている、不思議な赤い髪の外国人女性は、数時間前に、どこかで見たような・・・




 三条通りに戻った我々は、「光の学校」から徒歩2〜3分の距離にある、有名な老舗(しにせ)の「蕎麦(そば)屋」さんへ・・・おっと、すでに、お店の外まで、行列ができていますよ。(店内でも、10名以上が待っている状態)




 なにしろ「大みそか」のイベントなんですから、今夜、(暗黙の了解として)皆で一斉に食すべきなのは、当然、「晦日(みそか)そば」に決まっています!!

(それなのに、「晦日そば」以外の通常メニューを平然と注文する、マイペースすぎるオトボケ者も、お見かけしてしまいましたが・・・笑)




 蕎麦屋さんが、一年間で、いちばん忙しい日・・・店員さんも増員され、走り回って大活躍中。




 おお! これですよ、これ・・・これでなくっちゃ!!

 
o(^-^)o





 お蕎麦に舌鼓(したつづみ)を打った我々は、「どこで年越しの瞬間を迎えましょうか?」と相談しながら、まずは先斗町(ぽんとちょう)を抜けて、四条通りへ。




 あちこちを彷徨(さまよ)った末に、円山(まるやま)公園へ流れ着いて・・・






 大人気で行列ができている、インド料理のお店に注目しながらも・・・





 結局のところ、たどり着いたのは、「知恩院」が誇る、日本一大きな山門(三門)の前。




 整理係の若いお坊さんが、大きな声で、「除夜の鐘に並ぶ列は、もう締め切りましたので、これ以上は並ぶことができません!!」と、押し寄せる群衆に向かって叫んでいますが・・・「ええ〜っ!?」「まだいいでしょ?」「このために来たのに!」などと、押し問答に。

 この時点で、時刻は11時40分・・・

 なにしろ、除夜の鐘が目的の人々は、20時の開門前から4時間以上も並んでいるわけですから、今頃になって駆けつけたんじゃ、遅すぎますって!! ( `ー´)ノ




 除夜の鐘を目的としていない、余裕しゃくしゃくの我々一行は、0時までの20分間を、それぞれ自由行動。

 さっそく私は、大好きな「お店巡り」に出発。




 う〜ん、いい感じですねぇ・・・ (^-^)




 年越しの瞬間が、あと10分に迫って、門前に陣取る大群衆も、ますます膨(ふく)れ上がってきましたよ。

 みな、「ここで年を越すぞ!!」と、知恩院前に安住の地を定めた人々なので、「おお、お前もか!」と、奇妙な連帯感に包まれています・・・(笑)




 残された時間は、わずか数分だというのに・・・とうとう我慢できなくなって、大好きな「いちご大福」の購入に走ってしまった、自制心の弱い私でしたが・・・




 なんと、奇跡のように売れ残っていた、「最後の1個」を、確保することができたのです!!




 「いちご大福」をコートのポケットに隠し(笑)、あわてて、「ここを集合場所にしますよ」と指定しておいた「基地」の場所に戻ると・・・


 「10、9、8、7、6」と、どこからともなく、カウントダウンの声が生まれて・・・


 やがては、「5、4、3、2、1〜!!」と、闇にとどろく、大群衆の大合唱に!!


 
\(^o^)/


 まぶしいライトで黄金に輝く、美しすぎる知恩院を前にして、「おめでとう〜!!」の大歓声の中、めでたく、本年が明けたのでありました・・・

 



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皆さま、私と一緒に歩いた気分になって、お楽しみいただけましたか?

「なかなか、伏見稲荷の山頂なんて登れません(涙)」とおっしゃる方々に、
私から、新春のプレゼントを差し上げました。


とにかく皆さま、

「新年あけまして、おめでとうございます!!」


\(◎o◎)/


(悲しいことがあった御方も、喪に服して暗くなるのはもうやめて、
光に戻った「その人」を、大いに喜ばせてあげましょう)





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