《 2005年12月以前に、戻っていく記録 》



2005年12月22日版

 東京・浜離宮朝日ホールでの公演、400名もの満員の方々においでいただけ、おかげさまで、無事、大成功に終わりました。

 さっそく、お手紙やメールが、たくさん届いております。
 たとえば・・・

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18日のトーク&ライブ、楽しく拝見させていただきました。
先生のお話をホールのような場所で聴かせていただくのは初めてでしたが、先生の口から発せられる一つ一つの言葉が不思議なくらいに自分の心の中に入ってきて、大変感動しました。

多くの人が楽しい、感動したと思った場所には多くの幸せな思念が残り、そこにいるだけで幸せを感じてしまうというお話がありましたが、18日はまさにそんな日だったと思います。
あのホールにいるだけでなんか楽しい気持ちになり、その上に先生の素晴らしいお話が聞けて、この上ない幸せな気持ちで家に帰れることができました。
本当にありがとうございました。

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昨日は浜離宮朝日ホールでの講演会、お疲れ様でした。
先生と直接お話しできる稀少なチャンスだったのですが、子どもだけで留守番をさせていたのでタイムリミットに阻まれてしまい、ご挨拶できずに本当に残念でした。
ご著書にサインを頂きたかったし、いつもいつもお世話になっているお礼をひとこと申し上げたかったのですが、私なんかよりもっと切実に先生を必要とされている方がたくさんいらっしゃることを痛感し、「すでに先生のサイン入り色紙を持つ身でありながら贅沢言ったらバチがあたるゾ!」と“ひとりツッコミ”を入れながら、元気に帰りました (^^;)

先生の講演会の温かさを肌で感じ、先生のギター演奏の素晴らしさと、すべてを包み込むような“光に祝福された聖なる歌声”を聴くことができて本当に幸せでした。ありがとうございました。

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昨日は、ありがとうございました!
本当は、直接お礼させていただくつもりで並んでいたのですが、順番が遅かったためバスの時間に間に合わず、泣く泣くお土産だけリスペクトの方にお願いさせていただきました。
ご無礼をお許しください。

先生の歌は今までの二曲も大好きで、運転しながら歌ったり、毎晩寝る前に聴いたりしているのですが、「ツインソウル」も、とっても気に入りました!
はやく覚えて歌えるようになりたいです。
CDは、いつ頃販売されるのでしょう?
とても楽しみです。

それにしても、先生はだいぶお痩せになられましたね。
後ろの方からでもよくわかりました。
そのうえ、足も調子が悪いとのことでしたが、その後お身体はいかがでしょう?
先生がお元気でいられますように、心からお祈りしています。


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お話に歌、サイン、握手に写真とまさにフルコースで堪能させて頂きました。

その分、飯田先生にとってはトータル6時間以上のイベントとなった事と思いますので、本当にお疲れ様でございました。飯田先生の奉仕の精神にはいつもの事ながら本当に頭が下がります。

ところで、今日のイベントで最も印象に残ったのは、やはり新曲「ツインソウル」でした。

会場で配られた歌詞カードを一読した瞬間に、ガツンのパンチをあびせられた思いでした。

というのも、会場に向かう前に家内とちょっとしたケンカをしてしまい、その時、「どうしてあなたは、私の事を否定するばかりなの? あなたに私の気持ちがわかってもらえなかったら、私の気持ちは一生癒されない」といった趣旨の事を言われたばかりだったのです。 

私にも言い分はあったのですが、ツインソウルの3番の歌詞を読んだ瞬間に、自分の態度が間違っていた事に気づき、その場で家内にあやまりました。(家内は、ふふふ今日は来たかいがあったわ、と勝ち誇っていました。)

そんないきさつもあったせいか、ツインソウルの合唱の時には、何度も涙が出てしまい、半分くらいしか歌えませんでした。でも歌の歌詞にもあるとおりに、彼女のすべてを受け止めようと改めて決心した次第です。

ツインソウルは、出だしこそ甘くロマンチックな歌詞ですが、最後には、本当に愛する事、愛し抜く事を自分自身にコミットせずには歌えない内容になっており、なんていうか僕にとってはとても重い歌でした。

(先生はとてもハッピーな歌だとおっしゃっていましたが。。。)

家に帰って再び歌ってみようかと歌詞を手に取りましたが、すっかりメロディーを忘れてしまいました。

早くCD化されるのを楽しみにしております。

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今日は講演会おつかれさまでした。
最新情報満載の講演、本当に夫婦で聞けてよかったです。
ありがとうございました。
はりきって早く会場に行ったおかげで、サイン&握手を2番目にできたのも嬉しかった!
直接お会いしたら、こんなことやあんなこと、いろいろ話したいことがあったのですが、直接話して、握手をしたことで感激して、舞い上がってしまいました。

飯田先生の手って、ふっくらして大きいですね。
妻は学生時代、易学研究会に属しており、1000人以上の手相を見てきたそうですが、「こんなにふくよかで優しい手の人は初めて!」
と言っていました。「どんな手相なんだろう、すばらしい手相に違いない!!」とも。

新曲「ツインソウル」いいですね!
しみじみ、じわ〜んって感じがしました。

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今日の講演会「永遠の愛・めぐり逢う生命」と、宇宙初公開の新曲『ツインソウル』発表会を兼ねたトーク&ライヴは、飯田先生の愛読者にはこれ以上ない最高のファンサービスでした。

講演会では、ご著書にはどうしても書くことができない内容ばかり。ツインソウルとの出会い方、見分け方など、極秘情報ばかりでしたのでメモをとるのに必死でした。特に「残存思念」の内容は衝撃的でした。教員であるわたしは、早速『残存思念浴』を活用させていただきます!

そしてなんと言っても今回の目玉、『ツインソウル』は圧巻でした。必要最小限の言葉を、心地よいうっとりするようなメロディーの上に乗せて、愛する人に語りかけるように歌う絶妙のアレンジ・・・・。世の中にこんなに幸せな歌詞はあるのだろうかというこの歌は、シンガーソングプロフェッサーであられる飯田先生にしか作れない名曲です。

特に、「君が背負う すべてのこと 受けとめて 抱きしめるよ」の大合唱のところ。歌の設定としては、男性が愛する女性に向かって語っているところだと思います。しかし、飯田先生が涙を流しながら歌う私達を優しいまなざしでほほえみながら演奏してくださる姿を拝見して、私には「おまえの歌を共に歌ったりする者たちに潜む孤独感を、喜んで、すべて背負うがよい」という光からのメッセージを、今まさに実践してくださっているのだというように思えてなりませんでした・・・・・(感涙)

福島はますます寒くなりますね。どうぞお体を大切にされてください。今日は本当に、本当にありがとうございました!!


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今日は本当にお疲れ様でした。

少し遅刻してしまったのですが(すみません)、娘と一緒に参加させていただきました。
本には書いてなかった貴重なお話をたくさん聞かせていただきまして、本当に充実したすばらしい講演会でした。

また、歌の合唱もはじめてでしたが、すばらしかったです。
新曲はまさに、ハッピーな曲ですね。
先生は、自由自在にいろんな歌を作れるのですね。
いつもながら心から尊敬いたします。

合唱も、隣に娘がいたので少々恥ずかしさがありましたが、ちゃんと歌わせていただきましたよ。

講演後はサインと握手会を多くの人が待っていましたね。
お忙しくサインをされている先生を、少し離れたところから二人で拝見しながら、心の中でご挨拶と感謝をさせていただいて、帰路につきました。

それにしても、先生確かにおやせになりましたね。
ご公務と、生きがい論の活動でお忙しいとは存じますが、どうぞ、お気をつけくださいね。

ともあれ、久々の東京での講演会。大盛況のうちに終わって、おめでとうございました。
本当にお疲れ様でした。


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今日は、貴重な講演ありがとうございました。
初めて教えて頂いた内容で、とても充実していました。
17歳になる私の2女と参加させて頂きました。
ツインソウルの新曲なども、とても歌いやすく、娘(コーラス部)も嬉しそうに歌っていました。

初めて娘は先生の講演を聴きましたが、私が時々話を聞かせていたので、よく理解できたみたいです。また先生のお話をお聞きしたいと、切にに希望しておりました。また、娘と共に参加できれば幸いです。

本日は、本当にありがとうございました。


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飯田先生の生歌、初めて聴けました♪

ホームページでCDを出されていること知っていましたが、正直申し上げて、「ありがちなハイハイ…」っていうパターンかぁ!? と思って、興味がわかず、まだ聴いていなかったのです。
よって、今日は、Wパンチの衝撃でした。

「ツインソウル」は、いきなり三行目から読めなくなり(もちろん涙で)、「私のために作詞してくれたのかしら?」と、私を含めきっとほとんどの方がそう思われたのではないでしょうか。

また、アコースティックギターの弦の「キュン」となる音が、切ない雰囲気を一層高め、効果抜群!
効果を知り尽くしたこの演出♪
憎いねぇ〜と、泣きながら・歌いながら・お腹を空かせながら、心では感激し、頭の中ではそんな事を考えておりました。
多分、ライブコーナーで、私が一番はじめにハンカチ使ったと思いますよ!

帰り道でも、頭の中を、「ツインソウル」のメロディーがグルグルまわっていました。


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 ・・・ということで、新曲「ツインソウル」、私の期待をはるかに上回る、大好評でした。
 そこで、調子に乗って、歌詞だけを、このHPで特別公開してしまいましょう!


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ツインソウル 作詞作曲:飯田史彦


あの日 ふいに 出逢った時 ぼくらは 恋におちた
時を重ね いつのまにか 深く愛し合っていた

ぼくも 君も 長い間 暗やみを さまよった
だけど きっと 出逢えるはず そう信じて 待っていた

 はるか昔から そばにいたような
 なつかしい想い 確かめながら

愛してると 誓うことも 必要ないくらいに
心 深く つながってる 永遠の時を超えて

 (間奏)

好きなものも したいことも ふたりは 違うけれど
ありのままで 許し合える こんな相手は 初めて

苦しい時 悲しい時 君の笑顔 想えば
光 満ちて わいてくるよ 乗り超えていく 力が

 遠く離れても 結ばれているよ
 ぼくらは ひとつの魂だから

生まれ変わり 繰り返して 宇宙を旅してきた
どんな星に いたのだろう? どんな星に いくのだろう?

 (間奏)

君の重荷 君のがんばり ぼくだけは 知っている
うまくいかず 落ちこんでも ぼくが支えてあげるよ

君の強がり 君のさみしさ ぼくだけは わかってる
いじめられて 傷ついても ぼくが癒してあげるよ

 学び合いながら 楽しんでいこう
 人として生きる 試練の道を

つらい時は ぼくの胸で 思いきり 泣けばいい
君が背負う すべてのこと 受けとめて 抱きしめるよ

 (合唱:繰り返し)

つらい時は ぼくの胸で 思いきり 泣けばいい
君が背負う すべてのこと 受けとめて 抱きしめるよ

君が背負う すべてのこと 受けとめて 抱きしめるよ


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 ライヴでは、最後の大合唱の部分を、会場の皆さんが一緒に大きな涙声で歌ってくださり、本当に感動的でした!



12月15日版

 お待たせしました。
 私の対談本『生きがいの女性論』の見本が、できあがりました!






 本書は、かの有名なベストセラー作家、津田塾大学の三砂ちづる教授をゲストにお迎えして、三砂教授の女性論を拝聴しながら、私が「女性からみると、ホントに頭の悪いダメ男」の代表という立場で、さまざまな反応を展開する、というものです。もちろん、私も、三砂教授からビシっと叱られてばかりではなく、時おり、「ハチの一刺し」のような効果的な反撃を見せますので、本書は単なる対談ではなく、表紙に「VS」と朱書きしてあるように、三砂教授と私との「対決」という構図にもなっています。

 ただし、こんなことを言うと三砂教授からお叱りを受けそうですが、本書は、一連の「生きがい論」シリーズの中では、私としては初めて、「エンターテインメント(娯楽)作品」として世に問うつもりです。これまでの私の「生きがい論」シリーズは、読者の皆様は楽しみながらお読みくださったかもしれませんが、私としては、どれも真正面からの直球勝負であり、決して「楽しんでいただきたい」という主目的で書いたものではありませんでした。それに対して、本書は、私の観点からみると、「どのようにして、読者の意表を突こうか」と考え、「意外性に満ちた言葉のやりとりを、大いに楽しんでいただきたい」という方針でのぞんだのです。
 したがって、本書は、「眉間にシワを寄せて怖い顔で真剣に読みながら、一言一句に敏感に反応して憤慨する」という内容ではなく、「2人のベストセラー作家どうしが、男と女をテーマにしながら、好き勝手に放言して、読者に楽しんでいただく」という内容ですので、どうか、いちいち言葉尻をとらえて目クジラを立て、カッカとなさいませんよう、お願い申し上げます(笑)。言い換えれば、私としては、「けっこう難しいことに触れてるのに、意表を突く展開に引き込まれて、あっというまに読み終えてしまった」という気持ちになっていただければ、成功だと考えています。
 もちろん、私も三砂教授も、根が「超真面目人間」ですので、決していい加減な気持ちで、単なる言葉遊びをしているわけではありません。形式は「エンターテインメント作品」と呼ぶに足るものを目指してはいても、ひとつひとつの発言内容には、深い問題意識や真剣な思いを込めています。研究分野の異なる2人の大学教授の価値観の異同を、皆様が自分なりに楽しんで深読みしながら、気軽に読み返していただければ幸いです。


 なお、この種のテーマを取り上げると、どのように書いても、一部の攻撃的女性論者の方々から、「批判のための批判」(要するに、単なる罵詈雑言の悪口)を受けることを、避けることはできません。そのような方々は、常に「攻撃対象となる敵」を求めてさまよっており、批判材料になることならば何でも誇大に取り上げ、発言の文脈や趣旨を無視しながら強引に批判しますので、「自分たちの主張以外は全てダメ」と、どうせ何をどう書いても攻撃の対象になさるのです。まさに、悪質で破壊的な狂信的思想団体の信者と同じ精神構造を持っていらっしゃるのですが、そのことに全く気づいておらず、ご自分では純粋な正義感に満ちているつもりで、自分の意に反する人々を激しく誹謗中傷なさるというわけです。
 特に、本書での私は、専門家の三砂教授をゲストにお迎えしてホスト役に徹し、「女性からみると、ホントに頭の悪いダメ男」という役柄を演じていますので、攻撃的女性論者からみれば、「飯田ってやつは、ホントにバカな男ねぇ」と、格好の餌食になること間違いなし(笑)。その種の方々は、他人をバカにすることによって自分のアイデンティティを保っていらっしゃるだけなので、好きなだけバカにさせてあげれば良いのであって、いちいち反応するだけ時間の無駄というもの。その程度のことは、これまでの「生きがい論」で散々な目にあってきた私にとって、痛くも痒くもありません。読者の皆様も、その種の人々を見たら、どうか大きな愛情で包み込んで、「あらまあ、ご苦労さまねぇ」と、好きなようにさせてあげてくださいね。

 そもそも、その種のご批判も、私にとっては、すべて予定通りのこと(笑)。私がこれまでの10年間に、「生きがい論」を通じて受けてきた、ありとあらゆる激しい攻撃(生命の危険さえもありました)に比べれば、単なる口や文章での攻撃など、まったく気になりません。なぜなら、たとえどのような方々であっても、私を批判する権利は平等にお持ちであり、口や文章という正当な手段による攻撃であれば、私が相手にせず放置しておけば済むからです。
 私はこれまでにも、その時々で書きたいことを書いてきましたので、そのつど、喜んでくださる読者も生じれば、失望して去っていく読者も生じてきました。それが文筆家・思想家・表現者としての私のスタイルですから、読者の皆様は、いかようにでも、その時々で私の著書を自由に評価くださり、共感したり失望したりしてくだされば、それが私の本望なのです。私はこれまでに、「かつて愛読者だった方々が去っていった」という悲しい事例も、逆に「かつて去っていった方々が戻ってきてくださった」という嬉しい事例も、山のように経験してきましたので、「な〜んだ、要するに、その時に書きたいことを、好きなように書くことこそが、自分が著者として、いつも幸せでいられる秘訣なのだ・・・思想的な内容を含む著書であるかぎりは、どうせ、すべての読者を喜ばせることなど、絶対にできないのだから」と、達観しているというわけです。

 また、「嫌よ嫌よも好きのうち」というように、「アンチ」とか「バッシング」という言葉で迎えてくださる方々は、要するに、私にたいへん興味を持ってくださっているわけであり、あちこちで自主的に私の名前や著書名を宣伝してくださるのですから、営業的観点から見ると、これほど有難いことはありません。むしろ、私の過去の経験では、「賛否両論が続出して、私を攻撃くださる方々がどんどん現れるような本」ほど、よく売れたというのが実態なのです。批判や攻撃を受けないような本は、要するに、「いい本だけど、一般社会では話題にならない」ということであり、結果として、多くの方々に興味を持っていただくことができません。原因はどうであれ、多くの方々の目を引くことで読者が増え、きちんとお読みいただければ結果的に共感くださる方々も増える、というのが私の度重なる経験です。したがって、本書『生きがいの女性論』についても、どうぞ、お好きなように、あちこちで激しく攻撃くださって、大いに世の中に宣伝していただければ、結果的に読者がどんどん増え、私も(三砂教授もPHPも)大助かり、というわけです(笑)。

(以上、このHPの読者の皆様の中には、職場などで、「周囲からの批判や攻撃が怖くて身動きできない」、という気弱な方々もたくさんいらっしゃるでしょうから、この機会をとらえて、私自身をネタにしながら、大いに激励させていただきました。皆さん、誰に何を言われようとも気にしないで、何事をもプラスに転化しながら、信念を大切にして、ともにがんばりましょう。ここに、あなたと同じ境遇でがんばっている私がいるのですから、あなたは決して、孤独ではありませんよ!)


 《 本書の読みどころ 〜 飯田史彦、ついにプロレスラーとしてデビュー!? 》

 実は、本書は私にとって、「言語プロレス」のデビュー作なのです。
 私自身は、本書によって、「自分はプロレスラーとしてデビューしたようなものだ」と、密かに自負しております。なぜなら、本書では、私が三砂教授をゲストに迎えるという立場上、決して私が議論に「勝ってしまう」わけにはいかず、私の「予定通りの負け」が、義務づけられているからです。しかも、女性論と題する本書の中で、私なりのフェミニズム(女性賛美論)を説いている私自身が、目の前にいるカヨワイ女性(三砂教授)をコテンパンにやっつけてしまったのでは、本末転倒というもの。(とはいえ、本気で勝とうと思っても、三砂教授には、やはり勝てないでしょうが・・・涙)

 したがって、私には、
「いかにして美しく負けるか」という「敗者の美学」で勝負するしか、道は残されていなかった、というわけです。そして、これぞ、まさに、本書における私を、「言語プロレスラー」と自称させてしまう理由。

 ここで、しばしば混同されてしまうため、「格闘技」(柔道、ボクシング、カラテ、PRIDEK-1など)と、「プロレス」(ジャイアント馬場さん、アントニオ猪木さんなどで有名)との本質的な違いについて、簡単に講義いたしましょう。
 いわゆる「格闘技」(純粋に勝敗を競う競技)とは違って、「プロレス」というのは、「鍛え抜かれたレスラーたちが見せる肉体的・精神的芸術の極致」であり、「勝敗」や「筋書き」や「配役」が初めから決められている「試合という舞台」の中で、たがいに相手の技を受け合いながら、「観客をいかにして楽しませるか」を競うエンターテインメントです。言い換えれば、格闘技が「相手をやっつけるためのケンカ」であるのに対して、プロレスはケンカではなく、「互いに役柄を演じながら、相手を引き立て合うことによって、観客を魅了していくショー」であるため、プロレスラーは、むしろ「舞台俳優」に近いと言えるでしょう。
 格闘技では、「相手の技をいかに受けないか」に焦点が当てられ、もしも大技を受けてしまったら、その時点で勝敗がつき、試合が終わるのが通常です。しかし、プロレスでは、「相手の技をいかに効果的に受け、観客を楽しませるか」に焦点が当てられるため、技を避けることなく、むしろ積極的に受けていくレスラーこそが、「仕事のできるプロ」として珍重されるのです。そのため、格闘技では「誰が強いか」という基準でファイターが評価されるのに対して、プロレスでは「誰が巧いか」(最も観客を魅了するか)という基準こそが、レスラーの評価になるのです。プロレスでは、「誰が強いか」などと問うこと自体が、ナンセンスな疑問です。なぜなら、舞台で戦いを演じている俳優たち(プロレスラー)にとっては、「本気で戦ったら、どちらの俳優が実際に強いだろうか」ということよりも、「どちらの俳優の演技こそが、より観客を魅了することができるだろうか」ということこそが、大切だからです。

 このような基礎知識をもとに、本書における私の言動が、「ファイター」(女性論における勝ち負けを競う討論者)ではなく、まさに「プロレスラー」(読者をいかに魅了するかを考えて演技する俳優)としての言動であると理解いただければ、本書の楽しみは、倍増することでしょう。
 しかも、たとえ、本書の中の私の言葉に向かって、立腹したり嘲笑したり軽蔑したりする読者がいても、私からみると、それは決して私自身が否定されることにはならず、「俳優としての私の演技が巧みである」という何よりの証拠ですから、むしろ喜ばしいことにすぎません。悪役は、観客から憎まれてこそプロであり、ピエロ役は、観客から笑われてこそプロというもの。

 このようなわけで、新刊『生きがいの女性論』における私は、本書というリングに上がり、三砂教授というベビーフェイス(正義の味方であり、勝ちを収める役割)が繰り出す切れ味鋭い技をノラリクラリと全て受けながら、時には悪態をついて読者を憤慨させたり、時にはピエロ役を演じて読者の失笑をかったり、時には三砂教授にドサクサ紛れに鋭い蹴りを入れたうえで場外に逃げたりと、あの手この手で試合(対談)をかく乱したうえで、最後は予定通りに必殺技を食らってマットに大の字になる、という、典型的なヒール(悪役)を演じているというわけです。(ただし、かなりお笑い系、おとぼけ系の、間抜けなヒールではありますが・・笑)
 したがって、読者の皆様が、「ええっ! 飯田先生が、こんなことを言ってしまっていいの?」とビックリしたり、「飯田先生って、ホントは、その辺にいる、しょうもないダメ男と一緒だったのね」とガッカリ(または安心)したり、「飯田先生、そこだ、三砂教授の主張の弱点を、今こそ突くのだっ!」と興奮したりしてくだされば、本書で「俳優」であり「エンターテイナー」であり「プロレスラー」であろうとする私にとって、これほど嬉しいことはありません(笑)。


 おっと、話がプロレス談義になったので、つい興奮して、忘れてしまうところでした(笑)。

 新刊『生きがいの女性論』の発売日は、
12月20日〜22日くらいになるとのこと。
 どうぞお楽しみに!


 ・・・いかがですか?
 みなさん、本書に対する興味が、フツフツと、盛り上がってきましたね?
 フフフ・・・

(実は、今回の更新の全体が、巧妙に仕組んだ「言語プロレス」だったのですが、お楽しみいただけましたか?)



12月9日版

 ごめんなさい・・・
 このところ、大学内での非常に重要な任務(教務委員)でメチャクチャ忙しくて、ホームページを更新する時間が無いまま、本日に至っております。特に、この1週間は、睡眠5時間で、テレビも新聞も全く見ておらず、ひたすらパソコンに向かい、大量のデータや書類の山と格闘する毎日。

 そのような中、本日には福島を発って、明日(土曜日)は大阪(国際メンターシップ・グラデュエイトスクール)で延べ4時間の「生きがい論」講義を行い、翌日(日曜日)の午後には、船戸クリニック(岐阜県養老町)にて、2時間の「生きがい論」講演と1時間のライヴを決行。
 さすがに今回は、ギターを自分で持ち運ぶ元気がなく、急きょ、船戸クリニックまで、宅急便で送ってしまいました。空港まで無事に運転していく自信もないので、大阪行きにしては珍しく、今回は新幹線で移動します。
(メールもお手紙も、合計何百通も溜まってしまっております・・・とほほ・・・号泣) 


 とにかく、来週末に迫った東京公演までは、何とかして生き延びなければ・・・
(なぜか体重も確実に減っており、この1ヶ月で、本当に10キロ近く痩せてしまいました)


 でも、次回の更新では、きっと、素晴らしいものをお見せすることができますよ。
 ヒントは、「優しさと気品に満ちた、淡いピンクの可憐なバラ」でしょうか・・・フフフ・・・
 どうぞお楽しみに!



11月28日版 12月1日(地域や書店によっては2〜3日)に、久しぶりに、私の本の文庫化が出版されます!
 それは・・・





 そう、今から3年前に、「親子で語る人生論」として、ハードカバーで出版したあの本が、このたび、上記のようにちょっぴり改題して、PHP文庫版になったのです。韓国でも大手から出版され、私の元にも韓国語のお手紙が届いて、読めなくて困ったという記憶が・・・。

 それにしても、私の本が文庫化されるのは、久しぶりですよね〜。
 何しろ、「値段の高いハードカバー版が、まだ充分に売れている」という場合には文庫化していただけませんし、逆に、「ハードカバー版が、さっぱり売れなかった」という場合にも文庫化していただけないというのが、出版業界の掟(おきて)。したがって、ハードカバー版を文庫化していただくためには、「かなり売れたのちに、売れ行きが落ちてきた」という条件を、満たさなければならないのです。とほほ・・・

 ・・・というわけで、あと数日で、全国の書店さんに届きます。PHP文庫は、たいていの書店さんで扱ってくださっていますので、きっと、近所の小さな書店さんにも届くはず。まだハードカバー版をお読みでない方々は、このチャンスに、どうぞ読んでみてくださいね。

 3年前には、身の回りの、思春期の生徒さん・学生さんへのプレゼントとしても、大好評をいただいたんですよ。学校の図書館にも、かなり置いてくださっているそうです。小学校の高学年以上のお子様ならば、読めるようにしてありますからね。
(でも、意外なことに、OLや主婦の方々からの評判が、いちばん良かったのですが・・・)



11月18日版

 最近いただいたお手紙の中から、久しぶりに、いくつかご紹介させていただきます。

 まずは、京都のお坊さんから・・・
(ご本人にHPへの掲載許可をお願いしたところ、「氏名もお寺の名前も全て堂々と掲載してくださって結構です」とのお返事でしたが、同業者への重要な問題提起を含んでいるので、さすがにプライベートな情報は伏字にいたしました)

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 拝啓 日増しに寒さが加わってまいりました。京都はそろそろ紅葉で賑わう季節になろうとしております。いつも心に響く本を読ませていただいております。ありがとうございます。

 私は、京都で小さな会社を経営しながら、**宗の寺院の僧侶をさせていただいている者です。今年になってから、「生きがいの創造」の本を大切な友人から紹介してもらい、飯田先生のことを知りました。

 そして、昨日・今日と、「ソウルメイト」と「生きがいの創造 U」を、続けて2日で読ませていただきました。この2冊が発刊されたことは、私は知らなかったのです。たまたま、ふとしたきっかけで、久しぶりに飯田先生のホームページを訪問させていただき、この2冊が発刊されていたことを知りました。
 「ソウルメイト」は、他の類似のタイトルの本を過去に読んだことがありましたので、内容が同じようなものかと思い、あまり興味を引きませんでした。でも、実際に読ませていただくと、ほかの本とは違って、大変論理的に説明されておられたので、興味深く読み返しました。そこで、続けて「生きがいの創造 U」も読みたくなりました。

 「生きがいの創造 U」は、会社の帰りに、車で喫茶店(マクドナルド)に立ち寄って読み始めました。どんどん本に引き込まれていき、P147まで一気に読み進みました。内容からすると大変不謹慎かもしれませんが、感激と悲しみの涙を目に浮かべながらも、先生の面白い文章に思わず吹き出してしまう場面もあり、複雑な気持ちで読んでおりました。
 しかし、P148以降は、喫茶店で読むには大変危険であることを察しました。ここから先は、とても喫茶店のような他人の目があるところでは読めない、大泣きするのは間違いない、と。
 私は、本を読みながら声を出して泣いたことは一度もありません。でも、このP148以降は、声を出して泣いてしまうであろうことを、確信したのです。

 そして、人通りの少ない国道の暗い場所に車を停め、車内灯をつけて読み始めました。
 案の定、むせび泣き、涙で文字が読めないほどでした。
 それでもなんとか、第4章の、「光」との対話まで読み進めることができました。

 P300からの文章は、「光」が私に語りかけているように読めました。(実際には私が勝手にそう思っているだけなのですが・・・)
 私の現状をここで書きましても、先生にはなんら興味の無いことだとは思います。しかし、「生きがいの創造 U」を読んだあと、私が決心したことと大変関連がありますので、だらだらと書かせていただきます。読み飛ばしてくださっても結構です。

 冒頭に書きましたとおり、私は僧侶という使命をいただきながら、会社を経営するという生活を続けております。その理由は、まったく経済的な理由からです。本来なら僧侶だけで使命を果たすべきなのでしょうが、やはりその使命を達成するためには、現実世界での生活をした上でなければできません。私の寺の門徒さんは少なく、僧侶だけでは生活できないのが実情です。
 一昔前は、僧侶でありながら教員や公務員になって両立させている方々も多かったのですが、私は自分の好きな道に進みたかったので、10数年のサラリーマン時代を経て独立し、零細企業を営むことになりました。(教員や公務員が楽だという意味ではなく、昔は時間の自由が利いたということですので、お気を悪くされないでください)

 そして、このたび「生きがいの創造 U」に出会い、「光」との対話の文章に出会えました。
 私が「光」の言葉に感じたのは、「光」が先生に語っているのと、ちょうど正反対の立場で仕事をするために、この世界に命をもらったのだ、ということです。「今回の人生では、組織宗教の中で精神世界を学び、語りながら、生きなさい。さらに、企業経営の泥沼の現実の中で、仲間たちと生きていきなさい。それぞれのバランスを取りながら、双方に架け橋をかけ、みながちょうど良いバランスを保ち、私達の生きる意味をみつけてもらえるように働きかけることが、お前のこの人生での目的である」、と。

 組織宗教にはそれなりのメリットがあり、意味もあります。だからこそ長い間続いてきて、人々の心を救うこともあったのだと思います。しかし、その中の僧侶たちの多くは、ただ自分の生活や立場を守ることを主眼にしており、「門徒さんを幸せにし、さらに、門徒さんという枠を超えてもっと広く、開祖が立てられた教えをとりついでいかなければならないのだ」ということを、真剣に考えておられる方は、非常に少ないように思います。この京都でも、祇園通いやゴルフ、豪華な食事に明け暮れて、そのエネルギーや資源を門徒さんのために使っていこうという考えは、持っていない僧侶が多いのが現状です。
 布教の形も、難しい言葉や前時代の方法で教えを説くだけであり、現在の20代、30代の人々が興味をもち、生きる意味をみつけてくれるような言葉はありません。もっと「言葉」を選んで、大切な教えのイメージを、できるだけ現代に即してわかりやすく伝えるようにするのが、僧侶の務めだと思うのです。そのため、私は本来の教え以外の様々な本を読んだり、セミナーに出たりして、アイデアを膨らませております。

 会社の仕事を通じて、納期や売上げ、利益に追われ、人間関係に苦しんで、心をぼろぼろにしておられる人々を、たくさん見てきました。私自身も、「経営」という行為の真っ只中で、あえいでいます。ただ目の前の仕事だけをこなし、自分が生きている意味に目を向けず、怒り、ねたみ、憎しみ、苦しんでおられる方々もおられます。そういう人々の中には、日頃聞くこともないであろう精神世界の話を、少しだけ、言葉を選びながら話して差し上げると、身を乗り出して聞いてくださる方が多いです。
 そうであるならば、僧侶と会社経営という両方に足を突っ込んでいる私のメリットを最大限に生かして、「光」が飯田先生におっしゃったように、「スピリチュアルなものに傾きすぎた者に対しては、物質主義の利点を伝えなさい。物質主義に傾きすぎた者に対しては、スピリチュアルなものの大切さを訴えなさい。両者のバランスをとる人生に挑戦しなさい」ということを実践し、啓蒙していけば良いではないか、と気づいたのです。

 具体的にどのようにしていくかは、これからアイデアを膨らませていきます。
 僧侶でありながら、会社経営もしつつ生きる中で、組織宗教のメリットとデメリットを把握して、良いところは残し、悪いところは新しいものと入れ替える。きちんと現実世界でお金を通じて学びながら、地に足をつけて、精神と物質とのバランスについて啓蒙していくことが、私の今生でのテーマなのだと、今、はっきりと認識でき、納得することができました。

 お忙しいのに、へきえきなさるような長いお手紙を書いてしまって、申し訳ございません。
 お忙しいことですし、お返事を頂く必要はありません。

 この手紙が、たくさんの手紙の順番待ちを終え、何ヶ月か何年か先にでも先生の目に触れたときには、ここに書いたことを少しでも現実にするべく、私は活動していると思います。そのとき、何かのご縁でお会いできることを、楽しみにしております。
 これから寒い冬に入ります。是非ご自分のお体を大切になさってください。    合掌


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 実は、似たような内容を、キリスト教の神父さん(牧師さん?)からも、何通もいただいたことがあります。
 皆さん、それぞれのお立場で、学びを積んでいらっしゃるのですね。

 次は、女性の方々から、とても多い内容のお手紙です。


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初めてお便りします。

 飯田先生の本にお世話になりはじめて、3年ほどになります。先輩から教えていただき、本屋へ直行。「生きがいの創造」を買い、いちばん最初に開いたページが、「中絶した魂からの激励」でした。
 泣きながら読みました。何とも、言葉にならない気持ちでした。

 当時、私は、妊娠と同時に子宮筋腫がみつかり、大人の頭ほどの大きさがあったため、悩んだ末に中絶。先生の本を読んだのは、筋腫の手術を受ける前だったため、本当に本当に、本に助けられました。ありがたかったです。中絶してしまう赤ちゃんからの、プレゼントだと思いながら泣きました。
 先生の本との出会いがこんなふうでしたから、それからというもの、生きがいシリーズをたくさん読ませていただきました。そして、「生きがいの創造 U」・・・号泣しながら、読ませていただきました。

 飯田先生の本は、表現とか、心遣い、読む側の気持ちを考えた配慮といいますか・・・すごく優しくて、あったかいですね。印刷された活字ですが、優しさがにじみ出ています。素晴らしいと思います。
 先生の使命、本当に大変だと思います。どうぞ、お体、大切になさってくださいね。私も、生かされたこの生命を、自分のように悲しく辛い思いをした方々のために活用したいと、思い始めました。

 私のような者には、飯田先生の日頃の辛さ、大変さは、理解できないことかもしれません。でも、応援しています。勝手に、応援させていただきますね。

 本当に、お体、大切になさってくださいね。
 乱筆、乱文、お許しください。

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 この種の経験をして、苦しんでいらっしゃる女性は、表に出てこないだけで、かなりいらっしゃるようです。
 そのような方々に、私の本が、こうして「口コミ」で伝わっていくのは、本当にありがたく、光栄なことだと思います。

 次は、私にとって、とても嬉しいお手紙です。
 このようなパターンで、自分を責めているお母さんが、ずいぶん多いからです。
 このお母さんのように、私の「生きがい論」が、既存のスピリチュアリズムでいう単なる「カルマの法則」とは根本的に違うものなのだ、ということに気づいていただければ、大きなブレイクスルーをしていただけるのです。


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 はじめて、お便りさせていただきます。
 「生きがいの創造」(CD付きの新版)を、拝読させていただきました。やっと、長年求めていたものに出会えた、という思いで一杯です。ありがとうございます。感謝の気持ちをお伝えしたくて、こうしてペンをとりました。

 私の娘(現在2*)才は、*******症候群という先天的な染色体異常の障害を持って、生まれてきました。それから2*年間、悩み、苦しみながら生きてきました。
 そして、私や娘を心配してくださる人々に助言をいただき、いろいろな本を薦められ、手当たりしだいに読んでいたところ、その中に「生まれ変わり」について書かれた精神世界の本がいくつもありました(まだ飯田先生の本に出会う前のことです)。そこにあったのは、「因果応報」という言葉でした。私は、それらの本を読んで、「障害を持つ娘を授かることになった私は、前世で、どんな悪いことをしてしまったのだろうか」と、心がつぶれる思いでした。それからというもの、「自分は前世で、どんな過ちを犯してしまったのだろう・・・そのために、娘がこんな病気で生まれて来ることになって、娘に迷惑をかけてしまった・・・」と、暗い気持ちで過ごしてきました。

 そんな時に、やっと、飯田先生の本に出会えたのです。
 救われました。

 娘は、私が前世で犯した罪の因果応報で障害を持ったのではなく、娘自身と私の人生の学びの為に、わざわざ障害を持った身体で生まれてきてくれたのだと、ようやくわかったからです。娘は、私が犯した罪の被害者ではなく、それほどまでに学びを積んだ、素晴らしい魂だったのです。涙が出て、しかたがありませんでした。
 私は今まで、娘という荷物の重さに(今ではこんなことは思っていません)、くじけそうになり、死んだら楽になれるのに・・・と、まるで死んでいるように生きてきました。でも、生きながら死んでちゃ、いけないんですよね。
 これからは、先生の本を心の支えにして、しっかりと、生きていこうと思います。楽しみながら、濃い人生を送っていきたいと、決心しました。

 障害によって、言葉を持たない娘ですが、本当に、先生の「生きていく明日からも」のCDが、大好きなんですよ。娘は、今まで、音楽には興味を示さなかったのに、本当に不思議です。きっと、先生のCDを聴くと、私がそうであったように、娘も、魂が洗われるような気持ちになれるからだと思います。

 今、私は、生まれ変わったような気持ちです。
 本当に、ありがとうございます。


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 こちらこそ、「生きがい論」を正しくご理解&ご活用くださって、ありがとうございます!

 次は、福島大学の卒業生さんです。この女性のように、在学中の学生は、同じ大学の教授が書いた本など、通常は反発して、かえって読んでくれません。私自身も、学生時代は、自分の身近でウロウロしている教授の書いた本など、有難味を感じられなくて、読む気になれませんでしたから、よくわかります(笑)。そのため、この女性のように、卒業後に社会に出てから、私の本を冷静かつ客観的にお読みくださるケースが、少なくないんですよ。


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 飯田先生、お元気ですか? 私は元気です。
 ・・・という前に、初めまして、ですね。

 前々から先生の本は知っていたのですが、今回、縁あって、はじめて読んでみました。
 私は*年前に、福島大学を卒業しましたが、その頃、飯田先生の本がベストセラーになってチマタを騒がせていたことを覚えています。でも、怠け者の私は、授業もほとんどサボっていて、飯田先生の本を書店で目にした時にも、「フン! 福大の教授の本なんか、読むものか!」と、手にしようとも思いませんでした。

 そんな私が、先生の本を読もうと思ったのも、ちょっとした偶然の一致からです。私は先日まで、***という伝染病で、隔離入院していました。その時、友達から届いた手紙の中に、「今、薦められて、『生きがいの創造』という本を読んでいます」と書いてあるのを見て、「あ、これは、福大の飯田先生の・・・」と、先生の存在を思い出しました。
 それからすぐに、看護師さんとお話していると、飯田先生とは全然関係の無い話をしていたのに、その看護師さんが、「私ね、2年前に、母を亡くしたの。その時、薦められて、飯田史彦さんの本を読んで救われたんだけど、飯田先生のこと、知ってる?」と言うのです。私はビックリして、これはきっと、今こそ飯田先生の本を読めということなんだな、と思い、退院後すぐに、読んでみたわけなのです。

 私は大学卒業後、しばらく、インドのマザーテレサの施設「死を待つ人の家」という所に行っていました。そこは、路上で生まれ、人として扱われることもなく、路上で死んでいく人たちに、せめて死の瞬間だけでも人間らしく、というマザー・テレサの思いから作られた施設です。様々な病気の人がいます。私の病気も、たぶんそこで感染したものが、今になって発病したものと思われます。
 私は「死を待つ人の家」で何人もの死を見てきましたが、その中に、こんなおばあちゃんがいました。彼女は、運ばれてきた時から、体じゅうのあちこちが傷ついていました。足、太もも、お尻、お腹、背中、胸、腕・・・と、あらゆるところが傷ついていて、体がいつも震えており、食事は流動食で、目は怯えていました。「ここではもう、安心していていいんだよ」と伝えたくても、彼女は拒み続けているようでした。私は、彼女がこれまでの人生で、その怯える目でずっと見てきたものを想像すると、いたたまれない気持ちになりました。彼女の長い人生で感じてきた孤独は、私には測り知れないものでした。「せめて、ここでは安心していてほしい」という、そんな私の気持ちとは裏腹に、まもなく彼女は、怯えたままで亡くなっていったのです。
 そんな彼女の死を通じて、私が彼女から与えてもらったものは、一生忘れることができないでしょう。私は彼女の顔を見るたびに、謝っていました。「ごめんね、今までずっと、ごめんね」と。もちろん、私が直接に何をしたというわけではないけれど、同じ人間として、謝らずにいられない、そんな思いにさせられるほどの、彼女の孤独と悲しみだったのです。飯田先生の「生きがい論」3部作を読んだ今は・・・もし、私がこれから結婚して、子供を産む機会があったら、彼女の魂が、私の子供に宿って欲しい・・・そのくらいの気持ちなのです。

 今回、私が先生の本を読んで、手紙まで書こうと思ったのは、本はもちろんのこと、先生のお人柄にひかれたからです。
 どうぞこれからも、お体を大切に・・・って、私なんかに言われたくないですよね(笑)。


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 何事にも、時(タイミング)というものがあるのです。この女性にとっては、ちょうど今が、「生きがい論」に触れてくださる、ベストのタイミングだったのですね。もしも、在学中に私の本を読んだとしても、何も感じてくださらなかったのではないでしょうか。今、マザー・テレサの施設を体験して、しかも自分自身が病気を経験なさったからこそ、彼女の魂が求めてくださるのでしょう。すべては、順調な学びですね。
 テレサの施設で出会った、異常に関心をひいたおばあさんは、この女性のソウルメイトの1人であるに違いありません。きっと、願い通りに、数年後には、この女性の子供として、生まれてきてくれることでしょう。

 次は、とても楽しいレポートです。
 このホームページの読者の皆様には、わざわざご説明する必要のない内容ですから、とにかく、読んでみてくださいね。


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 前略 突然のお便りをお許しください。

 私は、先日、東北・北海道看護学会総会に出席して、飯田先生の基調講演を拝聴させていただいた看護師(総看護師長)です。
 今は**歳になりますが、2*歳のお産の際に、大変不思議な体験をしております。今まで、主人をはじめ大勢の方々に話してきましたが、誰にもわかってもらえず悩んでいたことでございます。今回、先生のお話をうかがって、自分の体験したことが、夢や麻酔のための幻覚ではないことを確信しました。このような体験が、先生にとっても、何かのお役に立てないかと思いまして、お便りさせていただきました。
 私にとっても、この体験の後、死生観がガラリと変わりまして、「死」が怖いものとは思わなくなりました。

 息子の出産時に、体験したことです。
 産道辺縁前置胎盤と児頭骨盤不適合で、出血が多く、急きょ、帝王切開での出産となりました。ケタラールの全身麻酔注射によって、手術室で眠ってからのことです。
 突然、天空高くつながっているような、光のトンネル(?)というか、光り輝くシルバーの屏風のようなものが現れて、私はものすごい速さで、その光のトンネルの中を、天に向かっていきました。ぱっと投げ出されたところは、一面真黄色に見えるお花畑のようなイメージのところで、私はゆっくりと、そのお花畑のイメージの中を歩いていきました。まるで、雲の上を歩くような、フワフワとした足の感触でした。甘い香りが漂っているように感じて、とても気持ちが良かったです。

 しばらく歩くと、はるか向こうのほうに、子供の頃に可愛がってくれていた叔母が現れて(すでに亡くなっています)、こっちへおいでと手招きしているのが見えました。素敵な笑顔で手招きしているので、私は、喜んでその方角へと向かいました。
 ところが、なかなか前に進めなくて、足元を見ると、お花に埋まっている足が、だんだん深くなってきていました。そこで私は、「お花が邪魔しているわ」と、叔母に言いました。
 すると、叔母の横に、誰か男性のような姿が現れました。それは、なんと、私が2*歳の時に亡くなっていた、父の姿でした。父は、「まだ来るんじゃない!」と、私を手で追い払おうとしています。でも私は、父の顔を身近に見たいがあまりに、もっと近づこうとしました。しかし、私の足は、ますますお花に埋もれていってしまい、とうとう、腰のあたりまで埋まって、身動きできなくなりました。私は、しかたなく、しゃがみ込みました。

 その瞬間、景色が一変して、なんと私は、手術室の天井あたりに浮かんでいました。そして、今まさに帝王切開で子供を出産している自分の姿を、見下ろしているのです。「出血量が多いので、輸血するか、どうするか」という会話が、聞こえてきました。
 やがて手術が終わり、男の子が生まれました。そして、私の体は、病室に向かうストレッチャーに乗せられて、廊下を進んでいきました。天井のあたりに浮かんでいる私も、自分の身体を見下ろしながら、手術室の廊下〜病棟までの廊下〜病室の中と、天井あたりに浮かんだままで移動しました。産婦人科の病棟ではなく、小児科の病室に向かうので、「おかしいな〜」と思いながら、自分の身体に付いていきました。

 病室では、主人と私の母が、心配そうに、私の体を見てくれています。「本当の私は、天井にいるのに」と思いながら、2人を見下ろしていました。やがて執刀医も来てくれて、手術の様子を2人に説明しています。「何とか輸血は避けたいと思っていますが、緊急時はやむなく使うことになるかもしれません」と言っていました。
 天井のあたりで見ていた私は、「このままだと、自分の身体に戻れなくなるのでは?」と、心配になりはじめました。そこで、頭からダイビングするようにして、自分の身体に入ろうとするのですが、うまく動けません。いろんな方向から試みてみても、結果は同じです。そこで今度は、足の方から布団の中に滑り込むようにして、入ろうとしてみました。すると、す〜っと入ることができました。

 そのまま眠ってしまったようです。目が覚めたときには、執刀医とナースが、痛み止めの注射をしてくれていました。さっそく医師に、「変な夢を見た」と訴えたのですが、「麻酔の影響で見た夢でしょう」と、取り合ってくれません。「小児科の病棟にいることもわかっているし、男の子が生まれたのも知っています」と言うと、ナースは驚いていましたが、「夢」としか解釈してくれませんでした。

 そのことがあってからは、「死ぬことは、怖いことではない」と、思うようになりました。特に、光の中に吸い込まれるように遊泳した時の感触や、お花畑のような美しいイメージのところの気持ち良さは、筆舌に尽くしがたいほどの素晴らしさでした。そして、大好きな父が、「まだお前には、物質世界で、やるべきことがあるんだよ」と、追い返してくれたのだと思えてならなかったのです。
 そして先日、飯田先生のお話をうかがって、なおさら、「まだ来るんじゃない!」と追い返してくれた父の言葉を、有難く思えるようになりました。誰も信じてくれなかった自分の体験が、飯田先生の講演によって、夢ではなかったのだと立証されたようで、本当に嬉しかったです。

 看護師という仕事柄、患者さんが亡くなるときにも、色々な形で、ご臨終の場面に立ち会っていますが、臨終の直前に、不思議な、私に話しかけてくれるような声が、聞こえることがあります。私たち看護師に対して、感謝してくれている声なのです。飯田先生の講演を聞いた今では、その声が、本当に、臨終を迎えられた「魂」の声なのだとわかりました。私も、死後の処置をさせていただきながら、心を込めてお別れをするようにしています。臨終の直前まで苦しまれていた患者さまも、亡くなられる瞬間には、とても安らかな表情になられるのです。

 これからも、働ける間は看護職を続けたいと願っていますが、これからは、自分のこの体験を、堂々と、「スピリチュアルな看護」のために活かしたいと思います。
 本当に、飯田先生にお目にかかれて、長年の悩みから解放された気持ちでおります。ありがとうございました。
 今後もますますのご活躍を願っております。


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 ・・・という感じで、大量にいただくお手紙の中から、ほんのわずかな数をご紹介しただけですが、いかがでしたか?
(本当は、感動的なお手紙はたくさんあるのですが、あまりにもプライベートな内容が多いので、ここには掲載できないのです)

 毎日、たくさんのお手紙をいただきますので、3日間ほど出張して帰ったら、50通も溜まってしまうことも・・・秘書も弟子も持たない主義の私にとって、代筆や封入などを頼める人もいませんので、全員にお返事することは困難ですが、お許しくださいね。



11月14日版

 12月の東京での公演(講演会・トーク&ライヴ)に当選しなかった方々から、「休日に、ほかにチャンスは無いか?」という問合せが少なくないので、以下の講演会の主催者さんと交渉した結果、対象となる「横浜市鶴見区在住の子育て中のお母さん・お父さん」以外の方々にも、一般公開いただけることになりました。

(注:ここに掲載したチラシは、後日、削除いたしました)

 なお、蛇足ですが申し上げると・・・上記のチラシでは「100万部のベストセラー作家」となっていますが、PHPの編集部できちんと数えてみると、すでに「130万部」を超えていることがわかったそうです。(PHPは、他の大手出版社のように、水増し発表はしない主義なので、これは実売の数字です。他の大手出版社であれば、「200万部」と「公称」してもかまわない数字ですが、PHPは本当にマジメですからね・・・笑)。


 それでは、明日の会議(大学での公務)までに作成しなければならない重要な文書を、必死で書いておりますので、本日はこれにて。


 追伸: このところ、ハードワークで体重が激減している話を書いたところ、多くの方々に、ご心配をいただきました。しかし、私としては、「せめて、いつか死ぬまでは長生きするぞ!」と決めておりますので、どうぞご心配なく。

(え? 「死ぬまでは長生きする」って、どういうことか、意味不明ですって?・・・かつて、北海道・屈斜路湖近くの「硫黄山」を訪れた際に、「これを食べれば、なんと死ぬまで長生きできる!」という温泉タマゴ、通称「死ぬまで長生きタマゴ」を売っていて、その商品名とキャッチフレーズの巧みさに、思わず笑ってしまったものですから・・・よく考えてみると、誰だって、「死ぬまでは長生きできる」のは当然であり、決して「寿命が延びる」とか「長寿になる」と約束しているわけではないので、ウソや誇張ではないんですよね)



11月12日版

 うう・・・
 この2週間で、ついに5キロも体重が減ってしまいました。

 食べているものは同じだし(断食をしているわけではありません)、睡眠も毎日5〜6時間はとっているので、2週間前と、特に変わったことはないのですが・・・はっきりした原因が、思いつきません。
 それ以前と違うことと言えば、寒くなってきたので、大好きなアイスクリームを食べなくなったことくらいですが、それとて、せいぜい2〜3日に1個食べていた程度ですから、それだけで、2週間で5キロも減るとは思えませんし・・・(笑)。

 ただひとつ、お風呂で頭を洗ったり、何かの拍子にあたまを振ったりすると、ただそれだけで、かなり頭が痛むのです。まるで、脳が腫れているかのような感覚で、一日中、ずっと痛んでいるのです。2週間くらい前から始まったので、この症状と異常な体重の減少が、なにかの関係にあるのかもしれませんが・・・

 痩せること自体は、身体にとって良いことなので嬉しいのですが、べつにダイエットをしているわけではなく(この激務の中でダイエットなんかしたら、本当に倒れてしまいますからね)、ちゃんと食べて寝ているにもかかわらず、過去に経験したことのない不自然な体重の減少なので、素直に喜べない心境です。
 私は、人々に安心感や幸福感を与えるのが仕事なので、痩せているよりも、「思わず微笑んでしまうような、ふくよかな温かい顔」でいる方が望ましいと思っているのですが・・・このペースでいくと、1ヶ月で10キロ、3ヶ月で30キロ、半年後には60キロも減って、ほとんど肉体が無くなり、いずれは魂だけの姿になってしまうかもしれません(笑)。


 そうだ、次回作は、自分の体験を生かして、

ダイエットしないで1ヶ月に10キロ痩せる法 〜あなたも、1日に16時間働こう!』(PHP?)

 にしましょうね(笑)。
 そうなると、オビの文句は、

ダイエットなんか、もう古い!

 に決まりでしょうか(笑)・・・これで、ベストセラー間違いなし!?


 事実、この2週間、テレビも新聞も全く見ておりませんし、音楽も聴いておりません。そんな暇など、全く無いからです。
(ただし、雑誌だけは・・・飛行機と新幹線での移動中に、売店で、「週刊プロレス」「週刊ゴング」「週刊ファイト」「週刊サッカーマガジン「週刊サッカーダイジェスト」「ディープインパクト三冠記念増刊号」「週刊ファミ通」を買って、隅々まで読破してしまいました・・・どうもすみません・・・あれ? 謝ることないか・・・)


 では、今夜も朝まで、パソコンと戯れますね。
 とほほ・・・


 追伸: 先日の土浦での講演会(茨城県歯科医師会)、400名を超える方々がおいでくださり、メインホールだけでなく、隣の部屋にもテレビ中継して、30名以上の方々が「画像」で講演をお聞きくださったそうです。どうもありがとうございました。
 講演後のサイン会も、2時間近くかかり、たいへんお待たせしてしまいました。しかも、今回は友人の(株)リスペクトではなく、同じ建物の書店さんが入ったため、「サイン会」の経験が無く、順番カードを用意しておらず、待ち時間中、ずっと並んで立ちっぱなし。(というか、あれほどのお客様が並んでくださるとは、予想していなかったようです。肝心の新刊『ソウルメイト』も、わずかしか仕入れておらず、すぐに売り切れてしまい、お客様たちをガッカリさせておりました)
 中には、フラフラになりながら必死でサインをしている私に向かって、「90分も待ったのよ!」と、怖い顔で立腹なさるオバサンも・・・(涙)。でも、このオバサンは、私の本はこれから初めて読むということだったので、ほっとしました。だって、このオバサンが、私の本の愛読者だったら、私は大ショックですからね・・・私の本が、「愛に満ちた人格形成」には役立たない、ということを証明してしまいますから(笑)。



11月5日版

 このところ、出張ばかり続いているうえ、3つの原稿締め切りを抱えており、1日に16時間以上も働いております。
 おかげで、この1週間で体重が3キロも減り、思わぬダイエットになりました・・・(病的な減少ペースなので、本当に病気でなければいいのですが・・・)

 明日(日曜日)も、先日の更新でご紹介したように、茨城県・土浦での公開講演会のため、片道3時間を自分で運転して、トンボ帰りで往復して来なければなりません。このボロボロの体調の中、まるで、死者を鞭打つが如き、とどめの強行軍・・・とほほ・・・

 しかし、私の講演会を、楽しみにお待ちくださっている方々のために、余力を振り絞って、がんばらなければなりません。
 皆さんの温かいお言葉や笑顔に接することが、私にとって、何よりのエネルギーになることも、事実なのですから・・・

 ・・・というわけで、あと数日間は、更新する暇がありませんので、どうかご了承くださいね。


 追伸: 新刊「ソウルメイト」、相変わらず大好評をいただいており、発売後の1ヶ月間で、4回もの増刷になっております。
     これもみな、皆様の口コミのおかげです。本当に、ありがとうございます!

 追伸2: 12月には、三砂教授(津田塾大学)との対談本、『生きがいの女性論 〜人生に満たされていないあなたへ』(仮題)が、ついに出版されることが、確実な情勢になってきました。どうぞ、お楽しみに!

 追伸3: 香川県さぬき市の**寺の御住職さんへ・・・福島からうかがうのは、あまりにも不便であるため、いつとお約束はできませんが、数年以内に、何とかしておうかがいしますので、その時まで、どうぞお元気で、長生きなさっていてくださいね。(日時の確約が難しいため、予告しないで、ある日突然に、ふらりと現れます)



10月21日版

 福島は、朝晩が冷え込む季節になり、すでにコタツを出した家が多いようですが、このHPをご覧くださっている、世界各地にお住まいの読者の皆様のところは、いかがでしょうか?

(・・・と、私にしては珍しく、ラジオ番組のようなご挨拶で、書き始めてみたりして・・・)

 福岡での公演(講演会とトーク&ライヴ)には、600名の会場に、ほとんど満席のお客様がびっしりと集まってくださり、音響効果抜群の立派なホールで、私も大いに気持ちよく語り、歌わせていただきました。おかげ様で、かなりの金額を、地元の福祉団体に寄付することができたようです。
 また、ご報告が遅れましたが、信州・白馬での講演会にも、会場定員100名様のところ、130名以上の方々が、遠方からおいでくださいました。その前に群馬県・新町役場で行った講演会にも、200名を超える方々がおいでくださり、イスが足りなくなって、スタッフは全員立ち見という状況でした。さらに、その前に、酒田市での講演会には、500名近くもの方々がおいでくださいました。
 御礼が遅くなりましたが、おいでくださった皆様、本当に、ありがとうございました。

 実は、このところ、東京公演のチケットを入手できなかった方々から、「どこかの講演会に、何とかして潜り込めませんか」というお問合せが、急に増えているのです。「いったい、どうしてなのかなぁ?」と考えてみたところ、「あ、そうか! 新刊『ソウルメイト』を読んで、最近、初めて僕の読者になった方々が、ぜひ、どこかの講演会に参加したいと、希望くださっているのだな」と、気づきました。新刊『ソウルメイト』によって、新たな読者が増えている証拠なのです。


 そこで、今後予定している、「会員さんや、限られた地域住民の方々に向けた講演会」のなかで、一般の方々にも特別に、座席の一部を解放していただけるものがないか、お願いしてみました。
 その結果、以下の講演会の主催者の方々が賛同してくださり、会員以外、あるいは地域以外の方々にも、座席(の一部)を解放していただけることになりました。
 残念ながら、「トーク&ライヴ」ではないのでギター&歌はやりませんし、特定のニーズに応じる講演内容(必ずしも一般向けではありません)のものが多いのですが、「東京公演のチケットが入手できず、福岡公演にも遠くて行けなかった・・・(落涙)・・・どんな内容でもいいから、講演会に参加したい」とおっしゃる方々のために、ご紹介いたします。


(1)神奈川経済講演会

日時: 10月28日(金) 17:20〜19:30
会場: 新横浜国際ホテル 南館3階
  (横浜市港北区新横浜3−18−1、電話045−474−0766。JR新横浜駅正面200mで、すぐ近くです)
演題:「生きがいの創造」
参加費: 2000円(当日、会場受付でお支払いください)
注意事項: すでに200名以上の参加申込者がいらっしゃるため、申込済みの会員様を優先し、会場に入りきらなくなった時点で、受付中止とさせていただきます。座席が埋まってしまった場合は、立ち見となる危険性を覚悟のうえで、おいでください。
著書販売&サイン&握手会: 行います。


(2)子育てサークル講演会

日時: 10月29日(土) 14:00〜16:10
会場: 各務原市 総合教育メディアセンター 視聴覚ホール
  (岐阜県各務原市 市民公園内 中央図書館4階。名鉄各務原線「市民公園前駅」下車、すぐ目の前です)
演題:「なぜ、その子と親子になったのか? 〜子どもが親を選んで生まれてくる」
参加費: 不明(飯田は聞いておりませんが、無料か格安のはずです)
申込方法: すでに150名の参加申込者がいらっしゃり、座席の限りがありますため、会員以外の方々のお申し込みは、「先着順で、限定50名様」までお受けします。参加をご希望の方々は、ここ をクリックして、幹事役の歯医者さんまで、メールでお申し込みください。先着50名様までにかぎり、予約をお受けします。
著書販売&サイン&握手会: 行いません。

(各務原・・・なんと、「かかみがはら」と読むんですよ)


(3)骨髄バンク及び臓器移植普及推進月間 記念講演会(熊本県健康福祉部主催)

日時: 10月31日(月) 13:00〜15:30
  (臓器移植・骨髄移植の専門家による3つの短いレポートがあった後、飯田が14:00〜15:30に講演します)
会場: 熊本県庁 行政棟 本館地下 大会議室
演題:「命のつながりと生きがいについて」
参加費: 無料
注意事項: 収容450名の会場ですが、すでに多数の参加者が見込まれますので、お早めにおいでください。
著書販売&サイン&握手会: 行いません。


(4)土浦市歯科医師会 市民公開講座

日時: 11月6日(日) 15:00〜17:00
会場: 茨城県 県南生涯学習センター 多目的ホール
  (土浦市大和町9−1 ウララビル5階、電話029−826−1101。JR土浦駅西口すぐ目の前の、大きなビルです)
演題:「生きがいの創造」
参加費: 無料
注意事項: 当日13:30より、会場にて入場整理券を配布いたしますので、お早めにおいでください。
著書販売&サイン&握手会: 行います。

(JR土浦駅は、上野から常磐線特急「スーパーひたち」で、わずか50分ですので、首都圏から意外に近いんですよ。会場も、土浦駅のすぐ目の前ですから、とても便利です。参加費も無料で、サイン会では握手や一緒に写真撮影も可能ですし、日時も日曜日の午後ですから、この講演会は、遠方の方々でも、大いに狙い目ですよ)


 ・・・という感じです。チャンスがあれば、どうぞ、おいでくださいね!



10月13日版

 
ごめんなさい!!

 先ほど、午前10時すぎに目が覚めて、パソコンを起動し、メールをチェックしたところ、東京公演の追加チケット販売のボランティア・スタッフである枝村さんから、次のメールが届いておりました。

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飯田先生へ(至急)

12月の講演追加分の申込状況ですが、
オープン後、1分も経たない間に、100名を越えてしまいました。
(すっ、すごい・・・・ みなさんの必死さが・・・)

と言うことで、こちらのHP上では受付を締め切りましたので、
先生のHPでもその旨周知のほどをお願いいたします。

詳細については、後日連絡させていただきますが、取り急ぎご連絡まで。
よろしくお願いいたします。


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 ええっ!

 9時に申し込みフォームをオープンして、たった1分で、お申し込みが100名様分を超えてしまうとは・・・ということは、せっかくお申し込みを完了して喜んでくださっている方々のうちで、先着で60名様分以降の方々、つまり40名様分程度は、「お申し込みは完了いただいたけれど、残念ながら先着順で、チケット枚数から外れてしまった」ということに・・・これぞ、まさに、人生において何度も遭遇する現象、いわゆる「ぬか喜び」。
 せっかく、9時ちょうどに必死でお申し込みくださったのに、本当に、お気の毒です。まさに、回線の通信速度と、必要事項の入力時間が、運命を分けたということになりますね・・・(落涙)。

 お申し込みにチャレンジしてくださった皆様、本当に、ありがとうございました。
 そして、お申し込みくださったにもかかわらず、60名様分から外れてしまった皆様には、なんとお詫びすればよいやら、わかりません。とにかく、本当に、ごめんなさい。
(まさか、1分で売り切れるとは・・・受付開始後10分程度は、大丈夫ではないかと予想していたのですが・・・)


 残念ながら、東京公演以降、少なくとも再来年(2007年)の4月までは、以前にも書いた事情(大学での公務多忙)のため、直前キャンセルが不可能な一般公開の講演会や、トーク&ライヴの予定を入れることができません。
 特に、「生きていく明日からも」と「いつまでも、いつでも一緒」は、2007年以降も、私自身が歌う機会はほとんどなくなりますので、「今生の良き想い出として、いつまでも実感をもって想い出せるよう、一度は生で一緒に歌っておきたい」と希望くださる御方は、ぜひとも、
10月16日(日)の午後1時(ライヴは3時半)に、福岡までおいでくださいね!
(東京からは、と、遠い・・・でも、羽田空港から飛行機にお乗りくだされば、福岡空港から会場までは、地下鉄でわずか20分程度です。福岡〜羽田間は、夜の9時台まで飛行機が飛んでいますから、日帰りも充分に可能ですよ。福岡公演ならば、お席は残りわずかながら、まだ間に合うと思います。入金が間に合わない場合の、当日券の入手方法などについては、主催者にメールでご確認ください。詳細は、8月31日版の更新内容を、ご確認ください)
 とりあえず、緊急のご報告でした。
 それでは、皆さん、今度の週末は、九州・福岡の立派なコンサートホールで、お会いしましょうね!
(すでに、皆さんに配布する歌詞カードも作って、スタッフにお送りしましたので、大丈夫です)



10月11日版

 たいへんお待たせいたしました!

 完売した東京公演の、追加チケットの販売スケジュールが、決まりました。

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 公演詳細: 8月23日版の更新内容をご確認ください。

 販売開始日時: 
10月13日(木)、午前9時より。 販売枚数: 限界までイスを増やして、合計60枚。

 制限枚数: 今回は、より多くの方々にチャンスを提供するため、「お1人様2枚まで」とさせていただきます。
       これ以上の枚数をお申し込みくださっても、お1人様あたり2枚しかお受けできませんので、ご了承ください。
      (ただし、たとえば4名グループで、うち2名が2枚ずつ申し込んで合計4枚、という方法ならば可能です)

 販売方法: 前回と同じですが、今回は着順トラブルを避けるため、電話でのお申し込みは、お受けできません。
       インターネットのみの限定販売ですので、13日の午前9時以降に、以下のアドレスをクリックしてください。
       お申し込みが60枚に達ししだい、先着順で、締め切らせていただきます。

 http://www.respect-con.co.jp/yoyaku.html



9月25日版

 新刊『ソウルメイト』の感想が届いていましたので、前回に引き続き、ご紹介させていただきます。

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「ソウルメイト」を読み終えました。
 すごーーくすごーーく良かったです!

 今までも、こんな風な仕組みなのかとは、少しは理解していましたが、細部にわたると、まぁいいかと通り過ぎてきました。
 今まで過ごしてきた人生を、そしてこれから過ごす人生を、納得して生きるために、とても強い味方が出来たような思いです。

 今、仕事をしている****は、自分にとってはとても「辛い」と感じられますが、これも私の計画なのだと・・・職場でも、ソウルメイトも大切にしなくてはと、改めて考えています。新たな思いで、職場と向かい合わなくてはと思っています。

 涼しくなってきましたが、お体にはくれぐれもご自愛くださいますように。


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 ソウルメイト拝読しました。
 飯田先生にしか書けない素晴らしい本ですね。
 これからも信念を貫いて頑張ってください。
 いつも応援しています。


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 すてきな本をありがとうございました。

 失礼ながら・・・今まで、飯田先生の本をハードカバーのうちに購入したことはありませんでした。
 文庫になるまで待ってしまったり、待ちきれずに本屋で立ち読みして済ませたり・・・で。

 でも、今回は、発売直後、即、購入、即、読みました。

 そして期待通り、自らの生き方を一撃されました!!
 ソウルメイトは、***の**ではないのですね。
 このことを教えて下さったことに感謝いたします。

 お元気で、これからもご活躍ください。
 往復葉書でこうやって問合せできるという、おまけのユーモアも嬉しいです!


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 素晴らしい御著書をありがとうございました。

 毎回のことながら、類似のテーマを扱う他の著者とは、格の違いを感じさせられます。
 先生ご自身もおっしゃられるように、いろいろな意味で難しいテーマに対して、直球勝負に出られたことに、まず敬意を表したいと思います。誤解を受けやすいテーマだからこそ、理詰めでしっかりとした理論構築がなされることが大切だと思いますが、そのような意味でも、先生の試みは成功されていると感じます。

 私も大学教官として最近思うのですが、身のまわりに、スピリチュアルな価値観の重要性を感じる人たちが、どんどん増加しているのではないでしょうか。ガチガチの唯物論の人たちもまだ確かにいますが、多くの人たちは、大きく変化しつつあるように思います。
 飯田先生のような大きな使命を持たれた方の努力が、その背景にあることは間違いありません。微力ですが、私も今後とも、そうした活動を応援させていただくつもりです。

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 ソウルメイト、読みました。
 タイトルがシンプル且つ刺激的な割に、内容は予想以上に論理的で驚きました。
 ソウルメイトという切り口で、改めて生きがい論を勉強しなおすような内容になっており、大変興味深く読む事が出来ました。読み終えて、「がんばろう!」という力が、自分の内側から湧いて来ました。

 その中でも、特に心に残った点は2点あります。
 1点目は、仕事関係のソウルメイトのところです。仕事での悩みはつきませんので、食い入るように読みました。随所に普段自分が考えているとおりの事が書かれており、大変嬉しく思いました。ビジネスの最前線にいながら、「**を****から**する」。正に自分の目指していた所でした。*****の**、というのも、自分が正に仕事において掲げていたテーマでした。ただ、これらの考えを、どう普段の仕事に具体的に結びつけて行くか、それが難しくて、思い通りにならなくて、いつも悩んだり、落ち込んだりしています。だけど、それに対する答えは各自によって違うものであり、自分で考え、行動しなくてはならない事ですもんね! がんばります。

 2点目はやはり、夫婦関係のソウルメイトのところです。読み終えて意外にも、「自分とかみさんとはツインソウルかも知れない」という気がしました。そして、そう思うと、なんだか、かみさんが自分の分身として、理屈抜きでとてもいとおしく思える気がしました。(今までも、いとおしく思っていなかった訳ではないのですが。)

 という訳で、またまたすばらしいご本、ありがとうございました。

 12月18日のチケットは、運よく手に入れる事が出来ましたので、我がツインソウル(?)の家内と二人で駆けつけます。
 ちなみに、家内を最初に誘ったときは、「一人で行ってくれば?」とつれない返事だったのですが、「チケット代は二人分とも俺のこづかいから出す!」と行ったところ、二つ返事で参加をOKしてくれました。信じられないくらい現金な相棒です。この辺は、我がツインソウルだとは思えません(笑)。


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朝夕の涼しさと、日暮れのはやさで、秋の深まりを日々感じます。
 先生は、お元気で、お過ごしですか?

 今日は、「ソウルメイト」の感想をすこし・・・。

 とても理論的に書かれていて、なるほどな〜、とおもいつつ読ませていただきました。人間関係を、この本に書かれているように考えていくと、過去の辛かった想い出も、いい想い出になります。

 ところが、まだ、「だって、実のところ、運命の人というのは・・・」の解答が、わかりません。教えて下さい。

 私は、難度Bまでの失恋は経験しているけれども、さりとて、仕事にはまっているわけでもなく、同性にすごい親友がいるわけでもなく・・・本の中に、「ソウルメイトは運命の人なのだから、自分が何の努力もしないでいても、時期がくれば必ず出逢うことができると思い込むのは、誤解である」と書いてあるのを読んで、「そういえば、最近、ちゃんと、出逢いを大切にしているかな?」と、反省してます。

 もうすぐ、先生と、お会いできます。講演会とライブ楽しみにしています。


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 ・・・というお手紙でした。
 こちらこそ、どうもありがとうございます。

 本書の巻末でご案内しておいた、往復葉書でのお問合せは、今のところ、まだ7通しか来ていませんので、おそらく多くの読者は、解答を自力で発見してくださったものと推察しています・・・以前、『ブレイクスルー思考』で同じ方法をとったところ、合計40〜50通程度の往復葉書しか届きませんでしたから、今回も、せいぜいそのくらいの枚数にとどまってくれるのではないかと、甘く考えているのですが・・・(何千枚も届いてしまったら、大変なことになりますからね)
 とはいえ、著者としてのお約束であり責任ですから、たとえ何千枚届いてしまったとしても、一枚一枚、必ず直筆で、きちんとお返事しますので、ご安心くださいね。(大量に届いてしまった場合には、毎日10通くらいずつ書いて、お返事が来年になってしまうかもしれませんが・・・笑)


 今週は、「北海道・東北地区看護研究学会総会」の基調講演(800名)、「帝京安積高等学校」の生徒さん&親御さん向けの講演(600名)と大規模の講演会を行った後、HPでご案内した「ホテルグリーンプラザ白馬」での内緒のプチ講演会へと続きます。季節の変わり目で、ノドの調子が不安定なので、気をつけなくちゃ・・・

 皆さんも、どうか風邪をひかないよう、気をつけてくださいね!



9月21日版

 新刊『ソウルメイト』、発売されました!

 東京では、すでに15日の夕方から、店頭に並んでいたとのこと。
 遠く福岡でも、19日には、中規模の書店でも、新刊コーナーに平積みになっていたそうです。
 ありがたいことです。

 連休を挟んだため、まだ感想文の到着は少ないですが(明日には多くなるでしょう)、とりあえず、本日いただいたものをご紹介しましょう。


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 先生、こんばんは。

 新刊「ソウルメイト」たった今読み終えました。

 今まで、自分が体験してきた人間関係を思い出しながら読んでいました。

 先生、こんなステキな本を世に送り出してくれてありがとうございます。
 ますます家族を大事にしたい気持ちが強くなりました。そして、今まで嫌な事を言われたり、されたりしたあの人がなんだかかわいく思えてきました。。。。
 これから、自分が用意した試練がやってきても、楽しんで挑戦できそうです。

 でも、最後の答えがわからないのです。。。(涙)
 ちゃんと読んでんですよ。。。
 先生がおっしゃってたように、わくわくしながらまた探してみますね。。。
 でも、「あれかなぁ」と思うところはあるんですよ!!

 わたしは、せんせいの文章の中で、(  )に書いてある文や言葉が大好きです。思わずふきだしたり、「そうそう」って思わず声にだしてしまいます。

 失恋のしくみのところで、「難度E」のところは声をだして笑ってしまいました。。。

 今度は、じっくりと読んでみます。わくわくしながら。。。

 それでは、また。。。


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 飯田先生へ

 ソウルメイト「運命の人」についての7つの考察、読みました!

 う〜ん、またまた新境地ですね。
 「ソウルメイト」を、このように現実的に語られるとは。

 先生がおっしゃるように、想像していたよりもずっと論理的な内容でした。
 そして、このところ自分でも感じていたことが、とても理路整然と語られていて、
 「そうそう。そうなんだよね。」
 と頷きながら読みすすめました。

 結局、その人が「ソウルメイト」であるかどうか、よりも、自分がその人と、どんな関係を築きたいのか、そして、そうするための覚悟ができているかどうかが大切であり、それに尽きるんですよね。
 そして、その覚悟こそが「愛する」ことなんではないかと。

 結局、*****************(注:本書の解答部分なので伏字にします)なんですから、縁あって、自分が好きになった人なら、************、*******ことが大切ですね。

 こういうことがわかるようになった今、自分が付き合うことになっている人は、とても縁が強いのだと思います。
 思うようにいかないことも多いですが、***********で、**********、とても********です。
 ツインソウルかな? なんて思いましたが、それを探ることにはあまり意味がないなあ、とも思っています。
 今は、自分が目指す関係(お互いを大切にし合える関係)を築けるよう、できるだけやってみよう、と思ってます。

 今のわたしの目標は、「しあわせな人であること」です。
 これがすべての道をきりひらく鍵だと感じています。
 しあわせを感じながら、小さなことに感謝しながら毎日を暮らせたら、なにをやっても楽しくて、うまくいくと思います。
 そして、ときどき傷ついたり、落ち込んだりすることが、人生のスパイスなんですよね。

 素晴らしい本をありがとうございます!
 またまた、次の新刊が楽しみになってしまいました。
 お忙しいとは存じますが、また、わたしたちの想像を超えた素敵なサプライズを期待しています。

 それでは、また。


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 読後感想文です。

 期待していた通りの内容のご本を、ありがとうございました。
 昨日が新刊の発売の日だと知り、市内の大きな本屋さんに行ったのですが並んでおらず、***市が「都会に近い田舎」であることを思い知らされました。

 今日購入して、一気に読み終えました。
 最初に問題があったことも忘れ・・・。

 読み終わった後には、「ああ、しまった。どこに書いてあったのだろう?」と、その文自体を見つけられなかったことを残念に思いましたが、運命の人は*****(注:本書の解答部分なので伏字にします)だという想いが残りましたので、あえて探すことはせずにいます。
 もし、あまりにピントはずれだったら、申し訳ありません。

 わたしも貴書に書いてあったように、「今のだんなさんは、ツインソウルか? プロジェクトソウルか?」という答えを見つけられるのではないか?、と興味津々でしたが、「どちらでもいいや。どちらにしても、重要な人にはまちがいはないのだから」という気持ちになりました。
 たぶん、今から、周りの、出会う人々に対しての想いが変わるのではないか?、と、「思考を楽しく観察してしまおう」という思いでいます。

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 こんにちは。

 いつもいつも、飯田先生の御本を読んで、勇気が出てきて、本当に心から感謝しています。
「ソウルメイト」も、5〜6時間かけて、ひと通り読みました。むずかしいのに、おもしろくて、わかりやすい。

 何回も何回も、同じところを理解するまで読むと、生きていく力がわき出てきます。
 飯田先生のファンになったのは、「生きがいの創造」のころからですので、1冊の本を理解したような気になる時間が、かなり早くなりました。本当にいつもありがとうございます。

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 たった今、ディズニーリゾートから帰って参りました。

 予想通り、連休でものすごい混雑ぶりでした。しかし、今回ほどアトラクションの待ち時間が短く感じたことはありませんでした。なぜなら、新刊『ソウルメイト』を読みながら並んでいたからです。

 カバーを付けずに読んでいたので、ジャングルクルーズに並んでいる時などは、「あっ、飯田先生のソウルメイトよっ。もう読んでるっ!」と、知らない2人組の女性が言っているのを耳にしました。私は、人気アトラクションのファストパスを手に入れた時とは比べものにならないほどの優越感にひたっておりました。
 と、その直後、「あの人、一人で来てるなんて、きっとまだ結婚相手がいないのね。」「飯田先生の本を読んだからといってねえ。」という声が・・・(涙)。*歳の息子と妊娠*ヶ月の妻をぎりぎりまで日陰で休ませておきましたので、独身に見られたのでしょう(涙)。

 エレクトリカルパレードを見終わって、花火が始まるまでの時間、電灯のあるベンチに座ってあと少しで読み終わるという時、「本日は、上空の気流が不安定なため中止といたします。」というアナウンスが・・・・。がっかりして本に目を落とすと、ちょうど279ページに、ディズニーランドのことが書いてあるではありませんか。飯田先生、ありがとうございます。おかげで、「また来よう」と思うことができ、楽しみが残りました。(笑)

 私は、これまでの飯田先生のご著書の中に、「結婚後にツインソウルに出会う場合もあり得る」とありましたので、「妻にとって、自分は本当にツインソウルなのだろうか、妻が今後、本当に愛し合う男性を見つけてしまったら・・・」などという不安を持ってまいりました。しかし、本書を読み終わった今、どうしてそんなくだらない不安を持っていたのだろう、と思うようになりました。なぜなら、わたしには妻という愛する女性が現実に今も隣にいてくれるのであり、もうすでに自分は十分幸せなのだということを、思い出したからです。

 長々と失礼いたしました。


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 ・・・という感じです。
 本書は、私がいちばん書きたかった内容&執筆スタイルの本ですから、本書を高く評価し、歓迎くださる読者こそが、私から見ると、最も理想的な読者像だということになります。もちろん、読者のニーズは多様であり、全ての読者を喜ばせることは不可能なので、誰からどのような評価が下されようとも、私は全く気にすることなく、いつも「自分の書きたい本」を世に問うだけなのですが・・・

 その意味で、私は、きわめて自己中心的で、傲慢な著者なのです。あくまでも、商業作家ではなく、研究者として著書を発表していますので、「読者のニーズに応じよう」という意志は希薄であり、「自分のやりたいことを、とことん追求するだけのこと・・・その結果、誰に何を言われようが、一切気にする必要はない」と、割り切っているからです。こんなに自分勝手で生意気な著者の本をお買い求めくださり、しかも喜んでくださるとは、なんと奇特な方々・・・い、いや、ありがたい方々でしょうか(笑)。
 とにかく、心から、深く感謝申し上げます。



9月8日版

 お待たせしました!

 新刊『ソウルメイト』の見本が完成しましたので、表紙写真を公開いたします。
 文字の文章、位置、配色や、使用する写真など、いつものように、すべて私自身の考案・指示にもとづいて、デザイナーにご依頼したものです。





 ・・・書店の店頭を通りかかった人の心を、わしづかみにしてしまうであろう、オビの強烈なキャッチフレーズ。
 今、この表紙をご覧になったあなたの心も、思わず、「きゅーん」と鳴ってしまったのではありませんか?(笑)


 今回の新刊は、なんと、10年前に発表した『生きがいの創造』初版の「あとがき」で予告していたものであり、10年をかけて熟成させながら、構想を固めてきたものです。

 私は、本を書き上げた後に、いつも、「本当に、これで良いか?」と不安になって自問自答するのですが(満足してしまっては、文筆家としてお終いですからね)、今回の本については、「自分は、本当は、このような本を書きたかったのだ」という気持ちが強いのです。あらゆるバランスを巧妙にとり、物質世界と精神世界の両面を視野に入れながら、曖昧な概念を論理的に解きほぐしていく本・・・このような本を書くためには、『愛の論理』の論理性と、『生きがいの創造 2』の精神性との両面が必要であり、『生きがいの創造 2』を発表した後の今だからこそ、ようやく出版できるはこびになった、というわけです。

 人間関係論を扱う大学教授であると同時に、スピリチュアルな体験を続けているからこそ書ける本。
 したがって、この世の中で、ほかの誰にも決して書けない、私だけが書くことのできる本。

 私は、「ソウルメイト」という、「超怪しげな、いかがわしい、うさんくさい概念」について、いかに理路整然と解き明かし、考察を進めていくのでしょうか?



9月5日版

《 お知らせ 》

 昨日も「お知らせ」をしたばかりですが、本日も、急きょお知らせいたします。

 9月17日(土)に、酒田市(山形県)で行う講演会(詳しくは8月6日の更新参照)について、主催者から次のようなメールが届きました。

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 いよいよ17日の講演会が近づいてきました。
 現在、入場整理券の発行数は、事前予約も含めて、400枚を超えております。決して無理な宣伝はしていませんが、徐々に広がっているようです。ホームページからの案内のおかげで、県外からも30枚以上予約が入っております。

 予想以上の反響です。東京の講演会が2日あまりで完売とのこと、酒田にもかなりの生きがい論ファンがいるのですね。当日は教育関係者にとどまらず、医療関係、福祉関係と、様々な分野から参加いたします。
 これから17日に向けていろいろメールすることがあるかと思います。執筆や講演、メッセンジャーとして多忙なところ恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
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 ・・・というわけで、すでに400枚以上の整理券が出ており、残りがわずかになってきました。
 もしも、「行こうか、どうしようか」と迷っていらっしゃる御方は、お早めに電話して、整理券を予約(当日に受付で渡していただけます)なさっておいてくださいね。

 それにしても・・・周域に数千万人を抱える東京ならばともかく、人口わずか10万人足らずの酒田市で、400枚以上のチケットが出てしまったとは、いったい、どういうことなのでしょう???
 いずれにしても、ありがたいことです。



9月4日版

《 お知らせ 》

 先日完売した東京公演のチケットについて、何らかの形で少しでも追加席をご用意できるかどうか、現在検討中です。
 7日に、主催するリスペクトのスタッフが東京の会場を訪れて、会場を見せてもらいながら、現地の担当者と打ち合わせをしてくるそうです。

 つきましては、追加チケットを販売できるとしても、早くても8日以降になりますので、ご承知おきください。
(販売は、前回同様、予告なしに、このHP上で突然に開始して、先着順とさせていただきます。ほかに、フェアな方法が見つからないものですから・・・)

 本日は、お知らせのみにて失礼いたします。


追伸: もう少しで、新刊『
ソウルメイト 〜「運命の人」についての7つの考察』の見本が仕上がってきて、表紙写真などをUPできると思いますので、どうぞお楽しみに! (考えてみると、早いもので、あと2週間ほどで発売になりますからね)


追伸2: 予約を開始したばかりの福岡公演についても、このHPで公開した翌朝に、予約担当の先生(歯医者さん)から、このようなメールが届いておりました。

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早速、沢山の申し込みをして頂きました。
これから大変になりそうです。
改めて、飯田先生のホームページの凄さを実感です。
間違いがないように、心して担当します。

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8月31日版

 東京公演の募集に続いて、福岡 での大きな講演会(定員600名)の募集も、開始されました!

 まずは、チラシをご覧ください。

(チラシは削除しました)

 福岡での講演会は7年ぶりで、もちろん、「生きていく明日からも」や「いつまでも、いつでも一緒」は、福岡では初演になります。7年前の講演会にも、400名もの方々がおいでくださいましたが、今回はライヴ付きなので、ライヴがお目当ての方々も、おいでくださることでしょう。
 東京公演のチケットが入手できなかった皆様も、遠く九州・福岡の地でもよろしければ、今のうちならチケットが入手できる可能性が高いので、どうぞご検討ください。福岡空港から会場までは、地下鉄を使ってもタクシーを使っても、30分〜40分で到着する距離です。JR博多駅からならば、20〜30分という近さですから、日帰りも大いに可能ですよ。
(もちろん、せっかく福岡に行くならば、ついでに受験の神様・大宰府天満宮にお参りしたり、会場からも近い有名な「中州」に繰り出して、本場の「とんこつラーメン」や「からし明太子」などをいただくのもお勧めです)

 福岡公演においでいただける皆様、当日は、歌詞カードを配りますので、私と一緒に、「生きていく明日からも」や「いつまでも、いつでも一緒」を、大合唱しましょうね。
 もう、あと1ヶ月半後ですから、あっという間ですよ!



8月30日版

 私の東京公演チケットの完売の件、その後にスタッフたちが調べてみましたが、確かに、予約窓口を閉じる前に、382名分の予約が入っておりました。そのうち、10枚を予約なさった御方が1名、4枚が3名でしたが、あとはみな、1〜3枚のご予約でした。その結果、数え間違いや、予約数の間違いは、無いことがわかりました。

 したがって、現時点で、確かに382名分の予約が入っていることになりますので、あとは、9月末の入金締め切りの時点で、どのくらいのキャンセルが出るかという問題になります。もしも、その時点で、入金の未納が多数生じてしまった場合には、その分の枚数を、10月初旬に追加販売させていただきます。

 しかし、本日、スタッフに詳細を確認してみると、実際には、申し込み窓口の閉鎖後にも、短期間で300件近くのアクセスがあったのだそうです。実際に、私の直接の知人の皆様からも、「閉鎖後に知ってガッカリしています」「何とか、飯田先生のコネクションで、席を確保できないでしょうか」というご連絡を、この数日間でたくさんいただいていますが、今回ばかりは、私の手元にも、1枚も余りチケットが無いのです。このような展開になりましたので、私の知人の皆様とはいえ、よほどの事情が無いかぎり、他の一般の皆様と同じ条件で、フェアにお申し込みいただくしかありません。本当に、ごめんなさい。

 このようなわけで、現在、「追加席」や「立ち見」など、何とかして数十枚でも追加販売できないかと、リスペクトのスタッフたちが、東京の現地会場まで下見に出向いて検討しておりますので、しばらくお待ちくださいね。

 とりあえず、現状報告でした。



8月27日版


 東京公演のチケット350枚以上が、
 たったの「2日と10時間」で、完売してしまいました!




8月23日版



 お待たせしました。
 東京での講演会&ライヴ(初演)の詳細が決定しましたので、
 予約を開始させていただきます!


 東京で、一般公開の講演会を行うのは、何年ぶりでしょうか・・・

 しかも、今回は、9月に発売する新刊『ソウルメイト』にちなんで、「ソウルメイト」や「ツインソウル」に焦点をあてた、特別な内容で講演します。(著書には書けないような、応用編の内容にも触れてお話しますので、録音・録画はご遠慮ください)

 そのうえ、「生きていく明日からも」「いつまでも、いつでも一緒」は、首都圏はもちろん、なんと東日本では「初演」。
 私の歌を、私自身のギター弾き語りで、私と直接に、一緒に歌いたいと願ってくださっていた皆さん(ご希望のお手紙をたくさんいただきました)、ついにその時がやってきますよ!


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飯田史彦 「講演会」と「トーク&ライヴ」

テーマ: 永遠の愛・めぐり逢う生命 〜 ソウルメイトたちとの恋愛・失恋・結婚・友情などのしくみを解説する
日 時: 12月18日(日)

    開場・・・12時30分
    開演・・・13時30分(講演90分程度、休憩を挟んで、トーク&ライヴ1時間程度)
    終演・・・16時40分
    サイン&握手&一緒に撮影会・・・16時40分〜
   (一緒に記念撮影をご希望の御方は、カメラやカメラ付き携帯電話などを、ご持参ください)

会 場:「浜離宮朝日ホール」(はまりきゅうあさひホール)内「多目的ホール」
    東京都中央区築地5−3−2(電話03−5541−8705)

    地下鉄「大江戸線」の「築地市場」駅、A2出口より徒歩3分、または、
    東京駅からタクシーで20分、新橋駅からタクシーで10分。

定 員: 350名(定員になりしだい、締め切らせていただきます)

参加費: 前売 2000円


(当日、まだ座席に余裕がある場合のみ、残席分の当日券を、3000円で販売する予定だそうです。前売りで完売した場合には、当日券は販売いたしませんので、お早めにお申し込みください。なお、全席、自由席となります。また、お一人様あたりの枚数制限は設けておりませんので、ご友人やご家族の分を含めて、代表者がまとめてお申込みくださって結構です)

主催&問合せ先: 株式会社 リスペクト(年度末をもって解散するため、これが解散記念イベントになります・・・涙)
         電話:0257−23−1517
         Email(完売のため、削除しました)

申込方法: 下記のアドレスをクリックして、専用申込フォームへお入りください。
      または、上記の電話番号により、電話でお申込みくださっても結構です。

http://www.respect-con.co.jp/yoyaku.html

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 今回は、このホームページをご覧くださっている愛読者の皆様(とその身の回りの方々)に対する、私からの特典(特別プログラム)となりますので、日頃の感謝の気持ちを込めて、このホームページのみでご案内させていただきます。会場の定員が少ないため、このホームページ以外では、いっさい、広告宣伝は行いません。(東京での講演会は数年ぶりですし、講演内容も広く関心を呼ぶテーマであり、しかもトーク&ライヴは東日本で初めてなので、あまり広くPRしすぎると、すぐに定員が埋まってしまう危険性があるためです)

 あちこち探したのですが、東京は会場費がメチャクチャ高く、安い公共の会場は大変な競争率の抽選になってしまうため、確実に借りることができて、ライヴにも適している(ステージや機材があり音響が良い)会場は、今回の小規模の会場(定員350名)しか見つからなかったのだそうです。京都や大阪では、トーク&ライブをやると、それぞれ500名程度もご参加くださいましたので、数年ぶりの東京(しかもライヴは初演)ですから、もっと大きな会場で、一般の皆様にも広くPRしておいでいただくべきなのかもしれませんが・・・(前回、東京で一般公開した日比谷公会堂での講演会には、1000人もの方々がおいでくださいましたから・・・)

 でも、講演会はともかく、トーク&ライヴは、大きな会場よりも小さな会場の方が、一体感が高まって盛り上がりますから、今回は、ちょうど良い会場が見つかったと言えるのではないでしょうか。
東京駅や羽田空港からのアクセスも便利なので、遠方の方々にも、日帰りで気軽にご参加いただけるはずです。 いずれにしても、今回の東京公演は、このホームページのみでしかご案内しませんから、日頃、このホームページをご覧くださっている、コアな「生きがい論」マニアの方々が全国から集う、怪しい大集会になるに違いありません(笑)。



8月13日版


 新刊、

『ソウルメイト 〜「運命の人」についての7つの考察』 の原稿の初校(最初の校正)が、ようやく終わりました。

 いや〜、しんどかった。


 でも、これで、自分でも納得のいく出来に仕上がったので、発売が確定しました。

 PHPのレディ細矢編集員からも、次のような感想メールが届きました。


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飯田先生

力作「ソウルメイト」
一気に読み終えました

そして
今不思議な感動に包まれています

先生が10年前から
書くべく予告されていた本ということだけでなく

世に氾濫する
恋愛論
夫婦論
人とうまく付き合う秘訣を書いた本
親子論
嫁姑論
等々
それらの本を何冊読んでも
結局、自分の役には立たなかったと
落胆していたものが
この1冊ですべてが見えてきた−−−
という感動です

この本は
生きがい論を唱える
先生の視点があるからこそ書ける訳で
ほかの誰にも追随できないと思いました

この本は
恋愛論としても
夫婦論としても
親子論としても
兄弟姉妹論としても
人間関係論としても
読めるのです
オールマイティです

人間関係が崩れてきた今
出るべくして出た
という本だと思います


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 ・・・というわけで、句読点の全く無い、細矢嬢のシンプルな文章、私は大好きなんですよ。

 それでは、良きお盆休みを!



7月19日版

 この3連休は、ナイショの用事(ご想像の通り、例の用事です)で、遠方に出張しておりました。

 その途中で、空き時間を使って映画「宇宙戦争」を観てしまったところ、あまりにひどい内容(というか、内容そのものが全く無い)にガッカリ落胆して、「お金と時間を返してくれ!」と心で叫びながら、私にしては珍しく立腹して(というか、こんな映画を観てしまった自分自身の判断ミスを笑いながら)、空しさ一杯で映画館を後にしました。

 その時、ふと目に留まった、映画館のチラシ・・・それは、「宇宙戦争」の陰に隠れるように、ひっそりと小さな劇場で上映されていた、「
逆境ナイン」という、聞いたこともない名前の日本映画のチラシでした。
 そのタイトルを見た瞬間、私は、「ん? 逆境?」と、心ひかれてしまったのです。
 そして、1日に2回しか上映されてしなかった、その映画を、どうしても観たくなりました。
 なぜなら、「逆境」とは、まさに、私がこの10年間に書き続けてきた、「生きがい論」の中心命題だったからです。
 しかも、私自身が、いま、まさに「逆境」の真っただ中にいるからです。

 とうとう、私は誘惑に負けて、翌日、その映画を観てしまいました。
 その結果・・・

 なんと、
昨年の「スウィングガールズ」と並んで、私の大好きな映画になってしまったのです!
 それほど、「スウィングガールズ」(DVD発売中)と、この「逆境ナイン」は、ともに、私の「生きがい論」の精神を、正しく映画化してくださったと言えるでしょう。ご覧くだされば、必ずや、私がおすすめする意味を、ご理解いただけるはずです。

 このホームページの読者の皆さん、どうか、ぜひとも、「
逆境ナイン」を、観てみてくださいね。
 この映画を観れば、大いに笑って、ほろりと涙し、映画館を後にしながら、
「よ〜し、自分も、この逆境に負けないで、がんばって生きていくぞ〜!」という、不屈の闘志に満たされるに違いありません。(「宇宙戦争」の100倍、いや1万倍も面白く、しかも予想に反して、中身のびっしり詰まった映画でした)

 とにかく、超おすすめです。
 この夏の映画は、この「
逆境ナイン」で決まり!
 お子様の情操教育にも、ぴったりですよ。映画を観て大いに笑い、楽しみながら、「あきらめないで、がんばることの素晴らしさ」を、お子様たちに伝えることができます。

 また、「スターウォーズ」「宇宙戦争」「2001年宇宙の旅」「少林サッカー」をはじめ、「ハリー・ポッター」の名物教師そっくりの監督や、西部劇風の音楽や、あの「スウィングガールズ」の弁当事件、そして「巨人の星」などのスポーツ根性もの等、ライバル(?)映画・漫画のパロディもたくさんちりばめられており、ファンならば思わずニッコリ。しかも、主題歌は、私が大好きな往年の名曲、「夢をあきらめないで」(岡村孝子さん)。

 しかし・・・公開されたばかりだというのに、宣伝不足のため、いつ打ち切りになってしまうかもわからない状況です。
 しかも、大きな映画館では上映されておらず、ほとんどが、小さな劇場ばかり(涙)。
 どうか、大急ぎで、お早めに観に行ってくださいね。
 そうしないと、今週末にも、上映中止になってしまうかもしれません。
 こんなに素晴らしい映画だというのに、宣伝不足で観客がまばら・・・その反面、あんなにくだらない映画だというのに、派手な宣伝攻勢の「宇宙戦争」には、私のように、宣伝に騙されて観に行ってしまった人がいっぱい・・・ああ、世の中、どうしてこんなに不条理なのでしょう・・・「
逆境ナイン」のような真に優れた作品が、低予算ゆえに正当に評価されないとは・・・(涙)。
 まさに、冗談では済まない、本物の逆境に置かれてしまっている、この映画・・・この厳しい逆境から盛り返し、「スターウォーズ」も「宇宙戦争」も抜き去って、この夏いちばんの大ヒット映画になり、国民的名画として歴史上に燦然と輝くよう願っております。

 特に、ちょうど今、人生の「逆境」の真っただ中で苦闘していらっしゃる御方は、明日にでも、たとえ遠方の映画館まで出向いてでも、一刻も早く、絶対に観に行ってくださいね。そうすれば、きっと、あなたの心に、「決してあきらめない闘志」という、ありがたい灯りがともることでしょう。


 いや〜、昨年の「
スウィングガールズ」といい、今年の「逆境ナイン」といい、素晴らしい映画に出逢えて、私は幸せです。
 これぞ、私の「生きがい論」の精神を、そのまま具現化して、映画にしてくださったようなもの。

 いま目の前にある逆境よ、どうもありがとう!
 そして、そのことを思い出させてくれた「
逆境ナイン」よ、本当にありがとう!

 逆境に立ち向かうことこそが、わが人生。
 この程度の逆境に、負けるもんか!
 「締め切りの10日前だというのに、公務が次々と飛び込んできて、しかも身内が重病で倒れてしまい、新刊の執筆がほとんど進んでいない」という、この絶体絶命の逆境に立ち向かって、必ず乗り越えてやるぞっ!


 ・・・「試合は9回の裏、得点差は112対0、しかも、メンバー9人のうち8人が重傷を負って気絶中」という「完全なる逆境」を、主人公である全力学園の野球部員たちは、いったい、どのような方法で跳ね返し、逆転勝利を目指すのか?!

 皆さん、一刻も早く、「逆境ナイン」を観に行ってくださいね。
 いま逆境にある人ほど、本当に元気になれますから。



7月4日版

 本日は、いくつかのお知らせがあります。


(1)専修大学の大石教授が、「生きがい論」を大きくご紹介くださいました!

 私の『生きがいの教室』でご紹介した、専修大学の大石和夫教授が、このたび、次のような興味深い本を出版されました。



 そう、「タイプA」と呼ばれる、特徴ある人々(競争心が強く負けず嫌いで、じっとしていられずにいつも何かをしていないと落ちつかないタイプ = 仕事熱心な人に多い)と、スピリチュアリティとの関係を学術的に掘り下げた、画期的な本なのです。
 内容は、

 第1章: タイプA行動様式とは
 第2章: ストレス反応とタイプA
 第3章: 喫煙・飲酒行動とタイプA
 第4章: 食習慣とタイプA
 第5章: スポーツとタイプA
 第6章: タイプAの背後にある心とスピリチュアリティ
 第7章: スピリチュアルな価値観を応用したタイプA修正の試み

 というわけで、終わりの第7章では、私の「生きがい論」を大々的に引用くださっており、「なるほど、健康心理学や精神生理学の観点を生かせば、生きがい論は、このように活用できるのか!」と、思わずうなってしまう面白さ。

 ご興味をお持ちの御方は、専修大学出版局(03−3263−4230)まで、お問合せくださいね。



(2)姫路市民会館大ホールでの講演会、詳細が決まりました!

日時: 8月18日(木)、13時〜15時
   (終了後、著書のサイン&握手会も予定しています)

会場: 姫路市民会館 大ホール(総社本町112)

演題:「生きがいの創造」(福島大学教授 飯田史彦)

主催: 姫路市役所 高齢福祉課(問い合わせ先)

参加条件: 当日受付、入場無料

 ただし、姫路市内のお年寄りだけで600名近くの参加者が見込まれるため、それ以外の一般人の座席は、50席ほどしか確保できない可能性があります。それを超えると、入場制限となりますので、お早めにお並びくださいね。



6月20日版

 盛岡での講演会、収容人数10名ほどの会場に、200名以上の方々がおいでくださり、恐れていたこととは別の意味で、大変なことになってしまいました(涙)。
 講演開始時刻の30分前には、すでに満席状態。あわてて、ほかの部屋からイスを大量に持ち込んで、なんとかご入場いただきましたが、スタッフの女性8名は会場に入ることさえできず、外の廊下から、ドアに耳をつけて講演をお聴きくださったとのこと。
 え? 消防法ですか? いえいえ、決して、違反なんかしてませんよ(笑)。


 講演後には、調子に乗って、友人夫妻と3人で、盛岡駅前の「わんこそば」の店に入り、「75杯」も食べてしまいました。
 しかし、これは、男性としては平均的な数字にすぎません。実際に、一緒に挑戦した友人夫妻も、ご主人が私と同じ75杯で、奥様が30杯でした。女性でも、少なくとも30杯、普通は50杯程度は食べられるとのこと。確かに、すぐ近くに座っていた、関西弁の女性(推定22歳、一人旅中)は、なんと90杯を超えて、100杯に近くなっても、まだ頑張っておりました(我々の方が、後から来て、先に店を出て行きました)。日本記録は、300杯以上になるそうです。

 ちなみに、盛岡名物「わんこそば」は、おわん1杯で、ひと口分くらいの分量です。だいたい、15杯から20杯くらいで、普通の「ざるそば」の1人前と同じ分量だそうですから、75杯というと、ざるそば3〜5人前くらいでしょうか。目の前に、ざるそば4人前が並んでいたら、とても全部食べる気にはなりませんが、「わんこそば」は美味しくて、しかも1杯が1口分しかないため、気がつくと、あっという間に50杯くらい食べてしまっているのです。
 私は、見かけによらず小食なので、これまでは頑張っても50杯くらいでギブアップしていましたが、今回は、朝からほとんど何も食べていなかったので、いつもより25杯も多く入ってしまいました(笑)。

 それにしても、「わんこそば」というのは、不思議なものです。いつも、食べるたびに、お腹がパンパンにふくらんで、「もう食べるもんか!」と心に誓うのですが、1年くらい経つと、あの苦しさを忘れてしまい、「う〜ん、また食べてもいいかなぁ」と、なぜか恋しくなってしまうのです。
 そういえば、そういう「人」っていうのも、いるかもしれませんよね。あまりに「濃い」性格なので、会うたびに「もう会わなくていいや!」とウンザリするのですが、しばらくすると、なぜか恋しくなってきて、「う〜ん、また会ってもいいかなぁ」と思いはじめ、いつのまにか、「久しぶりに、また会ってみたい気がするなぁ」と感じてしまうような人・・・そういう、「わんこそば」な人って、結局のところ、悔しいけど、心のどこかで気になっていて、実はけっこう魅力を感じていたりするんでしょうね。もちろん、たまに会うからいいのでしょうが・・・(笑)

(注:これは一般論であって、あなたのことを書いたわけではありませんので、誤解しないでくださいね。こう明記しておかないと、「えっ! 私って、飯田先生から、そんなふうに思われていたのね。ひどい、ひどすぎるわ!」なんて、自意識過剰の被害妄想で勝手に憤慨なさる方々が、多数現れてしまうでしょうから・・・涙)

 さて、冗談はこのくらいにして・・・



6月1日版

 なんと・・・
 発売されたばかりの『DVD版 生きがいの創造』第1巻を見たという、私の大学時代の知り合いの女性から、ほぼ20年ぶりに手紙が届きました。

 その封筒の中に、当時の私の写真のコピーが・・・
 私でさえ、こんな写真が存在することを知らなかった、超レアなアイテムです。

 その知人がのたまうには、「飯田先輩がずいぶん『おじさま』になっているので驚きました。HPの読者の皆さんに、大学時代はこんなにスタイルが良かったんだということを、教えてあげてくださいね。うふふ」とのこと。
 私は、「あれから20年も経ってるんだから、おじさまになるのは当然だい!」と憤慨しましたが、すでに現在の姿をDVDで公開してしまった今では、昔の姿を隠す理由もありません。せっかくですので、ここで、大学生時代の私の生写真を、公開させていただきます。

 なんだか、「村の青年団長」という感じで、売れない3流役者のブロマイドみたいですが・・・(恥)・・・
 でも、昔の青春ドラマで主役をつとめた、「熱血新米教師」という感じもしませんか?



 ・・・というわけですが、いったい、どこで、何のために撮ったのか、私自身にも記憶がありません。
 写真のコピーを送ってきた、その女性に問いただそうにも、名前しか書かれておらず、住所も電話番号もメールアドレスも不明なので、連絡する方法もありません。(というか、現在の連絡先を書いていない理由も、よくわかります。その後、とっくに人妻になっていらっしゃいますので・・・とほほ・・・私だって、もう今さら連絡をとって、無意味な交流を再開するようなアホではありませんしね(笑))

 名探偵ホームズになったつもりで、唯一の手がかりである、この写真を分析すると・・・

* とても奇妙なサイズである。フィルムではなく、ポラロイド写真か?
* とても奇妙な色である。カラーではないが、白黒でもなく、薄く茶色ががっている。
* 背景は、壁のようだ。どこの壁なのか、何の手がかりも無い。ちょうど、壁の角のような場所に見える。
* 荷物もなさそうだし、装飾もない殺風景な部屋らしい。
* 座っているのは、背後の壁にくっついた、横長のベンチのような、木製のイス状のものか?
* 私の衣服は、ブレザーの下に、ベストを着て、その下はカッターシャツのようだが、ネクタイはしていない。季節は、春か秋のようだ。
* 腕を組んでいるのは、昔からの私のクセなので、何の意味も無い。
* にっこり笑っている笑顔は、とてもリラックスしているので、撮影したのは、よほど心を許せる相手であろう。
* 今とは違う、7:3に分けたヘア・スタイルは、確かに、学生時代のものである。

 ・・・と、こんな感じでしょうか?
 以上の乏しい情報から判断すると、以下のような推論と疑問が生まれます。

* どこかの田舎の駅の待合室か?
(しかし、旅行中ならば、なぜ普段着ではなく、ブレザー姿なのか? また、普通のカメラを持っているはずなのに、なぜ、ポラロイド写真なのか?)

* 私が当時結成していたロックバンドのライヴの前に、控え室で撮影したものか?
(控え室ならば、殺風景なのも理解できる。また、私はリード・ギタリスト 兼 バラード・ヴォーカリストだったので、ブレザーのようなシックな服装でステージに立っていた。しかし、なぜポラロイド写真なのかという理由は、不明である。また、座っている木製のベンチのようなものが、控え室にあるだろうか? たいていは、パイプイスであるが・・・)

 う〜ん・・・
 しかも、私のもとに送られたのはコピーであるため、原本は、もっと違う色かもしれません。

 それにしても、送り主の女性は、原本を、後生大事にそのまま持っていて、大丈夫なのでしょうか?・・・ご主人に見つかって、「この男は誰だ?」などと、面倒なことにならなければいいのですが・・・そういえば、映画「タイタニック」のラストシーン近くで、主人公の可愛いおばあちゃんが、にっこりと微笑みながら、こんなセリフを口にしていましたっけ・・・「女には、海よりも深い秘密があるのよ」と。


 以上、本日の、「シャーロック・ホームズの事件簿」でした。
(結局のところ、迷宮入りですが・・・笑)



5月31日版

 
『DVDブック版 生きがいの創造 第1巻』、いかがですか?

 さっそく、お手紙をいただきましたので、いくつかご紹介させていただきます。


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初めまして。
 今日、DVDブック生きがいの創造第1巻が、手元に届きました。
 今は、先生の歌を聞いて、泣きながら、この手紙を書いています。
 どうしても、今すぐに先生にお礼を言いたくて書いています。

 先生の本は2,3冊読んだことがあるのですが、歌は初めて聞きました。
 この「いつまでも、いつでも一緒」は、とても良い曲ですね!
 とても心に響きました・・・。

 実はこのDVDを見るまでは(歌を聞くまでは)、「飯田先生という人は、なんで歌なんか歌うんだろう? 目立ちたがりだな〜」(失礼!)と思って、ちょっと軽蔑してました。そんな気持ちで start を押すと、画面が停止したり途切れたりして、先に進みませんでした。
 そこで、まず歌から聞いてみるか、と思い、歌を再生してみました。はじめは、ふ〜ん・・・って感じで聞いていましたが、最後の合唱の「いつまでも いつまでも いつでも一緒だよ・・・」になると、不思議と泣けてきて、ついに号泣してしまいました。そして、心が温かくなってきました。
 それから、最初に戻り、チャプター1から今度はスムーズに見ていくことができました。そして、全部見終わってから、また歌へ・・・。今度は、メロディーが流れはじめたとたん、涙が出て止まらなくなりました。とても、すがすがしく、温かい気持ちでいっぱいです!

 私は*年前、1*才で母を亡くし、その後、家族がバラバラになり、とても強い孤独感を抱えてきました。でも、「いつでも、いつまでも一緒なんだ」と思えて、今はうれしいです。
 なんだか興奮していて、乱文、乱筆ですが、どうしても、今すぐに、この気持ちを書きたくて、伝えたくて・・・
 本当に、ありがとうございました!!


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DVDブックの第1巻、さっそく見ました!

 優しい語り、優しいパステル画、やさしいピアノの音色と、優しさと愛に満ち溢れたDVDですね。

 そして、本編を見終わった後に、すばらしい映像と共に流れる歌は最高でした。
 親しい人を亡くした経験のない私でも、思わずジーンと来ました。

 続編も楽しみにしております。
 限られた時間と予算の中で作られているようですが、製作補助のボランティアが必要でしたら、喜んではせ参じます。(声優はできそうにもありませんが。)

 あと、個人的には、「光からのメッセージ集」のようなコーナーを切望します。
 光さんからのメッセージを先生の
威厳に満ちた声バージョンで語ったものだけを集めたようなコーナーです。続編の中にそのようなものがあれば、うれしいのですが。なければ、番外編として4巻目をお作りいただければ、と願っております。

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 飯田先生へ

 絵もみなさんの声もほのぼのとしていて
 とても癒されました。
 最後の歌がまた効果的で、心に染み入りますね。
 ありがとうございました。


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 DVDブック版「生きがいの創造第1巻」を拝見させていただきました。

 2歳になった息子は、保育園の送り迎えの時に、飯田先生のCDをいつも車の中で聴いているせいか、テレビ画面に飯田先生が映り、お声が聞こえてきたとたん、「あっ!ああっ!」と興奮して指をさしています。特に「いつまでも、いつでも一緒」がお気に入りで、体を左右にゆすりながらもう何十回も聴いています。このメールを打っている今も、いつもならとっくに眠っているのに、まだ聴いています。

 今回の作品は、これまでの飯田先生の御著書、CD、絵物語、フォト&メッセージ、講演ビデオ、ライブCD等の最も肝心なエキスだけを抽出した集大成ですね。文字、絵、写真、音楽、そして飯田先生から直接語りかけられる構成が相乗効果を生み、まさに生きる希望と勇気を見失った方々に贈る、飯田先生からの最高のメッセージになっていることに、深く感動いたしました。これだけの内容が3150円とは! PHPの社員の方々が出演されることで人件費等を押さえ、少しでも低価格を実現されようとご尽力いただいたことに頭が下がります。また、プロの声優さんではなく、素人のみなさんの語りのおかげで、かえって証言にリアルさが出ていると感じました。

 第1巻が発売されたばかりだというのに、もう第2巻、第3巻の発売が待ち遠しく感じているのは、私だけではないはずです。本当にすばらしい作品をありがとうございました。


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DVDブックの発売。おめでとうございます。

 早速、発売日の27()に新宿南口の紀伊国屋書店で購入しました。
 仕事帰りで閉店間際だったのですが、検索コーナーでまず探すと、本の情報はすでに登録されており、それを印刷して店員さんに渡すと、しばらくお待ち下さいということで、3人くらいの人を経てようやく探し出してきてくれました。
 きっとこの書店では、最初の購入者になれたことと思います。

 パステル画が本当にきれいですね。
 先生のイメージされた映像を、とても良く再現されていると感じました。

 先生も、ロケの方大変でしたね。
 おなかが鳴ったり()

 でも、まばたきもしないし本物の役者みたいでしたよ。すごいですね。

 この映像は、生命の末期を迎えている人や、大切な家族を失った人々にとって、本当に救いになる話が、事実として言葉や絵で実感できてとても良いと思います。

 先生も教授になられてお忙しいでしょうに、日本全国をまわられてお疲れ様です。大変ですね。
 これからも、どうぞお体に気をつけて。


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今回のDVD買いました。
 でも、まだみてません。
 だって、うちにはプレステしかないのです。
 息子がセットしてくれないと・・・(涙)・・・


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 ・・・という感じです。
 お喜びいただけて、ほっとしました。
 本当に、ありがとうございます!


 さて、本日は、盛岡での、一般公開可能な講演会のお知らせです。

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飯田史彦講演会
「私たちは、なぜ生まれてきたのか?
  〜恋愛・結婚・親子などの人間関係や、生と死のしくみについて、科学的に解説する」

日時: 
6月19日(日)
    午後1:30〜3:30


主催: アイリスの会(乳がん患者さんの互助組織) 発足10周年記念講演会

会場: 
「マリオス」(JR盛岡駅 西口 隣接)
    18階 188会議室 (左側のエレベータをご利用ください)

参加費: 1000円(訂正しました)


 講演後に、著書・DVD・CDなどの販売と、サイン&握手&撮影会を行います。一緒に仲良く写真を撮りたい方は、カメラなどをご持参ください。

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 盛岡で、一般公開できる講演会を行うのは、今回が初めて。
 今後、盛岡・秋田・青森など、東北地方北部での講演会は、まったく予定がありませんので、東北の北部にお住まいの皆様は、どうぞおいでくださいね。これぞ、千載一遇のチャンスですよ!



5月24日版

 
いよいよ、5月27日(金)に、

『DVDブック版 生きがいの創造 
第1巻

 発売です!



《 表紙カバー 》             



《 DVDのワンシーン 〜 内容サンプル 》







 ・・・というわけで、私も大いに出演しています。

 実は、先日、関西のあるところで特別に、一部を先行上映したところ、会場でご覧くださった方々が、いっせいにポロポロと涙を・・・その姿に、つい私も、もらい泣きをしてしまいました。
 その後、参加者の方々から、「久しぶりに、こんなに感動しました」との感想を多数いただき、私もほっとしました。

 「生きがい論」の真髄を詰め込んで、お年寄りからお子様まで、どなたにでもわかりやすいよう映像化したつもりです。寂しい時、不安な時に、きっと、あなたの心を温めてくれるはずですから、どうぞ、ご覧になってくださいね。



5月7日版

 ゴールデンウイーク中は、西日本方面へと出張に出かけておりましたが、その前後で急きょ、関西に2泊し、プライベートな奉仕活動で忙しくしておりました。どんな活動をしていたかというのは・・・『生きがいの創造 U』をお読みくださった方々には、おわかりですよね?(ゴールデンウイーク直前に起きた、痛ましい列車事故のアフターケアで、その2泊は飛び回っていたのです)

 世の中では、べつに大事故や大災害ではなくても、毎日、数多くの人々が、悲惨な状況で悲しい死を迎えています。それらひとつひとつの死について、差をつけるわけにはいかず、私にとっては、どのような死も同じだけの重みがありますので、これまでも、このホームページで、特定の大事故や大災害を取り上げてコメントすることは、意図的に避けてきました。つい数ヶ月前の、大地震や大津波などについても、このホームページでは、何もコメントしておりません。
 それは決して、私が無関心だからではなく、私が人々の知らないところで、私にしかできない活動を、プライベートに、精一杯行っているからなのです。自分がきちんとしていれば、それでいいのだ、と思うからです。私は政治家でも社会運動家でも宗教家でもありませんので、それらの活動について、わざわざホームページで報告して世の中に広く知らしめたり、「さあ、みんなで祈りましょう!」などとメッセージを発してリーダーになるのは、私のスタイルではありません。
 すでに、私のコメントは、著書という形で大いに発していますので、読者の皆様が、自分なりに、できる範囲で「生きがい論」を生かしてくだされば、それで充分だと思っています。どうか、私や、ほかの誰かに期待するのではなく、ご自身で、できることをなさってくださいね。たとえ、具体的なことは何もできなくても、ただ「祈る」というだけでも、見えない世界では大きな力になるのです。
 (おっと、これ以上コメントすると、教祖化してしまうので、やめておきますね・・・世の中を救うのは、決して私ではなく、読者の皆様それぞれの言動なのですから)



4月21日版

 
おととい更新したばかりですが、またもや更新してしまいます。
 たまには、こういうこともないと、読者の皆さんから、「飯田先生のHPは、どうせ週に一度くらいしか更新されないから、今度見るのは一週間後でいいや」などと、よからぬ思い込みを持たれてしまいますからね(笑)。

 京都での講演&ライヴから3日経ち、いくつも感想をいただきました。
 たとえば、遠方からおいでくださった、ある大学関係者の女性からは・・・


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 先生を拝見してお話を聴き、想像していたより若々しく、庶民的なのに上品で、美声で、人にやさしく、サービス精神が旺盛で(あんなに先生だけが頑張って、私たちは話を聞くだけでいいのかしらと思ったくらい)、すっかりファンになってしまいました。
 本にサインを頂いたのも嬉しかったです。早く友人に渡したいです。
 美声のことですが、「生きていく明日からも」の ララ〜のところ、先生の声は「光が声を出させているのでは」、と思うくらい、魂に響いてきます。あの瞬間、先生の身体は100%、音を奏でる楽器そのものです。(賛美歌を聴くようだった、あるいはありがたい荘厳なお経を聴くようでした) 会場の空気がふるえるんですよ、その時!!
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 ・・・との、身に余るお言葉。
 実際には、90分の講演をした後に歌うのですから、私としては、ノドがつぶれて、決して歌など歌うコンディションではなかったのですが・・・それでも、たとえ、お世辞でも錯覚でも勘違いでも、「美声」などと誉めてくださると、ますます調子に乗ってしまいそうです(笑)。

 また、本日、大学に届いていた葉書には、なんと・・・



 と、「最初から終わりまでライブでもいいな、と思いました」との、超うれしいお言葉を発見!

 ・・・「最初から終わりまでライブ」ということは、講演は全くしないで、純粋な「トーク&ライヴ」のみでもかまわない、ということでしょうか?

 そうなると、いよいよ、日本でも・・・いや、世界でも珍しい、正真正銘の「
シンガーソング・プロフェッサー」(プロフェッサー = 大学教授)の誕生、ということになるではありませんか!
 これまで、「もともとミュージシャンである人が、どこかの大学に招かれて授業を行う」ということはあったでしょうが、音楽の先生を除いて、「もともと本物の大学教授が、ミュージシャンとしても本格的に活動する」という事例は、世界的に見ても、めったになかったのではないでしょうか?

 「音楽療法」を行いながら、日本各地をツアーで回る・・・いや〜、いつか、やってみたいですねぇ・・・その姿を思い浮かべると、思わず、うっとりしてしまう私です(笑)。そんな楽しい夢も持っていなければ、心身を酷使しながら「生きがい論」の活動を続けることは困難ですから、うっとり夢見ることくらい、いいですよね?(笑)。


 さて、本日は、もうひとつ、素晴らしい本のお知らせです。
 このたび、「有斐閣」(ゆうひかく:電話03−3265−6811)という、学術書専門の(学者世界では有名な)出版社から、『コミュニティ福祉学入門』という本が出版され、その中で、私の「生きがい論」が、堂々と紹介されているのです。



 「コミュニティ福祉学」というのは、世界的に見ても新しい学問分野であり、本書が、日本では初めて出版される本格的な学術書。執筆する大学教授陣も、立教大学の先生方を中心とする、革新的かつ創造的な、第一級の研究者の方々です。

 その第17章(実質的な最終章)「コミュニティと福祉ウエルネス」(執筆担当:濁川孝志教授)の中で、私の「生きがい論」を大きく取り上げて、たとえば、次のようなお言葉をくださっています。


 
「日本において、霊性的な概念に根ざした『生きがい論』として最近注目されているものに、飯田史彦氏の『ブレイクスルー思考』がある。 〜(中略)〜 これらの事実は、飯田のブレイクスルー思考が、生きがい観の構築に有効であることを示唆している。人間は、自分を信じ、未来に希望をもてるとき、初めて『生きがい』をもつことができる。このような実存的な価値観の転換は、従来、宗教的体験などの特殊な体験によってもたらされてきた。しかし、科学の枠組みのなかでそれがなされるという事実は、非常に興味深い。」
 濁川教授は、立教大学の「ウエルネス福祉論」「健康の科学」という2つの担当科目の中で、私の「生きがい論」を大きく取り上げて紹介してくださっており、本書は、「ウエルネス福祉論」のテキストとしても使われるそうです。

 本書の中では、私の「生きがい論」のほかに、「人権とコミュニティ」「生と死とコミュニティ」「ノーマライゼーションとコミュニティ」「ボランタリズム」「コミュニティ福祉政策」「貧困とコミュニティ」「高齢者福祉とコミュニティ」「ジェンダーとコミュニティ」「障害者とコミュニティ」「地域福祉」「コミュニティ宗教人間学」「コミュニティ福祉カウンセリング」「コミュニティ臨床社会学」「地球的見地に立った人間福祉」など、最新のキーワードに基づく優れた論考が展開されています。
 大学教官の方々や大学生諸君はもちろんのこと、小学校・中学校・高等学校などの教師の方々、医療・福祉にたずさわっている方々、そしてボランティア活動やNPO活動などにたずさわっている方々には、これからの人間社会を読み解く必読書として、大いにお勧めいたします。本書をベースにしながら、「ウエルネス」「健康」「幸福」「医療」「福祉」「コミュニティ」などの枠組みの中で「生きがい論」を紹介すれば、身近な人々や生徒・学生たちに、違和感なく受け入れてもらえることでしょう。

 画期的な、素晴らしいテキストを発表してくださって、立教大学コミュニティ福祉学部の先生方に、感謝の気持ちで一杯です。立教大学って、本当に進んでいますよね・・・ああ、うらやましい・・・
 皆さんも、ぜひ入手して、大いに活用してみてくださいね!


追伸:
 先日の更新でご案内した、4月29日に講演会を行う「白河旭高等学校」の教頭先生から、このようなメールをいただきました。


「先生の講演受諾を受け、保護者あてのパンフレットを作るなど、準備を進めております。また、14日に開かれたPTA役員会では、先生の著された
『生きがいの創造』に収められているCDを聞いたりして、一同、講演会を心待ちにしている次第です。講演会当日、先生の著された本を、会場で希望者がいれば販売したいのですが、可能でしょうか?」


 本の販売については、公立高校でもあり、「学校という場で『販売』を行うのはどうかと思いますので・・・」と、丁重にご辞退させていただきました。いくら私だって、節度というものは持っているんですよ。何事も、調子に乗ってやりすぎないように、節度を保つことが大切なのです(笑)。

 しかし、高校をあげて、ここまで真面目に大歓迎してくださるとは、身に余る光栄です。PTA役員会で、私の下手な歌を皆で聞き入ってくださる姿を想像すると、その異様な光景に、思わず冷や汗が出てしまいますが・・・(笑)
 当日は、皆様を大いに勇気づけるような講演をして、ご期待にお応えできますよう、精一杯がんばりますね。



4月18日版

 先週から、大学の授業が始まって、本業の方でも大忙しです。
 今週からは、東北大学の大学院(仙台)にも教えに行くので、さらに多忙に・・・
 昨日の京都での講演会&ライヴ、400名近い方々がお集まりくださって、大いに盛り上がりました。会場のムードもとても良く、私もたいへん幸せでした。西は福岡から東は東京まで、各地からお集まりくださった皆様、本当にありがとうございました。
 さきほど、友人の男性(「舞扇堂」という有名な京扇子の若社長さん)からも、「昨日の弾き語りには涙が止まらず、花粉症とダブルでボロボロになりましたわ。ほんまにもぅ〜っ!」と、みやびな京都弁でメールが入っておりました(笑)。

 ただし、終了後のサイン会では、長蛇の列で90分を要してしまい、整理番号が後ろの方々には、ずいぶんお待たせしてしまいました。申し訳ありませんでした。

 その後、私は京都発18時57分の「のぞみ」に飛び乗り、東京発21時32分の「やまびこ」最終便に乗り換えて、23時20分頃には福島駅に到着するはずでしたが・・・・・・なんと、疲れのため爆睡してしまい、「はっ」と目が覚めた時には、新幹線が、ちょうど福島駅をすべり出しておりました。最終便のため、当然ながら、福島に戻る便はありません(涙)。
 私は泣く泣く、次の「白石蔵王」駅で新幹線を降りて、タクシーに乗り、身を切るような1万数千円(夜間料金で3割増し!)を支払って、福島駅まで戻り、駐車場の自家用車に乗り換えたのでした。乗り越し分のチケット代と合わせて、2万円近い余計な出費(号泣)。自宅に着いた時には、すでに2時前に。

 でも、「福島駅まで」と告げた瞬間、タクシーの運転手さんが大いに喜んでくれたので、おじさんを幸せにしたということで、良しとするか・・・とほほ・・・

 さて、本日は、2つの講演会のご案内です。


(1)4月29日(祝日)に、白河旭高等学校で、生徒&保護者向けの講演会を行います!

日時: 4月29日(みどりの日)、14時10分〜15時40分

場所: 白河旭高等学校 体育館(福島県白河市旭町1−3)

演題:「生きがいの教室 〜人生の価値を問う生きがい教育のすすめ」

 入場無料で、保護者の方々に混じって体育館に入れば、どなたでも聴講できます。ただし、私の講演の前後に、PTA総会や、部活動発表会、学級懇談会などがありますので、生徒さんや保護者の方々にご迷惑をおかけしないよう、ご配慮ください。


(2)5月14日に、和歌山市の病院の主催で、一般公開の講演会&ライヴを行います!

 当日は、私の弾き語りで、「生きていく明日からも」「いつまでも、いつでも一緒」の大合唱を行います。もちろん、終了後には、サイン&握手&撮影会も行いますので、どうぞおいでくださいね。
 しかも、今回は、なんと「音楽療法」の実践事例として行いますので、あんなことや、こんなことも、実験的に試してみようと思っています。フフフ・・・

(なぜか、ライヴが関西地区ばかりで、本当にごめんなさい。私だって、ほかの地区でも、ライヴをやりたいんですが・・・)

(チラシ画像は、重いので、講演後に削除しました)

 その他にも、福島市(6月5日)、熊本市(6月12日・ライヴ付き)、盛岡市(6月19日)、姫路市(8月18日)が、今後、半年以内に行う、一般公開可能な大きなホールでの講演会です。いずれも、医療・福祉団体や自治体の主催で、来月に入ったら、詳細をご案内いたします。



4月6日版

 
昨日更新したばかりですが、緊急ニュースです。

 おかげさまで、新刊
『生きがいの創造 U〜永遠の愛・めぐり逢う生命』の評判が大変良く、なんと昨日、もう「増刷」が決まったそうです!



 まだ、発売(全国の書店に行き渡ったのは25日)されてから10日ほどしか経っていないというのに・・・私の著書の中でも、これほど早く増刷になったのは、おそらく、初めてのことではないでしょうか?
(すでに、海外からも、翻訳の依頼が来ています)

 しかも、ついでに、文庫版の『愛の論理』と『大学で何をどう学ぶか』も、4度目の増刷をしてくださることになりました。
 これも、読者の皆様の応援のおかげです。

 本当に、ありがとうございます!


(あれ? 今日って、まだ4日でしたっけ?・・・ということは、昨日の更新からして、間違っていたということに・・・)



3月25日版

 
ごめんなさい!
 教授昇進以後、いろんな仕事が押し寄せてきてしまい、仕事が山積みで、ホームページを更新する時間がありません(涙)。

 新刊『生きがいの創造 
U』は、25日に、全国の書店に出回るようですので、まだ届いていなかった地域の方々、お待たせしました。

 新刊の感想も、たくさんいただきました。
 選んでいる時間がありませんので、新しいものからいくつか適当に「抽選」して、ご紹介しましょう。

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新刊書を拝読しました。
期待以上の内容に、絶句です。
これが、私がずっと読みたかった本でした。

しかし、単に感動しただけでなく、悲しいような何か重たい読後感を持ちました。今まで先生の御身に降りかかってきた出来事や、この本を発表したことによって、これから降りかかってくるかも知れない出来事を思うと、心穏やかではいられません。
けれども、先生を見守っている「光」は、とても老練なので、そんなことになるはずがないとも思います。


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生きがいの創造II は、まさに期待通りの内容で、個人的には大満足です。旧作を読まれた方がその後に読むことで生きがい論をより納得できるのではないでしょうか。飯田先生の本はいつものことながら、読み終えると何だか心が暖かくなります。出版したばかりの時期に言うのもなんですが、また次の本を期待して待っています(笑)。

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飯田先生、新刊を読み終えました。

 さすがに飯田先生だなあ、と、この本を読んで、つくづく実感しました。
 この本は、「
U」でなければ、世に出すには難しい本であることが、十分にわかりました。もし、最初にこの本を世に出されると、飯田先生は、きっと誤解されてしまって、唯脳論者からの非難や風当たりが強くなって、今の立場も危うくなっていたかもしれないと思われるほど、実にインパクトのある本だと思います。

 飯田先生の肩書きからすると、十分に準備してから出版する必要があり、世の中で受け入れてくれる時期を待つ必要があったんだと思います。まず『生きがいの創造』(
T)を出版して、宗教的に中立、かつ学問的なメッセージで広く世に受け入れてもらえる下地を作って、さらに内容を長年に渡って熟成させながら数多くの本として出版してきたことで、ようやく多くの人々に受け入れてもらえる時代になってきたんだと思います。

 飯田先生が長年温めてきた思いを、魂のメッセージとして伝えることができるようになったこと、本当に心から嬉しく思っています。


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飯田先生へ 


御本・・・凄い・・・・
先生の勇気にエールを送ります!
やはり、涙、涙 で 最後は暖かいものを胸一杯感じました。

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「生きがいの創造 II」を読ませていただきました。

あそこまでストレートに表現された内容に、深く感動しました。

特に、「光からのアドバイス」と「はるかなる夢」のところは、何度も何度も読み返し、これからも何とか飯田先生のお力になりたいという強い思いが湧き上がり、落涙をどうすることもできませんでした。

飯田先生が持たれていた「深い孤独感」は、切に感じており、**先生と、そのことをよく話していました。私たちは、本気で飯田先生を応援しています。

私事で恐縮ですが、4月に高校に入学する長男は、小学校時代から飯田先生のご本を愛読しています。入試の面接でも、「尊敬する人は福島大学の飯田史彦先生です」、と答えたそうです。彼は彼なりに飯田先生の志を理解しているようで、将来は医師になって、使命を果たしたいと申します。実現するかどうかは分かりませんが、親としてできるだけ支援していこうと考えています。

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久しぶりに大きな感動に包まれています。
どうぞこれからも、「はるかなる夢」の実現に協力させていただければ、これほどの喜びはありません。
光が語った90人のなかに、私が入っていればいいな、などと考えています。


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たった今、「生きがいの創造「」読み終わりました。
なんといっていいか、、、ただ「感動」という言葉では表現できません。
なんという人生なんでしょう。。。

この本のような使命を、日常的にたんたんと果たしていらっしゃるとは。。。
常々、飯田先生の本は、崖っぷちにいるような方々にこそ効き目がある、
と感じていたんですが、こういう訳だったんですね。

わたしにできること、こうして本を買って読むことで、間接的に先生の活動のお手伝いができる、ということは嬉しいことです。
先生の理解者として、協力者としてお役に立てることがあればいいのですが。

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つい先ほど、「生きがいの創造U」が届き、一気に読み通してしまいました。

飯田先生のご本は、毎回読者に対する謎かけのような仕掛けが施されてあると思います。今回はまるで「名探偵シャーロックホームズ」を読んでいるかのような、先が読みたくて読みたくてたまらないのだけれど、重要なヒントを見落とさないように一言一句確かめながら読まなければならないというジレンマと闘いながら読ませていただきました。

また今回も、2回目3回目と読み返すうちに、新たな発見をしたり、以前はさらっと読んでいたところに実は自分にとって大切なメッセージが込められていたことに気付いたりするのだろうと、今からわくわくしております。


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待ちに待った「生きがいの創造2」を本日、ついに買い求め早速読みました。
面白くて一気に読みきってしまいました。
編集長さんの、「村上春樹の小説みたい」という表現も、まったく大げさではありませんでした。


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 ・・・という感じです。
 たくさんの激励を、本当にありがとうございました。

 よろしければ、身の回りの『生きがいの創造』旧版の愛読者の方々に、本書『
U』の出版を、お知らせいただけましたら幸いです。何しろ、ふだん書店に行かない大多数の人々は、まだ、本書の出版を、ご存じないはずですので・・・



 追伸:

 突然ですが、来週、横浜の中心部(関内)で、神出鬼没・抜き打ち講演会を行うことにいたしました。
 平日の昼間で、しかも値段が高いため、一般参加者は少ないでしょうから、予約は不要だそうです。
 よろしければ、おいでくださいね。


 日本助産師会 神奈川県支部主催 飯田史彦講演会

日時: 3月29日(火)、午後2時〜4時(午後1時30分に開場)
場所: 神奈川県総合医療会館 6階(JR関内駅から徒歩10分)
演題: 「私たちは、なぜ生まれてきたのか?」
料金: 会員3000円、非会員5000円
問合先: 事前申し込みは不要です。直接、会場へどうぞ。


 講演会には、神奈川県の助産師さんたちが、たくさんおいでくださいます。全国の、助産師ファンの男性軍は、この稀有な機会を逃さずに、全員集合ですよ!(笑)



3月11日版

 全国100万人の『生きがいの創造』ファンの皆様、お待たせしました!
 特に、私の本は『生きがいの創造』にしか興味がないとおっしゃる****・***の読者には、待ちに待った朗報です。

 とうとう、これまで22年間も隠してきたことを、公開してしまいます。



 PHPの編集部からも、「これまでの飯田先生の本の中で、群を抜いて感動的・衝撃的です・・・(落涙)・・・」と、大好評をいただいています。
 たとえば、編集長の安藤さんからは、次のようなメールが・・・

 安藤編集長:
「すばらしいお仕事ぶりに、感謝いたします。期待以上(失礼しました)の、まさかの内容で、まるで村上春樹の小説(『ノルウェーの森』『ねじまきクロニクル』……)を読んでいるような、不思議な感覚に襲われました。過去には類を見ない、まったく新しい「生きがい論」であり、また、『生きがいの創造 U』の書名に、ふさわしい1冊だと思います。この本を、一人でも多くの読者に読んでほしいと、切に願っています。」 また、編集者のレディ細矢嬢からは・・・

 細矢嬢:
「『生きがいの創造 U』、素晴らしかったです。先生の原稿を読ませていただきながら、本という作品を作るために仕事で原稿を読んでいるはずなのに、ついつい仕事を忘れて、個人的な心の奥に意識が行ってしまいました。今回は、これまでの御本にも増して、人を愛したいという気持ちが、長く長く、より温かく続いています。そして、先生が20才のころから、ずっと、本書でとうとう明らかになさった使命を果たされ続けてきたことに、改めて感動するとともに、先生が使命を果たすためにPHPが少しでもお手伝いできていることに、喜びを感じました。本書の中で、先生は大きな夢を語っておられますが、ぜひ実現してほしいと思います。その夢にも、とても感動しました。」


 なんと、あと1週間ほど、

 3月19日 に発売です。
(地域により1〜2日遅れる場合があります。東京では例によって、18日の夕方に書店に並ぶかも)


 本書の内容を、ここまで実名で堂々と明らかにした学者は、人類の歴史上、私が初めてだと思います。
 特に、『生きがいの創造』を愛読くださってきた方々にとっては、本書こそ、過去9年間に渡って、ずっと待ち望んでいてくださった内容であるに違いありません。お読みいただければ、私が、なぜ本書の書名を『生きがいの創造
U』にしたのかを、おわかりいただけることでしょう。なぜなら、誰よりも私自身が、『U』の名に恥じない内容を公開できる時を、ずっと待ち続けてきたのですから。

 これまで、このことを公開する勇気がなく、9年間もお待たせして、本当にごめんなさい。
 今、ようやく、その時が来たのです。

 人類が新しい扉を開ける、その瞬間に立ち会うことを、どうぞお喜びください。
(なんて書くと、「またまた飯田先生が、大げさなことを」と、笑い飛ばす御方が多いでしょうが、どうぞご自由にお笑いください。笑えば笑うほど、1週間後には、逆に、真っ青になりますよ。フフフ・・・)



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 なお、本書の発売を記念して、医療関係のNPO(非営利組織)「京都国際ホリスティック協会」からのご依頼で、4月17日に、京都の大きな会場で特別講演会を行います。
 講演後には、4ヶ月ぶりに、私のギターの弾き語りで、「生きていく明日からも」と「いつまでも、いつでも一緒」を、会場の皆様と大合唱しますので、どうぞお楽しみに!

(注: 詳細なチラシは、4月5日版に移動しました)

 大きくて綺麗な会場ですから、きっと、私も皆さんも、快適&ご機嫌ですよ。
 講演会のお問合せ・お申し込みは、info@kishl.com
ここをクリック)からも可能です。

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 それでは、3月19日(東京にお住まいの方は18日夕方)まで、あと1週間、ワクワクしながらお待ちくださいね。
 筋金入りの****・***のあなたでも、今度こそ(?)、ご期待を裏切りませんよ(笑)。

 本書は、様々な意味で、私の今回の人生の、真の転機になることでしょう。
 本書の発売日に、リアルタイムで立ち会うという経験を、いつまでも忘れないでいてくださいね。

『生きがいの創造 U〜永遠の愛・めぐり逢う生命』を、どうぞ、よろしくお願いいたします。



3月4日版

 本日、大学で教授会が開催され、投票の結果、なんと、この私が、「
教授」に昇進することになってしまいました!

 正直なところ、私のような異端児を「教授」にしていただけるとは、全く予想しておりませんでした。このまま、助教授として人生を終えても、この厳しい学者の世界では、充分すぎるほど幸運なことだったのです。投票に参加くださった教授陣の中にも、この結果に驚かれた方が多かったのではないかと推察しますが、いちばんビックリしたのは、期待さえもしていなかった私自身だったのではないでしょうか。

 世の中、何が起こってしまうか、わからないものです。私にとっては、奇蹟のような、夢のような展開で、あまりの幸運に、いまだに実感がわきません。研究室で待機していた私に、事務長さんから、教授会での投票結果を知らせる電話がかかってきた時にも、予想していなかった結果に、「えっ? ほんとですか!?」と、思わずビックリした大声で、問い返してしまいました(笑)。

 これも、このホームページの読者の皆様の、応援のおかげです。
 それ以外に、原因が思いつきません。
 こればかりは、私の能力や努力だけでは、どうにもならないことだからです。

 皆様に、心から、深く御礼申し上げます。
 本当に、ありがとうございました。



3月1日版

 早いもので、今年も3月・・・もう小学6年生になる娘は、さすがに、「ひな祭り」が近いからといって騒がない年齢になりましたが、3月になると、身辺のあちこちで、春の訪れを感じます。

 そういえば、昨日、自宅に、PHPから送られた、私の新刊(3月19日発売予定)の「表紙カバー原稿」を届けてくださった、ヤマト運輸の配達員のおじさんと、このようなやりとりがありました。そのおじさんは、いつも届けてくださる配達員の御方とは、なぜか違う御方でした。
 なお、我が家の表玄関(オートロック方式)には、番地の札は貼ってありますが、いわゆる「表札」は出していません。そこで、配達員のおじさんは、インターフォンから、こう尋ねてきました。

「こちらは、飯田さんのお宅ですか?」

「はい、そうですが」

「宅急便で〜す!」

「は〜い」

(表玄関のドアを開錠すると、おじさんが内玄関まで入ってきて、ドアを開ける。手には、大きな封筒を持っている。おじさんは、受取証を出して・・・)

「こちらに、印鑑をお願いします」

「はい」

(印鑑を押す。すると・・・)

「!」(おじさんの目が、手に持っている大きな封筒に、くぎ付けになっている・・・そこには、あて先である私の名前が書かれ、「PHP」という差出人の社名が大きく印刷してある)

「配達、ありがとうございました」

(封筒を受け取ろうとするが、おじさんは渡してくれない)

「・・・・・・」(おじさんは、何かに気づいた様子で、目を見開いている)

「どうかしましたか?」

「あのう、もしかして、PHPからたくさん本を出されている、あの飯田先生ですか?」

「・・・はい、そうですが・・・」

「私、御本を読ませていただいております!」

「ああ、そうなんですか、それはどうも、ありがとうございます!」

(以下の展開は省略)

 ・・・というわけで、クロネコヤマトの宅急便の配達員のおじさんと、ご縁ができました。きっと、自宅に帰られてから、「今日、飯田先生のお宅に届けちゃったよ・・・新興住宅街の中にある、庭が4畳半しかない、チープな御宅でねぇ・・・」などと、奥様に報告なさっているのではないでしょうか(笑)。
 おっと、このホームページをご覧くださっている可能性もありますね・・・どうも、配達ご苦労さまです。ありがとうございました。



 さて、本日は、私の講演&シンポジウムのご紹介です。3月10日(木)の午後に、福島県・会津若松の郊外にある、名湯「芦ノ牧温泉」の超高級旅館、「高品位日本の宿 大川荘」で、「温泉地の活性化」を考える、大きなシンポジウムが行われます。主催は、福島県最大の銀行である東邦銀行と、温泉旅館に多額の貸付を行っている日本政策投資銀行。(事務局が、東邦銀行の融資管理部であることを考えれば、シンポジウムの真の目的がわかりますよね。フフフ・・・)

 そのシンポジウムで、私は、

「ホリスティック・ヒューマニゼーションによる温泉街の差別化・活性化戦略」
(こちらが正式タイトル)

 と題して「基調講演」を行ったのち、パネル・ディスカッションにも参加します。

 講演者は2名いて、私の前には、東京大学工学部の西村教授が、都市工学の専門家として、温泉街の景観づくりの視点から講演されます。それを受けて、私が、経営学者として、「人」の側面からみた温泉街の活性化や、「経営戦略論」の観点からみた他の温泉街・温泉地との差別化について、お話しするというわけです。

 実は、私は、何を隠そう、たいへんな「温泉マニア」としても知られており、全国120ヶ所を超える温泉地を訪れて、「温泉地の差別化戦略」などの論文を発表しております。このホームページをご覧くださる方々は、「生きがい論」の著者としての私しかご存知ありませんが、私の本業は「経営学者」であり、ふだんは、純粋な「経営学」の、ガチガチにお堅い論文を、発表しているんですよ。「生きがい論」の著者としての私は、「飯田史彦」という人物の、一部分にすぎません。

 たとえば、過去数年間に、私が本業の「経営学者」として発表した学術論文のタイトルは、「日本企業のフィランソロピー戦略」「組織文化の変革メカニズムに関する測定論的考察」「欧米からみた日本的経営の分析視角」「組織文化論に対する文化心理学の貢献可能性」「価値観コントロールの観点からみたメンタルヘルス・マネジメントの基本原理」「医療施設の差別化戦略に関する基本原理」など、「生きがい論」とは関係のない内容ばかりで、これらの学術論文では、「生きがい論」には一切触れておりません。
 こうして、本業である「経営学者」としての責任を、きちんと果たしているからこそ、個人的な社会福祉活動として行っている「生きがい論」の活動も、お認めいただけるのだ、というわけです。何事も、まずは、やるべきことを、きちんとやっておくことが大切ですよね。世の中、やるべきことや、果たすべき責任を後回しにして、余興の部分がメインになってしまっている人々が、たくさんいますから。余興の部分は、あくまでも、「本業をきちんと果たしたうえでの余興」として行うからこそ生きてくるのであって、余興をメインにしようとして無理すると、余興が持っていた本来の価値そのものが、失われてしまうものなのです。

 ・・・というわけで、以下にチラシをご紹介します。私以外の参加者は、そうそうたるメンバーなので、「旅館業を営んでいる」「温泉が大好きである」「経営学者として別人のようにお堅い飯田も見てみたい」などとおっしゃる御方は、よろしければ、事務局の「東邦銀行 融資管理部」(電話024−523−3209)まで、お問合せ・お申し込みください。料金は、「シンポジウム出席&宿泊」で15000円、「出席&懇親会のみ」で8000円、そして何と、「シンポジウム出席のみ」の場合は「無料」だそうです!(あの高級旅館に、15000円で泊まれるというだけでも、格安なんですよ)

 会場には、東北をはじめ、各地の温泉旅館の経営者の方々が、たくさんおいでになるとのこと。あなたも、懇親会で、有名旅館の経営者の方々と、ご縁をつくってみてはいかがですか?
(もちろん私も懇親会に出席しますが、多数の方々がご挨拶においでくださるでしょうから、個別にゆっくりお話をすることは困難ですので、御了承ください)

(チラシ画像は、重いので、講演後に削除しました)



2月14日版

 熊本県あさぎり町での講演会、無事に終えて、戻ってまいりました。
 なんと、200名近くの方々がお集まりくださり、思わぬ大盛況。
 九州各地はもとより、東京からおいでくださった方も・・・
 本当に、ありがとうございました。

 講演会の前日に、福岡で親戚から借りた車を運転して、まずは熊本県の「人吉」市まで移動。チサンホテルにチェックインし、すぐ近くの人吉温泉にある「人吉旅館」に出向いて、内湯に入浴させていただきました。歴史ある木造建築の古風な建物と、茶色がかった炭酸泉のお湯を堪能してから、人吉駅の周辺を散策し、その近くのコンビニへ・・・と思ったところ、コンビニがありません。まだ夜の9時すぎだというのに、見渡すかぎり、開いているお店は1軒の喫茶店だけ・・・その喫茶店でスパゲティの夕食をとり、おいしいコーヒーを飲んでご機嫌になったところで、ふたたび夜の町に繰り出し、薄暗い「人吉城」の跡や、「幽霊の肖像画」の掛け軸で有名なお寺などを散策。「人吉の町は、風情があって、とってもいいぞ〜」と、私好みの城下町の街並みに、大満足でした。

 ところが・・・良かったのは、そこまでのこと。
 さすがに体が冷えてきたので、チサンホテルに戻って自動販売機で「まるちゃん赤いキツネ」というカップうどんを買ったところ、自販機の「お箸」置き場に、箸が1本も無くなっていることを発見。仕方なく部屋に戻って、フロントに電話をかけ、「すいません、カップ麺の自販機に、箸が無かったので、届けていただけますか?」と頼んだところ!フロントのおじそんが、「箸はフロントにありますから、取りに来てください」との返事。すでに服を脱いでパンツ姿になっていた私は、「幡が無かったのはミテル側のミスな・ですから、部屋まで届けてくださえませんか」と言いたかったのですが、そこは気の弱い私のこと、そんな言い方はできないで、「え? フロントまで取りに行かなければならないんですか?」と問い返しました。すると、「ええ、取りに来てくだすい」と、再度のぎ返事・・・私は・「なんと、サービスの悪いホテルなんだろう・・・そもそも、申し訳ありませんと、お詫びの一言さえも冥いなんて・・・
×と憤慨しましたが、また服を着て、わざわざ1階まで降りていくのは面倒なので、泣く泣く、カップ麺は食べないことにして、ノートパソコ・で仕事を始めました。
 すると、10分くらいして、電話が鳴るではありませんか・・・びっくりたて受話器を取るば、先ほどのフロ・トのおじさんが、「箸を取りに来るというので待っているんですが、来ないんですか? 来ないなら来ないと言ってくれないと、困るんですよねぇ」と、ずいぶんご立腹の声・・・さすがの私も、「困りながら待っているくらいなら、エレベータを姉って1分ほどな・だから、部屋まは持って来てくれればいいのに・・・そもそも、客に対して、これほどひどい言い方をするホテルなんて、なんと珍しい!」と、あきれ返ってしまい、そのまま何も言わずに、ガチャンと受話器を置いてしまいました。
 しかも、ふと目の前をみると、机の上には、「より便利に、より快適に、チサンホテル」と大きく書いた宣伝の紙が、目立つように立てて置いてあるではありませんか・・・私からみると、「より不便は、より不快に、ヅサンホテル」としか思えません。せっかくの古都・人吉の夜が、かくして、たいへん気分の悪い一夜になにてしまい、仕事りはかどりませんはした。私は今後、もう決して、全国のチサンホテルには泊まりません。チサンホテル・ヅェーンには、ぜぶとも、従業員教育の徹底を、お願いしたいところです。「箸を持って来い」とは言いませんから(チサンホテルにサービスは期待しません)、せめて、「自販機に箸がございませんでしたか? それは誠に、申し訳ございません」と、詫びの一言だけでも言ってほしいところです。

 ・・・などと、うっかり泊まったホテルは最悪でしたが、人吉の町は、たいへん気に入りました。またいつか、チサンホテルだけは避けて、ほかの宿(できれば温泉宿)に泊まり、のんびりと(今度は昼間に)散策したいものです。


 講演を行った「あさぎり町」周辺も、「どんな山奥なのだろうか」という予想に反して、たいへん風光明媚な、穏やかな田園&農村地帯で、とっても素敵なところでした。私が生まれ育ったのも、ちょうど同じようなところでしたから、まるで故郷に帰ったかのような安らかな気持ちで、ドライブしながらご機嫌になりました。スタッフの方々や来場者の皆様も温かく、「熊本県は、とってもいいぞ〜!」と、お気に入りの土地になりました(注:人吉チサンホテルは除く)。

 なお、聞くところによると、熊本県の女性は、「後ろに退くことを知らない、火の国の女」だそうで、たいへん強い意志の持ち主だそうです。「火の国」とは、有名な活火山の「阿蘇山」(あそざん)を有する土地だから、とのこと・・・う〜ん、確かに、私が知っている、熊本県の女性たちは、みな・・・(これ以上は、ご想像にお任せいたします)・・・でも、気の強い女性って、とってもチャーミングで、かわいいですよね。(その反対に、気の弱い女性も、またいいものですよね・・・私は、中途半端な性格よりも、気が強くてガンガン積極的か、気が弱くてウジウジ・メソメソしているか、はっきりしている女性が好みなんですよ・・・いずれのタイプも、いざお付き合いすると、とっても大変なんですが、その大変さが、たまらなくいいんですよね)



1月8日版

 『生きがいの創造』(新版)の韓国語版が、出版されました!

 1月1日に、韓国で出版された『生きがいの創造』(新版)・・・まずは、その表紙写真をご覧ください。わかる人には、「あれ? こ、これは、もしや・・・」と、ピンと来るのではありませんか?



 そうなんですよ。
 この美しい並木道の写真は、かの有名な韓国ドラマ
「冬のソナタ」の中で、主人公のチェ・ジウとペ・ヨンジュンが何度も歩いた、あの並木道の夏の写真なのです!(注:日本ではよく誤解されていますが、あのドラマの主人公は、あくまでも、ヨン様ではなく、女優のチェ・ジウなんですよ。出演者の紹介でも、いちばん先に名前が出るのは、チェ・ジウですから)
 それにしても、「冬のソナタ」の有名な名シーンの舞台となった、この並木道の写真が、まさか、私の『生きがいの創造』の表紙写真になるとは、ビックリしました。

 実は、この写真は、韓国語版を翻訳してくださった、韓国人の金さんが、わざわざご自分でロケ地を訪問して、撮影してくださったものなのです。これまで、私は忙しくて「冬のソナタ」を見る時間などありませんでしたが、これを機会に、正月に2日間かけて、見てしまいました(笑)。「冬のソナタ」を代表するロケ地の写真が表紙になっているのですから、著者の私としては、今後、韓国人の読者の方々とのコミュニケーションをはかるためにも、「冬のソナタ」を見ていないというわけにはいきませんからね(笑)。

 それにしても・・・やはり、きちんと見てみなければ、わからないものです。これまで、世の中であまりにも「冬ソナ」ブームだったので、あまのじゃくの私としては、かえって、「そんなものに興味など持つものか」と反発して、知らんぷりをしていたのですが・・・今回、このような形で、私と「冬ソナ」との間に深い深い(?)御縁ができてしまったのを機会に、しぶしぶドラマを見てみたところ・・・なんと、私としたことが、すっかり「はまって」しまいました(笑)・・・きちんと見てみると、あれだけ騒がれるだけのドラマでした。「愛」の本質とは何かを、これほど考えさせてくれるドラマだったとは・・・

 おっと、これ以上、ドラマの内容に踏み込むのは、やめておきましょうね。これから見る方々のために・・・

 ・・・というわけで、すっかり「冬ソナ」の話題になってしまいましたが、元に戻って、『生きがいの創造』韓国語版のご紹介です。本に巻かれているカバーには、次のように書かれているとのこと。


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画期的な人生論!
 愛する人に先立たれた方々、重病や障害に苦しんでいる方々、死を間近にされている方々、人間関係で傷つき苦悩している方々、何をしても思い通りにならない方々、今すぐ自殺したいほど悩んでいる方々のために。
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 また、韓国語版には、私が、次のような「韓国語版序文」を付けています。

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「韓国にお住まいの友人たちへ」

福島大学助教授 飯田史彦 

 皆さん、こんにちは。

 このたび、私の代表作である『生きがいの創造』が、韓国で出版されることになったことを、たいへん嬉しく、ありがたく思っております。

  ちょうど今、日本では、韓国の文化が大きなブームになっており、韓国の料理や、テレビ番組や、音楽や、サッカーなどに、多くの日本人が興味を持っています。私も、特に韓国のサッカーに対しては尊敬の念を抱いており、動きが乏しく退屈な日本のサッカーに比べて、スピードがあり情熱的な韓国のサッカーの方が、はるかに面白いと感じています。

  韓国と日本が、それぞれ素晴らしい文化を持っていながら、複雑な歴史も持っているように、私たち人間も、それぞれが素晴らしい人間でありながら、複雑な人間関係にとらわれて苦しんでいることが多いのです。そのような時、私たち人間は、「どうして、自分は、このような悩みを抱いているのだろうか?」「どうして、本当は愛し合いたいのに、仲良くできないのだろうか?」「どうして、こんなに苦しいのに、がんばって生きていかなければならないのだろうか?」などと、自問自答します。しかし、なかなか、その解答は得られません。

  そこで、本書『生きがいの創造』は、宗教とは全く違う科学的方法を用いながら、「どのような人生観を持ちながら生きることが、素晴らしい人生を創り出すのだろうか?」という、人間の根本的な疑問に答えていきます。このような疑問に対して、宗教家でもなく、心理学者でもなく、哲学者でもなく、あくまでも「経営学者」として、科学的・論理的に答えていったことが、本書をベストセラーにしていただいた理由ではないかと思っています。

 韓国人も日本人も、同じ人間であるかぎり、人生に対する根本的な疑問も、同じであるはずです。本書が提示した「科学的な人生論」が、韓国の皆様にも、少しでも受け入れていただけますよう願っています。

  それでは、いつか、韓国でお会いしましょう!


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 なお、本文の一部をご紹介すると・・・(これがどの部分か、鋭い読者にはおわかりですよね)




 ということで、韓国で、どのくらいの反響があるか、楽しみですね。



2005年1月6日版

 あけまして、おめでとうございます!

 
・・・ということで、新年早々、私にとって、たいへん嬉しいニュースが飛び込んでまいりました。

 私はスポーツ観戦が好きで、時間の余裕があれば、ストレス解消&エネルギー補充のために、サッカーをはじめ、野球などの競技も観戦します。ただし、「このチームの大ファン」という観戦スタイルではなく、チームを超えて、「この選手を応援したい」という人物に入れ込む、というスタイルです。したがって、特にごひいきのチームというのはありませんが、その代わりに、どのチームであっても(どのチームに移籍しても)、ずっと、好きな選手を応援し続ける、というわけです。

 そんな私が、この数年間、ずっと心の中で応援してきた選手のひとりが、プロ野球の「小久保裕紀」(ホークス〜ジャイアンツ)選手です。小久保選手は、この数年間、大きなケガや、リスクの高いトレードに直面しながら、大変な勇気と努力で乗り越えて!昨年も、ジャイオンツの中心選手として大活躍されました。まさに、私の「生きがい論」の精神を、見事に体現してくださっている選手として、私も大いに尊敬しているのです。

 ところが・・・先日、PHPの編集長さんが、「夕刊フジ」(主に首都圏と近畿圏で、駅やコンビニを中心に販売する即売誌として最大の発行部数を誇る)の新聞記事を切り抜いてお送りくださったのを拝見し、私は「ええ〜っ!」と、ビックリしてしまいました。私の著書を紹介くださる記事は、これまでにも様々な媒体に載せていただきましたが、今回は、ただの紹介記事ではなかったのです。

 なんと、その記事では、あの小久保選手その人が、私の著書を「共感するところが多い」とお勧めくださっており、しかも、私の「生きがいシリーズ」を、ほとんど読破なさっているというではありませんか!
 なるほど、それで、私も、小久保選手の言動に共感するはずです。お互いに、共通の価値観(宇宙観・人間観・人生観)で、結ばれているのですから・・・(ということは、このHPの読者の皆様も、小久保選手と、共通の価値観で結ばれる同志だというわけですね)

 とにかく、その記事を、まずはご紹介しますね。


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(産経新聞社「夕刊フジ」12月29日号、37ページより)

 小久保流 正月こそ生きがい探し
 独自の哲学の土台に自己啓発本 一読すれば、あなたも人生が変わる!? 
  
シリーズは読破

 せっかくのお休みを丸ごと寝正月にしてしまうのはもったいない。それなら読書でも
― という方にオススメなのが、巨人・小久保の愛読書。ひょっとして、グータラなひとときが人生の転機へと様変わりするかも!?

 新幹線や飛行機で移動する際、小久保は必ずといっていいほど本を手にしている。(中略)
 その中でも「共感するところが多い」のが、福島大の飯田史彦助教授による「生きがい」シリーズ。どんな難問にぶち当たっても、「自分はこんな困難に立ち向かえるほどすばらしいチャレンジャーだ」と思える小久保哲学の土台を築いたのが、ほとんど読破したというこの「生きがい」シリーズなのだ。

 PHP研究所から「生きがいの宝箱」「生きがいの探求」など10タイトルが出され、特にシリーズ第1作の「生きがいの創造」は(文庫版だけで)14万7000部のベストセラーで、同社も「幅広い支持を得て、(ハードカバー版と合計で)55万6000部が出ましたが、小久保選手が愛読者とは知りませんでした」(文庫編集部)と、驚きの様子。

 手っ取り早く「小久保哲学」に触れたければ文庫版がお手ごろで、前出の「生きがいの創造」の他、「生きがいのマネジメント」、「生きがいの本質」がオススメ。一読すれば、小久保の心の奥底がチラッと見えるかもしれない。
(久保木善浩)

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 おお!

 なんと、私の応援する小久保選手が、その「小久保哲学」と呼ばれる強靭な精神力の土台として、私の「生きがい論」をあげてくださっているではありませんか!



 しかも、小久保選手は、この記事以外のところでも、各所で私の「生きがい論」をご推薦くださっているとのこと。
 たとえば、小久保選手は各地の小中学校を訪問して、生徒たちを励ます活動をなさっているそうですが、小久保選手の来校の模様をレポートした、ある中学校のホームページには、次のような記事が・・・


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常に笑顔で、そして、真剣に、子ども達の質問に答えられた小久保選手。

「プロ野球選手にならなかったら?」という質問には、
「小さい頃からプロ野球選手になろうと決めていたから、他の職業は、考えられない」と。

また、「愛読書は?」という質問には、
「気にしているのは、飯田忠彦さんの生きがいシリーズですね」と、答えていらっしゃいました。
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 ・・・「史彦」(ふみひこ)が「忠彦」(ただひこ)と間違っているのはご愛嬌ですが、確かに、私の「生きがいシリーズ」を、訪問先の学校の生徒さんたちに、お勧めくださっているのです。


 さらに、小久保選手の公式ファンサイト(ホームページ)である「K' project」の中にある、「Q&A」のコーナーでも、私の著書をお勧めくださっているとのこと。このコーナーは、小久保選手のファンの方々から寄せられた質問に対して、小久保選手ご本人が、直々にお返事をくださるという貴重なページなのですが、その中に、次のようなやりとりが公開されているのです。
 まず、「福岡県糟屋郡・35才の女性」というファンの方が、小久保選手に対して、次のようなメッセージ&クエスチョンを寄せていらっしゃいます。

 
「私は、小久保選手が大好きな、3歳の息子と2歳の娘を持つ母です。先日、『テレメンタリー・伝統の巨人軍・・・』を拝見させていただきました。そこですごく印象に残ったのが、去年のケガから1年間のリハビリを経て、ホークスファンには大きな出来事だったトレード・・・それらの出来事を、『これらはすべて偶然ではなく必然的なことであって、神様がそうしろと与えてくださった事だ』と・・・そして奥様も、同じような発言を、ステキな笑顔で話しておられました。それを見て私は、なんてステキなご夫婦なんだろう、と、とても感動いたしました。このように何事も全部受け止め、『自分の精神力のレベルアップのためだ』と言い切れる、強い精神力に私もなりたいと努力しているのですが、よく大きな壁にぶつかっております。そこで、こんな私に、『これは良かった!』という、小久保選手がオススメする『本』はないでしょうか? 是非、あったら教えてください。野球の話でなくて申し訳ありません。どうかよろしくお願いいたします。」(福岡県糟屋郡・35才の女性)

 すると、それに対して、小久保選手ご本人が、このように返事をお書きくださっているのです。

 小久保選手 
「僕のおすすめの本は、飯田史彦先生の、生きがいシリーズです。書店にたくさんあると思います。飯田史彦先生のサイトはこちらです。」 おお!

 小久保選手が、この私のホームページを、公式ファンサイトでリンクして、ご紹介くださっているのです・・・ん?・・・ということは・・・なんと、このホームページを、あの小久保選手ご本人が、訪れてくださっているということではありませんか!



 小久保選手、はじめまして(笑)。
 あなたが、このページを訪問くださっているとは、とても光栄です。
 私の「生きがいシリーズ」をほとんど読破くださっているとのこと、そして各所でご紹介くださっているとのこと、本当に、ありがとうございます。私も、あなたのことを、これからも、大いに応援させていただきますね!
 どうぞ、今後も、「生きがい論」を象徴する不屈の精神を、野球という素晴らしい競技を通じて、多くの人々にお届けください。そして、そのチャレンジ精神あふれる言動を通じて、多くの人々を励まし、勇気づけていただけますよう、心から願っています。





12月25日版

 今年の初めに、私の『生きがいの教室』の中で、勤務校での実践をご紹介させていただいた、ある先生からのお手紙です。

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飯田先生

 ****学校の****です。
 今年も、『生きがいの探求』をはじめ、素敵な御本をありがとうございました。

 今日、実は、とっても嬉しいことがございましたので、思わずペンを執ってしまいました。
 今朝、校長先生に用事があって、お会いしに行った時のこと。
 校長先生が、

「ああ、**さん、僕はこの土日に、本屋で、あなたに会ったよ!」

 と、おっしゃるのです。私は、

「えっ?!」

 と答えながら、

「どこ? どこの本屋さん? 私、どんな格好をしてたっけ?」

 と、めまぐるしく、土日の自分の行動を振り返りました。すると校長先生が、

「飯田先生の本の中だよ」

 と、おっしゃるのです。「本屋」というのは私の聞き間違いで、校長先生は、「本で」と、おっしゃったのでした。その瞬間、私には、自分のことが紹介されている『生きがいの教室』のことだ、とわかり、

「あ〜っ!!」

 と、思わず叫んでしまいました。そして、

「校長先生、飯田史彦先生のこと、ご存知なんですか? 私、本当に大好きなんです!」

 と言ったところ、校長先生は、

「知ってるよ。飯田さんの本は、僕も読んでるんだよ。昨日は、飯田先生の本の中に、**さんが出てきたから、思わず、もう1冊、買っちゃったよ」

 と、笑っておられました。

 実は、この校長先生は、今年の4月から本校にいらした御方で、昨年、『生きがいの教室』に学校名を出すことを許可してくださった校長先生とは、別の方なのです。
 朝の打ち合わせの前の、あわただしい時間でしたので、この時はこれだけの会話で終わりましたが、後でもう一度、校長先生とお話しました。うちの学校にも、飯田先生に講演に来ていただければいいですね、とお話すると、

「いいねぇ、ぜひ、来ていただきたいね・・・飯田先生の本からは、人が生きる価値や、学ぶことの意義が、本当によくわかるよね」

 と、おっしゃいます。そこで、

「本当にそうですよね。どうして生まれて来たのか、とか、なぜ、勉強しなければならないのか、という、生徒たちの疑問にも、きちんと答えてやれますよね」

 と申し上げると、

「年をとればとるほど、切実な問題だしね」

 とも。
 校長先生は、親しいお友達のお子様がハンディキャップをお持ちでいらっしゃり、その御方が、飯田先生の御本から非常に感銘を受けられた、ということで、その御方が紹介してくださったのが、飯田先生の御本と出合った御縁のようでした。

 私は、校長先生が、飯田先生の御本をご存知で、ご理解くださっていることが非常に嬉しく、また、校長先生と、飯田先生の御本について、あれこれとお話させていただけたことが、本当に幸せでした。おかげで、今日は一日中、わくわく、ウキウキしておりました。新しく来られた校長先生が、飯田先生の御本をご存知とは・・・

 というわけで、生徒たちに渡す通信簿も完成したし、久しぶりに、飯田先生のホームページを開いてみたところ・・・テストやら、学期末の事務処理やらで、しばらく忙しくしていてご無沙汰している間に、DVDCDの発売で、大変なことになっていたのですね・・・

 あ〜あ・・・私も、6巻を買って、飯田先生と、直接にお話してみたかった・・・(涙)
 本当に、惜しいことをしました・・・う〜ん、残念・・・あ〜あ・・・(涙)

 来年も、飯田先生の御活躍を、楽しみにしております。
 ホームページも、今まで以上に、ちょこちょこ拝見しますね(涙)。
 寒さ厳しき折、どうぞ御自愛くださいませ。


********************


 ・・・というわけで、私にとっても、「それは本当に良かったですねぇ!」とお伝えしたい、嬉しい事件でありました。私の知らないところに、有難い読者の方々が、こうして潜伏してくださっているのですね・・・(落涙)・・・
 心と視野の広い、高い見識を持つ校長先生に、心から感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました。


 読者の皆様には、今年も、本当にお世話になりました。これから1週間以上、福島を不在にしますので、年内の更新は、何か緊急のお知らせがない限り、これでおしまいになる予定です。何しろ、1月15日には、3月発売の「生きがい論」新刊の締め切りを抱えておりますので・・・(まだ、これ以上のことはナイショです)

 今年も、このホームページを巡って、様々なドラマが繰り広げられました。
 また来年も、きっと波乱万丈の、意表をつく展開が、待ち受けていることでしょう。
 来年は、1月4日以降に更新いたしますので、どうぞお楽しみに。

 それでは、皆様・・・

 
どうぞ、のんびりと、充実した年末年始をお過ごしくださいね!



2004年11月20日版

 
いよいよ、あと1週間で、「死の臨床研究会」(わが国で最もお堅くて学術的な、「死」についての医学会)が開催されます。以下のように、私も27日(土)の14:15〜16:20に、「生きがいの創造」と題して講演を行います。

 ところが、先日届いたポスターを拝見すると、東京大学の養老教授&作家の永六輔氏という2大有名人(いずれも私の父親の世代)の挟み撃ちにあい、私の「格」の低さが際立つだけの、恥ずかしい状況・・・(涙)
 
 しかし、そもそも父親のような年代の、人生経験豊富な大先生方に対して、まだ駆け出しの研究者にすぎない若輩者の私が、対等に渡り合えるはずがありません。最初から、内容の勝敗(もちろん勝ち負けではありませんが)は明白ですので、私としては、両巨頭の胸を借りるつもりで、気楽に講演させていただけるというものです。

 医療関係者ではない非会員の方も参加できますので、おいでくださる方は、どうぞお楽しみに!





10月24日版

 《 緊急のお知らせ 》
 9月30日版でお知らせした、11月13日(土)に横浜市で行う私の講演会(医師会主催)へのお申し込みが、会場定員の600名を超えて満席となり、キャンセル待ちの状態に入っているそうです。
 つきましては、新たなお申し込みをいただいても(あるいは予約なしで当日においでくださっても)、もうお席がありませんことを、医師会事務局からのご連絡で、至急、お知らせいたします。
 なお、キャンセル待ちで会場に入れなかった方々のために、ロビーのモニターで生中継するプランも検討中ですが、実現できるかどうかは未定だそうです。

 それにしても・・・まだ講演会まで3週間もあるというのに、もう600名もの方々から予約をいただいたとは、信じられないことです・・・確かに、横浜で公開可能な講演会を行うのは、初めてではありますが・・・横浜には、私の著書の愛読者の方々が、あたかも「隠れキリシタン」のように、数多く潜伏していらっしゃったのでしょうか?(笑)・・・そうだとすれば、当日は、異様なムードで盛り上がる、大変な集会になりそうです(笑)。

 とにかく、本当に、ありがとうございます。
 お申し込みくださった方々と、当日にお会いできますことを、楽しみにしています!



10月17日版

 先日、浦添市役所(那覇市の隣り)の職員研修で「生きがい論」の講演を依頼されて、沖縄に行ってきました。

 とはいえ、前後を教授会と学会に挟まれてしまったため、木曜日の午後に仙台空港を経って飛行機で3時間弱、夕食に大好物の「ゴーヤーチャンプルー」を食べてからチープなビジネスホテルに泊まり、翌日の午前中に講演を済ませると、午後にはすぐに那覇空港から飛び立つという強行スケジュール。帰りの飛行機に乗る前に、あわてて食べた「沖縄そば」もおいしかったですが、せっかく沖縄に行ったというのに、全く観光しないで、仕事だけして戻ってきてしまいました。これならば、東京に出張するのと、変わりありません(涙)。

 いつの日か、あこがれの南大東島(みなみだいとうじま:沖縄本島からさらに遠く離れた離島)に、のんびりと行ってみたいなぁ・・・南大東島の誰かから、講演依頼が来ないでしょうか・・・
 もちろん、大好きな西表島(いりおもてじま)や石垣島(いしがきじま)からご依頼があれば、喜んでうかがいますよ。何度うかがっても、「また来たい」と思う楽園ですからね。

 それに、東京のはるか南にある、三宅島や八丈島などにも、行ったことがないんですよ。鉄道マニアとして、大学院生時代に「JR全線完乗」を果たした私ですが、何しろ、離島には鉄道が無かったものですから・・・

 ・・・というわけで、沖縄から、あまりに空しいトンボ返りをしてしまい、かえって離島への想いをつのらせている私です。

(でも、浦添市役所から那覇空港へ向かう交通手段として、わざと遠回りをして、数年前に出来たモノレールにちゃっかり乗車し、先頭車両の運転席の後ろにべったりと張り付きながら、初めて見る車窓に目を輝かせた私です・・・こういう時って、いくつになっても、少年の心に戻りますよね)



10月8日版

 
先日、このようなお手紙をいただきました。
 とっても嬉しかったので、ご紹介いたします。

********************

 
初めまして。
 私は**大学、大学院教育学研究科の学生の、*****と申します。

 私は1年ほど前は、民間企業への就職も決まっていて、あとは残りの大学生活を、いかに遊んで暮らしていくかということばかり考えていました。もともと、教職(飯田注:学校の先生という職業のこと)に憧れを抱いて入学した教育学部でしたが、大学生活は期待していたほど面白いわけでもなく、いつも空虚な気持ちで4年間を過ごそうとしていました。私には、教師なんて無理だと勝手にあきらめて、民間企業への就職の道に逃げました。

 本当はやりたい、教師という職業・・・でも、自信が無いし、何よりも、恐い。・・・そうした気持ちが交錯する中で、飯田先生の本と出会いました。読んでみて、涙が止まらなくなりました。この体で、この環境で、この両親のもとで過ごす人生は1度きりなのに、私は何をあきらめて、恐れていたのだろう・・・と、今までの自分の選択が、明らかに「違う」という感覚におそわれました。「私のやりたいことを、やりたいだけやろう」と、自分の中からこみ上げてくるエネルギーを感じました。

 そこで私は、結局、いただいていた民間企業の内定をご辞退して、もう一度勉強する道を選択しました。素敵な先生になるために、私には、まだまだ勉強が必要だと感じたからです。
 それが、昨年の9月のことでした。大学院の入試まで1ヶ月を切っていました。両親にはだいぶ心配をかけましたが、無事に合格することができました。

 今、いろいろな人の縁に支えられて、私は大学院で勉強することができています。おそらく、飯田先生の本と出会うことがなければ、自分の枠におさまった、つまらない生活を送っていたことでしょう。学ぶ喜びを手にすることができて、飯田先生に感謝しています。そして、いつかお会いできたらと思っています。
 飯田先生、本当にありがとうございました。


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 ・・・ということでした。
 私は喜び、さっそくお返事を書きました。
(近々、私の研究室まで、おいでくださることになりました)

 きっと、数年後には、素晴らしい教師になって、たくさんのかわいい教え子を、世の中に送り出されるのでしょうね。
 私の本が、人生を見つめ直すきっかけになったことを、たいへん光栄に思っています。



9月30日版

(1)10月10日に、看護学校の「学院祭」で講演いたします!

日時: 10月10日(日)、午後2時〜4時

場所: 公立岩瀬病院付属高等看護学校
   (福島県須賀川市北町20番地、電話 0248−75−3237)

演題: 「生きがいを創造する医療とは 〜私たちは、なぜ生きているのか?」

料金: 無料(当日、会場に空きがあるかぎり、入場いただけます)


(2)11月13日に、医師会主催で、横浜市で講演いたします!

日時: 11月13日(土)、午後2時〜4時(午後1時30分に開場)

場所: 都筑(つづき)公会堂
   (横浜市都筑区茅ヶ崎中央32−1、市営地下鉄「センター南」駅から徒歩5分)

主催: 横浜市都筑区医師会(電話 045−911−6677)

演題: 「生きがいの創造 〜最先端の科学研究から読み解く人生のしくみ」

料金: 無料(「第10回都筑区民まつり」協賛事業の公開講演会)
    ただし、先着600名様まで。参加をご希望の方は、「都筑区医師会ホームページ」の申し込みフォームから、または上記「都筑区医師会」事務局まで電話でご予約ください(多数の電話で業務に支障が出ているそうですので、なるべく電話はご遠慮ください)。残席が少なくなってきたとのことです。お早めにどうぞ!


(3)11月27日に、「日本 死の臨床研究会」(開催校:筑波大学)で講演いたします!

日時: 11月27日(土)、午後2時15分〜4時20分

場所: つくば国際会議場(エポカルつくば)
   (茨城県つくば市竹園2−20−3)

主催: 「日本 死の臨床研究会」第28回年次大会
   (ターミナルケアを中心とする、医療・福祉関係者の大きな学会です)

演題: 「生きがいの創造 〜経営学者として読み解く人生のしくみ」(招待講演)

料金: 参加方法の詳細は、大会事務局(筑波大学臨床医学系神経内科、電話 029−853−3224)までお問合せください。

情報: 今回の大会では、飯田による上記講演(招待講演・120分)のほかにも、養老孟司氏(東京大学名誉教授)による「自然科学者の視点からみた生と死」(特別講演・90分)と、永六輔氏(作家)による「市民の視点からみた生と死」(公開講演・90分)という講演が行われます。スケジュールなどの詳細は、上記事務局までお問合せください。



9月20日版

 本日、大学の私の郵便ボックスに、このようなお手紙が届いていました。
(ご本人を特定できる部分を削除・伏字にした以外は、すべて原文のままでご紹介いたします)

********************

 
飯田先生

 初めてお手紙を差し上げます。
 私は***に住む今年**才になる者です。私は現在、ある罪で逮捕され。留置場にてこれを書いております。

 まず先生にお礼を言わせて下さい。本当にありがとうございます。先生の著書を読ませていただき、自分の内面に目を向けることができたこと、本当にうれしく、感謝以外の言葉になりません。

 今までの私は、自分の好き勝手にやってまいりました。それが正しいと信じていたし、自分の人生なのだから、当然と考えておりました。ビジネス上の成功を第一に考え、家族も友人も私に協力するのが当たり前だと思ってきたのです。お金を稼ぐにはどうすればいいか、欲望は最高点に達していたのです。
 そんな状態でしたから、家族も仕事もうまくいかず、友人も多く失いました。夫婦間、両親とも対立し、それをまぎらわせる為に、女遊びにふけりました。自分本位そのままでした。

 そして今回の逮捕、当初は理解すらしようとせず、周りに責任を押しつけるような気持ちすらあったのです。
 限られた空間の中で私に出来ること、それが「本を読む」こと、そして「文章を書く」こと、それと「自分の内面と向き合う」ことだったのです。差し入れとして希望した物の中に、先生の著書が入っていたのです。たまたまではなく、「今こそ読みたい」と思いました。以前から先生の本のことは知っていたのですが、今回明らかに「今なら自分は変われるはずだ」との確信があったために、「読みたい」と思ったのです。

 そして今、幸せを感じています。昔に体験した苦しかったこと、悲しかったこと、嫌だったこと、様々な事の全てが私の成長に必要だったということ、自分自身を愛してはいなかったこと、私をとり囲む全てが私の敵ではなく味方だということ、今私の成長を心から望んで、待ってくれてる人がいるということ。それらの全てに感謝できること。本当にありがたいと感じられるようになりました。

 罪を犯したことは、ゆるされることではありません。それによって多くの人を傷つけてしまった事実も、消えることはないと思います。反省もお詫びも、できる限りしなければいけないと思っています。ただ、そのおかげで、私は多くのことを学び、本来の私自身の姿を取りもどせたと思っています。良心に従い、愛のある選択をしていこうと考えています。

 乱文乱筆をお許しください。どうしてもお礼をお伝えしたく、失礼とは思いましたが書かせていただきました。いつか先生にお目にかかり、お話できたらうれしいのですが・・・

 それでは、くれぐれもお体に留意され、今後のご活躍を心より念じております。

 平成16年9月**日
 **県**警察署内 留置場

 *****


********************


 私は感激し、さっそく、PHPから届いたばかりの、発売前の新刊『生きがいの探求』の見本本を、メッセージ&サイン入りでお送りいたしました。
 ただし、ご住所も拘留期間もわからないので、とにかく「**県**市 **警察署内 留置場 *****様」としておき、封筒の隅に、「署員の方へ・・・*****さんがどこかに移動なさっている場合には、お手数ですが、移動先に回送くださいますようお願いいたします。」と、注意書きをしておきました。もちろん、差出人としては、私の本名・肩書きと大学の住所を記しました。
 こうしておけば、きっと何らかの方法で、ご本人のもとへ届くことでしょう。封筒の中身は、署員の方が必ず開封チェックなさるでしょうが、中身は私の新刊とメッセージのみですので、問題なくご本人にお渡しいただけるはずです。

 ・・・というわけで、新刊『生きがいの探求』を、編集者を除いて世界で初めてお読みくださるのは、おそらく、この御方になるのではないでしょうか。ご本人は、その事実を、全くご存知ありませんが・・・



7月19日版

 実は、前回更新の一番最初にご紹介した、進学で悩む高校3年生の女の子に、お返事と一緒に、本を同封しておきました。すると、すぐにまた、次のようなお返事をくださいましたので、このHPの読者の皆さんにも、ご報告しておきます。



 なんだか、ほんわかとした気持ちになれますよね。
 大人と違って(笑)、まだまだ日本にも、このように純粋な子どもたちがいてくれるのだなぁ、と、ほっとしました。

 ・・・というわけで、本日は、プチ更新で失礼いたします(笑)。



7月10日版

 最近いただいたお便りから、いくつかご紹介いたします。

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 突然のお手紙すみません。
 私は**県**市に住んでいて、現在高校3年生の****というものです。

 私がこうして飯田先生にお手紙を書いているのは、飯田先生の「生きがい」シリーズの本を読ませてもらい、すごく興味を持ったからです。先生の本をたくさん読んで、すごく衝撃を受けました。これまで、ただ単に接してきた友達や家族に対して、すごくありがたさや感謝の気持ちでいっぱいです。
 そこで、大学に進学して、飯田先生が本で書かれていたような、人間の「生きがい」について勉強したいと思っています。しかし、「生きがい」について学べる大学を探しているのですが、いろんな大学の学部内容の説明を読んでも、実際どういう学科に入れば「生きがい」の勉強ができるのかということが、わかりません。今、受験生でもあって、早く志望大学を決めないといけない、という気持ちはいっぱいなのですが・・・。
 私は、やはり大学で、自分がやりたいことを学びたいと思っています。そこで本を書かれた飯田先生に、「生きがい」のことを学べる大学を教えてもらいたいのです。どんなことでも結構です。飯田先生のお知り合いで、「生きがい」のことを教えている教授の方がいらっしゃる大学名など。
 国公立の大学を希望しているのですが、私立の大学でもかまいません。もし、「生きがい」について学ぶためには、外国の大学に行った方がいいのなら、留学することも考えています。本当に、どんな情報でもいいので、教えてください。お願いします。

 最後になりましたが、突然の手紙で本当にすみません。それもいきなり、こんなことを聞いてしまって・・・。でも、先生の『大学で何をどう学ぶか』という本を読んで、ぜひ大学に行きたくなったんです。
 私はこれからも、飯田先生の「生きがい」シリーズを読んでいきます。なので、講演会や大学での講義やゼミなどで大変だと思いますが、これからもがんばってください。応援しています。


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私は、シンガポール国立大学で***を教えている、******と申します。1*年前に、日本の**大学に留学しましたので、日本語がわかります。
 飯田先生の色々な御著書を拝読いたしまして、心から感服いたしております。私も昨年から、米国の大学教授(中国系)と一緒に、飯田先生の御著書のようなスピリチュアルなテーマをとりあげ、中国語の書物を1冊まとめました。その中で、日本人の研究者の例として、飯田先生の御著書からたくさん引用しましたので、御知らせいたします。

 末筆ながら、飯田先生のご健勝をお祈りいたします。


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お忙しいのに、お手紙を差し上げてしまい、申し訳ありません。

 今回、どうしてお手紙を書こうと思ったかと申しますと、実は私の主人が、今、世間を騒がせております、あの自動車会社に勤務しております。新聞やテレビで報道されて、後から後から会社のボロが出てしまい、世間の皆様に本当に申し訳なく思うのと同時に、保険証を出すことさえ恥ずかしくて、病院にも行けないような日々が続いています。
 飯田先生の「生きていく明日からも」のCDを繰り返し聴き、なんとか、主人と一緒にこの試練を乗り越えようと試みますが、またしばらくすると落ち込んでしまい、時には涙を流してしまいます。もともと社内結婚ですから、自分や主人が選んだ会社なのだと納得しようとしながらも、何も知らなかった一般社員とその家族までもが、社会の中で、職場の名前さえ出せないほど恥ずかしい四面楚歌の状態になってしまったことが、なかなか受け止められずに苦しんでいます。子どもたちを抱えて、これから、会社や主人や私たち家族がどうなってしまうのか、不安でたまりません。子どもたちも、学校で恥ずかしい思いをしているのではないかと心配です。

 自分自身の気持ちに整理をつけるために手紙を書いたつもりだったのですが、グチばかりになってしまい、申し訳ありません。今はただ、お客様からの信頼を回復するだけのために、働かなければなりません。
 今回、自分たちの身にふりかかったことで、報道される側の立場、特に、飯田先生のように有名な方が、心無い誹謗中傷に苦しんでいらっしゃることを、少しは理解できた気がして、お手紙しないではいられませんでした。

 梅雨も明けていないのに、まるで真夏のような日が続いておりますが、どうぞお体に気をつけてお過ごしくださいますよう、お祈りいたしております。
 このような手紙にお付き合いくださいまして、本当に本当に、ありがとうございました。これからも、先生の著書を介してお世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。


********************

 飯田先生

 「いつまでも、いつでも一緒」の歌、毎晩、寝る前にかならず聴いています ♪
 この歌をはじめて聴いた時は、涙が出て、ふるえてしまいました。

 今日、「人生において、会社とは何か」を読み終えました。「愛」にたどり着くとは思っていなかったのですが、「あ〜、愛にたどり着くのか〜」と、今、頭の中で、かみしめているところです。
 日々、順調に、悩みながら生きてます。飯田先生の本のおかげで、気持ちをマッサージして、ほぐしてもらってるようです。

 先生、ご多忙とは思いますが、くれぐれも、お身体に気をつけてください。
 ますますのご活躍を祈ってます。


********************


 ・・・というわけで、ほんの一部ですが、ご紹介いたしました。

 1番目のお手紙には、「大学というところでは、勉強するテーマを、あなた自身で選ぶことができますから、どの大学のどのような学部・学科に進学しようとも、あなたが『生きがい』に結び付けて勉強すればいいんですよ」という前提のもとで、「もちろん、心理学・哲学・人間学などが最も近いですが、私のように経営学の中で『生きがい』について考察することも可能ですし、医学の分野でも『生きがい』は今後の大きなテーマなんですよ」という趣旨のお返事を、差し上げました。そして、「日本で『生きがい』について勉強したいなら、福島大学の私のところへおいでくださるのが、いちばん手っ取り早いですが・・・」とも。

 3番目のお手紙をくださった方には、特に、「僕と一緒の、似たようなお悩みですね」と、申し上げたいです。
 私も、著書を読んでもくださらない唯物論者の方々や、微細な表現の相違にまでこだわって「我が教祖の方が正しい」と攻撃してくる狂信的な宗教人の方々から、悪意と偏見に満ちた勝手な解釈で、「あなたの本は、***と同じだ」と、数年前に大きな凶悪犯罪を犯した宗教団体と同類に扱われてバカにされたり、雑誌(低俗雑誌ではありますが)の記事の中で、私自身も賛同できない問題人物の一番弟子だと、全く事実無根の情報を流されて迷惑したり、さんざん泣かされましたから。(でも、8年間も、「いかなる思想団体からも完全中立」という信念を曲げずにがんばってきたので、さすがに最近は、メチャクチャな事実無根の誹謗中傷というのは無くなりましたが・・・)
 もちろん、この自動車会社の場合には、事実として社会的犯罪を犯したわけですから言い訳はできませんが、その犯罪行為を知らなかった一般社員やご家族の中には、このような思いをしながら、世間の冷たい目に苦しんでいる方々もいらっしゃるのだということを、この場を借りてお知らせしておきます。私が、この奥様のためにして差し上げられるのは、このくらいのことしかありませんので・・・



7月1日版

 この時期、教室が、とにかく暑いです・・・
 なにしろ、福島大学でいちばん大きい教室(収容人数350名)に、立ち見を入れて400名の学生たち(昨年度に単位を落とした100名程度を含むため)が、びっしり。しかも、私は毎回のように、90分の講義時間のうち10分〜40分程度はビデオ教材やオーバーヘッド・プロジェクターを用いるため、その間、窓を閉じて暗幕(自動で閉まります)を引いてしまうので、教室内は、まるでサウナ状態。一応、冷房装置はあるのですが、このようなサウナ状態では、ほとんど役に立ちません。
 しかたなく、私自身も、キティちゃんの絵柄の、直径30センチにもなる特大の「うちわ」を持ち込み、教壇の上で扇ぎながら授業を行う始末です。もちろん、暑いのでネクタイなんかしませんし、ポロシャツ、半ズボン、サンダルで講義をすることも・・・

 そういえば、先日、講義を終えて、いつものように、「それでは、本日の授業はこれで終わります。お疲れさまでした」と決まり文句を言う私のもとに、かわいい女子学生が、1冊の本を持って、ためらいながら近づいて来ました。私が、「何か質問ですか?」とニッコリすると、「あの〜、授業に関係ないんですが、サインしてくださいませんか?」と、『生きがいの創造』を差し出すではありませんか!
 見ると、何度も繰り返し読んだらしく、もうボロボロになっています。そして、「私の父が、飯田先生の御本のファンなんです。昨日、『父の日のプレゼント、何がいい?』って聞いたら、『お前、飯田先生に会えるか? サインもらってきてくれ』というものですから・・・」とのこと。さっそく、お父様のお名前を入れてサインすると、「父が、とっても喜ぶと思います。ありがとうございました!」と、去って行きました。
 お父さんもいいけど、お母さんが大ファンだったら、もっと嬉しかったかなぁ・・・?(笑)。


 さて、本日は、インフォメーションです。

 この夏では唯一の、私の公開講演会のご案内です。

 毎年、大学の夏休み期間(7月後半〜9月末まで)は、「雲隠れ」や「山ごもり」などをしながら、研究・執筆に専念する私。
 そのため、夏休み期間中に、私をつかまえるのは、至難の業だと言えるでしょう。

 しかし、この夏は、珍しく、どなたでも参加できる公開講演会を、お受けしてしまいました。なぜなら、京都大学のカール・ベッカー先生のご推薦で、上越教育大学より、たいへん光栄なご依頼をいただいたからです。

 今回の講演会は、上越教育大学が、文部科学省の科学研究費の認定・供与を受けて行う、「学校におけるスピリチュアル・エデュケーションの理論・実証的考察」というテーマの研究の一環であり、「いのち教育」実践のための研修講座の基調講演です。
 それにしても、あのお堅い文部科学省が、「スピリチュアルな教育」という研究テーマのために、貴重な科学研究費を付与しているとは・・・私が著書『生きがいの教室』で提唱した「生きがい教育」が、ここでは、文部科学省のお墨付きで、堂々と研究されているのです。本当に、嬉しいことですね。

 詳細は、以下のパンフレットをご覧ください。(「スピリチュアルなテーマに関して、日本で最高峰の研究者・教育者の講師陣を招へいしています」とおっしゃる中に、私も入っているならば嬉しいのですが・・・)



 ・・・というわけで、私が行う講演は、8月20日(金)の午前10時〜12時まで。
 形としては、2日間に渡る「いのち教育」の研究会の基調講演(研究会全体の方向性を示すための講演)ですが、今回は特別に、教育関係者ではない一般の方々どなたでも、「私の講演会のみ、あるいは1日目のみの参加」を、認めてくださることになりました。1日目には、私の講演以外にも、素晴らしい講師陣がそろっており、同じ参加費で、ご自由に夕方までご参加いただけます。
 もちろん、2日間の研究会に丸ごと参加することも大歓迎だそうですから、教育関係の方はもちろん、保護者や学生や一般の方々も、どうぞご参加ください。参加費用は、1日のみ参加の場合、一般2000円、学生1000円で、2日間ともに参加の場合、一般3500円、学生2000円となります。

 参加を希望くださる方は、以下のメールアドレスをクリックして、
上越教育大学の得丸定子教授(私の著書の愛読者でいらっしゃいます)まで、お問合せください。詳しいパンフレットや申し込み用紙などを、添付ファイルまたは郵送などで、お送りくださいます。

(削除しました)

 なお、上越教育大学は、新潟県上越市にあり、JR信越本線「高田」駅からタクシーで10分、JR北陸本線「直江津」駅からタクシーで15分程度だそうです。東京からは、上越新幹線&ほくほく線経由で2時間10分、長野新幹線&信越本線経由で2時間50分、大阪からは北陸本線経由で4時間40分。また、自家用車の場合、東京からは関越&上信越自動車道経由で3時間程度とのこと。
 上越市からは、長野、松本、上高地、軽井沢、戸隠、妙高、白馬、佐渡、新潟、富山、金沢など、有名な観光地に、数時間で移動できます。私も、上越教育大学にうかがうのを、今から楽しみにしているんですよ。皆さんも、楽しい夏休みの旅行を兼ねて、どうぞおいでくださいね!



6月17日版

 しばらくテンテコ舞いしており、更新が遅くなってしまいました。
「先生、生きてますか?」というお問い合わせが増えてきましたので、さすがに、このあたりで何とか時間をとって、更新しておきますね。

 大阪での大講演会&コンサートを終えて以来、感想のお手紙を、たくさんいただきました。
 そこで本日は、それらを代表して、ある男性からいただいたお手紙を、ご紹介させていただきます。
(何しろ、私にお手紙をくださるのは99%が女性・・・しかも20代〜30代の女性なので、私よりも年上の男性からのお手紙は、ほんとに珍しいんですよ)

********************

 
拝啓 初夏の候、飯田先生にはますますご清栄のこととお喜び申し上げます。

 さて、先日、豊中市民会館でのご講演におきまして、初めて飯田先生を拝見いたしました。今まで、飯田先生の著書やホームページなどから想像していたイメージに比べまして、実物の飯田先生は、若干、ふくよかな感じでしたが、「温かそうな」雰囲気は想像どおりでございました。

 それでは、本題に入らせていただきます。
 飯田先生のご講演が大阪で行われることを、先生のホームページで知ったとき、すぐに郵便局へ行って申し込み(振り込み)をしましたが、今まで、飯田先生のご講演に行ったことがなかったものですから、申し込みをしてから、果たして私のような「ええ歳のおっさん」が、他に来ているのだろうかという不安に襲われました。「行ってみたい」という思いと、「やめとこ」という気持ちが相半ばし、当日まで迷っていましたが、このチャンスを逃したら、いつ、飯田先生にお会いできるか分からないという気持ちの方が強く、思い切って豊中市民会館へ向かいました。

 12時5分頃に到着しましたが、既に、大勢の方が入っておられ、想像していたよりも男性の方も多く、私よりもご年輩と見受けられる方が何人もおられ、正直ホッとしました。
 いよいよ、飯田先生のご講演が始まり、初めてお聴きする先生の声に、聞き入りました。非常にハッキリとした分かりやすいご説明で、時間の経つのも忘れて聴き入っておりました。
 私も、仕事柄、大勢の人々の前で話をしなければならない機会が多いのですが、先生のお話の仕方は、大変勉強になりました。聴いておられる方に、いかに分かりやすくお話をするかといったことには、その人の人格・人間性・思いやりなどが現れるということが、よく分かりました。
 お話の内容につきましては、今まで、先生のご本の中に書かれていた内容でございましたが、やはり、実際に先生の口を通してお聴きすると、改めて、心に迫ってくるものがございました。

 最後に、みんなで先生の歌を歌いましたが、私も、自分でも信じられないくらい、大きな声を出して歌っていました。ご講演に行く前は、自分が歌を歌うなどと考えてもいませんでしたが、「歌いたい」という気持ちに突き動かされ、ええ歳のおっさんが、周りの人々よりも、一段と大きな声で歌っていました。
 さすがに、サイン会はご遠慮させていただきましたが、思い切ってご講演に行ってみて、本当に良かったと、心から納得いたしました。

 帰りに、難波の本屋さんで、「人生において、会社とは何か」のご本を購入し、早速読みました。1回、2回、3回と繰り返し読んでみて、先生のご講演の感動と相まって、最近、仕事において胸につかえていたモヤモヤが、ス〜と消えていく思いがしました。やはり、「キーワードは『愛』か」と、改めて思いました。もともと、私にとって、会社とは、人生の最も効率的な修行の場であるという思いは持っていましたが、「何を修行するのか」の部分について、修行の中心を見失うことがあったのです。最近、正にそういう状態だったのですが、修行の中心にあるものは、やはり「愛」であるということが、ストンと胸に落ちました。
 飯田先生のご講演をお聴きし、このご本を拝読することによりまして、「私の人生において、会社とは何か」の回答を、より鮮明に自覚することができました。これからも、いろいろな壁にぶつかることが多々あると思いますが、今回、改めてハッキリと自覚したこの思いを常に見失わなければ、順調に修行を積んでいけるという自信が得られました。
 仕事に限らず、全ての人生の場面において、大きな存在を意識しつつ、感謝の気持ちを失わないで、自分の中の「愛」を磨き上げていくために、修行を続けてまいりたいと思います。

 飯田先生、本当にありがとうございました。私には到底思いもつかないようなハードな毎日を送っておられる飯田先生ですので、何卒、お体にだけはくれぐれもお気をつけられ、またご縁があって、どこかでお会いできることを、心から楽しみにしております。
 勝手なことを長々とお書きしまして、誠に申し訳ございませんでした。       敬具


********************

 ・・・というお手紙で、お書きくださった男性の、真面目で温かいお人柄が、とてもよく感じられました。
 私の方こそ、お手紙で、ずいぶん勇気づけられました。本当に、ありがとうございました。

 この他にも、今回の大阪での講演会(コンサート?)について、同様の内容のお手紙を、30通以上もいただきました。きちんと拝読しており、心から感謝いたしております。この場を借りて、心から深く御礼申し上げます。



6月1日版

 
大阪での講演会&大合唱、大成功に終わりました!

 豊中市民会館での講演会&大合唱、おかげ様で、600名近くの方々がおいでくださり、とっても温かいイベントになりました。大量にご用意した新刊『CD付き新版 生きがいの本質』も完売し、サイン&握手会にも、2百数十名の方々が並んでくださいました(長時間お待たせして、ごめんなさい)。

 「生きていく明日からも」と「いつまでも、いつでも一緒」の大合唱は、私が自分で心配していた「歌詞を間違える」という大失態もなく(笑)、無事に歌い終えることができて、ほっとしました。特に、最後に歌った「いつまでも、いつでも一緒」のエンディングの大合唱では、何度も何度も延々と繰り返しながら、私が途中で声を止めて聞き入ると、会場の皆さんが大きな声で歌ってくださり、本当に感激しました。
 後から聞いたところによると、涙ながらに歌ってくださった方々も多く、市民会館の関係者も、仕事中なのに客席に移動し、初めて聴く歌を一緒に合唱してくださったとのこと。また、初めて私の講演に接してくださった学校の先生方も、退席することなく最後まで参加して、初めて聴く私の歌を、一緒に口ずさんでくださっていたそうです。

 もちろん、小学校教員の原田誉一先生(『生きがいの教室』でもご紹介しています)がご披露くださった「生きがい教育」の実践報告も、同業者の先生方をはじめとして、「たいへん面白くて、ためになりました」と、大評判でした。原田先生、どうもありがとうございました。
 でも、ハンサムな原田先生の後に登場すると、私の不細工な容姿が一段と目だってしまい、実は、たいへん困っておりました(笑)。

 皆さんのご協力&応援のおかげで、生涯の(いや、死んだ後にも)記憶に残る、素晴らしい思い出ができました。
 本当に、ありがとうございました。


 しかも、各地からいただくご報告によると、『人生において「会社」とは何か』は、駅の売店(キオスク)の小さな本棚に、ずいぶん置いてくださっているようです。「えっ? そんなローカル駅の売店に?」とビックリするような所から、「置いてありましたよ!」という観察レポートを、いくつもいただきました。「電車で移動しながら、気軽に読める本」として、ピッタリなのかもしれません。(とはいえ、中身は奥深い哲学書なのですが・・・)

 また、発売されたばかりの『CD付き新版 生きがいの本質』も、「これまで飯田先生の本は置いてなかったような小さな書店で、表紙を見せて立てかけてありましたよ」などと、あちこちの意外な場所で発見されています。今回は、いつもの朝日新聞ではなく、お堅い「日本経済新聞」に広告が載ったこともあり、勤務校(福島大学)の先生方から、「飯田君、最近また、ずいぶん立派な本を出したようだねぇ・・・」と、賞賛とも嫌味とも受け取れる微妙な発言を、多々頂戴いたしました(笑)。

 ・・・というわけで、このところ、皆様のご支援のおかげで、心身ともに、充実した日々を送らせていただいております。

 しかし、「好事魔多し」というコトワザの通り、このような時にこそ、どんな落とし穴が待っているかもしれません(涙)。
 だって、実は私、典型的な「マイナス思考」の人間なんですよ。「どうせ、ダメに決まってるさ」と、あきらめながら生きていく方が、ずっと安心していられるんです。著書には「希望を持て」などと書いておきながら、自分自身は、「期待して結局ガッカリするよりも、誰にも何にも期待しないで、淡々と生きていく方が楽チンだ」なんて信じてるんです。
 世の中で、私ほど、「人生に期待しない人間」は、いないのではないでしょうか。常に、人生に絶望しているんです。人生に何も期待しないからこそ、せめて、自分に期待するしかない・・・「人生では、自分以外の誰にも、何にも期待できないのだ」と、私は、人生に対して、実に冷たい目で見ているのです。私は、いわば、「世捨て人」の典型のような人間なのです。すでに、「世」も「人生」も捨てて、あきらめてしまっているので、かえって、何も失うものがなく、怖いものなどありません。
 したがって、今のように、嬉しいことが続く時にこそ、決して浮かれることなく、気を引き締めて、目の前のことを、ひとつひとつ着実に片付けていこうと思います。


 とりあえず、今後しばらくは、宮城県歯科医師会館、小田原潤生園(老人福祉施設)、あぶくま養護学校、上越教育大学、山梨県市町村職員研修所、福島自治研修センター、公立岩瀬病院、浦添市役所、横浜市都筑区医師会、大空の会(子どもを亡くした親の互助組織)、静岡県退職公務員連盟、愛川中原中学校、死の臨床研究会総会(筑波大学)、アイリスの会(女性の互助組織)、碧南市民病院(愛知県)などからの講演依頼にお応えしながら、本業の経営学者として、「医院経営における差別化戦略」の論文執筆に専念いたします。夏には、もう1本、「温泉地の経営戦略」に関する論文も、ある共同執筆書の一部として依頼されていますし・・・

 論文執筆が順調に進めば、また秋には「生きがい論」関係の新刊が生まれるかもしれませんが、少なくとも数ヶ月間は、「生きがい論」の執筆はお休みです。

 大阪での大講演会&大合唱の後、サイン会で2百数十名の方々と握手しながら、私はしみじみと感じました・・・「ああ、私は、何という幸せ者なんだろう」と。
 精神的には気の休まることがありませんし、肉体的には辛いことばかりで、正直なところ、「もう早く死んでしまいたい」と思うことも多いのですが、それでも、確かに、「ああ、私は、何という幸せ者なんだろう」と、心から実感できる瞬間があるのです。時々、この実感を体験できているうちは、もう少し、がんばっていけると思います。

 読者の皆様のおかげで、今の私があります。収容200名のホールで、わずか12名の聴衆を前に講演していた頃の初心を大切にしながら、今後も自分が信じる道を歩み、やりたいことを好き勝手に、やらせていただきます。これまで、温かく見守ってくださって、本当に、ありがとうございました。



5月27日版

 先日、ある女医さんから、このようなお手紙をいただきました。

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飯田史彦先生

 本日、先生の新しいご著書、「人生において会社とは何か」を拝読いたしました。
 実は、このご本は、医師である私には、あまり関係ないと思っていたのです(すみません)。
 というのは、先生が、「医療者は、企業というものから遠くにいる存在だ」ということを、どこかでおっしゃったのを読みましたので。
 しかし、読み始めたら、共感する部分が大変多く、とても興味深く読ませていただきました。ありがとうございました。

 まず、最初の、社長を愛する、という点について。
 私は、ほとんどネームバリューのない、小さな個人病院に勤めているのですが、ここの職員の方には、今の院長先生だから勤務しているのだ、という方が、少なからずおられます。私自身も、算術にとらわれない医療をされる院長先生のもとで働けることを、幸せに思い、感謝しております。もちろん、全てに満足できるわけではありませんが、一番大切な部分を容認していただきながら仕事ができるのは、大変幸せです。

 それから、リストラのお話です。
 リストラは悪いことである、だから、謝罪し、精一杯の補償を社員にさせていただく、というところで、なぜか、医療訴訟のことを思いました(こんなつながりを想起するのは私だけかもしれませんが)。
 医療者は、患者様に対し、精一杯の医療をさせていただきます。しかし、それでも、ミスがあって訴訟が起きた場合には、出るべきところに出て、ごめんなさいというしかない、と思っています。現代では、医療訴訟とは背中合わせですから。
 つまり、王道を行くということ、いつも、自分の良心に照らし合わせて、正しいと信じた道を行くということなのですね。

 経営学者としての先生のお仕事の中には、このご本にかかれているようなこともあり、案外、このようなことをなさりたかったのかと、勝手に楽しく想像しながら読ませていただきました。
 先生のご本から受けた感動を、素直にお伝えしたいと思いましたが、なんだか硬い文章になってしまいました。すみません。


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 また、その翌日に、ある学校の先生から、このようなお手紙をいただきました。

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飯田史彦 先生

 いつも心あたたまるメッセージありがとうございます。
 『人生において、「会社」とは何か』購入いたしました。ビジネス書コーナーで探して見つからず、インターネットで取り寄せ、入手が遅くなりました。
 それにしても、420円でこの内容は驚きです。数百冊の経営学の専門書の内容と、十年の経営学の歴史と数多くの企業の現実が、文庫本の中にたたみこまれ、しかも読み易くわかりやすいです。

 特に、エピローグの内容には驚かされました。
 次のような言葉の数々にです。
・人間であるあなたの正体は、「愛」そのものである。
・自分の正体は、「愛」そのもであるという「事実」を思い出すだけでいい。
・自分の正体が「愛」であることを思い出すだけで、誰もがどんどん元気になるはず
なんですよ。
・「愛」こそが、人間にとって、何よりも強力なエネルギーだからです。そして、あなた自身が、そのエネルギー源そのものなんです。

 私自身、職員室の人間関係や子供や保護者との関係がしっくりしない時がありました。
 今月も、参観日・保護者との懇談会があり、ちょっと気が重い日がありました。
 しかし、この本を読んで、「愛しがたいものでさえも愛する」と、心に決めました。
 できるはずはないのだろうけど、とりあえず思いました。

 すると、保護者懇談当日、話題がけっこう盛り上がって、とっても楽しい時間になりました。
 これで、何もかもうまくいくとは思いませんが、気持ちがフワッと軽くなったのは確かです。

 教師という職業柄、つい理想的な考えを持ち、現実とのギャップで葛藤してしまいます。
 やはり、生活のお金のために働いていることや、時間を自分できって帰宅できることも事実で、ありがたいことです。
 「人生(教師)において、学校とは『愛し難いものでさえも愛するための意志と技術』に、磨きをかける道具である」と読みかえてみました。
 「自分の正体が『愛』であることを思い出すだけでいい。それだけで、エネルギーがでてくる」
 なんとすばらしく、勇気づけられ、元気が出る言葉でしょう。

 このような本を出版してくださり、本当にありがとうございました。
 どうか、お体に気をつけられて、私たちを元気づけるメッセージを、これからもお願いいたします。
 ありがとうございました。


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 このほかにも、一般企業の中間管理職や重役の方々から、「さっそく、部下たちに配りました」というお手紙やメールを、たくさんいただきました。

 そこで、もうそろそろ、タネ明かしをしようと思います。

 実は、『人生において「会社」とは何か』という本は、著者である私が、ある「仕掛け」をしてみた、特殊な本なのです。
 それは、
読者の方々それぞれに、「行間を読み、背景を推察し、過去や現在の自己体験と結びつけながら、自ら学ぶ力によって、自学自習していただこう」という試みでした。そのために、この本では、わざわざ会話文にすることによって物理的な「行間」のスペースを空けたり、読者が自分自身の体験と結び付けやすいような文章表現を、意図的に心がけています。したがって、登場人物と私との会話を読みながら、それぞれの読者が、「そういえば、似たようなことがあったなぁ」とか、「自分も、この問題について考えてみたことがあったぞ」などと、自らの思考を深めていただければ、私の狙いは当たったことになるのです。

 ただし、この試みには、大きなリスク(危険)も、つきまとっています。
 それは、「自ら自学自習・自問自答する意欲と能力を持つ能動的な読者」にとっては、「思考の深化に役立つ、たいへん奥深い本」として何度も読んでいただける一方で、「文章を通じて深い考察を巡らせようという意欲や能力を持たず、ただ著者の知識や指示のみに依存して、役立つことを楽に教えてもらおうとする、受動的な読者」からみると、「無意味な行間ばかり多く、直接的に役立つ中身の乏しい本であり、立ち読みや拾い読みで充分だ」と見えてしまう、ということです。
 したがって、おそらく、より人生経験が豊富な読者や、日頃から物事を自分の頭で深く考える習慣を持つ読者ほど、この本の価値を、正しく見抜いてくださることでしょう。そして逆に、まだ人生経験が乏しく、一定年数の仕事をしたことのない若者や、「何か役立つことを教えてくれないかなぁ」と考えている受動的な読者ほど、「あんまり大したことを教えてくれない、役に立たない本だなぁ」と、ご不満をお持ちになる可能性が高いと言えるでしょう。

 『人生において「会社」とは何か』において、私がこのような試みをした理由は、日頃から若者たちと接する中で、「せっかく本を読んでも、自分の頭で深く考察し、自分の心で深く感じ取ろうとする人が少ないのは、もったいないなぁ・・・」と思っていたからです。本というのは、「ただ読むだけで、色々なことを教えてくれる便利なものだ」という依存的な読み方をする限り、実際には、ほとんど役立ちません。なぜなら、「脳ミソの中に知識が蓄えられる」というだけで、その知識を効果的に活用しないままで、やがて内容を忘れていってしまうからです。したがって、
「読んでみて、役に立つ文章があれば、そこだけ活用する」という依存的かつ受動的な読み方ではなく、「本書を自分のために活用するには、どのような読み方をすれば良いだろうか」と考えながら、「著者の文章の行間を読み、著者がその文章を書いた背景を推察し、過去や現在の自己体験と結びつけながら、自らの力で学ぼうとする姿勢」が求められる、というわけです。

 このように、この本は、
「依存的・受動的な読者」か、「主体的・能動的な読者」かという条件によって、大きく評価の分かれる本であるに違いありません。そして、現在、世の中では、いわゆる「ノウハウ本」(知識や技術を教えてくれる本)のブームと共に、「依存的・受動的な読者」が、どんどん増えています。したがって、本書を「ノウハウ本」だと思ってお読みくださった読者は、おそらく失望なさって、2度と開いてくださらないでしょう。しかし、本書が、「ノウハウ本ではなく、思考を深めるきっかけを満載した哲学書である」と、正しく見抜いてくださった読者にとっては、読むたびに新たな発見に出会える、味わい深い本として、重宝いただけることでしょう。なぜなら、読むたびに、読者である自分自身が、どんどん視野を広げ、思考を深め、成長していくため、読み返すごとに、違った味わいを感じ取ることができるからです。

 色々な本を出していると、時には、このような大胆な試みを狙った、読者を選ぶような本を書くことができますので、これも、著者冥利(みょうり)に尽きるというもの。特に、今回は格安の文庫本ですので、リスクの高い冒険にも、果敢に挑戦することができました。
 このようなわけで、本書を「ノウハウ本」だと思ってお求めくださった方々には、「ご期待に沿うことができず、申し訳ありません!」と、素直に謝ることしかできません。本当に、ごめんなさい。
 しかし、本書が、「ノウハウ本ではなく、思考を深めるきっかけを満載した哲学書である」と、正しく見抜いてくださった方々には・・・「ご名答、おめでとうございます! そして、どうもありがとうございました!」

 そういえば、先日、このようなお葉書も、いただきました。



 ・・・と、ただ、これだけです。
 裏面には、アニメ「母を訪ねて三千里」の絵が描かれており、文章はありません。表面にも、住所も氏名もありませんが、消印を見ると、どうやら、広島県の岩国市で投函くださったようです。

 いずれにしても、とにかく喜んでくださっているのですから、ありがたいことですよね(笑)。

 さて、
5月30日に大阪・豊中市民会館で行う私の講演会&ミニ・コンサートまで、あと数日に迫ってしまいました。
 それなのに、ギターの練習もできず、一日に15時間も働いて、大学の公務に追われる毎日・・・
 気のせいか、ここにきて、大事なノドも、イガイガしているように感じます。

 ああ、いったい、どうなってしまうのでしょうか?(涙)

 主催者からのご連絡によると、おかげさまで、
500名もの方々から、参加のお申込みをいただいているとのこと。入場料が必要であるにもかかわらず、本当に、ありがたいことです。
 私としては、いつも人数にはこだわらないので、「おそらく、100名から200名の間で落ち着きますよ」と主催者に予言していたのですが、見事に外れてしまい、あわてて、当日に配布する「歌詞カード」を、大量に増刷して送りました(笑)。

 思い起こせば、「生きがい論」の講演を始めたばかりの頃には、
収容200名以上のホールに、聴衆が、たったの12名(しかも、そのうちスタッフが5名)しかいなかった、ということもありました。「閑古鳥が鳴く」とは、まさに、このことです。あれは、確か、三陸地方の、陸前高田か、宮古か、大船渡の辺りの、商工会館か公民館だったような気がします。それでも、家族連れが2組(3人家族と4人家族で)来てくださったのが嬉しくて、2時間を、精一杯に講演させていただきました。講演後に、主催者の方々が、「すみません、ちょうど、地元の選挙と運動会に、日時が重なってしまって・・・」と、目を真っ赤にして、泣いて謝ってくださったのを覚えています。もちろん、私は、「ぜんぜん、かまいませんよ。ガン患者さんと、そのご家族の数名のために、何度も講演してきましたから、12名もご参加いただければ充分ですよ」と、大いに慰めたものです(涙)。
 私も、いきなり、数百名以上の会場で講演を行えるようになったわけではなく、「生きがい論」を始めた当初は、世間の嘲笑を浴びながら、まるで、売れない演歌歌手のように、苦労を重ねてきたんですよ(笑)。

 今回は、たいへん大きな会場なので、予約なしで当日においでくださっても、入場していただけるはずです。どうぞ、お気軽に、おいでください。
 特に、「どうしても行きたくなって、居ても立ってもいられなくなった!」とか、「心の奥の何者かが、『行って大合唱しなさい』と命じている(笑)」とか、「なぜかわからないけど、これに参加すれば、自分で自分の人生を変えるための、きっかけになるような気がする」などという方々は、その心の声に素直に従って、当日、どうぞ飛び入りで(ただし遅刻しないで)、おいでくださいね。

 5月30日・日曜日当日は、
正午12時に開場の予定でしたが、参加者数が予想以上に多くなったため、11時45分頃まで予定を早めて開場することになりました。開演(12時30分)までの、たった30分で、500名以上の方々が、入場してトイレに行ったりするのは、困難ですからね。
 とはいえ、午前中は、私のライブの音響&ステージング&リハーサルに、入念に時間をとらなければなりません(笑)・・・何しろ今回は、わざわざ私のライブのために、「照明さん」までついてくださるそうですから、大変なことになりそうです。まさか、「生きていく明日からも」を歌う私の頭上で、ミラーボールが回ってしまう、なんてことだけは、避けたいものですが・・・(涙)
 それに、もしかすると、楽屋には、「メイクさん」や「衣装さん」まで待機していたりして・・・(笑)

 私は、前日の29日・土曜日から、滋賀県の医師・看護師の集まり(滋賀県緩和ケア研究会)で、講演をしております。その夜は、マル秘の宿(温泉付きとか)に泊まり、ついに30日の当日を迎えます。
 
 う〜ん、ギターと歌の練習は・・・29日夜の温泉宿でやれば、いいか(笑)。



5月7日版

 なんと! 大阪府と池田市の教育委員会も、後援してくださるとは・・・

 ビックリしました。
 先日ご案内した、5月30日(日)に大阪府・豊中市の豊中市立市民会館で行う私の講演会「生きがいの創造」を、地元・豊中市の教育委員会だけでなく、大阪府と池田市の教育委員会も、公式に「後援」してくださることになりました。
 主催する「生きがい教育ネットワーク・大阪」のメンバーが、私の『生きがいの教室』を持参のうえでご説明くださったところ、数週間の審議を経て、それぞれの教育委員会から「後援」許可のお返事をいただけたのだそうです。しかも、ここに詳細は書けませんが、通常の「後援」許可の条件を曲げてまで、特別のお計らいでお認めくださったとのこと。
 これで、「大阪府・豊中市・池田市教育委員会 後援」と銘打って、公式に、大阪府内の各学校の校長先生に講演会の案内をお送りし、その掲示などをお願いできるというものです。地元の教育委員会の皆様に、「生きがい教育」の意義をお認めいただけたことを、本当に嬉しく、ありがたく思っております。

 これで、講演会の後に行う、
「いつまでも、いつでも一緒」と「生きていく明日からも」の大合唱も、ますます盛り上がるというもの。

 し、しかし・・・私としては、まったく気楽に、「生きがい論の愛読者の皆様と、大合唱をして交流を深めよう!」と楽しみにしていたのですが、いつのまにか、これほど大きく教育委員会の「後援」をいただける事態になりますと、多少、事情が変わってくるというもの・・・つまり、私の「CD付き新版 生きがいの創造」をお読み(お聴き)でない方々や、「生きがい論」には初心者の方々も、数多く来場される可能性が高まりましたので、講演後に私がギターを持って登場しても、「大学の先生が、なんで歌なんか歌うの?」と、あっけにとられる方々が多くなるのではないか、と危惧されるのです。中には、教育委員会の後援だというので来場してみたら、講師の自己満足ともいえる歌の合唱に付き合わされる羽目になって、「ええい、もう堪忍ならんわ!」と、ご立腹のうえ席を立たれる校長先生などが、続出するのではないかと心配です。

 かくなるうえは、当日、このホームページの読者の皆様に、ひとりでも多くご参加いただいて、「こんなやつの歌など知らん!」とおっしゃる方々が呆気にとられるほど、大合唱して盛り上げていただくしかありません。どうか、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
 幸いなことに、このたびの会場は、あの「大阪」ですから、こうなったら恥ずかしがらずに、「郷に入れば郷に従え」と覚悟を決めて、地元・大阪流の「コテコテ」のノリで、やけっぱちになって盛り上がるしかありません(笑)。

 講演会の詳細&参加方法は、前々回更新(4月20日版)の(4)の内容を、再確認してくださいね。
 5月30日に、豊中市民会館で、ぜひともお会いしましょう!




4月28日版

(1)嬉しいお葉書を、いただきました!


 先日、超うれしいお葉書が、私の研究室に届きました。しかも、余りものの年賀葉書で・・・(お年玉に当たっていたら、どうしよう?)
 とにかく、どうぞご覧くださいませ。





 ・・・というわけで、私の『
大学で何をどう学ぶか』(PHP文庫)を読んで、このような、嬉しい感想をお送りくださったのです。『大学で何をどう学ぶか』は、近々出版する『人生において「会社」とは何か』の先輩のような本で、すでに何度も増刷を重ねるほど、大好評をいただいています。

 私は、「おお!」と喜び、さっそく激励のお返事を書きましたが、なんと・・・よく見ると、「大阪の短期大学部所属の女学生」とあるだけで、肝心の住所が書いてありません(涙)。
 消印は、どうやら、「東淀川」となっているのですが・・・

 かくなるうえは、この女学生さんが、このHPの読者になってくださっていることを願って、ここで御礼を申し上げるしかありません。

 
女学生さん、本当に、ありがとうございました。
 あなたの大学生生活を、応援していますよ!!

(2)豊中市教育委員会が、講演会を「後援」してくださいます

 なんと、5月30日(日)に、大阪府・豊中市の豊中市立市民会館で行う私の講演会「生きがいの創造」を、豊中市の教育委員会が、公式に「後援」してくださることになりました。「生きがい教育」の意義を、公式にお認めいただけたことを、本当に嬉しく、ありがたく思っております。

 これで、講演会の後に行う、
「いつまでも、いつでも一緒」と「生きていく明日からも」の大合唱も、いちだんと盛り上がるというもの(笑・・・いや、私は真剣なのでした)。

 詳細は、前回更新(4月20日版)の(4)の内容を、再確認してくださいね。

 すでに、遠方からも、予約や問合せのお電話をいただいているとのこと。
 当日は、このHPの読者の皆様が全国から集う、怪しげな大集会になりそうです(笑)。

 あと1ヶ月後・・・5月30日に、豊中市民会館で、お会いしましょう!



4月20日版

 お待たせしました!
 ようやく、本格的な更新をする時間ができました。
 う、うれしい・・・(涙)

 新刊『人生において「会社」とは何か』、発売迫る!

 なんと、
5月8日 前後に、私の書き下ろし新刊、『人生において、「会社」とは何か』が、「PHP文庫」から出版されることになりました。
 早稲田大学からPHPに入社して2年目の、フレッシュ&好青年な編集者、ピーチ犬塚君(花嫁さん募集中)からの依頼で、書き下ろしたものです。今回は、タイトルも、ピーチ犬塚君の発案。(なお、「ピーチ犬塚」という芸名は、「私は、桃が大好きなものですから・・・」という理由で、ご本人の命名です)

 まずは、表紙と解説を大公開!





 私は、表紙カバーのオビの宣伝文句を見た瞬間、「
おおっ!」と、うなってしまいました。

 
「こんな会社、辞めてやる!」と思ったとき読む本。

 ・・・お、お見事!
 簡潔にして全てを包含した、秀逸かつ強力なキャッチフレーズではありませんか!

 オビの文句は編集者の担当ですから、ピーチ犬塚君が考案したに違いありません。

 しかし、新人編集者の能力をはるかに超えた、この素晴らしいキャッチフレーズを、あの生真面目なピーチ犬塚君が、頭の中だけで考案したとは思えません。おそらく、彼の心の奥から聞こえてくる、「こんな出版社、辞めてやる!」という彼自身の偽らざる心情を、思わず声高に吐露してしまった、ということではないでしょうか(?)。
 せっかく、これほどの文才を持っているのですから、今後も私の担当として、末永くPHPに残っていただきたい貴重な人材なのですが・・・



 次に、
私の新曲「いつまでも、いつでも一緒」の歌詞を、大公開してしまいましょう!

 
愛する恋人や妻・夫を亡くした方々はもちろんのこと、最愛の恋人に振られてしまい、「かつて自分を愛してくれたあの人は、今はもう、この世には存在しない・・・今も生きているその人は、同姓同名の別人なのだ・・・私が愛したあの人は、もう、亡くなったも同然なのだ」と嘆き悲しむ方々にも、心をこめて、この歌をお届けしたいと思います。

********************

「いつまでも、いつでも一緒」

作詞・作曲・歌:飯田史彦


涙をこらえきれず むせび泣いたあの時も 喜びに笑顔がはじけて 見つめ合った時も

いつもいつもあなたが 僕のそばにいたから それだけで僕の人生は 満たされていたよ

  それなのに なぜ今は そこにいないの? 

 「いつまでも いつでも一緒」・・・そう誓ったのに

ああ あなたが たとえ見えなくても あなたの魂は いつも僕のそばに

ああ あなたが 見守ってくれるから 元気に生きていける また逢う日まで

また逢う日まで



本当は大好きだと 心から愛してると 素直に言葉にできたなら 幸せだったのに

ひねくれて意地張って ケンカばかりしていた あの頃の僕の情けなさ 今だからわかる

  それなのに なぜ今は そこにいないの?

 「いつまでも いつでも一緒」・・・もう一度誓う

ああ あなたを 抱きしめられるなら どんなことでも僕は 惜しみはしないから

ああ あなたを 感じ続けること それだけは忘れない また逢う日まで

また逢う日まで


間奏


傷つけ傷つけられ 裏切り裏切られて これからも僕は生きていく この試練の道を

助けて助けられて 感謝し感謝されて これからも僕は学ぶだろう 愛する喜びを

  だからこそ 今そこで 見てるあなたに

 「いつまでも いつでも一緒」・・・何度でも誓う

ああ あなたに 見せたいものがある 僕の勇気と真心 これからの人生

ああ あなたに ほめてもらえるよう しっかり生きていくよ また逢う日まで

また逢う日まで


    「ねえ さみしいよ…… お願い 会いたいよ……

   こんなに 泣きたい夜は いつもよりそばにいて……」


ああ あなたが たとえ見えなくても あなたの魂は いつも僕のそばに

ああ あなたが 見守ってくれるから 元気に生きていける また逢う日まで

また逢う日まで また逢う日まで……


合唱 *「いつまでも いつまでも いつでも 一緒だよ

     いつまでも いつまでも いつでも 一緒だよ」

(*何度も繰り返し)

********************

 ・・・というわけで、私の「生きがい論」を、そのまま歌にしたような内容なんですよ。
 たいへん美しいメロディもついていますから、あと1ヵ月後の発売日を、どうぞお楽しみに!


(4)5月30日に大阪で、大規模な公開講演会を開催。
   しかも、皆さんと一緒に、私の歌たちを大合唱!


 新刊『生きがいの教室』の発売を記念して、「生きがい教育ネットワーク・大阪」が、私の公開講演会を主催してくださることになりました。
 大阪、いや、関西地区での講演会は、本当に久しぶりです。
 しかも、当日には、以下のような多数の特典が・・・

 @ 小学校の先生(『生きがいの教室』でお馴染みになった原田先生)などによる模擬授業
 A 私の新曲「いつまでも、いつでも一緒」と、あの「生きていく明日からも」を、私のギター弾き語りに合わせて、参加者の皆さんで大合唱!(当日、歌詞カードを全員に配布いたします)
 B 終了後に、新刊『CD付き新版 生きがいの本質』など、著書の販売(サイン&握手つき)

 詳細は、以下のチラシをご覧ください。
(チラシ部分だけを印字・ダウンロードして、お知り合いの方々に、ご自由にお知らせいただけましたら幸いです。チラシの上でマウスを右クリックし、出てきたメニューから「画像の印刷」を選択すれば、誰でも簡単にプリントできますよ)

(※ チラシは、講演会終了後に削除しました)

 特に、私が楽しみにしているのは、
皆さんとご一緒に、「生きていく明日からも」と「いつまでも、いつでも一緒」を、大合唱できることです。(というか、講演会は前置きで、歌&大合唱の方が、私にとってはメインイベントだったりして・・・)
 したがって、私の歌「生きていく明日からも」や新曲「いつまでも、いつでも一緒」を、私自身のヴォーカル&クラシック・ギター演奏に合わせて、一緒に歌ってくださるという方々は、どうぞ、当日、会場にお集まりください。

 私自身、講演会は行っても、人前で歌を歌うことは、めったにありません。過去に、恩人の船戸医師の出版記念パーティで披露したり、「生きがいメディカル・ネットワーク」の総会で、ミュージシャンの吉田さん&田庫さんとご一緒したことはありますが、いずれも特別な事情です。しかも、今回のように、「どなたでも参加できる形でご一緒に歌う」というアイデアは、今後も、よほどのことがなければお受けしません。なにしろ、私にとって、人前で自分の歌を歌うというのは、とんでもなく恥ずかしいことですからね(笑)。

 というわけで、
「飯田史彦さん本人や、会場に集まった仲間たちと一緒に、大きな声で、思い切り、あの歌を歌いたい!」と希望くださる方々は、ぜひとも、この千載一遇の大チャンスに、全国から、大阪までお集まりくださいね。日頃のストレス解消に、ぴったりですよ(笑)。

 市民会館という大きな会場ではありますが、お問合せ&ご予約は、上記「豊田医院」まで、どうぞお早めに。
 あなたの周りに、私の歌を愛聴くださっている読者がいらっしゃいましたら、どうぞ、このチャンスの存在を、教えてあげてくださいね。

 私の歌を愛してくださる方々と、5月30日に、ご一緒に大合唱できますことを、心から楽しみにしています。



3月24日版

 
新刊『生きがいの教室』、発売!

 福島の書店にも、みずみずしい「ひまわりちゃん」の表紙が、山積みになっていたそうです。
 すると、『生きがいの教室』の第2章でご紹介している、ある先生から、このようなメールが届きました。

********************

 飯田史彦先生へ
 
 今日は卒業式でした。

 卒業式が始まる前に、

 「実は、先生から、みなさんへの卒業プレゼントがあります。」

 と言って、先日サインしていただいた『親子で語る人生論』を、一人一人に配りました。

 「この本は、飯田先生が、みなさん位の年齢でも十分に理解できるようにとお考えになって書いてくださった本で、つい最近、韓国語にも翻訳されました。きっとみなさんに、試練に立ち向かっていこうという勇気を、与えてくれると思います。もし興味があれば、読んでみてくださいね。必要ないという場合には、ぜひ、飯田先生のご本を読みたいという人に、プレゼントしてあげてくださいね。なんと、飯田先生の直筆サイン入りですから、きっと喜んでもらえると思いますよ。」
 
 その瞬間、教室中に大歓声の渦がわきおこり、大変な騒ぎでした!

 担任として、最高の卒業プレゼントができたことを、とってもうれしく思っています。本当にありがとうございました。
 
 また、先輩の**さんが、「子供たちが卒業する前に、ぜひ『生きがいの教室』を紹介してあげて」と、わざわざ本屋さんに頼んで、東京の書店にも並ぶ前に取り寄せてくださり、昨日、私の学校に宅配便で届けてくださいました。

 
その**さんともお話したのですが、第一章の内容で、初めて飯田先生の生きがい論に触れる方々への十分なご配慮をしていただいている上に、公立学校でも安心して活用できるツールであることを明確にご説明していただいているおかげで、誰にでもすぐに活用することが可能になったと確信しております。まさに、これまでの教育書には例を見ない画期的なこの内容に、感動せずにはいられません。
 
 また、第二章での実践例は、大変興味深く拝読させて頂きました。同時に、飯田先生の生きがい論をご活用なさっている素晴らしい実践例ばかりの中に、私のような者の実践例も採用してくださり、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
 家族も感激しております。本当にありがとうございました。

 追伸 
 今日23日は、小学校の教員をしていた母親の命日でもありましたので、墓参りを兼ねて墓前に供えることができました。
  
********************

 ・・・というわけで、新刊の内容を、現役教師の方からも歓迎していただけて、ほっとしました。

 さて、今週末から数日間ほどは、北海道・札幌のスタジオで、素晴らしいヒーリング・ミュージシャンの方々と、新曲「いつまでも、いつでも一緒」のレコーディングを行います。緊張しても何の得にもなりませんので、大いにリラックスしながら、ワイワイと楽しんできますね。このところ、ずっと体調が悪かったので、ここで心機一転、リフレッシュさせていただきます。
 それでは、行ってきま〜す!



3月6日版

 悪夢の1週間から、何とか復活しました!
 ご心配をおかけして、本当に、ごめんなさい。

 40度前後の高熱が続き、大切なものを失い、散々な目にあった、悪夢の1週間・・・
 その間に、着々とPHPの編集作業は進み、ついに本日、表紙カバーおよびオビの見本が、完成しました。
 どうぞ、この大スクープ情報を、とくとご覧ください。

 「
すくすくと真っすぐに伸びる子どもたち」を象徴した、まだ若くてみずみずしい「ひまわりちゃん」。
 2つの「ひまわりちゃん」たちは、男の子と女の子が、仲良く手を取り合っている姿(葉っぱの伸び方が、まるで手をつないでいるみたいでしょ?)を、かわいらしく表現しています。

 とっても、
めんこい(東北弁で「かわいい」の意)でしょ?



オビ表


オビ裏


 そして、発売日は、
 
3月23日〜25日(地域により格差あり)に決定しました!



2月27日版

 過労・ストレスおよびノドの使いすぎによる「
急性扁桃腺炎」にかかってしまい、この2日間、ずっと、39度7分前後の高熱にうなされております。医者からもらった解熱剤をお尻に入れても(失礼)、熱が下がりません(涙)。お医者さんによると、「解熱剤にも限度があるので、いったん42度までは上がるでしょう」とのこと。

 いま、こうしてパソコンの前に座るのも、高熱と頭痛で、もう精一杯。はぁはぁ・・・
 トイレに行くのも辛い状況で、とにかく抗生物質とポカリスエットを飲み、横になっていることしかできません。お医者さんからも、「無理のしすぎです。しっかり休養しないと、熱が下がったからといって仕事を始めたら、またすぐに元通りになりますよ! 扁桃腺は、こじらすと手術が必要になったり、最悪の場合は声が出なくなってしまうので、なめてはいけませんよ」と、コワイ顔で忠告されました。(声が出なくなるのでは、教師稼業はクビになってしまいますし、もう講演もできなくなります)

 ・・・というわけで、しばらく、ゆっくり静養させていただきます。

 はぁはぁ・・・
 く、苦しい・・・



2月18日版

 つい先日、インターネット書店最大手の Amazon. com から連絡があり、なんと私(飯田史彦)が、
Amazon. com が認定する「7名のカリスマ著者」のひとりに選ばれたのだそうです。
 いったい、私のどこが「カリスマ」なのか、理解に苦しみますが、以前から、「ロック・ミュージック界のカリスマ、ジョン・レノン」「サッカー界のカリスマ、ベッカム」「音楽界のカリスマ、ジョアン・ジルベルト」とか、「カリスマ美容師」「カリスマ料理人」「カリスマ職人」などと聞くと、単純に「おっ、かっこいいじゃん!」なんてあこがれていたので、何だか、ちょっぴり有名人になったかのような気分です。
(実は私、「カリスマ」という言葉の意味が、よくわかっていないのです・・・英語じゃなさそうですし・・・「プリクラ」ならば知っているのですが・・・)

 それでは、今夜も朝まで、執筆、執筆・・・
 何しろ、『
人生において、会社とは何か』(PHP文庫)の原稿が、締め切りにギリギリなんです。
 今さら遅いのですが、タイトルが大げさすぎて、なんにも書けないんですよ(涙)。
 それなのに、大学では、国立大学の法人化に向けて、会議、会議、また会議。

 もしも間に合わなかったら・・・新人編集者のピーチ犬塚さん、どうかお許しを。

 ・・・というわけで、今週金曜日の早朝まで、ついに
プチ戒厳令を発令させていただきます!!



2月12日版

 
私の『愛の論理』の韓国語版が、発売されました!

 私の著書としては、『生きがいの創造』(中央日報社)、『親子で語る人生論』(朝鮮日報社)に続いて、3冊目の韓国語版です。今回の出版社は、「人間愛」という名前の会社で、『愛の論理』にはぴったりですね。事実、翻訳者の方(韓国の経営コンサルタントで、私の父親のような年齢の素敵な男性です)によると、『愛の論理』の内容に、大いに共感してくださり、出版に至ったそうです。
 私には、韓国語はさっぱり読めませんが、表紙のオビには、次のような宣伝文句が書いてあるとのこと。

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「愛」についての最も決定的なテキスト!
 日本国 Amazon.com ベストセラー!
 生きる価値について教える人生論の専門家である著者が、すべての地球の人々に向けて書いた、「愛」に関する理論書。

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 なお、本書の入手方法ですが、「Amazon などのインターネット書店を通じて注文していただくか、韓国最大の書店である教保文庫のホームページで注文してください」とのこと。その「教保文庫」のホームページは、以下の通りです。

 http://www.kyobobook.co.kr

 定価は、12000ウォン(日本円で約1120円)だそうです。いつもながら、私はあらゆる外国語版の著作権料を放棄していますので、いくら売れても私には1円も入ってきませんが、せっかく発売されたのですから、1人でも多くの韓国人の方々に、お読みいただければ幸いです。
 もちろん、韓国語を学ぶ日本人の方々にとっても、大いに参考にしていただけるはずです。翻訳の原本である『PHP文庫版 愛の論理』(ハードカバー版の内容を修正したもの)と見比べながら、翻訳の妙味を味わってみてくださいね。

 それでは、今夜も、執筆、執筆・・・



2月6日版

 本日は、嬉しいお手紙を2通、ご紹介いたします。

 まずは、ヨーロッパのベルギーから届いたお手紙です。
(ご本人から掲載許可をいただきました)

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  その他の大勢のかたがたと同じく、「初めておたよりさし上げます」。
  ひとこと申し上げたくて。


 
以前のホームページの中の読者からのおたよりの欄のなかに、ベルギーに住んでいらっしゃる方からのものがありました。そして、つい最近読んだ『生きがいのネットワーク』のなかにも、その方のおたよりがありましたね。 それを読んで、「ああ、やっぱり」と思い、お手紙をさし上げる決心がついたのです。

 私もベルギーに住んでいます。夫の仕事で******(国名)から****(都市名)に引っ越して来て、ほとんど**年です。*年ほど前に、日本の友人から『生きがいの創造』をもらいました。その時は、「ふ〜ん、おもしろいなあ」と思って読みました。でも、すっかりそのままになっていたのです。本大好きの人間なので、ただで借りられる日本人会へは、しょっちゅう行き、様々な本を読んでいました。
 そして、一昨年だったと記憶していますが、本棚に『生きがい』シリーズを発見したのです。全部で、5冊ほどあったと思います。すぐに借りて読みました。本当に大好きな本になりました。その後は、自分で帰国した折りに次々に購入して、今では日本人会にある本以外、ほとんどを持っています。

 
いつもいつも、このハード・カバーを日本人会へ寄贈された方は、一体どんな方なんだろうか、と想像を巡らせておりました。私だったら絶対に手放さないであろうに、と考えると、多分、帰国された方だろうなとも察せられました。日本人会の事務局の人に尋ねてみたのですが、お名前もわかりませんでした。もしかしたら、名乗られなかったかもしれませんね。
 そして、飯田先生のホームページのなかに「あ、この人だ!」と、見つけた時は感激でした。でも、先生を介してまで連絡を取るのは気が引けておりました。でも、「銀河通信」という名前に後押しされました。

 
ずっと、ひとこと、お礼を申しあげたくておりました。もしもベルギーにまだいらっしゃるのなら、本の内容について、そして様々なことをお話してみたかったのです。でも、やっぱりご帰国なさっていたのですね。

 
私の夫は、この*年ほど、過去のトラウマに起因する精神的な不調に苦しんでいました。その苦しみをなんとかできないものかと手当たり次第にさぐっているうちに、私もようやく魂の世界への目が開きました。そして、ようやく、わかりかけてきました。世の中に「偶然」はないということ。全て目の前にあらわれてくるものは神様(大いなる自己)からのプレゼントであるということ。魂の世界に「死」というものは存在しないということ。生まれて来て、人生を生きるということがどういうことなのか、etc. etc…。まだ、完璧に理解してはいないかもしれませんが、じわじわと….です。うれしいことに、遅ればせながら、夫も私の2,3歩あとをついてきているようです。

 今、私は、まわりの友人に、日本人会にある本も含めて、本を勧めてまわっています。『生きがいの真実』は、今、***人の夫と離婚騒動中の友人へ。『生きがいのネットワーク』は、現在ポーランドに滞在中です。わたしには、この方のように、自分の本を日本人会へ寄贈するところまではいきません。でも、ここ****(都市名)には、日本人の主婦向けの月間の生活情報誌がありますので、そこに「『生きがいシリーズ』持ってま〜す」というメッセージを載せてみようかなと考え中です。時々、日本人会へ行っては、こっそり、『生きがいシリーズ』を一番目に付きやすいところに並べ替えるのです。でも、どれかが貸出中になっていると、ドキドキしてしまうんですよ。

 
長くなりました。その方に、折りがあれば、私からの感謝の気持ちをお伝えいただきたかったのです。残してくださった本は、決して本棚の隅で埃をかぶってはいません。輪は、少しずつではありますが、広がりつつあります。 ほんとうに、ありがとうございました。

 
最後になりましたが、飯田先生のホームページのメッセージ、読むの大好きですよ。たくさんの人が読んでいるというプレッシャーに負けず、言いたい放題、書きたい放題、書いてくださいね。

 
まさに「早春賦」がぴったりのこのごろです。寒さは続いていますが、でも、夜が明けるのが、かすかに、かすかに早くなってきました。
 どうぞお元気で。


********************

 ・・・ということでした。まさに、これぞ「生きがいのネットワーク」のつながりですね。ベルギーの春を思いながら、たいへん嬉しく拝読させていただきました。

 その後、もともと本を寄付してくださった女性の現住所に、このお手紙を転送しましたところ、大変お喜びくださり、「さっそく、お返事をお出しします」とのことでした。これで、実際に物理的にも、「つながった!」というわけですね。本当に、めでたいことです。

 そして、次は、このお手紙です。

********************

 
前略御免下さいませ。

 八十六才を生きている老人です。十一月二十五日で満八十六才になりました。
 夫没後、今から二十年前に、御縁があって田舎町に三十坪程の小さい寺を建てて寄付させて戴き、住職様からホーリーネームを戴きました。私は尼さんらしくなく普通の人として生活しております。

 飯田先生の御本に巡り逢えたのは昨年の春です。私は両親に縁が薄く、祖母、叔父に愛されて育ちました。その人たちも、もう此世を旅立っています。深い愛情を戴いた事に、今更ながら感謝で一杯です。
 そして、この年になり、飯田先生の御本に巡り逢い、幸福感に浸っております。「人生の価値」「生きがいの創造」「生きがいの本質」「ブレイクスルー思考」「生きがいのネットワーク」「愛の論理」、更に先日は「生きがいの創造」の「CDつき」を求める事が出来ました。全て拝読し、幸福感で一杯、と云う言葉しかありません。本当に有難うございます。

 一言御礼を申し上げたくて、拙いペンをとりました。
 本当に、生きて来て良かったと、心から思っています。
 ありがとうございます。

               八十六歳の老女より
 飯田史彦先生 御前に


********************

 ・・・というお手紙です。
 私は、「わ〜い!」と喜び、さっそく、サイン入りの著書(まだお持ちでないもの)と、お返事をお送りするため、大きな封筒と便箋を用意しました。

 と、ところが・・・なんと、いただいた封筒の裏には、ただ一言、「八十六才 老人より」(こちらは「老人」となっています)と書いてあるだけではありませんか!
 私は、あわてて、お手紙の便箋の方も、くまなく調べてみましたが、やはり上記のように「八十六才の老女より」と書いてあるのみで、住所も氏名も、明かされておりません。
 ガックリして、せめて消印を凝視してみますと、薄〜く、「
」と、一文字だけ打ってあるように見えます。「境」というと、山陰地方にあったような気がしますし、「武蔵境」など、関東にもあったような気が・・・きっと、ほかにも、全国各地に「境」と名の付く地名があるはずですから、いったい、どこの「境」なのでしょうか?
 いずれにしても、住所もお名前も不明では、さすがに、お返事を差し上げる方法がありません。

 もちろん、「せっかくご本人が匿名になさってるのだから、そっとしておいてあげるのが礼儀ではないか」という、もっともなご意見もおありでしょうが、正直なところ、この千載一遇のチャンスを逃してしまうと、今生では、もう交流の機会が得られないような気がします。
 ぜひとも、お返事を差し上げて、直接に交流を持たせていただきたいと願っていますので、もしも、「この内容から判断すると、差出人は、あの御方ではないか?」と、心当たりをお持ちの方は、どうぞお教えくださいませ。できれば、お近くにうかがう際に、直接にお会いしたいと思っています。

 それでは、今夜も、執筆、執筆・・・



2月3日版

 できましたっ!

 皆様のおかげで、新刊が完成しました。

生きがいの教室 〜人生の意味を問う「生きがい教育」のすすめ

“ The mission of teachers ”


 と題して、緊急に全国発売すべく、PHPが臨戦態勢に入ってくださいました。

 次は、PHP第1出版部の安藤編集長からいただいたメールです。

********************

原稿、締め切りどおりにいただき、感謝感激です。
いつものことながら、約束順守のご姿勢に驚いております。

内容はたいへん面白く、画期的な教育の姿が描かれており、まさに「事実は小説よりも奇なり」と思いを新たにしました。

先生の『生きがい』シリーズが、このようなかたちで教育の現場に影響を与えていること、少年少女の心や生き方を変える力になっていることを目のあたりにし、PHPとしても少なからず社会に貢献している喜びを、かみしめた次第です。

3月20日(土)には書店に並ぶ予定で、これから一気に制作に入ります。

担当は細矢です。理不尽な日程を突きつけてご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒よろしくお願いします。


********************

 ・・・というわけで、今後、初校(1回目の推敲作業)、2校、最終校、表紙カバーのデザイン、オビのデザインなど、続々と作業日程が組まれていくことになります。何しろ、たったの1ヵ月半で、本を製作・印刷して全国の書店に輸送するのですから、担当の
レディ細矢嬢(俗称:PHPの母)は、またしても、(昼間に寝ながら)徹夜・徹夜の毎日が続くことでしょう。

 しかも、PHPの新人編集者、「
ピーチ犬塚」氏(ご本人に希望するニックネームを問うたところ、「私は桃が大好物なので」との理由で、「ピーチ犬塚」となりました)から半年以上も前に依頼されていた、PHP文庫の新作『人生にとって、会社とは何か』(仮題)の原稿締め切りも、2月中旬に迫っています。今にも、熱血社員のピーチ犬塚氏が、キャンキャン吠えながら原稿を取りに来そうで、ああ怖い。

 いつもならば、例の「戒厳令」発令、というところですが・・・
(このHPの愛読者の方ならば、おわかりですよね)

 ・・・まだ、これしきのことでは、「戒厳令」は発令しないんです。フフフ。



1月22日版

 ありがとうございます!(涙)

 前回の更新で、全国の「教師」の方々に実践レポートをお願いしたところ、21日までに、十数通ものレポートが届きました。そのほとんどが、面識の全く無い、小学校・中学校・高等学校・大学の先生方からです。

 どうやら、私の知らないところで、全国に、見ず知らずの先生同志の「生きがい教育ネットワーク」が、広がっているようですね。本当に、ありがとうございました。

 おかげさまで、非常に興味深い、面白い新刊になりそうです。
 もしも、「送りそびれてしまったが、生きがい論の実践ネタを持っている」という先生がいらっしゃいましたら、至急、大学あてに速達でお送りください。どんな小さな報告でもかまいません。

 どうぞ、よろしくお願いいたします!

 では、今夜も徹夜で(日中に昼寝をしながら)、執筆、執筆・・・・・・



1月11日版

 全国の「教師」の方々に、急なお願いです!

 現在、私は、3月発売の新刊『生きがいの教室』(仮題)を、執筆中です。
(なんと、締め切りは、今月末に迫っております)

 そこで、全国の、幼稚園・小学校・中学校・高等学校・大学の先生方、および学習塾・専門学校などの各種学校の「教師」の方々で、私の「生きがい論」を紹介・応用した授業やカウンセリングを行われたご経験のある方に、お願いがあります。以下の要領で、皆様の教育現場における、「生きがい論」の実践報告を、いただけませんでしょうか?

 分量・形式・・・自由。
(ただし、いただいた内容を、飯田が適切な形に文章化してご紹介しますので、ご了承ください)

 内容・・・「生きがい論」の実践内容、生徒・学生の反応、応用上の留意点など。
(飯田が文章化しますので、箇条書きやメモ程度でも結構です)

 お名前・・・特にご希望のない限り、「ある中学校のK先生」という形で、イニシァルでご紹介します。ただし、小学校・中学校などの区別と、何学年または何歳を対象にしたのかについては、ご紹介させてください。(なお、私のもとへは、お名前・ご住所・メールアドレスを明記のうえで、ご連絡ください。差出人不明の場合には、内容の信頼性が保証できないと判断しますため、ご紹介はできません)

 締め切り・・・1月20日までに届きますように、お願いいたします。
(送付先は、960−1296 福島市金谷川 福島大学経済学部 飯田研究室 です)

 新刊『生きがいの教室』(仮題)では、さまざまな先生方の実践報告をご紹介すべく執筆を進めております。すでに、非常に面白いデータがいくつも集まっておりますが、せっかくの機会ですので、まだ私が知らない先生方の実践例がありましたら、ここで募集してご紹介しようと思い立った次第です。締め切りまで1週間ほどしかありませんが、可能な範囲内で結構ですから、ご協力いただけましたら幸いです。この募集によって、新刊でご紹介できる事例が1つでも増えれば、多くの先生方のご参考になると思います。

 もっと早くに募集すれば良かったのですが・・・著書全体の分量や構成の中で、どれだけ実践報告のためにページ数を割くことができるか判明するのが、この時期になってしまいました(笑)。ちょうど、この時期に、このHPをご覧くださった先生方にしかチャンスがありませんが、だからこそ、その「運命」(必然性)に、任せてみようと思います。(募集期間を延ばせばよい、というものではありませんから・・・私の著書の読者の皆様ならば、この意味は、おわかりですよね)

 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。



2004年1月1日版

 あけまして、おめでとうございます!

 いや〜、泣けました・・・「
曙 対 ボブ・サップ」の試合。
 殴られても殴られても、ひたすら前に進もうとする曙(あけぼの)さんの、気高き武士道精神。
 「眼前の相手との勝負」に勝ったのはボブ・サップでしたが、「お客様との戦い」(どれだけお客様を感動させられるか)に勝ったのは、明らかに、曙さんでした。そして、ボクシングの経験と実績の差を考えれば「勝って当然」だったボブ・サップが、殴り合いは初心者同然の曙さんに対して、無用の情けをかけずにコテンパンに殴り倒した姿を見て、かえって「格闘家・曙さん」に礼を尽くそうとするサップのプロ意識を感じ、さらに泣けてきました。(もしも、初心者の曙さんが専門家のサップに対して善戦したりすると、八百長試合だと言われて、両者の評価が大きく下がってしまいますからね)

 しかも、試合後の、曙さんの「大仕事を終えた」という清々しい笑顔と、「技術で負けたのですっきりしている。満足している。上には上がいるものだ」という素直なコメント(インターネットの報道より)を読んで、ますます泣けてきました。相撲では大横綱の地位にまで登りつめても、違う競技では「駆け出しの初心者」にすぎないのだ、という意味の謙虚な発言に、スポーツマンとしての器の大きさを感じました。

 曙さんとボブ・サップの対戦は、サッカー選手と野球選手が対戦するような、将棋の名人と囲碁の名人が対決するようなもの・・・いや、むしろ、宮本武蔵と水戸黄門が戦うようなもので、まともな試合として成立するはずのない前代未聞の無茶苦茶な取り組みでしたが、プロとプロが「せっかくだから、自分たちの試合を通じて、お客様に夢を与え、精一杯に楽しませよう」と協力して創り上げた、素晴らしい作品でした。私自身も、「経営学」と「生きがい論」という無茶苦茶な取り組みを融合させようと苦労していますから、大いに励まされました(笑)。

 私の身辺に、大きな変化が起きそうな、この一年。
 その激動を楽しみながら、残り限られた今生を、悔いの残らないように生きていこうと思います。

 今年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 2004年元旦  ふみひこ




2003年12月22日版

 先日、自家用車(ホンダのオデッセイ)が、走行距離17万キロでついに壊れてしまったので、修理に30万円以上かかると聞いて、泣く泣く新車に買い換えました。そう、先月に発売されたばかりの、ニュー・オデッセイです。
 何といっても、ニュー・オデッセイの目玉は、新時代を彩る未来技術、「
音声認識型ハードディスク・ナビゲーション」を搭載していること。
 そこで、さっそく私の声をカーナビに記憶させ、運転席に座って、目的地をしゃべってみました。
 
 ところが・・・

私:「ふくしまだいがく」
カーナビ:(若い女性の声で)「とくしまけん・・・詳細住所をどうぞ」
私:「違う、違う・・・ふくしまだいがく!」
カーナビ:「しがけん・・・詳細住所をどうぞ」
私:「!!!」(立腹)

 ・・・という具合に、うまくいきません。
音声認識の精度が、低すぎるのです。
 ほかにも、マニュアルを見ながら色々と試してみましたが、たとえば・・・

私:「さくらの小学校」
カーナビ:「さがけん・・・詳細住所をどうぞ」

私:「近くの小学校」
カーナビ:「近くの中学校」

私:「近くのホンダ」
カーナビ:「近くのハローマック」

私:「中合(なかごう)デパート」(福島市で一番大きなお店です)
カーナビ:「栃木県ツインリンクもてぎ」

私:「近くの三越」
カーナビ:「・・・・・・(何か考えている)・・・・・・近くに、三越はありません」

 ・・・などなど、私が発する言葉とは、似ても似つかぬ行き先ばかりが検索される始末(涙)。
 ようやく、「三越」ならば聞き取ってくれましたが、そういえば、仙台まで行かなければ三越はありません(号泣)。

 そんなわけで、音声認識カーナビと格闘すること数十分、ようやく、「コンビニ」ならば、聞き取ってくれることが判明しました。
 ところが・・・

私:「近くのコンビニ」
カーナビ:「近くのコンビニ・・・・・・近くのコンビニを、20軒、検索しました。ひとつめを表示します。ここに行く場合は、『
ここに行く』と指示してください。」
私:(大いに喜んで)「
ここに行く!
カーナビ:「・・・・・・(何か考えている)・・・・・・
北陸銀行!
私:「おいおい、『北陸銀行』じゃなくて、『ここに行く』って言ったんだけど・・・」
カーナビ:「青森県・・・詳細住所をどうぞ」
私:「!!!!!」(ついにキレる)

 そこで、キレてしまった私が、「フン、もう何でもいいや!」と、ためしに人名を言ってみると・・・

私:「ふみひこ」
カーナビ:「彦根城!」

私:「まおちゃん」(娘の名前)
カーナビ:「福島市浜田町!」

私:「ジャイアント馬場」
カーナビ:「馬場田ハンドバック!」

 ・・・てな具合で、もう、メチャクチャ。
 (思わず、私の文章まで乱れてきましたね)

 ホンダさん、この音声認識カーナビ、「超高価なおもちゃ」としては、最高に面白いです。
 ほんまに、笑えます。運転中の眠気覚ましに、最高ですわ。(なぜか、ここで大阪弁に)

 し、しかし・・・肝心の「音声認識カーナビ」としては、
使い物になりまへん!

 確か、このカーナビのために、30万円か40万円くらいを、費やしているはず・・・(爆涙)

 ・・・今後の音声認識技術の発展を心から願いつつ、本日は、これにて。

注: なお、音声認識カーナビ以外については、ニュー・オデッセイは最高の車です。
  (ホンダ技研の名誉のために、一応、ね・・・)



12月12日版

 本日、頭が痛かったので、たまたま別件で電話がかかってきた知人(お医者さん)に相談したところ、「それは、筋緊張性頭痛ではないでしょうか?」とおっしゃるのです。いわゆる「学者肌」で(本職も学者ですが)探究心の旺盛な私は、さっそく、我が家にあった『家庭医学館』(小学館発行)という分厚い本で、調べてみました。
 すると、ありました、このような記述が・・・

********************

 筋緊張性頭痛
 症状: 痛みの多くは鈍痛で、じ〜んとした痛みが続くことが多く、まるで
頭に鉢(はち)をかぶったような痛みを覚えます。これらの症状は、雨天などの天候や精神的ストレス(仕事上や対人関係の悩み、不安、過労、不眠など)がきっかけとなっておこってくることが、少なくありません。

(小学館『家庭医学館』942ページより)

********************

 ん?
 「頭に鉢をかぶったような痛み」??

 「鉢」って、あの、「すり鉢」(死語)とか「植木鉢」とかいう、あの「鉢」でしょうか?
 それとも、帽子みたいに頭にかぶるための、専用の「鉢」が、どこかに何らかの用途で存在するのでしょうか??
 そして、その専用の「鉢」って、この『家庭医学館』の記述に登場するほど、ポピュラーな装身具なのでしょうか???
 ただ、その存在を、私が知らないだけなのでしょうか????

 しかも、ご丁寧に、「鉢」という漢字に、ルビ(ふり仮名)まで付けてくださっているではありませんか!

 しかし、いずれにしても、残念ながら、
私には、「頭に鉢をかぶってみた経験」がありませんので、この頭痛が「筋緊張性頭痛」なのかどうか、さっぱりわかりません。どうか、小学館の編集者の方、および執筆者の方、本書が再販される際には、もう少し、万人にわかりやすい表現で説明してくださいますよう、なにとぞよろしくお願い申し上げます。


 あ、その頭痛ですが、さきほどお風呂に入って温まったら、すっかり治ってくれました。
 この寒い夜、水戸黄門の特別番組を見たいのも我慢して(しっかり録画はしましたが)、一心不乱で明日が締め切りの原稿を書いていましたので、きっと単に、「冷えちゃった」か、「頭を使いすぎちゃった」だけだったんですね。
 ご心配をおかけしました(笑)。

 では、まだ原稿が終わっていませんので、本日はこれにて。



12月8日版

 このところ、会津養護学校やJA神林村(新潟県)、そして急用ができて九州へと、あちこち飛び回っておりました。今週も、宮城県の白石高等学校を訪問します。
 
さて、去る11月27日(木)の午後7時〜9時に、大阪で、私の著書に共感くださる「生きがい教育ネットワーク・大阪」の原田先生(公立小学校教師)が、「生きがい論」を取り入れた模擬授業を公開してくださいました。そして、
先日、このようなメールをくださったので、ご紹介いたします。


********************

飯田先生、おはようございます。原田です。
お忙しいなか素早い電子便をいただき感謝しています。

「生きがい教育」の授業、とってもいい雰囲気でできました。
飯田先生の本を読み大事なことをたくさん帳面に書き留めていましたが、
授業のときは、その帳面もほとんど見ないでやってみました。
できるだけ自分の言葉で伝えてみたかったからです。
それでもやはり「自己評価」「自己計画」「ソウルメイト」といった言葉は使いましたよ。

45分の授業を予定したのですが、つぎの時間も15分ほど使ってやりました。
子どもたちの多くもそれを望んでいました。
1回目の授業が終わり休み時間になると、子どもたちが私のところに大集合です。
「先生、もっと教えて」
「この本(『新版 生きがいの創造』)見せて」
そう言って、飯田先生の本あの分厚い本を子どもたちが読んでおりました。

なかにはこんな女の子もいました。

「先生、私、前は男の人やったんです。
先生みたいな大きな男の人で、髭もあって。
その男の人だった自分が、小さいころの自分をずっと追いかけていたんです。
私、生まれ変わったこと覚えているんです」

などと真剣な顔で言うのです。

「そのことお母さんにも話したことある?」

と聞くと、

「いいえ」。

そこで、

「そんなこと話すと、バカにされると思って、今まで言えへんかったんちゃう?」

とまた聞くと、

「はい」。

そのあと彼女の話をいろいろ聞きました。
はじめてそういう記憶を話したという彼女は、とてもいきいきしていました。
まわりの子らも真剣にその話を聞きました。
これだけでも、この授業をやったかいがあったなあと思いました。

それとこの子たちに「人生のしくみ」を伝えることができ、
これからいろんな場面でこれを活用した実践ができそうで、
何だかとってもうれしくなりました。
飯田先生、これからもどうぞよろしくおねがいします。


********************

 
・・・ということでした。本当に、うれしいことですよね。
 原田先生、どうもご苦労様でした。



11月27日版


 23日の「出産のヒューマニゼーション研究会」(新宿・安田生命ホール)、何とか必死で乗り切りました。何しろ、午前中が経営学者として「産院の経営戦略」に関する話、そして午後が「生きがい論」の話と、1人で2種類の話をしなければならず、しかも、昼休みと終了後の2回に分けて著書のサイン&握手会まで行いましたので、まさにテンテコ舞い。
 その後、ホームページの更新をする気力もなく数日間ほどグッタリしておりましたが、本日、事務局担当の葛飾赤十字産院のお医者さんから、このようなメールをいただきました。

********************

先日は、御多忙の中、
第4回 出産のヒューマニゼーション研究会で
講演をしていただき、ありがとうございました。

本日、参加者からのアンケート調査を、全部読みました。全員が、最初から飯田先生のファンというわけではなかったはずですが、アンケートの結果を見ると、全員が全員、先生の話は、
「とてもよかった」
「また来年も是非、聞きたい」
「飯田先生の本を読みたい」
などと、大好評でした。
ある程度、予想はしていましたが、「本当に、こんな評価ってあるの?」と、驚いています。


(以下省略)

********************

 ・・・というわけで、多くの方々にお喜びいただけたらしく、ほっとしました。
 ご参加くださった皆様、本当にありがとうございました。

 また、昨日は、日本三景・松島で開催された、「宮城県高等学校保健研究会」総会でも、2時間に渡って「生きがい論」爆弾を投下し、高校の保健の先生方140名を、大いにビックリさせてまいりました。「生きがい論」に初めて接する方々が多かったためか、その反響は絶大でした。保健の先生方(ほとんど女性)は、感受性の強い方が多いらしく、皆さん、途中でボロボロと大粒の涙を流してくださるので、「なぜ、これほどまでに泣いてくださるのだろうか?」と、講師の私自身がオロオロしたほどでした。きっと、保健(養護教諭)の先生方は、それぞれの学校で、生徒たちの悩みや境遇を共有し、悲しいこと、辛いことをたくさん抱えながら仕事をなさっているのでしょうね。
(講演の1ヶ月も前に、温かい応援のお手紙をくださった、本吉響高等学校の阿部富子先生、どうもありがとうございました! おかげ様で、自信を持って講演できましたよ。当日は、直接にお話する時間がなくて、申し訳ありませんでした)

 かくして、何とか、11月の講演ラッシュは乗り切りましたが、今後も、「不妊カウンセリング学会」総会、太良中学校(佐賀県藤津郡)、JA神林村(新潟県)、白石高校(宮城県)、札幌市厚別区PTA連合会総会、会津養護学校、茨城県筑西地区保育協議会総会、熊本県庁、浦添市役所(沖縄県)、有名な**(ナイショ)女子高等学校など、水戸黄門のごとく全国行脚を予定しております。(とはいえ、私には助さんも格さんもいませんので、ひとりぼっちの旅ですが・・・でも、まるで水戸黄門を助ける忍者「風車の矢七」のように、全国津々浦々に、読者の皆様が「生きがいのネットワーク」として潜伏し、密かに応援くださっていますので、ぜんぜん寂しくなんかないんですよ)

 先日、小学4年生の娘に、「お父さん、あんまり家にいなくてゴメンね」と謝ったところ、「べつにいいよ。慣れてるから平気だよ。ほら、まおちゃんもがんばってるから、お父さんもお仕事がんばってね」と、100点満点をとった算数の答案を見せてくれました(涙)。子供って、どんな家庭状況に対しても適応力が高くて、本当に前向きですよね。きっと、今後の人生で、私のわがままを一番よく受け入れてくれるのは、娘ではないかという気がします。
 こうして、娘にも励まされながら、私は私の人生を、信念に従って歩もうと思っています。全国、いや、世界の各地に、まるで頼もしい忍者のように潜んでいらっしゃる、「生きがいのネットワーク」につながる読者の皆様、どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。



10月8日版

1.なんと、お茶の水女子大学付属高等学校に出没します。



 11月14日(金)に、東京・大塚の「お茶の水女子大学付属高等学校」で、全国各地から高校の先生方がおいでになり、「第11回 公開教育研究会 〜新しい高校教育に向けて」が開催されますが、その記念講演会の講師として、私をご指名くださいました。

 そこで私は、15:00〜16:00に、「
私たちは、なぜ生きているのか? 〜人生の価値を問うために有効な教育とは」 と題して、学校の先生向けの講演を行うことにいたしました。

 つきましては、教育関係の方で、参加を希望される場合は、(削除)
を開いて、詳細をご覧ください。

 たとえ、私の講演に興味をお持ちでなくても、あの天下の名門、「お茶大付属」に堂々と潜入(?)できるというだけでも、参加費1000円の価値がありますよ。(ただし、不純な動機の方は、入校をお断りいたします)




2.新宿西口の高層ビル(の地下 (笑) )にも出没いたします。


 11月23日(日)に、東京・新宿の安田生命ホールで、「出産のヒューマニゼーション研究会」が行われますが、そのメインゲストとして、私が、全く異なる2種類の講演を、たて続けにおこないます。(こんな企画は初めてなので、ドキドキしています)

 1つめは、「
医院経営のヒューマニゼーション戦略 〜選択される施設づくりの成功条件」(11:10〜12:30)と題して、妊婦さん(&その予備軍)から、「あそこで(あの先生や助産婦さんのもとで)子供を産みたいわ」と思っていただけるような病院・医院・産院づくりのお話をいたします。私の専門である、経営学(経営戦略論や人事管理論)の知識を応用した、役に立つお話を心がけます。

 2つめは、「
人生における出産の意義を考える新たな視点 〜『子どもが親を選んで生まれてくる』という発想の有効性」(14:00〜15:00)と題して、「生きがい論」の観点から出産をとらえたお話をいたします。こちらは、初公開の情報を盛り込んだ、ドラマティックで感動的なお話になりますので、女性はもちろんのこと、男性にもお楽しみいただけるはずです。

 時間や申し込み方法についての詳細は、以下のチラシをご覧ください。


(※ チラシは、終了後に削除しました)

 
なお、この講演会への参加について、何かご質問のある方は、「出産のヒューマニゼーション研究会」事務局の竹内ドクターまで、お問合せください。

 今回は、これまでに行ったことのない(今後も無いであろう)、特別な内容の講演会です。私の「経営学者」としての姿も公開しますし、「生きがい論」を堂々と「出産」に結び付けて、大いに自論を展開させていただきます。
 「出産」をテーマにしてはいますが、女性だけでなく、男性も大歓迎です。もちろん、医療関係者ではない一般の方々でも、ご自由に参加いただけますので、どうぞご検討ください。



10月1日版

 前回お知らせしたように、しばらく、寸暇を惜しんで信長・・・いや、仕事をしておりましたが、ようやく天下統一・・・い、いや、脱稿に成功しましたので、晴れて本日、HPを更新する時間ができました(笑)。

 『生きがいの創造』とリンゴの実験結果、大公開!

 先日、島根県浜田市にお住まいの小学6年生、まどかちゃんから、素敵な実験のご報告をいただきました。びっくりするような結果が得られていますので、ご両親のご了承をいただいて、ここに公開させていただきます。

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 「生きがいの創造」とりんごの実験

 平成15年3月27日、飯田史彦先生から、お父さん(飯田注:お医者さんです)に、「CD付き新版 生きがいの創造」という本が届きました。
 CDの「生きていく明日からも」(飯田史彦作詞・作曲・歌)という歌がすてきだったので、りんごに本の表紙と歌詞を見せたり、CDで聞かせたり、読み聞かせたりしてみました




 
平成15年4月8日 実験開始(写真5)

 りんごを1個ずつ、ガラス容器に入れ、コルクでふたをした。

@・・・「CD付き新版 生きがいの創造」の本の表紙と、「生きていく明日からも」の歌詞を見せる。

A・・
@に加えて、歌をCDで1日1回聞かせる。

B・・・@に加えて、歌詞を1日1回、私が読み聞かせる。

C・・・白い布をかぶせ、何も見せない。聞かせない。




 
平成15年5月19日(40日後)の、りんごの様子(写真6)

@・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

A・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

B・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

C・・・下の方から黒く腐ってしまった。



(@〜Bのりんごには、後ろに『CD付き新版 生きがいの創造』の表紙を立てて置き、「生きていく明日からも」の歌詞のコピーが下に敷いてある)


 平成15年6月25日(80日後)の、りんごの様子(写真7)。

@・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

A・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

B・・・下半分から腐ってきた。

C・・・腐ったりんごのまわりをかびがおおい、ほとんどりんごが見えない。

 Bのりんごは、毎日「生きていく明日からも」の歌詞を私が読んであげたのに、なぜ腐ってきたのだろう?
 やっぱり、私なんかの声より飯田史彦先生の歌声の方がいいんだ、と思ったりして、がっかりした




 平成15年7月29日(120日後)の、りんごの様子(写真8)。

@・・・おいしそう。

A・・・真横の一部から腐ってきた。

B・・・全体に腐っている。

C
・・・全体に腐って縮んでいる。

 「生きていく明日からも」のCDを聞かせる時、りんごをCDプレーヤーのまん前に置いていた。BとCのりんごが下から腐ってきたのに、Aのりんごは真横から腐ってきたのは、CDプレーヤーから出る電磁波が、りんごに悪いかんきょうを与えたのではないかと思う。




 
それにしても、飯田史彦先生の「生きがいの創造」という本、「生きていく明日からも」という歌のエネルギーの強さに、おどろきました。

 「生きていく明日からも」の歌詞を、私が読み聞かせたりんごが早く腐ってしまった理由は、何だったのだろうか。思い返してみると、「この詞、暗いなあ」とか、「長い詞だから、たいぎだなあ」と思ったり、他のことを考えながら読み聞かせたことが多かったので、「本音」=「本当の音」が、りんごに聞こえたのだろうか。私の心の雑音が聞こえたのだろうか。りんごはだまっているけど、ちゃんと聞いているんだな、と思った。「言葉」を使う時は、心からきれいな気持ちで使わないといけないんだな、と思った。
 大切なのは、りんごに対する「心」でした。りっぱな言葉を使っていても、私の「心」がこもっていなかったので、りんごは腐ってしまったのです。

 地球上で「言葉」を使うのは人間だけです。「言葉」は神様が人間にくれた、すばらしい力です。私は、りんごを使った実験から「言葉」のすばらしい力を実感しました。これからも、私の出会うすべての人の心のコップに、一滴ずつポタリポタリと水を垂らしてあげたい。きれいな「言葉」を口にすれば、世界中の人の心のコップを、きれいな澄んだ水でいっぱいにすることができる。そうすれば世界中の人が幸せになれるな、と思います。


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 ・・・という実験結果だっだそうです。

 それにしても、120日間にわたり、毎日、私のCDを聞かせたり、自分で歌詞を読み聞かせてくださったとは、本当に、ご苦労さまでした。そのおかげで、私の本や歌詞・歌(声)の効果について、とても興味深いデータを得ることができました。
 しかも、まどかちゃんは、私の歌声を聞かせた場合と、自分で歌詞を読み聞かせた場合との結果の違いについて、「本当に心を込めて歌わなかったから」という理由を推察し、「言葉」や「心」の大切さを訴えてレポートを終えています。リンゴの実験をもとに、ここまで考察を深めるとは、私も大いに感心しました。まどかちゃんのような人が、科学者や研究者やお医者さんになってくだされば、きっと、人類の未来を明るく照らすような、大切な発見を行っていただけることでしょう。
 そして、まどかちゃんのような人が、世の中に増えていけば、みんなが仲良く平和に暮らせるようになるのでしょうね。

 まどかちゃん、本当に、どうもありがとう!



9月21日版

 ごめんなさい!

 お知らせしたい情報がたくさんあるのですが、仕事(新刊『生きがいのネットワーク』の原稿校正を含む)が山積みになっており、多数の締め切りに追われております。
 しかも、うっかり待ちきれずに発売と同時に買ってしまった、戦国シミュレーションゲームの最高峰『信長の野望・天下創世』が、面白すぎちゃって・・・

 というわけで、時間破産状態の中、寸暇を惜しんで信長の・・・い、いや、仕事をしておりますので、次回の更新まで、もうしばらくお待ちください。
 次回の更新では、きっと、皆様にご満足いただける内容が、テンコ盛りのはずですよ。

(え? それなら、信長・・・じゃなかった、仕事なんかしてないで、早く更新してくれよ、ですって? ・・・私だって、それができるくらいなら、寸暇を惜しんで『信長の野望』なんかしてませんよ!)


PS. 土曜日の会津大学短期大学部での公開講演会、遠くはフィリピンから(国内は大阪などから)、たいへん多くの方々がおいでくださいました。いちばん大きな教室に入りきれず、別室でテレビ中継しながらご覧いただいた、気の毒な方々も・・・。本当に、ありがとうございました。



以下8月23日版

 
来週から8月末まで、1週間ほど、はるか遠く、海の向こうに、出張してまいります(仕事ですよ、仕事)。講演会・研究会や取材・打ち合わせなどの合間をぬって、PHPから10月末発売予定の新刊『生きがいのネットワーク』の最終執筆に励みますので、応援していてくださいね!

 おっと、その前に、今日(8月23日)は、有名な秋田県大曲市の「全国花火競技大会」(日本最大規模の花火大会で、60万人もの観衆が訪れます)に、父と2人で行ってきま〜す!
(NHKのBSチャンネルでも、生中継で衛星放送するそうですので、間に合えば、ご覧になってみてください)

 しかし、天気は「曇のち雨」の予報・・・昨年は大雨の中でも決行したそうですが、果たして今年は?
 もしや、私が行く年にかぎって、何十年ぶりの雨天順延になってしまうのでしょうか? 友人の知人に頼み込んで、せっかく、貴重な「桟敷席」のプラチナチケットを手に入れたのですが・・・そういえば、先日の国立競技場(ベッカム&レアル・マドリードの試合)も、ずっと大雨で大変でした。何しろ私は、いわゆる「雨男」なものですから(涙)。

 残り少ない夏ですが、せめて毎日を大切にして、自分らしい、充実した日々を過ごしましょうね!



8月17日版

 
悲惨!

 思い切って研究費をはたき、20数万円も払って購入した、富士通のノートパソコン「LOOX T90D」が、買ったその日に、インターネット接続の設定作業を終了したとたん、突然「シャットダウンします」というメッセージが出て、勝手に終了してしまったのです。しかも、その直後に、勝手に再起動する始末。「何だ、これは?」と、そのまま作業を続けてみると、10分ほどで、また勝手にシャットダウン。
 この困った症状が何度も何度も続いて起こり、パソコンとして機能しなくなってしまった時点で、「おや? もしや、これはウイルスに感染してしまったのでは?」と、疑ってみました。しかし、インターネットに接続していたのは、まだ、設定作業中の数十分だけでしたから、そんな短時間で、運悪く感染するはずがありません。怪しい添付ファイルも、開いていないのです。何しろ、買ったその日の出来事で、ようやく、設定作業が終わったばかりなのですから。

 ところが、その直後に、自宅のパソコンあてに、富士通に勤務する友人から、「必見! Blasterウイルスに感染した場合の復旧方法、予防方法」というメールが届きました。あわてて、そこに書いてある「Blasterウイルスに感染した場合の症状」という項目を見てみると、「パソコンが勝手にシャットダウンし、再起動する」と書いてあるではありませんか!

 しかも、あわてて、そのメールをプリントしておき、対処方法を読んでいた、その時のこと。何と、自宅のメイン・パソコンまでが、突然、同じように、勝手にシャットダウンしてしまったのです!
 自宅のパソコンは、最新のワクチンを自動ダウンロードする仕組みにしてあるのですが、久しぶりにパソコンの電源を入れたため、最新のワクチンもウインドウズ・アップデイトも、間に合わなかったのです。

 かくして、自宅のメイン・パソコンも、携帯用のノートパソコン(しかも購入した当日)も、枕を並べて、新型の凶悪なウイルスに、やられてしまいました。
 あとで聞いたところでは、新聞やテレビで、史上最悪の新型ウイルス「MS−Blaster」の被害が世界中に広がっており、何十万台ものパソコンが侵食されていて、今もどんどんウイルスを撒き散らしているという警告が、頻繁に流されていたとのこと。しかし、夏休み中で、仕事のことを忘れて休むために新聞もテレビも見ていなかった私は、何も知らなかったのです(涙)。

 せめてもの救いは、富士通の友人から送られてきた対処方法を、プリントしておいたことでした。それから、必死で対処した結果、ノートパソコンの方は、ウイルスの活動を停止させることができましたが、駆除することはできずじまいで、体内にウイルスを保有したまま、活動だけは停止させている状態です。40万円近くもかけている自宅のメイン・パソコンの方は、何とか駆除することができ、ワクチンを打って新たな感染は防止していますが、「一度インターネットに接続すると、シャットダウンしない限り切断できなくなった」という、情けない後遺症が残ってしまいました。

 まさに、踏んだり蹴ったりとは、このことです。その後、貴重な休日を丸2日間もつぶして色々とやってみましたが、買ったばかりのパソコンがおかしくなり、仕事でフル活動させる高価なメインパソコンまでが、悪質な後遺症に苦しんでいます。
 特に、今回のウイルスが史上最悪と言われる理由は、「怪しげな添付ファイルなどを開かないようにしていても、インターネットに接続しているだけで、勝手に侵入してくる」という点に加えて、「勝手にシャットダウンして、それまでの作業データを失わせてしまう」という特徴です。まじめに働いている人間にとって、これほど痛いダメージはありません。
こんな悪質なウイルスを作るほど高度な能力を持っている犯人には、ぜひとも、その能力を、世のため人のために善用していただきたいものです。

 ・・・というわけで、おかしくなったパソコンを復旧させる作業は、まだまだ続きます。いろいろとチャレンジしているのですが、ワクチン会社の複雑な指導どおりにやってみても、なぜかうまくいきません。この2日間、パソコンの復旧にかかりきりなので、その、何も新たな価値を生まない非創造的な作業に、グッタリしています。パソコン画面を見続けているので、目がやられて痛くなり、頭もズキズキしてきました。あまりの情けなさに、パソコンの容態が気になって、食事も喉を通りません。

 皆さんも、パソコンのスイッチを入れてインターネットに接続したら、何よりもまず、「WINDOWS UPDATE」に接続して、最新のウイルス対策プログラムをダウンロードしてくださいね。現時点では、マイクロソフト社が、無料配布しています。すぐに、このプログラムをインストールしておかないと、私のように、あっという間に感染してしまいますよ。

 どうぞ、お気をつけて!
(ただし、このウイルスは最新型のパソコンを狙ったものなので、まだ、ウインドウズ98かMEをお使いの方は、感染しませんからご安心を)


 そして、私の大切なパソコンを痛めつけた、ウイルス作成犯に一言・・・

「この*****、********!」
(あまりに格調の低い罵詈雑言のため、伏せ字にさせていただきます)


PS。 今回の更新は、元気の出ない内容なので、せめて最後に朗報を。
 おかげさまで、新刊『生きがいの真実』は、順調に増刷を重ねています。編集長さんも、「書店からの注文が、途絶えることなく続いています」と、お喜びくださっていました。
 また、新刊『生きがいの******』の執筆も、順調です。まだ内容は秘密ですが、10月末か11月の初旬には出版できますので、どうぞお楽しみに!

 冷夏・停電・地震など、この夏には色々ありますが、みなさん、一緒に励まし合いながら、がんばりましょう!



8月13日版

 
お騒がせして、ごめんなさい!

 多くの方々から、「8月5日版のホームページが、文字化けしているので、修正してください」という忠告をいただきました。わざわざご連絡くださいまして、本当にありがとうございます。

 し、しかし・・・

 実は、少数ながら、すでに解読なさった方々もいらっしゃるように、前回の更新は、「
暗号文」になっているのです!
 じっとながめていると、ある整然とした法則性が見出されてきて、「夏休みのお知らせ」バージョンと、「愛のメッセージ」バージョンの、2種類の文章が浮かび上がってくるはずですよ。
(えっ? まだ1種類しか気づいていなかった、という方々も?)

 まだ解読なさっていない方々は、どうぞ挑戦してみてくださいね。
 解読してみると、「な〜んだ、こんなに単純な暗号文だったのか! なんで、すぐに気づかなかったんだろう?」と、拍子抜けするくらいに簡単なんですよ。


 なになに?
「ちょっと、悪ふざけが過ぎますよ。とうとう、(前からそうじゃないかと思っていたけれど)、飯田先生、頭がおかしくなったんじゃないかと、心配しちゃったじゃないですか!」ですって?

 すいません、つい、教師の習慣で、夏休みには「宿題」を出さねば、と思ってしまうものですから・・・こんな騒ぎになるとは、決して・・・(泣)



8月5日版

しあなばたのらことくを、のここあろかいらあだいし、ていなますつ。そやのこすとをみ、いをつ、とどこっにいててもと、わおすれくないにでくいださきいねま。あすなたのは、でもう、、こHどくPではのありこませうん。しそしんてわはたし、も、おこどやくですはあみりまにせんさ。わせたしてとあいなたたは、だいつき、どまこにすいて。も、どここうろのぞおく、でつみながなってさ、ふんかくもしん、じあゆってたいきかていなるのみですの。こりれかのらもな、いつつまやでもすあいみしあをって、であおえたすことごのよしろこくびをだ、わさかちいあおねうね!!!



7月28日版

 
しばらく出張しており、久しぶりに帰宅すると、懐かしい韓国語の差出人のお手紙が・・・
 そう、以前、『人生の価値』の最後でお手紙をご紹介した、韓国の刑務所で服役中の「イ」さんからのお手紙です。

 さっそく、原文のままでご紹介しますね。


********************

 
飯田先生へ

 
もう とても 暑くなりました。
 その 間も 相変わらず お元気ですか。
 私も おかげさまで 元気で 過ごして います。
 送って くれた 本 本当に ありがとう ございます。
 よく 読みます。

 私は 今 新しく 初める 心で 新たな 人生を 暮らす ように します。
 再びは 絶対 悪事を しないで 真面目に 生活します。
 過去の 一攫千金主義と黄金万能主義を 捨てて 健全な 価値観で 汗を 流れながら 熱心に 働いて 誠実に 生きます。

 私 今 どかたを 働いて 熱心に して います。
 今は きついですが 未来を ために 我慢して います。
 応援して ください。

 お体を 大切に なさって ください。
 それでは また お便り 致します。

 ***より



********************

 ・・・なんと、無事に刑期をつとめあげて社会復帰され、今は、建設業に従事なさっているとのこと。
 私も本当に嬉しくなり、ほっとしました。「汗を 流れながら(汗を流しながら?) 熱心に 働いて 誠実に 生きます」今は きついですが 未来を ために(未来のために?) 我慢して います」というお言葉に、胸がキュンとなりました。

 明日は、福島大学の大学説明会が開催され、全国から数百名の高校生たちが集まってきます。私も、夏休み中の大学に久しぶりに登校し、経済学部の教官を代表して「人事管理論」の模擬授業を行うよう、大学広報委員会から依頼されています。(ただし、わずか30分間ですし、受験を控えた高校生しか聴講できませんので、一般の方々の「密航」はご遠慮くださいね)
 「未来のために、今、我慢して、熱心に働いています」という「イ」さんの頑張りを、私なりの方法で、模擬授業を通じて、受験勉強中の高校生たちに、伝えようと思っています。

 皆さんも、韓国のどこかで今日も汗を流して働いている「イ」さんに、応援の念を送ってあげてくださいね!




7月21日版

 
前々回(7月11日)の更新でご紹介した、ある拘置所からお手紙をくださった方に、その後、すぐにお返事を差し上げておきました。内心、「いつまでその拘置所にいらっしゃるか、わからないから、ちゃんとご本人に届くかなぁ・・・」と心配しながら投函したのですが、嬉しいことに、すぐにお返事が返ってきたのです。今回も、便箋1枚1枚に、拘置所の印鑑が押してありました。
 特にプライバシーに触れる部分はありませんので、原文のままで、ご紹介させていただきます。

********************

 前略

 飯田先生、有難う御座居ます。
 14日に、先生に送って戴きました御本とメッセージ、頂戴致しました。

 嬉しくて嬉しくて、本を抱いて何度も何度も御礼致しました。
 余りの嬉しさに、涙が溢れて止まりませんでした。
 先生、本当に有難う御座居ます。

 先生の御言葉、「信念は力なり」を、私の座右の銘として、先生の御本を一生の宝として、頑張って参ります。
 先生、素晴らしい感激、感動、有難う御座居ます。

 平成15年7月14日
 飯田先生


 妻にも、早急に知らせます。
 きっと、すごく歓んでくれると想います。


********************


 わ〜い!
 わいわ〜い!!


 きちんと手紙を渡してくださった、拘置所の係員さん、ありがとう!
 そして、手紙を運んでくださった、郵便局員さん、ありがとう!
 こうして、見ず知らずの人と手紙をやり取りできるのも、係員さんや局員さんのおかげです。

 その前に、私の本を出版してくださった、PHP研究所の皆さん、ありがとう!
 そして何よりも、私に「書きたい本を出版できる境遇」を与えてくださっている、読者のみなさん、ありがとう!
 こうして、見ず知らずの人に私の本をお届けできるのも、編集・営業の方々のお仕事と、多くの読者の皆様のご支援のおかげです。



7月16日版

 福島県&近県にお住まいの方々へ、ご案内いたします。
 以下のように、9月20日(土)の13:30〜15:30に、会津大学短期大学(会津若松市)で、『生きがいの創造』と題する公開講座を担当することになりました。

(削除しました)

 どなたでも、入場無料で聴講いただけますので、福島県&近県の方は、「白虎隊」で有名な歴史の町・会津若松の観光を兼ねて、どうぞおいでくださいね。

 会津藩・会津若松といえば、幕末時代の長州藩・萩の町と、深〜い因縁のある地。実際に数年前、山口県の萩市から、長年の恩讐を越えた友好都市協定締結の申し入れがあったにもかかわらず、「戊辰戦争の恨み、忘れてなるものか」と、会津若松市議会で「否決」されたのだそうですから、恐れ入ります。私もなぜか、会津若松に出向くたびにドキドキしてしまうのですが、今回の会津入りも、この身に何事もなく終えることができるのでしょうか?




7月11日版

 実は、このところ、ひどい目にあったり、どうしようもない誤解を受けたり、腹の立つことが重なって、「なんで僕が、こんな思いをしなくちゃいけないんだ!」と、こんな世の中で生きていくことが、ほとほと嫌になっていたのです。(その種のことは、特別な事情がない限り、このホームページには書きません。何しろ、癒しを求めておいでくださる方々が、ほとんどですからね)

 すると、
本日、このようなお手紙をいただきました。

********************

 前略 飯田先生

 私は、現在、**拘置所にて、この手紙を書いて居ます。御縁がありまして、先生のCD付きの著書「生きがいの創造」新版に接する機会に恵まれました。

 何と申しますか、「認識を新たにした」とでも言えば良いのでしょうか。
 振り返ればこの*十年間、犯罪の繰り返しで、社会に居たのも、ほんの僅かの期間だけでした。今迄の私は、以前に読んだ本の影響で、「人生はすべてプログラムされているのだから、私が起こした犯罪も、起こるべくして起こしたもので、言わば運命なのだから仕方がないのだ」と、都合よく解釈していました。

 しかし、先生の著書を拝読させて頂きまして、何か間違っていたのでは、と感じ始めたのです。言ってみれば、「目からウロコが落ちた」とでも言えばいいのでしょうか。今迄に私は、ほとんど**の罪ということで、自己の利益のためには、他の事は何も考えず、自己中心な人生を過ごしてきた様です。私の犯した**の罪の為に、どれだけの人々が大変な想いをしたか・・・。その様な事は何も考えず、自分の利益だけを求めてきたのです。ですから、その因果関係として、服役は当然の結果と言えばそうなのですが・・・。
 しかし、本書の中の、「人生のある時点までは、いつも望ましくない道を選んできた人でも、ある時にそれ迄の自分の姿を反省し、生き方(解決方法の選び方)を変えた場合には、一転して、予定していた良好な人生の方向へと進んで行く事ができるのです」と言う一節が有ることで、私は考えました。このような私でも、過去を反省し、今迄の罪を悔い改め、二度と犯罪に手を染める事の無い様に努力すれば、今後は良い人生を歩めるのでしょうか?

 私の犯してきた罪は、私が直接に手を下してはいなくても、本書に有りました、「自分が直接に手を下した訳ではなくても、自分が輸送しただけの武器によって多くの人々が殺される光景や、親が殺されたと知って泣き叫ぶ子供たちの姿を、光の存在から徹底的に見せつけられた」と言った一節を読みまして、私の妻の姿がダブって見えて参りました。私にも御縁が有りまして、妻と子供達がおります。一時も早く、私の現在の申し訳ない心境を、知らせてあげようと思っております。
 また、想い起こせば、私がこの様な犯罪に手を染め始めてから*十年間というもの、親兄弟とも連絡を取っておりません。是非、この機会に、老いた母や、私の事を心配している兄弟に、早速手紙を書きたいと思っています。

 これから、私は、今回の刑を償いに行く事に成りますが、いつも、愛する事、許す事、感謝する事を忘れずに、前向きに努力するつもりです。

 飯田先生、生きる希望を有難う御座居ます。
 妻にも、早速、この御本を送ってあげたいと思っております。

 先生も、何卒、私の更正を願って戴ければ幸いです。

 これからも、私の様に、先生の著書に接して、生きる希望を持てるようになる人々が、沢山現れる事を祈っております。

 
それでは失礼いたします。  草々


********************


 
わ〜い!

(こういう時には、ただ単純に、喜ぶべきなのです)

 がんばって「生きがい論」を執筆し続けていて、良かったぁ・・・

 さっそく、お返事を書きました。いただいたお手紙の便箋には、1枚1枚に、拘置所の認印が押してありました(内容の検閲を受けたのでしょう)。私がお送りするお返事も、きっと本人に渡す前に開封して、内容を確認されるでしょうから、無事に検閲をパスすることができますよう祈っています。もちろん、温かい励ましの言葉しか書いていませんから、大丈夫でしょうけど・・・

 やっぱり、深く傷ついて投げやりになった心には、読者の皆様からいただくお手紙が、何よりの薬になります。この御方のおかげで、今夜は数日ぶりに、安らかに眠れそうです。こうして私を救ってくださったことを、この御方が、ご存じないのが残念ですが・・・(きっと、宇宙が、この御方に、御褒美を差し上げてくださいますよね)

 明日は、朝から車で出かけて、東北自動車道を北上し、宮城県の古川高等学校に出没せねばなりません。生徒さんたちに向けて、90分間の講演を依頼されているのです。

 それでは、みなさん、おやすみなさ〜い・・・

 ・・・ZZZ・・・



7月5日版

 本日は、嬉しいお知らせがあります。


(1)読売新聞で、『生きがいの創造』が紹介されました。

 先日の読売新聞紙上で、女流棋士(囲碁のプロ)として有名な梅沢由香里さんのインタビューが掲載され、その中で梅沢さんが、次のように語ってくださいました。

********************

 慶応大学4年の冬、試験に合格し囲碁のプロ棋士になった途端に、囲碁大会での解説や取材などの申し込みが殺到した。見知らぬ相手から電話で舞い込む依頼。信用できるのか、報酬の目安は・・・。疑心暗鬼になった。
 桁違いに膨らんだスケジュールに1年ほど振り回され、「精神的にめいっぱいの状態」に陥った。そんな時にたまたま手に取ったのが、飯田史彦著『生きがいの創造』だった。「人生の中で出会う困難は、自分を成長させるためにプログラムされている」というメッセージを感じ取り、「急に吹っ切れました」。
 読み終えた時に、気持ちは前向きになっていた。「嫌な気分の原因を整理しよう。何が苦手か、なぜそう感じるのか、解決法は」。考えていくうち悩みも消えていった。勇気づけられたこの本が、「忘れられない1冊」になった。


********************


 梅沢由香里さん、本当に、ありがとうございます!
(Jリーガーのサッカー選手と結婚なさって、幸せ一杯ですね)


(2)高校の「保健」科目『現代保健ノート』に、私の『生きがいのマネジメント』が引用されました。

 この4月から採用された、大修館書店編『現代保健ノート』。




 その35ページ、「自己実現」の項目の中で、次のような図表が!



 
そう、大きな字で、

「飯田史彦『生きがいのマネジメント』PHP文庫2000年より作成」

 と、私の名前と書名・出版社名が、明記してあるではありませんか!!

 これを見て、高校生諸君がメンタルヘルスの学びを積んでくださるとは、何と光栄なことでしょう。『生きがいのマネジメント』を執筆して、本当に良かったです。


 なお、私がPHP文庫から出版した『大学で何をどう学ぶか』も、おかげさまで何度も増刷となり、すでに30000部近くが世に出ています。私は、自分の授業では全く使っていませんので(授業では『生きがいのマネジメント』と『日本的経営の論点』をテキストにしています)、日本のどこかで、私とは直接に関係の無い30000人もの方々が、自主的に購入くださったことになります。本当に、ありがたいことです。

 特に今年は、「
自分が大学に行こうかどうか迷っていた時に、お父さんが『大学で何をどう学ぶか』をプレゼントしてくれて、それを読んで、福島大学に行って飯田先生のゼミナール(学級)に入ろう、と決めました!」という女子学生が現れたので、感激しました。実際に、福島大学に合格し、しかも「飯田ゼミナール」(福島大学で一番の競争率を誇ります)の入ゼミ試験に合格したのですから、たいしたものです。これまでにも、私の「生きがい論」を読んで福島大学を希望したという学生たちには、ずいぶん出会ってきましたが、『大学で何をどう学ぶか』で人生が変わったという学生は、初めてだったのです。

 ちなみに、今年の「飯田ゼミナール」の合格者は、男性2名、女性6名。これで、先輩たちと合わせて、私のゼミナールのメンバーは、男性9名、女性21名となりました。経済学部全体では、圧倒的に男子学生が多いのですが、なぜか、飯田ゼミナールだけが、男女比が1:3という桃源郷・・・い、いや、アンバランスな状態。これはべつに、私が「女好き」だからというわけではなく、単に、女性の希望者が多いからにすぎません。いやはや、困ったものです。ハハハ。(ぜんぜん困ってないのが、バレバレですね)



6月25日版

 本日は、奥様を亡くされた若い男性から、次のような嬉しいお手紙をいただきました。


********************

 前略 飯田先生

 私は、先日、妻を亡くしました。
 子供はいなかったので、今は独りです。

 私と飯田先生との出会いは、昨年、妻が亡くなって2週間ほどして、ある人から、『生きがいの創造』を紹介していただいた時でした。正直、この本に助けられました。

 今年に入って発売された、『新版 生きがいの創造』に付録していた「生きていく明日からも」のCDも、愛聴しています。ドライブの際には、必ず、この歌をリピートして、何回も何回も聴いています。3番を聴くたびに、妻を思い出して、涙があふれてきます。
 2月に、先生のHPで、「生きていく明日からも」の歌詞を、先行して公開されましたよね。私は会社でちらっと覗き見をしていたのですが、3番の歌詞が目に入った瞬間、まわりにたくさん同僚がいたにもかかわらず、涙があふれてあふれて、止めることができませんでした。

 その当時、私は、妻がいなくて寂しくて寂しくて、どうにもたまらない状況でした。だから、3番の歌詞と、「生まれてきた喜びを思い出そう」「生きていることの意味を見つけ出そう」という歌詞が、私の心の奥底に響き、それ以来、歌のメロディーはまだ知らないのに、歌詞を何回も何回も心の中で復唱し、生きる力を出そうとしてきました。これで、『生きがいの創造』には、旧版と新版で、2度救われました。
 「輝く魂に戻って、今もそばで生きている、光になった愛しいあの人」に、また会うその日まで、何とか、「心に太陽を描いて」生きていくことができるよう、そして、また会えたその時には、妻から「よくがんばったね」って誉めてもらうのを楽しみにしながら、「生きていく明日からも」です。

 今でも、妻のことが恋しくて、泣きたくなることも多々ありますが、ここにも、飯田先生の著作を心に抱いて生きている男が一人いることを知っていただきたくて、つたないですが文章にいたしました。

 これからも、応援しています。「生きがいの真実」も、楽しみにしています。
 お体に気をつけて、がんばってください。


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 わ〜い!
 こちらこそ、どうもありがとうございます!




6月16日版

 
これはめでたい!

 なんと、石川県の中学生、岡崎啓君が書いてくださった、私の著書『人生の価値』に対する読書感想文が、県の最優秀作品に選ばれました!

 もちろん、私は、岡崎君とは、現在まで、全く面識も交流もありません。先日、第3者の方が以下のような記事をお送りくださって、私も初めて知りました。
 そこで、まず作品発表の記事をお見せしたうえで、岡崎君の読書感想文の全文を、ここに掲載させていただきます。私の数々の著書の中でも、『人生の価値』は、『愛の論理』に次いで最も理屈っぽい本なのですが、中学2年生の岡崎君は、精一杯に読解してくださっています。しかも、中学2年生とは思えない、しっかりした文章で、「さすがは最優秀作品だ」と、感心してしまいました。

 それでは、ご紹介しましょう。



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第48回青少年読書感想文コンクール
 石川県 最優秀作品(中学校U類)

「人生の価値」という本を読んで
 珠洲市立日置中2年 岡崎 啓くん

 一冊の本に目が止まったまま僕は動けなくなった。
 『人生の価値』という大きなタイトルの下に「私たちはどのように生きるべきか」という副題があり、更に帯紙には「ベストセラー作家の新たなる挑戦。どうして人をいじめちゃいけないの? どうして自殺しちゃいけないの? どうしてがんばらなくちゃいけないの?」と書いてある本の表紙に目を奪われたのであった。
 福島大学助教授飯田史彦と、著者の肩書きと名前を見た辺りでその本を手に取って、本のタイトルを誰かに見られたら、自分の心の中を見透かされるような気がして、側にいる客に見えないようにタイトルの上にお金を置いて隠しながら、店員さんに本を渡して素早く買った。
 中学への進学と同時に能登に引っ越して来て以来、自分の心の内で言葉にならない黒く、重たいものが日に日に大きく重くなっていくのを自覚していても、一体それは何であるのか解らずにいた。そんな時にこの本の表紙の言葉に出会った。
 この本の表紙の文字が目に入った瞬間に、自分の心の内の重しが何であるのか分かったような気がしたのだ。
 この本を読んだら、もしかしてもっと自分の心の内が解るのではないか、そんな気がしてこの本を買ったのだと思う。だから、本のタイトルを隠したんだろうと思う。

 『人生の価値』というこの本を読み終えた直後から、自分でも驚くほど明るくよくしゃべるようになった。
 「啓らしく明るくなったね。」と家の人からも言われるようになった。
 それはこの本を読んだ後、自分の人生について次のように考えるようになったからだ。
 人生とは、様々なものを学ぶための機会、つまり「学校」のようなものであり、学校では、普段は色々な知識を学び、時々自分の成長度を調べるための試験があるのと同じように、人生という学校でも適切な時期に試験問題が用意されていて、その問題を解くために必要な知識や経験が日常生活の中にちりばめられている。しかも、その問題を解くための絶妙なヒントがどこかにきちんと用意されている。
 人生での試験問題とは、目の前に出現する壁のようなものであって、壁を解決することがそれを乗り越えることになると考えるのではなく、全ての物事には意味や価値があり、プラスとマイナスがあるが、本質的にはマイナスなものは存在しないというブレイクスルー思考で対処すれば、目の前の壁も含めた全てのものが、自分の成長のために用意された順調な試練であるととらえることができる。
 挫折や不運という概念を用いない発想法としてのブレイクスルー思考ならば、目の前の壁そのものに価値があり、その試練に挑戦するだけで、もう乗り越えたと同じだけの価値があると考える。
 僕は、このブレイクスルー思考に特別な共感を持った。それというのは先に書いたように、引っ越しと同時に学校も変わり、友達や学校、言葉や習慣などの違いから深く悩んだことがあり、どうしようもなくなったあげくに、どうせなるようにしかならないのだからと、開き直るような感じで、全てが自分の成長のために起こることなのだから、自分なりに懸命に取り組んでいれば、そのうちにどうにかなるだろうと思った。その瞬間から気持ちが非常に楽になった経験があったからだった。

 更にこの本は、マイナス的なものが存在しないという。全てのものがプラスであると考えるためには、物質主義的な観点からではなく、スピリチュアルな観点(人間の本質は精神であると仮定し、精神的な豊かさを追及する観点)から考えるべきだと説いている。
 最近狂牛病対策の一環として国内産牛肉の買い上げが実施された際に、何社かの大きな会社の悪徳経営者が外国産を国内産と偽り、お金を騙し取った事件があった。この事が原因でその会社の製品は、スーパーやデパートからボイコットされ、そして会社は倒産し、罪のない社員とその家族は幸せな生活から外された。これは悪徳経営者の利益主義という物質主義的観点からの発想が起こしたものであり、精神的豊かさを追及する観点からの発想ならば、多くの社員とその家族の幸せを奪うことはなかったと僕は思う。
 人生にはいろんなことに出会うように最初から設計されているという。僕が偶然にこの本と出会ったように、それは必要な時期に必要なことがらと出会うのである。これからの人生にどんな困難と出会うのか。自分の人生の価値を高めるために楽しみである。


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 ・・・本当に、素晴らしいですよね。中学2年生で、あのお堅い(大人向けの)『人生の価値』を、ここまで自分なりにしっかり理解してくださるとは、まさに、著者冥利に尽きるというものです。

 岡崎啓君、どうもありがとう!
 いつか、どこかで、きっと会えるよ。


 そういえば、私も同じ中学生の時に、朝日新聞社の読書感想文コンクールに入賞した記憶があります。広島県大会レベルでは、様々な作文コンクールの入選の常連でしたし、確か全国大会でも何かいただいて、授賞式に出席するために、生まれて初めて、広島県の竹原市から、「東京」という名の大都会に上京した記憶も残っています。

 その時の作品は、有名作家(名前を忘れた!)の『檸檬』という名作の感想文だったような(たくさんのコンクールで入選したので、混乱しているかもしれません)・・・授賞式の会場は、確か、九段下あたりの「学士会館」という建物だったような・・・そして、「あと少しで、優勝特典のハワイ旅行がもらえたのに」と、悔しがったような・・・しかも、同行してくれた両親にご褒美をせがんで、今は無き日比谷の日劇かスカラ座(だっかたな?)で、ちょうど当時封切られて大ヒットしていた映画「未知との遭遇」(S・スピルバーグ監督)を鑑賞して、生まれて初めて体験する巨大なスクリーン一杯に広がったUFOの母船の美しさに、やたらと感動したことも覚えています。
 何しろ、それまでの私は、映画館など無い田舎町に住んでいましたから、1年に1〜2回、高校教師だった父が電車に1時間も揺られて連れて行ってくれる「三原」という町で、「男はつらいよ」(主演:渥美清)の映画を観るのが精一杯でしたから・・・おかげで、大学に上京してからも、広島に帰省するたびに父に誘われ、「寅さん」の映画は、すべて生で鑑賞させていただきました(笑)。

 今思うと、私は昔から、文章を書くのが大好きだったんですね。
 それも、小学生の時に、父が勝手に「新潮文庫の100冊」というシリーズ100冊を買ってきて、私の勉強机の横の本棚にドンと置き、「まだお前には読めんじゃろうけど、わかる範囲でかまわんけん、好きな本から読んでみいや」(広島弁)と、プレゼントしてくれたのが発端だった思い出があります。当時は、テレビゲームもパソコンも無く、テレビも白黒で、子供はあまり見せてもらえませんでしたから、必然的に、「読書」が大きな娯楽だったのです。私は、内容がよくわからないままで、それでも子供なりに楽しみながら、すでに小学生のうちに、「新潮文庫の100冊」を全て読んだ(というよりも、目を通した)記憶があります。

 その頃の、子供たちにとっての「読書」という娯楽の位置づけの大きさを思い出すと、現在では、すっかり「ゲーム」や「テレビ&ビデオ&DVD」や「携帯電話」や「パソコン」に取って代わられ、「読書」に費やす時間は激減してしまっていることに気づきます。そのためか、大学生に書かせてみると、基本的な日本語さえも書けない、あまりにも貧弱な文章力なので、「いったい、これまで、学校で何を学んで来たのだろうか?」と、驚くばかりです。国立大学の学生でさえ、「1年間に、教科書以外の一般書は、芸能人の書いた本を除くと、1〜2冊しか読まない」という時代ですから、全くひどいものです。考えてみると、学校の先生や教科書に問題があるのではなく、まずはその前に、各家庭の中で、親が子供に「読書」をさせる習慣が消え去りつつあるのが、根本的な原因なのでしょうね。

 私も、娘に、「漫画禁止令」を発令して、「美しい文章で書かれた本」を、どんどん勝手にプレゼントしようと決心しました。少なくとも、そのような父親の教育方針によって、「文章を書くのが大好き」という、今の私があるのですから。

 皆さんも、私と一緒に、
「さあ、子供に本を読ませよう!」キャンペーンを、はじめませんか?

 なお、大量無差別殺人事件が起きた、大阪の池田小学校(すでに生徒用図書室に『生きがいの創造』文庫版が10冊置いてあるそうです)のPTA図書室に、学校関係者の方の特別なはからいで、私の講演ビデオを置いてくださることになったそうです。ありがたいことです。どなたかの、お役に立つことができましたら幸いです。



5月12日版

 
おかげさまで、

新刊原稿、できました!!

 し、しかし・・・
 PHPに、Eメールの添付ファイルで原稿を送ったところ、「受け取りました」との返事が来て以来、数日間、何の音沙汰もありません。いつもの対応と、全く違う雰囲気が、伝わってくるのです。

 その理由は、実は、私には、よ〜くわかっているのです。それは・・・今回の新刊は、あまりにも「問題作」なので、PHPは、コメントのしようがなくて困っているのに、違いありません。この様子だと、明日にでも、「やはり、当社の手には負えません・・・この情報を公開するには、当社は保守的すぎるのです」と、原稿が送り返されてくる気配充分です。

 ・・・と、絶望に頭を抱えている私のもとへ、このような、素敵なお手紙が届きました。ご本人にEメールで連絡をとり、掲載の許可を快諾していただきましたので、ここに、ほぼ全文を公開させていただきます。


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拝啓 はじめてお便りさせていただきます。****と申す者です。

 飯田先生、いつも本当にお疲れさまです。そして、ありがとうございます。お忙しい公務の間をぬって「生きがい論」のご活動をされることは、並々ならぬご苦労があるはずです。頭が下がると同時に、感謝の気持ちでいっぱいです。

 私は、昭和37年生まれ。飯田先生と同じです。失礼ながら、とても親近感があります。富良野の近くにある美馬牛(びばうし)という小さな町で、平凡な農民をしています。飯田先生のご本とは、95年か6年に『生きがいの創造』に出会うことができまして、それからすべてのご本を読ませていただいております。(すみません・・・「大学で何をどう学ぶか」は、まだでした。さっそく読まなくては。)

 このたびは、『生きがいの創造』が、CD付きで改定新版として出版され好評とのこと。おめでとうございます。より充実し、洗練された内容になっていますね。
 それに、何といっても、「生きていく明日からも」の歌は、本当にすばらしいです。温かくて味のある演奏と、力を抜いて、でも気持ちのこもった歌声は、歌詞の内容は無論のこと、史上最高の出来と言っても良いのではないでしょうか。CDを聴くたびに、「幸せだなぁ」と実感します。発案から、信じられないスピードで、この名曲を世に送り出してくださって、本当に感激するとともに、感謝いたします。イントロの前に入っている、「天使のおまじない」も不思議ですね。

 自分のことを、少し書かせていただこうと思います。
 生まれも美馬牛。一浪して、札幌の大学に入学しました。母親は農業で、父親は公務員として単身赴任で札幌におりましたので、私の入学も契機となって、一家で札幌に引っ越しました。
 性格としては、人とのつき合いがおっくうで、内にこもるタイプです。何か、深いところで、コンプレックスがあるのかもしれません。自然や動物が好きで、大学も農学部に入りました。卒業後、札幌で、有機農業生産物を産直する会社に就職しました。その年に、私より1ヵ月半ほど後に入社してきた女性に、巡り逢いました。2歳年上で、とても素敵なひとでした。そして、1988年の1月に、結婚しました。

 でも、幸せいっぱい、というわけではなく、不安もありました。私は自分に自信がなく、仕事もあまりできないし、何をやって生きていけば良いのかわからない。そんな自分が、果たして、この女性を幸せになどできるのだろうか、という不安です。
 彼女の両親からも、猛反対されて大変でした。いわゆるカタイ家で、「安月給で、社会的地位も低いお前のような輩には、娘はやれない」ということでした。でも最終的には、彼女が家出をして、親はようやくあきらめてくれました。
 彼女の名は、順子(仮名)といいます。ひまわりのような明るさと、無邪気さを持つひとで、いつも、みんなの人気者。「エース」といった感じの、健康優良児で、実際に子どもの頃、表彰されたそうです。その一面、人に気を遣いすぎるひとで、それで疲れてしまい、私にそのストレスが向けられることもありました。完璧主義で、中途半端を許すことができないのです。

 そんなこんなで色々ありまして、私たちは職場を捨て、私の故郷の美馬牛に帰り、農業生活に戻ることになりました。順子も、畑仕事を積極的にしてくれて、にわとりを飼い、楽しく生活することができました。89年には、待望の女の子を授かり、子どもが可愛くて仕方がなく、「これからも、貧しいながらも、家族で楽しくやっていこうね」と、約束していました。

 そんな時に、順子が病気になってしまいました。乳ガンです。91年の6月に、はじめて病院に行きました。その時は、「乳腺拡大」という診断でした。子どもがまだ1歳半くらいでしたので、時々、授乳していたのです。ところが、しこりはどんどん大きくなり、再度、病院に行くと、「すぐにオペ(手術)を」ということになり、悪性の乳ガンだとわかりました。信じられませんでした。こんなに若くて、まだ授乳しているというのに、乳ガンだなど・・・。

 とにかく、それからは、治療に専念しました。東洋医学の食事療法や、飲尿療法まで、ガンに効くと言われるものは、何でも試してみました。私も、一緒に努力しました。丸山ワクチンやハスミワクチンなども入手し、私が打ってあげたり、体をマッサージしたり・・・
 しかし、順子の容態は好転する様子はなく、翌92年6月に、入院。それからは、とうとう、つらい化学療法です。時々、外泊許可をもらって家に帰れることが、本当に救いでした。みんなで、それを楽しみにしていました。

 しかし、懸命の治療のかいもなく、1992年の10月10日、体育の日に、順子は先立ちました。彼女の母親が、「体育の日なんて、健康優良児で運動が大好きだった、あの娘らしいわね」と、ぽつりと言ったのを覚えています。

 『生きがいの創造』の中にありましたが、妻が入院中に、夫が買ってきたものが欲しいものと違うといって怒り出したと・・・あれと同じようなことがありました。きっと、本の中の女性と同じで、彼女も、なぜ自分がこんな目にあわなければならないのかと、怒ってしまったのだと思います。そんな順子に、何といっていいのかわからず、冷たい態度をとってしまった私は、本当に悪いことをしたなぁと、謝りたい気持ちでいっぱいです。
 かわいそうなのは、娘もです。母親と遊んだ記憶はもちろんのこと、顔や声でさえも、覚えていないのです。自分で選んで生まれてきてくれたとはいえ、つらい道を選んだものだと、娘を見ては心で涙します。順子も、娘のことはとても気がかりにしており、別れたくなかったのです。

 飯田先生、長々とすみません。順子の死は、もう10年も前のことで、自分に「もう忘れた」と思い込ませていたのですが、こうやって文章にしてみると、何だか、つい先日のことのように思えるのが、不思議です。
 でも先生、あの頃は本当につらかったですが、今はもう、これでも元気なのですよ。飯田先生のご本のおかげです。友達からの紹介で、先生のご本に出会うことができたからです。

 その後、親の勧めでお見合いもしてみましたが、結婚しようと思うには至りませんでした。私の覚悟が、できていないのです。両親には、申し訳ないです。
 でも、おかげさまで、娘も中学2年生。とても元気な子で、友達も多く、中学生活をエンジョイしています。必要に迫られて(?)、とてもしっかりした人間に、育ってくれています。僕ひとりでは、とても無理だったでしょう。順子の両親や妹夫婦、私の両親や他の多くの方々の支えがあったおかげで、今の私と娘があります。本当に、いくら感謝しても足りません。

 娘が大きくなってくるにつれて、順子さんそっくりになっていきます。遺伝なので当然なのですが、おもしろくてたまりません。順子さんの両親も、娘に会うのを楽しみにしているようで、このゴールデンウイーク中も、遊びに行っています。順子の代わりと思って、可愛がってくれています。
 私の方は、収入は20年前の初任給と同じくらいに少ないのですが、娘が不平を言わないでくれるので、何とかがんばっています。
 先生、こんな私でも、いつか、縁のある人とまた巡り逢って、覚悟を決めることができる日が、来るのでしょうか。

 飯田先生、本当にすみません、長々と。
 ゴールデンウイーク中も、戒厳令をしかれて、執筆活動でしたね。どんなご本ができるのか、とても楽しみです。
 このご時世、いろんな人がいるので、先生は何かと大変でしょう。でも、先生が国立大学の助教授という肩書きは、とても大きいです。だからこそ私たちも、飯田先生のご本は安心して読めるし、人にも勧められます。でも、先生ご自身は、そのような立場で活動されるのは、本当に大変でしょうね。身を削る思いではないですか?
 私のような怠け者には、先生の大変さは想像もできませんが、心から応援しております。

 娘にも、先生の本を読むように勧めていますが、今は「ハリポタ」ばかりで、読んでくれません。まだ、その時ではないのでしょうね。でも、いつか先生の本を読んで、娘も共感してくれると信じています。

 飯田先生、お体には気をつけて、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。先生のご健康とご活躍を、心からお祈り申し上げます。

 乱文乱筆お許しください。
 敬具


********************


 
わ〜い!!

 この嬉しいお手紙のおかげで、もう、私は元気いっぱいです。

 こうなったら、たとえPHPから「出版中止」の返事が来ても、たとえ全ての出版社から発禁処分になっても、このお手紙のような有難い読者の皆様がいてくださる限り、自費出版でもがんばるぞ!

 ちなみに、発禁処分寸前の新刊のタイトルは、

『生きがいの真実 〜人間・人生・宇宙のしくみを語る』

 です。

 さあ、新刊原稿の運命や、いかに?



4月18日版

 本日、こんなお手紙を、PHPから転送していただきました。
 おそらく、高校生の女の子だと思われる字体です。

********************

 私は、新しい『生きがいの創造』を読んで、CDを聞いて、飯田先生に話をとても聞いてもらいたくなりました。どこに送っていいのかわからなかったので、出版社に送ってしまいました。よかったですか?

 私は、小さい時からずっと悩んでいたことがあり、そして今の生活にも不満があり、何も解決せず苦しんでいました。最終的には家出をしてしまいました。

 両親は2人とも教師です。毎日夜遅く帰ってきます。休日は両親とも学校の行事で家にいないことが多く、小さい頃からとても淋しかった。学校も好きではないし、友達ともうまくいきませんでした。

 私はとてもつらく、今の生活から逃げたくなり、家出をしました。

 が、何も解決しませんでした。

 家に帰ってきた時、父が、「お前にしてやれることは、このくらいしかない」と言って、『生きがいの創造』の本を私にくれました。

 この本を読むまで私は、悩み苦しみはみんな他人のせいにしていました。学校は自分が決めた所じゃないと親のせいにし、友達関係は相手がわがままだと思っていました。

 が、本を読んで考えが一転しました。これは自分への試練であり、これをクリアしないと成長できないと書いてあり、納得しました。この苦しみや辛さは自分を成長させてくれる過程でとても大事なことで、大切な材料だとわかりました。

 友達には毎日感謝です。もちろん親にも。

 ふられてしまった彼氏には、感謝に近いがそこまでいかない。でも、もう一度会いたい。そして「ありがとう」と言いたい。

 長々とすみません。お返事待ってます。

********************

 さっそく、『親子で語る人生論』や『愛の論理』を、サイン&メッセージ付きで送ってあげました。

 素敵なお手紙、どうもありがとう!


 さあ、今日からは、広島(薬剤師さんの勉強会で講演)〜名古屋(名古屋大学医学部付属病院小児科で、お子様を亡くした親御さんたちの互助会で講演)と、講演旅行です。

 行って来ま〜す!!



2003年1月1日版


ついに、運命の2003年になりました。

時には、誤解や中傷を受けて

と身を隠したり、

時には、怒りと愛との葛藤に苦しんで

と叫んでしまうこともありましたが、

今年も、共感くださる同志の皆様と


と力を合わせて、

めでたく解決したいと願っています。


 ・・・というわけで、どうぞ皆様、よろしく御協力くださいますよう、心よりお願い申し上げます。

 世界中から、今この瞬間に、勇気と希望を求めてこのホームページをご覧くださっている、数千人の読者の皆様へ・・・

あけまして、おめでとうございま〜す!!



12月26日版

 
うう・・・

 この1週間ほど、毎日の平均睡眠時間は、4時間程度。

 昨日などは、22時間半も連続してパソコンの前に座り、その後、まるで魂が抜けるかのように背後のベッドに倒れ込み、ほんの3時間ほど寝ただけで、またふらふらと死霊のように起き上がって、パソコンに向かいました。その後、ほぼ12時間が経ったところで、つい先ほど、ようやく、


 論文ができた〜っ!!

 


 
まだまだ、「書き終わった」というだけで、審査にパスしたわけでもなく、掲載してもらえるかどうか、さっぱりわかりません。しかし、とにかく、いったん、身体を休めることができるんです。これも、皆様の応援のおかげです。

 論文を書くのって、ほんとに孤独な作業なんですよ。べつに誰かから指示されたノルマがあるわけではないので、今回の論文を書かなかったからといって、誰に叱られるわけでもなく、誰かに迷惑をかけるわけでもありません。しかも、学術論文というのは、その性格からして極めて専門的な内容なので、「ごく近い専門分野の、わずかな数の同業者が、興味があれば目を通してくれるかもしれない」、という程度のものにすぎません。がんばって論文を書いたからといって、その努力を誰かが褒めてくれるわけでもなく、給料が上がるわけでもありません。書いても書かなくても、ただ「書き上げた達成感が得られる」というだけのことなのです。「え〜い、もういいや、今回は、書くのは止めだっ!」と投げ出してしまっても、全くかまわないのです。

 それなのに、なぜ、論文を書くのかといえば、論文を書くという行為が、「研究者」としての自分のアイデンティティ(自分らしさ)を確認する作業だからです。論文を書くのは、誰かに喜んでもらうためでもなく、誰かに褒めてもらいたいからでもなく、審査に合格して掲載してもらうためでもありません。誰も喜んでくれなくても、誰も褒めてくれなくても、審査に落ちて掲載不可になったとしても、それはただ、「現時点で、この人たちには、まだ自分の主張は受け入れてもらえないのだ」というだけのことであり、それによって私自身の人間としての存在価値が、未来に渡って消え失せてしまうわけではないのです。

 したがって、私にとって、論文を書くという努力は、あくまでも、自分だけのために行う努力です。「現時点での自分の主張を、自分のために、論文という形でまとめておきたい」という、研究者として自制できない強い欲求のみが、私に論文を書かせるのです。「この論文を読んだ人は、どう思うだろうか」という他人の目は、全く気になりません。それは、まさに「自分との戦い」以外の何ものでもなく、ひたすら、「自分自身で納得のいくものが書けたかどうか」という点のみが大切なのです。


 ・・・こんな気持ちで、昨日、2階の私の仕事部屋に入ってきた小学生の娘に向かって、私は思わず、次の言葉を教えてやりました。


 「人生、日々これ挑戦。」


 すると、娘が、「『日々これ』って、どういう意味?」と尋ねてきたので、私は、「『毎日が』っていう意味だよ」と答えてやりました。

 それを聞いた娘は、なぜか、やたらと感じ入った様子で、しばらく「ふ〜ん・・・」と宙を見上げていましたが、突然に、1階のコタツに寝転んで少女マンガを読んでいた妻のところに駆けて行き、大きな声で、このようにのたまったのです。

 「ねえねえ、お父さんがね、いいこと言ってたよ。あのね、『人生、日々これ人生』だって!」

 おいおい、違うだろ!

 それじゃ、同意語反復だ。「人生は、毎日が人生である」なんて、当たり前じゃないか!

(「今回は、やけに真面目な、論文の執筆動機の話で、面白くないなぁ」と思いながらお読みくださった読者の方々へ・・・・・・どうもすみません、結局、今回もまた、最後に落として終わってしまいました。何しろ、睡眠不足で、頭が異常事態に襲われちゃってるものですから(涙))


 し、しかし・・・

 娘の言い間違いを、しばらくは鼻で笑っていた私でしたが、よ〜く考えてみると、この言葉が、しだいに、人生の本質を的確にとらえ、その深遠な意味を伝えようとしているかのように思えてくるではありませんか。

 そう、あたかも、「生は一日一日の積み重ねであり、人生においては、その構成要素である毎日の朝から晩までが、その人の人生全体の縮図のようなものなのだ。したがって、『今日という一日のうちに自分がとる言動のひとつひとつが、人生の全体に影響を与え、自分ならではの人生を形成していくのである』という深い認識のもとで、一挙一動を大切にしながら生きていきなさい」と、何者かが、私に教えさとしてくださっているかのように・・・

 おお! おお!! (← 開眼)

 そういえば、昨日はクリスマス。きっと、この御言葉は、サンタさんからのプレゼントであるに違いありません(?)。

 そこで、再び、至上の名言。


「人生、日々これ人生。」

      (by 飯田真緒、8歳、Japan)


 う〜ん、この名言の絶妙なニュアンスを、全世界の悩める人々にうまく英語で伝えるためには、どのように訳せばいいのでしょうか?



12月17日版

 
ご、ごめんなさい!

 このところ、カウンターの進行が速いようなので、みなさん、「もうそろそろ更新されているんじゃないか」と期待して、毎日のように開いてくださってるんですね?(笑)

 ここに書きたい楽しい情報が、たくさんあるのですが、論文『価値観コントロールの観点からみたメンタルヘルス・マネジメントの基本原理 〜経営学的アプローチと医学的アプローチの統合的考察』(仮題)の提出締め切りが目前に迫っており、寸暇を惜しんで本業の仕事をしているものですから、残念ながら、HPを更新する時間がありません(涙)。

 だって、お尻にがついちゃってるんですよ。崖っぷちに、追い込まれちゃってるんです。絶体絶命、四面楚歌、獅子奮迅(あれ?)。締め切りまで、あと1週間しかないんですから。いま、珍しく、真剣&本気モードに入ってるんですよ。まさに、「出産寸前でいきんでいる妊婦さん」状態なんです。どうか、もうしばらく、お待ちくださいませ!

 というわけで、今夜も、執筆、執筆・・・

(うっ、い、いかん・・・これだけ書くために、10分も使ってしまった!!)



11月26日版

  
みなさん、どうもありがとう!

 前回の更新内容を見て、たくさんの方々が、励ましのご連絡をくださいました。くわしいことを何も書かなかったことが、いろいろな憶測を生んだようです(笑)。お一人ずつにお返事する時間がありませんので、この場を借りて、失礼ながら、まとめて御礼申し上げます。

 いただいたご連絡の中には、さまざまな「スランプ脱出」のアイデアが書いてあり、感心してしまいました。詩を書いてくださったり、温泉・飲酒に誘ってくださったり、ストレッチやアロマテラピーや食事療法のヒントが書いてあったり。

 しかし、特に多かったのが、なんと、私自身の著書の中から、効果的な文章を引用して励ましてくださった方々でした。中には、「あれ? こんなこと、本に書いたっけ?」などと、書いた本人でさえも忘れてしまっている文章が、いくつも(笑)。でも、調べてみると、確かに、数年前の自分が書いた文章でした。

(私は、いつも未来を向いて進歩していたいので、過去の著書を読み返すことは、ほとんどしないんです。過去の著書に書いたことは、確かにその時点での私の主張なのですが、後になって自分で読み返すと、著者本人だからこそわかるミスや問題点が目について、後悔ばかりすることになるからです。でも、出版業界の常識に抵抗し、ゴーストライターなんか全く使わないで、すべて私が自分自身で書いた文章ばかりですから、どうかご安心くださいね。昔の私が書いた文章も、確かに、その当時の私が確信を持って書いたものであることには、変わりはないのです。)

 つまり、読者のみなさんは、かつて、私の著書によって元気になったご経験をお持ちなので、その効果を、私自身にも教えてくださったのです。いただいた引用文を拝読していると、「なるほど、昔の自分は、このようにして、人々を癒し、励ましていたのだな」と、大いに刺激を受けました。

 おかげさまで、来月末が締め切りの、「生きがい論」シリーズ新刊の執筆に向けて、大いに「初心に帰る」ことができました。そう考えると、ここしばらくの私のスランプは、「難しく考えすぎたり、周囲に余計な配慮をしたりしないで、自分の信念をそのまま世に問うていた、あの頃の初心に戻りなさい」という、神様からのメッセージであったのかもしれませんね。



11月22日版

 
しばらく更新できなくて、ごめんなさい。


 なんだか今ね、スランプなんですよ。

「心」がね、寂しがってるんです。

 日々の生活は忙しくて充実してるのに、

 寂しくて寂しくて、たまらないんですよ。


 そんな時って、ありませんか ?



10月30日版

 
ふう・・・

 はるばる、九州の鹿児島まで、行ってまいりました。鹿児島県立鹿児島盲学校の「100周年記念式典」の、記念講演を依頼されていたのです。70分ほどの講演でしたが、会場のホールには、盲学校(中学・高校)の生徒さんたちや親御さんたち、そして卒業生の方々が、400名近くも集まってくださり、おかげさまで大盛況でした。私の講演タイトルは、「人生の価値 〜私たちは、なぜ生きているのか」というものでした。

 さっそく、鹿児島盲学校の先生から、次のようなメールをいただきました。

********************


 何事もなく、無事にお帰りになられたでしょうか。

 講演会は、本当にありがとうございました。お忙しい中、はるばる鹿児島までおいでくださり、また、朗読CDまで寄贈していただき、一同感謝の気持ちでいっぱいです。

 その後の反響も大きく、在校生だけでなく同窓生の方々などからも、いただいた朗読CDの貸し出しを希望する声がたくさんありました。寄贈していただいたCDは、学校の図書館で保管し、児童生徒・保護者・職員等に貸し出しをする予定ですが、同窓生については難しい状況です。そのため、鹿児島県点字図書館に1部置かせていただき、同窓生にも貸し出せるようにしたいと思いますが、いかがでしょうか。著作権等の問題など、ご迷惑がかかるようなことがないようにしたいと思っておりますので、ご返事をいただければ幸いです。


********************

 そこで、さっそく、次のようなお返事を差し上げました。

********************


 こちらこそ、講演の機会を与えてくださり、本当にありがとうございました。
 無事に、福島に戻りました。

 点字図書館の件、了解いたしました。発売元にはナイショで、私の責任で許可いたします。どうぞ、ご自由にお使いください。その方が、私のCDも喜ぶと思います。

 また、何かの機会にお会いできますことを、楽しみにいたしております。


********************


 ・・・というわけで、私が当日差し上げた朗読CD3本のうちの1本が、鹿児島県点字図書館に寄贈されることになりました。やはり、届くべきところに、きちんと届いてくれるものですね。

 それにしても、鹿児島は暑かった・・・

 それに対して、私の仕事部屋(兼ベッドルーム)の窓から見える福島周辺の山々(吾妻連峰や安達太良山)には、もう雪が積もっています。福島駅から1時間で標高1600メートルにまで登れる「磐梯吾妻スカイライン」も、すでに降雪のため閉鎖になったとのこと。道路が今度開通するのは、来年のゴールデン・ウイークになるのです。

 そう、福島って、東京から新幹線で87分(東京郊外から都心に通勤するのと変わりません)しかかからないのですが、けっこう北国なんですよ。おおざっぱに数えただけで、我が家から車で1時間以内に、スキー場が6つ以上、雪が積もる温泉地が10ヶ所以上もあるんです。周囲には、高山・高原・湖・湿原なども数多く、1年中、リゾート気分で暮らせます。広島で育って松山(愛媛大学)で青春時代を送った妻も、今ではすっかり東北・福島を気に入ってしまい、真顔で、「お父さん(私のこと)、職場を変えるなら、単身赴任でよろしくね」と、のたまっておりました。

 さっそく、明日は、愛車(ホンダの「オデッセイ」と、ローバーの「ミニ」)をディーラーに連れて行って、スタッドレス・タイヤに履き替えさせます。だって、慣れてしまうと、雪道を走るのって、とっても楽しいんですよ。福島から、ちょっと早起きして足をのばせば、会津磐梯山、裏磐梯高原、蔵王連峰、栗駒高原、月山、鳥海山、那須高原、日光戦場ヶ原、岩手山、八幡平、田沢湖高原、十和田湖、八甲田山など、みんな日帰りコース。大自然に囲まれて、雪景色と冷たい空気の中で入る露天風呂が、これまた最高なんです。

 ああ、早く今年も、吹雪の中で露天風呂に入る、あの幸せを味わいたい!!

(うっとり・・・)



10月11日版

 
朗報!

 先日、私の『親子で語る人生論』の韓国語版、
パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ(朝鮮日報社)
の韓国での販売状況について、

「爆発的な売れ行きではないが、悲観的な売れ行きでもなく、まあまあ順調である」

という連絡が届きました。

 なにしろ、4年前の『生きがいの創造』韓国語版の売れ行きは、立派な新聞社から鳴り物入りで出版したにもかかわらず、泣きたくなるほど「さっぱりダメ」でしたから、再起をかけた復活戦としては、上出来というもの。とりあえずは、韓国での関係者の方々にご迷惑をおかけしないで済み、ほっと安心しました。

 著書であれ何であれ、おそらく「作者」として最も心を痛めるのは、自分の作品を世の中に出してくださった制作・販売関係の善意の方々に、「赤字」を出してご迷惑をおかけしてしまうことです。私は、著書の外国語版、朗読CD、絵物語などの著作権料を放棄していますので、それらがいくら売れても、まったく私自身の利益にはなりません。もちろん、売れなかったからといって、私が借金を背負い込むこともありませんが、やはり、制作・販売くださる方々の善意の資金を浪費してしまうと痛恨の思いですし、それらの方々の善意にいくらかの御礼(収益)をお返しすることができれば、このうえない喜びなのです。

 今では、私の著書の韓国語版をお読みくださった方々も、日本語翻訳ソフトなどを使って、このホームページをお読みくださってるかもしれません。韓国人の皆様、私の著書は、いかがでしたか? 私の著書をお読みくださいまして、本当に、ありがとうございます!


 PS. 先日、いわき市の「磐城農業高等学校」の体育館で、全校生徒向けの講演(90分)をさせていただきました。その際に、私の著書一式(7冊)を、図書室に寄贈して帰ったのですが、さっそく高校から、「すぐに生徒たちが借りに来ましたよ!」という嬉しいご連絡をいただきました。「自分が親を選んだのだ」「運命の赤い糸(ソウルメイト)は実在するのだ」「人生は自分で計画した問題集なのだ」という私の話の内容が、講演後に、大いに話題になっていたそうです。私が校庭を歩いていると、たくさんの女子高生たちが、「飯田先生、さようなら〜!」と、元気に手を振って挨拶してくれました。農業高校の生徒たちは、素直で素朴で温かくて、とってもかわいかったです。


PS−2. 先日、あるガンの患者さんが、ある病院でお亡くなりになる間際に、その病院に対する不満を口にしながら、

「私、もう2度と、この病院では死なないわ!」

と、名言(?)を言い残されたそうです。私の著書の愛読者で、「人生は一度きりではない」と信じていらっしゃるからこそ、ご本人は大真面目でおっしゃったはずなのですが・・・きっと、医療スタッフの方々には、嫌味のこもったブラック・ジョークとして聞こえたのでしょうね(笑)



10月1日版

 秋ですねぇ・・・

(今夜は、この一言に万感の思いを込めて、失礼させていただきます)



9月24日版

 
昨日、今年の4月で卒業した私の教え子から、嬉しい手紙が届きました。
 実は、最近の卒業生から、この種の手紙を時々いただきます。私は、大学の講義やゼミナールでは、『生きがいのマネジメント』以外の「生きがい論」の著書には全く触れませんので、私が直接に指導する学生たちの大半は、『生きがいのマネジメント』以外の著書は読まないままで卒業していきます。そのため、卒業した後になって、会社の人やお客様から「へえ〜、飯田先生の指導を受けたの? どんな人?」などと聞かれるのをきっかけに、はじめて他の「生きがい論」の著書を読むことが多いのです。
 また、この手紙の中には、最近の新卒社員(若者たち)の、「入社後すぐに転職する」という動向が、その善し悪しはともかくとして、たいへん生々しく描写されていますので、ご参考までにご紹介しましょう。

********************

 
飯田先生へ

 お久しぶりです!!
 先生は、お元気でしょうか?

 私は、*****の営業として、毎日楽しい日々です。お送りした名刺の写真の******という****の営業をしたり、****の****も行っています。

 最近、仕事をしている(社会に出た)中で、飯田先生の存在の大きさを再確認する出来事がありましたので、お手紙しました。
 私は、*****先生という経営コンサルタントの先生のもとで、研修を受けています。(この方は、『*****』などにも連載している、けっこう有名なコンサルタントです)
 そのコンサルタントの先生が、お話の中で、「今までに一番感動した本は、福島大学の飯田先生の本です!!」と、おっしゃったのです。私は、すっごく嬉しくなって、自分が飯田先生のゼミナールに所属しておりましたことを、お伝えしました。そうしましたら、その**先生もびっくりされ、喜ばれて、それ以来、その先生が、ずいぶんかわいがってくださるようになりました。
 その後、その先生との出会いが相当大きなものになっていますので、そのきっかけを飯田先生に作っていただいたことに、本当に感謝しています。福島大の経済学部に入って、飯田先生の入ゼミ試験に合格することができて、本当に良かったです。ありがとうございました!!

 また、先日、飯田ゼミで同期だった***(NTT)が、はるばる会いに来てくれました。久しぶりに休みが取れたので、フリーパスを使って友人めぐりの旅をしているとのことで、ちょっと寄ってくれたのです。いろいろと飯田ゼミの思い出話などもして楽しかったのですが、彼が言うには、「このところ、いろんな奴と会ってきたけど、就職後半年経って、いま元気そうにしてるのは、お前だけだな〜」というのです。
 聞いてみると、やはり、卒業生はみんな、仕事や会社の「理想と現実」のギャップを痛感して、まいってしまっているのだそうです。先生はまだご存知ないかもしれませんが、同期の**ちゃんも、先日、会社を辞めてしまったのです。4月に入社してみたら、予想を超える、すさまじいハードワークだったのです。7月中もまったく休み無しで、終電でも自宅に帰れず、始発で帰って30分ほど仮眠してすぐに出社するなど、さすがに頑張り屋の彼女も、とうとう精神的におかしくなって、退社するしかありませんでした。・・・でも、**ちゃんって、すごいんですよ。その後、すぐに転職先の会社を見つけて、しかも、もともと希望していた**業界の会社なんです。会社を辞めたと聞いた時には、私もかなりショックを受けましたが、今では、かえって転職して良かったと、ほっとしています。

 こうして、飯田ゼミ生は、たいへんなご時世の中でも、みんな頑張っています。私も、その中の一人です。
 今、社会に出てみて特に感じていることは、大学で学んだことの中で、一番役に立っているものは、飯田先生から学んだことです。経営戦略や人事管理の授業内容もそうですし、会社の仕組みや人間関係について、飯田先生に教わった内容と照らし合わせて考えることが多いんですよ。

 先生、どうぞこれからも、学生や社会の方々に、そして私にも、いろいろなことを伝授してください。私は今になって、飯田先生と出会えてご指導を受けられたことで、自分の人生が変わったんだということを知りました!!

 では、また、お会いできると嬉しいです。
 失礼いたします。


********************

 ・・・という手紙でした。

 この手紙にもあるように、近年は、入社後1年以内に退社・転職する卒業生が明らかに増えており、それぞれ、社会の厳しさを味わっているようです。
 しかし、これは同時に、人材の流動化が進み、中途採用が増えているという世の中の流れを反映したものでもあり、経営学者の眼から見ると、望ましい傾向でもあるのです。たとえば、典型的なアメリカ人は、自分の能力や欲求に適した仕事・会社を求めて、一生の間に、平均で10回ほど転職すると言われています。日本社会も、しだいに、ひとつの会社に縛られている時代から、お互いに相性の合う伴侶(会社・仕事)を求めて転職できる時代へと、移行しているのです。そのうちに、「転職は全く恥ずかしくないことだ」という健全な認識が広がり、「会社にとっても自分にとっても望ましい転職」というものを、どんどん求める世の中が、やってくることでしょう。(そうなると、夫婦関係においても、「うまくいかない夫婦は、恥ずかしがらずに堂々と早めに離婚して、お互いに、より適した相手を求めるのが当然」という世の中が、やってくるのでしょうね)

 このホームページは、私の教え子である卒業生の皆さんも、見てくださっているかもしれません。時々、「せっかく就職したのに退社してしまって、飯田先生に恥ずかしい思いをさせて、ごめんなさい」という内容の手紙をいただくことがありますが、私は全く迷惑しませんので、どうぞご安心くださいね。それどころか、自分の能力や性格に適した仕事を求めて職場を変わることは、きわめて健全な選択だと思います。どうせ辞めるのならば、こそこそするのではなく、堂々と胸を張って、退社・休養・転職すれば良いのです。
 他人がどのように噂しようとも、自分の人生を決めるのは、自分自身です。他人からの評価よりも、自分の心の奥にある評価基準に照らして、恥ずかしくない、後悔しない行動を取れば良いのです。なぜなら、私たちは、特定の会社や上司のために仕事をしているのではなく、「宇宙と地球のために担うべき、自分ならではの役割」(宇宙から自分が与えられた能力・性格に最適な使命)を、果たすべきなのですから。


 最近、福島は、朝晩が冷え込むようになってきました。大人用の「だっこ枕」を愛用している私なので、空気が寒くなっても、ぽかぽかと人肌の温かさの枕を抱いて、ぐっすりと眠ることができます。
(おっと、秘密を暴露してしまいました!)
 みなさんも、風邪をひかないように、そして熟睡できるように、「だっこ枕」を試してみてはいかがですか? きっと、やめられなくなっちゃいますよ!



9月17日版

 
前々回の更新でお知らせした、私の『親子で語る人生論』の韓国語版、
パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ(朝鮮日報社)
 について、先日、その「朝鮮日報」に、以下の広告が載りました。
(17cm × 22cmの、かなり大きな広告です)




 
広告のキャッチフレーズは、

「大人になる道のりで誰もが経験する疑問と誘惑を、人生論の専門家である著者が、180度裏返してみせる」

 と書かれています。たいへん嬉しいお言葉ですよね!


 なお、日本で購入・連絡可能な書店の情報が寄せられましたので、お知らせいたします。次の書店さんにご連絡いただければ、本の数量に関係なく(つまり1冊から)販売くださるそうです。

 東京都千代田区三崎町3−4−8 「高麗書林」
 電話: 03−3262−6801
 FAX: 03−3262−6878

 韓国語がわからない方々も、これを機会に、お手元の私の著書のコレクションに、加えていただけましたら幸いです。私の翻訳本を通じて、日韓の皆さんが、より親しみを深めてくだされば本望です。
 韓国の方々が、『親子で語る人生論』の内容に、どのような印象をお持ちくださるのか、楽しみです。日本人にはあまり知られていませんが、韓国は「キリスト教」社会だそうですので、本書の内容ならば、抵抗なく受け入れていただけると思うのですが・・・

 ちなみに、5年前に、「朝鮮日報」のライバル社である「中央日報」が『生きがいの創造』を出版くださった際には、内容が仏教の輪廻思想を流布するもの(つまりキリスト教思想に反するもの)だと誤解されてしまい、残念ながら、韓国ではほとんど受け入れていただけませんでした。確かに、形の上ではそのような誤解を受けやすい内容ではあるものの、『生きがいの創造』の根底に流れる「愛」の思想(その後の私の著書の根幹を成し続ける思想)は、しばしばキリスト教的だと言われるのですが・・・宗教というものは、そこまで「形」にこだわるのでしょうか?
 その後も、私の著書を韓国語に翻訳くださるというご希望を、韓国人の方々からいただいたのですが、いずれも韓国の出版社から、「キリスト教思想に合わないので、韓国では売れない」と判断されてしまい、出版には至りませんでした。特定の宗教を持たない一般の日本人には、なかなか理解できないことですが、世界的には、このような反応が普通なのです。
 その点、『親子で語る人生論』は、「形」のうえでの抵抗は無いはずですから、きっと、韓国の方々にも、受け入れていただけるのではないかと期待しています。かつて、『生きがいの創造』の内容で、韓国では惨敗を喫した私にとって、今回の韓国での出版は、まさに復活戦でもあります。もしも、今回もまた営業的に失敗すれば、もう2度と、私の本が韓国語化されるチャンスは得られないことでしょう。しかし逆に、もしも今回の翻訳が成功すれば、『愛の論理』など宗教的問題の少ない著書から、また翻訳出版してくださるとのこと。実は、私の「生きがい論」の韓国での生命にとって、本当に大きな勝負がかかっているのです。『生きがいの創造』の挫折から復活しようと立ち上り、リベンジをかけた『親子で語る人生論』・・・さあ、どこまで、がんばってくれるのでしょうか?

 どうか皆さんも、「生きがい論」不毛の地である韓国に乗り込んで苦労している『親子で語る人生論』(
『パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ』朝鮮日報社)を、応援してやってくださいね!!



9月11日版

 先週末は、ある病院で、医療スタッフ(90名ほど)向けの講演をさせていただきました。講演の途中で、最前列の中央に座ってくださっていた院長先生(まったくの初対面です)がポロポロと涙を流してくださり、うっかりその姿を見てしまった私も、思わずもらい泣きしそうになって、こらえるのに必死でした。きっと、長い年月で出逢ってきた(あるいは亡くなっていった)多数の患者さんたちへの思いが、院長先生の心を揺り動かしたのでしょう。

 また日曜日には、ある病院のホスピスに入っている末期ガンのお母さんを、縁あってお見舞いしました。幼くして父を失い、中学生にして母も先立とうとしている、そんな状況にありながらも、懸命に母を看病しているお子さんたちの姿に、胸を打たれました。「いずれ、お嬢さんが結婚なさる時には、私が結婚式で親代わりの役をつとめますから、どうぞ安心してくださいね」と約束すると、「ああ、これで何も思い残すことは無くなりました!」と、心底から安堵の表情を浮かべてくださいました。お嬢さんも、「それじゃ飯田先生は、これから私の親族なんですね!」と喜んでくださったので、私も「嫌がられなくて良かった・・・」と、ほっとしました。
 病室を出る際に、お母さんが、「これで飯田先生に会えるのも、本当の最後ですね」とおっしゃるので、私は、「またこの秋には、こちらに来る予定がありますから、まだご健在であれば必ずお見舞いに来ますよ。もしも、それまでに先立たれたなら、それはそれで、自由の身で遠慮なく話しかけてきてくださいね。つまり、どちらにしても、また必ず会えますから、何のご心配もいりませんよ。それじゃ、いずれにしても、またお会いしましょう!」と、にっこり笑って元気よく退室しました。
 その夜、お嬢さんから、次のような嬉しいメールが届きましたので、ご紹介します。

********************

飯田史彦先生

今日は病室まで母を訪ねて下さり、
本当にありがとうございました。
母は、先生からたくさんパワーを頂いたようで、
今日はあれからいつになく元気です。
普段でしたら、食事が終わって一段落するとすぐに横になり、
朝より、昼、昼より夕方と、
体がだるくなってきてしんどいようなのですが、
なんと、今日の夕食後は、まだ一度も横になっておらず、
今もテレビを見ています!!
テレビは疲れるようで、ずっと見たことがなかった母がです!

「病は気から」とよく言われますが、
本当に実感しています。
母が大好きな先生にお会いでき、
近しくお話する事が出来た感激が、
大きなパワーになっているようです。
本当にありがとうございました。

これからも出来るだけ長く、楽しく、
一家団らん出来ればいいなぁと思っております。
お忙しい中、本当にありがとうございました。

取り急ぎ、お礼まで。
本当にありがとうございます。


********************

 ・・・というわけで、私は思わず


 

 
と、喜んでしまいました。お母さん、そしてお嬢さんと息子さん、また必ずお会いしましょうね。そして、お嬢さんの結婚式では、私が必ず親代わりの大役を果たしますから、どうぞご安心ください(何年後になるのか、今から楽しみです!)。


 さて、前回の更新でお知らせした、私の『
親子で語る人生論』の韓国語版、
パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ(朝鮮日報社)
 について、先日、その「朝鮮日報」に書評が載りました。

********************

 苦悩する青少年に伝える人生論

 イイダ フミヒコ著、キム ジョンムン翻訳 
 『パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ』

”なぜ命は大切なの? なぜ生きていかなければならないの?”
 大学生の娘が聞くが、きちんと答えることが出来ない母親。しかし、「死にたいと」言う娘の言葉に、パパは”めでたいことだ”と喜ぶ。希望する高校の受験に失敗し、落胆する息子まで加わって、四人家族による、人生に関する興味ある対話が始まる。
 一見、荒唐無稽に聞こえる人生に関するパパの仮説は、生きることの意味を探せなかった子供たちに対して、著者が伝えようとするメッセージ。 人々は自分の意思で親を選択し、この世に生まれ、私たちの「心」がすでに計画しておいた「人生」という学校で、適切な時期に与えられる試練に耐えながら学び、かつ成長する。運命とは、「いつ、どのような試練に直面するか」という学びの計画であり、どの道を選ぶかは、自分の意思によるものであるという。
 経営心理学者として、「人生の意味や価値」に関する無料慈善講演を続けている著者は、 "生きて、愛して、学びなさい” と訴える。一歩間違うと陳腐に聞こえてしまいがちな話であるが、生動感に満ちる対話体によって、やさしいながらも意味深く、読者に迫ってくる。 
 (キム ユンドク記者)


********************

 ・・・というわけです。私はまたまた


 

 と、喜んでしまいました。キム・ユンドク記者さん、私の執筆意図をきちんと読み取ってくださり、本当にありがとうございました!

 この勢いで、久しぶりに、皆様お待ちかねのページを更新しようか、それとも新企画を公開しようかと計画しておりますので、どうぞお楽しみに!



9月4日版

 私の『
親子で語る人生論』が、なんと、韓国最大の発行部数を誇る新聞社「朝鮮日報」社から、韓国語で出版されました!!

 ただし、書名は、朝鮮日報社で何度も会議が行われた末、『親子で語る人生論』では硬すぎて韓国では売れないと判断され、パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ』というタイトルに変えられてしまいました。最初は「え〜っ、そんなぁ・・・」と思いましたが、その後、じっと見ていると、「なるほど、この方が、興味を引きやすいよなぁ」と感心するようになり、今では大変気に入っております。(日本では、大学内での厳しい立場上、この種の軽いタイトルで出版するわけにはいきませんが・・・)


(表紙)


 
この表紙には、どう書いてあるかと言いますと・・・

********************

『パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ』
              飯田史彦著 ***翻訳

Live 生きる目標もなしに

Love さまよう子供たちに

Learn 親が語る人生の話

********************

 という内容の韓国語だそうです。
 そして、


(裏表紙)


 この裏表紙の下の方には、

********************

 日本で累計100万部を超えるベストセラー作家であり、
 生きる価値に目覚めさせてくれる人生論の専門家であり、
 日本中を回ってボランティア&チャリティ講演会を行う著者が、
 苦悩する青少年たちに伝える、
 真理を超えた興味深い人生論

********************

 と、宣伝文句が載っているのだそうです。

 ちなみに、中身をちらりとのぞいてみますと・・・

(第1章の冒頭部分)


(さて、ここは、どこでしょう?)


 
・・・という感じです。
 朝鮮日報に広告や書評も載せてくださるとのこと。本当に、ありがたいことです。おかげで私、韓国の方々が、大好きになってしまいました。

 日本人の皆さんも、「韓国語のテキスト」として、日本語版と比較しながらお読みいただければ、とっても楽しく勉強ができるはずです。韓国語の先生がいらっしゃいましたら、どうかサブテキストとして、学生たちに勧めてみてくださいませ。あなたの周囲に、韓国語ブームを巻き起こしましょう!
 それに、すべて会話文ですから、韓国語で会話する際に、そのまま参考になること間違いなし! 韓国人のお友達や、韓国語を習っている日本人のお友達に、ぜひとも教えてあげてくださいね。(何しろ、韓国を代表する新聞社が出版してくださったのですから、翻訳の質も高いに違いありません・・・よね?)



8月26日版

 ふう・・・

 ようやく、長旅を終えて、福島に戻ってきました。

 徳島県池田町にて小学校の校長先生からのご依頼で講演したり、標高3000メートル級の山で右足を負傷したり、負傷した足が痛むあまりに岐阜県の高山駅前からタクシーに乗ろうとすると、「はとタクシー」のナンバープレート「29」の車両の運転手に「歩いて10分かからないよ、そんな近いとこ歩いて行ってよ」と、今どき珍しい悪質な乗車拒否にあったり、仕方なく続いて並んでいた2台目の「はとタクシー」の運転手に哀願しても、「あそこの信号機を右に折れて5,6分だよ」と、またしても乗車拒否されたり(皆さん、これほど無慈悲な高山市の「はとタクシー」に乗るのはやめましょう!)、おかげでますます足の負傷が悪化して発熱したり、「生きがいメディカル・ネットワーク」の総会に出席して大いに盛り上がったり、総会の余興として長良川の「鵜飼い」を心ゆくまで楽しんだり、調子に乗って痛む足で登った岐阜城(稲葉山城)で、時空を超えてさまよっている戦国武者たちに関わりすぎてダウンしたり、親父とユニバーサル・スタジオの「ウォーターワールド」で水しぶきをあびた後に「バックドラフト」で火あぶりになったりと、悲喜こもごもの10日間でした。

 まだまだ、お話したいことは山ほどあるのですが、なんと、8月末が締め切りの論文&原稿を3本も抱えておりますため、今週中はテンテコ舞いの状態です。しかも、木曜と金曜は、丸2日間、福島県自治研修センターで「組識活性化講座」の講師を務めなければなりません。そのうえ、この大ピンチにもかかわらず、貴重な週末は、大学で受け持つゼミナールの「新入生歓迎キャンプ」・・・このままでは、キャンプ場のテントの中で、パソコンに向かう羽目に。

 つきましては、「なんと、私のあの本が、韓国最大の新聞社から翻訳出版されました!」の大ニュースを含む次回の更新まで、もうしばらくお待ちください!



8月14日版

 前回の更新内容を受けて、その後、「そんなことはありませんよ。飯田先生の見解は、決して、愛情が浅いために出てくる説ではないはずです」という、励まし(?)のご連絡を、たくさんいただきました。

 もうお察しのとおり、私は、読者の皆さんに問題提起を行って、いろいろと考察を深めていただこうとしたのです。「正解」はありませんが、それぞれの人が、「自分なりに、現時点で最適」だと思う人生観・死生観を形成していただければ、それこそが私の本望です。なにしろ、『人生の価値』以降の私は、「こう考えるのがベストである」という教示的な言い方(私が「教祖」になってしまうような書き方)を極力避けて、読者の皆さんが自分自身で解答を見出してくださるように配慮していますので・・・

 ただし、そんな私の意図を理解してくださらず、「飯田先生は最近、過去の自分の著作を否定するようになってきた」とか、「飯田先生は、自分で真理だと思ってはいない内容を、いい加減に著書に書いているのではないか?」などと、私の「変化」を疑って悪口を言う人々が出てきたのは、覚悟していたとはいえ、悲しいことです。
 かつての「生きがい論」3部作は、「読者を癒すこと」を主目的として、意図的に、「読者にとって都合の悪いことには触れずに、読者が喜ぶであろう情報だけを集めて書いた本」なので、確かに「癒し」の効果は抜群である反面、あまり読者の成長をうながすことはできません。その結果、まるで麻薬のように、私の著書に依存し、頼ってしまうだけの方々(例えば、『生きがいの創造』だけを繰り返し読んでは、「あの世はあるのだ」と安心なさるような方々)が世の中に蔓延してきたため、「これでは宗教と同じではないか!」と、私自身が猛反省をしたのです。宗教を否定するつもりはありませんし、人間に「信仰心」は必要なものだとは思いますが、私自身が宗教家になるつもりは、全く無いからです。むしろ、私など、宗教家には、ふさわしくない人物だと自覚しています。
 それゆえに、その後に発表した『人生の価値』以降の著作では、なるべく読者の思考に「ゆらぎ」を起こすような多様な価値観を示したり、私自身が苦しみながら自問する作業(を演じること)を通じて、読者の皆さんに、「自分自身の思考と決断による本当のブレイクスルー」を果たしていただけるよう、うながしてきました。なぜなら、私が「生きがい論」3部作を通じて学んだ限界は、「読者を癒すだけでは、宗教と同じ効果の麻薬になってしまい、私が求めている真の解決には至らない」ということだったからです。したがって、「単に読者を癒すという表面的かつ一時的な効果にとどまるのではなく、読者の精神的成長をうながすことにより、より本質的かつ永続的な効果を生み出すような著作こそが、私が世に問うべきものなのではないだろうか?」と、私はようやく気づいたのでした。教示的に「真理」を解く本であれば、すでに優れた宗教書がたくさん存在していますので、今さら、私のような者が同じ事を上書きする必要はありません。
 現在の私は、このような観点から執筆方針を立てていますので、私自身は、「生きがい論」3部作で自分が記した内容を、決して疑っているわけではありません。むしろ、それらの内容が真理であることを、自分自身の体験を通じて、「あまりにも当然のこととして知っている」からこそ、あえて「真理」という言葉にこだわる必要性を感じないのです。私に言わせれば、「真理」という言葉にこだわる人は、本当は内心で、それが真理であることを信じきることができないでいるために、その反動で、「それが絶対に真理なのだ」と、必死で強調したがるのです。
 私が知る限り、本当に真理を確信している人は、わざわざ「これが真理である」などという直接的な表現は使いません。そのような言い方では、せいぜい、視野の狭い精神世界マニアを喜ばせることしかできないことを、知っているからです。本当に真理を確信している人は、そのような危険で安易な方法は使わないで、例えば「小説」や「芸術」や「日々の行動」などの形で、間接的に、しかし効果的に、真理を表現しようとするものです。

 おっと、話が長くなりましたが、要するに、前回の更新も、私なりの手法で、読者の皆さんに、「自分なりの生き方(死に方)」について、考察を深めていただけるような「材料」を提供したのです。もちろん、私自身も、「まだまだ自分には愛情が足りない」と自覚してはいますが、決して、今回の親友の奥様の件をきっかけに、過去の自説を撤回してしまうわけではありませんので、どうかご安心くださいませ。


 また、「親友の奥様の手術の成功をお祈りしております」というご連絡も、多数いただきました。「その後、どうなりましたか?」というお問合せも少なくないので、ご報告いたしますと、手術は無事に成功したそうです。ただし、手術後は、体力の消耗がかなり激しく、丸3日間、ほとんど眠っているとのこと。ご主人は、毎日24時間、つきっきりで看病なさっています。「このお盆休みを乗り切れるかどうか」という状態らしいので、とにかく、今は、ご夫妻のがんばりを応援することしかできません。
 このたびは、私のプライベートな心配事に、読者の皆さんを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。(しばしば、「飯田先生には、悩みなんか無いんじゃないですか?」などと誤解を受けますが、私も皆さんと同様に、毎日いろいろと、心配事ばかりしている小市民なのです)

 それでは、皆さんに、良い「お盆休み」が訪れますように!



8月8日版

 今、私の親友の奥様が、末期のガンであるにもかかわらず、おそらく最後の手術に挑もうとしていらっしゃいます。お医者さんの、「もう回復の見込みはないし、いまさら手術しても、かえって身体が弱ってしまうだけなのだから、もう手術しないでも良いのでは?」という意見を受け止めながらも・・・

 このような時、これまで私は、こう考えてきました。「手術をした結果、もしも容態が急変して亡くなったり、意識を失ったり、話ができなくなってしまったら、元も子もない。それよりも、今回の人生での寿命の終わりを素直に受け入れ、良い意味であきらめて、危険な手術は避け、残されたわずかな日数を、家族との交流のために使う方が良いのではないか」と。

 しかし、親友夫婦、特に奥様のご意志は、「私は最後まであきらめない。治す方法がわずかでもあるならば、どんな危険を冒しても、死の瞬間まで、治そうと挑戦する」ということでした。もちろん、看護婦をなさっていた奥様ご自身が、ご自分の死期が近いことを、誰よりも自覚なさっています。それにもかかわらず、「私の命は、もう長くない。だからこそ、最後まで治そうと努力する」とおっしゃるのです。
 それは、「お母さんは、最後まであきらめなかった」という、何より貴重な人生訓を、お子様たちに向かって、高らかに残すためでした。「自分は、本当に最後の最後の瞬間まで、あなたたちと一緒に生き続けて、あなたたちを育てようとしたのよ。つらい手術を何度も重ね、過酷な治療法を受けて、どんなに苦しい思いをしてでも、あなたたちと一緒に肉体を持って生き続けたいという意志を、最後まで決して放棄しなかったのよ」というメッセージを。

 私は、母が子を想う愛情のすさまじさに、打ちのめされました。それはもう、「感動した」などという、なまるぬい言葉では表せません。まさに、「ショックで打ちのめされた」のです。これまで、「死ぬ時には、ニッコリ笑って、『それじゃ、またね』と死んでいきましょう」などと無邪気に書いてしまっていた自分が、とても恥ずかしく、情けなくなりました。

 私には、愛する家族を残して死んでいく人の気持ちが、本当は、わかっていなかったのです。この世には、「何が何でも、どうしても、絶対に、この人たちと、今回の人生を、ずっと一緒に生き続けたい」という、激しく切実な感情があるのだということを。私は、そこまで、人を愛したことがないのかもしれません。

 明日が、親友の奥様の、人生最後の大手術です。たとえ手術がうまくいったとしても、かえって体力は消耗し、わずかしか残らないだろうと言われています。しかし、こうなったら、「最後の最後まで、決してあきらめない」という生き方(死に方)を、子どもたちへのメッセージとして残すことを選んだ奥様を、思い切り、徹底的に、応援するしかありません。

 
「**ちゃん、がんばれ!!」



6月26日版

 ただ今、編集者に監禁されて緊急事態&大ピンチのため、更新する時間がありませぬ。
 あと数日で解放されるはずですので、来週までお待ちくださいませ。
 では、執筆、執筆・・・



6月18日版

 
お、終わった・・・

 
試合というものは、いつかは、負ける時が来る。今日が、その日だったということ。ぜいたくを言えば、きりがありません。
 諸外国のメディアが論評しているように、実力的には出場国の中で最低ランクだった日本(私も正直にそう思います)が、まさかの決勝トーナメント進出を果たしただけでも、奇跡というもの。私自身、決勝トーナメントに進めるとは、まったく思っておりませんでした。なにしろ、4年前のワールドカップでは、3戦全敗だったのですから。

 これで、トルシエ監督も、名脇役のダバディ通訳も、選手たちも、責任の重圧から、ようやく解放されます。解散式を終えれば、もう、今回の人生で、同じメンバーが集うことはないでしょう。4年後には、違う監督のもと、半数以上は違うメンバーで、2006年のワールドカップに挑んでいるはず。
試合終了後の選手たちの涙は、試合に負けた悔しさよりも、「もうこの監督のもと、このメンバーでは、2度と戦えない」という、苦労を分かち合った者同志の惜別の涙であったに違いありません。

 大切なのは、試合の勝ち負けではなく、「どれだけの学びを得たか」ということ。今回の日本代表のワールドカップは終わっても、それぞれのメンバーの学びは、これからも続いていきます。私たち日本国民も、この2週間、本当に多くの素晴らしい学びをいただきました。


 サッカーは、思い通りにならないからこそ面白い。
 そして人生も、思い通りにならないからこそ価値がある。

 日本代表メンバーたちの人生も、私たち一般庶民の人生も、これからも続いていきます。選手たちは、またすぐに、4年後のワールドカップに向けて、練習と挑戦を始めることでしょう。私たちも、残りのワールドカップ数試合を多いに楽しんだあと、これからも、「人生という学びの機会」を戦い抜く選手として、大いに日々の自己鍛錬に励み、挑戦していきましょう。

 とにかく、日本代表、よくがんばったぞ!
 すばらしい感動を、本当に、ありがとう!!




6月14日版

日本代表、まさかの決勝トーナメント進出!

日本中、狂喜乱舞だぞ!!
    
 ○※▲〒☆◎%@〜!!!


(感激のあまり言葉が出ませんので、今夜はこれにて失礼)




6月10日版

 
日本代表、歴史的初勝利!
 日本全国、お祭り騒ぎだぞ!!

 ついでに、私の第2の故郷・イングランドも、宿敵アルゼンチンに奇跡的勝利!
   わがベッカムも、4年越しの汚名を晴らし、う〜ん、とってもドラマティックだったぞ!!

 しかし、まだまだ油断は禁物。
  あと1勝、気合を抜かずにチュニジアを破り、念願の「決勝トーナメント進出」を達成するぞ!

 よ〜し、こうなったら、

 
金曜午後3時半、運命のキックオフに向け、
  体調を整えて、死ぬまで長生きしてやるぞ!!


(すみません、今夜は喜びのあまり、支離滅裂になっております)


PS。 結局、最後の望みをかけたインターネットも電話も全く通じず、Wカップ本番のチケットは、1枚も手に入らなかったぞ・・・



6月4日版

 
日本代表、ベルギーと引き分け。
 
よくがんばったぞ!!

 いや〜、燃え尽きました・・・

 私の予想では、実力差からみて、0−2で日本の負けだと思っていたのです。予想通りに2点取られましたが、まさか2点を取り返すとは、予想外でした。これまで、全然点が取れなかったのに・・・やってみなければ、わからないものです。
 二転三転する好試合で、一時は「勝てるか!」と大それたことを考えてしまいましたが、そこで追いつかれて「引き分け」に終わるのが、また良いところ。いや〜、まったく、良くも悪くも、思い通りにならないものです。まるで、人生の喜怒哀楽が凝縮されたような、まさに「人生の縮図」と呼べるゲームでした。

 ただし、次のソ連・・・じゃなかった、ロシア戦は、ベルギーよりもさらに強い相手なので、今度こそ0−2で負けると予想しています。これは悲観主義ではなく、実力差を冷静に分析すれば、(日本びいきのマスコミは別として)こういう予想になるのが妥当というもの。

 しかし、どのような結果になっても、今日のようなファイトあふれる試合をしてくれれば、大満足。みなさん、今度の日曜日の夜、強国ロシア戦も、燃え尽きましょう!

PS.本日、私は大学での「人事管理論」の講義に、「日本代表公式応援メガホン」と「日本代表公式応援扇子」を持っていき、講義の最初と最後に、メガホンを叩きながら勝手にサッカー談義をして盛り上がりました。(実は、大ウケしたと思っているのは私だけで、学生たちは白々しい目で私を見ていたかもしれませんが、この際、周囲の目などに、かまってはいられません。何しろ、おそらく一生に一度の大イベントなのですから)

PS−2.講義の後に学生から、「今夜の日本代表戦、ちょうど他の講義と重なっているんですが、講義に出るべきでしょうか? サッカーを観るべきでしょうか?」と質問を受け、思わず「そりゃ日本代表戦だ!」と即答してしまいました。生涯に残る大イベントをリアルタイムで体験することの方が、今夜の1コマの講義に出ることよりも、彼女の人生において、はるかに大きな価値があると判断したのです・・・「人生の先輩」としてのアドバイスなのですが、「教官」としては失格でしょうか? (でも本心です!)

 よ〜し、日曜日の夜も、フィーバー(死語)するぞっ!!



5月26日版

 
吹けよ風、呼べよ嵐!

 ・・・と熱望したところ、信じられないことに、本当に豪雨になってくれ、運動会が1日だけ延期になりました。
 おかげで、薬の力で何とか37度台にまで熱が下がった妻は、フラフラしながらも「わたアメ」売り場に立つことができ、しかも今年から、娘の通う小学校の短期大学部の女子大生たちがボランティアとして参加し、わたアメ作りを一手に引き受けてくださったため、妻はただ立って見ていれば済んだとのこと。

 今年の「わたアメ」作りは女子大生たちとの共同作業だと聞いて、「それなら、ぜひ僕が手伝おう!」と活気づいた私でしたが、妻が運営担当の先生に確認したところ、「人手は足りておりますので、わざわざお父様がお手伝いくださるには及びません」と、やんわりと断られたとのこと。やはり、邪念というのは叶わないものです。とほほ・・・
 妻に言わせると、「お父さん(私のこと)は、いっつも大学で女子大生に囲まれとるんじゃけん、もう若い女の子には興味ないじゃろ?」(広島弁)との厳しい指摘。確かに、大学での私のゼミナールは、女性の含有率が非常に高いのですが、それはそれ、これはこれ。男性とは、そういう生き物ですから(私だけでしょうか?)。

 娘も、「かけっこ」の練習ではいつもビリだったらしいのですが、本番では、何と1着に!
 雨上がりの、ぬかるんだ地面だったので、いつもは足の速い男の子たち(娘の小学校では男女が一緒に走ります)が、泥に足を取られて調子が出なかったのに対して、我が娘は平気でルンルン走っていたのが勝因。そういえば、競走馬にも、「重馬場」(雨でぬかるんだコース)を得意とする変わった馬がいるようですが、我が娘も、そういう珍しいタイプなのでしょう。

 かくして、雨と、ボランティアの女子大生たちのおかげで、何とか無事に運動会を切り抜けることができ、ほっとしました。本当に、ありがたいことです。
 このホームページの読者の皆様からも、温かい激励をたくさんいただきました。今では、妻の病気も8分目くらいにまで回復し、私も元気に(でもないか?)大学に出勤しておりますので、どうぞご安心くださいませ。



5月18日版

 たいへん申し訳ございませんが、このところ、妻が高熱でダウンしており(今日も病院で点滴を受けたにもかかわらず、39度台の熱でうなされておりました)、私が慣れない家事一切を代行するなど、我が家はパニック状態に陥っております。娘のお弁当箱にも、コンビニで買ってきたパンを適当に詰めて、何とかごまかしている有様。かくして、私もヘトヘトになっておりますので、このHPの更新作業は、どうか、しばらくお待ちくださいませ。

 ああ、このままでは、明日行われる娘の運動会も、何から何まで、すべて私が・・・・・・お弁当はどうにかするとして、それよりも、小学校の役員である妻に代わって、私が「わたアメ」担当として、おばさんたちに混じって「わたアメ」の制作・販売を受け持たなければならない状況です。
 それに、あと1週間のうちに家庭内が落ち着いてくれないと、せっかく富士通の友人に土下座してまで譲ってもらった、「サッカー日本代表 VS スウェーデン戦」のプラチナ・チケットが、水の泡に・・・

 とほほ・・・(涙)

 こうなったら、せめて、雨が降って運動会が明後日に順延になり、その間に妻の病気が奇跡的に回復してくれることを、期待するしかありません。そうでないと、仕事と家事と運動会が重なって、私までもダウンしてしまいます。
 
 ああ、神様、妻と私に、雨と、ひと時の休息をお恵みください・・・

 
吹けよ風、呼べよ嵐!



5月7日版

 本日、大学に出向いたところ、九州のある総合病院の院長先生から、嬉しいお葉書が届いていました。私の朗読CDを患者さんに聞いていただいたところ、患者さんの態度が「ガラッと変化」し、重かった口を開いて色々と対話をしてくださるようになったのだそうです。とっても嬉しいので、ご紹介いたします。



 このほか、点字翻訳のボランティアセンターなどにも寄贈したところ、「会報に載せるとさっそく貸し出し希望が来て、目の不自由な方々に大好評です」という御返事も届いていました。


 さて、ゴールデンウイークも去り、あとは夏休みの到来を待つばかり。今朝も、山積みになっている仕事を前にして、思わず「登校拒否」したくなった私でしたが、ため息をつきながらも大学に向かい、2週間ぶりの講義を行いました。
 読者の皆さんも、頭を「仕事モード」に切り替えるのに、苦労なさっているのでは?
 3ヵ月後の夏休みを夢見ながら(?)、お互いに、がんばりましょう!



1月23日版


 センター試験が終われば、ひと休みできると思っていたのに、大間違いでした・・・
 このところ、毎日、公務に追われて、15時間以上は仕事をしています。睡眠は、平均5時間。
 眼科でもらったドライ・アイ用の目薬をさし、バファリンで頭痛を抑えて、今夜もまた・・・
 とほほ・・・

 というわけで、ホームページを更新している暇などまったくないのですが、読者の皆さんを裏切るわけにもいきませんので、とりあえず、ほんの少しでも更新しておきますね。

 とはいえ、文章を書く気力がないので、今夜は、新刊に関するスクープ情報で、お茶を濁します。


(1)『親子で語る人生論』の発売日、ついに決定!

 2月15日(金)に、取次店に届きますので、店頭に並ぶのは、早い店で16日(土)、大手書店に行き渡るのは18日(月)になります。あと、たった半月ですね!


(2)オビの原案を、特別大公開!

 PHPから送られてきた、新刊に巻くオビの原案を、以下に公開してしまいましょう。
 実際には、これに多少の修正をほどこして、色をつけます。
 FAXをそのまま載せてしまいますので、とっても生々しいでしょ?
(なお、いちばん下に「修正してください」と書いてある汚い字は、私の直筆です)




 いかがでしょうか?
 皆さんの興味が、むくむくと、ふくらんできましたね?


PS. 親友の梅澤由香里さん(日本を代表する女流若手棋士 = 囲碁のプロでいらっしゃいます)、このたびは、ご結婚、本当におめでとうございます! いろんな新聞で、報道されていましたね。Jリーガーのご主人も、私の著書の愛読者でいらっしゃるとのこと、とっても光栄です。また今度お会いする時には、ぜひともご主人をご紹介くださいね。そして、サッカーと囲碁と人生論の話(メチャクチャな取り合わせですが)で、大いに盛り上がりましょう!

PS−2. Jリーグ、ジュビロ磐田の藤田選手、このたびは、Jリーグ最高選手賞の受賞、本当に、おめでとうございます! ジュビロのトレーナーの方を通じて、先日、プレゼントをいただきました。私の著書の読者でいらっしゃるとのこと、とっても光栄です。今年も、ますますご活躍くださいね!

PS−3. もと同級生の****さん、同窓会の写真、確かにいただきました。とっても嬉しかったです。**さんも、いまだに、お変わりありませんね。思わず、ニッコリしていましたよ。それに、あの頃、ずいぶん私をいじめて(かわいがって?)くださっていたバンモト先生が、ずっかりおじいさんになっていて、なんだか憎めなくなっちゃいましたね。私が柔道をしていてヒジを脱臼した時に、私の体を気遣う前に「くそっ、これで俺の無事故記録が途絶えたか!」と、まず自分の指導歴に傷がついたことを嘆いたフナキ先生のことも、決して忘れられません。とにかく、皆さん、お元気そうでなによりです。また、いつか集まりましょう!


 おっと、この時間のない時に、うっかり書きすぎました。
 では、また次回、
新刊スクープ情報第2弾を、どうぞお楽しみに!



1月16日版


 ふう・・・

 今年に入ってから、新刊の執筆・校正作業と、大学内での担当委員の重要任務に追われてきました。おかげで、皆さんからいただいたお手紙やEメールも、ほとんど開封さえできない状態で、何百通も、溜まりに溜まっております。

 このホームページも、今週末の最重要イベント、「大学入試センター試験」が無事に終了するまでは、更新する時間がまったく取れません。いま、一年で一番忙しい時なのです。皆さんにご心配をおかけしてはいけませんので、とりあえず、お知らせとお詫びを申し上げておきます。

 では、あと一息で、一服できますので、それまで頑張りま〜す!



2002年1月1日版


 昨年の私には、色々なことが起きました。



 と、想像を絶する展開に驚いたり、



 と、ため息をつきたくなったり、



 と、恐怖のあまりにビビってしまうことも・・・。

 しかし、



 と、信頼できる専門家の方々が密かに守ってくださったり、



 と、読者の皆様からの応援のミルクをゴクゴク飲んで励まされ、



 と、乏しい勇気を振り絞って、立ち向うことができました。

 すると、先日、このようなお手紙をいただいたのです。
(12月20日頃に届いていたようですが、お手紙が毎日たくさん届きますので、実際に私が拝読できたのは、3日前のことでした。あまりにも嬉しいので、プライバシー部分を隠して、実物をご紹介させていただきます)



 おお、おお!!



 なんと嬉しいお手紙でしょうか。
 たとえ、10人のうち9人の人々から誤解や嘲笑を受けても、このような読者が1名いてくだされば、私としては本望です。
 これまで、勇気を出して頑張ってきて、本当に良かった!

 かくして、元気いっぱいで、新年を迎えることができました。
 皆様からいただいた応援のご恩返しをするべく、今年は、



 と、暗い世相を照らす太陽のように輝いて、



 と、私にできる精一杯の贈り物を、皆様にお届けしたいと思います。

 まだまだ、皆様の応援のミルクを大いに必要とする、未熟者の私ですが、
 こんな私でもよろしければ、今年も、



 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 ・・・というわけで、皆様、

 
あけまして、おめでとうございま〜す!!



12月16日版

 昨日は、1日で20センチも積もる、大雪(我が家の庭にて観測)。
 おかげで、ひどい目にあいました。

 朝の9時30分から、宮城県の鹿島台中学校で、全校生徒600名+父兄数百名向けの講演「人生の価値」を依頼されていたのですが、私の当初の計画では、

6:40 起床
7:00 自宅を出発。コンビニで買うオニギリを食べながら、東北自動車道を運転
8:00 東北道から降りて、一般道へ
9:00 鹿島台中学校に到着

というシンプルな行程でした。
 2時間の運転など、私にとっては、「ちょっとそこまで」という感覚の、気軽なドライブ。何しろ我が家は、「ちょっと牧場に」と盛岡の小岩井牧場に出かけたり、「ちょっとソバを食べに」と山形に出向いたり、「ちょっと紅葉を見に」と青森県の八甲田山に登ったり、「ちょっと温泉に」と八幡平の後生掛温泉(秋田県)に向かったりする、フットワークの軽い家族ですから。
 さすがに、「ちょっとモーニング娘のコンサートに」と、日帰りで島根県の出雲ドームに飛んだ時には、近所の仲良し奥様から「飯田家って、変わってる〜」と言われましたが・・・いずれにしても、講演で日本中を飛びまわっている私から見ると、東北地方内部での移動など、「おお、近くていいぞぉ〜」という感じなのです。

 ところが、起床してみると、一面の雪景色。「これはいかん! 2時間では、鹿島台中学校に着けない危険性が高いゾ!」と驚いた私は、あわてて時刻表を取り出し、JRを使って安全策をとることに決めました。それは、

7:55 福島駅を新幹線で出発
8:23 仙台駅に到着、東北本線に乗り換え
8:33 東北本線で仙台駅を出発
9:07 鹿島台駅に到着、徒歩で中学校へ
9:20 鹿島台中学校に到着
9:30 講演開始

という、全く無駄の無い、理想的なスケジュールでもあったのです。

「おお、なんと美しい!」

 私は、あまりにも無駄の無い、まるで私のために用意されているかのような素晴らしいスケジュールに、酔いしれました。時刻表ファン&鉄道ファンの私にとって、これほど接続がうまくいく行程というのは、まさに「芸術」と呼べる美しさなのです。それに、前夜、なんだかんだで2時間ほどしか睡眠をとることができなかった私にとって、肉体の疲労を最低限に留めてくれる、理想的な行程でもありました。

 ところが・・・

 ゆっくりとモーニングコーヒーを飲んでから7時に家を出て、7時半に福島駅に到着し、切符売り場に向かっていた私の携帯電話がプルプル鳴ったかと思うと、「ねえねえ、今、テレビのニュースで見たんじゃけど、新幹線も東北本線も、大雪でマヒしとるんじゃと! 間に合わんかもしれんよ、どうするん?」(広島弁)と、妻の声が・・・

 その後のことは、思い出したくもありません。ゆっくりと座って寝ながら移動するはずが、かなり遅れて到着した満員の新幹線の通路にスシ詰めになり(当然ながら、駅で買ったお弁当を食べることなど不可能)、仙台駅でも延々と待った末に、ようやく9時すぎに東北本線が発車。しかも、当初のイメージでは、ガラ空きの車両でのんびりと田舎の風景を満喫しながら移動するはずだったのですが、この車両も、時ならぬ満員御礼。またもやスシ詰め状態で、2時間しか睡眠をとっていない私は、虫の息で吊り革につかまっておりました。

 結局、鹿島台駅に電車が到着したのは、9時40分。なんと、すでに講演時刻を10分も過ぎているではありませんか!

 降りしきる大雪の中、必死の思いで鹿島台中学校にたどり着いた時には、もはや9時50分。
 私は、校長室に駆け込むやいなや、校長先生に向かって、「遅れてしまって、申し訳ありません! すぐに体育館に向かいましょう!」と、叫んでおりました。
 ところが・・・いかにも善良そうな校長先生は、あせりまくる私に、かくのごとき優雅なセリフをおっしゃったのです。

「まあまあ、飯田先生、落ち着いて、まずはお茶でも一杯どうぞ。」

「?!?!?!」

 お、お茶など飲んでいる場合ではありません。すでに講演開始時刻を、20分も過ぎているのです。私は、「い、いえ、お茶は結構ですから、すぐに講演を開始させていただきます!」と訴えました。
 しかし、人の良さそうな校長先生は、さらに輪をかけて、

「まあまあ、このドラ焼きでも食べて、一服なさってください。これは、当地の名物のドラ焼きでして・・・」

と、のたまわれるではありませんか!

 思わず耳を疑い、「こ、校長先生、今は、のんきにドラ焼きなど食べている場合じゃありませんよ!」と絶叫したかった私ですが、そこは見かけによらず小心者である悲しさで、つい、「は、はあ、それでは・・・」と、やむを得ず大急ぎでドラ焼きを口に押し込み、お茶を一気に飲みほしてしまいました。何しろ、私がそうでもしない限り、校長先生は腰を上げようとなさらないのです。

「ごちそう様です! では、体育館に向かいましょう!」

 私は、ドラ焼きでつかえた胸を、白目をむいてさすりながら、涙ながらに訴えました。
 すると、こともあろうに校長先生は、

「おっと、少々お待ちください。私、ちょっとトイレに行って参りますので・・・」

「!!!」


 ・・・というわけで、校長先生のご案内で、めでたく体育館に入ることができたのは、もはや10時のことでした。講演の終了時刻は11時ですから、もう、あと60分しか残っていません。そこで私は、校長先生に、「講師紹介は最低限でよろしいですから、すぐに講演を始めさせてください!」とお願いしました。「はいはい、承知しました」と、校長先生。

 しかし、生真面目で善良な校長先生は、壇上にあがって、延々と、熱弁をふるってくださったのでした・・・


 結局、大幅に時間が減ってしまいましたが、何とか講演を無理やりにまとめて、生徒会長さんのご挨拶をいただき、壇上から降りた私は、ほっと安堵の息をつきました。とにかく、限られた時間の中で、精一杯、自分にできるだけのことはしたからです。
 ただし、吐く息も真っ白な、凍てつく寒さの中で講演したため、自宅に帰ると、すっかり風邪をひいてしまっていることを発見。きっと、講演を聴いてくださった中学生諸君や親御さんたちの中にも、大風邪をひいてしまわれた方々が、たくさんいらっしゃることでしょう。お互いに、本当にご苦労様でした。(あの寒気の中、早朝から人生論の話など聞かされた生徒諸君は、本当にお気の毒でした。どうもすみません。)


 その後、自宅に帰りつくのも本当に大変でしたが、もう私には、語る気力もありません。
 しかも、やっとの思いで帰宅した私を待っていたのは、「お帰りなさ〜い! ねぇねぇ、今日、お仕事から帰ってきたら、『とっとこハム太郎』の映画に連れて行ってくれる約束だよね」と、飛びついてくる娘の姿・・・・・・そういえば、一昨日、うっかり、そんな約束をしてしまっていたような気がします。
 ちなみに、娘との約束は、何があっても守るのが私の主義です。親が約束を守ってこそ、子供に対しても、「約束は守りなさい」と厳しくしつけることができるのですから、まずは親が手本を示さなければ。
 というわけで、約束どおりに、戻ってきたばかりの車に娘を乗せ、ヘトヘトになりながら、息も絶え絶えで映画館に向かった私でした。 とほほ・・・


 さて、今年も、あと2週間ですね。
 今度の週末は、名古屋の*城病院で、病院スタッフ向けの講演を行い、翌日は郡山市に移動して、*志高等学校で学生向けの講演(授業の一環とのこと)を依頼されています。年内の講演会は、あと、この2回のみを残すところとなりました。もうひとがんばりです。ふう。


 PHPの内部に、地殻変動発生! 私の今後はいかに?

 なんと、これまで私がホームグラウンドとして数々の著書を発表してきたPHP研究所の出版部に、先日、激しい地殻変動が発生した模様!
 これまで、私の著書に深い理解を示してくださり、「私の目の黒いうちは、飯田先生のご意向を最大限に尊重しながら、いつまでも、ご著書を世に問わせていただきます」とまで確約くださっていた大恩人、あの「エンマ今井」部長様が、あたかも神隠しにあったかの如く、学芸出版部から突然に姿を消し、私の手の届かぬ彼方へと、召されてしまったのです。
 しかも、私に何度も救いの御手を差し出してくださった、あの「観音菩薩の順子嬢」までもが、なぜかご自分の意志でPHPから旅立たれ、あの三蔵法師も目指された天竺(てんじく)に向かって、新たな修業の道へ踏み出されたとのこと。
 かくなるうえは、残された「マリオネット大久保」氏も、かねてから念願なさっていたパン屋さん開業への道を選ばれるであろうことは、時間の問題、自明の理。そうなると、PHPにおける私の最後の友人である「セツ子」嬢までもが、地殻変動の波に飲まれ、出版界を襲う大不況のブラックホールへと、吸い込まれてしまうのでしょうか・・・
 
 
ああ、諸行無常・・・

 人生は、愛する人々との出逢いや別離によって、変化していきます。
 これまでの私は、「生きがい論」シリーズの生みの親であるマリオネット氏の激励を受け、その上司でいらっしゃったエンマ様の極めて寛大なご加護のもとで、のびのびと自由に、「商業主義に走らない、納得できる本」を書かせていただいて参りました。これは、文筆家としてみると、破格の待遇であったことは確かなのです。私自身も、その破格の待遇に絶大な恩義を感じて、執筆意欲をかきたてられてきたのです。その意味で、文筆家というものは、「出版社」から本を出すのではなく、「編集者」から本を出すのだと言えるでしょう。
 しかし、その大恩人であるエンマ様が神隠しにあった今、正直なところ、私の心は寂しさで満たされ、「今後も、納得のいく格調高い人生論を、書かせていただけるのだろうか」という不安感・絶望感に、さいなまれております。

 しかし、PHPは、かつて、納得のいかない製品を発売しようとする幹部社員たちに向かって、「全部捨てい!」と命じた松下幸之助氏(松下電器の創業者)が、社会貢献のために作った出版社。その創業の原点を忘れることなく、今後も過度の商業主義に走らずに、まず「優れた本による社会貢献」を最優先くださるものと、大いに期待いたしております。

 さて、文筆家としての私は、これから、どうなってしまうのでしょうか?
 私は職業作家ではなく研究者ですから、納得のいかない形で本を出版することは、絶対にあり得ません。
 エンマ今井部長様の手厚いご加護のもとで開始した、新たな「人生論シリーズ」は、たった『人生の価値』1冊を残しただけで、このまま断筆してしまうのでしょうか?
 そして、今月末に発売する『絵物語・生きるということ』が、私の遺作となってしまうのでしょうか?

 今後の更新を、お見逃し無く!



10月27日版

 先日、「あと3時間ほど寝たら、末期ガンの患者さんのお見舞いです」と書いておきましたが、実は、私がお見舞いしたあと、まもなく意識を失われ、そのまま、光の世界へと先立たれました。私よりも少々年上の女性で、お医者さんをなさっていました。以下、お名前は伏せて、「**先生」と記しながらお話を進めます。

 **空港から車を飛ばして、入院先の病院に駆けつける間にも、ご主人から「先生、あとどのくらいで着かれますか?」と緊迫した電話があり、事態が急を告げていることを知りました。病院に着き、病室を探して駆けつけると、ご主人が病室の前の廊下に出て、今か今かと、私の到着をお待ちくださっていました。
 病室に入ると、お子様やご両親に囲まれて、**先生がベッドに横になっていらっしゃいました。ほんの2ヶ月前にお見舞いした時に比べて、ずいぶんやせられて、小さくなられたように感じました。「間に合いました! この子は、飯田先生が来られるまではと、頑張って待っていたんですよ」と、お母様が涙ながらにお迎えくださいました。

 私がベッドの脇のイスに座り、**先生の手を握って差し上げると、お母様が、「**子、飯田先生よ! **子!」と、大きな声で伝えてくださいました。その瞬間、それまでは閉じられていた**先生のまぶたが数ミリほどはっきりと開き、私の顔を確かめるように見つめてくださったかと思うと、握っていた手にわずかな力が入りました。私は、「おお! まだ声も聞こえて、目も見え、手の触感も残っていらっしゃる・・・間に合って、本当に良かった!」と、心の中で喜びました。そして、必死に声を出そうとなさる**先生の耳に向かって、「大丈夫、口に出さなくても、思っていらっしゃることは全て伝わってきますからね・・・口に出さなくても結構ですよ・・・**先生のお気持ちは、よ〜く伝わってきますよ」と語りかけ、にっこりと笑いながら何度も何度もうなづいて、握っている手に力を込めました。すると、**先生は、安心なさったように目を閉じられ、体の力を抜かれました。

 その時、私の心に、**先生の声が
、はっきりと聞こえてきました。

「飯田先生、私の大好きな、あの歌・・・アメイジング・グレイスを歌ってください」

 そういえば、**先生は、かつてお電話で激励した際に、「私、アメイジング・グレイスが大好きで、いつもお風呂で歌ってるんです」とおっしゃっていました。ところが、私は、あの有名な「アメイジング・グレイス」(イギリスの伝統的唱歌)の歌詞を、半分くらいしか覚えていません(しかも、うろ覚え)。
 しかし、ここは何とかして歌って差し上げるしかありません。私は、歌詞のわからない部分は適当にハミングなどを織り交ぜながら、全曲を3回繰り返して歌って差し上げました。1回目は、涙で何度も声がつまってしまい、旋律になりませんでしたが、「こんなことではいけない・・・しっかりと歌って差し上げねば」と気合いを入れ、2回目で何とか持ち直し、3回目には、廊下にも響き渡るほどの大きな声で歌うことができました。
 それからは、

「**先生、よくがんばられましたね・・・もう、なんにも心配いりませんよ・・・光がお迎えにきてくれますからね・・・なんにも心配しないで、安心していてくださいね・・・また必ず会えますから、一足お先にお帰りになって、また会う日まで、ひと休みしていてくださいね・・・いずれまた、必ず会いに行きますからね・・・いつも、**先生と、つながっていますからね・・・なんにも心配しないで、安心しきって、ゆっくりお休みくださいね・・・」

 と、何度も何度も口に出して繰り返しながら、**先生の髪、頭、顔、頬、首、肩、手、背中、(女性の場合、胸は一応遠慮します)、お腹、腰、お尻(女性の場合でも、一定年齢以上であれば、お尻も遠慮しません)、足、足首から足の裏、つま先までを、時間をかけて何度も行ったりきたりしながら、手のひらに精一杯の祈りの念を込めて、優しくなでて差し上げました。
 やがて、苦しそうだった**先生の表情が、しだいに安らかになっていき、呼吸も穏やかになってきたのを確認すると、今度は片手で**先生の片手をしっかりと力を込めて握り締め、もう片方の手で、頭・頬・首を、何度も何度もさすって差し上げ、

「**先生、それじゃ、またね・・・また会いましょうね・・・」

 と言いながら、後ろ髪引かれる思いで、手を離しました。**先生は、すっかり安らかな表情になられて、静かに、かすかな息だけをなさっていました。

 涙ながらに見ていらっしゃったご家族にご挨拶をして、病院をあとにした数時間後、関係者の方から、「先ほど、**先生が他界されました」というご連絡のお電話が入りました。私が病院をあとにして、まもなく意識を失われ、そのまま眠るように先立たれたとのことでした。

 あとで関係者の方からおうかがいした話によると、ご主人は、激痛に苦しむ奥様に鎮静剤(苦痛から解放される代わりに意識を失います)を注射しようとする主治医さんに対して、「妻がお会いするのを心待ちにしている飯田先生が到着されるまで、何とか、鎮静剤は打たないでやってください」とお願いし、**先生の意識を保ってくださっていたのだそうです。私が病室に到着するまでの間、ご主人は、「早く妻に鎮静剤を打って、たとえ意識がなくなっても、激痛から解放してやりたい」という願いと、「飯田先生との面会を心待ちにしていた妻の願いを叶えるために、たとえ苦しんでいても、意識を残しておいてやりたい」という思いとの間で、本当に悩み、苦しまれたことでしょう。それでも、目の前で痛みをこらえる妻の姿に耐えながら、「飯田先生が来るまでは・・・」という妻の願いを叶える方を優先なさったところに、ご主人の深い深い愛情を感じて、もらい泣きしてしまいました。
 そのような、ご主人の、愛情に満ちた苦渋のご判断のおかげで、私は、意識のある**先生と、「直接に面会」し、「肉体を使った最後のコミュニケーション」を行うことができたのです。もしも、ご主人が妻(**先生)の苦しむ姿に耐え切れず、鎮静剤の注射を許可なさったならば、その後に到着した私は、「残念ですが、すでに意識は失いました」というご報告を受け、「ああ、間に合わなかった・・・」という後悔の念にとらわれたことでしょう。


 **先生は、聡明な美人で、とっても優しいお方でした。患者さんに対するケアについても、しばしば、真剣なご質問をくださいました。その**先生ご自身がガンに冒され、たび重なる手術にもかかわらず腹部全体に転移していることが判明した時、私に対して、次のメールをくださいました。


********************

 
飯田先生

 前回お見舞いくださった*月*日には、不思議に痛みも出ずに幸せな時間を過ごすことができましたが、その後、坂道をころげ落ちるように諸症状が出て、**病院では手の施しようがないといわれ、今は****で自己免疫強化の治療を受けています。先日も**病院に急患入院して****の手術を受けました。新たに***に腫瘍が出現しての諸症状ですが、まだ痛みのコントロールも十分でなく、時々胴体をすりながら低空飛行で飛んでいるような有様です。
 それでも、不思議なことにその時々の手術や処置の結果はうまくいっており、まだ最後の一線を越えないよう何者かに守られているのだろうかという気がしています。

 しかし、毎日の苦痛には、さすがに弱気になることがあります。
 私の今受けている苦しみは、私が今まで深く思いやらずにきた、多くの患者さん達の苦しみを実体験して、医師としてもう少し謙虚さを理解させ、慈愛の心を深めさせようとするためのものなのでしょうか?

 お忙しい先生に些細な私事でお手間をかけてはいけないと思いながら、とうとうお邪魔してしまいました。
 すぐでなくて結構です。楽しみに、先生のメールをお待ちしています。どうぞ、ご無理なさいませんように。
 先生のご健康とご活躍をいつも念じています。


********************


 そこで私は、すぐに、次のメールをお返ししました。色々なことを総合的に判断し、熟慮に熟慮を重ねた結果の、一字一句を練りに練ったメールでした。どの語句にも(行間の取り方にさえも)、深い意味がこもっています。


********************

 **先生へ

 メールありがとうございます!

 現在、**先生が直面していらっしゃる苦しみは、決して、先生の過去の行いが悪いための報いなどではありません。先生は、何の罰を受けていらっしゃるわけでもありませんし、何かに失敗したから病気になったわけでもありません。その点は、どうぞ誤解なさらないでくださいね。
 そうではなく、**先生は、今回の人生を計画する際に、「難病に冒されて苦しむことによって、人生や生命というものに対する思索を、高度に深める」という、大きなチャレンジをお選びになったのです。このチャレンジは、どの魂も、必ず、どこかの人生で自らに課さなければならない必須課題です。誰もが、いつかは必ず体験しなければならないものであり、**先生の場合には、今回の人生で、その課題に挑戦することになさったのだというわけです。

 しかし、私には、もう、ここまで頑張ってこられた**先生に対して、「その激痛を通じて学んでください」などとは、とても申せません。もう、**先生は、十分に学ばれました。あとは、ただ、**先生の、今回の人生に対するご意志次第だと思います。
 **先生が、「私はまだまだ、何とか回復して、今回の人生を続けたい。このような身体になった状態でもかまわないから、少しでも長く生きて、人生の学びを積みたい」と希望なさるなら、どうぞ、宇宙に向かって、そのように念じてください。そのような人生も、きちんと用意されています(ただし、決して、楽な生活ではありません)。
 一方で、**先生が、「私はもう、今回の人生では十分に学び、自分自身で合格点をつけることができる。したがって、ここは潔くふるさとに帰って一休みしながら、この世に残した家族たちを見守っていきたい。そしてまた、魂にエネルギーを充填したら、愛する者たちのもとへ再び生まれてこよう」と希望なさるなら、どうぞ、宇宙に向かって、そのように念じてください。そうすれば、肉体的な苦しみから、なるべく安楽に解放され、戻るべき光の世界へと旅立つことができるでしょう。そのような道も、確かに用意されています(誰もがみな、いつかは進まねばならない道なのです)。

 さて、病気に「立ち向かう」のか、病気を「受け入れる」のか・・・・・・大切なことは、いずれの道をお選びになっても、それは「希望の道」だということです。どちらが良いとか悪いとかいうものではなく、どちらが正解でも間違いでもありません。心に希望の光を念じながら、いずれかの道をお選びになる時が、いま、やってきたのです。

 病気に「立ち向かう」決心をされたなら、まだまだ、今回の人生は続くことでしょう。それは決して楽な道ではありませんが、それも**先生のご意志です。それはそれで、茨(いばら)の道を歩むことを選択された**先生を応援するために、また必ず、おうかがいさせていただきます。
 しかし、もしも、病気を受け入れ、光の世界に戻る決心をされたなら、どうぞ私にも、すみやかに、その決心をお知らせくださいね。万難を排して、必ず、**先生にお会いするために、飛んでいきますから。

 いずれの道も、希望に満ちた光の道です。どうぞ、全身全霊を使って、熟考し、ご自分の意志でお選びになってください。病魔に決めさせるのではなく、ご自分の意志で、ご自分の人生を選択し、宇宙に対して宣言なさることが大切です。そうすれば、これからどのような事態が訪れようとも、「自分が選んだ道」として深く納得しながら、胸を張って対処することができるからです。

 **先生、どうぞ、いつまでも、時空を超えて、仲良しのソウルメイトでいてくださいね。私は、いつも、先生と「つながって」います。(今度は、ぜひ、**先生のような素敵な魂と、「家族」として生まれてみたいです)

 どうぞ、ご遠慮なく、お気軽にメールしてくださいね。
 またお会いしましょう!!

 福島大学助教授 飯田史彦


********************


 すると、まもなく**先生からは、「
私自身は、飯田先生のご本を読んでいますので、光の世界に戻ることに恐れはありません。しかし、年老いた両親や、家族たちのことを思うと、まだまだ、自分勝手に光の世界に戻るわけにはいかないのです・・・」という主旨の、「伝言」をいただきました。なぜ「伝言」かというと、この時すでに、**先生は、ご自分でメールを打つことのできる状態ではいらっしゃらなかったからです。

 人間が、「今回の人生の終わり」を受け入れるためには、個人差はありますが、一定の時間が必要です。

 やがて、それから2週間ほどのちに、私は、「
飯田先生にお会いしたい」という「伝言」をいただきました。それはつまり、**先生からの、「光の世界へと戻る決心をいたしました」という、深い意味のこもったメッセージでした。この時、ついに**先生は、この世の様々なしがらみを乗り越えて、真に、「人生を自分のものになさった」のです。

 そして、私は大急ぎで仕事の都合をつけ、**先生が入院なさっている病院へと飛びました。だからこそ、病室に入り、「間に合いました! この子は、飯田先生が来られるまではと、頑張って待っていたんですよ」と涙されるお母様に対して、私がいちばん最初に申し上げたのは、「
**先生とのお約束を果たすために、やって参りました」という言葉だったのです。


 今回の更新では、先立った**先生のご意志により、**先生が今回の人生を終えられた経過(つまり私が**先生に対して行わせていただいた言動)について、ご報告いたしました。その理由は、上記の内容を通じて、このホームページの読者の皆様に、「死を目前にする愛する人に対して、何ができるのか」を、お伝えしたいからです。上記の記述をヒントにして、読者の皆様が、それぞれ、「
もしも、自分の愛する人が死に直面したら、どのような言動をとれば良いだろうか」と思考を巡らせてくだされば、先立った**先生も、大いにお喜びになることでしょう。それは、いつ、あなたに訪れるかもしれない瞬間なのです。

 ただし、上記の私のメールは、**先生のように、「理知的で、しっかりと自己分析のできる方」に対して有効な言葉であり、私が様々な(ここには書けないプライベートな)情報にもとづいて、彼女だけのために考案した「処方箋」です。特に、医者である**先生は、「病気に負けてしまうのは嫌だ」という「勝ち負けの発想」をお持ちであったため、「病魔に決めさせるのではなく、ご自分の意志で、ご自分の人生を選択し、宇宙に対して宣言なさることが大切です」と強調しました。そうすれば、これから自分にどのような事態が訪れようとも、「自分が選んだ道」として深く納得しながら、胸を張って対処することができるからです。彼女が誇り高く人生を終えるためには、「病気に負けたのではなく、自分自身で選び取ったのだ」という意識を持っておくことが、何よりも重要なことでした。

 
したがって、上記の私のメールを、そのまま他の人に対して用いても、最大の効果は保証できません。たとえば、「感情的で、かつ依存的な人」に対しては、「神様のご意志のままに、すべてを任せておけば良いのですよ。あとは神様が、あなたにとって一番いいようにしてくださいますから」と申し上げる方が、はるかに効果的です。なぜなら、このタイプの人にとって、「熟考しながら自分の意志で人生を選び取る」ことほど苦手なことはないため、かえってストレスを増加させてしまうだけだからです。

 このように、重い試練に直面して苦しみ悩む人にとって、「言葉」というのは、たいへん大きな影響を与えるものであるため、相手と状況に応じて適切な処方箋を考案しなければ、逆効果をもたらしてしまう危険性もあります。窮地に陥っている人にかける言葉は、そのまま、「薬」にもなれば「毒」にもなってしまうということを、この数年間で、私は痛感しました。

 繰り返しますが、上記の内容は、ある特定個人に決して考案・実践した処方箋であり、決して「万能薬」ではありません。たとえば、私が彼女に歌った「アメイジング・グレイス」が、大嫌いだという患者さんもいらっしゃるでしょう。また、私が彼女の全身をなでて差し上げたのは、私と彼女との間に深い信頼関係が構築されていたからこそ可能な行為であり、そうでなければ、私はただの「患者の体をさわりまくるエッチなおじさん」になってしまいます。
 さらに、上記のメールは、**先生に最期の時が迫りつつあり、それをご本人も自覚なさっていることを察したからこそ書けた文章であり、それまでは私も、「大丈夫、きっと良くなりますから、心配いりませんよ!」と激励していたのです。まだまだ回復の見込みも気力も充分にある人に対して、あのメールを出してしまっては、かえって意気消沈させてしまうだけに終わることでしょう。あくまでも、「
この御方に対しては、今、どのような言動をとることが最適なのだろうか」という問題意識を忘れずに、相手の立場や気持ちになって処方箋を考えることが大切です。

 いずれにしても、上記の内容をもとにしながら、「人生を終える」ということに関する考察を深め、「表面的ではない本質的な癒し」の意味と方法について、自分なりに模索していただけましたら幸いです。


 最後に、ちょうど本日、ある末期ガンのお母さんを懸命に看病する中学生の息子さん(お父さんはすでに他界なさっています)からの、「今、僕は母に何ができるのでしょうか?」という真剣なメールに対して、私がお送りしたお返事を転載させていただきます。


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息子さんへ

 ご事情、わかりました。ここ数日は無理ですが、何とかして、2〜3週間のうちには、必ずお見舞いにうかがいます。そのように、お母さんに約束してくださって結構です。
 いま、息子さんにできることは、「お母さんに心配をかけないこと」です。「たとえお母さんが先立っても、僕は立派な人間になって、しっかりと生きていくから、どうか何も心配しないで安心して」と、言葉と態度を通じて確かに伝えることです。それこそが、今のお母さんに対して可能な、最高の親孝行です。その親孝行をするために、自分が生まれたのだという自覚をしっかり持って、がんばってくださいね。君になら、それができるはずです。
 いつも、応援しています。君は一人きりじゃないことを忘れずに、辛いときには、いつでもメールしてくださいね。

 福島大学助教授 飯田史彦


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 今夜はこれにて。
 おやすみなさい・・・ZZZ・・・



10月11日版

 お久しぶりです!
 本日は、教授会が予想外に早く終わり、わずかに予定外の時間ができたので、こうして久しぶりに更新しています。


 『生きがいの創造』のミャンマー語版、現地にて発売開始!

 現地にお住まいの日本人ボランティアの方々により、私の『生きがいの創造』のミャンマー語訳の作業が数年がかりで終わり、ついに先日、ミャンマーで発売されました。
 これが、全世界待望の(?)、ミャンマー語版の表紙でございます。




 常識的に判断すると、一番大きい活字が書名で、その下にある黄色と茶色の文字が著者名だと推察されますが、当然ながら、私にはさっぱり読めません。いったい、右から左に向かって読むのか、左から右に向かって読むのかさえも、見当がつかないのです。
 そこで、内容から判断すべく、本書の一番最後に書いた、「生きがいのネットワークにつながってみませんか?」のメッセージ部分を開いてみますと・・・




 ・・・なるほど、右ページに、数字らしきものが(1)から(5)まで縦に並んでいる具合から判断して、どうやら、ミャンマー語は、左から右へと読むのではないかと思われます。
 また、左ページの冒頭にある” ”のような記号で囲まれた部分は、「生きがいのネットワーク」という意味であるに違いありません。しかし、そうすると、表紙にある書名の中には、「生きがい」という単語を示すのであろう同じ文字列らしきものが見当たりませんので、どうやら書名は直訳ではなく、ミャンマー人の方々向けに変更してあるようです。
 この推理が当たっているかどうかは不明ですが、おそらく、江戸時代にオランダ語などの辞書を作成した日本人学者たちも、同じように、日本語と外国語とが共通して同じ意味を示すであろう単語の抽出から始めて、手探り状態で翻訳作業を行ったのではないでしょうか?

 ミャンマーでの私の著書の評判が、いかなるものなのかはわかりませんが、翻訳くださった方々によると、ミャンマーは敬虔(けいけん)な仏教国なので、何の抵抗もなく受け入れられているとのこと。何しろ、ミャンマーでは、2000部ほど売れればベストセラーなのだそうですが、さて、どうなることでしょう?

(ちなみに、『生きがいの創造』は、日本では、ハードカバー版が約40万部、文庫版が約10万部で、合計50万部ほど、世に出ています。これは正直な実売の数字ですから、出版界の常識である「大幅水増し発表」方式で言えば、PHPのような良心的な出版社で60万部、通常は70〜80万部、出版社によっては100万部に倍増して発表することでしょう。いや、聞くところによると、話題性に頼って瞬発力勝負のタレント本などは、たとえば10万部印刷して5万部しか売れなくても、公称「30万部突破!」などと称して読者の関心をあおるのが常套手段なのだそうです。おそらく、書物に限らず、それが世の中の仕組みというものなのでしょうが・・・)

 いずれにしても、私は外国語版の著作権を全て放棄していますので、どの外国語版がいくら売れても著作権料は全くいただけませんから、販売部数の報告も入ってきません。たとえ販売部数は少なかったとしても、「
届くべき人のもとへ、きちんと届いてくれること」こそを、祈っております。



6月1日版

 実は、昨夜のこと……

 PHP研究所学芸出版部のエンマ今井部長様が、いつになく気弱な顔をして、困惑した表情で、私にご相談くださいました。

********************

エンマ「あのう……」

 私 「???」

エンマ「誠におそれ入りますが、新刊『人生の価値』の内容の一部について、少々ご相談が……」

 私 「どうしたんですか? いやにかしこまっていらっしゃいますが?」

エンマ「はあ、実は、いただきました新刊原稿の、『おわりに』の前半部分についてでございまするが……」

 私 「ははあ、あの部分のことですね?」

エンマ「え、ええ……その部分について、おそれ多くも申し上げたく……」

 私 「妙に低姿勢でいらっしゃいますが、あの部分が、いったいどうかしましたか?」

エンマ「はい、そのう、あまりにもショッキングな内容でござったものですから……」

 私 「そうですか? ショッキングと言えば、『ブレイクスルー思考』の『付記』の方が、私自身の体験談として堂々と書いている点で、よほどショッキングな内容だと思いますが?」

エンマ「え、ええ、それもそうではございますが、今回の場合には、何しろリアリティがありすぎまする。客観的証拠に基づいた現実的な内容であるがゆえに、かえって読者に大きなインパクトを与えすぎるのではないかと……」

 私 「リアリティがあって現実的なのが、いけないのですか? これに比べれば、『ブレイクスルー思考』の『付記』の方がよっぽど奇々怪々な内容ですが、あの時には何のご心配もくださいませんでしたし、事実、あの本はかなり売れましたが何も問題は起きませんでしたよ」

エンマ「はい、あの本の場合は、否定したい人は『飯田先生のたわごとだ』と思い込めば済みましたが、今回の内容は、客観的な状況証拠に満ちておりますゆえ、たわごとでは済ませられない一大事なのでござります。しかも、あの本は大人向けでしたが、今回の新刊は、中高生の子どもたちにも読んでもらえるような、オーソドックスな人生論を心がけていただきましたから、あの『あとがき』の前半部分だけが突出して、まるで爆弾のような激しさで迫ってくるのでござります」

 私 「爆弾!?」

エンマ「はい、おそれながら申し上げますと、部下のセツ子やマリオネットにも読ませてみましたところ、あの部分だけがあまりにもショッキングであるために、読み終えたあと、ほかの部分の印象はすべて吹っ飛んでしまい、頭の中が真っ白になって、あの部分の衝撃しか記憶に残らなかったほどだと申しておりまする」

 私 「なるほど……」

エンマ「セツ子などは、それ以来、『ど、ど、どうしよう! わ、私も飯田先生をお守りせねば! あわわ……』などと、朝から晩まで、そればかり申してうろたえており、仕事が全く手につきませぬ」

 私 「ふむう……確かに、それではいけませんねぇ……」

エンマ「特に、今回の新刊は、中高生にも読んでもらえるお堅い内容を方針としておりますゆえ、あの部分を載せてしまうと、子どもたちには、あまりにも刺激が強すぎるのではないかと思われるのでござります。何しろ、客観的なリアリティがありすぎますゆえ……」

 私 「それならば、あの部分だけを袋綴じにして、『18禁』にするのはどうですか?」

エンマ「…………」

 私 「いや、冗談ですよ、よくわかりました。では、あの部分はカットしましょう。カットしたところで、内容にはまったく支障がありませんから。そもそも、あの部分は、私のコアなファンの方々のために、あとがきの一部として付け加えたファンサービスにすぎないんですから、削除しても全然かまいませんよ。むしろ、あとがきだけが印象に残って、肝心の本編が吹っ飛んでしまうのでは、本末転倒ですからね。それならば、喜んでカットしましょう」


********************


 ……というわけで、新刊『人生の価値』の「あとがき」前半部分は、そのあまりにもショッキングでリアルな内容のため、本書の執筆方針に合わないので、あっさりとカットすることになりました。

 そこで、6月3日の私の誕生日を勝手に記念し、このホームページをお読みくださっているコアな読者の方々向けに、禁断の大サービス!
 問題の「その部分」を、そっくりそのまま、
「小さなドラマティック・ストーリー」の第3話として、特別公開いたしましょう!

 では、表紙ページに戻って、「小さなドラマティック・ストーリー」のページへとお進みください。
 きっと、
時空を越えた劇的な物語を、大いにお楽しみいただけることでしょう。



5月24日版

 久しぶりの、まともな(?)更新です!


(1)
日比谷公会堂での大講演会、大成功でした!

 5月13日に、東京の日比谷公会堂(収容人員2000名)で行った私の講演会、おかげさまで、1階は満席となり、解放していなかったはずの2階にまで、1階にあぶれた人々が入り込んでおりました。有名アーティストのコンサートならばまだしも、「大学教官の講演会」なんかに、わざわざ2000円(日本厚生協会の会員は1000円)も払っておいでくださる方々が、あんなにいらっしゃるとは、おそらく前代未聞・・・快挙というよりも、珍事だと言う方が正確だというものです。
 過去にも、中野サンプラザ(東京)やシンフォニーホール(岡山)で、2000人規模の講演会を行ったことがありますが、これらは他のイベントとの合同企画だったので、私の講演だけを目当てにして来たお客様ばかりではありませんでした。しかし、今回の日比谷公会堂は、正真正銘、私の講演以外には、何も無かったのです。しかも、中野サンプラザは1000円、シンフォニーホールは無料でしたから、今回は、私の講演だけのために2000円もお支払いくださった方々が大半・・・ふだん、私の講演会は、なるべく入場無料にしていただいているので、入場料をいただく講演会の場合は、本当に気を使います。何しろ、入場料の分だけの価値のある講演をしなければ、お客様に申し訳がありませんから。
 とりあえず、「金返せ」コールは起きませんでしたので、ほっとしました。新刊執筆が佳境に入り、極度の睡眠不足でフラフラでしたが、看護婦さんにまで付き添っていただいて、上京した甲斐がありました。

 ご来場くださった皆様、本当に、ありがとうございました!


(2)
朝日新聞紙上に、怪現象発見!

 それは、5月8日(火)のこと・・・いつものように朝日新聞を広げ、何気なく、社会面(新聞の一番最後で、テレビ面の裏側の目立つページ)に目を通していた私でしたが・・・ふと、ページの下の方にある、ビッグ・アーティストのコンサート情報に目をやったところ・・・

 
???

 その瞬間、私が思ったのは、「あれまぁ、僕にそっくりな名前のアーティストがデビューしたものだ。しかも、いきなり、日比谷公会堂でコンサートとは、聞いたことのない奴だが、かなり売れてるんだな」という、実に冷静な分析でした。

 し、しかし、よく見てみると・・・





 
「おお〜っ!! こ、これは??」

 そうです、何と、穴があくほどよく見ると、自分の名前ではありませんか!
 まさか、こんなところに自分の名前があるとは、想像もしていませんでしたから、びっくり仰天! 

 まさか、朝日新聞に自分の広告が載るとは、まったく聞いておりませんでした。ここは、ビッグ・アーティストのコンサート情報や、有名財界人のお葬式の告知、そしてたまに「史彦へ 父危篤帰れ 母」などの個人連絡が載る部分ではありませんか。こんなところに、講演会の案内が出るとは、まさに珍事。
 しかも、文面を見ると、「私たちはなぜ生きているのか 飯田史彦先生講演会」とだけしか書いていないので、私のことを知らない人には、「飯田史彦」なる者が、どこの何者なのか、さっぱり見当がつきません。ヒントといえば、ただ一言、「私たちはなぜ生きているのか」という見出しのみ・・・この見出しから察するに、よほど怪しげな、おかしな人物だとしか思えません。

 おまけに、かの有名な世界的ビッグ・アーティストである「デュラン・デュラン」と、「ツタの絡まるチャペルで 祈りを捧げた日〜♪」の歌で有名なペギー葉山さん(よく私の父が風呂で歌っておりました)に並んで、いちばん目立つ右側に置いてくださっているとは・・・スペースの広さの比較からして、ついに自分がペギー葉山さんと肩を並べ、デュラン・デュランの半分くらいの有名人になったかのような錯覚に陥り、朝食のバナナを片手に、ひとり赤面する私でした。

 いずれにしても、もう2度と、私の人生では、新聞のこんなに素晴らしい場所に広告が載るような講演会は、あり得ないことでしょう。つかの間の夢を味わわせてくださった日本厚生協会さん、本当にありがとう! 生涯の記念になりました。

 皆様も、大いにお楽しみくださいましたね?!
(朝日新聞さん、無断転載ごめんなさい)



5月23日版

 戒厳令、ついに解除なる!!

 お待たせいたしました!!!

 ようやく、新刊『人生の価値』の原稿を、PHP学芸出版部のエンマ今井大王様にお送りいたしましたので、とりあえず戒厳令は解除させていただきます。長らくのご協力、誠にありがとうございました。

 しかし、まだ、エンマ様から「これでOK」のお返事をいただいたわけではありません。ただ「原稿を送った」というだけのことなのです。まだまだ、これから、エンマ様の逆鱗に触れ、

「フン! ダメじゃダメじゃ!! こんな原稿じゃ、受け取るわけにゃいかんわい!! 書き直しじゃ!!!」

 とのご指示を受ける可能性も十分なのです。
 とにかく、「出版界の鬼」と異名を取るエンマ今井部長様から「OK」が出るまでは、いかなる大有名作家先生であっても、ビクビクして食事も喉を通らないとのこと。それまでは、とても「書き終えた」とは申せません。ドキドキ・・・

 語るべきことは山のようにありますが、本日は教授会やら委員会やら、大学の公務でボロボロに疲れており、持病の頭痛もバファリン程度では効かなくなっておりますゆえ、これにて、久しぶり(3週間ぶりくらいでしょうか)に、ゆっくりと熟睡させていただきます。

 つきましては、また明日以降、ド〜ンと更新しますので、とりあえず、今夜はこれにて・・・

 おやすみなさい・・・



5月17日版

 ご期待のところ、誠に申し訳ございませんが、過労による体調不良により、

 戒厳令を、22日まで延長

 させていただきます。どうかお許しくださいませ。とほほ・・・

 とにかく、寸暇を惜しんで休養、いや執筆に専念しておりますので、今回はこれにて。



5月9日版

 ドッカ〜ン!!

  と、出版界の鬼、エンマ今井大王様のお怒りが、大爆発!!!

「ご、ごめんなさ〜い!!」

  と、私は、ひたすら土下座して謝るのみでありました。


 それは、本日(9日)の、午後1時すぎのことでございます。新刊『人生の価値』の原稿締め切りを明日に控え、ついに覚悟を決めた私めが、PHPの学芸出版部に電話したのでありました。
 すると、本当に久しぶりに、受話器の向こうから聞こえてきたのは、かの「
観音菩薩の順子嬢」の、鈴の音の如き軽やかなお声ではありませぬか!(実際は、なぜか咳き込んでおいででしたが)
 「おお、これは幸先が良いぞ!」と調子付いた私は、順子嬢に、「あのう、エンマ今井様は、いらっしゃいますでしょうか」と、意を決して取り次ぎを依頼したのですが・・・
 あとは、すでに皆様お察しの通りに、上記の如く、エンマ火山の大噴火と相成ったわけでございます。


 いえいえ、決して、この私、怠けていたわけではございません。黄金週間の間も、どこにも行かずに家族を泣かせながら自室にこもり切り、パソコンに向かうこと一日あたり16時間。なんと、気がついてみると、原稿枚数が400字換算で800枚を超え、すでに単行本2冊分の原稿を書き終えているではありませんか。(ちなみに、「大学で何をどう学ぶか」は、400字換算で170枚にすぎません)
 ところが、書いても書いても書き足りず、「これも書かねば」「これも落とせぬぞ」と書き足しているうちに、あっという間に2冊分の分量になり、何とも収拾がつかなくなってしまったのでございます。

 
「し、しまった! 制限枚数を聞いておくのを忘れていたっ!」

 と焦ったものの、時すでに遅し。
 締切日を翌日にして、800枚を超えてもなおゴールの見えない原稿を前に、とうとう、エンマ大王の仏心(?)におすがりするしかなくなりました。

 そこで、事情をお話して、粛々とエンマ大王のお沙汰をお待ちしたところ・・・

「うむ、かくなるうえは、締め切り延期の詔(みことのり)を発令するしかあるまいて。罪深いお前じゃが、800枚を書き上げたという精神力に免じて、あと1週間の猶予を与えてやろう」

 と、願ってもない寛大なお言葉。おそらく、受話器の向こうで、私の大ピンチを悟った観音菩薩の順子嬢が、私を守ってくださる結界を張り、エンマ大王を惑わすウインク(セクシービーム?)を送ってくださったに、違いありません。

 ただし、

「編集部門の我輩はお前の味方じゃが、さすがの我輩も、営業・販売部門からの要望は尊重せねばならん。せっかく書いたものはもったいないが、800枚とは、余りにも冗長すぎる危険性が高い。よほど出来の良い原稿を書かねば、容赦なくカットして、半分くらいの分量に縮めるよう命じるゆえ、覚悟しておくがよい。それが、この出版界の掟なのじゃ」

 と、予想していた厳しいご注文も。

 ・・・というわけで、やっと本題に入りますが、

「戒厳令」を、17日まで延長
 させていただきます。
 どうか、もうしばらく、執筆に専念させていただけますよう、お願い申し上げます。



 なお、戒厳令延長期間中でも、
13日(金)の、日比谷公会堂での大宴会、いや大講演会には、這ってでも参上いたしますので、どうぞご安心ください。

 ただし、ここ数日、「脳がキューッと締め付けられるようになり、背筋に寒気が走って吐き気がする」という、「脳梗塞」(のうこうそく)の前兆症状(私の持病のひとつです)が何度も出ておりますので、冗談や誇張ではなく、無理をすると、いつ本当に脳梗塞で倒れ、こと切れてしまうかわかりません。
 そこで万が一のために、福島県立医大の看護婦さんに新幹線に同乗いただき、東京の会場まで「護送」していただけるようお願いしました。何とか、講演を終えるまで、私の「ガラスの脳」が無事でいてくれるよう、祈るばかりです。(講演後に、脳の調子が悪かったり異常な発汗がみられる場合には、サイン&握手会は中止とさせていただきますので、その場合はどうかお許しくださいね。何しろ、2時間半もの間を1人で懸命にしゃべりますから、時々、講演後に頭痛でダウンしてしまうのです)

 今後は、このような私の体調のこともあり、一般の方々とお会いできる機会は、めったになくなります。13日の講演会には、何とか頑張ってうかがいますから、当日、皆さんにお会いできますことを、心から楽しみにしています!



4月24日版

 突然ですが・・・

 本当に久しぶりに、

 
「戒厳令」発令!!

 そう、戦争や革命など有事の際に、軍隊によって都市が占拠され、一般市民の外出が禁止されるなどの厳戒態勢下に置かれるのが、いわゆる「戒厳令」(かいげんれい)。
 ただし、このホームページで過去に何度も発令された「戒厳令」とは、「
飯田の新刊執筆が佳境に入った(ピンチに陥った?)ため、お手紙・Eメール・お電話など外部からの情報を遮断し、ホームページの更新も休止して、原稿の完成まで、パソコンの前に立てこもること」を意味しています。

 すなわち、

 本日より、
新刊『人生の価値』の原稿締切日である5月10日までの間、このホームページの更新を、休止させていただきます。
 また、毎日50通前後も届くEメールも、よほど重要な急用、あるいは最愛のエンマ今井大王様からのラブレター以外には、お返事はできません。さらに、研究室に届くお手紙も5月10日までは封を切りませんし、研究室の電話の受話器も取りません。

 どうか、ご了承・ご協力くださいますよう、お願い申し上げます。そうしないと、このままでは5月10日の締め切りに間に合わず、PHPのエンマ今井大王様から、ひどい目にあわされてしまうのです。

 え? どんな「ひどい目」なのか、ですって? いえいえ、それは、口が裂けても申せません。ああされたり、こうされたり、あんなことまでされてしまうのです。ああ、想像するだけでも、悶絶してしまいそうです・・・

 では、5月10日に、このホームページでお会いしましょう!



3月4日版

 
ああ、怒涛の2ヶ月・・・

 21世紀に入ったとたん、次々と襲ってきた、思わぬ試練の激流・・・
 ここで詳しく書き記すことは、口が裂けてもできませぬが、つい先日までは、

 「これが飲まずにいられるか、ってんだ!」

 ・・・とばかりに、苦しみ悩んでいた私でありました。

 しかし、ふだん、全く酒を飲まない私ですから、我が家には、こんな時に飲むべき酒もありません。しかたなく、酒の代わりに、岐阜の船戸クリニックの院長先生からいただいた、「奥長良川・高賀の森水」という超おいしい水をグビグビ飲んで、神様に向って悪態をつき、くだを巻いておりましたところ、

 何と!

 あたかも目の前で閉じていた重い扉が開くかのように、心の奥にまぶしい光が射し、



 「史彦や、原点に返れ。今こそ、原点に返るのじゃ! お前が5年前に、はじめて今生の使命に目覚め、周囲の人々に馬鹿にされ制止されながらも、勇気と正義感を振り絞って、論文『生きがいの夜明け』を世に問うた、あの頃の、ほとばしるが如き創造性と断固たる信念を、思い出すのじゃ! 自分を捨てて、世のため人のためにその身を捧げようと決意した、あの時の使命感に立ち返り、今、お前が本当に為すべきことは何なのかを、内なる自己に問い正すのじゃ!」


 ・・・と、光の声が聞こえてきたのでありました。

 すると、ちょうど、その直後。

 これまで私の「生きがい論」シリーズを世に出してくださっていた、PHP研究所学芸出版部のドン、出版界の鬼と異名をとるエンマ今井部長大王様が、その忠実な懐刀(ふところがたな)として知られるマリオネット大久保氏(PHP文庫編集長)を従えて、遠路はるばる福島の地に降臨なさったのでありました。
 福島市郊外にそびえる、標高1800mを超える吾妻山の中腹、なぜか硫黄の匂いが立ち込める秘密の会合場所で落ち合った我々3名。
 それは、しばしの宴(うたげ)の後のこと・・・エンマ今井大王が、おもむろに、私にこう尋ねてきたのです。


********************

エンマ 「ところで飯田先生、この戦乱の世、人の宿業の深さと情のはかなさを、大いに憂いていらっしゃるのは、よう分かり申した。しかし、まさかこのまま筆を折って、いずれやに隠遁してしまわれるのでは、ありますまいな?」

私 「・・・・・・」

エンマ 「のう、大久保よ。そちは、どう思う?」
 (注: 水戸黄門に出てくる悪代官の顔で)

マリオネット 「はっ、飯田先生がこのまま世をはかなんで、筆を折ってしまわれては、わが国、一億二千万人の飯田先生ファンの読者の皆様のなかに、先生の後を追って、人生を投げ出す者たちが続出してしまうこと、間違いありませぬ。」 (注: 水戸黄門に出てくる、悪代官と癒着した悪徳商人の顔で)

エンマ 「ほほう、やはり、そちもそう確信するか。・・・聞きましたか飯田先生。全世界10億人のファンを代表するこの大久保の、泣き濡れて哀願する姿が、目に入らぬとは言わせませぬぞ!」

私 「・・・・・・し、しかし、大王様・・・今の、この疲れ果て、我が身でさえ救い難き状況の私めに、いったい、世のため人のために、どうせよとおっしゃるのですか? そのような優れた本など、今の我が身に、書けるのでございましょうか?」

エンマ 「書ける。いや、書けるかどうかではなく、書くかどうかの問題なのじゃ。飯田先生には、そのお力が備わっていらっしゃる。このエンマには、わかるのじゃ。この末法の世を正しく導く書をお書きになれるのは、飯田先生をおいて他には、いらっしゃらぬ。先生は、そのお力をお持ちなのじゃ。あとは、先生が、そのお力を発揮しようと思いなさるかどうか、つまり、書く意志をお持ちになるかどうかという問題なのじゃ。」

私 「ふむう・・・」

エンマ 「まだお迷いでいらっしゃるようじゃな? 編集者生活20余年、この百戦錬磨のエンマにかかれば、飯田先生の御心など、お見通しじゃ。かくなる事態においては、視点を変えて考えてみるのが良ろしかろう。そこで飯田先生、もしも、次に何か書くとすれば、いかなる書物を世に問いたいとお思いか?」

私 「むむむ・・・そ、それは・・・読者が求めている本、世の中のニーズに沿った本を出したいというのが、私の常々の願いではありまするが・・・何しろ私めは経営学者ですから、『読者のニーズに応えて、歓迎される本は何か』という、経営学の基本原理を念頭に置いておりまする。その観点から言えば・・・すでに私の著書の読者層が広がり、そのニーズも多様化の一途をたどっておりますため、実は著者の私にも、いったいどのような本を書けば最も広範な読者層から歓迎されるのか、わからなくなってしまっているのでございます。」

エンマ 「そう、そこじゃ! そこに落とし穴があるのじゃ!!」

私 「???」

エンマ 「飯田先生、あなたは、なまじ経営学者でいらっしゃるがゆえに、『読者のニーズに応える商品を作る』という経営学のセオリーに囚われてしまい、『創作家』としての自由な創造性をお忘れになってはいらっしゃらぬか? のう、大久保よ、そちはどう思う?」

マリオネット 「まさに、しかり! 飯田先生、よ〜くお考えくださいまし。飯田先生の読者は、ほかの通俗本の読者とはひと味異なり、飯田先生に『面白い本』を求めていらっしゃるのではございません。飯田先生の読者の皆様は、ただひたすらに、飯田先生の真のお考え、飯田先生の生々しい想い、そのお言葉を、お待ちになっておいでなのです。したがって、飯田先生の場合には、ほかの一般の作家先生とは異なって、『面白い本』を書こうとして読者のニーズに合わせる必要は無いのではありますまいか? おそらく、『今、飯田先生が書きたい本』こそが、飯田先生の読者が真に求めている本なのでございましょう。少なくとも、飯田先生のファンを代表して、私は、飯田先生にしか書けない、飯田先生ならではの、比類なきご著書を、欲しているのでございます。飯田先生が一番書きたい本こそが、まさに読者の求めている本なのではありませぬか?」

エンマ 「うむ、大久保よ、よくぞ申した! まったく、その通りじゃ。・・・飯田先生、このエンマが申し上げたいことも、要するに同じことなのじゃ。経営学者でいらっしゃる飯田先生には、あえてこのように申し上げるが、このエンマにとっては、もはや飯田先生のご著書は、我が社の宝。そう、宝なのでござる。したがって、もはや飯田先生のご著書に至っては、売れるかどうかということは、二の次なのじゃ。もちろん、出版社としては、商品が売れてくれねば困ることは否定せぬが、もはや飯田先生のご著書の場合には、売れるかどうかは二の次にして、我が社の宝として大切にさせていただきたいのじゃ。つまり、飯田先生には、とにかく、『世のため人のためになる、後世に残る優れた人生論』を、我が社から書き続けていただきたいのじゃ。このエンマの目の黒いうちは、生涯、飯田先生のお考えを世に問うためのお手伝いをさせていただきたいのでござる。」

私 「おお! エンマ大王様から、そこまで申していただけるとは、これぞ、作家冥利に尽きるというものでございます。本当に、売り上げなど気にせず、読者のニーズにとらわれることなく、遠慮なく『書きたい本』を書けば良いのでございますか?」

エンマ 「その通りじゃ。もちろん、我輩のほかにも、我が社には、デーモン、サタン、デビルなど、個性豊かな重役の面々が控えておるが、『飯田先生に、類書なき良書を世に問うていただきたい』という点では、紛れもなく見解が一致しておる。それが、我が社を創業してくださった松下幸之助師匠以来の、伝統なのじゃ。良い本を書くこと、それこそが、結果的に、世の中からも広く喜ばれるのじゃ。あの、爆発的ベストセラーとなった第1作、『生きがいの創造』でさえも、正直なところ、当初は誰も売れるとは思わず、実質7000部しか印刷しなかったではないか・・・それが、今では、文庫版を含めると50万部にも至っておる。売れるかどうかは、神の領域に属する問題じゃ。我々出版人にできることは、とにかく、優れた本を生み出していただくことしかないのじゃ。そこでご提案じゃが・・・大久保よ、例のものを、ここへ。」

マリオネット 「ははっ、ただ今。・・・飯田先生、これをご覧くださいまし。」

私 「???」

マリオネット 「先生、この一枚の紙に、我々の望むものを書いてございます。」

私 「・・・な、何と! 『人生論3部作』ですか?!」

マリオネット 「いかにも。飯田先生には、我が社が世に誇れるような素晴らしいご著書を、今後も次々と発表していただきたいのでございます。もちろん、これまでのご著書も、どこに出しても恥ずかしくない名著だと、誇らしく思っておりますが、今度はそれをさらに超える名著シリーズを、世に問うていただきたいのでございます。飯田先生のお力を最も引き出し、飯田先生のお言葉をびっしり詰め込むことができる書・・・それは、『人生論』をおいてほかにはございませぬ!」

エンマ 「あっぱれ、大久保よ! その熱意、しかと見届けたぞ。これでお前も、立派に我輩の後を継げるというものじゃ。・・・のう、飯田先生よ、この大久保の涙目に免じて、『人生論3部作』を、世に問うてはいただけまいか?」

私 「わかり申した! ご両人のご期待にお応えして、後世に残る優れた本を生み出しましょう。恥ずかしながら、私、ようやく目が覚めました。私は、読者のニーズにこだわりすぎて、創作家、アーティストとして自己主張する喜びを、忘れてしまっていたのです。読者のニーズに迎合するのではなく、たとえ多くの読者からは歓迎されなかったとしても、自分が世に問いたいことを真正面からぶつけることの喜びを、再びこの手に取り戻すことにいたしましょう!」

エンマ 「おお、それでこそ、飯田先生じゃ!」

マリオネット 「そう、そのお顔・・・小生が初めて飯田先生にお会いして、『あまり売上げは期待いただけないでしょうが、とっても良い本ですから、ぜひ我が社から出版させていただきましょう』と申し上げた、あの時の使命感あふれる飯田先生のお顔が、5年ぶりに蘇ってきたかのようでございます!」

私 「そうなれば、もう書名まで決まりました。私がずっと、本当に書きたいと思っていた、私の想いを目一杯に詰め込んだ本・・・これまでのように、過去の名著やその道の専門家たちの本から意図的に引用しながら書くのではなく、私自身の生々しい言葉で書き綴るべき本の構想があるのです。」

エンマ 「して、その書名は!?」

私 「その書名は・・・まさに、これ以上ないほどダイレクトな書名、正々堂々、直球勝負の書名です。」

マリオネット 「そ、それは、いったい・・・」

私 「ただ一言・・・『人生の価値』!」

エンマ 「おお、人生論3部作第1弾、『人生の価値』の誕生じゃ! す、素晴らしい!!」

マリオネット 「おお・・・おお・・・」(声にならず、ただ感涙にむせぶ)

エンマ 「よし、それじゃ! 善は急げ、今夏発売じゃ! 大久保よ、そのスケジュールで、原稿の締め切りは?」

マリオネット 「はっ、ゴールデンウイーク明けでござりますっ!」

私 「え”え”〜〜〜っ!!!」

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 ・・・ああ、かくして、新幹線の中で重々打ち合わせてきたのであろう御両人の陰謀にしてやられ、またもや「締め切り地獄」へと落ちてしまった私。



2月14日版

 ふう・・・現在、14日の午前0時すぎ。
 所用があって、ようやく帰宅したところです。

 
めでたく、昨日の早朝7時前に、Eメールの添付ファイルで、「大学で何をどう学ぶか」の原稿をPHPに送ったばかりなのですが・・・果たして、合格点をいただけるのでしょうか??


 ところが、一難去って、また一難。

 実は、先日行った私の担当科目「人事管理論」の試験答案(300数十人が受講)の採点を、明日(木曜日)の夕方5時までに終えて、大学の教務係まで持っていかねばならないのです!
 90分の試験時間で、B4版の解答用紙の表裏両面に、ほとんどの学生がびっしりと解答しており、中には、追加の解答用紙を請求して2枚に渡って書いている学生も、数十名にのぼっています。私の講義は、受講者のほとんどが年間を通じて「全出席」してくれているので、答案の出来も大変良いのです。

 しかし、1名分の答案を読んで採点し、提出名簿に転記して確認するためには、最低5分はかかってしまうので、1時間に10数人分採点するのが精一杯。ということは、300数十人分を採点するとなると、いったい・・・


 
・・・というわけで、本日の更新は、ここまでが限界だということが、おわかりいただけることでしょう。

 
では、これから朝まで、寸暇を惜しんで、採点、頑張りま〜す!



2月9日版

 ああ・・・ど、どうしよう・・・

 本日(9日)の午後6時に、PHP研究所学芸出版部のドン、泣く子も黙る「
エンマ今井部長」大王様が、その忠実な操り人形として有名なPHP文庫編集長の「マリオネット大久保」氏を引き連れて、福島駅に降臨なさるのです。もちろん、目的は、私の手から、新刊の完成原稿をもぎ取ることに他なりません。
 本当は、先月末が締め切りだったのですが、なんだかんだとヤボな用事が入ったり、締め切りを延ばしていただくことに成功した瞬間から、妙に「
まったり」した気分になって気合が入らなかったりして、とうとうこの日がやって来てしまいました。

 し、しかし・・・

 「だいたい10万字前後・・・そうですねぇ、400字詰め原稿用紙に換算して、
最低200枚から最高250枚くらいにしてください。今回はあんまり厚い本にはしたくありませんが、さすがに200枚以下では、本としての体裁が整いませんからね」と、マリオネット大久保氏の執筆条件でしたが・・・

 まだ、実は、
150枚少々しか書けていないんです!!

 かくなるうえは、あの手この手で泣き落として、「連休明けまで」にでも、締め切りを延ばしていただくしかありません。しかし、すでに、あの手もこの手も、かつて使ってしまったし・・・

 本日午後6時に、待ち合わせ場所である福島***ホテルのロビーで、土下座して
哀願する私の涙声と、私をどつき回すエンマ大王の怒号と、私に浴びせるマリオネット大久保氏の罵声が、三つ巴となって響き渡ることでしょう。

 ああ、私の運命やいかに??



1月24日版

 いまだに、1月6日に行った「敗北宣言」への反響がたくさん届いています。皆さん、本当に優しい激励のお言葉をくださるので、ただただ有難く拝読するばかりです。内容は、前回更新までにご紹介したものとほとんど重複しますので、ここでご紹介するのは避けさせていただきますが、とにかく私から申し上げられるのは、「応援ありがとうございます!」のひと言です。なかでも、「今回の宣言は、1冊の著書にも匹敵する貴重なものでした」というお言葉には、たいへん救われました。

 し、しかし・・・ただ1点だけ、何人もの方々から、「先生、人にお金を貸しちゃダメですよ」という、有難いお叱りをいただきました。そうおっしゃるお気持ちは、大変よくわかります。私も、他人にはそう戒めるのですが・・・
 でも、でもですよ! (と、突如として語気を強める私) 私だって、それは重々承知のうえで、しかし、それぞれよほどの事情があってお貸ししたものばかりなのです。

 たとえば、すでに当事者が母国に帰国したので時効になったものを公開すると・・・以下のような事例を想定してみてください。


 私の知り合いに、東南アジアの発展途上国から留学してきた、ある女性がいたとします。その女性は、日本で日本語と日本的経営について学ぼうとする留学生であると同時に、3人の小さな子供の母親であるとします。そして、同じ国の人であるご主人(日本語はカタコト)とお子さんたちと一緒に、福島にやってきたとします。そのご家族の夢は、日本で学んだことを母国で生かして、事業を起こして成功させ、同時に、日本で学んだ経営学を母国に広めることであるとします。奥様の方が頭脳明晰なので勉学に専念し、ご主人は福島のアジア料理屋でコックのアルバイトをするなどして、家族5人のつつましい生計を支えているとします。ご主人は、酒も飲まずギャンブルもしない敬虔なイスラム教徒で、家族を養うだけのために懸命に働いているとします。その家族5人の1か月分の生活費は、日本人の大学生が1人生活する費用よりも少ないとします。奥様は、勉強をするための本代にも困っており、私がいくつかの奨学金の推薦状を書いてあげて、何とか最低限の勉学費を確保しているという状態だとします。
 さて、彼女の一家が福島にやってきてから数ヶ月が経ち、秋がやってきたとします。実は、3人のお子様のうち2人は保育園児なのですが、福島には外国人の子どもを預かってくれる保育園がわずかしかなく、彼女一家が住んでいた格安の留学生専用住居からいちばん近い保育園でも、距離にして3キロ以上になり、バス路線がなく、自転車で20分かかるとします。これから寒い冬が来て、福島ではかなりの雪が降るのですが、彼女一家は「雪」というものを見たこともなく、雪国の生活など全く想像もつかない状態だとします。そして、そんなある日、彼女と私との間で、このような会話があったとします。

「これから雪が積もる季節になるけど、子供たちはどうやって通園させるの?」
「つうえん?」
「子供を、保育園に連れて行くことだよ。」
「ああ、わかりました・・・でも、雪、降っても、自転車しかない。」
「ええっ! でも、冬になると、一日中気温がゼロより下のままの日が続いたり、雪が何十センチも積もったり、冷たい風が吹き荒れるんだよ。そういう中を、毎日朝早くから、小さな子供2人を乗せて、自転車で3キロも通園させるつもりなのか?」
「でも、そうするしかない。がんばる。」
「がんばるったって、そりゃ無茶だよ。雪が降ったり突風が吹いたりして、傘なんかさせないんだし、雪道や凍りついた道で自転車に乗るのは、とっても危ないんだ。子供を2人も乗せて、転んで大ケガをするぞ!」
「でも、しかたない。」
「車は運転できるの?」
「できる。でも高くて買えない。」
「だけど、何とかして買わなきゃ。車でなければ、通園は無理だ。福島の冬は、自転車じゃ絶対に無理だよ。」
「でも、そんなお金ない。」

 彼女一家は社会的信用がないのでローンは組めず、銀行も金融業者もお金を貸してはくれません。それでも、刻一刻と、冬は近づいているのです。
 ・・・かくして、彼女一家にお金を貸してあげることのできる、この世でただひとりの人間、つまり私が、中古車センターで数十万円の車を買い、スタッドレスタイヤを履かせて、冬を乗り切るための道具一式をそろえてやることになるのです。彼女のためというよりも、彼女の幼い子供たちの命を、厳しい冬から守ってやるために。

 もちろん、彼女は泣いて感謝してくれ、「毎月1万円ずつ先生に返す」と申し出てくれたとします。しかし、彼女一家の厳しい生活を知っており、さらに車の維持費がかかることを理解している私は、そんな約束が守られるとは思っていないとします。そして実際に、彼女から、「今月は払えない。ごめんなさい」と謝られることが続くとします。そこで私の方から、「お金を返してくれるのは、いつか生活に余裕が出てきた時でいいから」と、申し出ることになったとします。けれども、彼女の生活に余裕など生じるはずがありません。
 そのまま2年間が過ぎ、帰国の時期が近づいたとします。ところが、彼女一家は、帰国するための航空券も買えないほど、お金に困っているとします。そこで私は、「あの車はいらなくなるのだから、中古車屋さんに売って、航空券を買いなさい。余ったお金は、持って行きなさい」と申し出るしかなくなったとします。彼女は一度は辞退しますが、私は、「これは君にあげるんじゃなくて、君の子供たちにあげるんだから、受け取りなさい(for your children !!)」と強調したとします。彼女は、「いつか母国で成功したら、必ず先生にお返しします」と言い残して、帰国したとします。

 ・・・このようにして、読者の皆様からいただいた貴重な著作権料が、あっという間に、どんどん消えていったというわけです。いや、消えてしまったのではなく、「いったん私の手元に集めたうえで、渡すべきところに配分した」わけですから、単に、「世の中からお預かりしたお金を、付加価値をつけて、世の中に還元した」ということにほかなりません。どれもこれも、上記の事例に負けず劣らず、私には選択の余地がなかったものばかりなのです。だからこそ、「反省すれども後悔せず」(自分の未熟さ、甘さを反省はしているが、動機と結果については後悔していない)というわけです。

 それでも、あなたは私に、「ほとんど他人同然の人にお金なんか貸したら、かえって相手を甘やかすことになるだけだから、やめなさい」とか、「本当に相手の成長を願うのであれば、お金など貸さないで苦労させる方が良いのだ」などと、おっしゃいますか? それこそ、机上の空論だとしか言えません。
 これは理屈ではなく、目の前の現実の問題なのです。ただ「お金が無くて車が買えない」という事情だけのために、真冬の早朝、肌を切るような寒風の中、吹きつける雪にまみれた顔で3キロの道をトボトボ歩く、遠く東南アジアから来た母子3人の姿を、まぶたに思い浮かべてみてください。そして今現在、幸いなことに、自分の手には、その母子を救えるだけのお金があるとしたら・・・きっとあなたも、後のことなど考えずに、「どうぞお使いください」と、差し出す気持ちになることでしょう。あなたが、この世に人として生まれてきた理由を、すっかり忘れ去っていらっしゃらない限りは・・・

 ここで、私の「愛の論理」をお持ちの方は、ぜひ、121ページの最後から122ページの5行目までを、開いてみてください。ここに、なぜ私が「方法論的敗北」(つまり経営破たん)してしまったのかという理由、そしてそれは「方法論的な敗北ではあっても、むしろポリシー(主義)的には真の勝利なのだ」ということの根拠が、書かれているからです。書いたからには、まず自らが実践していなければなりません。


 ・・・ごめんなさい。こんなこと、人にお話すべきことではないと思い、これまでは書かないでおいたのですが、「人にお金を貸しちゃダメですよ」と(もちろん私へのご好意で)おっしゃる方が少なくないので、仕方なく、最低限だけ書かせていただきました。


 おっと、こんなことで時間を費やしている暇はありません。
 今夜もこれから、執筆、執筆・・・



1月18日版

 前々回更新で行った「敗北宣言」以降、ますますたくさんのご連絡をいただいています。
 まずは、それらの中から、代表的なご意見をご紹介しましょう。

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飯田君へ
日本列島極寒の日々が続きいかがお過ごしでしょうか?
さて、先般の敗北宣言ですが、いつかその日が来ると思っていましたが、おおいに歓迎です。貴君の真のねらいは、貴君個人を信奉するのでなく、一本のキャンドルから灯が灯りそれが広がる(つまり生きがい論が広がり、全ての人々が生きがいを持って充実した日々を過ごし、人生に生きる意味を見出す−それは貴君個人の発信から影響を受けた人の相互ネットワーク、そしてその影響を受けた人が別の灯火となって、蝋燭の灯火が広がっていく=生きがい論の広まり)事を目的としていると思われます。(極論すれば貴君個人が不在でもこの生きがい論が世の中に広まっていく状態になることを指していると思われます)。

そういう意味で、敗北宣言は大いに歓迎ですし、人が一人でやることはどうしても限界(物資界では)があります。1日も24時間しかなく30時間、40時間あるわけではありません(現代の科学の域において)。生きがい論をリードしていくことも大事ですが、貴君個人として家族との日々を大切にして生活することや大学の経営学を通して社会に貢献していくことも非常に大切だと思います。

ちなみに私としては、生きがい論の飯田君がいなくなってしまうことよりも、友人としての飯田君がいなくなってしまうことの方がすごく寂しく思えます。ですから体は大事にして下さい。
例え敗北宣言をしても、飯田君は飯田君なのですし、生きがい論の灯火は確実に広がりを見せていると思います。これからも陰ながら応援しています。講演会の日程が今後も続々入っておりましたがあまり無理はなさらないで下さい。くれぐれもご自愛下さい。


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飯田先生、
**大学の**です。先週HPを見てショックを受けつつ、同時に少し安堵感の入り混じった思いがしました。先生の様子は、極言すると「死ぬまでの残り時間がもうあまりないのでは」と誰もが思ってしまうほどのお仕事ぶりでしたので、御健康や御家族についても時折危惧しておりました。
先生のこれまでの「生きがい」関係のお仕事に対して、金銭上の問題と、宗教組織発展への懸念を一切断ち切った潔い態度にはずっと敬服しておりました。先生が多くの人々の共感を結果として勝ち得られたのもこの毅然とした態度によるものが大きいと思います。しかしながら現実にはそのような態度で活動を続けるのは無理があったのですね。

自分に何かできることはと考えネット上で書き込みやメールできるところに、「生きがい」関係研究者に科研費を支給できる「生きがい学会財団」(仮称)を設立したらと提案してみました。弁護士と財務能力のある人がボランティアしてくれてお金も寄付という甘っちょろい考えなのですが。しかし先生が教祖にもならず、金銭収集の組織も作らずにその他大勢の研究者とともに一研究者としての先生の活動をサポートするにはこれが私のあまり良くない脳で考えたベストです。このような社会的な動きを作り出すにはネットは最適なのですが、いかんせんこのようなトピックを議論する場がなかなか見つからない状態です。どこかご紹介いただけませんでしょうか。これは「サプライズパーティー」の計画を本人に相談しているようなもので情けないことなのですが。
とにかく先生には、常人が数回分の人生でする仕事を今生一回でなさってきたのですから、ご無理なさらないように少し休息をなさってください。わたしは先生を応援しております。


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1/6敗北宣言を見て、かなりのショックを受けました。

まだ信じられない自分、ここまで正直に書かなくてもいいのにと思う自分が現われた後、そんなことにも気付かなかった自分を責める自分が現われました。
それに比べて、妻はドッシリしており、
「あらまあ〜 飯田先生、健康・家庭をぎせいにして、一生懸命されてたから、神様が、しばらくお休みしていいよってことじゃないのかなあ。本当にお疲れ様、よく頑張ったねって感じよね。奥さん・子供さんは、一緒にいる時間が増えて、しばらくは嬉しいでしょうね。だけど、奥さんも本当に偉いわね〜。やりくり大変だったと思うわ。」
と、どこ吹く風。
しかし、昨日、妻がハガキを後ろ手で隠しながら、ニコニコして、「パパ、うれしいハガキがきてるわよ。またお会いしましょうって。」と言いながら、僕に差出し、見せてくれました。
先生の直筆、本当にうれしかった。ありがとうございます。勇気100倍、幸せ出現!
誠に畏しきは、妻という存在です。どうも彼女の手の平で遊ばされているようです。
まあ、それもいいなあ〜って、思ってます。
その直後、1/13のHPをクリックして、さらにパワーアップ、幸せいっぱい、愛いっぱい!
多くの人が、僕の言いたいことを全部含めて、又それ以上に、先生を励ましてくれていることに、感激!感動!!!
「お元気でよかった。」との一言に尽きます。それだけでいいです。それだけで。

これから、いろいろ楽しいことがありそうですね。


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飯田先生、先日は快く講演をお引き受けくださりありがとうございました。
なんとなく気になって、今日久しぶりにホームページを読みました。
「敗北宣言」の「その後」から読んだもので、先生の現状の大変さに申しわけなさを感じる一方で、なにやら不思議におかしくなってしまいました(ごめんなさい)。
これまでも活動をお聞きするにつけ、バーンアウトになるのではと心配しておりましたので、その点では安堵しましたし、「生きがい論」をおやめになるつもりがないと伺い更に充実した活動をされることと安心しました。
当地では先生の講演会の予定を話すると、予期しなかったほどたくさんの人たちが先生の著書を読んでいることに驚いています。また、精神障害者の家族の方の中には、この世に生まれてきたことの意味をお話すると、「私ががんばる意味がわかってくれましたか」と涙を流した方も。
人が生きていく上で、自分に意味を持つことはとても大事だと思います。私自身、世間に通用すると思われる肩書きを持ち、他人は充実した人生と思っているようですが、しばしば空虚さに襲われ、終末期の「対象の喪失」はこんなものかと思ったり・・・「人生は勉強の場」だとに納得させられます。
そんな時は先立った夫に語りかけたり、先生の著書を枕もとに置くことにしています。先生はたくさんの方の心の支えになっていらっしゃるんですよ。
どうぞご自分を大事になさってください。無理はなさらないでください。
今日はこの冬一番の寒波とか。お元気でお過ごしください。


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 6日、14日付けホームページ拝見しました。「生きがいの創造」を発刊されてから今日に至るまで、どのようなお考えで研究し、社会貢献活動を続けてこられていたのか、痛いほどわかります。
 組織を持たない方が良い、というお考え、確かにそうなのかなと思う反面、組織を持たずに飯田先生の体がボロボロになってしまったのでは、もともこもない。生きがい論に共感する輪の中で、専門スタッフを配置してもいいのではとも思うのです。この間、公立大学の教官で、個人的に秘書を雇っている方にお会いしましたが、そういう方法もあるのですね。
 もっとも、そういうことは、飯田先生としては、十分承知の上で、なおかつ、組織化することの弊害をお考えの上で、やられてきたことであるのだろうと思っています。

 しかし、ボランティアでも、NPOという組織化が市民権をもってきている今日、ボランティア組織の観点から、ネットワーク型の組織化ができないか、思案もするところです。当然、ボランティア組織も、階層(専門スタッフとボランティア、役員と会員等)が生じるでしょうし、そうなれば、飯田先生が危惧する上下の関係、権力関係が発生することにもなるでしょう。こうした組織の影の部分を飯田先生は危惧されていることと思います。危惧が現実にならないためには、初めから組織化しなければいいのですが、しかしそうはいっても、活動の継続のためには、なんらかのスタッフが必要でもあります。「共感の輪」の中から、ごく自然に活動を支えるスタッフが誕生しても、なんら不思議ではない・・・・・。そうしたスタッフに支えられての活動になるなら、組織の影の部分を最小限に抑えることができやしないか、とも考えます。・・・・せめて、飯田先生の体がボロボロになるのを防ぐスタッフの存在は、不可欠でもあるとも思っています。


 おそらく、こんなことは、重々ご承知の上で、なおかつ、今回のような決断をされていたのだと感じています。この(組織化を許否し、ありのままをホームページに公開するという)決断は、常人(普通の人)にはできないことです。誠に、誠実に、真剣に生きている人にしか、できない仕業だと感じます。その点で、今回もまた、深く感銘を受けながら、ホームページを拝読させていただいていました!
 寒い日が続いています。どうぞ、くれぐれもお体に注意されて、研究と社会活動に邁進していただけたらと思います。(そして、この機会に、ぜひ、たっぷりの休息をお取り下さい!) 


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今夕は、お電話有り難う御座いました。
突然のことで本当に驚きました。終わった後、二人で抱き合い、飛び上がった次第です。
強制的に大安吉日にしてしまった私達は、ビールで乾杯し、祝い酒に酔った夫はすでに、大いびきです。
お電話で少し、お話しさせていただき、お元気なご様子で、本当にホッとしております。

今夕のテレビで、(バチスタ手術という難しい手術をする心臓外科医の番組でした)その手術を受けられた患者さんは、術前はハードな勤務をされてた様ですが、術後は残業も、宴会も出来なくなり、帰宅も今までより早くなったけれど、二人の娘さんと家族みんなで夕食をとることが出来るようになり、今まで見えてなかったことを見ることが出来、感じることが出来、とても充実し幸せをかみしめているとのことでした、、、、、、、先生が、お元気で本当に良かった!

北海道新聞の”いずみ”という欄に載っていたものです。 
「お母さん、ソウルメイトって知ってる? 自分の身辺にいる人って、生まれ変わってもそばにいるんだって。僕また、お母さんの子供になりたいな」 「あんたみたいにいうことをきかない子なんてイヤだよ」 小学六年生の長男が突然この世を去って、もう四十九日。数ヶ月前に交わした話しがよみがえります。小さい頃、ハイと言う代わりにイヤ、と返事していた。小学生になってからは、親が着せようとする服は全然着てくれなかった。だけど十一歳になったあなたは私の言いつけを覚えていてくれて、優しく思いやりのある人間に育っていたんだね。お参りに来てくださる六年一組のお友達や先生の話を聞くとよくわかります。今はまだ、何を聞いても、何を見てもあなたを思いだしてしまいます。和食が好きで「日本人は日本食を食べるのが一番」と言うと、「だったら僕、長生きするね」。ピアノやバイオリンの曲を聞くのが好きでした。字を書くのが得意で、弟にいつも漢字を教えてくれました。 この十一年、あなたは沢山の幸せをくれました。お母さんね、あなたに伝えたいことがあります。「私のもとに生まれてくれてありがとう。生まれ変わったらやっぱりあなたを育ててみたいよ。大人になるまで」  笑ったお母さんの顔が好きってあなたが言ってたから、お母さん、時々大泣きしたりするけれど、いつも笑って生きていきます。(43歳の公務員の女性から)
 という文章が、北海道新聞の投書欄に載っていました。
ソウルメイトなどの言葉が出てきて、とても嬉しくなってしまいました。私が広めたわけではないのですが、単純なものです。今後も少しでも「生きがい論」を広めていきたいと考えています。
    
こちらへいらした時はどうぞ、ホテル代わりに、我が家を利用してくださいね。
それではこれで失礼致します


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飯田史彦 様

初めてメールをお送りさせていただきます。
昨年の初夏にお手紙を差し上げ、その後、飯田先生からお手紙をいただいたときには本当に嬉しく、信じられない気持ちでした。ラブレター(?! 気持ちだけは「少女」のつもりなので・・・)のように、その文面をコピーして持ち歩いては励まされていました。

お返事をいただいたとき、お忙しいなかで、一人一人に思いを馳せてくださっていることに感動し、ひとつひとつの小さなことに誠実に対応していくということが実はどんなに時間がかかり大変なことであるかを知っている(つもりの)身として、自分を振り返り学ばせていただいたように思います。心より感謝申し上げます。

安易な気持ちでメールをお送りしたら、「メール一通も積もれば・・・」の通り飯田先生のお時間を割いてしまうとの思いから、よっぽどのことがなければメールを出さないつもりでしたが、とうとう禁断の画面を開いてしまいました。「敗北宣言」に心揺さぶられたからです。

・・・といっても、自分の思いをどのように書いたらよいのか逡巡し、いろいろなことを考えさせられ、メールを出せないまま今日にいたりました。でも、今日の続報を読んで、私たち一人一人が「心を揺さぶられ考えさせられる」という体験が自分の気づきにとって、たいせつなことであったのだとわかりました。

飯田先生がこれまでに発信してくださった「愛」とメッセージに対して、それを享受するだけでなく、「愛」を十分に受け取った自分たち自身が今度は輝き、光を発する道を真剣に見出していかなくては・・・。親から愛情を受けた子どもが、やがて親の真の姿、(自分と同様に人生を苦しみながら創造し生きている存在として)を認識し、自立していく過程と似ていますね。なかなか、自立できない自分ではありますが・・・(努力しつづけます)

私の好きな教育者でありシスターである「渡辺和子」さんという方の講演で、次のような言葉がありました。(もしかしたら、聖書のなかにあるのかもしれません。)
「あなたが灯した一本の蝋燭の炎は、決して消えることはない。なぜなら、その蝋燭の 灯は次の蝋燭、また次の蝋燭へと絶えることなく引き継がれ、広がっていくからだ。」
ありふれた言葉かもしれませんが、「敗北宣言」を読んだとき、このことが頭に浮かびました。蝋燭の光がどれだけ世界を明るく照らすことができるかは、私たち一人一人の炎の輝きにかかっているのですね。
わたしたちの心に光を灯してくれた飯田先生の志と活動に敬意を込めて心よりお礼を申し上げます。

もちろん、これからも飯田先生の「生きがい論」を応援していきます!
「今後の動向」ページで、新刊の発表をなさっていたこと、見逃さなかったんですよ!!

どうぞ、今はお身体を癒してあげてください。微力ながらお祈りしています。

なお、お返事は結構ですので、どうぞお気遣いなくお願いします。
いずれ、今年中には最愛のパートナー出現を飯田先生にご報告すると決めておりますので、めでたくご報告いたしましたときには祝ってやってくださいね!

こころはいつでも飯田先生と一緒にいます。


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 ・・・いかがですか?
 ホームページを更新するたびに、ますます読者の皆様が、それぞれの視点から思索を深めてくださっていることがわかりますよね。このHPを通じて、読者の皆様が相互に影響・反応し合い、いつまでも消えることのないキャンドルになっていただければ、それこそが私の意図するところです。何しろ、私ひとりの力では、この物質世界では様々な限界があるのですから。

 もちろん私も、これまでのような思い通りの活動はできなくなりましたが、その分だけ、ますます効率的に研ぎ澄ました活動に集中して、私にしかできない役割を果たしていきたいと思います。そう、読者の皆様にお任せできることはどんどんお任せして、私は、自分にしかできないことに専念させていただくのです。

 たとえば、昨日、ある裁判所の調査官の方から、次のようなお手紙をいただきました。「最近はスピード違反でつかまったこともないし・・・」(実は数年前に、それまで10年間無事故無検挙でゴールド優良ドライバーだった私も、ついに北海道の真狩村を時速82キロで走っていて御用となり、32キロオーバーで一発免停になってしまったことがあるのです)と、ちょっぴりドキドキしながら開封した私でしたが・・・

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時下、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
 研究室への電話がなかなか繋がりませんので、不躾ながら書面にて取りあえず連絡をさせていただきます。

 私どもの研修会で講演していただけないでしょうか。家庭裁判所調査官**名の研修ですが、調査官は離婚などの家庭紛争や少年非行の調査を主な仕事としています。社会の複雑化とともに、家庭裁判所で扱う事件も理解の困難なケースが増えてきている状況があります。根っこにあるのは、愛の問題であろうかと思いますが、その理解に苦慮しております。
 今回、私どもは、そのような背景から、先生のご著書である「愛の論理」のなかの愛の理論に興味を持った次第です。

 お願いする日時ですが、*******、1時間20分から2時間程度、場所は**家庭裁判所です。ご都合の程は、いかがでしょうか。ご連絡を戴ければ幸いです。今回が駄目でしたら、次回の研修会に再度お願いしたいと考えております。


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 ・・・ということでした。(呼び出し状ではなかったので、ほっと胸をなでおろした私です)
 もちろん、何とかスケジュール調整をして、おうかがいしたいと思います。なぜなら、明らかに私にしかできない講演であり、しかも私が調査官の方々に灯す火が、調査官の方々の価値あるお仕事を通じて、どんどん拡がっていくことが確実だからです。以前にも、刑務所から講演依頼をいただいたことがありましたが、今回も、それに勝るとも劣らない価値を持っていると言えるでしょう。

 これからも、私にしかできない活動を、着実に続けていきますので、どうか応援してくださいね!

 でも、最近は私がよく自宅にいて遊んでやるため、娘がとっても嬉しそうなんです。疲れ切っていた私の身体も、ずいぶん元気になり、長距離移動で慢性化していた背中と腰の痛みもなくなりました。本日はこれから学会の委員会出席のため上京しますが、この体調ならば楽勝です。ついでに、秋葉原のパソコンショップを回って・・・(などと、すぐに寸暇を惜しんで何かしたがる私です)
 ワーカホリック(いつも何か仕事をしていないと落ち着かない病的性格)の私は、このまま「なまけ病」が身についてしまわないかと心配ですが・・・(え? 「のんびりする」ことと「なまける」ことは違うのだから、しばらくは堂々と「のんびり」しなさいって?)



1月13日版

 
前回更新の「敗北宣言」、深い深い意図があって書いたものですが、私の思惑通りに、各方面から反響がありました。
 まず学んだことは・・・自分が敗北した時に、どの人がどのような言葉をかけてくださるかによって、その人が自分をどのような目で見ていたのかが、わかってきますよね。自分の味方だと思っていた人が、罵詈雑言を浴びせて去って行ったり、その逆に、これまで自分を攻撃していた人が、一転して「あなたのことがようやく理解できた。これまで誤解していて悪かった」と謝ってくださったり・・・。

 たとえば、これまで大いに私を支援してくださっていた(かのように見えていた)人なのに、「敗北宣言」を読んで、「あなたはバカだ。頭が****としか思えない。あんな恥ずかしいことを馬鹿正直に書くなんて、あなたのすることは、私には理解できない。あんなことは公開しないで、だまっておけば良いではないか。私は医者だからわかるが、あなたは精神病だ。医者に行って診てもらった方が良い」と、このままの口調で受話器の向こうから「事実上の絶縁」を宣言なさった人も。
 このような人(ある新興宗教の熱心な信者さんで医師)にとっては、「連戦連勝をしている飯田」(少なくともそのイメージを持っている飯田)でなければ意味が無く、利用価値もないのです。せっかくこれまで「良いイメージ」(?)を持っていたのに、それをあっさりと手放すような「敗北宣言」をする私の「恥ずかしい、愚かな行為」が、全く理解できないのでしょう。そのようなことをされると、私の利用価値が下がるからです。このような、やたらとプライドが高く、常に勝ち馬に乗りたいタイプの人にとっては、私は「病気」だということになるのでしょう。(実際には、これよりひどいことも言われましたが、とてもここには書けません・・・真正面から「バカ」「病気」と言われた時には驚きました。私の著書を否定する人々の中にさえも、そのようなひどい言葉を本人に直接投げつける人はいませんので・・・いつも虚勢を張って、自分を飾り立てて生きている人には、「馬鹿正直」な方法というものが理解できないのでしょう。このような人には説明しても仕方がないので、だまって言いなりになっておりました。皆さんにも、似たような経験がおありになるのでは?)

 しかし、一方では、たいへん多くの方々から、とっても温かいお言葉・お手紙・Eメールを、たくさんいただきました。「おお、わかってくださっているな」と、涙ながらに拝読させていただきました。
 みなさん、基本的には、ほとんど同じことをおっしゃってくださっていますので、以下に、代表的なものをご紹介させていただきます。


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拝啓 
先生、お元気でいらっしゃいますか!?
先生、どうしていらっしゃるだろうか・・・!? メールを送ろうかなあ・・・と思っていたところ、今日の先生のHP読みました。
 
先生には本当にありがとうございます、と本当にお疲れ様でした、という感謝の念にたえません。
 
私には先生の心中は察しかねますが、私は先生のHPを読んだ時に、「本当にその方が先生には良いのだ」と思えてなりませんでした。と言うのも、先生の(特に最近の)心身の疲れがピークに達しているように思っていましたので、先生の「健康」が非常に気がかりでした。それで、逆に私は「ホッ」と安心しているところです。(ごめんなさい! でも心底そう思うのです。)先生は先生のできる限りの事、それ以上の事をした、と誰もが知っているはずだと私は思います。
 
「太く短い人生でいい」とおっしゃる先生ですが、私はやっぱり先生に少しでも長生きしてほしいのです。
 
また、先生から何冊もの本やビデオをエアメールやエクスプレスメールで送って頂いた私は本当に感謝の念にたえませんが、今日のHPを読んで、私が先生の好意に甘えてしまい、本当に申し訳なかった・・・と反省しています。
 
とにかく、これからも先生のご健勝、ご活躍をお祈り申し上げます。そして、どうか今は疲れた心身をゆっくり休めて下さい。(と言っても先生はずっとこれから先も「超ご多忙」が続くかと思うのですが・・・。)
 
先生の事はこのアメリカからいつも応援しています!!どうかお身体に気をつけて、お元気でお過し下さい。

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飯田先生へ

ホームページ拝見しました。先生に私の考えをうまく伝えられるか不安ですがメールを送ることにしました。
正直に言って私はほっとしました。今まで通りの活動を続けていかれたら先生のお身体がまいってしまっていたでしょう。先生泣くことはありません。お身体をだいじにしていつまでも私たちに希望を与えてくださることの方がだいじです。
元気で働けばお金はなんとかなります。(そう言うと、いつも長男に、借金残すなよと言われますが)  これからはご家族と過ごす時間が増えるではありませんか。悲しいことがあれば、必ず楽しいことがあります。人の幸せはみんな平等のはずですから。こういうのを、釈迦に説法というのでしょうか?
 先生に親近感をますます持ってしまった私です。それではまた。

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飯田先生

HP見ました。 暮れのメッセージで、「宿泊費を節約するため、車で寝ている」とあったので、「えっ?」と思ったのですが、そんなに大変な状況だったとは知りませんでした。

わたしも、「できるだけ良いものを安く、気に入ってくださるかたには、わけへだてなく」と、もうけを考えず、仕事に自費を投入して続けた結果、破たんしてしまい、貯金もありません。お金のことだけをかんがえたら、絶対やらないようなことをやっていたのです。
先生の活動をわたしなんかと比べては申し訳ないのですが、少し似てるなあ、と思いました。こうすれば安定する(世間的には)という方法がわかっていても、それができないんですよね。 でも、それは、先生のおっしゃるとおり、「魂の問題」なので、ひとにどう言われても、どうしようもないことなのですよね。

わたしが資産家だったら、1千万円くらいポンと融資して、事務所設立に協力したいところです。でも、きっと、それに似たようなことが起こるような気がします。今までのやり方はあまりにも辛すぎです。どんな方法かはわかりませんが、きっと、もっと楽に「生きがい論」の活動ができるようになると思います。 なぜなら、それは、世の中と、人のために「必要」な活動だからです。
こうでもしないと、先生はやり方をかえないので、(ほんとうに倒れて動けなくなるまでやりそうです)神様が「ちょっと立ち止まって考えてごらん」とおっしゃっているのだと思います。 
それと、読者側の意識も変わると思います。「先生も一人の人間なんだ。」と認識して、先生を信仰(特別視)するのではなく、「生きがい論」を杖に、自分の中に答えを見い出していけるようになるといいな、と思います。

かくいうわたしも、先生に励まされて、くじけそうになるところを何度も助けていただいていますので、えらそうなことはいえませんが。

活動が縮小される間は、御家族と過ごされる時間を増やして、くつろがれたら良いと思います。

これからも、ずっと、いっぱい応援しています。一緒にがんばりましょうね!

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明けましておめでとうございます。
**県**市の****です。ご無沙汰しております(300000人目でお話券をいただいた者です。)
とてもお忙しそうなので、メールを差し上げたりするのを控えておりましたが、HPの敗北宣言なるものを拝見し、どうにかしなければ、と、これを書いております。
と言いつつ、私も協栄生命の破綻に苦しむ(?)しがない教員なので、飯田先生のパトロンになるわけにはいかないし・・・・・・・・
そこで、次の3つのプランをたてました。

1案 飯田史彦ファン倶楽部(飯田先生のきらいな「団体」です!)を作り、会費を集め、それで宝くじを買い、3億円を当てて、先生の活動費としてもらう。

2案 飯田先生のファンで、ひとり10冊くらいずつ各著書を買い、印税をとりあえずは受け取ってもらう。飯田先生の個人使用分として、10冊のうち何冊かは福島大学に送っておく。そして、みんなでPHPに飯田先生の印税率をアップするようにお願いの手紙・メールを送る。(飯田注:これは無理ですよ!)

3案 ちょっといろいろの活動は一休みして、また先のことは、後で考える。 

ということで、いかがでしょうか?
お返事はいりません。また、何かお手伝いできることがあれば、お知らせ下さい。
では!!!

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飯田先生へ

新世紀、あけましておめでとうございます。
今世紀もよろしくお願いします。

HP拝見しました。
二人の私がいろんな意見をいっていました。
ずっと考えていました。
プリントアウトして、何度も読みかえししました。
先生のお気持ちを考えると涙がでてきました。

初めに読んだ時、ちよっとびっくりしました。「生きがい論の研究をやめて、唯物論者になる!」なんて言われるのかと思って、ドキッとしちゃいました。
1人の自分が、「うそでしょう・・・飯田先生そんなこと言わないで、もう少し、なんとか続けてくださーい。軍資金は、先生のためのチャリティー講演会でもやって・・・先生が頑張っている姿を見て、ぐうたらな私も頑張る気になっているんだから・・・先生やめないでーーーー。」って、飯田先生の足元にすがって泣いている私。

でも、冷静になって考えてみると、もう1人の自分は、「飯田先生、20世紀は、本当に、本当にお疲れ様でした。軍資金がなくなったということは、もう、その必要がなくなったということで、今までの研究でじゅうぶんです。ボランティアもそのへんにして、今度は、違った形で生きがい論を展開させていきましょう。」
と、すこし安心している私。

先生の体の事などを考えると、後者の自分になりました。

キャンドルの火は小さくなってしまったかも知れませんが、あっちこっちに灯っているではないですか・・・
私のところにも確実に灯っていますよ。たしかに、活字離れは感じます。さまざまなところで・・・文章を渡しても、それだけでは通じないんです。もういちど、口で言わないと理解してもらえないのが、現状です。
掲示物や、手紙、さまざまなお知らせなども・・・でも、大丈夫です。今の子供達、本が好きな子が多いです。
それにですね、昨日また、図書館で見つけたんです。「生きる意味の探究」です。数カ月前まで近所の図書館には飯田先生の本が1冊もありませんでした。リクエストして、1冊ずつ入れてもらっているんですが、「愛の論理」も「生きる意味の探究」も、私のリクエストではありません。私以外のどなたかが、図書館にリクエストして買ってもらったものです。私の「生きがいの本質」もいろんなところを回っているようで、いつも手元にありません。戻ってこないので、何度も買い替えました。回し読みしているので、いけませんね・・・今度から、買ってもらいましょう。

飯田先生のようなかたなら、きっといろんな方法で軍資金を稼ぐということは可能だと思います。マスコミを利用して・・でも、それは少し違いますよね。飯田先生は、飯田先生のままでいてくださるようで、安心しました。

私も、私のできる範囲で、自称「生きがい論推進委員」としてキャンドルの火をいろいろなところにつけていきます。そして、そのうちこのキャンドルの火で、輝かしい21世紀を実感しましょう。
先生も今度は、自分のために生きて、幸せになってください。「一寸先は光」これって、今年の書き初めにいいですね。

飯田先生、本当にお疲れ様でした。
まだまだ、応援は続けますので、ますますの、いや、細々とかな? 御活躍を!!

いつまでも、いつでも一緒。

では、また。

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明けましておめでとうございます。
 
MAILを読む作業も大変でしょうと思い、昼間からどうしようかと迷っていました。
結局こうしてタイプしてしまっています。お許し下さい。
 
本日のメッセージ読ませて戴きました。
辛いけど、気持ちの良い敗北宣言。
ショックでもあり、そうでしょうとも思い…また、先手を打たれてしまったとも思いました。

なけなしのお金と言っても本の少額ですがカンパできないだろうかと思っていましたら先生から「ご自身やご家族のためにお使い下さい」と、先に言われてしまった…
そうですねぇ、わたしたちの少額のカンパではどうにもなりませんよね。
 
昨年、ひょんな縁から先生の御著書を読ませて戴くようになり、発売日を待ちわびていた私にとって、本の売れ行きが良くないことは信じがたいことですが、図書館に勤める友人の話でも、発売前から入庫のリクエストがあったようですから読書人口が減ったことと、不景気で本代を減らしたい人の影響でしょうねぇ。かくいう私もハードカバーの新書を買うに当たっては相当な覚悟がいるのですから…
 
今日は、先生にお礼を申し上げたいと思います。
鬱を伴う強迫神経症の私に一筋の道を見せてくださったのは、間違いなく飯田先生なのです。薬を飲んで何とか落ち着いても、そこから回復することはなく、行き止まりの壁に着き当たっていました。もう一生このままなのかとも思っていました。 
今は、カウンセラーの先生と子供の頃からの私の人生の「整理」をしています。これはとても苦しい作業です。一々悲しかったこと苦しかったことを思い出して、それを片付けていくのですから… それでも、30数年心に溜めてきた物を整理することによって、今の状態が少しでも良くなれば…普通の生活が出来るようになれば…夫の重荷にならないで済むようになれば…と、もがきもがきではありますが、治療を進めています。
吐き出すことによって、気持ちがいったんは楽になりますが、楽になった分苦しみや悲しみがぶり返しているのも事実です。ただ、以前のように毎日何も出来ないのではなく、「今日は出来る!」という日も増えてきました。
 
少しずつ少しずつではありますが前に進み出しました。
 
先生はきっと「それは貴方自身の努力の結果です」とおっしゃるでしょう。
でも、いつも私を支えてくれていたのは、先生のお書きになった本達に他なりません。
勿論陰で支えてくれていた夫の力も頼りにしていますが、その夫でさえ、「今日は本でも読んだら?」と、調子の悪い私に言ってくれるのです。
 
カウンセリングは保険が利きませんから、その代金は私達夫婦にとってはとても大変な額です。
でも先生。私はきっとこの困難を乗り越え、自分で選んだ自分の道を歩んでいきます。
そして、ソウルメイトであろう夫をこれ以上苦しめないために遅々としてではありますが、今の状態を改善していきます。
 
活動を停止されることはとても残念ですが、飯田先生が「飯田史彦」さんでいる限り、ヤッパリ私達の心のよりどころです。それは信仰宗教のようなそれではなく、同じ志と同じキャンドルの光を見る同士…というか、先輩とでもいいましょうか…
 
タイプをしている内にだんだん心が癒されてきました。
この長いMAILを送信したら…ご迷惑でしょうか?とまた悩んでしまいますが、
お許し下さい。やはり送らせていただきます。

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飯田先生 御苦労様でした。
ホームページに出される事とても悩まれたことでしょうね...
そして今も苦しんでおられるのではないでしょうか...
でも大丈夫ですよ。
飯田先生の蒔かれた種は確実に根をはって 
芽をだしています。
私のまわりにいる実に多くの人々が 
飯田先生の本がきっかけとなって 
生き生きと 前向きに自分の人生を歩みはじめています。
お水や肥料やお日様の光をあててあげて
みんな一生懸命育てていますよ!!
私達読者と飯田先生との絆は まだまだ繋がっています!!

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飯田先生、

先生に励まされていい気分になってから、先生のHPを今年初めて訪問しました。頭から水‥いや大雪をかぶった気分とはこういうことかもと思われるほど、全身冷え切って 身震いしてしまいました。私も長らく公務員でしたから、はたから見るほど公務員の生活は楽ではない(病気をしたときは助かりましたが、元気なときには制約多くメリットはない)ことは百も承知でしたが、先生の善意と鷹揚さにごまかされて、このような窮地に陥っていらっしゃるとは不覚にも気づきませんでした。
今すぐに名案も助言もみあたりませんが、きっと先生のなさりたいようなことが実現する道は開けてくると確信しています。どうか雪解けを待って飛躍される体力を着実につけられますように、頑張って雪かきをお続け下さいね(?!)。私達も具体的に先生のサポート、お手伝いができるような事を考える(実行する)時期がきていると思います。開けてびっくりの敗北宣言でしたが、いい気付け薬にもなりました。
では、くれぐれもお身体お大切に。

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 HPの敗北宣言を読みました。びっくりしました。
私は、弱者・敗者の痛みの分からない人間なので、こんな時、どんな言葉をかけたらよいのか分かりません。
しかしながら、この件に関してこう思いました。
これは、一つの乗り越えるべき“課題”なのかも知れないけれど、もしかすると、休憩すべき時が来て、一息つくように予定されていたのでは?と。
がむしゃらに頑張り続けるばかりでは見えなかったことも、もしかしたら、あるかも知れません。
はたまた、先生自身ではなく、周りにいる我々のような“読者”の方に、何かの気付きをもたらすための時期なのかも知れません。そういったことを見つけるための“一時休止”に入ったのでは?
そして、そう考える裏には、この先、また復活の日(機会)が必ずやってくる筈、という思いがあります。
 私のような者が偉そうに言えた義理ではありませんが...。

今までの分を充電すべく、しばらく、ゆっくり過ごされてみては?
ず〜〜っと突っ走る人生もあるやも知れませんが、時には歩をゆるめてみる必要もある、と私は思います。
元気出してください!大丈夫ですよ。
新たに先生を必要とするような人達にも、既に広がったネットワークから、必ずや送信があるはずです。私はそう思います。
先生の活動が一旦停止しても、何もかもが停止してしまうというようなことはないと思うのです。その“先”に広がったネットワークは停止しないはずです。私のような者でさえ、その心意気を持っているのですから、ほかの皆さんに無いわけがありません!!

 心ばかりの、私からのエールでした(^^;)。

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 飯田史彦 様

 16日付けのHP読ませて頂きました。

 「敗北宣言」 寂しいような、ほっとしたような複雑な気持ちです。寂しいですが、もしそれで先生のご自分の時間が持てるようになれば、それはそれで良いのではないかと思います。ただ、それで先生が満足されるかどうかは判りませんが?

 私には先生に何もしてあげることは出来ませんが先生のことを見守っていますね。先生が死に物狂いで?書かれた本や、HPで、私たちに生きる勇気と希望を与えてくれましたから。

私はこれからも飯田史彦さんを心の中でいつも応援しています。

「敗北宣言」ばんざ〜い!!

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明けましておめでとうございます。

ホームページを拝読し、まず、とても感動いたしました。何にどうとは説明できませんが、読後感は、一言で言えば「感動しました」です。
先生のお気持ち、ご苦労は、生意気かもしれませんが、手にとるように分かります。でも、先生、ここで踏ん張りましょう。多分、先生はその気持ちであることはわかっておりますが、私の気持ちを先生にお伝えしたいのです。
先生は経営学者ですので、将来バングラデシュで成功している「マクミラン銀行」のような銀行を一緒にできればと思っております。研究してください。
この、3、4年はご苦労様でした。身を削る思いで頑張られたのが、よくわかります。本当にご苦労様でした。
ゆっくりしてください。充電期間は私が踏ん張ります。

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今週のメッセージ読みました。
最初は先生のユーモアかしら、と思いましたが、読んでいくうちに、このように発表なさるのは、真に迫ったよくよくのこと、と思いました。
今までの活動を続けられたこと自体、奇跡のようですね。衝撃は走りましたが、ホームページは続けられるとのことで、先生と繋がっていられる場があると知り、安心しました。

先生にとって今年は大きな変化、決定の年となるようですが、私自信も方向を見極めていかなくてはなりません。何がいいのか、どう進めばいいのか、「今」今をおろそかにできませんから、真剣に考えようと思います。

先生のご本も手元にあるし? You are always on my mind. という拠り所を持って、また頑張ります。

先生のご本やメッセージで、世の中にはつくづくいろいろな方がいらっしゃるんだ、ということが分ります。1人1人の受取り方の違い、誤解や思い込みや偏見、etc. 先生が慎重に言葉を選び、表現されていることからも、妨害や妬みや私など想像もつかない、嫌な目にも会われていたことと思います。でも、どうか そんなマイナスの力に負けないでください。プラスの力の方が、絶対多いのですから。
何のお役にもたてませんが、先生にとって、良い方向となりますよう、心からお祈り申し上げます。

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飯田先生へ

ここ1ヶ月以上、うちのパソコンがなんだかおかしくて、何度トライしても、先生のホームページがまともに開けませんでした。

----今日やっと開けました。
でも、久々に触れるメッセージの内容に、もう、ただただ驚いてしまいました…。

資金面でそんなにも、ご苦労なさっていたとは!

組織をお持ちにならない事で起こるジレンマの中、最善の道を精一杯つくしていらっしゃったのですね…。

助けを必要とする方々の為、プライベートなくつろぎの時間も極力削って駆け回って来られた先生にとって、
どんなにかお辛い状況だろう、と思います。

実は*****さんが送って下さった、船戸クリニックでの講演会テープを聞き終わったばかりです。本は言うまでもなく素晴らしいですが、本に載っていない情報を織り込みながら、ユーモアたっぷりに表現されているのは、すごく味があって、ますます胸に響いてきます。
生きるエネルギーが湧いてくる先生の熱い語りが、広く伝わる機会が減ってしまうのは、ひたすら残念でなりません。

わたしたちの心に次々とキャンドルを灯して下さった飯田先生----

今、読者の方々、ひとりひとりのキャンドルが、飯田先生の周りを照らす光となりますように----。

一寸先は光、信じます。
そして、私自身も宿題頑張ります。両親が身をもって教えてくれている事に、どんどん気付いてゆきたいと思います。

必要でない人間は存在しないことを忘れないように、自分を許し人を愛してゆく決心をします。

----飯田先生、本当にありがとうございます!

いつまでも、応援しています。

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 飯田先生へ
 
 あけまして、おめでとうございます。
 
  HP拝見しました。 何故か、読んでいるうちに涙が溢れてきました。
 
 自分自身に置き換えると、私も意地で続けているボランティア活動が、家族を養っている本業の商売を圧迫しています。本当は私も「敗北宣言」をしなければならないのに、目前の現実に目をそむけて、何故ここまで無理を重ねて頑張っているのだろう? 何のために? と考えさせられてしまいました。
 
  私はまだ、敗北宣言できません、本当はしたくて仕方ないのですが・・・
 
 先生は、本当に勇気のある人だと思いました。
 先生の勇気を見習い、私も商売人として「勇気ある決断」をしようと思います。

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飯田先生

 明けましておめでとうございます。しばらくのご無沙汰です。

 「敗北宣言」拝見しました。正直申しまして、少しほっとしました。

 年頭のHPを読んで、「先生、いいかげんにしてください! そんなにご自分をいじめないでください!!」 と叫んだのは私一人じゃないと思います。私は先生のご本から、もっと自分を好きになること、自分を大切にすることを学びました。それなのに、その飯田先生ご自身はろくに食事もされず、凍てつく寒さの中、車中泊という無謀な計画で雪の中を旅されるという…お正月からの大寒波のニュースを毎日、心配して聞いていた先生のファンが、たくさんいたことでしょう! もう、講演なんてやめてください! どうぞ温かい部屋で、奥さまやお嬢さまと一緒に美味しいものを食べながら穏やかな新年を満喫してください…先生が旅から戻られたら、このやるせない怒りと心配をメールにしてぶつけるつもりでおりました。ですが、6日はお嬢さまのお誕生日…。せっかくの大切な日に、私の怒りをぶつけるわけにはいかない…そう思っていた矢先、今週のHPを拝見した次第です。

 理由は何でもいいです。先生には休息が必要です。体力的にも、精神的にも、時間的にも、そして金銭的にも…。ずっと心配でした。休日のない飯田先生ご自身のこと、奥さまやお嬢さまのこと。ご自分やご家族の「身を削って」人々を癒すお仕事に、どうぞほんのしばらくでもかまいません、サヨナラして、ご自分のすべてを愛するご家族のために注いでください。「敗北」なんかじゃありません。飯田先生の本当のファンはずっとそれを望んできたはずです。「無理なくできる範囲で」お仕事を、ご研究を「ずっと続けられること」これこそ私たちが期待していることなのです。

 講演会費にしても、旅費、滞在費、そして(移動も含めた)先生を拘束する時間に対する謝礼、それらのものは受け取られて当然だと思います。申し出を拒否されるのは、かえって依頼者に後ろめたさを残します。最低限の経費は(支払う能力のある方、団体からだけでも)むしろ喜んで受け取られるべきだと、私は思います。「お金」でしか表現できない感謝の気持ちもあるのですから…。

 こんなことを書きながら実は、知り合いのお医者さんから、「飯田先生の講演を実行しようよ!」とお誘いをいただいている私です。飯田先生に休んで欲しい、無理なスケジュールは入れないで欲しい、そう強く望みながら、でもやっぱり一人でも多くの方に先生のお話を聞いてもらいたい、癒してあげたい、そんな矛盾した思いを持って、お願いをしなければならないのです。今年が無理なら、来年でもかまいません。もちろん、旅費、滞在費、その他一切の経費をもたせていただくつもりです。ご家族もご一緒ならなお結構です。どうぞ**への旅をご計画いただけませんでしょうか。

 偉そうなことばかり書いて申し訳ありません。けれど、HP上で先生の悩みや苦しみをお聞かせいただけて嬉しく思っています。本当に、いつもいつも私たちはみんな、先生のおそばにいます。心から、応援しています。

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こんばんわ。
生きがいのメディカル・ネットワークに参加させていただいている**です。

先生のHP何回も何十回も読みました。もっと、様々な事に巻き込まれていらっしゃるのだと思います。誰にでも、それは判ります。

私達の多くは、先生が人智を越えているから、神様のようだから、先生を慕っているのではありません。同じ人間として、その生き様に、心から賛同し、共に歩いているのです。

私などは、日々の活動自体が、先生からすれば、ぱっとしなくて、創造的でない毎日です。でも、たった、一人の患者さんの笑顔に会えたら、それで、幸せ。…そう、諭してくださったのも先生です。どんな、日陰の草も、ささやかなに生きられるのも、太陽の存在があるからです。

もし、本当に、今までの活動を休止なさっても、お天道様は、より、善良な者を放って置くはずがありません。どんな、事情であっても、先生の始めたお仕事は、世界に放たれてしまっています。そして、多くの思いを受けとめ実践している志の高い人もおいでです。

でも、先生は、たまには、休んでいいのだと思います。

あまり突然なことで、失礼でしたが、直接、メールいたしました。

先生が、今までのような信念を貫き通していらっしゃられるうちは、どうであろうと、皆、共に歩いていくのです。同じ、時代の、同じ風を感じる同じ人間として…。

どうぞ、一人にならないでください。

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初めてお葉書を差し上げます。
1・6のホームページを診て、先生に元気を出していただきたくペンを取りました。

私も4*才の国家公務員の男性ですが、昨年に先生の著書に出会い、最新刊までたて続けに読ませていただきました。先生には、どんなに元気づけられたか分かりません。
教祖や会長になりたくないとのお気持ちは、よく分かります。「本当の宗教」というものがあるとすれば、それは自ら気づくこと、自覚することではないでしょうか。その意味で、先生の著書は、一般の人々にも広く受け入れられるのです。どうか執筆を続けてください。そしてホームページなどで、読者の交流の場を設けてください。それによって支援の輪が拡がっていくと思います。(飯田注:様々な事情から、HP上で交流の場を設けることは不可能なのです。どうかお許しくださいね)

ぜひ元気を出してください。

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はじめまして。
私は4*才の男性です。生きがいシリーズは私にとって人生の指南書であり、また読むクスリでもあります。ときどきホームページを読むのも楽しみであります。昨日の敗北宣言を読み、お便りすることにしました。
宣言を読みながら何か自分にできることは無いかと考えてみましたが、思いつくことはみな先生が先回りして否定されていまして、私も納得せざるを得ませんでした。本当にお疲れ様でした。ゆっくり休養してください。
 ただ最後の方で「カウンセラー&作家に転業するにしても、事務所開設には資金が必要で、今の自分には夢のまた夢です」と書いておられるのを読み、本当にこの方向に行くのなら充分に実現可能だと思いました。
 私は先生に、「生きがいシリーズ」の著作活動を、これからも続けてほしいのです。先生には釈迦に説法になってしまいますが、資金はその気になればいくらでも作れます。たとえば株式会社にして出資者を募るとか、個人経営ならば今なら国民金融公庫から低金利で500万円くらいまで無担保で借りられます。もっとも軍資金を確保する組織をつくること自体に抵抗感をお持ちですので、そんなことは百も承知だよと言われそうですが、先生の著作を大勢の者が心待ちにしていることを、ぜひ再認識して、活動を続ける方途を探してほしいのです。
 先生のボランティアによるチャレンジパーソンの方々への活動がほとんどできなくなることは大変残念なことですが、私のようにその他大勢の勝手にネットワークにつながっている者にとっては、先生の著作が宝物なのです。今までのシリーズで充分に人生の指針になることはわかっていますし、自分の課題にチャレンジすればそれでいいのだということも、わかっているつもりです。それでも私のように低レベルの課題で苦戦している者にとっては、先生の活動そのものが大きな支えになっているのです。

 先生は今、人生の大きな岐路に立っておられると思います。今までのやり方はもう続けられないことはわかりました。福島近辺のみで小さなキャンドルを灯し続けるとの決意も、とりあえずしばらくは仕方がないと思います。それでも、もし活動範囲を広げる気になりましたら、ぜひカウンセラー&作家の事務所を開いてください。普通の会社のように大きな利益を出し続ける必要はありません。NPOとまではいかなくても、家族を養いつつチャレンジパーソンの方々のお手伝いができる程度の利益が出ればいいと思います。出資者を募る時には、ぜひ声をかけてください。
 参考になるかどうかはわかりませんが、浅井隆という元ジャーナリストの政治評論家が新しい会社の設立を呼びかけて出資者を募ったところ、4億円以上の資金が集まったそうです。私も志に共鳴し、***万円を出資しました。額面*万円の株券**株分です。これは先生の活動分野とは全く違いますが、世の中には、先生の活動のためにお金を役立てたいと思っている人がたくさんいます。単なるカンパや寄付ではなく、出資という形であれば出しやすいし、受ける方もビジネスと割り切れます。額面5万円なら1株単位から募れば200人集まれば株式会社が作れます。
 ながながと提案をしてしまいましたが、先生の活動が再び大きな灯し火となりますようにと願っております。

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 6日のHPを拝見して、びっくりしました。こんなにご苦労されていたのですね。
 もう一度、HPの文章を読み直してみて、改めて次のことに気がつきました。

(1)「生きがい論」の「敗北宣言」ではない、ということ。
(2)先生が、この世からいなくなってしまうのではない、ということ。

 この2点を確認して、気持ちが軽くなりました。

 先生が否定されない限り、「生きがい論」は不滅です。

 これだけのことを確認して、「さて、私は何をすれば良いのか」と考え、やはり、当面、自分の立っている地点で、「生きがい論」を、仕事に、日常生活に反映させていくことだと思いました。先生のともされた火を消さないように、できれば、もっと大きく燃えたたせることができるように、努力したいと思います。

 HPについては、先生がお元気でいらっしゃることがわかれば、それが一番のよろこびですので、すこしずつでも良いですから、ぜひ続けてくださいね。先生が、喜び、また嘆かれる姿に、自分もこれで良いのだと安心して、また、がんばれるように思います。

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6日付けのホームページを読ませていただきました。

活動を続けたい、でも信念は曲げられないという、先生の苦しみが、充分に伝わってきます。

「生きがいの創造」からずっと、先生の生き方を見せていただいていた通りの決断をされた事に、「先生を信じていて良かった」と安心致しました。
孫の子守りに、ホームページのトップページの絵が、動きがあって、かわいらしくて、とても役立っています。ホームページは今後も開いてくださるとのこと、ぜひこれからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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飯田先生へ
1月6日のHPを拝読しました。
誠にご立派な、筋の通し方だと感服しました。
これからも安心して応援できます。
ありがとうございました。

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飯田先生、**大学の**です。

6日のホームページを読んで、まず頭をよぎったのは、「飯田先生にお金を送らなくては」という思いでした。でも、先生が前もってそういう反響を予想して釘を打ってらっしゃるように、生半可な気持ちじゃ受け取ってもらえそうにないなと思い直しました。全くお金というのはめんどうなものです。

メディカル・ネットワーク顧問としての基本概念を読ませていただいた時には、「飯田先生がめざしていたことの少なくとも一つが、このような形になって結実したのだな」という風に感じました。以前から、先生個人に救いを求める人が大変な数にのぼっているのであろうことを推量するにつけ、こういう形で先生の理念を体現する人々の輪が広がれば、少しは先生の重荷が減るかも知れないと考えたわけです。
それでも、先生をあがめ、すがる人の数は増えこそすれ、なかなか減りはしないだろう、普通のひとであれば到底耐えられないであろうと思うにつけ、このように人々の痛みを抱えていかれる星の下に御生まれになっているのだろうか、とずっと考えておりました。今も考えていますが、仮にそうだとしても、先生も私も同じ人間であることに変わりはありませんね。

人生において「執着を滅する」ということは一番困難なことです。そして、この世においては金銭的なことがらに関わることで現れて参ります。なのに、飯田先生はそれらを手放そうとしていらっしゃる。(先生が科学的、論理的、分析的な姿勢で著作をあらわされているのは重々承知の上です。でも、こうした言いまわしが、今のところの私の、私なりの表現の仕方なので、このまま続けることをもうしばし御許しください。)
そのような人に、「そんなやり方では経済効率が悪いのだから、あれをするな、あるいはこうしなさい」などと助言など私には到底できません。私に理解できるのは、先生が求めているものはそれほどにも大きいということだけです。全てをなげうって出家した釈迦王子、エルサレムに行けば殺されることを知っていたイエス、こういう人物を誰も止められなかったように、飯田先生のやることを止められる人はいないと思っています。ご自分が「長生きしている様子などとても想像がつかない」と書いていらっしゃるところを読んだ時にも、痛々しいくらいにそう思いました。ですから、私はじっと先生を見守るだけです。ただただ眼を大きく見開いて。

経済学が、余分な富の獲得と備蓄のためのテクニックにすりかわって理解される限りにおいては、経営破綻してしまった先生は経営学者として失格なんてことになるんでしょうか。そうではないでしょう。私には、先生が経営学者でありながら、現代の経済学と一番相性の沿わないような内容の活動も展開なさっていることに、宇宙の采配の妙を実感しています。大学教官としてこの活動を始められたこともしかりです。もっとも、国立大学の教官であられることに先生ご自身は本当はそんなにこだわっていらっしゃらないように私には感じられるのですけど。こだわっているのは、先生の周りにいる私達の方です。変化の時期は必要に応じておのずと与えられることでしょう。今回先生の投じた石が波紋を読んで、新たなネットワークが生まれてくるかどうか、それは私にはわかりませんが。

先生のこれまでの活動を仰ぎ見て、せめて私にできることは、日々袖振り合う人々にも愛を持って接することではないかと思っています。私達のような普通の人間にはそこが出発点になるのではないかと思うからです。世の中には、人よりも感受性が強く、周りの人間の痛みを特に敏感に感じてしまう人達がいますが、先生には生き急がないでいただきたいと切望しています。

件名のところに「カネ、オクレ」と書いたメールが先生から着いた日には、すぐさま都合つくだけ送る気持ちでおりますので、どうかそれは覚えておいてくださいね。
大学の学期が始まり、またしばらくお忙しい時期が続くことでしょう。どういう形であれ、先生をサポートしたいと思っている人達はたくさんいると信じて疑いません。どうかご自分を責めないで、明るい気持ちで持って御過ごしください。

熱風の吹く*****(遠い外国の都市名)より

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・・・というわけです。

 
私って、本当に幸せ者ですね。いつのまにか、私には、読者の皆様という、最高にして最強の財産がたくさん出来上がっていたのです!

 敗北宣言をしたおかげで、私を利用するために近寄ってきていた人が正体を現した一方で、純粋な気持ちで共感くださっていた不特定多数の方々の存在が、ますます鮮明に浮かび上がってきました。
 賢明な読者には、すでにおわかりであったように、今回、私は、この物質世界で最も恥ずかしい死(肉体的な死ではなく、もっと辛い、社会的な死)を宣言する必要がありました。現代の物質社会で最も恥ずかしい「社会的な死」のひとつ、それこそが、「経営学者が、経済的破たんによるボランティア活動の休止を宣言する」ということでした。これほど恥ずかしいことを宣言して、それでも私を見放さないでいてくださる方々こそが、どんなお金にも換算できない、私の生涯の宝物なのです。

 そしてさらに・・・もう、おわかりですね。「敗北宣言」は、金銭的側面だけを取り上げると確かに「方法論的敗北」ですが、一方で、「集金組織化」という旧態依然とした時代遅れのシステムに対する、「真の勝利宣言」でもあったのです。時代錯誤の古い組織運動論しか持たず、権威・権力志向に凝り固まった人から見ると、私の恥ずかしい敗北宣言は、「馬鹿正直」で「病気」のように見えることでしょう。しかし、私は無用のプライドと虚飾を捨てることによって、「組織という形を取らない、真の同志たちのネットワーク」を手に入れようとしたのです。私は、死んだふり(敗北宣言)をすることによって、実は、真に価値ある「生」を模索していたというわけです。


 経済的破たん・集金方法論的な敗北を宣言したのは事実ですが、だからといって、私は「生きがい論」そのものをやめたわけではありません。むしろ、「生きがい論」の精神を実践・実証し、より強化するための宣言だったのです。今後も、その時点で無理のない範囲内で、着実に「生きがい論」の研究は続けていきますので、どうぞご安心ください。



1月6日版

 
敗北宣言!


 
2001年は、明るい世紀にしたかったのですが・・・
 正月早々、誠に残念ながら、とうとう、敗北宣言をしなければならない事態が訪れました。

 これからお伝えすることは、決して冗談ではなく、エイプリル・フールでもありません。不細工なお話ではありますが、格好をつけても仕方ありませんので、正直に、ありのままにお伝えしたいと思います。なぜなら、前回の更新(新年・新世紀のご挨拶)で、「悲しいことや辛いことも分かち合いましょう」と宣言したからです。

 私、本日をもって、「生きがい論」の研究および「生きがい論」に関するボランティア活動の大部分を、休止(事実上の断念)させていただきます。

 その理由は、とてもシンプルです。たったひと言、「軍資金が尽きてしまった」ためです。

 私は「生きがいの創造」を発表して以来の4年間に、次のような活動を続けてきました。

* 「生きがい論」の新たな研究・執筆活動を行うこと。(そのためには、通信費、資料・書籍代、交通・宿泊費、交際費など、様々な経費がかかります)
* 私の著書・講演ビデオを自分で買い上げて、必要とする様々な人々・施設に寄付すること。
* 私が直接にお会いすることによって癒すことのできる方々を、諸経費を自己負担して訪問すること。(私の意思でうかがうのですから、来てあげたのだから経費をよこせ、などとは言えません)
* 講演会の講演料はいただかないこと。それによって、高額の講師を招くことができない低予算の主催者に機会を開くこと。しかも、限られた予算しかない講演会については、交通・宿泊費の一部または大部分を、私が負担して行うこと。資金の乏しい主催者ほど優先すること。
* 各種募金活動に寄付すること。(あの種の著書を発表すると、様々な団体から寄付金を求められるのです。お断りすると、「飯田先生は言行不一致の人だ」などと悪評を流されてしまうので、断れません)
* お金に困っている人々(特に若者・留学生たち)に、無利子で貸付すること。

 一方で、私の収入は、以下のものしかありません。

* 国家公務員として大学(国)からいただく給料・・・大学助教授といっても普通の公務員と変わらないので、諸手当を含んでも、所得税や保険料などを引いた手取額では、20万円台の前半しかありません。一般企業の「主任」クラスと同じくらいです。しかも実績給ではなく、完全な年功賃金制であるうえ、大学教官には企業のような形の「残業手当」「出張手当」はつかないので、いくら猛烈に働いても、歳を取らない限り金額は増えません。また、公務員は、公的な事情で許可が下りる場合を除いて、本業以外の「兼業」は禁止されているため、私立大学の教官のように、一般企業の顧問や契約コンサルタントに就任して副収入を得ることはできません。他大学の講師を兼任しても、移動時間を含めて半日以上も拘束されて、たった数千円にしかなりません(しかも食費も出ません)。
* 大学(国)からいただく研究費・・・年間7〜8万円の交通宿泊費(学会に1〜2度参加すると消えます)、年間20〜30万円の書籍代(1冊数万円の図書・資料も多いので、すぐに消えます)、年間30万円の研究室設備費(パソコンや周辺機器の買い替えで瞬時に消えます)。このほか、文部省の「科学研究費」に応募する手もありますが、自然科学分野や先端技術分野を偏重するため経営学分野はめったに当選しませんし、審査委員の中に知り合いもいないので(私はどの学閥にも属していないフリー学者なので)、コネクションを頼ることも不可能です。
* 発表した書籍の著作権料(放棄していない書籍についてのみ)。ただし、この種の雑収入に対しては高額の所得税・住民税がかかるうえ、私は「税金対策」の類は一切行わず公正に支払っていますので、正確にはわかりませんが、半額以上は税金で減ってしまいます。(税金は国家のために必要なお金ですから、決して文句を言っているわけではありません。この私自身、皆様の税金から給料をいただいている国家公務員なのですから・・・)
* 本業の経営学(人事管理や経営戦略)に関する講演料。原則として、「生きがい論」に関する講演は無償で行っていますが、本業である純粋な経営学関係の講演については、ボランティア活動ではないため、無償で行う必要はありません。しかし、私の場合は、良くも悪くも、あまりにも「生きがい論」のイメージが強すぎるため、純粋な(つまり正当な報酬をいただける)経営学の講演依頼は、「生きがい論」を発表し始めて以来、ほとんど来なくなりました。したがって、いずれにしても、講演料収入はほとんど望めません。

 上述した「生きがい論」関係の研究費&ボランティア活動は、もっぱら、発表した書籍の売上げがもたらしてくれる著作権料収入によって、まかなってきたのです。お陰さまで、私の本は、これまで大変良く売れてくれたので、みなさんが与えてくださる著作権料によって、何とか、研究&ボランティア活動を進めることができていました。

 しかし、世の中の人々がどんどん「本」を読まなくなったことで、昨年以来、出版業界は、売上高が何分の一にまで減ったと言われる大不況。つまり、人々の趣味の多様化と「活字離れ」、そして不況でお小遣いが減ったことによって、それほど、全体的に「本」そのものの販売部数が落ち込んでいるというわけです。その分、私が「生きがい論」の関係で使える軍資金も、前年までに比べると、何分の一にも激減してしまいました。
 さらに、私に追い討ちをかけたのは、この数年で、困っているたくさんの人々に無利子で貸してあげた総額数百万円にのぼるお金が、ほとんど返ってこなかったという現実でした。もちろん、私も「信頼できる真面目な人」だと見極めた方々だからこそ貸してあげたわけであり、ご本人たちも、本当に返すつもりで私に頭を下げたのでしょう(私はそう信じています)。しかし、このご時世で、結局は、どこかに消えてしまって返せなくなった、ということなのです。持っていないものを、返してもらうことはできません。本当に困っているうえ誰も貸さないからこそ、見るに見かねて私が貸したのであって、彼らに「何が何でも返せ」と迫ることは、「死ね」と言うことと同じなのです。私には、そこまで言えません。彼らに気前良くホイホイと貸してしまったことは深く「反省」していますが、それは自分が未熟で世間知らずだったからのこと。自分の見通しの甘さを「反省」はしているものの、貸してあげたことを「後悔」はしていません。
「反省すれども後悔せず」・・・う〜ん、我ながら、本日の名言ですね。

 実は、以前より、多くの方々からご指摘を受けていたことがあります。それは、「飯田君、何かを推し進め、成し遂げるためには、人々から軍資金や兵糧を集める仕組みが必要なんだよ。腹が減っては戦(いくさ)はできないし、軍資金の尽きた将軍に兵はついて来ない。何かの仕組みで軍資金や兵糧を再生産していかないと、君が一人で稼いでつぎ込んでいたのでは、いつか君が倒れてお終いになるぞ」というご指摘でした。特にご年配の方々は、口をそろえて指摘してくださいました。そして、その方法は、結局、「何らかの組織を作って会員を募集し、会費を集めて、その一部を君の活動の軍資金にするしかない」というものでした。
 確かに、世の中では多くの組織が、会員を募集し、会費を集めて軍資金を増やし、さらに会員を勧誘しながら、安定的・継続的な活動へとつなげています。しかし、私の「生きがい論」のテーマでそれを行ってしまうと、結局のところ、宗教組織と同じパターンに陥ってしまうのは明白です。私の活動は「宗教」ではないので、その種の方法で会員(いわば信者)を増やして会費を集めることは、どうしても避けなければなりません。「生きがいメディカル・ネットワーク」のような、「アイデンティティのしっかりした方々を対象とする、特殊目的に特化した閉じられたネットワーク」は別として、著書の読者が誰でも入れるような不特定多数に開かれた組織は、作りたくありません。不特定多数の一般人の方々に対しては、あくまでも、「著者」と「読者」という関係のままで、一定の距離を置いておきたいのです。「会長」と「会員」の関係になってしまうと、それはすなわち、「教祖」と「信者」に相当する公的な関係を認めることにもつながってきます。そうではなく、私が「遠藤周作氏の大ファンではあるが、遠藤教という組織の会員・信者ではない」のと同じように、私の著書の読者の方々とも、「飯田先生の著書の愛読者ではあるが、飯田教という組織の会員・信者ではない」という、健全な関係を保ちたいのです。
 きっと、「あなたの使命は生きがい論を広めることなのだから、この際、使命達成のために、そんなポリシーは捨てて、軍資金を集める組織を作ってはいかが?」と忠告してくださる方も多いはずですが、私としては、「望ましくない方法で広めるくらいなら、むしろ、広めない方が良い」という信念を持っています。また、「講演を無料でやるのはやめて、きちんと正当な講演料をいただくようにすればいいじゃないか」とおっしゃる方も多いでしょうが、無料でやることをポリシーとして公言している以上は、「軍資金が尽きたので、やはりいただくことにしました」などと、臆面も無く撤回するわけにはいきません。状況にかかわりなく、もらえないものはもらえないのです。もらわない理由は、別のところ(私の魂の中)にあるからです。

 かくして私は、読者の皆様からいただく著作権収入のみを頼りに、できる限り一人で(もちろん読者の皆様の応援に支えられて)頑張ってみましたが、結局のところ、多くの方々が警告してくださった通りに、軍資金が底をついてしまいました。
 今後にまとまった軍資金が入る見込みもないうえ、軍資金を再生産する組織システムも拒否している以上は、もはやこれまでです。まさに、「矢が尽き、刀も折れた」という状態ですから、隠して格好をつけても仕方がなく、こうして堂々と、ありのままをご報告するしかありません。「組織を作らずに、自分ひとりで、自給自足の活動を行う」というポリシーにこだわって挑戦してみたのですが、やはり無理な投資活動は続きませんでした。そこで、潔く、敗北宣言というわけです。

 ただし、私は「生きがい論」を捨てるわけではありませんので、もちろん、お金のかからない範囲内で、今後も細々と続けてまいります。

 なお、このように書くと、「せめて私が」と、なけなしの貴重なお金をカンパくださる方々が現れるかもしれません。しかも、決して裕福ではない人ほど、私の現状に深く共感してくださることでしょう。しかし、私はカンパや同情を求めているわけではなく、ただ淡々と、どうしようもない現実をご報告したまでのことです。失礼ながら、あなたが大いにご無理をなさって多少のカンパをくださったところで、大勢に影響はありません。私が「軍資金の継続的・効率的な集金システムとしての恒常的な会員組織化」を断固拒否している以上は、いただくカンパによって活動の寿命が若干のびる程度のことにすぎず、どうせすぐに同じ結末が訪れます。どうぞ、そのお金を、あなた自身やご家族のためにお役立てください。


 以上、輝かしい新世紀を迎えるにあたって、明るい未来を語りたかったのですが、正反対の内容になってしまい、ごめんなさい。「飯田先生のことだから、敗北宣言だなんて発して読者をハラハラ、ドキドキさせておいて、きっと次回の更新では、高らかに復活宣言をして喜ばせる計画なのだわ」などと推測なさるかもしれませんが、筆致からもおわかりのように、今回は、ジョークなしの本気です。今も、本当に、悲しくて辛くて、泣きながら書いているのです。皆様のご期待にお応えできなくて、本当に、ごめんなさい。こうなった限りは、私自身が現実をしっかりと見つめ、格好をつけずに包み隠さずお話することによって、読者の皆様にも、様々な気づきを差し上げること・・・今の私にできることは、このくらいのことしかありません。
 また、時おり、何か勘違いをなさって、私のことを「人間を超えた存在」であるかのように崇め奉ってくださる方がいらっしゃいますので、「いえ、私も、こうして七転八倒の苦しみを味わいながら頑張っている、ひとりの人間にすぎません」と、21世紀を迎えるにあたって、いわば「人間宣言」をする必要もありました。そして、この敗北宣言は、「選ばれた光の使者である飯田先生が敗北などするはずがない」などと勘違いなさっている方々に対して、まさに「あの、信念を持って精力的に突き進んでいた飯田先生も、どうしようもない物質世界の現実の前には無力であり、あっさりと敗北し、それを認めたのだ」という、厳しい事実をお見せするものでもあります。まさに、ちょうど2000年前、イエスという人物が、まるで自ら望むかのように、あっさりと十字架で殺されてしまった(つまり何の奇蹟も起きなかった)事実を目前にして、彼こそが救世主だと信じていた人々が目を疑い、困惑し、やがてその絶望の中から、彼の死に込められた本質的な意味を見出していったように・・・・・・私はクリスチャンではありませんが、イエスはその時きっと、「みじめな死という敗北を宣言することによって、かえって人々の心を本質的に目覚めさせる」という、逆説的な勝利を確信していたのでしょう。

 自分を導いてくれていたまぶしい光は消え去ったけれども、まだ、1本のキャンドルだけは手に残っている・・・今の私は、そのような状況ですが、手に残ってくれた1本のキャンドルの有難さに感謝しながら、そのわずかな光が届く範囲内で、少しずつ足場を確かめつつ、わずかでも前進を続けたいと思います。「一寸先には、また、きっと、まぶしい光が」と念じながら・・・


 とりあえず、維持費の3000円に困らない限り、このホームページだけは細々と続けるつもりですので、「それでも飯田先生を見捨てない」とおっしゃってくださる方々は、どうかまた、訪問してみてくださいね。



2001年1月1日版



 
あけまして、おめでとうございます!

 今世紀も、
 嬉しい時も悲しい時も、
 安らかな時も辛い時も、
 いつも心はつながって、
 支え合い、励まし合い、
 喜び合い、分かち合いながら、
 ともに生きていきましょう!

 いつでも、あなたの、
 そばにいさせてくださいね。


「いつまでも、いつでも一緒。」
 (You are always on my mind.)
        飯田史彦より

   2001年 元旦。



2000年12月31日版

 お久しぶりです!
 しばらく、所用でU.K.(イギリス)に行っておりましたため、更新が遅れてしまいました。ついでに、ロンドンでは、本場の「レ・ミゼラブル」も、またまた鑑賞してしまいました。みなさん、ごめんなさい! クリスマス・イヴのセント・ポール(聖パウロ)大聖堂も、最高でしたよ(この日は特別ミサの日で観光客は入場できませんでしたが、なぜかクリスチャンでもない私を入場させてくださいました)。

 本日は、溜まりに溜まっていた、皆様からのお手紙のお返事を10時間もかけて書き、ついでに年賀状を書き始めたものの、たった2通を書いただけで力尽きて、ノビてしまいました。今年もまた、年賀状は書けそうにありません。論文や新刊の執筆にも追われており、年賀状を書く暇があったら、もっとクリエイティブな執筆作業に充てさせていただきたい、という状況です。みなさん、ごめんなさい! (と、年を越さないうちに、先手を打って謝っておきます)

 今は妻子が帰省して独身生活なのですが、コンビニに走る暇もないまま、結局、今日は朝から夜までずっと、何も食べないままで過ごしてしまいました。お湯を沸かすのも面倒なので、コーヒーさえも飲めず、冷蔵庫にあった冷たい水を飲んだだけでおしまいでした。まるで、貧乏暮らしをしていた大学生時代(お風呂もなくキッチン・トイレも共同利用の格安の部屋借りでした・・・あの学習院にも、私のような貧乏学生はいるのです)に戻ったかのような一日でしたが、かつて2000年前にパウロが布教活動をして歩いた頃の苦労に想いをはせれば、暖房のきく家の中にいられるだけでも最高に幸せです。

 さて、今年も、もう終わりですね。
 振り返ってみると、研究・執筆・講演の繰り返しであっという間に過ぎ、寝ても覚めても時間に追われ、「自分」というものの無い1年間だったような気がします。
 年明け早々も、元旦から自家用車で福島を離れ、北陸自動車道で移動しながら福井〜大阪〜新潟〜福島と、5日の夜まで、さっそく仕事・会合でびっしりです。自分で運転して移動しながら、昼間は移動と会合、夜は自家用車(ホテル代の節約のため、いつもオデッセイの中にフトンが敷いてあります)で寝ながら、ノートパソコンで執筆です。私を待っていてくださる方々がいらっしゃる限り、そして「研究・執筆」を稼業とする限り、ゆっくり休んでいる暇などありません。

 こうなったら、来年は、もう執筆も講演もやめて、「長期休業」に入ってしまいましょうか・・・もちろん、このホームページも・・・(え? それは困るって?)


 
とにかく、皆様、今年一年間、本当にありがとうございました。
 どうぞ、良いお年をお迎えくださいね!



11月1日版

 
大ぴんち! 
 私が入っていた生命保険会社が、

「経営破たん」

 
してしまいましたっ!!

 私は公務員。つまり、「福島県教育公務員弘済会教育振興財団」を通じて、生命保険に入っていたのです。
 ところが、この公務員共済会を通じて入った生命保険は、実際には共済会が手を結んでいた「協栄生命」の保険であって、その頼みの協栄生命が、つい先日、何と「経営破たん」(倒産)してしまったのです!
 65万人もの会員数を誇る公務員共済会は、全国の公務員を根こそぎ(半強制的に)入会させていますから、日本中の小学校・中学校・高等学校・大学の教官や自衛隊員などの公務員の多くが、一網打尽に被害を受けたことになります。きっと、皆さんのまわりにも、何の罪も無い被害者がたくさんいるはず・・・協栄生命の放漫経営のツケを、なぜか我々が支払わなければならないのです。経営破たんが報じられた翌日から、大学内でも、青い顔をした教授たちが右往左往しておりました。

 伝え聞く話によれば、会社更生法の適用によって、
「解約」は一切できないうえ、来年の3月までは保険金が100%保証されるものの、4月以降の保険金は半額になる見込みとのこと・・・・・・きちんと約束の保険金額をもらおうと思うならば、来年の3月までに死ぬしかないのでしょうか?
 しかも、外国の保険会社の援助を受ける来年4月以降は、保険料がかなりの値上げになるとの噂も・・・・・・噂だけで終わってくれればいいのですが、考えてみると、そりゃ値上げしますよね、倒産しちゃったんですから。

 何とかして解約できないものかと思案し、「日生のおばちゃん」で知られる某**生命の福島支店に電話をかけ、受話器を取った顧客サービス担当のOさんに「協栄生命を解約して、あなたの会社の保険に乗り換えたいんですが」と問い合わせたところ、「政府からの通達で、協栄生命さんからの顧客の引き抜き行為は一切禁じられております」とのこと。「それって、いくら私があなたの会社の保険に乗り換えたいと訴えても、相談にも乗っていただけないということでしょうか?」と食い下がってみると、「そういうことですね。お客様が、協栄生命さんとの契約を続けたままで、当社の保険にも加入くださるならばかまいませんが」との、つれないお返事。「そ、そんなぁ・・・それじゃ、2倍の保険料を支払わなくちゃいけないじゃないですか。そんなお金、ありませんよ」と絶句すると、「そうですね。それがご無理ならば、これ以上申し上げられることは、一切ございません」との厳しいお言葉。あとは、何を聞いても、「とにかく、政府からの通達により、協栄生命さんに不利益になることには、お答えできません」「知りません」「存じません」の一点張り。最後には、うんざりした迷惑そうな口調で、まだ話している私の言葉を遮断するかのように、ブチッと電話を切られてしまいました。どうやら、本当に、協栄生命のことには触れたくないようです。Oさんの怖い声から察するに、よほど厳しい通達が出ているのでしょう。あっぱれ、職務に忠実なOさん。(しかし、貴重な客を1人逃がしてしまいましたよ)

 う〜ん、万事休す・・・
 
妻子に充分な保険金も残してやれないのでは、死んでも死にきれません。妻子を路頭に迷わせないためには、とにかく身体に気をつけて、長生きしなければ・・・・・・協栄生命のおかげで、心底から、健康管理に気を使う決心を固める私でありました。

 こうなったら、もう、やけっぱちだ!
 協栄生命さん、ありがとう!

 これって、「災い転じて福となす」とばかりに、喜んでも良いのでしょうか???

 
ああ、かわいそうな私・・・



7月18日版

 大変めでたいことがありました!!

 実は、一昨日、ある妊娠中の奥様のところに立ち寄りました。その奥様は、妊娠中にある病気になられ、現在、意識があったりなかったりで、寝込まれている状態でした。産むことが恐く、意識がうっすらと残っている状態で、産むのが嫌、嫌、と連呼なさっていました。しかし、もうお腹の方は、数日から1週間くらいのうちに、赤ちゃんが生まれてもおかしくない状態だったのです。
 そこで、私はその奥様の手をにぎり、意識があったりなかったりする彼女に、長い時間をかけて、彼女と私にしかわからない色々なことを言語・非言語コミュニケーション混合で話したり、大昔の懐かしい歌を何度も何度も歌って差し上げました(もちろん、ご主人もご了承のうえでのことです)。ずっと私の宝物であった、超強力な秘蔵のクリスタルも、彼女の手の中に残したまま、差し上げてきてしまいました。
 そして、昨日、「
無事に出産しました。お母さんは、本当によくがんばりました!」というご連絡があったのです。私自身も、「この状態で、本当に出産ができるのだろうか」と心配していましたが、あれからすぐに、奥様は産む気になってくださったようです。ご家族とお医者さんたちの懸命の応援に助けられて、寝たきりのか細い身体で、精一杯の力を振り絞ってがんばられたのでしょう。本当に、彼女が命がけで成し遂げた、大手柄です!
 ホームページの読者の皆様には、何が何だかよくわからないでしょうが、とにかく私にとっては、大変な喜びでした。あとは、奥様ご自身の容態の回復を待つだけです。病原となっていた****は*しておきましたから、ご本人がそれに気づきさえすれば、みるみる回復してくることでしょう。


 さて、めでたいついでに、今夜も、昨日いただいたお手紙特集です!

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飯田先生、初めまして。
 『愛の論理』、読ませていただきました。
 本当に素晴らしい本でした。
 僕は現在、**大学**学部の2年生です。中学・高校とずっと男子校だったので、大学1年の時は、かなり久しぶりに女性がたくさんいる環境になって、いろいろととまどっていました。それほど親しくもなっていないうちから、いきなり「告白」してしまい、振られてばかりで・・・。うまくいかないせいで、女性のことを恨んだりしていました。
 でも、『愛の論理』を読んでから、「自分はなんて勝手だったのだろう」と猛省させられました。女性に対する価値観を根底から変えてくれた飯田先生に、感謝いたします。本当にありがとうございました。


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本日は、暑い中大変お世話になりました。411名のPTAの方が講演を聞かれたそうです。日大東北高校はじまって以来の出席数だそうです。本当に1時間という短い時間に無理にして頂き、申し訳なく思っております。
 私自身は、やっと講演を聞く事が出来、改めて感動しております。もう一度本を読みなおしてみるつもりです。ありがとうございました。
 今後のますますの御活躍を心から御期待申し上げます。ありがとうございました。


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貴著「愛の論理」を拝読しました。とても素晴らしい内容で心が洗われました。
 いままで、「自分はいかにしたら自分をも愛せるか?」という問いに答えが出せず、人生は修行と考えていた節もありましたが、貴著を拝読してからは自分を愛せるようになって来たような気がします。自分を愛すること…それは自分にやさしく接すること(甘やかすのではない)だと。最近肩の力が少しづつ抜けてきたように思えます。『愛の論理』出版万歳!!
 ホームページには皆さんが苦労して貴著を手に入れようとしている様子が載っていましたが、ちなみに私は7月9日に上越市の『蔦屋』で手にしました。本は新刊のコーナーにありましたが、すでに何冊か売れていたらしく、隣の本がまだ10冊ほど山積みになっていた中で、その時もう貴著は3〜4冊くらいしかありませんでした。
 この本を読んで、ある事を実行することを決めました。私の子供が通っている学校に、貴君の生きがいシリーズを2冊づつ購入して寄付しようと思います。皆さんにこの素晴らしい著書が広まれば…。
 長くなりましたが、くれぐれもご自愛下さい。


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息子に
「やっぱり、自分のこと好き?」
って聞いたら、
「僕、自分のこと好きだよ。自分のこと好きじゃなかったら、生きていけないよ!
ママは、自分のこと好きじゃないの?
だとしたら、辛いね・・」

(小5ですこの子!!)
 
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「愛の論理」の反響、素晴らしいですね。
 私もまた2回目を読んでいます。家内も「涙が出てくる、私の為に書いてくれたんと違う?」と、たわけたことを言っていました。
 
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 ・・・などなど。
 時間さえあれば、まだまだご紹介したいのですが、今夜はそろそろ眠らなければ倒れそうです。


 なお、
今週の木曜日(海の日・祝日)に行われる、『愛の論理』の最初で最後の公開講演会(詳細は、6月15日版の「今週のメッセージ」参照)の後に行うサイン&握手会の際に、「新聞広告を載せたからには、どのような邪悪な念を持つ人物がやってくるかもしれないので、ぜひともボディガードをやらせてほしい」とお申し出くださる男性が、何人も現れました。皆さん遠方の方々なのでお気の毒ではありますが、私にとっては大変ありがたいお申し出なので、遠慮なくお願いいたしました。
 当日は、サイン&握手会を行う私の背後に、
屈強な(?)男性陣が恐い顔をして(?)居並んでおりますので、ご来場される皆様は、そちらの男性陣にも、ねぎらいの声をおかけくださいましたら幸いです。どの男性も、このホームページや私の著書のどこかに登場くださった方々ばかりですし、その中には、あの***も、さりげなく混じっておりますので・・・



下7月14日版

 今夜も、『愛の論理』をめぐるお手紙&メール特集です。

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飯田先生,こんにちは!広島の**です。

「愛の論理」初登場ランキング2位おめでとうございます!
私も先日、広島は本通りにある丸善にて購入いたしました(入口付近の新刊コーナーに平積みになっていました)。
さっそく拝読いたしましたが,心からすばらしい本だと感じました。
今までの著書からぐっと幅が広がった感じで。装丁も素敵。

個人的には自分に当てはまる箇所がたくさんあって,いろいろ考えさせられています・・・。

毎日暑いですけれど,おからだ大切に。
ではではまた。


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新刊のご出版おめでとうございます。
 
 先日は、広島にお越しになられて、修道高校でご講演なさったそうですね。当日、私は千葉・東京の出張で参加することができませんでした。本当に残念でしたが、いつかの機会に参加できればと思っています。

 ところで、昨年から中小企業診断士の勉強を始めました。8月5日・6日に一次試験がやってきます。今は最終追い込みで猛勉強中ですが、多くのことを学び、「生きがい論」が必ず、世の中の「労務管理」に結びつくという確信を得ました。また、先日、大阪にてトップセールスの研修を受けましたが、勝利の秘訣は、愛にあることがわかりました。トップセールスは、生きがい論と完全に一致します。今は、勉強中でなかなか余裕がありませんが、余裕ができましたら、労務管理とトップセールスと生きがい論を、まとめてみたいと思います。

 『愛の論理』は、広島駅横の双葉図書「ギガ」で購入しました。駅前の「福屋」にも、平積みに置いてありました。ベストセラー間違いなしでしょう。ただ、私は、まだ読みきっていません。ごめんなさい。試験が終わり次第、しっかりと読みます。
 それでは、これで、失礼します。


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先日は、阪大での講演ありがとうございました。私は、HP読者として出席させていただきました。もちろん、ライブで講演を聞かせていただくのは無上の喜びだったのですが、内心、「握手してもらえるかな? サインしてもらえるかな?」と考えておりましたので、その願いが実現すると、あまりのうれしさに舞い上がってしまってお礼の言葉しか言うことができず、後で、この機会に先生の事で最大の謎である、「なぜ、ウサギのミッフィーちゃんの柄のネクタイをしていらっしゃったのか?」を質問すれば良かったと、大変残念に思いました。

 『愛の論理』、私は7日の11時30分に、「紀伊国屋書店梅田店」の1冊目をゲットしました。なぜ1冊目だとわかるのかというと、初めに聞いたカウンターのお姉さんは、コンピューターで検索して、「今、在庫ないですねえ。でも、今日発売なら新刊のカウンターに行ってみてください」と優しく教えてくれたので聞いてみると、「今、ちょうど地下に着いたところですから、10分ほどお待ちください」ということで、手に入れたからです。
 講演会までに読みきってしまいたいと、「論理的思考」が苦手な私は最初から読み始めたのですが、それでも、結構ムズカシイです。目から入った文字が脳に達せずに、耳からお手手をつないで出ていくような個所(飯田注:おそらく哲学書からの引用部分ですね・・・引用なので私が勝手に書き直すわけにはいかず、私も困りました・・・いやはや、哲学者の文章は、解説者泣かせです)もありましたが、それでも一生懸命読んでいくと、ある個所では心がザワザワと波立ち、ある個所ではシュンとなり、本を閉じると、何だかシーンとした気持ちになります。

 7月6日には本屋さん巡りをしましたし、今朝はHPで紹介されていたシフォンケーキを注文しました(明るい声の女性が出て来られました。13日に届くそうなので楽しみです)。私って、のせられやすいのでしょうか?
 講演会に出席させていただいて、「『つながる』って、こういう事なんだ」と実感しました。どうぞ、お身体を大切になさってください。HPの更新、楽しみにしています。

 PS.『愛の論理』を読んで、パウロは先生の過去生の一つだと想像しています。


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 ご無沙汰しました。
 先生にお知らせしたいことは山ほどあるのですが、先生のHPを拝見すると、とても割り込みする勇気が湧いてきませんでした。

 待望のご著書、ありがとうございました。7日に行きつけの宮脇書店に行って、HPにありましたように「飯田史彦先生の『愛の論理』入荷しましたか?」と、尋ねましたら、「え!、生きがい論の先生が、また書かれたんですか。直ぐに手配しますから、月曜日に来ていただけませんか」とのことでした。


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 このところ毎日先生のホームページ、楽しく拝見しております。
 今日のメッセージで、先生が近々アメリカにいらっしゃる事を知りました。(ビックリするとともにとてもうれしくなりました!!)
 先生がアメリカのどちらにいつ頃行かれるのか等の情報は、ホームページでは全く公開されないのでしょうか?!(どちらにせよ、先生とお会いできるかもしれないなあ・・・、等と勝手にワクワクしています。)(^^)

 ところで、先生の新刊、読むのを楽しみにしております。(先日のHPで紹介くださっていた、PHP研究所の松本様にお願いしました。とても迅速な対応をしてくださり、とても感謝しております。)

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『愛の論理』拝読させていただきました。
 過去にさかのぼり各種文献から、宗教と哲学の違い、心理学での「愛」等、判り易く整理された内容が、飯田先生の得意の表現方法で構成されてあり、また一つ洗練されたと実感しました。
 また、知識として勉強できたことばかりでなく、これまで自分が考えていた「愛」の考え方と比較して、うんうん頷きながら読めたことが、自分がこれまで考えていた「愛」の概念とほぼ同じであったことへの安堵感もありました。
 格調高い論調で、学術的価値のあるものであり、このようなテーマでの学術的価値のある本が少ない所での偉業は、さすがです。
 また、サインをいただくことになるでしょう。よろしくお願いいたします。いろいろお話したいことがありますが、またお会いした時の楽しみといたします。


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 ・・・などなど、ご紹介すると、きりがありません。
 お手紙を拝読していると、思わず感心してしまいます。



7月13日版

 怪奇現象発生!!

 本日、妻がまたしても趣味の少女マンガを買うために、福島市で最大の書籍売場面積を持つ「岩瀬書店中合(なかごう)店」に出かけたところ、

 「ねえねえ、『愛の論理』が、初登場で総合2位にランクしてたよ!」

 とのこと。まだ新聞広告も載っておらず、発売してからわずか2日間の集計分しかないのに、テレビで大いに話題になっている某ベストセラーに次いで第2位に初登場するとは、とても光栄なことです。

 ところが・・・

 調子に乗って、さきほど、県内だけでも10店舗以上を持ち、福島県でいちばん大きな岩瀬書店の、全店総合のランキングが載っているホームページを覗いてみたところ、何と、
7月3日から9日までの全店総合ベストセラー・ランキングの上位3位までを、私の著書が独占しているのです!
 しかも、どういうわけか、今ごろ、昨年に発売した『ブレイクスルー思考』と『生きがいの本質』が、1位と3位にランキングしているではありませんか!
 新刊『愛の論理』が上位に入るのはわかりますが、どうしてまた、こんなことに??

 以下、岩瀬書店のホームページからコピーして、そのまま現物を貼り付けさせていただきますので、どうぞ、この
歴史的珍事を、しかとご確認くださいませ。
文芸書ランキング
(2000/007/03〜2000/07/09)
ランク 書 名 著 者 出版社
1 ブレイクスルー思考 飯田史彦 PHP研究所
2 愛の論理 飯田史彦 PHP研究所
3 生きがいの本質 飯田史彦 PHP研究所

 ・・・どうやら、わが福島では、今ごろになって、『ブレイクスルー思考』と『生きがいの本質』のブームが再燃しているようです。色々な意味で、「さすが福島!」と、思わずうなってしまうしかありません。しかし、いかに怪奇現象とはいえ、ベスト3までを自分の著書が独占しているとは、誠に光栄なことと感謝いたしております。
 もしかしてこれは、かつて1960年代初頭に、あのビートルズがイギリスのヒットチャートで1位から5位までを独占して以来、30数年ぶりの世界的快挙でしょうか!?


 また、横浜にお住まいの、世界的に活躍されている経営コンサルタントの方からは、このようなお手紙をいただきました。

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この度は、「愛の論理」のご出版、おめでとうございます。
 経営コンサルタントとして仕事をさせて頂いておりますが、フロムやトルストイの言葉に久しぶりに接し、改めて、「愛」や「人生」について考える機会を与えられました。
 先生がエピローグで書いておられるように、『効率性と技術革新を追求するための社会経済システムではなく、愛を実現するための社会経済システムを模索することこそが、今こそ必要』であると、私も考えます。
 明日は宇都宮の企業経営者、明後日はブラジルから来日した2世経営者たちに会いますので、さっそく『愛の論理』を贈呈したいと思います。正に、今の日本にとって、タイムリーな書物だと確信します。今後の各社での社員研修や自己啓発研修会などでも紹介させて頂き、皆で「愛」について考えたいと思います。

 つい先日まで、米国の東部、南部、西部の情報産業集積地域を回って仕事をしておりましたが、本書の「愛」が、米国においても真剣に考えられなければならない時期にきていると感じています。
 日本国内にとどまらず、本書の刊行は、正にブレイクスルーをもたらすものだと思います。


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 私も、近いうちに、しばらくアメリカに行ってきます(時期はナイショです)。アメリカの状況について、自分の目で確認したことを、このホームページでもレポートいたしますので、どうぞお楽しみに!



7月12日版

 『愛の論理』の表紙をめぐる、致命的問題点が発覚!?

 実は昨日、ある親友の男性から、このようなメールが届いたのです。

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 **です。
 壺屋のおばさんのお通夜にいってきました。多くの客が詰めかけ、那覇からきたご親戚はびっくりしていたようです。学者がいて、ジャーナリストがいて、物書きがいて、、、多士済々のメンバーが、最後のお別れをしました。思うに、おばさんは人と人をつなぐ大事な役割を果たしてた人なのですね。最後によくわかりました。七日の朝すでに飯田さんのところにいっていたことを、うちの奥さんと**君、**君、**君に話すと、みな納得していました。ありがとうございました。

 ところで、「愛の論理」の報告です。新橋に新しくできた文教堂(駅前)では、平積みになっていました。さっそく買い求め山の手線に乗ったのですが、従来私は省資源の立場から、書店で付けてくれるカバーなしで本を持ち歩きます。
 すると、齢50近いおっさんが、「愛の論理」と書かれたバラの表紙の本を持ち歩くことに、、、。「しまった」と思うまもなく、心なしか、となりのお姉さんが身を引いたようです。さらに、足までも、、、。痴漢か変態か、はたまたロリコンか、、、と誤解を受けつつ、早々に電車を降りたしだいです。


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 なるほど。
 男性、特にご年配の男性にとっては、
人前でバラの表紙に「愛の論理」のタイトルの本を読むことは、勇気のいる行為かもしれません。俗に、同性愛者の方々のことを、「薔薇族」(女性同士の場合は「百合族」でしたっけ?)などとも申しますし・・・
 しかし、もともと、そのことは重々承知のうえで、あえてデザインした表紙。

 
今こそ、あなたの勇気の程度を試す、大チャンスです!
 どうぞ、男性の皆様も、勇気を出して堂々と、通勤電車の中で持ち歩き、愛に悩む現代人の方々に、使命感を持って、大いに本書の存在をPRしていただけましたら幸いです。少なくとも、たいへん人目をひく表紙であることは、間違いありませんから・・・(
全然フォローになっていませんね)。


 その他、本日も、『愛の論理』をめぐるメール特集です。

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 気品に 満ちた愛の論理。
 
大阪では 6日は 入荷されていないかと、大きな書店 10軒ぐらい 聞いて回りましたが、まだ との事。

 
大きな 都市なのに ちょっと 残念。 予約してある書店は7日の 夕方に入荷との事。 少しでも 早く 拝読させて 頂きたく 、 午前中に 紀伊國屋書店に 走り、ありがたくも 手に することが できました。
 その日は 早く お風呂に 入り、身を清め早く 食事を 済ませ、 宝物のような 飯田先生の ご本、愛の論理を 一文字一文字 かみしめながら 感動 感激 うなずきながら 拝読させて頂きました。
 癒しと 安らぎ、生きがいの源泉 だけでなく、教養など 縁が ない 私くしにも、 飯田先生の おかげで パウロ、トルストイ、フロム、 などなど  ほかの先生方の著書を 分かりやすく 分かりやすく お教え下さり 少しは 賢くなったかな?と 飯田先生には 感謝の言葉を 思い浮かべることしかできません。ありがとうございます。

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こんにちは、「愛の倫理」じゃなかった、「愛の論理」、きのうやっとゲットしました。

 うちのいちばん近くにあるのは大きな「蔦屋書店」ですが、先生の本がたくさんおいてあるのは、中規模の「信濃屋書店」といいます。三部作をはじめ、ブレイクスルー思考、生きがいの言葉、生きる意味の探究、生きがいのメッセージ・・・これらがいつも、めだつところに3〜5冊ずつくらい平積みにしてあります。人にあげたいな〜と思った時、いつでもあるので便利です。
 こちらに昨日取りにいったら、「何度もいらしていただいて、すみませんでした。」なんておっしゃられるもんで、「いえいえ、こちらこそすみませんでした。」(何度も探させてしまって)と恐縮してしまいました・・・
 今度からいつもここで買おうと思いました。
 これから、ゆっくり読みまーす。


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「愛の論理」読み始めています。
 プロローグの、「神経症の人は人を愛せないことを自覚していない」という言葉が、私のこころを揺さぶりました。
 なんで? もう、私の神経症は治っているのに、こんなにゆらゆらするんだろう? と思いました。7年もかけて治してきたのに〜。
 私は、愛する能力がないのに3人もの子育てをしてきちゃったんだ、と思ったら、罪悪感が涙と一緒にどっと出てきました。だから、子供たちに色々と問題が・・・・納得しました。それを分かっていながら私の子供になってくれたなんて・・・・本当に感謝です。
 いっぱい泣いて解放して、過去へのこだわりを手放したいと思います。
 先生、罪悪感を解放するチャンスを与えてくださって、ありがとうございました。きっと、この罪悪感たちが早く解放されたがっていたから、「神経症の人は人を愛せない」という言葉に、過剰に反応したんだと思います。

 では また   (^.^)/~~~


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いかがお過ごしですか? 

 「愛の論理」、拝読させていただきました。 
 今の私にとって、すべて必要な事柄ばかりでした。
 今、大変なことがあり、本当に救われました、ありがとうございました。 
 これから、私の「愛のバイブル」として大事にして行きます。
 (本を読まない家内も、一日で読破したようです。)
 
 それでは、失礼します。

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東京駅の栄松堂(正式にはこの漢字名でした)書店さんに、行ってみました。
  「愛の論理」、とても売れ行き好調です。50冊もあったのに、既に15冊くらいしか残ってませんでした。


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飯田先生〜〜〜!! ありました、ありました〜!
 やっと、ビターチョコレート色+マザーローズの表紙の本を、手にすることが出来ました。
 道程が遠いほど、出会えた感激もひとしおです!

 先生・・・・本当に、すごい本をこの世に送り出してくださって、ありがとうございます!
 時々投げ出したくなることもありますが、やっぱり人として生きるって、素晴らしいですね。いろいろな体験を、もっともっと、じ〜っくりと、よく噛んで味わいたいと思います。ほんとうに、ありがとうございます。


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 ・・・ああ、今夜も、就寝前のわずかな自由時間を、HPの更新にあててしまいました・・・・・・このところ、なかなかお手紙のお返事を書く時間がとれず、もう2週間分くらいのお手紙(ざっと70通くらいでしょうか)が溜まってしまっています。急ぎのお返事だけは、何とか時間をみつけては(新幹線での移動中などを利用して)書いているのですが・・・ここ3週間くらいの間にお手紙をくださった方々、どうかお許しくださいね。



7月11日版

 またもや、この20時間ほどで、1400ものアクセスを記録。
 『愛の論理』の出版前後の、読者の皆様の盛り上がりを、とっても嬉しく思っています。
 そこで、ご期待にお応えして、今夜もまた、更新してしまいましょう!


 まずは、あまりにも無残なお話から・・・

 実は、さきほど、「PHPのホームページに、新刊の紹介が載っているかな?」と思って、「PHP SHOP」をのぞいてみたところ、何と!
 さっそく載せてくださっていたのは有難いのですが、そこには、『愛の論理』の表紙写真の右横に、次のような内容紹介が書いてあったのです!


 「人と人を結ぶ絆は存在するのか、魂の伴侶との出会いは必ず訪れるのか――「生きがい三部作」の著者が「愛」について語る感動の一冊。」


 ・・・
もう、メチャクチャ!

 すでに『愛の論理』をお読みくださった方々にはおわかりのはずですが、実際の本書の内容とは全然関係のない、おかしな紹介文です。
 今回の『愛の論理』では、誰もが安心して人々に薦められるように、意図的にスピリチュアルな内容は避けていますので、「人と人を結ぶ絆は存在するのか」(ソウルメイトのこと?)とか、「魂の伴侶との出会いは必ず訪れるのか」といった内容には、まったく触れておりません。そのような興味本位の書ではなく、もっと深くて本質的な考察を行った、格調の高い思想書なのです。それなのに、このような間違った紹介をされては、まるで真理を説く怪しげな精神世界本であるかのように誤解されてしまうではありませんか・・・それこそ、私がもっとも恐れ、嫌っていることなのです。

 しばしば誤解されて困るのですが、私は「生きがい論」の研究者であり、決して、精神世界の研究をしているわけではありません。精神世界そのものには興味がなく、精神世界の本も、ほとんど読む価値を感じません(たまに有名な本を薦められて読んでも、あまりに興味本位で根拠のない、いい加減な内容なので、がっかりするだけで終わります)。精神世界に興味があるという方々からの講演依頼も、「私は精神世界の研究者ではありませんので、他の講師をお探しください」と申し上げて、はっきりとご辞退しています。正直なところ、その種の方々のしつこい言動にはうんざりさせられているため、常に一定の距離を置いておき、巻き込まれないように気をつけています。

 私は研究者として、根拠のないことは信じない頑固者なので、大学の先生やお医者さんなど、信頼できる肩書きを持つ人がスピリチュアルな内容に触れた真面目な研究のみを、良識の範囲内で「生きがい論」の観点から引用しただけのことにすぎません。事実、スピリチュアルな内容にはまったく触れない著書や論文も、たくさん発表しています。
私の心の半分は常に唯物論的な慎重さと冷静さを保っているので、スピリチュアルな内容には、「生きがい論」として必要最小限の範囲内でしか、興味がないのです。

 ああ、それなのに・・・どうして、こんなに、内容とは全然関係のない、メチャクチャな紹介文が載せてあるのでしょうか?
 この紹介文を書いた方は、きっと、『愛の論理』の内容を全然読まないで、タイトルだけを参考に、想像にまかせて適当に書いてしまったに違いありません・・・

 (その後、さっそくPHPからご連絡があり、修正を指示してくださったとのこと。したがって、現在では直っているはずです。ほっとしました。そもそも、宣伝文句と内容が全然違うのでは、注文してくださった読者に対して、失礼ですからね。)


 気を取り直して、以下、『愛の論理』の入手をめぐる全国の動向です!

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いつもは発売前日にゲットしていたのですが、今回は6日夕方に見つけられず、7日も午前中は八王子の大手書店をくまなく探したのですが、見当たりませんでした。
 そこで、「こんなすばらしい愛の本が、巷に広まっては困る…という闇の勢力(?)が、先生の本を阻止しようとしているのでは・・・?」などと、一瞬、私の脳裏に浮かんだのですが、

「あっ!*********」

 な、なんと「搬送用のワゴン」の中に、「ば、ばらが・・・」
 それも、あの色は・・・

 八王子駅前の「三省堂」書店で、新刊書コーナーの脇においてあったワゴンの中に、飯田先生のホームページで見たビターチョコ色の表紙があるのが、目に入ったのでした。(7日午後3;30頃)
 まだ店頭に並べられていなかったので、この書店での第一発見者は、たぶん私でしょう。(う・ふ・ふ)

 ドキドキしながらワゴンに積んである本を指差し、

「こ・これください!」

 と、興奮気味で言った私でした。

 まだ全部読んでいませんが、持っているだけでエネルギーを感じる、「愛のつまった本」だと思います。
 家族で楽しみに読まさせていただきます。ありがとうございました。


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飯田先生へ

 **大学教官の**です。

 「愛の論理」を、まずはざっと読ませていただきました。
 いつもながら、説得力のある引用と、読者が自分を分析的に診断することのできる各種のスケール、そして最後にまた統合と、全体を通してすばらしい出来となっていると思いました。

 「経営学者がこのような本を書いているから日本経済がだめになった」という投書の引用は、今までの御著書にも出てきますが、私に言わせれば、日本経済を含めて日本社会が危機的状況にある今だからこそ、先生のような視点から個人に愛を訴え、目覚めさせる必要が、経営という側面に必要となっているのだと言いたいところです。
 言い換えれば、個人の反対としての集団、愛の対局としての力関係にのみ目をむけ続け、だれもそれを見直し、批判し、軌道修正できずに来た伝統的な状況を変えるには、この状況を形成してきた反対の価値観、つまり個人が愛ということについて考え直して実践することが、必要となるわけです。


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愛の論理、手にいれました。
 7/7に浦和の書店にはなくて、7/8横浜に行く途中、上野駅の構内の書店にうづ高く積まれたのをみつけて、とても嬉しかったです。横浜までの電車の中で、少し読みました。
 昨日、講習会で麹町まで出たついでに浦和の駅のそばの書店によったら、さすがに入荷してました。うづ高く積まれていました! 嬉しかったです! で、一冊買いました。
 まだ途中までしか読んでいません。考え込んでしまって、一気に読めないのです!
 もう読み終えた方がたくさんいらして、あせっているのですが(これも受験戦争の弊害の感情かしら)、ゆっくり味わわせていただいています。


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「実りの多い大きな木ほど、多くの石を投げられる」
 「愛の論理」を読ませて頂いて、まさしくそうだなあと思いました。
 すばらしいものを誕生させるためには、「産みの苦しみ」が必要なんですね。
 そうやって、ひとつ乗り越えると、また次の高いハードルがやって来るのでしょうが、その周期がまるで陣痛のように、段々早くなってくるのかもしれませんね。飯田先生は、私には想像できないほどの、高いハードルをいくつも越えていらしたのでしょうね。

 現実的で具体的な解説、馴染みやすい表現にも感動しました。
 また、いろんな意味でのバランスの大切さを改めて実感しています。

 私自身は、ご存知のように、「この段階に安住しておきたい」誘惑に、いとも簡単に負けています。しかし、この本を読んだからには、向上心から遠ざかってしまわぬように、さらなる成熟を心がけていきたいものです。必ず頂上に辿り着けると信じて。
 と言いながら、「3歩進んで2歩下がる」どころか、「3歩進んで4歩下がる」毎日。あ〜〜〜あ。人生はワンツーパンチ!?ですね。


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7月6日、近くの、香川県で一番大きい書店に、張り切って行きました。HPに書いてあった通り、奥の注文書のコーナーで、係りのオバサマ(ちょっと恐い)に、「今日か明日に入荷予定の、イイダ フミヒコさんの アイノ ロンリはありますか?」って。・・・するとオバサマいわく、「え〜? ヤマダ フミコの 愛の不倫? ちょっと待ってよ!」
 まわりの人たちが、ジロっとこっちを見ました。
 「いえ、あの、イイダ フミヒコ先生の、アイノ ロンリです」と、大きな声で言いました。すると、入荷予定の資料を持ってきてくれて、「ああ、7月の10日過ぎやな〜」とのこと。私、がっくり・・・遅くても、明日、7月7日の夕方に、ベランダで、最近凝っているガーデニングを見ながら、あわよくば天の川を見ながら読もうと思っっていたのに・・・

 気を取り直して「予約しときます」と言うと、「大丈夫、大丈夫。たくさん入って来るから、当日でも大丈夫やわよ」とあっさり言われ、従うことにしました。やはり、こちら香川は田舎なんだな〜と、つくづく実感。

 翌日、7日。
 「都会の皆さんは、今ごろ、愛の論理をGETされているんだろうな、うらやましい〜」と思いながら、「あっ、そういえば、まだほかにも本屋さんはあったぞ!」と気づいて、紀伊国屋書店に電話してみる。さっそく若い女性が丁寧に受けてくれて、「明日の朝に入荷」とのこと。やった〜!
 まあ、1日遅れなら許そう、仕方ない。昨日よりは、断然いい気分です。香川県で一番大きい書店よりも早いとは、さすが紀伊国屋書店は全国区。あと24時間が、待ち遠しいです。


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 ・・・というわけで、昨日もまた各地で、悲喜こもごもの情景が繰り広げられたようです。
 地元、福島にも、ようやく新刊コーナーに山積みになっているとのこと(学生たちからの情報)。
 読者の皆様、本当にありがとうございます!



7月10日版

 ふう・・・

 遠路はるばる新幹線で、やっと阪大での講演会を無事に終えて、福島に帰ってきました。

 ・・・とは言え、あと10時間後には、また郡山に出張し、市立中学校の全校生徒を相手に90分間の特別授業(生きがい論の講演)を依頼されています。冷房のない体育館での授業なので、とにかく「涼しい日になってください」と、天にお願いするしかありません。カンカンの晴天になってしまうと、もう体育館は蒸し風呂状態で、生徒も私もノビてしまうでしょうから・・・ああ、小雨が降ってほしい・・・照る照る坊主ではなく、降れ降れ坊主を作らねば・・・


 さて、発売されたばかりの『愛の論理』をめぐるメールの数々を、ご紹介しましょう。

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新刊『愛の論理』、早速、読ませていただきました〜!!
 うんうん、と頷きながら、時にはう〜ん、とうなりながら、また最後にはうるうると涙しながら、読み終えました。

 私は、第4章に載ってる愛の定義、『愛とは、**************、・・・******。』というところ、そして『私たちは、・・・*********、・・・*******。・・・*********、*********。』という文が、大好きになりました!
 不思議とこの本を手にしてると、バイブレーションが伝わるのか、左手がジンジンしてきます。この本自体が、愛を発信しているように感じます・・・!

 ところで、発売日だった7月7日、本屋さん(福岡の丸善)に受け取りに行ったら、新刊なのに、もう二冊しか残ってませんでした。店員の方が、
この本、どんどん売れてるんですよ。とおっしゃってました。
 本当は、他の人にプレゼントできるよう、2〜3冊まとめて買っておこうかと思ってたけど、まだ探しにくる人がいて、私が買うと読めなくなっちゃうかも、と思い、買うのを控えました。もう少し落ち着いて、店頭に余裕があるようになってから、また買いに行きますネ。

 『愛の論理』を読みながら、飯田先生の存在の大きさを感じました。今まで見えていなかった、たくさんのことを知ることができました。本の中に書いてあったように、「**」を****ことから始まることも、実感できるようになりました。まだまだだけれど、私も少しでも、山頂を目指してがんばりたいと思います。


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福井県庁の**です。
 「愛の論理」を7日に購入し、読まさせていただいております。

 ところで、先生のホームページを見ましたら、「愛の論理」入手をめぐるメールの数々の中に、福井県勝山市の方のメールが紹介され、福井市の紀伊国屋書店に7日になかったとのメール。
 いえいえ、
福井は田舎じゃありません。ああ、残念なことに、紀伊国屋書店のすぐ近くの地元の勝木書店(先生の福井での講演会の時、書籍販売をお願いした書店です)には、7日に山積みされてたのに・・・。
 でも、地元の方のメールを見ると、うれしいものですね。先生に、昨年9月に講演会をお願いした時のことを思い出します。多くの方々の反応をいただき、うれしかったことを・・・。

 こうして多くの人がつながっているのですね。
 ぜひ、また機会がありましたら、福井へ来てください。
(機会はつくるものかもしれませんが。)


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飯田先生〜 お元気ですか〜?

 実は・・・『愛の論理』 まだ、手にしていません・・・・。くすん。
 7日、職場にお届けしてくれる書店さんに予約したので、待っていたんですが、なんの音沙汰もなく・・・帰りに寄った書店さん3件とも、冷たくあしらわれ・・・結局、10日の入荷とのこと。台風のせいでしょうかね〜? いつもは大丈夫なんですが、今回に限って遅れています・・・。

 ちなみに、今日も、書店に行きましたが・・・・くすん。目についたのが
『性の倫理』・・・ う〜ん。全然違う。ついつい『倫理』に目がいってしました。

 明日こそ、ゲットします。
 表紙のビターチョコレートの色、いい色っぽいですね〜。早くみたいです。この頃、茶色がマイカラーになっています。

 それでは、また。
 お体にはお気をつけてくださいね〜!!


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 何とか手に入れた『愛の論理』、貪るように読んでいます。
 まだ途中ですが、「愛しすぎ症候群」にピッタリ当てはまる自分に苦笑しながら、第4章を楽しみにしています。

 そして、先生の言葉通り、読み返せば、今はわからない意味が、見えてくるような気がします。
 二度、三度と読み返すには、充分の長さの人生を予定してると自負していますので、新たな発見が楽しみです。


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「愛の論理」拝読致しました。
 
生きがい論の心髄ともいえる内容ですね。
 どうもありがとうございました。

 これからも、自信と勇気を持って、山の山頂向って、長い長い道のりを1歩ずつ歩き続けたいと思います。

 次は、「生きがい教育論」をぜひぜひ、おねがいします。


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 さて、そろそろ、『愛の論理』も全国の書店に出回るはず。
 まだ入手されていない方は、どうぞ書店をのぞいてみてくださいね!



7月7日版

 この文章を書いている現在、まだ7月6日の午後9時ですが、紛らわしいので「7日版」としておきます。6日の午前4時すぎの時点で「236204」だったアクセス計の数字が、今、「237712」・・・・・・つまり、また本日も、たった18時間ほどで、1500アクセスを超えたことになります。
 18時間前に更新したばかりですが、皆様の異様な盛り上がりにお応えして、またまた『愛の論理』をめぐる最新情報を、レポートさせていただきます。

 先ほど、「人事管理論」の講義を終えて、大学から自宅に戻ってきたところ、以下のようなメールが届いておりました。

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 飯 田 先 生 へ

  東京駅周辺の書店状況を報告させていただきます。

  私は、お昼頃、外出先からの帰りに、八重洲ブックセンターに向かいました。
  そして、まだ店頭にないことを確認してから、1階から少し下ったところのサービスセンターの親切そうなお姉様を見つけて、白々しく、 「今日(本当は明日ですが)発売の飯田先生の愛の論理はありますでしょうか」と尋ねてみると、彼女は「PHPさんの飯田史彦さんの新刊ですよね」と言いつつ、奥のおじさんとゴソゴソ内緒話。
 私は「ヨシ!」と思ったのですが、そのおじさんが出てきたかと思うと、「
確かに本日、10冊入荷しました。でも、午前中に何人もの方々から同様のお尋ねがあり、すでに完売です。再度、いつ入荷するかわかりません。また今度、4階を覗いてみて下さい」とのこと。
 ガ、ガーン!!
 きっと、昨夜の先生のHPに書いてあった、スクープ記事の反響に違いありません。そのおじさんは、 「
正式には、明日発売のはずなのになあ・・・」と、不思議そうに首をかしげておりました。

 そこで、あわてて日本橋の丸善に行って同様に尋ねてみたところ、「
確かに今日発売しました。でも、お客様と同じようにお尋ねくださる方々がたくさんおいでになって、本日入荷した分は、店頭に出す前に売り切れてしまいました」との返事。
 ガ、ガーン!!

  飛ぶようにして、仕事そっちのけで東京駅の大丸にある三省堂に行ってみると、「まだ、うちには入荷していません。本日は、入荷予定はありません」とのこと。
 ガ、ガーン!!

  ガッカリしながら、会社に戻ろうとして、東京駅を丸の内方面に移動中のこと・・・・・・
東京駅の構内にある「エイショウドウ」書店を、期待しないで眺めてみると、ナントナント! 奇麗なぶどう色の背景に、気品に満ちたバラが・・・まさに『愛の論理』が、50冊以上も、一番目立つ位置に山積みにされているではありませんか!!

 「アーーーー、#%@@”=’&−|!!!!」
(興奮のため錯乱状態の私でした)

  早速、購入して会社に戻りましたが、我慢しきれません。勤務時間中でしたので、役員室のあるフロアーのキレイなトイレにたてこもって、一気に拝読させていただきました。
  読みながら、「あ〜、ナルホド・・・」という、不思議な感じがしました。そして、最後の方は、「これまで、なんて自分は、何も考えずに生きてきたのだろう」と、自責の念を持ちました。
 それにしても、人間としての愛の成熟度を公式化されるとは!
 まさに、「愛のバイブル」です。
読みながら、胸が苦しくも熱くうずき、初恋の人や今でも心の奥にしまっている忘れられない女性の淡い思い出が、走馬灯のようによみがえってきました。ああ、あの時に本書を読んでいれば・・・・・・。読みながら私は、映画「鉄道員」の、思い出にふける高倉健さんのような状態になってしまいました・・・今夜は、一人で飲みたい気分です。明日への希望をいだかせる、本当に素晴らしい本、有り難うございました。

 
素晴らしい著作を世に出されたことに、深く感謝いたします。
 また家に帰って、じっくりと読みたいと思います。なにせ、トイレの中でしたので・・・。

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 ・・・なんと、あの八重洲ブックセンターも丸善も、すでに午前中に、店頭に並べる前に売り切れてしまったとは!
 それにしても、あの巨大な八重洲ブックセンターに、たった10冊しか入荷しないはずがありません。おそらく、発売当日である明日には、また大量に入荷するはずですが・・・
 さっそく、編集担当のPHPの節子嬢にお電話してみたところ、「
それは大変! さっそく営業に確認して、店頭に切らさないよう、補充をお願いしておきます!」とのことでした。これで、八重洲ブックセンターでも丸善でも、発売日の朝から、無事に店頭に並んでくれることでしょう。発売日の朝から品切れになっているという状態ほど、書店・出版社にとって無様な展開はありませんから・・・。

 それにしても、東京駅の構内の書店「エイショウドウ」さんには、頭が下がります。発売前日だというのに、すでに、一番目立つ所に50冊も山積みにしてくださっていたとは!
 何しろ、あの人通りの多い東京駅構内の書店で、一番目立つ所に山積みしていただけるということは、著者にとって、これ以上は考えられない破格の扱いなのです。サッカーにたとえれば、ワールドカップの決勝に出場したフランスやブラジルのような、最高の栄誉。書店さんが、「これは売れるぞ」と判断してくださったからに、ほかなりません。私は「作家」ではありませんが、「物書き」の1人として、これ以上は望めないほど有難いことなのです。この場を借りて、エイショウドウ書店様に、心より、深く感謝申し上げます。


 ところが、ちょうど本日、ある読者の男性から、このような怪奇現象の報告があったのです!

********************

 
飯田先生、新著『愛の論理』の刊行、おめでとうございます。
 
今度もまた、美しい装丁の素敵な本ですね。


 申し遅れましたが、私、東京大学の大学院に在籍しております**と申します。

 実は私は、7月1日に、神田神保町の「書泉グランデ」2階で、あろうことか、7月7日発売であるはずの『愛の論理』が棚に並んでいるのを発見し、購入してしまっていたのです。
 今度のご著書は、きっと、今まで以上のベストセラーになると思われます。先生、どうかお身体を大切に、そして息長く、このような素晴らしいお仕事をお続けくださいませ。


********************

 なんと、どういうわけか、7月1日に、『愛の論理』が1冊、神田の書店の棚に並んでしまっていたとは!
 7月1日といえば、私がようやく見本本を手にしたばかりの日。
 「そんなことがあるものか」と、さっそく、またPHPの節子嬢にお電話したところ、「おかしいですねぇ・・・そんなことはあり得ませんが・・・・・・おそらく、取次店(卸売業者)に見本本としてお渡ししたものの1冊が、何かの手違いで、店頭に並んでしまったとしか考えられません・・・」と絶句。
 上記のお手紙の筆致からして、冗談ではないことは明らかです(氏名・住所も明記でした)から、まさに怪奇現象です。世の中には、ラッキーな方がいらっしゃるものです。



7月6日版

 なんと、約24時間前に記録した時点で「234146」だったアクセス計の数字が、現在、6日の午前4時すぎの時点では、「236204」に!
 この1日だけで、2000以上ものアクセスがあったことになります。

 どうやら、『愛の論理』の発売日が間近に迫って、読者の皆様の盛り上がりも、ピークに達しているようですね。私の著書を材料にして、皆様がワクワク、ドキドキと「生きがい」を感じてくださることは、とっても嬉しいです。まさにそのために、私も、こうして頑張って更新しているのですから。

 そこで、本日は、発売直前の
スクープ情報を提供いたします!

 さきほど、読者のひとりから、このようなメールが届きました。

********************

 
飯田先生へ

  愛の論理、楽しみです。
  **駅前の**********では、
   どうも明日、フライング発売する気配です。
   お店のお姉様が、こっそり、「明日寄ってみて下さいネ」と、
   囁いてくださいました。


********************

 そう、7日の発売ということは、『愛の論理』の現物は、すでに6日には書店に到着しているということ。地域によって配送時間が異なりますが、上記の情報によると、少なくとも大都市の大規模書店では、到着しだい、販売を開始するようです。
 実際に、私の過去の著作の時も、「前日の夕方に書店に行ったら、すでに並んでいた」「発売前日、店頭には無かったが、店員さんに尋ねたら倉庫から持ってきてくれた」という報告を、たくさんいただきましたから。


 また、昨日は、今やこのホームページの読者の間でアイドル的人気となった「
カリスマ編集者」、PHPの節子嬢から、このようなFAXをいただきました。

********************
 
前略

 『愛の論理』ができるまでのドラマ、ホームページで読ませていただきました。

 飯田先生は、「経営論」や「生きがい論」のほかに、「小説」も書けるのだということがわかりました。
 表紙カバーについての、あの思わせぶりな書き方・・・・・・これでは、ホームページの読者は、発売と同時に、書店に走らねばならないではないですか! (先生って、罪つくりなお方です)

 一連のホームページで、私を、『愛物語』のヒロインにしてくださって、ありがとうございました。客観的に拝読していると、まるで私が、「いい奴」であるかのように思えてくるではありませんか!
 ひと時の夢を、ありがとうございました。

 あとは、増刷に向けて、営業にハッパをかけねば!
 当社の幹部も、「これは売れそうだ」と言っておりました。
 素晴らしい本の完成のために精一杯に尽くした今は、7月7日に世の中にお目見えする『愛の論理』に、読者が注目してくださることを、ただ祈るばかりです。

                    草々

********************

 今回の執筆作業では、
「編集者」という裏方のお仕事の苛酷さと、「本をつくる」という社会的使命の素晴らしさを、このホームページの読者の皆様にもお伝えしたいと思い、ありのままにご紹介してきました。節子嬢は謙遜されていますが、本当に献身的なお方なのです・・・今回、私の著書の担当になって、ご家庭が崩壊してしまわれたのではないか(これぞ「殉職」でしょうか?)と、真面目に心配しています。節子嬢へのご恩返しは、とにかく、本書が世の中から評価していただけることしかありませんので、著者である私の責任は重大です。

 さて、前回の更新で、すでに表紙カバーを生写真で公開いたしましたが、画面上では、実物とはかなり違う色で表示されているはずです。事実、私のパソコンでも、かなり違う色で表示されていますので・・・あなたも、どうぞ店頭で、『愛の論理』の表紙カバーが、本当はどのような格調高い色彩なのかを、ご自分の目によってお確かめくださいませ。

 書店で探す時に、表紙カバーをイメージする合言葉は、

「ビター・チョコレートを背景にして凛(りん)と咲く、
 1本のマザー・ローズ(母性的なバラの花)」


 です!




7月4日版

《 前回7月2日版の末尾から続く 》

 やがて私は、ゆっくりと表紙カバーから視線を上げ、緊張に震える節子嬢に向かって、決定的なひと言を吐いてしまったのです。
 そのひと言とは・・・・・・

 
「ああ、とっても良いじゃないですか〜っ!!


 それでは、このホームページ始まって以来、初めての試みによって、読者の皆さんを「あっ!」と驚かせて差し上げましょう。
 何と、
完成品の表紙カバーを、発売前に、実物大の「生写真」で公開してしまいます!!


 はい、皆様、もう、とっくに、画面を見ながらびっくり仰天されていますよね!?

(ただし、色については、ご使用のパソコン・ディスプレイの種類・性能や色彩設定によって、かなり違いが出てしまうため、実物とは異なる色・・・特に、実際よりも明るい色で表示される可能性が高いことを、ご承知ください)




 
・・・というわけでございます。

 前回更新の末尾で、私は決して、誇大広告を打ったわけではありません。


 実際の展開はというと・・・

 
「第3校があまりにも良かったので、あのままの色が出なかったという意味で、私は70点の出来だと申し上げたのですが・・・先生、本当に、これでいいんですか?」
 「ええ、いいんです。とってもいいですよ。」
 「でも・・・」
 「第3校と比べるからいけないんですよ。これはこれで、第3校とは全く別ものとして、新たな気持ちで眺めてみると、第3校には無かった素晴らしさが見えてくるんです。」
 「それは?」
 「第3校は、みずみずしさという観点からは最高でしたが、その反面、全体的に派手すぎて、品格に欠けたんですよ。その点、この完成版だと、バラの色と背景とのバランスが素晴らしいんです。こげ茶色と深紫が微妙に混ざり合って、何とも言えない不思議な色彩をかもしだしていますよね。第3校って、バラの鮮やかさを重視したために、背景まで鮮やかな茶色になりすぎて、何だか、どこかの国旗か、子供の絵本みたいになっちゃったんです。バラと背景が、ケンカしていたんですよ。・・・でも、今回の完成版だと、確かに全体的な色彩の派手さは抑えられましたが、その分だけ、背景の色が上手にバラの引き立て役に回ってくれて、ギリギリのところで品のある鮮やかさを保っているんです。」
 「ふむぅ・・・なるほど・・・」
 「だから、ひと言で言えば、今回の完成版の方が、適度に色彩が抑制されていて、格調と品格の高さを感じさせるんですよ。何しろ、よくある恋愛のノウハウ本とは違って、生真面目に人間愛を語る思想書なんですから、内容の格調の高さをそこなわないカバーにしておくことも大切なんです。」


 ・・・というわけで、編集者の節子嬢と私は、しっかりと握手をして、その場を離れたのでした。

 さて、7月7日、『愛の論理』の発売まで、
あと、ほんの数日です!
 どうぞ、お楽しみに!



7月2日版

 ♪は〜〜るばる、行ってきました広島へ〜〜♪

 ・・・というわけで、無事に綱渡りの乗り換え(前回更新参照)に成功し、予定通りのプランで広島に着き、修道中学・高等学校での講演会を終えてきました。とは言っても、鉄道マニアにとっては、まったく「綱渡り」とは言えない初歩的なプランなので、何の自慢にもなりません。鉄道マニアにとっての「綱渡り」とは、1分から2分程度の乗り継ぎ時間で、ホームの階段を駆け上がって、いくつも先のホームから発車しようとする列車にギリギリで飛び乗ることを言うのです。

 持参した3個の目覚まし時計に加えて、寝台個室に備え付けの目覚まし時計をセットし、さらに車掌さんにまで「徳山の手前で声をかけてください」と頼んでおくという、5重の仕掛けが効を奏しました。(結局、徳山に着く30分も前にフライングして起こしに来てしまった車掌さんのノックで、泣く泣く起こされてしまう羽目に・・・)

 しかも、帰宅してみると、郡山市の市立第*中学校から、「事情があって、一刻も早く、全校生徒の前で、人が生きる意味や生命の重さについての講演をしてやって欲しい」というご依頼が来ていました。わざわざ授業をやり繰りして全校生徒を集め、私の「生きがい論」の講演のために、90分(授業2コマ分)をご用意くださるとのこと。なにやら、ただならぬ深刻な気配です。さっそく、昔大好きだった「サンダーバード」(国際救助隊)のテーマ曲を思い浮かべながら、7月上旬に、馳せ参じさせていただくことになりました。


 さて、以下は、今回の広島ツアーのレポートです。


 《
怪談その1

 木曜日の夜のこと。
 東京駅で「のぞみ」に乗り換え、指定席に座った瞬間、窓の外から、こちらを向かってノックする不気味な男の姿が!

 
「い、いったい、お前は誰だ!?」

 と身構えると、どこかで見たような、人の良さそうな笑顔・・・な、なんと、以前、私がラジオに出演する際の大ピンチに、わざわざ東京駅からNHKまで車でお送りくださった、通称「
東京駅拉致(らち)男」ではありませんか! (詳しくは、「今週のメッセージ」の2000年1月31日版をご参照ください)
 拉致男は、腕時計をちらりとみると、大急ぎで新幹線の中に入って来ました。

 
「あ、あなたは、いつぞやの拉致男、い、いや、富*通の**さん!」
 「ええ、ホームページに、この時間に東京駅でお乗換えになるとお書きでしたから、久しぶりにお会いしたくて、差し入れをお持ちしたんです。」


 と語る拉致男の手には、なぜか「琉球・玉泉洞王国村」とプリントされたビニール袋が。

 
「り、琉球?? なぜ、沖縄のお土産袋を???」
 
「差し出がましいおせっかいかとは思いましたが、ホームページを拝見して、どうにも居てもたまらず、おにぎりと天然水をお持ちいたしました。さ、どうぞご遠慮なくお召し上がりください。」

 と手渡してくださった沖縄のお土産袋の中には、「東京駅大丸デパート」の刻印のある、シャケ・おかか・タラコのおにぎり3点セットと、おいしい天然水のペットボトルが。

 
「それから・・・こんな所で恐縮でございますが、できましたら、ご講演のご依頼もと思いまして・・・場所は、鹿児島なんでございますが・・・」
 「か、鹿児島〜っ???」


 ・・・というわけで、かの拉致男は、東京駅を発つ私の新幹線を、窓の外から深々と頭を下げながら、お見送りくださったのです。
 考えてみると、すっかりお弁当を買い忘れていたので、これ幸いと、いただいたおにぎりをさっそく頬ばり、おいしい天然水で喉の渇きを癒した私でした。
 いつもながら、礼儀正しい好青年の拉致男さんに、いたく感心・・・・・・あれほどの好青年が、いまだに独身で彼女募集中とは、世の中おかしなものです。せめてもの恩返しに、どなたか素敵な女性を、お世話して差し上げるのが良いのでしょうか? 「もしかして、私の著書なんかに共感していることが災いして、女性たちが気味悪がってしまうのでは・・・」などと考えてしまうと、思わず責任を痛感しないではいられません。

 しかし、それにしても、なぜ、東京駅で買ったはずのおにぎりが、沖縄の「琉球・玉泉洞王国村」のビニール袋に入っていたのでしょうか??
 とにかく、キツネにつままれた気分で、西へと向かった私でした。


怪談その2

 そして、名古屋。
 名古屋駅では、10分間の乗り換え時間で、新幹線ホームから、寝台特急「あさかぜ」のホームへと移動しなければなりません。名古屋止まりの最終便で降りた大量の人々の波をかきわけながら、在来線乗換え口に向かった私でしたが・・・

 
「え〜と、あさかぜが入線してくるホームは・・・」

 と、私が乗り換えホームを探していると、たまたま隣にいた見知らぬ女性(推定年齢25歳)が、

 
「あさかぜは、3番ホームですよ。」

 とのこと。

 
「あ、3番ですか、どうも…」

 と、その女性に頭を下げて乗り換え口を通過し、私は足早に3番ホームへと向かいました。何しろ、新幹線のホームは14〜16番。3番ホームは、はるか先です。私は、かさばる荷物(大きな目覚まし時計が3個も入っていますから)を抱えて、ひたすら3番ホームへと急ぎました。

 ところが、入線してきた「あさかぜ」に乗り、目覚まし時計もセットして、ほっとした私の頭を、ふと、ある恐ろしい疑念がよぎったのです。

 
「・・・あれ? あの女性は、どうして、僕があさかぜに乗ろうとしているのが、わかったのだろうか???」

 そう、私は、頭の中では「あさかぜ」のホームを探して、電光掲示板の場所を見つけ出そうとキョロキョロしていましたが、決して、「あさかぜ」という名前を口に出しながら歩いていたわけではないのです。たとえ小声で口に出したところで、人ごみで大変うるさい駅の構内ですから、通りすがりの人に聞こえるはずもありません。
 考えてみると、ちょうど乗換え口で、たまたま横にいた女性が、なぜ、「あさかぜは3番ホームですよ」などと的確に教えてくださったのでしょうか?
 あまりにも、出来すぎたお話です。

 
「も、もしや、あの女性は、あそこで私を待ち伏せしていたのでは・・・」

 思わず背筋が寒くなった私ですが、今となっては、真相は定かではありません。もしかすると、私が手に持っていた「あさかぜ」のチケットを偶然に見て、親切に教えてくださっただけなのかもしれません。しかし、若い女性が、見ず知らずの男性に、そこまで親切にしてくださるものでしょうか・・・
 とにかく、「東京駅拉致男」と
名古屋駅ホーム指示女」のご両人のおかげで、無事に「あさかぜ」に乗りこんだ私は、一路、西へと向かったのです。


怪談その3

 すると、今度は、けたたましい音で、私の携帯電話が鳴り響くではありませんか!

 
「な、何事?!」

 あわてて通話ボタンを押すと、な、なんと!

 
「しくしく・・・しくしく・・・」

 うるさい列車の音で聞こえにくいものの、確かに、
さめざめと泣く女性の声が・・・

 
「もしもし、誰ですか?!」

 「・・・ツーーーーーー」


 この大切な時に、列車はトンネルに入り、通話不能状態に。

 「い、いったい、誰なんだろう?!」

 私は、トンネルから出ると、あわてて自宅に電話しました。よく聞き取れなかったものの、声からすると、まだ20代から30代の女性。まずは、ちょうど体調を崩していた妻かと思ったからです。
 ところが、

 「こんな夜中に、どしたん?! せっかく寝とったのに・・・むにゃむにゃ・・・」

 と、眠り込んでいた妻を起こしてしまって、眠そうな広島弁で叱られる始末。
(まさに、「寝た子を起こす」とは、このこと・・・トホホ・・・)

 すると、またしても携帯のベルが・・・

 
「はい、もしもし! 飯田ですが?」
 「しくしく・・・しくしく・・・あ、飯田先生・・・」
 「今、受信状態が悪くて、よく聞こえないんです! 列車の中なんです! また、すぐに切れちゃいますよ!」
 「・・・ごめんなさい・・・苦し・・・ね・・・あ・・・・・・ツーーーーーーーー」
 「もしもし!? もしもし!?」


 ・・・非情にも、ますます受信状態は悪くなり、電話は2度とかかって来なくなりました。
 そして、寝台列車の孤独な夜は、不安感で一杯の私を乗せて、更けていったのです。

 
「いったい、誰だったのだろう? 早まって、自殺でもしなければ良いが…」

 その夜も、たくさんの存在たちが私のもとを訪ねてきましたが、「たった今死んだばかり」という友人は誰一人も来ませんでしたから、どうやら、何とか彼女も、無事に一晩は明かしたようです。

 やがて、徳山駅で新幹線に乗り換えて広島に引き返した私は、無事に修道学園での講演を終えました。ボロボロ泣きながらお聞きくださった満場のご両親様方、本当にありがとうございました。「紀伊国屋書店に買いに行きましたら、先生のご著書がずらりと平積みで置いてありましたよ」とおっしゃった校長先生・・・本当に、ご自分で買いに行ってくださったのですね。全部お読みくださったとのこと、感激です。


 ・・・・・・以上、木曜日から金曜日にかけての、ドラマティック・ツアーのご報告でした。さまざまな登場人物のおかげで、ハラハラ・ドキドキ、スリル満点の旅になりました。

 ところが、帰宅後にパソコンをつけてメールボックスを開けると・・・・・・次のような、ありがたい「お叱り」のメールが、たくさん届いていたのです!

********************

飯田さんへ

ホームページ拝見しました。
きっとあなたが、このメールをご覧になっているころは、無事に広島からお帰りなのでしょうが、「ストーカーされている方が、こんなふうに乗る電車の予定を公開されるのは、大丈夫なのかしら」、と思ってしまいました。
それでなくても、追っかけファン(?)の方々が、徳山に着く前に、目覚し時計の替わりに、あなたを起こして差し上げようなんて思われるのでは? あるいは、逆の情報を、わざと与えておられるのかしら?

何となく、老婆心でメールしてしまいました。

PS.山口県光市で生まれた私は、徳山はなじみある駅で、徳山、小郡と、何だか懐かしい思いで眺めました。


********************
********************

飯田先生へ

先生、ばれていますよ。
最初は先生に会いに行こうかと思いましたが、すぐに、
「危ないのに本当のことを公開するはずがない。にせものの列車計画だな」
と見抜けました。

だから、会いに行くのは、やめておきます!(^_^;)


********************

 なるほど、皆様のおっしゃる通り。

 単純な私は、「わざと逆の情報を公開する」どころか、まったく正直なスケジュールを公開して、実際、その通りに行動したのです。にせものの計画を公開するなんて、まったく、私の発想にありませんでした・・・あらためて、自分の単純さに、あっけにとられています。実際に、「
拉致男」や「ホーム指示女」が見事に私をとらえたわけですし・・・
 でも、2番目のメールのように、おそらく邪悪な念を抱く人物は、「ふん、こんなウソのスケジュールにだまされるものか! 本物のスケジュールを、バカ正直に公開するはずがないじゃないか。そもそも、こんなヘンテコな乗り継ぎなんかするものか」と、まったく信用しなかったのではないでしょうか。結果的に、私の思慮の浅さが、かえって効を奏したのでは?
 実際には、鉄道マニアである私は、きわめて単純に、「わ〜い! 面白いプランが出来たぞ!」と喜び、バカ正直にそのままを公開し、その通りに実行してしまったのでした。大いに反省??

 ちなみに、「のぞみ」号のグリーン車に乗ると、芸能人・政治家・その他有名人の方々を、頻繁にお見かけします。しかも、超有名人が、平気で1人きりで熟睡なさっているのです。「こんな有名人が1人で行動しているはずがない」という先入観が、心理的な盲点となって、通路を通る人々も、かえって気がつかないようです。先日も、「料理の鉄人」として知られる某氏が、よれよれの私服姿で京都から乗って来られ、私の間近で、ひとりで爆睡なさっていました。(見送りの人々に挨拶される声もテレビと同じ声でしたから、間違いなく本人です・・・うりふたつの双子さえいらっしゃらなければ。)


最後の、しかし冗談では済まない、本当に恐いお話

 さて、本日は、こんなことを長々とお話している場合ではありません!

 実は、東京駅で、「拉致男」氏と出会う直前に、大変な一大事が勃発していたのです!!

 木曜日、私が大学で「人事管理論」の講義を終えて帰宅すると、「PHPの母」こと節子嬢から、このようなFAXが届いていました。

********************

前略

表紙カバーの最終的な完成品が、印刷所からあがってきました。
ところが、とても良かった前回の3校とは、ぜんぜん違う色になってしまっているのです。実際に3万部を印刷する機械は、これまでの試作品とは違う機械を使うので、色も変わってしまうのだそうです。
私が見るところ、3校が100点とすると、
実際の完成品は70点くらいにすぎないでしょうか・・・
(以下省略)


********************

 
「え〜っ!」

 と、私はひとり大声をあげました。FAXの文体や文字からは、肝心の表紙カバーが、試作品に比べてかなり落ちる出来になってしまったことが伝わってきます。編集者の節子嬢が、ひどく落胆している気持ちが、びんびん伝わってくるのです。
 私は、さっそくPHPにお電話しました。

 
「表紙、いったい、どんな感じになっちゃったんですか?」
 「ええ、それが・・・・・・」


 節子嬢は、今にも少女のように泣き出しそうです。

 
「最後の最後に、こんなことになってしまって・・・悔しいです・・・」

 その時、私の脳裏に、あるアイデアが浮かんできました。

 
「私、これから広島に向かって出かけますので、ちょうど東京駅を通るんですが・・・」
 「え? 何時ですか?」
 「え〜と・・・・・・9時44分に東京着です。10時ちょうど発の便に乗り換えます。」

 
「わかりました。それじゃ、いま出来上がってきたばかりの見本本を1冊お持ちしますから、東京駅で待ち合わせて、一刻も早くお見せします! 7月7日の発売日に間に合わせるためには、もう、
今さら、取り返しはつきませんが・・・」
 「ええ、取り返しがつかなくても、とにかく見たいです! どこで待ち合わせますか?」
 「これから東京駅の地図をFAXしますから、先生のご都合の良い場所に印をつけてお返しください。」


 という展開になり、私は、送られてきたFAXの「東京駅北口通路沿い、東北新幹線改札口」に大きな丸をつけ、「21時45分」と書いて返送しました。


 ・・・そして、約束の9時45分。
 東北新幹線「やまびこ」から降りた私は、脱兎のごとくホームを駆け下り(このような時には、邪魔者の多いエスカレーターを使ってはなりません)、約束の場所へと向かいました。10時までには乗り換え口の改札を通過して、東海道新幹線のホームへ到着しておかねばならないため、ほとんど時間はありません。最終便なので、絶対に、乗り遅れるわけにはいかないのです。

 約束の場所には、ありがたいことに、「PHP」と書かれた茶封筒を抱えて、節子嬢がお待ちくださっていました。

 「どんな感じですか!?」
 「申し訳ございません・・・最後の最後に、70点に終わってしまって・・・」


 何しろ、本の「顔」とも言える大切な表紙カバーが、失敗作に終わったのかという緊急事態。しかも、時間がありません。鬼気迫る表情で駆け寄った私に、沈痛な面持ちの節子嬢が、茶封筒を差し出して開けようとしました。
 しかし、一刻の猶予も無い私は、その茶封筒を奪い取って、閉じてあったセロテープを引きちぎりながら、中に入っていた見本本を引き出しました。

 そして、ついに私は、
見本本に巻かれていた表紙カバーの完成品を、はじめて目にしたのです!
 それこそが、実際に、初版3万部となって、1週間後には大量に世の中に出て行くことになる、実物そのものでした。


 ・・・私は、十数秒間というもの、ずっしりと重い『愛の論理』の完成品を手にして、その表紙カバーの色合いを見つめました。

 東京駅の喧騒のなかで、私と節子嬢との間で、息詰まるような沈黙の時間が流れました。

 節子嬢は、食い入るように表紙を凝視する私を、まるで最後の審判が下る瞬間の被告人のように、神妙かつ蒼白な面持ちで、じっと見守っていました。

 私のひたいを、ひと筋の冷たい汗が流れていきました。

 心臓の音だけが、ドクドク、ドクドクと、大きく脈打っていました。

 カラカラに乾いたノドで、私はゴクリと、生つばを飲み込みました。

 天国か、地獄か・・・・・・表紙カバーには、「まあまあの出来」という採点基準は存在しません。「良い」か「悪い」か、必ず、そのいずれかなのです。「まあまあの出来」では、全然ダメなのです。
 今こそが、まさに、その
最後の審判の時でした。

 ほんの10数秒にすぎませんでしたが、私と節子嬢にとっては、まるで時間が止まってしまったかのような、苛酷なひと時でした。これまで積み重ねてきた苦労が、あっという間に水の泡となって消えたことを確認してしまうかもしれない、慈悲のかけらも無い試練の時・・・


 やがて私は、ゆっくりと表紙カバーから視線を上げ、緊張に震える節子嬢に向かって、決定的なひと言を吐いてしまったのです。
 そのひと言とは・・・・・・


「ああ、♀※♂〒£∀‰ΘヰΨζЛ〜っ!!」



 ・・・・・・さて、私は、けなげな節子嬢に向かって、いったいどのような言葉を吐いてしまったのでしょうか???

 おや?
 よく見ると、窓の外が白みはじめ、背後でベッドが手招きしているではありませんか。

 思い起こせば、本日は、愛娘のピアノの発表会の日・・・
 運転手&ビデオ撮影係の私は、そろそろ眠らなければなりません。
 もはやこれまで・・・

 かくなる上は、
私が吐いてしまった言葉、その驚愕の真相は、泣く泣く、断腸の思いで、次回の更新にて明らかにさせていただきます!

 ああ、表紙カバーに下された、最後の審判は!?
 新刊 『愛の論理』 の運命やいかに!?

 ああ・・・

(次回の更新にて、読者の皆様が、「
ええっ! ま、まさか・・・」と、心底から驚愕なさることを、お約束いたします。本当に、びっくり仰天されますよ・・・)

 
《 続 く 》



6月29日版

 明日は、広島で1,2を争う名門進学校、修道学園中学・高等学校の体育館で、PTA総会の記念講演です。
 ところが、講演会は朝の10時40分から・・・・・・よく考えてみると、私は、本日29日木曜日は、午後4時20分から5時50分まで、大学で「人事管理論」の講義を行わなければなりません。

 そこで、元鉄道マニア少年の私が考え出した方法とは・・・

29日午後6時40分: 講義を終えて帰宅
       7時10分: 着替え&準備をして自宅を出る
       7時40分: JR福島駅に到着
       8時02分: 東北新幹線「やまびこ102号」で東京へ
       9時44分: 東京着、乗り換え
      10時00分: 東海道新幹線「のぞみ71号」で名古屋へ
      11時34分: 名古屋着、乗り換え
      11時44分: 東京発の寝台特急「あさかぜ」に
追いつき、乗車

30日午前6時36分: 「あさかぜ」が
広島を通り過ぎる
      8時15分: 「あさかぜ」が徳山に到着、乗り換え
      8時47分: 山陽新幹線「こだま618号」で、
広島に引き返す
      9時20分: 広島に到着、朝食
      10時    : タクシーで修道学園へ
      10時20分: 修道学園到着

 ・・・という荒業です。

 東京発の最終の寝台特急「あさかぜ」に、後から「のぞみ」で追いついて名古屋で乗り換えるところが、第1のポイント。ただし、名古屋駅で10分の乗り換え時間しかないため、「のぞみ」が遅れたり、駅の構内でウロウロして迷ったりすると、そこでアウト。その場合には、泣く泣く名古屋のホテルに泊まり、翌日の新幹線の始発6:41に乗って、広島に8:57に着くというパターンになることでしょう。(意外にも、これが最も楽な方法かもしれませんが、鉄道マニアの私にとって、このような安易な方法を取ることは許されません。鉄道旅行は、「綱渡り」のスリルこそが醍醐味だからです。)

 また、第2のポイントは、「あさかぜ」に乗ったままで広島を通り過ぎ、わざと徳山(山口県)まで行って引き返すという、奇妙な行動です。この行動の目的は、ただひとつ、「少しでも長く睡眠時間を確保する」ということしかありません。もしも、素直に広島で下車してしまうと、まだ早朝6時半すぎ。コンビニくらいしか店も空いておらず、寒風の吹く広島駅で、私はホームレスのごとく身を丸めながら、孤独に耐えねばなりません。
 しかも、10時まで3時間半も空き時間が生じてしまい、暇をつぶすにも困る始末。これが見知らぬ土地ならば、ちょっと町並みの観光でもするのですが、何しろ私は広島市内に住んでいたので、今さら観光する気にもなりません。ところが、広島をパスして徳山まで乗っていけば、何と、あら不思議、睡眠時間が90分も増えるのです! これで、ゆっくりと7〜8時間は眠っていられるというもの。

 ただし、このアイデアにも、大きな問題点が・・・それは、「
万が一、徳山駅を寝過ごしてしまったら・・・」という、私の場合には大いにありうる致命的なケースです。
 そこで、調べてみると・・・徳山駅を寝過ごしてしまった場合、その次の小郡(おごおり)駅に8:55に到着。ところが、あわてて新幹線に乗り換えようとしても、ちょうど接続が悪く、9:22まで上り便がありません。それに乗って広島に着くと、何と10:16着。大急ぎでタクシーに乗ったとして、広島駅から修道学園までは20〜30分程度ですから、10時40分の講演開始時刻の前後に、ギリギリすべり込みセーフ、といった展開でしょうか。
 もちろん、小郡駅さえも寝過ごしてしまったら、すべては水の泡。修道学園にお詫びの電話を入れ、やけっぱちで福岡まで向かい、飛行機で仙台空港に飛んで福島へ戻る、という最悪の展開になってしまいます。
 今から、大きな旅行カバンの中に、
目覚まし時計を3個も入れて、万全の体勢を
整えている私ですが・・・・・・さて、無事に30日の10時40分に、600名の親御さんたちがお待ちになる修道学園の体育館に、登場することができるのでしょうか?

 (ちなみに、私は毎日、目覚まし時計を3個かけて眠ります。たいていは2個目で起きますが、たまにはなかなか目が開かず、3個目の「
キティちゃん目覚まし」で、キティちゃんに怒鳴られて起こされることも。)

 ・・・でも、今度は雪に泣かされることはありませんから、昨年12月に北海道・稚内空港で起きた大惨事による講演中止事件を再現してしまう危険性は、ありません(詳細は、昨年12月の「今週のメッセージ」をご参照ください)。とにかく、私が寝過ごさないで、徳山駅できちんと起きれば良いのです。すべては、持参する3個の目覚まし時計の働きにかかっていると言えるでしょう。
時計をかけ忘れたまま寝込んでしまうことさえ無ければ・・・

 それでは、ハラハラ、ドキドキの広島ツアーに、行って来ま〜す!



6月25日版

 昨日の更新の件につきまして、その後1日も経たないうちに、担当者の方から次のメールが届きました!

********************
 飯田先生こんばんは。
 阪大ESビューローの安道です。あっという間に、先生の講演希望の方は、30名ちかくになってしまいました。
 お忙しいのに申し訳ございませんが、ホームページの案内の方、その旨おしらせください。
 よろしくお願いいたします。

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 ・・・ということですので、昨日お知らせしたばかりの講演会公開のご案内でしたが、たった1日で「受付停止」とさせていただきます。昨日は土曜日だったので、会社のパソコンを見ることができず、講演情報を知らなかった方々も、数多くいらっしゃるのではないでしょうか?
 間に合わなかった方々、本当にごめんなさい!

 そして、運良くチケットを入手された方々、おめでとうございます!
 当日、阪大医学部同窓会会館で、お目にかかりましょう!




6月24日版

 本日は、2点ほどお知らせがありますので、昨日更新したばかりですが、またもや更新いたします。


(1) 7月9日(日)、大阪大学医学部でのチャリティ講演会を、
皆様に解放いたします!

 阪大医学部付属病院の先生方のご協力で、良い会場が取れましたので、わずかな人数ですが、一般の方々にも公開できるはこびとなりました。

 日程: 7月9日(日)・・・すでに『愛の論理』を2日間で読破された方も?


 時間: 12:30 開場
      13:00〜15:30 講演

 会場: 大阪大学同窓会会館(銀杏会館)会議室
     (大阪大学吹田キャンパス 〔万博公園北側〕 、医学部付属病院近く)

 参加費: 2000円(経費以外は、阪大医学部付属病院の、お子様を亡くされたご遺族&闘病中の子供たちの親の会に、すべて寄付させていただきます。講師の私自身も、講演料なし・交通費も全額自己負担で、ご協力させていただきます。)

 一般公開人数: 20〜30名程度 (もともと、阪大医学部小児科関係の先生、看護婦さん、お子様を亡くされた遺族の方々、闘病中の方々を対象とした小さな集まりであるため、外部の方々には、この人数を割くのが精一杯です。どうぞご容赦ください。)

問合せ・申込み先: 阪大エス・ビューロー、安道照子さん
             Email: (
すぐに満席になりましたので、削除させていただきました)

 今後、私が講演を一般公開する機会は、どんどん減っていきます。特に関西地区では、まったく予定がありません。
 今回は、わずかな人数しかご参加いただけませんが、どうぞ
阪大病院のボランティア・グループのためのチャリティ募金(参加費=募金です) に、ご協力くださいませ。人数に制約がありますので、ご協力(ご参加 ) いただけます方は、上記メールアドレスまで、お早めにご連絡ください!



(2) 『愛の論理』のカバーにつき、デザイナー vs.編集部、めでたく
和解成立

 実は、新刊『愛の論理』の表紙カバーについて、このところ、デザイナーさんと編集部との間で、深刻な見解の相違が生じ、決戦状態に入っていたのです。
 カバーのデザインについては解決していたのですが、いざ色をつける段階(色校)になると、決定的な対立状態に発展。「落ち着き」を主張するデザイナーさんと、「みずみずしさ」を主張する編集部との間で、色の出し方について、大きな溝が生じました。「派手すぎる」「地味すぎる」「完璧だ」「全然ダメ」など、激しいバトルが展開されていたのですが、見るに見かねた(?)印刷所が特別に働いてくださり、予定外に、何と3回も修正して刷り直してくださったのです。
 その結果・・・

 デザイナーさん・・・ 「けっこうです。ホッとしました。」
 編集部・・・ 「この色がいちばん自然。」
 私・・・ 「ようやく納得。これでいきましょう。」
 
 と、めでたく、見解の一致をみることができました。
 もちろん、「バトル」とは言っても、お互いの信頼関係に結ばれた真剣な意見の交換であり、べつにケンカをしていたわけではありませんが、関係者が一同納得できないままで出版するのは、後に悔いが残ります。これで、自信をもって世の中にお見せできるというもの。
 おかげで、またまた過剰労働になってしまった印刷所の方々、本当に、ご苦労さまでした。あとは、このカバーを3万部、大至急、不眠不休で印刷してくださいませ(と、さらにプレッシャーをかけてしまう、オニのような私です)。



 なお、昨日公開した、「小さなドラマティック・ストーリー」の第2話も、さっそく大好評をいただいています。(なお、朝方に半分眠りながら書いたので、あとで読むと、いくつも誤字脱字がありました。さっそく修正しておきましたので、ご確認くださいね)
 不思議すぎる話ですが、本当に、実話なんですよ。あんな奇妙な話は、空想で書けるものではありません。まさに、「事実は小説よりも奇なり」といったところです。
 ・・・もしかすると、あの少女は、神様の化身だったのかも・・・・・・あのような形で、私という人間を、「試して」 くださったのかもしれません。そのようにでも考えなければ、現実としてはあまりにも不思議すぎる、おかしな点の多い出来事でしたから。そう考えれば、その後、彼女から何も連絡がないことも、つじつまが合ってくるのですが・・・・・・。
 


 ・・・あれ? 窓の外から、雨のような音が!
 今日は、めずらしく週末に講演予定を入れていなかったため、せっかく家族で、
山形にサクランボ狩りに行こうと思っているのに・・・

 今、あわてて電話で天気予報を聞いてみると、ただ一言、「24日は、雨でしょう」 とのこと。
 こうなったら、どこか、ビニールハウスの中でサクランボ狩りのできる果樹園を探すぞ!
 考えてみると、それも楽しそうだし・・・
(と、それはそれでワクワクしてくる、ブレイクスルー思考の私です)



6月23日版

 前回更新の「小さなドラマティック・ストーリー」、たいへん好評でした!
 たとえば、ある主婦からは、このようなメールをいただきました。

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 父の日のお話を読んで、こうしてメールを書いています。

 私も父に会いたいな〜。ど〜して、話をしようと思ったとたん、逝ってしまったんだろう。
 この娘さんの書かれたものが、自分とだぶってしまって。
 おりしも今日、下の子を連れて実家に行き、父の御前に「ありがとう」と言って帰ってきました。

 
退行催眠を受けて思い出した、私が産まれたときの父の笑顔、喜びを、どうして生きていた時に知らなかったんだろう。どうして、素直じゃなかったんだろう。どうして側にいてくれって言われたのに、東京の高校に行ってしまったんだろう。父とどのくらい話しただろう。どのくらい触れただろう。
 ・・・・もう、あふれる涙が止まりません。

 
父がガンだって知らず、帰ってきてくれる、って信じて通った医科大。母と交代で泊まった病院・・・・・父の死に目は辛いだろうって、病室の外で何があったのか知らずに待っていた私・・・一人で・・・・・悪い娘でした、本当に・・・・。いっぱい、いっぱい、嘘もついて。
 夜中の病室で、「まだ、逝けない、連れて行くな!」と、怒ってゲージを投げ飛ばした父。
 「おい、この部屋に、何人いる?・・・・・・親父、弟、亡くなった患者さんも来てくれてる・・・」、そう聞いてきた父・・・・
 私も辛くなって、コーヒーでも飲んで来ようって、飲みに行って帰ってきたら、胆汁や胃壁(飯田注:これは「胃液」でしょうか?)までもどして辛がっていた父。夜中でなかなか来てくれないナース。いてもたってもいられず、ナースを探しに走った廊下。

 本当は大好きだったのに、どうして言えなかったんだろう。

 お父さんと行った、往診の情景・・・・照れくさそうに笑った父・・・。わたしは36になったけど、父は亡くなったときのまま。未だに父を思いだして泣きじゃくる母を見て、どうにもできない私。
 一度だけ夢に出てくれた父は、「大丈夫。とうさんが守るから。どんなことがあっても守るから」と・・・初めてのお産の時でした。
 今でも、父の疲れ果てて眠る姿が目に浮かびます。エッチなことをいう父が大嫌い! と思った思春期の頃。でも、今は父の医師としての生き方に誇りを感じ、とても素敵な人生(今生)だっただろうな! って思えるようになっています。今でも地元では、父の逸話を色々な所で聞きます。こんなに色んな方の胸に残る生き方ができた父は素敵だ、って・・・素敵な父が父であって良かった、って思っています。きっと、どこかでまた会えるって!
 
 素敵なお話に、心が震えてしまいました。家族っていいですね・・・・。
 先生の所には、素敵なお話がいっぱい、宝物のように輝きひかっているんですね!
 今夜は私だけじゃなくって、色んな方が父親を思ったと感じます。
 お父さんって、不器用ですもんね・・・・(あ・先生も素敵なおとうさんでした!)
 主人の父も、大切にしていかなきゃ。実父と同じで、不器用なのかもしれないですね・・義父も。

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 ・・・というわけで、皆様からの大反響に気を良くして、またまた、「
第2話」を公開してしまいました!
 それでは、「
小さなドラマティック・ストーリー」のページへ、どうぞ!




6月21日版

 (^O^) わ〜い!

 ようやく、修羅場から抜け出しました。
 新刊『愛の論理』、本日、すべての校正・確認作業を終え、私の手を離れて行きました。あとは、出版社と印刷会社に、お任せするだけとなりました。
 思えば、長い長い道のりでした。今はただ、涙、涙です・・・ (@_@) ←涙目の図

 しかも、数日前には、とっても辛いことがありました。
 致命的事態にならないうちに、ここで正直に申し上げておきますね。

 実は、このホームページの読者の方々ならば感づいていらっしゃったはずですが、昨年末から、私はずっと、数名のストーカーにつけ狙われているのです。実際に何度か危ない目にもあったため、その後、せめてもの自衛手段として、誰でも入場できる一般公開の講演会は、どんどん減らしてきました。私への重大犯罪を予告する脅迫状も何度も届き、講演会ではボディガードを依頼したり、サイン会の際にも後ろに一瞬の逃げ道を確保しておくなど、自衛措置を講じています。しかし、講演会以外の場では、私は常にひとりであり、秘書も弟子もマネジャーもボディガードもいませんから、まったく無防備です。
 そして、新たにまた・・・

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お前の本の一部を読んでやったが、とんでもない危険思想だ。これ以上世の中に浸透する前に、何とかお前を排除しなければ。
 覚悟しておけ。殺されても自業自得だ。ワハハ。
 おい、男だったら何とか言ってみろよ。


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 ・・・皆様からいただくお手紙の99%は、温かい励ましや賛同のお手紙ですが、この種の危険な内容の手紙も定期的に届きます。危険物や汚物が同封されている場合もあります。共通点は、ほとんど読めないような殴り書きで、明らかに、正常な精神状態で書かれたものではないという点です。しかし、だからこそ、この種の状態の人々は思い込みが激しく、冷静な判断力のないまま(罪の意識がなく、むしろ正義の意識で)実行してしまうので、本当に危ないのです。ジョン・レノンをはじめ、その種の状態の人から被害にあった人々は、過去にもたくさんいます。しかも、私の場合は、ふだん、誰も守ってくれる人がいないのです。
 もちろん、その種の手紙を送ってくる人物たちは、すでに住所も特定してあり、文字を見れば誰だかわかりますから、手紙が届いても、まったく開封することなく処分してしまいます。しかし、このところ毎日のように、この同じ人物から同じ内容の手紙とFAXが次々に届けられ、嫌がらせの電話がひっきりなしにかかり、研究室にいては仕事になりません。

 かくして、ノイローゼになりそうだった私ですが、いつものように、読者の皆様からの、温かい励ましのお手紙やメールを拝読して、何とか元気にがんばっています。

 たとえば、オーストラリアからは、このようなお手紙をいただきました。

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初めてお手紙いたします。「生きがい」シリーズ3部作、「ブレイクスルー思考」、いずれも拝読致しました。

 「生きがい」シリーズに書かれていることは、私にとって初めて知ることばかりというわけでもなく、むしろ、先生の文章が真綿にくるまれているような印象で、不遜な言い方ですが、少し物足りなく感じておりました。しかし、精神世界のことになじみが薄く、現実生活の中で様々な苦しみを味わっている多くのごく一般の人々にとっては、先生のように噛んで含めるような説明が必要であり、言葉選びもよくよく慎重にならざるを得ないのだと、現在では理解しております。
 先生が、「広く多くの人々に、生きていく意味を考えさせるきっかけを、健全かつ善良な形で与える」という、これまで誰にもできなかったことを、たったひとりで担っていらっしゃることに、頭が下がる思いです。(中略)
 
 先生、お身体の不調は、ホームページで公表なさっているのより、ずっと深刻なのではないですか。お時間がないのでしたら、電話に出るのをおやめになったら良いと、いちいち手紙への返信を出されるのをおやめになったら良いと申し上げたいです。また、別の観点から、もう、広くあまねく多数の人のために時間と労力を割くというのを、やめられたらいいのにと思います。
 苦しみの中から自分を救ってくれるのは飯田先生ではなく、その力は自分の中にこそあるというのが、人々にはなかなかわかりません。だから、一言でいいから先生に言葉をかけてもらいたいというお願いが、あとを絶たないのです。一度先生からの言葉をもらって窮地を抜けると、次の困難に遭遇した時もまた、先生からの恵みの言葉を期待するのではありませんか。先生の本は、色々なメッセージにあふれているのに、そして、それをきっかけとして自分が変わっていかねばならないのに、目に見えるもの、手に触れるもの、外部の対象に救いを求め、自分の内奥に降りていくことをしないのです。救いは外から与えられるものではないのに、それを先生に求め続けてやまないわけです。たとえ無尽蔵の愛を先生が人々に惜しみなく与えても、人々の願望には、果てがないのですから。

 と、ここまで書いてまいりましたが、ふと、飯田先生は、これらのことを全て承知のうえで、あえて多くの人々のために働いていらっしゃるのではないか、とも考えます。だとすれば、もう私のような者が、わざわざ申し上げることでもありませんね。
 ただ、先生のご本の読者は、先生が息長く、素晴らしい本を書き続けてくださることの方を、より強く願っているのではないでしょうか。先生が、生き急ぐかのように燃え尽きて人々の前から消えてしまわれると、先生のご本から生きる力を見いだした人々が、また舵を失った状態に陥ってしまうのではないでしょうか。私にしてみれば、飯田先生と同時代に生き、同時代の空気を吸い、そこに存在しているということが大切なのだと思いますが。

 生きるか死ぬか、あるいはどうにも切羽詰った状態になり、悲鳴をあげるかわりに電話してくる人々を、むげに断ることができるものかと、先生はお尋ねになるかもしれません。そこで、「命の電話」のような非営利のグループを組織なさるのはどうでしょう。電話応対するメンバーにはカウンセラーとしての訓練も必要でしょうが、現在の日本には、才能と時間を持て余している高学歴の女性たち(しかもその多くがやりがいのある仕事を求めている)が、たくさんいます。その中には、先生のご本を読んで、人の役に立つようなことをしたいという気になった方々も、大勢いるのではないでしょうか。資金が必要だということであれば、マッキンゼーや富士通に依頼するのはいかがですか。(飯田注:とてもそんなことは頼めません・・・)
 このあたりから、話が少し乱暴になってきましたが、欧米社会では、名の知られた大企業が社会福祉事業に出資するのは珍しいことではありません。翻訳など、オーストラリアに住む私にでもできることがありましたら、時間の都合のつく限り無償でお手伝い致しますので、その際にはご連絡ください。

 それでは、日本の蒸し暑い梅雨の候、ご自愛くださいますように。


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 ・・・このようなお手紙をいただくと、「おお、わかってくださっているなぁ」と、色々な意味で嬉しくなってきます。「命の電話」のようなシステムをつくることが、いかに多くの人々(特に自殺をしたがっていらっしゃる人々)を救うかということは、私自身が実際にその種のお電話を大量に受けますから、たいへんよくわかります。「今すぐ、ここに来てくれないと死ぬ」と泣き叫ぶ方々のために、仕事を放り出して、夜行寝台列車や飛行機で駆けつけたことも、数え切れません。駆けつけてみると、本当に、自殺の準備を整えて、お待ちくださっているのです。私は医者でもカウンセラーでもありませんが、そのような方々には薬もカウンセリングも不要であり、「本当に、この本の著者が、ここまで来てくれた」という事実の重みだけで、ひたすら涙され、元気に回復していかれるのです。
 しかし、ひとつしかない私の身体には限界がありますから、このようなシステムをつくることができ、私の著書・思想に共感してくださったカウンセラーの方々が常駐くだされば、これほど有難いことはありません。私にとっては、夢のようなお話です。

 また、昨日いただいたお手紙の中に、このような素敵なものがありましたので、原本のままでお見せいたしましょう。私も、思わず吹き出してしまいました。




 ・・・・・・こうして、またまた、私のエネルギーは、回復していくのです。
 皆様、私のことをお気遣いくださり、本当に、ありがとうございます!


 さて、そこで次に、皆様お待ちかねの、
新刊『愛の論理』に関する極秘情報です!

 皆様にも、どのようにして編集が進んできたのかをドラマティックにお伝えするために、以下、編集を担当くださったPHP研究所学芸出版部のレディ節子嬢(う〜ん・・・何も言うまい)からいただいたFAXをもとに、リアルタイム形式でレポートさせていただきます。

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6月8日

 「愛の論理」のゲラの件では、遅れてしまい誠に申し訳ございませんでした。9日か10日に到着します。
 @ 校正者のアカ字のつけ合わせがまだでございますので、ご了承ください。
 A 先生の結論のところで、4種類のケイを入れておきました。p284、p302、p305、p336です。お好きなケイをお選びください。
 B 〆切は、6月14日(水)、PHP必着でお願いいたします。
 先生が初校に入れてくださった大量の赤が活字に組まれて来ていますので、通読するとどんな感じになるか、楽しみです。すでに制作管理の者と話をする時には、「あのベストセラーになる本の…」と言えば通じます。制管の方も、「十分頭に入っておりますよ」とのこと。まずは社内で盛り上げて・・・と。

 この本に関しては、私も力が入っておりまして・・・何しろ私には、十代の始まりから終わりまで、3人の子供がおります。彼らもいずれは、この重いテーマについて悩むであろう(いちばん上の子はもしかすると悩んでいる可能性がありますが、異性のカゲがチラとも見えないので、たぶん未来形でしょう)と思いますが、その時、お母さんは、愛のバイブル「愛の論理」を、さっそうと手渡すのです。
 「いい本だから、読んでこらん」と。
 そして、読み終わったであろう頃を見計らって、
 「どうだった? 実はあの本を作るにあたって、お母さんもお手伝いしたのよ!」
 ・・・これで、お母さんの株はグーンと上がる、というシナリオを描いておるのであります。

 私の手に負えないテーマを、先生のご本に肩代わりしていただくわけですが、先生のように、愛について深く探究しておられる先達に導いていただくのは、愛の道を極める王道とも呼べるのではないでしょうか。
 ・・・ということで、再校のご校閲、よろしくお願いいたします。


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6月15日

 「愛の論理」の三校ですが、ただ今難航しております。6月17日(土)に何とか出してもらおうと思っているのですが、それがかなり厳しそうです。19日いっぱいかかってしまうかも、という状況です。
 決まりしだいご連絡いたしますが、今回担当してくださる印刷会社は、大日本印刷、つまり日本一の会社。担当は、現場にも顔がきく、超ベテランの**さんなので、何とかしてくださるのではないかと思っておりますが・・・
 まずはとりあえず、FAXまで。


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6月15日(その2)

 温かいお言葉、ありがとうございます。
 先生が恐れておられる最悪のスケジュールにならないように、と願っておりますが・・・PHPの制作管理も、営業も、大日本印刷も、一生懸命に何とかしようとしてくださっていますので、さすがの私も、これ以上、無理を強要できないでいます。スケジュールをゴリ押しして、みんなから、大ひんしゅくを買っています。
 先生が、急きょ上京くださるという緊急対策をご提案くださったのは、7月7日に先生のご本を出すために皆が必死に働いている気持ちを、感じ取ってくださったのですね!
 大日本からは、どうなるかは明日の夕方にならないとわからないそうなので、申し訳ございませんが、お待ちくださいませ。


********************

 
6月16日

 お待たせしました!
 大日本から返事が来て、何とか間に合わせてくださるそうです!
 18日(日)午前中・・・宅急便で先生のご自宅へ。
 お返事は、19日の夕方4:00までに、FAXでPHPへ。
 ・・・ということで、お願いいたします。日曜日にならなくて、ほっとしています。
 先生、よろしくお願いいたします。


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6月17日

 「愛の論理」の三校ゲラ、ただ今、宅急便の方にお渡ししました。
 明日10時着確約のタイムサービスで出しました。
 実は、ひとつ問題が生じまして、4章で図を独立させてページを取ったため、2行ほどハミ出しが出てしまいました。とりあえず、解決案をいくつか書いておきましたので、どうするかお決めください。
 せっかくの日曜日なのにツブしてしまって、申し訳ございません。
 どうかよろしくお願いいたします。


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6月17日(その2)

 18日(日)、ゲラの件で何かございましたら、自宅に電話ください。
 自宅の番号は、****(**)**** です。


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6月17日(その3)

 お世話になっております。
 問題が出てまいりました。19日(月)、4時頃までにご連絡いただけたらと存じます。
 新たな愛のバイブル「愛の論理」の産婆役として、この土日の2日間、最終校正に徹して過ごしたいと(過ごさせていただきたいと)思っております。


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6月20日(午後2時28分)

 表紙の2度目の色校が出てまいりました。デザイナーさんと編集部とで、意見が分かれております。人によって見方が違うとなれば、やはり、先生に決めていただく以外にはありません。
 大急ぎで色校を持って福島におうかがいし、ご意見をお聞きしたいと思います。ただ今、ご自宅にお電話しましたが、先生とご連絡がつきませんでした。しかし、取り急ぎ、新幹線で東京を出発いたします。出版部のケータイを持って行きますので、新幹線の車内から、時々お電話してみます。私のケータイは、***(****)****です。
 福島駅には、17時54分に到着いたします。どうしても本日中に、印刷所に色校を戻さなければなりませんので、どうかよろしくお願いいたします。


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 ・・・・・・というわけで、編集者の節子嬢は、連日のように朝帰り。私が深夜12時近くになってPHPに電話しても、必ず仕事中でいらっしゃるのです。一昨日など、「今夜は朝まで仕事をして、電車が動き始めてから帰宅します・・・それでも、お昼までにはまた出社しますから、12時すぎにお電話します」とのこと。いったい、いつ眠っていらっしゃるのでしょうか? 
 しかも、深夜にお電話しても、しばしば観音菩薩の順子嬢まで登場してくださいます。そもそも、節子嬢も順子嬢も、いわゆる「人妻」ではありませんか。いったい、ご主人は、ご家庭は・・・
 そこで再び、より声を大にして、

 
ああ、編集者稼業、哀れなリ!

 とにかく、7月7日までに突貫工事で編集し、印刷所も初版を30000部も作らなければなりませんので、関係者一同、残業に残業を重ね、休日労働をいとわず頑張ってくださっています。
「どうしても、7月7日、七夕(つまり年に1度の、愛の記念日)に店頭に並べたい」と、皆さん、こだわりを持って、必死で働いてくださるのです。
 著者として、これほど、「冥利に尽きる」ことがあるでしょうか。私の『愛の論理』をベストの状態で出版するために、編集者、制作管理、営業、印刷会社、デザイナーさんなど、何十人もの方々が、身を粉にして労働くださっています。見えない所で一生懸命に頑張ってくださる、これらの方々によって、『愛の論理』が世に出ていくのです。本当に、ありがたいことです。

 
出版社・印刷会社の皆様、そして、私の著書の読者の皆様に、心から感謝申し上げます。

  m(__)m
 ←両手をつき、ひれ伏して感謝申し上げるの図



6月15日版

 
修 羅 場・・・「演劇・講談などの中で、激しい悲壮な戦闘の場面」

 と、手元にある国語辞典には書いてありました。

 そう、まさに、このところ、修羅場の毎日なのです。しばらく、ホームページの更新どころではありませんでした。本業である経営学の研究の追い込み作業と、新刊『愛の論理』の追い込み作業とが、ちょうど重なってしまったのです。(このホームページでは全く触れないだけで、普段の私は、大学教官の職責を果たすための経営学の学術研究を、きちんと行っているのです。「生きがい論」は、あくまでも個人的な社会貢献にすぎません)

 つい先ほど、午前(午後ではありません)1時すぎまで、東京のPHP研究所学芸出版部(旧第一出版部)とつないだ電話で、『愛の論理』の第2校(2回目の校正作業)の最終確認を行っており、ようやく一息ついたところです。編集を担当くださる
「PHPの母」ことレディ節子嬢(う〜ん、やっぱり違和感があるなぁ・・・)も、今夜はこれで朝帰り。3人のお子様たちは、朝帰りするお母さんに、どのような目を向けるのでしょうか?

 とにかく、7月7日の発売日に間に合うかどうかという瀬戸際の攻防が連日続いており、レディ節子嬢も、印刷所、デザイナー、製作管理の方々などとの、必死の調整(「ゴリ押し」とも言う)作業に奔走されています。しかも、午前0時をかなりすぎていたにもかかわらず、電話には、観音菩薩の順子嬢まで登場してくださいました。これで、
順子嬢も、今夜は朝帰りだということが判明。新婚(でもないか)の夫は、朝帰りする妻に、どのような目を向けるのでしょうか?
 ああ、
「編集者」稼業、哀れなり


 実は、昨日、お風呂に入る際に、ふと何者かが私を呼ぶ声が聞こえたので振り向いて見ると、「体重計」なるものに目が止まり、「なんだ、お前が呼んでいたのか」と、測ってみたところ・・・・・・何と、ほぼ2週間前に測った時に比べて、約7kgも、体重が減っていたのです。わ〜い!
 ・・・と、喜んでいる場合ではありません。この2週間、睡眠時間は平均3時間くらいで、食事をする時間も惜しんで仕事に追われていましたが、まさか、7kgも減ってしまったとは!

 私は食事という作業に興味がないため、量も少なく(妻の半分くらいしか食べません)、肉類もできるだけ食べないのですが(なぜか肉類を食べると気分が悪くなるのです)、それでも太ってしまう体質なので、健康上、体重が減るのは嬉しいことではあるのです。しかし、
2週間で7kg、つまり1日あたり500gずつ体重が減っているとは、とても正常な値ではありません。もしや・・・と、思わず、体重が減ってしまう病名の数々が、頭に浮かんでしまいます。
 この3年間、人間ドックにも行っていないうえ、健康診断さえ1度も受けていなかったのが、いけなかったのでしょうか?
 ・・・などと悪い想像をしながらも、「う〜ん、この調子で、あと5kgほど減れば・・・」などと、能天気なことを願ってしまう私です。



 さて、本日は、重要なお知らせがあります。

 福島大学教育学部付属中学校にて、特別講演決定!

 福島大学付属中学校の校長先生からのご依頼で、
11月14日(火)に、先生方とご両親のための、特別講演会を行わせていただくことになりました。付属中学校の体育館が会場ですから、会場に余裕があれば、「付属中学校のOB」「付属中学校の関係者に知り合いがいる」「誰も知り合いはいないが潜り込みたい」などの方々にも、ご参加いただけるかもしれません。「生きがい論」に根ざした私の独特の教育論が嫌というほど聞ける、めったにない講演になります。ご参加いただけるようでしたら、いずれお知らせいたします。


 なお、
6月30日(金)には、広島市(中区南千田西町)の、修道学園中学校・高等学校のPTA総会で講演させていただきます。600人くらいご参加いただけるそうですが、体育館大講堂で10:40から1時間ほどの講演です。修道学園の関係者の方に知り合いがいらっしゃいましたら、一緒にご参加いただけるかもしれません(私の口からは、これ以上は申せません・・・一応、PTAの方々が対象ですので)。
 修道学園と言えば、広島県で1,2を争う、超有名進学校。実は、何を隠そう、私自身も、かつて修道中学校を受験して、見事に落ちてしまった経験の持ち主なのです。その後25年も経って、まさかそのPTAの方々に向かってお話することになるとは・・・果たして、受験に落ちて入学できなかった私が、偉そうに講演など行っても良いものでしょうか??

 そんな私の罪悪感が通じたのか、昨日、修道学園高校の校長先生から、以下のようなお手紙をいただきました。

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このたびは、私どもの学校でご講演いただけるということで、一同大変喜んでおります。
 先生のご著書の「生きがいの創造」「生きがいのマネジメント」「生きがいの本質」の3冊を買い求め、大変感銘深く読ませていただきました。私自身、生きることの意味について考え、そのことについて話をしなければならないということが、昨年何回もありましたので、先生のご著書から、色々な示唆を与えられました。私自身の問題として、「生きること」についてしっかり考え、より充実した人生を歩みたいと願っておりますので、なるほどそうだ、と共感を覚えるところが多くございました。
 今回、直接にお話を伺えるということを、心待ちにしております。どうかよろしくお願い申し上げます。


********************

 ・・・と、大変有難いお言葉をいただき、「おお、このような地位のお方にも、自分の著書の内容が正しく届いたか!」と、ただただ涙する私です。さすが、これほどの地位のお方になると、先入観や偏見にとらわれず、著書の本質をきちんと見抜いて、正当に評価してくださるのです。
 とはいえ、25年前に、試験に落ちてしまった私にとって、どうも気恥ずかしくてなりません。当日は、どのような顔をして、壇上に立てば良いのでしょうか・・・


 また、『愛の論理』の発売日でもある
7月7日(金)の13:50〜15:00には、福島県文化センターにて、東北地区高等学校PTA連合会からのご依頼で講演をいたします。何しろ2000人の会場なので、いちいち出入りのチェックを行うのは難しいでしょうし、私の講演を聞きたいとお申し出いただければ、入場を断られることはないはずです。ただし、すでに1800人以上の方からお申し込みがあったそうなので、満席を理由に入場できないかもしれませんが、その場合にはご容赦ください。


 ついでに申しますと、
7月17日(月)の13:30〜14:40には、日本大学東北高等学校(郡山市)のアカシア館2階多目的ホールにて、先生方や高校2年生の父母400名の方々に、講演させていただきます。先日、校長先生からいただいた依頼状には、次のように、私に講師をご依頼くださった理由をお書きくださっていました。

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青少年が現在抱えている様々な問題は、社会や家庭の教育力の低下が、そのまま現れていると言われております。そのため、私たち大人が、自らの生き方を見つめ、しっかりとした生きがいを持ち、子供たちにその指針を与えることが求められています。つきましては、私たち教員も、そのような問題意識を、ご父母とともに考えてみたいと思います。

********************

 以上のように、中学校・高等学校の校長先生の中に、私の「生きがい論」を偏見なく正しく評価していただける方々が現れてくださるのは、たいへん嬉しく、光栄なことです。これからは、教育方面の講演依頼も増えてくると思われますので、ますます時間破産するばかりの私ですが、とにかく倒れるまで頑張って、皆様のご期待にお応えしようと思っています。

 それでは、そろそろベッドに入らないと、また今日も、3時間睡眠になってしまう・・・

 でも今は、今度の日曜日、
娘の参観日に出ることが、とにかく楽しみです。
 これでも私は、幼稚園・小学校を通じて、娘の学校行事へには欠かさず出席してるんですよ(お父さんの参加者は私ひとり、なんていうことも、しばしばでした)。だって、それが、私のエネルギー源ですから。




6月8日版

 
大学に行ってみると、このような速達が届いておりました。

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前略
 初めてお便りします。
 **県に住んでいます、****と申します。

 嬉しいご報告を、させていただきます。
 200000人目に、当たってしまいました。
 日頃より先生のご本のお陰で、心豊かな日々を過ごさせていただいており、そのうえこのような事になって、何か大いなる力が働いてくれたようで、不思議な気持ちです。

 こんな事ってあるの?
 私でいいの?

 画面を見たときの気持ちです。
 200000人目をゲットさせてくださった、全ての人々・現象に、感謝いたします。有難うございました。

 お誕生日、おめでとうございます。当日、激しいバトルがあったようですね。私は、その日、初めて自宅のパソコンでアクセスしてしまいました(これまでは、会社のパソコンでアクセスしていました)。お掃除をしながら、軽い気持ちで、「今、何人目かな?」と思って見てみたら、ビックリ、200000人目をゲットしてしまったのです。

 色々お話したいことがありますが、まとまりませんので、簡単な、自己紹介をさせていただきます。**県**市、魚の美味しい所に、住んでいます。3人の子どもによって、修業させてもらい、成長させてもらっています。先生のご本に巡り会った経緯など、またお会いした時に、お話したいと思います。
 今から、ドキドキ、ハラハラしています。お忙しい先生ですので、ご無理をなさらずに、私は、いつでも結構です。何年でも、お待ちしています。

 先生、ご家族の皆様の、ご健康をお祈りしています。


********************

 おお、ついに来ました!
 必死で狙っていた方々が多いというのに、たまたま接続したら200000人目に当たってしまわれたとは、これぞ「無欲の勝利」でしょうか?
 「何が何でも」と狙っていた方々の悔しがる声が全国から聞こえてきそうですが、ここは素直に、みんなでパチパチとお祝いして差し上げましょう。
 さっそく、3大特典のひとつ、「ブレイクスルー思考」の色違い見本本を、速達でお送りいたします。「お話券」と「愛の論理」の見本本は、もうしばらくお待ちくださいね。


 このホームページは、私にとって、かつて宮沢賢治が創作した、「イーハトーヴ」というユートピアのようなものです。

 そして、このホームページでご紹介する物事やお手紙、
このホームページを訪れてくださる世界中の見知らぬ方々は、みんな、現代のイーハトーヴである、「飯田史彦ホームページ」というユートピアの「住人」でいらっしゃいます。
 そこには、銀河鉄道が走り、セロ弾きのゴーシュが住み、怪しげなネコのレストランがあり、人間の顔と体をまとった様々な住人たち(読者の皆様)も出入りしています。住人である読者の皆様は、
インターネットという名前の銀河鉄道に乗って、このユートピアを訪れてくださるのです。本当に、ありがとうございます。




6月4日版

 200000人目、皆さんからのメールによると、激しいバトルがあったようですね。
 たとえば・・・

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ホームページの20万人目、ねらってるのですが(お話券がほしい!)家のコンピューターは、主人が組み立てたとかの古いもので、何人目というページの印刷ができません。どうしたら良いのか…
一日に何回もHPをあけて、あーどうしよう困った、と泣きべそかいてます。
どうしても、20万人目になりたいよー(悲痛な叫び!!!)

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先ほど(9:30amすぎ)、200000人目当選奪い合い壮絶バトルに負けちゃいました。
9:30分に見たときは199350人だったのに、20分後には、すでに200028人目になっていました・・・

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まだまだだと思っていたのに、国際電話で30分程話していた間に、もう107人も超えてしまっていました。
お誕生日に丁度20万人とは、すごいですね!

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 ・・・などなど。さて、どなたが当選なさったのでしょうか?



 また、前回の更新でご紹介した、
「PHPの母」 こと節子お母様から、次のようなFAXをいただきました。

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 前略

 
ウフフフフ・・・
 先生のホームページ、拝見させていただきました。私のツタない手紙が載っているなんて、ムチャクチャ恥ずかしかったですが、うれしかったです!
 でもひとつ・・・「節子お母様」 じゃなくて、「節子お
様」 とか「レディ・セツコ」 とか呼んでいただきたいものですわ。だって私、自称28歳なんですもの。

 さて、愛の論理のカバーデザイン案ができました。デザイナーさんから、@、A、B、Cの4つの案が出てきました。さっそくFAXいたします。ちなみに私のお気に入りは、
第4案なのですが、べつに先生を第4案に誘導しようという魂胆はありません。
 先生は、どの案がお気に入りでしょうか。お返事をお待ちしております。  草々

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 ・・・ということでした。
 さすがは、百戦錬磨の「PHPの母」。すっかり、私を手玉に取っていらっしゃいます。

 そこで、さっそく妻と娘を招集し、緊急の家族会議を開催したところ、なんと、私が何も言わないのに、妻も娘も、同時にそろって、「
第4案」を指差したのです! (娘6歳の判断は、どこまでアテになるかわかりませんが・・・)
 実は、私の判断も、節子お母様、じゃなかった、節子お嬢様から言われるまでもなく、「こりゃ、圧倒的に
第4案だな…」というものでした。

 すぐにPHPに電話して、節子お
様(う〜ん、どうも違和感がぬぐえないなぁ・・・)に、家族会議の結果を報告したところ、「実は、社内の者たちも、第4案を支持しておりまして・・・」とのこと。もちろん、数々のベストセラーを世に送り出してきたエンマ今井部長様も、ひと言、「第4案じゃ!」とのご判断だそうです。

 かくして、めでたく、満場一致で、「
第4案」をカバーデザインとすることに決定し、デザイナーさんにお伝えしていただきました。やはり皆が選んだのは、4つの案の中でも、最もシンプルかつ気高さのあるデザインだったのです!
 「新刊の表紙デザイン、どうなっちゃうんだろう?」とご心配くださっていた皆様、どうぞご安心くださいませ。きっと皆様のご期待にお応えできるであろう、あの名作デザインをきちんと踏襲しながらも、見事に新たなシリーズの幕開けを感じさせるものとなっています。さすが、いまや有名デザイナーになった、引っ張りだこUさんの職人芸! 一時は心配してしまい、大変失礼いたしました。



6月2日版

 ふう・・・ようやく、『愛の論理』の初校(第1回の校正・推敲作業)を終えて、PHPに送付しました。

 ほっと一息・・・といきたいところですが、事実上の戒厳令期間中にたまった、お返事の必要なお手紙が、少なくとも100通以上・・・首を長くしてお待ちくださっている方々のお気持ちを考えると、休む間もなく、必死でお返事を書かねばなりません。またまた、まだお返事していない年賀状を書くのは、後回しになりそうです。6月3日の誕生日(38歳)は、1日中、お手紙書きで終わってしまうことでしょう。
 そうこうしているうちに、来週の中頃には、またもや『愛の論理』の2校(第2回目で、これが最後の校正・推敲作業)の原稿が届きます。その作業を終えて、再来週になると、ようやく、一息つけるかどうか、というところです。

 さて、今回の『愛の論理』の実際の編集作業を進めてくださるのは、これまでのマリオネット大久保さんでもなく、観音菩薩の順子嬢でもなく、『生きがいの言葉』を担当くださった、「
PHPの母」との異名をとる節子お母様です。年齢は存じ上げませんが、長年に渡り(?)、出版界で数々の修羅場をくぐっておいでになったであろう、そのご経験によって、新刊は、どのように製本化されるのでしょうか。まさに、「PHPの母」の面目躍如、その手腕の見せ所、というわけです。

 その節子お母様より、次のようなFAXをいただきました。

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前略
 「愛の論理」のご校閲ゲラ、ありがとうございます。
 お忙しいところ、期限どうりにいただけましたこと、厚く御礼申し上げます。

 今回、「愛の論理」を拝読して、この二十数年間、タナ上げにしてきた問題を、改めて考えさせられました。
 「生きること」とか「愛とは」ということについて、かつて色々な本を読み、何年間も苦しんだ時期がありました。その時、私なりの結論は出したつもりでしたが、その頃に、飯田先生のこの本に出会っていたなら、どんなに良かっただろう、と思いました。
 愛というものについて分析して、あのように論理的に編み上げるなんて、考えてもみませんでした。あのように編み上げることによって、ずいぶんスッキリすると思いますし、早く結論にたどり着けると思います。先生ご自身が、愛について悩まれた結果、他の人々が道に迷った時の道しるべになるように、その道のりを本という形で残してくださったことに、深く感動しました。
 これからも、どんどん、先生のお考えを、私どもに伝えてくださいませ。

 まずはとり急ぎ、御礼まで。     草々


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 ・・・ということでした。誰よりも早く、私の原稿をお読みくださった節子お母様から、どのようなお叱りを受けるかとビクビクしていた私にとって、ほっと一安心する内容のFAXでした。実際、人生経験の浅い私の人生論など、「PHPの母」から見るとお笑いものにすぎず、「
こんな内容じゃ、甘すぎます! 書き直し!」などと命じられるのではないかと、ビビっていたのです。

 また、時期を同じくしてお読みくださった、学芸出版部のエンマ今井部長様からも、このようなメールをいただきました。

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飯田史彦先生

玉稿、拝読いたしました。
傑作、大作、新しい愛の哲学の誕生です。
本当にありがとうございました。

PHP研究所 学芸出版部
今井**


********************

 ・・・何とか、エンマ大王の厳しい審査にもパスすることができたようです。さすが、部長クラスのお偉方になると、手短かな文章で要点を簡潔に伝える手腕を身につけておいでです。「簡にして要を得た文章」とは、まさに、このような文章のことをいうのでしょう。(単にキーボードを打つのが苦手なので短文になるのだ、という説も、社内にはあるようですが・・・)

 ところが、ここで思わぬ展開に!

 実は、前回の『生きがいの言葉』と前々回の『ブレイクスルー思考』は、イメージを一新するために、「生きがい」シリーズ3冊とは別のデザイナーの方に装丁をお願いしたのですが、その後もやはり「あの生きがいシリーズ3冊の表紙が最高だった」という読者のご意見が圧倒的に多いため、新刊の表紙は、ご期待にお応えして、再び「生きがい」シリーズのデザイナーさんにお願いしたのです。
 いわば、「次々とベストセラーを生み出した、黄金コンビの復活!」とでも言うところでしょうか。私と編集サイドも、私が深い意味を込めて選びに選んだ1枚の写真をお渡しして、「生きがいシリーズを踏襲する、あの大好評のパターンでデザインしてください」とお願いしたのですが・・・

 し、しかし・・・・・・本日、上記の節子お母様から、このようなFAXが届いておりました。

********************

 
カバーの件

 先日打ち合わせいただいたカバーの件ですが、デザイナーのUさんは喜んでお受けくださったものの、色々と迷っているようなんです。
 Uさんいわく、
 「写真を見てすぐに、『飯田先生の本の依頼だ!』とわかりました。でも、生きがいシリーズと同じデザインにはしたくないんです。私もデザイナーですから、創作意欲ってものがありまして・・・」
 とのこと。
 私は、「生きがいシリーズのデザインを踏襲した形で作ってもらいたい」とお願いしたのですが、何やら、違った案を考えているとのことで、いったい、どんなデザインが出来上がってくるものか・・・

 まずは取り急ぎ、お知らせまで。


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 ・・・という、予想もしなかった展開。

 私自身は、読者の皆様のご要望にお応えして、あの「生きがいシリーズ」の名作カバーの続編となる新作を望んでいるのですが、「デザイナーの創作意欲」という思わぬ伏兵に行く手をはばまれて、にわかに雲行きが怪しくなってきてしまいました。デザイナーさんに悪意はなく、善意でおっしゃっているだけに、「創作意欲など無用ですから、こちらの注文に従ってほしい」とも言えません。とにかく、「そこを何とか、あのパターンでお願いしますよ・・・」といった、すがりつくような心境です。今度の本は、「愛」をテーマとするだけに、シンプルなデザインにしたいのですが・・・

 ああ、いったい、どうなってしまうのでしょう!?
 新刊カバーの運命やいかに?



5月28日版

 昨日お願いしたAB型RH−の血液の件、申込者が多数現れてくださり、めでたく血液確保の見込みが立ったそうです!
 これで、無事に赤ちゃんが生まれそうです。

 インターネットの力って、本当にすごいですよね。
 読者の皆様、ご協力、どうもありがとうございました!



5月27日版

 緊急連絡です!!

 以下の方に、ご協力くださる方がいらっしゃいましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

*******************

 瀧澤禮好(大原情報ビジネス専門学校の税理士課教師)よりお願い

 
「AB型RH−」の血液を探しています!

 私の仲間である**君の奥さんが妊娠されておりますが、先日入院されました。病名は、【全前置胎盤】です。(全前置胎盤...胎盤が逆になって子宮口を覆っている為、出産時は帝王切開で胎児を取り出し、胎盤を除去する。)
 出産予定は、8月初旬でありましたが、この為、7月初旬(第一週位)に帝王切開し、胎児の取り出し及び、胎盤の除去を行います。帝王切開の際、輸血が必要ですが、上記血液型の為、病院でも、輸血用血液が全然足りなく、また、集まるか否かが問題になっております。

 つきましては、情報提供を宜しく御願いします。情報があれば早急に投げてください。早ければ早いほど対応が取れます。

〔手術実施時期〕

 7月上旬(第一週位)...胎児が生まれて肺呼吸が出来るのがギリギリ34週である為。また、母体の状況によって、これ以前になる可能性あり。

〔必要血液量〕
 約1〜10リットル。手術の状況により変化。多ければ多いに越したことは無い。

〔病院での確保量〕
 1.8リットル。
 内訳・・・600CCは関東中の血液センターより掻き集め確保。1.2リットルは3週間前より本人より備蓄用に採血。(輸血用血液保存期間:3週間のため)

〔協力してくださる方へ〕
 1. 平日(月・火・水 17:00頃迄)、日医大永山病院(東京都多摩市永山1−7−1、永山駅から徒歩2,3分)にて医師の説明を受けた後、血液検査(トータル約1〜2時間)。
 2. 6月中旬より採血開始、1回200CC、最大毎週3回で600CC(採血時間約10分)。
 3. 手術日:病院にて待機して頂きたい。1人分の採血量が200CC/回であることで分かるように、絶対的人数が不足しております。また、協力して頂ける方は、出来れば、3回採血して頂きたいのですが、1回の採血でも、当日待機でも構わないので協力してください。

 もし、上記の内容でご協力いただける方がいらっしゃいましたら、下記あてに連絡の程、宜しくお願いいたします。

 E-mail: (飯田注: その後、めでたく解決しましたので、削除いたしました)

********************

 ・・・以上です。

 残念ながら、私(飯田)の血液は、堅実・生真面目の「A型」です。トホホ・・・
 身近に、RHマイナスの血液の知人もおりません。

 せめて、
奇跡的に血液が集まりますよう、お祈りしています

 読者の皆様、上記内容のPR、どうぞよろしくお願いいたします。
(人命にかかわることですので、プリント、引用など、すべてご自由です)



5月26日版

 本日は、事務連絡を。

(1) 
出産・出生のヒューマニゼーションに関する国際会議のご連絡

 国際協力事業団(JICA)のブラジル家族計画母子健康プロジェクトに、疫学専門家として参加なさっている、三砂ちづるさんが、わざわざブラジルから福島までおいでくださいました。三砂さんは、ロンドン大学衛生熱帯医学校の母子病原ユニット研究員もなさっている実力者。遠い国からのお客様を、私も福島近郊の岳(だけ)温泉にあるお気に入りの無国籍レストラン、「空の庭」(白樺の樹液がおいしいんです)にお連れして歓待いたしました。
 そこで、ちづるさんからのご連絡です。今年の秋に、以下のパンフレットの要領で、「出産・出生のヒューマニゼーションに関する国際会議」が行われます。ブラジルが会場ですが、以下のような
日本からの参加ツアーも組まれるとのこと。もちろん、会議への参加に加えて、ブラジル観光も組み込まれているそうです。
 つきましては、助産婦さんのみならず、産婦人科などのお医者さんから何の関係もない一般の方々まで、どなたでもご参加いただけますので、どうぞご検討くださいとのことでした。

(チラシは削除しました)


(2) 
200000人目記念スペシャルプレゼントのご案内

 お久しぶりです。このところ、あっという間に1万人を迎えるので、以前行っていた「10000人目記念プレゼント」の企画はお休みしていましたが、さすがに、「200000人目」をだまって迎えることは、読者の皆様がお許しくださらないことでしょう。すでに、あちこちから、「今度こそ狙っているのだが、200000人目プレゼントは何なのか?」というお問合せをいただいています。
 つきましては、めでたく、ぴったり「200000人目」になられた方は、その画面を印字するか写真に撮って、「〒960−1241 福島市松川町 福島大学経済学部 飯田研究室」 までお送りください。当選者の方には、

 @ 
お話券(私が所用で近くにおうかがいする際に、ご希望の場所に立ち寄って、お話させていただきます) を差し上げます! お話券補助券(10枚集めるとお話券に変身) ではなく、正真正銘のお話券ですのでご安心を。
 A 100000人目記念の際に差し上げそびれてしまった、
『ブレイクスルー思考』の色違いカバーの見本本(世界にたった1冊しか存在しない、超貴重なレア・アイテム)を、あなたのお名前&私のサイン入りでプレゼント!
 B 新刊
『愛の論理』の見本本ができ次第、店頭に並ぶよりも早くお届けいたします!
    他の人々よりも早く新刊を読むことができるという、大特典。

 さあ、記念すべき200000人目まで、あとわずか!
 次回は300000人目までありませんから、この機会をお見逃しなく!!



5月20日版

 昨日、有名コンサルティング会社「マッキンゼー・ジャパン」からのご依頼で、東京本社で講演させていただきましたが、帰宅すると、さっそく次のようなメールが届いていました。

********************

 飯田史彦 様

 マッキンゼーの**です。
 本日はお忙しい中、遠路お越し頂き、たいへん有益な「薬」となる御講演を、どうもありがとうございました。
 先生がお帰りになった後、参加者の面々としばらく話していたのですが、
皆とても刺激を受けており、先生に来ていただいて、本当に良かったと思っております。
 同時に、それぞれ個人的に解きたい課題、どう解釈すべきか悩ましい問題を抱えているのも事実で、そういったことについて先生に直接伺いたいといった話もありました。また、弊社のメンバーからメールが行くかも知れませんが、そのときは可能な範囲でお答え頂きますよう、お願いいたします。
(中略)
 今後とも、お付き合いいただけたら幸いです。
 取り急ぎお礼まで。

 マッキンゼー・アンド・カンパニー
 ****

********************

 参加者のコンサルタントの方々からも、講演後に活発な質問をいただき、私も充実した時間を過ごせました。
 実は、皆さん一流の大学・大学院を卒業されて順風満帆に人生を歩まれてきた、高給取りの超エリートばかりであるため、「私の生きがい論が、ふだん論理的思考の世界に生きる、しかも挫折を知らないインテリの方々に、果たして興味を持っていただけるのだろうか」と、事前には不安だったのです。
 しかし、いざ、いつもの調子で講演をはじめると、わざと部屋を暗くして感情移入しやすくしていただいたのが効を奏したのか、ポロポロと涙をこぼしながらお聞きくださる方々が半数以上を占めていました。私は、「ふむう・・・一見、悩みなどない恵まれた方々のように見えても、実はそれぞれに、思いあたることをお持ちなのだな」 と、人を先入観や地位で判断してはいけないことを、再認識させていただきました。
 少なくとも、講演をお聞きくださった方々は、純粋な心の持ち主がお集まりくださっていたようです。豊かな感情をお持ちでいらっしゃるということは、きっと、お仕事においても、消費者や労働者のニーズを適格にとらえて優れたコンサルティングをなさるに違いありません。
 私にとっても、素晴らしい方々との出会いとなりました。


 さて、PHPのエンマ今井部長様から、このようなメールをいただきました。

********************

 飯田史彦先生

 「愛の論理」の「参考文献」「引用注」のご完成、ありがとうございました。
 明日か明後日には、ご校閲ゲラをお渡しする日時につきまして、ご連絡させていただきます。23、24、25日のいずれかの日に、福島でということになると思います。

 P.S. 5月14日版の「今週のメッセージ」、社内で大好評です。
    
大久保も、新しいキャラとして生きる決意をしたようです。
    また、お目にかかるのを楽しみにしております。

 PHP研究所 学芸出版部
 今井**

********************

 おお、大久保さんも、「マリオネット大久保」のキャラクター設定を、お気に召してくださったようです。なにしろ、「私以外の2人(今井部長と順子さん)にはキャラ(エンマ大王と観音菩薩)がついているのに、
私にだけキャラがないのは、寂しいものですねぇ・・・」と、いじけていらっしゃったものですから、これで大久保さんにも、めでたく「配役」がついたというわけです。
 なお、「マリオネット」などという気の毒なキャラがついてしまい、かわいそうだと同情なさる読者もいらっしゃるかもしれませんが、それは大間違い。大久保さんが「マリオネット」 と化して小さくなっているのは、あくまでもエンマ大王が目の前にいる時だけのこと。今井部長が目の前にいない時の大久保さんは、まるで別人、いや、大魔人のように・・・・・・これ以上は、言わぬが花というものでしょう。

 さて、その大久保さんがマリオネット化して催促の電話をかけて来る前に、『生きがいのマネジメント』の文庫版後書きを書き上げておかなければ・・・・・・



5月18日版

 うう・・・

 このところ、夢の中でまで、原稿を書いています。
 『愛の論理』の原稿は完成したものの、
マリオネット大久保さんから間髪いれずに要求されている、『生きがいのマネジメント』文庫版の校正と「文庫版後書き」(本書の読者にとってはショッキングな、ある情報を、後書きの中で、隠さず公開することにしました)の締め切りに追われて、なかなか戒厳令状態を抜け出せません。

 金曜日には、あの有名な世界的経営コンサルティング会社の「
マッキンゼー・ジャパン」が、同社の経営コンサルタントの方々向けに「生きがい論」の講演を依頼くださっていますので、何はともあれ上京せねばなりません。もしかすると、マッキンゼー社による経営コンサルティングに、今後、「生きがい論」や「ブレイクスルー思考」の観点を導入してくださるかもしれないため、経営学者としては大いにやりがいのある講演会・勉強会です。さすが、世界水準の知性が集まるマッキンゼー社だけあって、視野が広くて思考が柔軟ですよね。優れたコンサルティングのために役立ちそうなものは、何でも知っておこうという、旺盛な研究心を感じます。時間も十分にお取りくださっているので、日本を代表する経営コンサルタントの方々に向けて、堂々と、私の「生きがい論」をご説明したいと思っていますし、それが先方のご希望でもあります。誠に光栄なことです。

 しかも、日曜日は娘の運動会なので、私は早朝から「
場所とり」を命じられており、ビデオ撮影係も兼務のため、ミスが許されない大忙し。早朝からの「場所とり」役をあてにしていたおじいちゃん(高校教師だった私の父で、今は福島に移住しています)が、こんな時に限って、兄弟たちとヨーロッパ旅行に出てしまうという大ポカ。旅行日程が運動会と重なっていることを皆が責めると、「わしゃぁ、小学校の運動会が春にあるいうのを知らんかったけんのう・・・幼稚園の運動会は、秋じゃったけん・・・」(広島弁)と、頭を抱えていましたが、後の祭り。車の運転ができず出不精のおばあちゃん(母)は論外だし、妻といえば、PTA役員に任命されてしまい、当日は一日中、売店で「わた菓子」づくりの大役をあてがわれているので、戦力になりません。かくして、私が早起きするしかない、というわけです。昔から、運動会の前夜にはワクワクして眠れなかった私ですから、「きっと、また、今回も・・・」と心配すると、もう今から眠れなくなりそうです。

 話がそれましたが、したがって、事実上、仕事に使えるのは土曜日しかありません。土曜日の夜には、マリオネット大久保さんあてに原稿をお送りしなければなりませんから、冗談ではない深刻な時間不足。
 なにしろ、来週にはまた、あの
エンマ今井部長さんが、『愛の論理』の初校原稿と表紙写真の決定資料を持って、福島までおいでくださるのです。まさに、怒涛のごとく続く、締切地獄の日々。

 もちろん、本業である大学の公務もびっしり。このところ毎日、日中は、会議、会議、また会議。

 ああ、時間、ただ時間がほしい・・・・・・(-_-;)

 というわけで、しばらくはテンテコ舞い状態が続きます。

 そういえば、仕事中に、娘とこんなヘンテコな会話をしてしまいました。

 娘:「お父さん、なにしてるの?」
 私:「いま、
寸暇を惜しんでお仕事してるんだよ。」
 娘:「すんかをおしむ、って、どういうこと?」
 私:「寸暇、っていうのは、暇、っていうことだよ。」
 娘:「暇ってな〜に?」
 私:「暇、っていうのは、なんにもすることがない、っていうことだよ。」
 娘:「じゃあ、おしむ、っていうのは?」
 私:「惜しむ、っていうのは、もったいないなぁ、って思うことだよ。」
 娘:「ふ〜ん・・・・・・じゃあ、お父さん、なんにもすることがなくて、もったいないなぁ、って思ってるのね?」
 私:「!! い、いや、そうじゃなくて、その反対だよ。お父さん、することがいっぱいありすぎて困ってるんだよ!」
 娘:「???」

 ・・・いやはや、子どもに言葉の意味を教えるのって、難しいです。直訳してつなげると、正反対の意味になってしまうとは・・・



5月14日版

 
エンマ大王激怒!


 じ、実は・・・・・・5月11日が締め切りだったにもかかわらず、

 
間に合いませんでしたっ!

 11日の午後6時半、福島ビューホテルのロビーにて、新刊『愛の論理』の完成原稿を、東京のPHP本社からおいでくださる今井部長(第一出版部最高責任者)、大久保さん(PHP文庫編集長)、順子さん(PHP新書副編集長ですが、編集長は今井部長なので事実上の編集長)という、そうそうたる超強力トリオにお渡しする約束をしてあったのですが・・・

 過去10日間、戒厳令を発令する暇も惜しんで、目から血が出るほど頑張ったにもかかわらず・・・・・・本文の方は何とか出来上がって、あとは初校の段階で大幅修正する前提でエンマ今井部長様にお渡ししたのですが、70冊以上にのぼる参考文献と、220以上にのぼる引用注が、どうしても間に合わず、これが実に大変な作業なので、あと3〜5日は要してしまうことに。

 「す、すいません・・・本文はすべて完成したんですが、まだ、参考文献と引用注が出来ておりませんので、あと1週間ほどお待ちを・・・」

 「な、なにぃ〜〜〜〜〜〜っ! 11日が完全締め切りじゃと、あれだけ申し渡したじゃろうが!! わざわざこの俺様に福島くんだりまで原稿を取りに来させておいて、そのザマはなんじゃ!  
ドッカ〜〜ン!!!

 と、エンマ今井部長様の怒りが大爆発!!
 その怒りが天まで届き、にわかに晴天がかき曇り、雲間から風神・雷神が現れて、福島一帯に時ならぬ春の嵐が吹き荒れたのです。

 しかも、エンマ大王にすっかり魂を抜き取られ、操り人形と化してしまっている
マリオネット大久保さんまで、エンマ大王が乗り移ったかのようなそっくりの口調で、

 「な、なにぃ〜〜〜〜〜〜っ! 『愛の論理』のあとは、休む間もなく大至急、『生きがいのマネジメント』文庫版の校正とスペシャルな後書きの執筆に取りかからねばならんというのに!!」

 と、死者をムチ打つかのような追い討ちのお言葉。
 あまりの惨状を見かねて、
観音菩薩の順子嬢が、

 「まあまあご両人さん、飯田先生も、こうして頭を丸め、土下座までして号泣していらっしゃるのですから、ここはとりあえず、本文のみでも完成したということで、許して差し上げれば・・・」

 と、全身から慈愛の光を発しつつ、甘露のお言葉をかけてくださいましたが、

 「ふん! しかたあるまい。 今日のところは、観音菩薩に免じて、本文だけでも完成したということで、とりあえず最低限だけ許してやろう。 じゃが、飯田よ、参考文献と引用注という、本というものの根幹を成す魂の部分を書き残してしもうた罪は重いぞ。 のう、大久保よ?」

 「はっ! まさにしかり。まったく同感でござる。本文を書き残したのならばまだしも、こともあろうに、本の命、本の心臓とも申すべき参考文献と引用注を書き残したとは、こやつがいかなる詭弁を弄そうとも、見のがすわけにはまいりませぬ。」 (注:水戸黄門に出てくる、悪代官にすり寄る悪徳商人の口調でどうぞ。)

 と、あたかもエンマ大王が腹話術を使っていらっしゃるかのような、マリオネット大久保さんの厳しい審判。ふだんは優しいマイホームパパの大久保さんなのに、なぜ、エンマ大王の前では、ここまで人格が180度変わってしまうのでしょうか? げに恐ろしきは、エンマ大王。

 「うむ。そちも、やはり許せぬか。ならば、しかたあるまい。1、2の、3、え〜〜いっ!!」

 
「う、うぎゃぎゃぎゃぎゃ〜〜〜っ・・・うぐうぐ・・・」


 という展開で、ついに私は、エンマ大王から、
二枚あった舌のうちの一枚を、見事に抜かれてしまいました・・・・・・

 ・・・・・・幸いにも、見るに見かねた観音菩薩の順子嬢が、慈愛の光の中から薬師如来を召喚してくださり、

 「舌を3枚、4枚とお持ちの、海千山千の他の作家先生方に比べれば、たった二枚舌にすぎぬ飯田先生など、かわいいものでございます。自業自得とは申せ、あまりにもふびん。・・・この薬を飲めば、原稿完成後に、また二枚目の舌が生えてきて、無事に元通りのぐうたら作家に戻ることもできましょう。いえ、薬代などいりませぬゆえ、その代わりに、PHP新書の方の新刊もお忘れなく、必ず必ずお書きくださいませね」

 と、「締切地獄」に堕ちてもだえ苦しむ私にとって、傷に塩をすり込まれるが如き追い討ち、いや、叱咤激励のお言葉。

 (言い忘れておりましたが、先日、なんと、15000部も刷っておいた『日本的経営の論点』が売り切れ、大増刷が決定したとのこと。あれほど地味で生真面目な内容の経営書が、15000部以上も売れるなんて、編集者も著者の私も、びっくり仰天。何しろ、PHP新書のなかでも、もっとも堅い部類の本だそうですから・・・「生きがい」シリーズがベストセラーになったことよりも、こちらの方が、実際には、よほど出版業界の常識をくつがえす珍事だといえるでしょう。おそらく、読者の皆様が、「
読む睡眠薬」として珍重くださっているに違いありません。ありがたいことです。)

 ・・・・・・ということで、つきましては、
いましばらく、戒厳令状態を解除することができませんので、お許しくださいませ。



4月28日版

 
緊急非常事態警報発令!
 (注: まだ、悪夢の「戒厳令」発令には至っておりません)

 つ、ついに、私が最も恐れていた非常(非情)事態に突入!
 昨年の『ブレイクスルー思考』執筆時に続き、今回もまた、あの、
エンマ大王のお出ましです!!

 昨日27日の午後、たまたま電話に出ると(普段は私は出ないのですが)、PHP第一出版部・PHP文庫の大久保編集長(かつての「生きがいの創造」の生みの親であり、その後ご栄転)のお声が・・・

「あれ? 飯田先生、めずらしくいらっしゃいましたね!?」
「え、ええ・・・」
「先日お話した、『生きがいのマネジメント』の文庫版出版の件なんですが、この夏に出版ということで、ぜひ近々、福島にうかがって色々とご相談したいんですけど・・・」
「ああ、その件ですか。(と、安堵する私)・・・いいですよ。文庫版のためのスペシャルな後書きも追加しますから。で、いついらっしゃいますか?」
「え、ええ・・・それが・・・」

 ・・・この時、私は、大久保さんの声色が、いつもとは微妙に異なっていることを察しました。私と大久保さんの仲ですから、「おや? 何か言いづらそうだ・・・まるで、
邪悪な念を持つ巨大な力に操られているかのように・・・あるいは、背後からピストルを押し付けられて脅迫でもされているかのようだ・・・いったい、大久保さんの身に、何事が生じているのだろうか???」と、その異様な気配を敏感に察知したのです。

「お、大久保さん、いったい、どうしたんですか? なんか変ですよ?」
「え、ええ・・・あのう、こちらの勝手な都合としては、5月2日に福島へおうかがいできれば有難いんですが・・・」
「ご、5月2日? そりゃまた、急ですねぇ。ゴールデンウイークの真っ只中ですし。」
「ええ、うちの会社は、暦どうりに仕事ですから。編集者に休日などありません。」
「いったいまた、何でそんなに急に??」
「え、ええ・・・そ、それが・・・」
「なんですか? なんかおかしいですよ? どうかしたんですか?」
「ええ、それが、実は、5月2日におうかがいしたいというのは、今井の希望でして・・・」
「ええ〜っ! あの、
エンマ今井部長さんの!?」
「ええ、今井が、5月2日に私と一緒に福島におうかがいして、
何としても、新刊『愛の論理』の原稿をゆすり盗って・・・い、いや、頂戴して帰らねばならぬ、と申しておりますものですから・・・」
ガ〜〜〜〜ン!!!」(大ショック音)

 ・・・やはり、そうでした。私が恐れていた、「原稿締め切り日の最終決定」の時が、ついに訪れてしまいそうなのです。
 これまで、PHPには何の連絡も入れず、先方からも連絡が来ないのをいいことにして、締切日を決めないままダラダラと執筆していたのですが・・・・・・やはり、「出版界のエンマ大王」と異名をとり、数々のベストセラーを世に出してきた、泣く子もだまる今井部長さんは、すべてお見通しでいらっしゃたようです。
 きっと、私が何の連絡もしないので、「
飯田先生、だまっていればいい気になってノンビリしているな・・・ここらで一発、気合をいれてやらねばならん」とばかりに逆鱗に触れ、大久保さんを使って催促なさったに違いありません。

 私は、「ああ、このような時、昨年の『ブレイクスルー思考』の執筆時のように、優しい
観音菩薩の順子嬢さえ助けてくだされば・・・」と、電話の向こうのオフィスのどこかにいらっしゃる順子嬢を召喚すべく祈りの念を送りましたが、な、なんと!
 私が送った念は、観音菩薩の順子嬢ではなく、こともあろうに、エンマ大王様の方を召喚してしまったのです!!

「あ、いま、今井が向こうのデスクから、こちらにやってきました!」
「え、ええっ!  ty?¶μR£§¢£T?・・・」(狼狽のあまりに、意味不明のことを口走る私)
「いま、私の前に座りましたっ!」
「▲○◆◎〒!!」(パニック状態の私)
「ニッコリしていますっ!!」
「し、仕方ありません! 今井部長さんに、電話を代わってください・・・」(と、あきらめた私)
「・・・・・・いえ、
電話は、代わらなくてもいいそうです!」
う、うぐぐぐぐ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!

 ・・・・・・ま、負けました・・・
私の完敗です。

 私としては、こうなったらエンマ今井部長ご本人に直接交渉して、なんだかんだと、あることないこと理由を並べ立て、原稿締め切りを延ばしていただこうという捨て身の戦法に出たのですが・・・・・・さすがは、百戦錬磨のエンマ大王。これまでに数多くの作家先生から原稿を頂戴してきた経験から、「
ふふふ、ここで電話に出てしまっては、飯田先生の思うツボ。このような場合は、決して、締め切り延期交渉の場についてはならんのだ」と、適格に察知なさったのです。

「・・・・・・わ、わかりました・・・原稿は、これから死に物狂いで書き上げますゆえ、なにとぞ、今しばらくお時間を・・・」
「なるほど、それで、いつ、原稿をいただきにあがってよろしいですか?」

 どうやら、受話器の向こうの大久保さんは、その魂を、すっかりエンマ今井部長に操られているようです。いつもならば、「まあ、締め切りなんて、あって無いようなものですから。今井がどのように申そうとも、あまりお気になさらずに、まずは何よりも、良い本をお書きになってください」などと明るくおっしゃる大久保さん(あれ? この話は内緒でしたっけ?)が、別人のように鬼気迫る声色で、私を脅迫するのです。まるで、何者かに憑依されてしまったかのように。

「は、はい、正直に申し上げて、とても5月2日には・・・・・・何しろ、今週末は岡山・大阪と大きな講演会が続くので、執筆している時間がほとんど無いものですから・・・・・・歯医者にもいかねばなりませんし・・・」
「なに? この大切な時に、歯医者にと?」
「い、いえ、間違えました、歯医者は原稿完成後にいたします。しかし、それにしても、とても2日には・・・」

 ・・・というわけで、『生きがいのマネジメント』の文庫化の件でお電話くださったはずの大久保さんが、すっかりエンマ大王の手のひらのうえで操られ、いつしか『愛の論理』の取り立て人と化していたのでした。

 と、ところが・・・・・・私が原稿の完成に向かって大いに気合を入れつつ、締め切り延期を哀願するのを見届けると、一転して、エンマ今井部長さんから優しいお言葉が!

「わかりました。今井が、
それならば、5月11日を最終締切日にしたいと申しております。」
「は、はは〜〜っ。ありがとうございまする〜〜〜っ。」

 ・・・というわけで、鬼の目にも・・いや、
エンマ大王の目にも涙。最後には、ぐうたら作家の私にも深い温情をかけてくださり、締切日を、11日にまで延期してくださったのです。

 今思えば、おそらく私は、すっかりエンマ大王の思うがままに操られ、大いにカツを入れられたうえで、シナリオ通りに締切日を定められたに違いありません。きっと、今井部長ご自身も、本当に2日に原稿が出来上がるとは思っていらっしゃらなかったはず。まず2日の案を強く出して私に揺さぶりをかけたうえで、実質的な予定通りの締切日へと、見事に誘導なさったのです。またしても、百戦錬磨、出版界で数々の修羅場をくぐってきた今井部長の「フトコロの深さ」を、痛感させられた私でした。

 
エンマ大王、恐るべし!


 ああ、
原稿締切日まで、あと2週間!
(私が大好きだった「宇宙戦艦ヤマト」の、「地球滅亡まで、あと**日」というエンディング・シーンを思い出します)

 戒厳令(すべての電話・手紙・メール・来訪をシャットアウトして執筆のみに専念する宣言)を発令せねばならない日も、すぐそこまで迫っています。

 かくして、窮地に追い込まれた私は、今夜も朝まで、執筆、執筆っ!!



4月23日版

 
このところ、新刊の執筆が佳境に入ってきましたので、不規則かつ短時間な睡眠のため、肉体的にはボロボロ状態。パソコンの前で、「ここはどのような表現にしておくのがベストだろうか」と思い悩むと、たった数行を書くために、あっという間に、気づくと1〜2時間経っている、という状況です。
 いつものことですが、私の本は、内容そのものはほんの数日で書き上げるのですが、その後の文章表現の仕方・思考のバランスのとり方の推敲に、何十時間も費やしてしまうのです。何しろ、不特定多数の様々な立場・価値観の方々の人生に与える影響が大きい著書を発表し続けていますから、1行1行、用語・表現・文末(断定口調か、あいまいにしておくか)など、細心の注意を払いながら何度も何度も再考・推敲を重ねなければなりません。


 その作業というのは、たとえて言えば、私個人の意見・私情を書くのではなく、「
もしも神様がいらっしゃるとすれば、どのようにお書きになるだろうか」という観点から行う作業に相当します。私のように、神様を語る資格などない未熟者が、身分不相応にも、神様のお気持ちを推察しながら「人間語」に翻訳・言語化・文章化しようと試みるのですから、そこに大きな無理が生じてしまうのでしょう。いつも、有名な哲学者の、「最大多数の最大幸福」という言葉を念頭に置いて文章化しているものの、しばしば「そんなこと、そのまま書けませんよ!」などと、私という個人の私情や立場も入ってきますから、「神様」と「私」との間で常に揺れ動くというわけです。
 いわば、私の処理能力を超えた無謀な作業に挑戦しているわけですから、まるで酸素ボンベ無しでエベレストに登ろうとしている冒険家のように、「息があがって、あえいでいる」というのも当然です。

 というわけで、現在の執筆状況は・・・

 本日の執筆度: 70 (山頂が見えてきたものの、これから一番けわしい岩山にさしかかる、といったところです)
 
本日のスランプ指数: 50 (とにかく肉体的疲労がピークに・・・う〜ん、腰と背中がパンクしそうですっ!!)

 
それでも、世界各国から届く「新刊期待」のメールやお手紙を通じて、皆様のありがたい応援の祈りをいただきながら、今夜もまた、朝まで執筆、執筆・・・



3月23日版

 やった〜!

 ようやく、大学で任命されている「国際交流委員」関係の書類作成も終わり、今夜から、自分の新刊
『愛の論理』の執筆に専念できる環境が整いました!

 そのタイミングで、本日、とっても元気の出るお手紙をいただきましたので、どうぞ「
今週のお手紙」のページをご覧ください。そのお手紙のおかげで、今夜の私はますますパワーアップ!
 したがって、「愛の論理」の執筆状況は・・・・・・

 本日の執筆度: 5 (これから執筆に専念できますので、ご安心を)
 
本日のスランプ指数: 0 (よ〜し、がんばるぞ!)

 また、本日は、ブラジルに赴任中の衛生学のドクター、ちづるさんから、「男性も女性も、その性を生き抜くことが大切」という趣旨の貴重なメールをいただき、大いに刺激を受けました。ちづる先生、ありがとうございます!

 性といえば・・・・・・先日お邪魔した新潟県柏崎市で、スタッフから聞いたお話です。
 スタッフの会社の同僚が、「どうしても女の子が欲しい」と願って頑張ったものの、1人目は男の子が誕生。「今度こそ」と気合を入れた2人目も、やはり男の子。「あと1人くらいなら」とねばって産んだ3人目も、またもや男の子。そこで、大いに迷ったものの、「
何が何でも女の子が欲しいんだぁ〜っ!」と決死の願いで夫婦ともども最後のチャンスに賭けてみたところ、な、何と! ・・・・・・とうとう、今度は、玉のように元気な「男の双子」が産まれてきたのだそうです。
 かくして、合計5人兄弟に。5人の男の子に囲まれて、幸せいっぱい?の毎日を過ごしているとか。いくら神様に挑戦してみたところで、やはり神様のご意志にはかなわない、ということでしょうか??


 明日(今日)は、大学の教え子(ゼミナールの学生)たちと、福島近郊にある有名な「安達太良山」の隣の「鬼面山」山腹に湧き出る秘湯・野地温泉の一軒宿に泊まって、「卒業生追い出し合宿」です。
 飯田ゼミナールは、経済学部には珍しく女性の割合が圧倒的に多くて、なんと
32人のうち15人が女子学生

 つまり、ほぼ2人に1人は女子学生が占めるという、華やかなゼミナールなのです。べつに、面接試験を行う際に、女性を優遇しているわけではありません。どうしても、女性の方が成績も良くて面接の受け答えも上手(面接官である私を手玉に取るのが巧妙)なので、単純に応募者の中から面接試験・レポート試験・成績の総合判断で上位の者からゼミナールに採用していくと、女子学生が大量に入ってしまうというわけです。

 え? 多数の若い女子学生に囲まれて、飯田先生はうらやましいって?

 会社員の方々には、しばしば、「ゼミ生の半数が女子学生だなんて、いやぁ、酒池肉林ですなぁ!」などと羨望の的になりますが、いえいえ、実態は決して、本当に、断じて、そんなものではありません。
 男子学生と違って、女子学生はちゃっかりしており、自分の都合の良い時(困った時)にしか近寄ってくれませんので、ふだんから私の研究室に女子学生が遊びに来るわけではなく、むしろ、授業中以外には、めったに私と話をしてくれることなどありません。女子学生はみんな、彼氏やバイトやクラブ活動で忙しいので、年齢が2倍近くも違う飯田先生の相手など、している暇はないのです。

 数年前(ということにしておきましょう)、ゼミナールのコンパの2次会が終わった後、「歩いて帰る」という女学生がいたので、「おいおい、こんな深夜に歩いて帰るのは
危ないぞ。先生が車で君のアパートまで送ってあげるから、乗りなさい」と指導して車に乗せ、彼女の指示通りにアパートまで連れて行ったことがありましたが・・・・・・なんと、車から降りながら彼女が
のたまうには、「先生、ありがと! ここ、彼氏の部屋なんです。今夜は、ここに泊まることになってますから、もう大丈夫です。それじゃ、おやすみなさい!」とのこと。
 彼女は小走りで、彼氏の部屋へと消えていきました。
 かくして一杯くわされた私は、「
何が大丈夫なもんか! この◎▲□! ☆〒●!!」と、文字にするのもはばかられるような悪態をついて、ひとり憤慨したものでした。(こういう時って、自分が学生時代に行った悪行など、すっかり忘れていますよね)

 ああ、うちの6歳の娘も、いずれはこんな年頃に・・・と考えると、心配で眠れなくなるので、考えないことにして、おやすみなさい・・・



3月10日版
『愛の論理』執筆開始 !!

 そこで、恒例の、あれを再び始めましょうか・・・

 
本日の執筆度:  (タイトルだけは決まっているため) 
 
本日のスランプ指数:  (大変めでたい気分であるため)


 しかし、大学での職務・各地での講演・娘の卒園式と春休みの家族サービスなど、今月のスケジュールは、辛いこと・楽しいことを含めて、もうびっしり。身の危険も相変わらず続いていますし(世の中には信じられないほど酷い人がいますよね)、気管支炎もなかなか治りません。

 はたして、今後、『愛の論理』の執筆活動は、どのような展開を見せるのでしょうか?
 このまま怒涛のように書き上げることができるのでしょうか・・・それとも、また、底なし沼のようなスランプにおちいってしまうのでしょうか??

 とにかく、4月に入って新学期が始まると大学の職務が忙しくなるので、急がねば!
                    
 執筆活動は、まさに「気分の良さ」に比例します。お調子者で気分屋の私ですから、気分が良いと調子に乗ってどんどん進む反面、イジメにあったり不安感にとらわれると、まったく筆が(ワープロが)止まってしまうのです。
 つまり、読者の皆様からの激励こそが私の力になる、というわけです。どうか、無事に気分良く執筆が進みますように、応援してくださいね。どうぞ、皆様の、祈りの力をお貸しくださいませ。

 ・・・・・・などと、ついつい、読者の皆様に媚(こ)びてしまう私です。

 私の、このような性格のことを、妻は、「
身から出た媚び」と称して、笑っております。
(あれれ? 正しくは、「身から出た錆(さ)び」でしたっけ? 「こび」と「さび」では大違いだ! 辞書、辞書・・・)

 さて、出版社は? 目次は? 装丁は? 発売日は?
 いざ執筆を始めると、ワクワクすることが一杯です。



3月3日版

 本日は、ひな祭りですね。
 私の娘も、「お寿司食べた〜い」とか、「『カードキャプターさくら』の絵本買って!」とか騒いでいますが、まだ、お寿司(我が家でお寿司と言えば、もちろん1皿100円の回転寿司)や絵本くらいしかねだらないので、かわいいものです。これが、高校・大学生くらいになると、いったい何をねだられるようになるのでしょうか?

 それにしても・・・・・・いま、ワープロで「
ねだる」と入力したところ、何と、「強請る」という漢字に変換されてしまい、びっくり仰天しました!
 平仮名で「ねだる」と言えばかわいいものですが、漢字で書くと「強請る」だなんて、見ただけでもオソロシイ、身の毛がよだつ言葉なんですね、本当は。・・・「ねぇ、あなたにお強請りしてもいい?」なんて漢字で書いたんじゃ、ちっともかわいくないぞ。
 いやぁ、勉強になりました。

 ちなみに、「
ゆする」と入力してみると・・・・・・おお、おお! 何と、「強請る」ではないですか!
 思わず興奮してしまいましたが、「ねだる」も「ゆする」も、同じく「強請る」と書くのですね!
 漢字にすると同じなのに、平仮名にすると、これほど違うニュアンスになってしまうとは!
 実際、妻や娘には、いつも何か「ねだられて」いる私ですが、よく考えてみると、「ゆすり盗られている」のと変わらないようにも思えてきます。つまり、同じ「誰かに自分のものをあげる」という行為であっても、相手から「ねだられている」と感じるか「ゆすられている」と感じるかというのは、こちら側の、相手に対する感情(好感度や損得勘定)によって左右されている、というわけですね。

 う〜〜〜ん、まさに、「人生の縮図」のような大発見!
 さっそく、東京特許許可局(早口言葉にありましたね)に、報告しておかなければ・・・


 ところで、前々回の更新で、「今後の予定」のページに、「
もしかすると、今後1ヶ月以内に、重大発表を行うかも!・・・確率50%」と書いておきましたところ、皆様から大反響をいただきました。
 反響の内容は、「重大発表って何ですか!?」という素朴なものから、「先生、そんなに早く、自分だけが、あちらの世界に帰ってしまうなんて、ずるい!」などという、何だか勘違いしていらっしゃるものまで・・・・・・。

 もっとも多かったのは、「この時期に重大発表するということは、
先生、この3月いっぱいで、大学を辞めちゃうんですね!」と、自信満々の推理をなさっている方々でした。しかし、学校の先生をなさったことのある方ならばおわかりのはずですが、たとえ大学とはいえ、学校の先生は「担当している生徒・学生」を持っているので、3月になってから急に「辞めま〜す」なんて無責任なことは言えないのです。
 私にも、直接指導している「飯田ゼミナール」の学生たちが、優秀な者・そうでない者(私の直接の教え子のくせに、私の講義の単位を落とした者が3名も)をひっくるめて、昼間コース・夜間コースを併せて60人近くもいますから、その学生たちを捨てて、突然に辞職するわけにはいきません。むしろ、小学・中学・高校の先生ならば、たとえ他の先生の担任になっても、ほぼ同じことを教えてもらうことができますが、大学教授の場合は、狭い狭い専門分野を教えており、その分野の先生は各大学に1名しかいないのが普通ですから、急に辞めると言っても、学生たちは、「じゃあ、他の先生のところに移りますから、いいですよ」というわけにはいかないのです。

 しかも、昨年あたりから、「
飯田先生の本を読んで(あるいは飯田先生の本を読んだ親に薦められて)、福島大学の経済学部を受験しました」という学生たち(私が知るだけでも10名以上)が現れてきましたので、急に辞めると言ったら、「どうしてくれる!」と落胆されてしまいます。ただし、逆に、「あんな教授のいる大学になんか行くものか」と、私のせいで福島大学を敬遠した学生もいるかもしれませんから、素直には喜べませんが、それやこれやで、大学を辞める場合には、少なくとも1年前には申し出て、ご迷惑をおかけする方々に詫びを入れつつ対処しておかなければなりません。したがって、3月の今ごろまで、世間に隠しておくことなど、できないというわけです。

 もちろん、大学教官をすっかり辞めるのではなく、他の大学へ移るという可能性もあり、実際にオファー(移籍依頼)はいくつもありますが、もしも他大学に移る場合にも、上記の制約に変わりはありません。急に思い立って、「来月から移籍します」なんて無責任なことは言えないのです。
 それに、今は、福島大学という職場を、私なりに愛していますから、他大学に移るとすれば、何か研究上の好条件(例えば、「生きがい論」や「人間学」「人生学」などの科目を、世界で初めて新設して、私に自由に任せてくださるなど)をいただかない限りは、安易には考えられません。逆にいえば、そのような研究条件さえあれば、北海道の奥地だろうが離島だろうが、どこの大学にでも移る可能性はありますが・・・・・・(なお、私は今生では日本地区の担当なので、愛する日本を離れて「職場放棄」をしてまで外国の大学に移ることは、ありえません)。

 さて、ということは、「重大発表」とは、いったい・・・・・・???



2/26日版

 悲惨 !!

 ・・・・・・ああ、これほどみじめな展開になるとは、、、、
 人生、一瞬先は光のはずなのに、どうして、こうまで思い通りにならないのでしょうか・・・・・・

 (μμ) (←がっくり肩を落として深くまぶたを閉じ、落涙するの図)

 本当は、「祝! ホームページ開設1周年!」と大々的に祝いたかったのですが、ホームページの更新どころではなく、この3日間、ひどい目にあって意気消沈・テンテコ舞いしておりました。

 ようやく、何とか落ち込みから回復してきましたので、惨めな想いに打ちひしがれながらも、こうしてキーボードに向かっています。


 それはもう、思い出したくもない3日前の午後のこと・・・・・・私は、周囲の大学教官たちに、あることを相談しました。先生方の共通したお答えは、「まだ早い。やめておけ」という点で一致していました。

 ああ、それなのに・・・・・・先生方の愛情あふれる忠告に耳を貸さず、何と、今思えば決して行うべきではなかった愚かな行為を、深く考えもしないで実行してしまったのです。いまさら、いくら反省して、後悔しても、もう取り返しがつきません・・・・・・

 私が、これほどまでの痛手を受けることになった、その行為とは・・・・・・

 口にするのもはばかられる、その愚かな所業とは・・・・・・

(そろそろ、読者の皆さんは、ドキドキなさってきたことでしょう)

 読者の方々にお伝えするのも辛い、そのてん末とは・・・・・・

 聞くも涙、語るも涙の、その悲劇とは・・・・・・

 ああ・・・

 うう・・・

(さすがに、読者の皆さんは、イライラなさってきたことでしょう)

 おお・・・

 ・・・・・・などという悪ふざけはいいかげんにやめて、ついに、その真相をお話いたしましょう。

 そ、それは・・・・・・


 何と、とうとう3日前に、発売されたばかりの「Windows 2000」というOS(オペレーション・システム)のソフトを、私の大切なパソコンにインストールして、結局、パソコンを壊してしまったのです!!

 読者の皆さんの、「な〜んだ、そんなことか。心配させるのはやめてくれ!」というお叱りの声が、全国、いや全世界から聞こえてきそうですが、私にとっては、たいへんなダメージを受ける悲惨な出来事なのです。どのように悲惨かと言いますと・・・


 
悲惨その@ : 何と、インストール以前に使っていた各種ソフトのうち8割が、使用できなくなった。その中には、もちろん、あれほど可愛がって学習させ、立派に成長していた、音声入力ソフト「ドラゴン・スピーチ」も。それどこか、後述する理由により、ドラゴン・スピーチのこれまでの学習データが、すべて失われた。

 
悲惨そのA : 最新ドライバをダウンロードしてインストールしたにもかかわらず、プリンターも、MO(リムーバブル・ディスク)も、地上波TVボード(パソコンでテレビを見るソフト)も、すべて使えなくなった。

 
悲惨そのB : あわてて、以前の「Windows98」に戻そうとして、「パソコンを振り出しに戻す」と書かれたディスクを挿入して試したところ、インストールに1時間半もかかった末、最後の最後に「実行されませんでした」というエラーメッセージが出てきて終わった。泣く泣く再度挑戦してみても、結果は同じ。あちこち調整してみて3度目にトライしたが、またもや同じ結果に・・・・・・のべ5時間のロス。

 
悲惨そのC : 泣く泣く本屋に走り、「できるWindows2000・乗り換え編」というガイドブックを買って戻り、必死で探すと、最後の239ページ目に「Windows2000をインストールしたパソコンをもとのWindows98に戻したくても、単にリカバリーCDから復旧するだけではエラーが発生して戻せない場合があります。これはハードディスクがNTFSでフォーマットされていることが原因です。このような時は・・・」という項目を発見。「こ、これだっ!」とばかりに、書いてある通りに試してみたところ、約2時間後に、ようやく「パソコンが振り出しに戻りました」とのこと。「これで、諸悪の根源であったWindows2000の野郎を追い出してやったぞ、フフフ」と、ひと安心して、振り出しに戻さなかった(初期化しなかった)はずのDドライブを開いて保存してあった過去の重要データを取り出そうとしたところ、何と、どうやっても開くことができず、大いにあせる。仕方なく「ハードディスクの領域設定」なる意味不明の作業にうっかり手を出してしまったところ、今度はその大切なDドライブまで「初期化」されてしまい、ついに過去の全記録を完全に失う羽目に。

 
悲惨そのD : その結果、ハードディスク内に保存してあった、貴重なデータや文章はもちろんのこと、これまでに皆様からいただいたEメール(この2ヶ月間だけで1800件以上)、メールアドレスのリスト(住所録)も、すべて失い、こちらからは、皆様にご連絡が取れない状況に。
 ついでに、時々少しずつ時間をみつけては密かに楽しんでいた、「三国志」「信長の野望」「フライトシュミレータ」「太閤立志伝」「提督の決断」「エイジ・オブ・エンパイア」「シムシティ3000」「ウイニング・ポスト」「電車でGO」などの、知る人ぞ知るシミュレーション・ソフトのセーブデータも、すべて宙に消えた。「太閤立志伝V」では、苦労に苦労を重ね、柴田勝家のイジメに耐え、信長のわらじ係まで務めながら、ようやくあこがれの「ねね」を口説き落として、挙式も間近だったというのに・・・・・・「提督の決断」では、戦艦大和をミッドウェイ経由で派遣するという裏ワザを発見し、ようやく米国本土に奇襲をかける手前までいっていたというのに・・・・・・「ウイニング・ポスト4」では、私がオーナーブリーダーとして手塩にかけて育て上げた名馬「フミヒコドリーム」号が、ようやく天皇賞でナリタブライアンの息子と対決しようとしていたというのに・・・・・・「三国志」では、せっかく関羽と曹操に手を結ばせて呂布を・・・(もうやめておきましょう)。

 
悲惨そのE : そうこうしているうちに、何と、突然、何の前触れもなく、「CD&DVDドライブ」が故障。ディスクを入れると、パソコン内部には取り込んでくれるのだが、回転してくれない。仕方なく、パソコンのフタを空けて内部を覗いてみるが、機械のことはさっぱりわからず。
 しかも、外したネジが落ちてどこかに行ってしまい、机の下などをいくら覗き込んでも見つからなくなる。さらに、机の下を無理な格好で覗き込んでいるうちに、机の角に思いきり頭をぶつけてしまい、大きなタンコブができてズキズキ痛む。なぜか、スピーカーから音も出なくなる。

 
悲惨そのF : 泣く泣くパソコンのメーカーのサービスセンターに電話し、症状を告げていろいろ治療を試みてみるが、2時間を費やしても治らず、「もう、考えられる手はすべて打ってみましたので、これ以上は・・・」「ええっ! それでは、まだ買って2ヶ月ちょっとの、この30万円もするパソコンは、いったい・・・」という交渉ののち、修理に出すことに。


 ・・・・・・というドラマティック(?)な展開で、現在パソコンは修理に出され、古いパソコンを倉庫から取り出して、泣く泣くまた長時間のセッティングを行ったのち、こうして再びインターネットが使える状況になったというわけです。以上の作業に、丸3日間、のべ20時間以上を要してしまい、仕事もまったくできず、心身ともに疲れ果て、とても「祝! ホームページ開設1周年」などと祝している場合ではなかった、ということなのでした。

 まさに、怪奇現象。パソコン歴16年の私ですが、これほど不可解で悲惨な目にあったのは、初めてです。しかも、つい先ほど、書店で買った本を眺めていると、このような警告文を発見。

 「アップグレードの心得 〜Windows2000というまったく新しいOSに乗り換えるのですから、
ある程度のリスクは覚悟しておく必要があります。例えば、最も大きな問題としてあげられるのは、一度アップグレードしてしまうと、アンインストールできないという点です。アップグレードしたのはいいが、必要な周辺機器を認識しなかったり、使いたいアプリケーションが働かなかったりしても、もとのWindows98には戻せません。」

 ・・・・・・本に向かって、思わず、「おいおい、それならそうと、早く言ってくれよ。しかも、ある程度のリスクどころじゃないだろ、おい!」と、怒りの言葉をぶつけてしまったことは、言うまでもありません(先に解説書を買って読まなかった自分が悪いのですが・・・)

 というわけで、パソコンをお持ちの皆様に、骨身にしみたアドバイスをひとつ・・・・・・「
Windows2000は、書店でアップグレードの解説書を買って熟読し、万全の事前準備を行ったうえで、インストールしましょう!
 さらに、
近所の神社にお百度参りをして、お祓いを受け、お守りをいただくなど、インストール後の無事を祈願しておくことも、お忘れなく。キリスト教系の方々には、パソコンに、ルルドの水や聖水をふりかけてからインストールすることも効果的でしょう。とにかく、上記の警告文にあるように、「どうなってしまうかわからないリスク」を覚悟し、「え〜い、どうなってもいいや!」と、パソコンを修理に出している期間中の対策まで考慮したうえで、アップグレードにチャレンジなさってくださいね。

 ちなみに、アップグレード前にお聞きした大学の先生方の統一見解は、修理に出したパソコンショップの主任の見解と、見事に一致していました。それは、「個人でパソコンを使う人には、Windows2000はまったく必要ないですよ。あれは企業ユーザー向けのバージョンアップですから。もしも家庭で使っているパソコンにインストールすると、使いもしない機能のために、ハードディスクやメモリの容量を大幅に食ってしまうだけで、かえって不便になるんです。どうしてもアップグレードしたいのなら、原因不明のさまざまなトラブルがほとんど確認されて対策が行われた後・・・そうですねぇ、早くても来年、できれば2年くらい経ってから、乗り換える方が得策です」ということでした。中には、「僕なんか、ついこの間、やっとWindows95から98へアップグレードしたばっかりだよ」とおっしゃる先生も。

 しかし、2年も待っているうちに、今度は「Windows2002」が発売されて、「新しいもの好き」の私は、またまた我慢できずに飛びつき、再び悲惨な目にあうような気がするのですが・・・・・・しかし、私のような、勇猛果敢な(無謀な)チャレンジャーたちが失敗を繰り返すからこそ、世の中は発展していくのではないでしょうか。その昔、フグを食べて死んだ人を見て、周囲の人々が「なるほど、フグには毒があるのか」と発見したように・・・・・・(とでも思って納得するしかない自分が哀れです)


 なお、3月4日(土)に私が茨城県牛久市で行う講演会は、すでに参加予定者が800名を超え、1階は一杯となりました。2階席も開放すれば、あと200名様まで入場できますので、迷っていらっしゃる方は、お早めに整理券をご入手ください。また、当日は先着順の自由席制ですので、「2階席では嫌だ」とおっしゃる方は、お早めに会場へお入りください。何と、秋田や関西からも整理券のご希望があったとのこと・・・・・・本当に、ご苦労様です。嬉しい気持ちと、そんなに遠くから高い交通費を払っておいでいただいて申し訳ない、という気持ちとが、半々です。
 また、シュタイナー教育の研究で有名な、筑波大学の吉田助教授からもご連絡をいただき、光栄なことに、講演会においでくださるとのこと。講演後には、日本を代表するシュタイナー教育の研究者のお一人と、大いに懇親を深められそうです。以前には、信州大学の下田助教授も、わざわざ私の研究室までおいでくださり、シュタイナー教育とソウルメイト発見法の話に花が咲きました(このたびは、ご結婚、おめでとうございます!)

 来週には、福島県体育協会からのご依頼で講演いたします。当日は、
スポーツ学の大学教官の方々もおいでになるとのこと。実は、私の著書は、なぜかスポーツ選手の方々も多数ご活用くださっており、有名なスポーツ選手の方々が、何人も、「お気に入りの著書」として、マスコミで紹介くださっていました。先日は、Jリーグで見事に優勝された「ジュビロ磐田」のトレーナーの方から、優勝記念グッズが届きました。ジュビロの選手が、私に会いたいと希望くださっているとのこと。お互いのスケジュール調整が難しいでしょうが、とっても光栄なお申し出ですので、ぜひともお会いしたいものです。生きがい論は、スポーツにも効果があるのでしょうか。



2月21日版

 とりあえず、東京・青山での講演は、無事に終えることができました。このところ、講演前夜は、前回の更新に書いたような恐怖心と緊張でほとんど眠れなかったのですが、今回は、ついにお医者さんに処方していただいた睡眠薬のおかげで、何とか数時間の眠りを得ることができたのが効きました。なにしろ、心身がどんな状態であっても、わざわざ遠方からおいでくださった皆様の前に立つ瞬間には、笑顔でエネルギーを放射し、声によるボイス・ヒーリングを行いながら、本質的には、声に頼らない非言語コミュニケーションに全力を尽くさなければなりません。私の講演は、実は「講演」ではなく「ヒーリング」であり、頭で理解していただこうとするのではなく、講演内容の理解度とは関係の無い非言語コミュニケーション(皆様の心の波長を整え、私の波長に同調させる作業)を主要な手段としていますから、ぐっすり眠り込んでしまわれたとしても、効果に変わりはありません。いつものことですが、講演前には30分くらいは控え室にこもって集中し、鏡に向かって深呼吸を繰り返しては、「勇気を出せ、光の存在と同調せよ」と、自分自身を激励しました。

 会場に入り、舞台に上がって見渡した瞬間に、邪悪な念を抱く人物の存在の有無と、その位置がわかります。あとは、その方(あるいは方々)に向かって語りかけ、心の波長を修正し、講演が終わるまでに、すっかり穏やかで純粋な波長へと変えてしまえば良いのです。したがって、講演会の場というのは、私にとって、深刻な危機に直面する場であると同時に、私の真意をお伝えし、敵視を好意へと転換させる大チャンスでもあるわけです。
 結局、定員250名のところ、補助イスまで総動員して、消防法違反ギリギリの300名近くの皆様にご入場いただきました。主催してくださった心理学者&カウンセラー&セラピストの金盛浦子先生は、私と同年代の息子さんがいらっしゃるにもかかわらず、私の母より10歳以上も若く見えるので驚きました。インテリジェンスと品格と深い愛情を感じさせる素晴らしいお人柄で、「ああ、また1人、尊敬できる先生と出会えた」と、たいへん幸せでした。もっとたくさんお話をさせていただきたい、という、後ろ髪引かれる思いで会場を後にしました。

 事情により、サイン&握手会は行うことができず、舞台からさっと消えて行方をくらましてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます(残念がられていた方々が多数いらっしゃったとうかがいました)。あれから羽田空港へタクシーを飛ばし、某所へと向かって身を隠しました。

 さて、本日は、事務連絡のみお伝えいたします。
 先日の更新でもご紹介した、小田原市での講演会の主催者でいらっしゃる歯医者さんから、次のような緊急メールをいただきました。

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お蔭様で申込みが200名(満席)に達しました。(バンザーイ!)
ホームページの方、「締め切りました」に書き換えてくださいますようお願い致します。せっかく当日遠方から来られましても、スペース上、入場不可能ですので・・・。あと3週間になり、予定もたって、「そろそろ申し込もうかな」と思われた方には大変申し訳ありませんが、ほかの会場へお回りくださいますよう、よろしくお願い致します。
2月15日に小田原市報に掲載されたことによりまして、一段と加速度を増して定員が早まった感じです。

小田原人にとって、飯田先生は雲の上のお方のような存在なのでしょうか?
申込みのお電話の中には、
本当にあの飯田先生ご本人なんですか?とか、なんでまた、飯田先生が小田原に?などなど・・・・

ということで、後は当日よろしくお願い致します。


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 ・・・・・・なるほど。それでは、小田原には、私の「そっくりさん」に行っていただきましょうか?
 さあ、全国にお住まいの「丸顔」の男性の方々は、当日、「黒メガネ」をかけて、JR小田原駅にご集合ください。そうすれば、私と面識がないため「丸顔に黒メガネ」という外見情報を頼りに私をお捜しくださるスタッフの方々は、大パニックに陥ることでしょうから。



2月19日版

 読者の皆さん、ごめんなさい。
 前回の最後に、うっかり普段は隠している事実を漏らしてしまったために、多くの方々からご心配をいただきました。私からみると、私がこの数年間に直面してきた辛い出来事のうち、ほんのちょっぴりを「ほのめかした」程度なので、どうせ皆さんは読み飛ばしてくださるだろうと期待していたのですが、さすが、見逃してはくださいませんでしたね。たとえ100人のうち99人の方々からお喜びいただけたとしても、残る1人のために、簡単にジョン・レノンのようになってしまうということ・・・肉体を持って生きているということは、そういうことなのです。
 実は、その大変なストレスのために、昨年末以降、ずっと体調が良くなかったのです。いくら病院に行って薬をもらおうとも、そもそも肉体的な病気ではありませんから、治るはずがありません。

 しかし、このストレスは、私にしか理解できない時空を超えた深いトラウマによるものです。皆さんに詳しいことをお話することはできませんし、その必要もありません。そこで、私が尊敬する遠藤周作さんの作品『イエスの生涯』の中から、ご参考となる部分(イエスが処刑される前夜の心理描写)をご紹介して、コメントに代えさせていただきます。
 ただし、誤解のないように申し上げておきますが、私自身は(今回の人生では)常に宗教的中立を心がけており、クリスチャンではありません。あくまでも、
遠藤氏の筆力を借りることによって、私のストレスをわずかでもご理解いただけるのではないかと考えてご紹介するにすぎませんので、無用の詮索や妄想はおやめくださいね。

 それでは、以下、遠藤氏の作品からの抜粋です(差別用語などを含め、文章の一部を意図的に削除してありますのでご了承ください)。

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だがイエスは人間の裏切りには馴れていた。あのガリラヤ湖畔の町や集落で最初は自分に従ってきた人々がやがて自分に石を投げ、ナザレの丘の崖から突き落とそうとした。彼は自分が共に苦しもうとした病人たちも、やがてその苦しみがなくなると自分を忘れて去っていったのを幾度も味わってきた。今、ユダたちが去り、ペトロとわずかの弟子たちがこのささやかな場所に残ってはくれたものの、あと数時間後に起こるであろう悲劇の際には彼等もまた自分を棄てることも予感されていた。

 既に夜はふけて明日から始まる過越祭に集まった巡礼客たちも山のあちこちで眠りにつき、静寂な星空の下にただ神殿の巨大な建物と高い城壁とが威嚇するように黒々とそびえていた。弟子たちはオリーブ林につくと幹の下にそれぞれ身を横たえた。彼等はさきほど袂をわかったユダ・グループが何をしたかを全く考えもしなかった。おそらくイエスだけが、自分に幻滅した者たちがどのような行動に出るかを予想していたのである。何も知らず眠っている弟子たちから離れて、自分の孤独を噛みしめられながら、彼だけ、間もなく襲ってくるものへの恐怖と闘った。
 この数ヶ月の間、彼は自分の死を決意したが、その死が今、迫ってくるのは辛かった。なぜなら彼の死は愛のための死だったから、もっとも惨めで、みずぼらしい形で来るに違いなかったからである。
自分を愛してくれる者のために死ぬのは容易しい。しかし自分を愛してもくれず、自分を誤解している者のために身を捧げるのは辛い行為だった。英雄的な華々しい死に方をするのは容易しい。しかし誤解のなかで人々からあざけられ、唾はきかけられながら死ぬのは最も辛い行為である。
 イエスは死の不安と闘っておられた。永遠に人間の同伴者となるため、愛の神の存在証明をするために自分がもっとも惨めな形で死ななければならなかった。人間の味わうすべての悲しみと苦しみを味わわねばならなかった。もしそうでなければ、彼は人間の悲しみや苦しみをわかち合うことができぬからである。人間にむかって、ごらん、わたしがそばにいる、わたしもあなたと同じように、いや、あなた以上に苦しんだのだ、と言えぬからである。人間にむかって、あなたの悲しみはわたしにはわかる、なぜならわたしもそれを味わったからと言えぬからである。

 
イエスは死の不安のため「汗、血のごとくしたたる」ほど苦しまれた。弟子たちに起きてくれと言いたかった。

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 私はクリスチャンではなく、いわゆる新約聖書の「読者」ではありませんが、遠藤氏のこの文章は、きっと真実を見抜いているに違いないという気がします。



2月17日版

 (;;) 涙・・・。

 ・・・私の風邪が長引き、今週末の東京講演を前に、咳だけが止まりません。チケットは完売しているので、何とか治さなければ・・・・・・娘も扁桃腺にびっしりウミがついており、この3日間、小児科で点滴を打ってもらっている状態。
横手の「かまくら」を見に行くどころではありませんでした。イチゴ狩りも、米沢の雪灯篭祭り見物も、幼稚園での園遊会も、楽しい計画は、すべて水の泡に。
 う〜ん、人生、本当に、思い通りにならないものです。

 そう言えば、先日、
3月12日の小田原での講演会の主催者の方(歯医者さん)から、このようなメールをいただきました。

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待望の小田原講演まで1ヶ月を切りました。今日は途中経過をご報告させて頂きます。
 先生のHPに連絡先を載せていただいてから、ものすごい勢いで申込み数が増えております。2月20日の青山でのご講演も完売のようで、小田原へ流れてきてます。今日(2月14日)現在、定員200名のところ、約170名ほどになり、もう締め切り間近というところです。
 正直言って、最初はどうなることかと思っておりましたが、さすが先生の人気、HPの威力には驚かされました。わかってる範囲でも、愛知や群馬・茨城・栃木など、遠方からの申込みもありました。本当にうれしいです。

 ところで、今年は花粉の量が倍以上とのこと、先生は大丈夫でしょうか? もし花粉症であれば、講演に差し支えては一大事! 駅から会場までの護送、花粉対策を考えねばと思っております。

 それから、当然私がお迎えに上がらなければならないのですが、たぶん準備にかかりきってしまうのではないかと思われます。私以外に、先生のお顔を知っている者がいないため、どうしようか検討中です。
「飯田先生歓迎」の横断幕と小田原ちょうちんでも持って、駅で待っているなど考えますので、お楽しみに!


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 私は、花粉症には全く縁がありませんので、どうぞご安心ください。どんなにひどい花粉警報の日でも、平気で野山を歩けます。

 し、しかし・・・・・・小田原駅前に「飯田先生歓迎」の横断幕は、とっても恥ずかしいので、どうか何とぞご遠慮くださいませ。そんなものがあっては、きっと私は他人のふりをして、ひとりタクシーで会場へと向かうことでしょう。せいぜい、「小田原ちょうちん」くらいにしておいてください。
 あっ! ただし、小田原ちょうちんに、「飯田先生歓迎」と書いちゃダメですよ。それじゃ、横断幕の恥ずかしさと一緒ですから。


 また、
3月4日の、茨城県牛久市での講演会の主催者の方からも、このようなメールをいただきました。

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昨日、公民館でお仕事をしていました。
 お客様がおいでになったので、窓口に立つと、「講演会の整理券を」と。
 お話をおうかがいしてみると、その方は代理でもらいに来たそうですが、講演会に来られる「ご本人」は、難病で苦しんでいらっしゃるとのこと。『生きがいの創造』を読んで、生きる力が湧いてきたので、先生の講演があることを知り、代理の方に整理券をお願いされたのだそうでした。

 感動!感動! 牛久市民にもいたぞ〜! 直接聞いたぞ〜! うれし〜!

 聞けば、まだ、『生きがいの本質』は読んでいらっしゃらないとのこと。思わず、公民館のショーケースに飾っておいた『生きがいの本質』と『生きがいの言葉』を取ってきて、「差し上げますので、その方にお渡しください!!」と、お願いしてしまいました。すると翌日、また、その代理人の方が、ニコニコしながら、「ご本人」からのお礼を言葉をお伝えにおいでくださいました。

 また先日は、今度の講演会にご夫婦でお出でくださるという方からお電話があり、
「講演会終了後、懇親会のようなものはあるのでしょうか?」
 とのこと。
「飯田先生は、講演の後すぐにお帰りになられますが…」
 と申し上げると、
「5分だけでも、お目にかかることはできませんか?」
 とおっしゃるので、やむをえず、
「・・・そのように希望される方は多いので、無理ではないかと思いますが・・・」
 とお答えしました。すると、
「お手紙を書こうかとも思いましたが、飯田先生もお忙しいようですし・・・。私共夫婦にも、つらい事がございまして・・・飯田先生の本に救われました・・・」
 と、泣いていらっしゃいました。
「一応、飯田先生にお話はしてみますので・・・」
 と、私も涙ながらに受話器を置きました。
 多分、先生の講演会の主催者の方々は、このようなご要望を、沢山耳にしていらっしゃるのだろうと思います。むげにお断りするにはお気の毒なのと、飯田先生にお会いしたいというお気持ちは、痛いほどわかります・・・。
 いかに、つらい思いを抱えていらっしゃる方が多いか、垣間見させて頂きました。

 これを機に、ご来場の方々への不手際が無いように、職員間のコミュニケーションをしっかりとって、当日に結んでいきたいと思います。
 お忙しいところ、失礼致しました。


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 私は、講演後、よほど急いでいない限りは、ご希望の方とはできるだけお会いすることにしていますので、どうぞあきらめないで、主催者の方々に申し出てみてくださいね。ただし、主催者の方々にも、会場を返さなければならない制限時間の都合など、さまざまなご事情がございますので、事情のご説明があった場合には、どうかすんなりとご理解くださいますようお願いいたします。

 それに、中には、「お前の血を流してやる」などといった脅迫状のようなお手紙も届きます。このホームページは、読者の皆様の「心のオアシス」となるよう意図していますから、普段は皆さんにご心配をかけないよう、その種の不快なお手紙のことはまったく公表していませんが、実は私は、常に命を狙われる危険と隣り合わせで行動しているのです(それゆえに、著書に顔写真は載せておりません)。何しろ、秘書も弟子も部下もボディガードもおらず、たった1人で活動していますので、どこでどのような目にあわされるかわからないうえ、出現を事前に公開している講演会場やサイン会の場が、もっとも狙われる危険性が高いのです。かといって、そのような脅迫を恐れていたのでは何もできませんから、いつも私は、(過去の人生でもそうでしたが)、「なるようになるさ」と達観しながら行動しています。命を惜しんでいては、何も大きなことはできません。(でも・・・せめて講演会場では、皆さん、私に何も起こらないよう、どうか守ってくださいね)
 そのような事情もあって、主催者の方々が、「本日は、先生と個人的にお会いすることはできません」とおっしゃるかもしれませんが、その場合は、ちょうどその日に何かを予告するような脅迫状が来ているなど、何らかの裏事情があるものと判断くださり、ご理解いただけましたら幸いです。

 とにかく、いつ、どうなってもいいように、「今のうちに、希望されるひとりでも多くの方とお会いして、私の生きがい論をお伝えしておかなければ」と思い、身体に鞭打って頑張っています。実は、そういう事情で、昨年から、無理をしてでも次々に本を発表しているのです。私には、もう時間がありません。
今、「飯田史彦」としての自分にできることを、精一杯しておかなければ!

 いずれにしても、各地での講演会は、すでにほとんど満席状態になってきていますので、ご希望の方は、お早めにどうぞ!



2月4日版

 オニの大役を果たし終え、無事に節分が終わりました。
 娘の「オニは外!」の声が響き渡り、ご近所の方々に、ご迷惑をおかけしました。

「追い出されたオニちゃんたち、いったいどこ行くの?」

 と聞く娘に、

「う〜ん、秋田に集まって、
ナマハゲさんに変身するんじゃない?」

 と答えると、

「え〜〜っ、**ちゃん、いい子だから、うちには来ないよね?!」

 と、大いにあせっておりました。

 実は、以前、ナマハゲに迫られて泣きわめく子供たちの姿をテレビのニュースで見てからというもの、娘が世の中でいちばん恐れているものが、ナマハゲなのです。先日、「今度、横手の”かまくら”を見に行こうか」と話をしていると、娘が「横手ってどこ?」と聞くので「秋田だよ」と答えた瞬間、「いや〜、行かな〜い!」と絶叫しておりました。娘にとっては、「秋田=ナマハゲさんの住み家」なのです。

 それでも、わが家では着々と、おじいちゃん・おばあちゃんを誘って、横手の「かまくら」を見に行く計画が進行しています(今年は、2月15,16日の2日間に開催とのこと)。



1月31日版

 
無事に出演できました!

 日曜の深夜まで出張していましたので、ご報告が遅くなりましたが、28日(金)のNHK出演、無事に終えることができました。
 以下、スペシャル・レポートをお届けいたします。


* 「
東京駅で拉致事件発生!」の巻

 13時に大学の教授会が終わり、車を飛ばして福島駅へ。13時46分発の新幹線に、滑り込みセーフ。寝不足と疲労のピークだったので、人ごみを避けるため、グリーン席の指定券を購入し、ぐっすり眠りながら移動しました。
 さて、東京駅のホームに着いて車両から出たとたん、見知らぬ男性(一見、30才前後か?)が近づいてきました。

「あの〜、飯田先生でいらっしゃいますよね?」
「え? は、はあ・・・」
「これから、NHKにご出演ですよね?」
「え、ええ。そうですが・・・」
「私、これから、先生を放送センターまでお連れいたします。」
「あ、そ、そうですか・・・それはどうも、ありがとうございます・・・」

 話の展開からして、きっとNHKの職員の方が、お迎えに来てくださったのだと思ったのです。それ以外には、考えられませんでしたから。
 ところが・・・

「それでは、車の方に・・・」
「え? プロデューサーの方は、車だと渋滞する恐れがあるから、地下鉄にして欲しいとおっしゃっていましたが・・・」
「大丈夫です。私、くわしいですから、この時間、NHKまで確実に30分でお連れできます。ホームページを拝見すると、かなりお疲れでお風邪もひどいようですから、地下鉄なんかで移動されては、人ごみで疲れて、お風邪も悪化する恐れがあります。」
「あ、そうですか、ホームページをご覧くださったんですね?」
「ええ、あ、そう言えば、まだ自己紹介をさせていただいておりませんでした。実は私、先生のご著書の愛読者で、こういう者でございます。」

 そして差し出された名刺には、な、何と! 日本を代表するコンピュータ・メーカーである「
富*通」のお名前が!

「え〜〜〜〜っ! あなたは、NHKの方ではないんですか!? てっきり私は・・・」
「し、失礼いたしました。私、HNKとは何の関係もございません。ホームページで先生の窮状を拝読し、何とかして先生のお力になりたいと思いまして、幸い東京に住んでおりますから、こうして参上した次第です。いつも、当社のパソコンをお使いくださって、誠に有難うございます。また、中には調子の悪いパソコンもおありだとのこと、当社の製品が大変ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。」
「い、いえ、ホームページに『調子が悪いのがある』って書いたのは、単にメモリーの不足が原因ですから、富*通さんのせいではないんですよ。し、しかし、どうして、私があの列車に乗っているのをご存知だったんですか?」
「ホームページでは、13時まで大学で会議があるとお書きでしたから、大学と駅との距離を調べますと、おそらくあの新幹線をご利用なさるに違いない、と計算いたしまして・・・」
「で、でも、ぴったり私が降りていった車両でお待ちでしたが、どうしてわかったんですか?」
「ええ、先生はお疲れなので、きっとゆっくりおいでになろうとして、グリーン車をご利用になるのではないかと推察いたしまして・・・いやあ、ぴったり、当たりました!」
「何と・・・もし、外れたらどうするんですか?」
「そしたら、ホームを駆けずり回ってお姿を探し出そうと決意しておりました。」
「・・・・・・」(絶句)
「さ、車はこちらです。急いで参りましょう!」

 ・・・というわけで、キツネにつままれたような気持ちのまま、その男性の指示に従いました。「も、もしかして、私を拉致換金・・・じゃなかった、
拉致監禁するつもりなのでは?」と疑いましたが、お顔と応対を拝見する限り、真面目で正直なお方のように見えます。しかも、もしも私を拉致してどこか怪しげなアジトに連行するのであれば、わざわざ「富*通の社員です」などとかえって不自然な名刺を見せるようなことはしないで、単純に「NHKの者ですが」と説明する方が得策というもの。ホームで富*通の社員が待っているという展開は、想像を超えた怪しげな展開であり、嘘をつくならば、もっともらしい、もっと違う「いかにもありそうな嘘」をつくはずです。
 私はそう考え、彼の誠実そうな表情を信頼することにして、おとなしく車に乗りました。彼の目も正常で、いわゆる「病的な目」ではなく、正常な精神状態にあるものと思われました。

「あのう、ところで、どうして私の顔をご存知なんですか?」
「ええ、実は、先生の講演会に参加したことがございまして・・・」
「なるほど。」
「それに、昨日の、福島の幼稚園での先生の講演会には、鹿児島の知人が駆けつけて参加させていただいたんです。」
「え〜〜っ! 鹿児島から、わざわざ福島まで、おいでくださったんですか!?」
「はい。その知人も大変感動して、ぜひ、屋久島見物と兼ねて、先生を鹿児島にお招きして講演会を開きたいと、計画なさっているんです。今、鹿児島で先生の講演会を開こうという希望者が10人以上集まって計画中ですから、その際には、よろしくお願いいたします。昨日は、まずはその下調べに、先生の講演を拝聴しようということで、鹿児島からおうかがいしたんです。」
「え、ええ、そりゃ、喜んでおうかがいしますが・・・そのために、わざわざ鹿児島から福島まで・・・」(絶句)
「そんなことよりも、先生、私などとの会話で貴重なノドを使われてはいけませんから、どうぞお静かになさっておいでください。」
「・・・・・・」

 ・・・などと過ごしているうちに、車は順調に渋谷へと近づいた様子です。

「あのう、あなた、お仕事は大丈夫なんですか?」
「はい。私もちょうど、これから、恵比寿に向かう用事があるものですから・・・」
(きっと、それは私を安心させるための口実なのでしょう)
「そうですか・・・恵比寿は、渋谷の隣りですからね。」
「それに、先生はご専門ですからご存知でしょうが、当社は完全な成果主義人事制度を導入していますから、いわゆるタイムカードもなく、成果さえきちんとあげておけば、いちいち行動が管理されるわけではございませんので、どうぞ私のことなどお気になさらないでください。」
「・・・・・・」
「あ、もう、NHKです。ちょうど、25分くらいで着きました!」

 ・・・というわけで、キツネにつままれているうちに、いつの間にか、車はNHKに到着していました。

「それでは、私はこれより社に戻りまして、ラジオを拝聴させていただきます。いつか、何かの形で、飯田先生のお役に立ちたいと願っておりましたので、今日はその願いが叶い、たいへん嬉しいです。どうぞ、これからもお元気でご活躍ください!」

 と、キツネ、じゃなかった、富*通の青年社員さんは、ご丁寧にお辞儀をして、さっそうと、車で去って行かれました。

「う〜ん・・・あれはいったい・・・キツネか、タヌキか、はたまた、神様・仏様の化身のお姿なのか・・・・・・???」

 とにかく、こうして、その男性のおかげで、予定よりも早く、疲労もなく無事にHNKに入ることができたのです。
 いただいた名詞を取り出して拝見しましたが、名詞は「木の葉」に変貌しているわけではなく、きちんと富*通の丸の内センタービルの住所と、****本部・****部と、実在する部門名が書いてありましたので、どうやら「キツネ」の仕業ではなさそうです。キツネだったら、必ず、「気がつくと、いただいた名詞は、1枚の木の葉に変わっていました・・・」などというオチがつくはずですから。


 * 「
NHKの内部を物色する」の巻

 さて、キツネにつままれたままでNHKの西口を入り、受付で、プロデューサーさんの名前を告げると、やがてご本人がお迎えにおいでくださいました。

「ずいぶん早かったですね?!」
「ええ、実は、東京駅から、見ず知らずの男性が、ここまで車で連れてきてくださったんです。」
「???????????」

 初めて見る、NHKの内部。私が向かうのはラジオセンターですが、建物の内部は、ラジオもテレビも共通の施設になっており、胸に厳重なパスポートをぶら下げた社員の方々が、忙しそうに歩き回っています。西口からまっすぐに広い通路を歩いていくと、社員用の書店があり、その右手に、社員・関係者用の食堂兼喫茶店が。

「まだ時間がありますので、ここで4時まで待って、それからアナウンサーと打ち合わせに行きましょう。・・・・・・ここには、出演される有名人の方々も、よくいらっしゃるんですよ。」

 そう言われてみると、どこかで見たようなお顔の方々が、コーヒーを飲みながら談笑されています。しかし、有名人への「あこがれ」など全くない私にとっては、本当にどうでもいいこと。私が何の興味も示さないので、プロデューサーの方は、さっそく打ち合わせに入りました。打ち合わせと言っても、「どうぞ、先生の思われることを、ご自由にお話しくだされば結構です」とのことなので、内容の打ち合わせではなく、番組の進行に関する時間配分や、途中で入る中継のご説明をいただきました。
 私はといえば、「ちょっと、トイレに・・・」と席を立ち、トイレを探すついでに、NHKの内部をキョロキョロとうかがい、「なるほど」「ふむふむ・・・」と、色々な発見に喜びました(発見の内容は、口が裂けても申せません)。せっかくカフェオレを注文したのですが、「本番中に、もよおしてはいかんな」と考え、ほとんど飲みませんでした。プロデューサーの方が、「あれ? 先生、ほとんどお飲みになっていませんが、よろしいんですか?」とご心配くださいましたが、「ええ、私、トイレが近い体質なものですから、いつも講演の前にも、水分を取らないことにしておりまして・・・」と申し上げると、楽しそうに笑っていらっしゃいました。


 * 「
ついにブース(スタジオ)に潜入する」の巻

 4時になると、プロデューサーが、ラジオセンターにお連れくださいました。NHK放送センターの中心にそびえる、あの高い建物の1*階です。エレベータに乗ると、いかにも番組制作のスタッフらしい格好の方々(大道具・小道具さんなど)のお姿も。
 1*階で降りると、すぐに、ラジオセンターのスタジオへ案内くださいました。部屋の奥にはブース(実際にしゃべる出演者が入る、防音処理がほどこされた小部屋)があり、その外部の手前には様々な機材が並び、ミキサー(機械を扱う専門家)の方々が、ヘッドフォンをつけて座っていらっしゃいます。その周囲には、番組の制作・進行を担当なさるプロデューサーの方々、ディレクターの方々がおいでになり、スタジオ全体では、合計7〜8人の方々がいらっしゃったでしょうか。
 チーフ・プロデューサーの方々2名と名刺交換したあと、実際に私と会話しながら番組を進める、女性アナウンサーとの打ち合わせに入りました。アナウンサーは、有江さんとおっしゃる女性で、私と同い年であることが判明。しかし、どう見ても、まだ20代後半にしか見えません。「お若いですね〜」などと感心しながら、すっかり仲良くなって、ずいぶん気楽に本番へと突入できそうなムードが高まりました。
 打ち合わせと言っても、ここでも特に内容そのものに関する細かい打ち合わせはなく、「だいたい*時*分から*分頃まで、このようなテーマで先生にお話をいただこうと考えていますが、話の向かう方向しだいで、どうなるかはわかりません。私が何かご質問したり、先生の回答に色々な反応をしますから、それにまたお答えいただくという形で、楽しみながら進めましょう。先生のコメントに対して、私が『え〜? ホントですかぁ?』といった感じでわざとツッコミますが、番組を盛り上げるための大げさなリアクションですから、どうかお許しくださいね。」 「それじゃあ、僕の方から、有江さんに『アナウンサーさんの生きがいは?』『NHKって、働きがいのある職場ですか?』なんて聞いてもいいんですか?」 「えっ! そ、それは、ちょっと・・・」といった感じです。
 やがて、1人で「どんなことを話そうかな」と緊張していると、向こうから有江アナウンサーが私を呼びます。「先生、こっちに来てみてくださ〜い!」とお呼びになるので、窓のそばに行ってみると、何と、はるか向こうに、くっきりと富士山の雄姿が。「天気の良い日には、こうして、富士山がよく見えるんですよ。すごいでしょう!」「あ、ほんとだ。これはすごい!」などと、すっかりリラックスしてしまいました。今思えば、近づく本番を前に1人で真剣になっている私を見て、優しい有江アナウンサーが機転をきかし、私の緊張をほぐしてくださったのでしょう。ありがたいことです。
 そして5時。スタジオ内に5時のニュースが流れはじめると、プロデューサーの方が、「では、先生、あちらの中にお入りください」とのこと。私は、番組の流れだけを書いたメモを片手に、ブースの中に入りました。ブースは、たたみ8畳分くらいの広さがあったでしょうか。意外に広くて、ほぼ中央に長い机があり、そこに2つのイスがあって、私とアナウンサーが2人で向かい合わせに座る格好です。私の背後、つまりアナウンサーの正面には大きなガラス窓があって、その窓の外にいるディレクターの方々などの指示を受けて、ブース内のアナウンサーが、手元にあるマイクのスイッチ(なめらかに動くレバー)を上下させるのです。
 実は、NHKに入るまでは、風邪でかなりの咳をしていたのです。プロデューサーの方に、「本番中にひどい咳が出たらどうしましょうか?」とおうかがいすると、「そういう生理現象は仕方がありませんから、多少の咳はそのままで結構ですし、ひどい咳ならば、今、風邪をひいているのでごめんなさい、と、ひと言いえば済むことですよ。どうぞお気になさらずに」とのことでした。しかし、いざブースに入ると、適度な緊張が幸いして、咳はぴったり止まってしまったのです!


 * 「
ああ、本番突入!」の巻

 番組開始の直前、最後にもう一度、プロデューサーの方がブースの中に入って来られ、「では、先生、お願いします。先生の思われること、感じることを、ご自由にお話しくだされば結構ですから」とのご挨拶。私のことを、すっかり信頼くださっているご様子に、とっても嬉しくなると同時に、「この方々のご信頼にお応えできるよう、頑張って、いい番組にしなければ」という責任感が押し寄せてきます。
 やがて、5時のニュースが終わり、ついに本番に突入。本番とは言っても、1回の練習もない、本当にぶっつけ本番の生放送です。どこで何をしゃべるかという細かい原稿など全くないので、もしも私が本番中に発狂し、「我輩はネコであ〜る。ワハハのハ〜!」などと絶叫したり、「×△○〜!」などと放送禁止用語を連呼したら、それでおしまい。つまり、いざ生放送が始まってしまうと、プロデューサーもアナウンサーも、私という人間を信頼するしかないのです。そのような方々の信頼のもとに、今、自分が、実質30分近くもの貴重な時間を個人のためにいただいて、全国の不特定多数の方々に向けてお話を始めるのだ・・・・・・そう思うと、何だかとっても自分が幸せ者に思えて、緊張ではなく、むしろ、じ〜んと感動してしまいました。

 いざ本番。何と、さきほどまでキャピキャピと明るくはしゃいでいた有江アナウンサーの表情が突然に引き締まり、別人のような真面目な声で、沈着冷静に話し始めたのです!
 「か、かっこいい!」
 プロのアナウンサーの仕事ぶりを目の当たりにして、私は思わず、その格好良さに見とれてしまいました。

 それでは、本番で、いったい私が何をお話ししたのか、これから再現いたしましょう。
 実は、出張から帰宅すると、全国の方々から「聞きました!」というメールがたくさん届いており、中には、何と、テープに録音した内容を、いち早く聞き取ってワープロで文章化してくださった方が。
 以下、その御方が、Eメールと共に添付ファイルとしてお送りくださったものを、ありがたく掲載させていただきます。主婦の「ちよみ」さん、本当にご苦労様でした。かなりのお時間を要したはずですが、家事に支障は出ませんでしたか?

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「では、スタジオのお客様をご紹介致します。福島大学経済学部助教授の飯田史彦さんです。こんばんは。」

●「こんばんは。」

○「どうぞよろしくお願い致します。」

●「どうぞよろしくお願い致します。」

「飯田史彦さんは1962年生まれ、十年ほど前に福島大学経済学部の助教授に就任された、20代でということですよね。人事管理論、経営戦略論がご専門だということで、そして、平成8年から、人生に生きがいをもたらす発想法をテーマに三部作の本を書かれて、これが話題となりました。現在、まだ37歳という若さでいらして・・若さでというと自分も同じ年なんで、ちょっと、恥ずかしくなっちゃいますが、その年齢であって、経済学者という肩書きをもってらっしゃる・・」

●「経営学者ですね、正確には」

○「でも、なぜに“生きがい”について研究されようと思ったんですか?」

「あの、4年ほど前に私の教え子が大きな事故にまきこまれまして、病院に駆けつけた私に向って、『どうして自分は生きているんだろう、これからどうやって生きていけばいいんだろう』というふうに問いかけたんですね。その時に私は、残念ながら、恥ずかしいことに、答えることができなかったんですよ。『先生、なんで人は生きているんですか?』と言われても、なかなかね、『それはね・・・』とすらすら答えることは、難しいと思うんですけども。」

○「それはどなたも同じことですよね。」

「そうですね。ただ私は経営学者として、人間のものの考え方とか価値観とか、そういうものを研究していましたので、まあ人よりは専門家だと思っていたんですけれども、恥ずかしいことに全く答えられませんで、その時に大いに反省しまして、人間は何で生きているのか、なぜ存在しているのかというところからまず考えないと、“生きがい”とか“働きがい”とかというところに結びついてこないんではないかと思ったのが、きっかけなんですね。」

○「はい。そこから“生きがい”について考える旅が始まった、ということでしょうか?」

●「そうですね。はい。」

○「でも、そもそも“生きがい”ってなんでしょう? なんか哲学的な問いかけになりますけど。」

「そうですね。日本語で“生きがい”という言葉は非常に難しいというか、ほどよい曖昧さをもっていろんな意味を含んで、包み込んでいるような言葉、非常に日本語らしい、良くも悪くも曖昧さをもった言葉なんですよね。たとえば英語で“生きがい”に相当する言葉ってなかなかありませんで、まあ無理して言いますと、“MEANIG OF LIFE”とか“VALUE OF LIFE”とか “生きる意味”とか“価値”とかですね、という言葉になるんですけど、たとえば、『あなたの生きがいは?』と聞かれて、日本人ですと『う〜ん、僕の生きがいは寝ることかな〜』なんていう答えが、あり得ますよね?」

○「そうですね。返ってきそうですね。」

「ところが外国人に、『私のMEANING OF LIFEは、生きる意味は、寝ることです』なんて言うと、全く信じてもらえないでしょうね。理解してもらえないでしょうね。そのぐらい、“生きがい”という言葉は、日本人にとって、良くも悪くも曖昧で、単なる生きる意味だけではなくて、“JOY OF LIFE”とか“PURPOSE OF LIFE” とか、生きる喜びであるとか、ほんの日常生活の上での楽しみであるとか、そういったものまで含んだ言葉なんですよね。まあ、ですから、“生きがい”という言葉を使ってものを語るというのは、さまざまな切り口がありますので、切り口が違うと全く違う世界が見えてくるということで、研究テーマとしては面白い言葉ですけれども、今日のようなラジオの短時間でコメントするということに対しては、非常に難しい単語でもあるということですよね。」

○「そうですか。そこをまあ、あえてなんとかお答えしていただきたいと思いますけど・・」

●「はあ・・頑張ります。」

「この5,6年でしょうか?  もうちょっと前からでしょうか?  生きがいについて、『自分の生きがいは何だろう』ということがずいぶん問われるようになってきましたけども、これはなぜ・・今といいますかね。生きがいについて考えるように、みなさんなってきたとお考えですか?」

「そうですね、やはり、私の背景とします経済・経営の観点から言いますと、いわゆるバブル経済といわれるものがはじけて、幸せといったものに関するものの考え方が変わってきたことが原因ではないかと思うんですよね。」

○「し・あ・わ・せ・・? はい。」

「たとえば、景気の良かったときには、日本人というのは物質的な幸せを謳歌していたわけですよね。ところが、このまま続くかのように思われた幸せというのが一夜にして崩れ去って、物質的な幸せというのが、一気に失う恐れのある幸せ、非常に曖昧な幸せなんだということを、初めて体験を通じて気付いたんではないかと思うんですよね。そうすると、“失うことのない幸せ”って何だろう、永遠に持っていくことのできる幸せってなんだろう、というようなところに意識が移っていって、物質ではない精神的な心の面での幸せといったようなものを、人々が探し始めるようになったんではないかということが、ひとつの見方ですね。」

○「“失うことのない幸せ”ってあるんでしょうかね?」

「あるのかないのか、みなさんが“生きがい”とか“自分”とか“人生”とかいったものを探し求める旅が、十年前ぐらいから始まっているということではないかと思うんですよね。それにつれて、“生きがい”という言葉を使った研究であるとか本であるとか番組なんかも、どんどん増えてきましたよね。」

「さて、みなさんは、どんな風に“生きがい”について考えてらっしゃるでしょうか?  寄せられているお便りを紹介しましょう。このかたは三重県にお住まいの匿名希望の方から…」

手紙を3通紹介)

「私は大学で人事管理ということを研究しておりますので、現在リストラの波がすごく大きくなっている問題であるとか、終身雇用とか長期雇用と言われたものが崩壊してきていることに関してコメントを求められることも多いんですけれども、そう言う場合、みなさん『厳しくなってきた、厳しくなってきた』とばかりおっしゃるんですよね。しかし、私の目から見ますと、厳しくなってきたと同時に、大きなチャンスの時代がやってきていると思うんですよね。これまでは、やる気と能力があっても、年齢の壁に阻まれたり、早く入社した人が早く出世するといった慣行があったりという問題もあったわけですけれども、これからは、やる気と能力のある人が随時採用される、そしてそれに応じたポストを与えられるという時代が来るということでもありますから、そういう意味では大きなチャンスの時代になってきているんですよね。ですから、厳しくなって来たと嘆くだけではなくて、そういうャンスをいかに自分のものにするか、自分の能力を高めるかということを、まず考えるべきではないかと思ってるんですけれどもね。」

「そのチャンスをどうやって手にいれましょうかね。今までご紹介したお便りの中には、パートですけれども、とても楽しく毎日仕事をしていますというお便りもありましたし、それから59歳の夫のことを考えたり、26歳の今はリストラされてアルバイトをしている息子さんのことを心配したりという方からのお便りもありました。必ずしもみなさん、今世の中で自分のやりたいと思っている仕事につけていないかもしれない。ひょっとしてリストラされるかもしれないという不安を抱いてらっしゃるかもしれない。そういった中で、自分の今やっていることに、いかに生きがいなり働きがいをみつけていけるのか、その辺はいかがでしょうか?」

「生きがいというのは、ちょっと難しくいいますと、その人なりの意味解釈の方法によって出てくるんですよね。わかりやすく言いますと、ものの見方や発想法、その人がどういう発想法で世の中を見ているかというものを、反映しているんです。
 たとえば、非常に分りやすい話をご紹介しますと、私は、『散歩に出るのは雨の日』と決めてるんですよね。普通、散歩に出るのは晴れの日で、雨の日は敬遠しますよね。ところが私は、雨が降りますと、『ちょっと散歩に出てくる』と女房に言い残して、出て行くわけです。なぜかといいますと、雨の日は人も少ないので、自由きままに歩きまわれる、と。それから、雨が降ると、植物がすごく元気になるんですよね、水分を得て。それから、空気中のほこりが雨に押さえられて、すごく空気もきれいになるんですよ。それから、傘もさしますので、傘をさすと目のところまで隠れたりして、ほどよい孤独感を味わいながら歩くことができる・・散歩は雨の日に限ると思ってるんです。これは、そういうものの考え方をするから、まあ、常識とは違うかもしれませんけど、雨の日に非常な価値を感じているということなんですよね。
 同じように、どんな仕事であっても、価値のない仕事、意味のない仕事はないわけです。ですから、自分が今やっている仕事が、世の中でどういう価値をもっているんだろう、自分がその仕事をすることによって、最終的に誰を幸せにするんだろう、誰を喜ばすんだろう、自分がその仕事をやらなかったり、いいかげんにやったりすると、誰に迷惑をかけるんだろう、といったようなことを考えていくと、『素晴らしい仕事を自分はやっているんだ』ということを、見出すことが出来るはずなんです。ですから、不平不満を言うのと同時に、それを自分で消化して、どんなものにも価値を見出しながら生きることができるかということが、大事な点だと思うんです。

  つまり、生きがいを持ちながら生きるというのは、ひとつの技術なんですよね。技術ですから、生まれ持っての才能というのではなくて、自分で身につけることが出来るわけですね。そういう、『生きがいを持つ技術の身につけ方』というものの考え方をすることが、大事ではないかと思うんです。

「そうしますと、例えばね、一緒に働いている営業マン同士で働いています、入社も同じですと、何かを売らなくてはいけない、でもどんなに頑張っても、一緒に入社した一人は、自分は数値が低いと、もそれは歴然としてるわけですよね、働く場では。評価としては多分、数値の高い方が、沢山売っている人の方が、評価は高くなる。そんな時、どうやって自分を納得させることが出来るんでしょうかね?」

「その人が複数の目標をもっているかどうか、ということとも関連してくるんです。これは、今、職場内でのメンタルヘルスという言葉で扱われるんですけれども、精神的な健康状態というものを、職場の中でどう保つかということが着目されておりまして、そういう専門家のお医者さんも会社の中に雇っておくような時代がきているんですけれども…。
 わかりやすく言いますと、数値で表される仕事上の目標だけをもっていると、これは必ず満たされなかったり、トップに立てるのは一人っきりだったりしますよね。トップに立てなかった人、他の人は、全員挫折したり失敗したりということになってしまいますよね。それはそれで、目標のひとつではあるんですけれども、複数の目標を持っておくということが、メンタルヘルス、精神的な健康を保つためには重要なんですね。
 しかも、目標に向って努力しているだけで幸せになるような、ハッピーになるような、そういう目標を自分で立てることができるか、ということが必要になってくるんです。例えば、“旅行に行こう”なんていうのは、夢見ているだけで楽しい目標ですよね。実際、旅行にいざ行く日が来ると、単にあわただしかったり、行ってみると、けっこう身体も疲れるだけだったり、たいしたことなかったるするわけですけれども、『いつ行こうか、どういう方法で行こうか、どういうスケジュールで行こうか、誰と行こうか、どんなに楽しいだろうか』と思っているうちが、その途中がものすごく幸せなわけですね。ですから、目標に向って努力しているだけでも幸せであると感じられるような目標というものを、毎日の生活の中で、人生の中で持っておく。そういう目標を、仕事上の数値で表されるような目標と別に持っている人というのは、非常に強いですね。


「そうしますと、ある意味では仕事上の数値は、もう達成できなくてもしょうがない、という割り切り方ですか?

「しょうがない、というと問題が起きてきますけれども、自分がいくら努力をしても、自分以上に努力する人がいたり、自分以上に能力があったり、という人もいますよね。ですから、そういう危険性のある、得るか失うかどちらかしかないような目標だけを持って生きてしまうと、精神衛生上、非常によくないということですよね。」

○「そうではないところに…?」

「そうですね。ですから、目標を沢山持っておく。しかも、ALL OR  NOTHING、 得るかすべて失うかという目標ではない、そういう目標を持っておくということが必要ですね。」

「それはやっぱり普段からそうとう、なにか心がけといいますか・・技術だとおっしゃってましたよね、さきほど。技術ってどういう風に習得していけるんでしょうね。』

「ひとつは、自分を常に刺激的な状況に置いて、いろんなものの見方、いろんな考え方、いろんな情報に触れるようにしておくことが必要ですよね。さきほど、お手紙の中で、家庭にこもるのではなくて、社会とのつながりを持ちたいというお手紙がありましたよね。あれは、素晴らしいことだと思うんですね。社会とのつながりを持つということは、自分を常に刺激的な状況に置いておくということを意味しますので、社会とのつながりのなかで、さまざまな、自分に“生きがい”をもたらすようなものの考え方であるとか、ヒント、種みたいなものがやってくるわけですよね。」

「そういった意味では、“生きがい”ってなにか“老後の”という枕詞がつきそうな言葉でしたけれども、必ずしも老後のという…」

「まさに、バブル経済が崩壊する前の“生きがい”という言葉というのは、“老後の”生きがいをどうするか、と、お年寄りの問題を中心に論じられることが多かったんですけれども、今はうんと意味が広くなってきまして、私なんか子供だって“生きがい”をきちんと考えるという時代になっていると思うんですよね。いったい、今の幼稚園児たちは、小学校、中学校、高校の子供たちは、“生きがい”というものを持って毎日生きているんだろうか・・・そういうことを考えると、昔のことは私もまだ30代なのでわからないと言えばわからないんですが、おそらく、人生とか人間が生きている意味とか、そういったものを、親子とかあるいはおじいちゃん、おばあちゃんと孫とか、そういう間で話す機会というのが、どんどん減ってきているんでなはいかと思うんですよね。ひとつには、核家族化が進んでお年寄りと話す機会が減った、なんていうこともあるんですけれども。
 今後は親子で、お父さんお母さんの方から問題提起をしてね、『おまえ、何で生きていると思う? 何の為に生きていると思う?』、そういうことを、ざっくばらんに話し合ってみる機会を増やすということが、すごく必要になってくると思うんですよね。」

(手紙2通紹介)

(新宿区の中高年のための交流施設、コミュニケーションスクエア21の紹介)


「新宿にあります中高年のみなさんのふれあいセンターといいますんでしょうか、CS21をご紹介しました。ちゃんとお金の動きもあって、経済的な動きもあるんですね。」

「そうですね、素晴らしいですね。単なるボランティアに終わっていないところが、素晴らしいと思いますし、何より素晴らしいと思いますのは、『人が喜んでくれるような活動を重視している』という言葉がでてきましたけれども、人に喜んでもらうというのは、人間にとって最も本質的な生きがいなんですよね。ですから、人が喜ぶ姿を見て、“人を喜ばせる喜び”というものを1度経験すると、損得勘定という概念がなくなるんですよね。とにかく、人を喜ばせることがイコール自分の生きがいになるというような状態に自分を持っていくことができれば、これはもう無敵の強さなんですよね。
 しかも、『人脈』が鍵を握るということを私もお話しましたけれども、人脈作りは、何歳からでも遅くないですよね。しかし一方で、中高年層の方々は、会社の中での人脈は十分にあるわけですが、会社を離れたところに人脈を作るという技術をこれまでお持ちでなかった方が多かったので、いったん職場を離れて退職されると人脈がぷっつり切れてしまうという状態に置かれることが多かったんですよね。そういった方々に人脈を広げる場を提供されているということで、本当に素晴らしい活動をなさっているなあ、と、多いに共感しますし、また、応援したいと思いますね。」

○「ある意味、自分の居場所をさがすということは、とても必要なことであるんですね。」

「そうですね。居場所を探して、さまざまな人に人脈を広げるというのは、将来の”幸せの種”を蒔いておくことになるんですよね。いろんな所でいろんな知り合いを作っておく、それが、何年後にあるいは十何年後に、どんな形で芽を出してくるかわからない・・・そういう種をいかにたくさん蒔いておくかということが、生きがい作りの大きなヒントになると思いますね。」

「それは中高年のみなさんのみならず、若い人でも同じ事が言える・・でも生きがいってやっぱり年代によっては捉え方も違うんでしょうね。」

「そうですね。私は大学の教官ですので、二十歳前後の若者と接する機会も多いんですけれども、中高年の方々向けにセミナーを行う時には、『いかに会社人間から脱するか』といったお話をさせていただくことが多いんですけれども、一方で大学に戻りますと、会社人間どころか、いかにこの学生たちを会社人間にするか、おそらく会社は困るだろうな、というような価値観の若者たちが増えていますよね。そういった、年齢の違いによるものの考え方のギャップ、違いというものを、会社ではどういう風に克服しようかと悩んでいらっしゃるところが多いんですけれども、それは、問題というよりも、価値観が違えば違うほど、刺激を大いに与え合える価値ある存在でもあるんですよね。」

○「それぞれがですか。会社人間とは思えないような若い人たちでも?」

「そうですね。全く理解できないと思っていても、話してみると意外に共通点があったり、理解できないからこそ、かえって得るところも大きかったりするんですよね。ですから、生きがい作りのキーワードが、自分に刺激を与えることである、と私は先程から何度も申し上げていますけれども、ひとつご提案したいのは、よく会社、あるいは会社を離れたさまざまな集まりで、飲み会があったり、忘年会、新年会があったりしますよね、そういう時に、同年代の人ばっかりが集まって飲んでいることが多いんですよね。どうしても、身近な、話の合う人が集まりますからね。そこで、価値観の違うような人、話の合わないような人が隣りあうような、そういう座席配置をするだけで、随分好ましい影響がでてくると思うんですね。」

「う〜〜ん、だってね。若い人からとってみれば、それは辛い飲み会だったり・・。わりと年配の人が『君達の考えもわかるよ』なんて、簡単に迎合されると、それはちょっと信用できないな、なんて思ってしまったりもする部分もあるんでは?」

「そうですね。最初はお互い面食らってしまうかもしれませんけれどもね、そこのところを上手に工夫して、しばらく話をしてみると、これまでいやだなと思っていたおじさんにも、自分と同じ、同年代の息子さん、お譲さんがいるのかとか、そのおじさんのお子さんの悩みの相談にのってあげたりとか、そういった切り口で親しくなっていくことが多いですよね。そういう意味では、先程のコミュニケーションスクエアですか、そういうところでも、同年代の方々の集まりということですけれども、いろんな企画を立てて、普段全く接しないような若者たちと接するようなチャンスも作っていくと、もっともっと広がってくると思います。」

「さあ、どうなんでしょう。みなさん、それぞれ、私はこんな生きがいもあると思ってらっしゃる方も多いとは思うんですが、なかなか自分の思ったとおりにならないのが、世の常ではないかと、ホントにこの今の不況の世の中もそうだと思うんですが、この中でどうやって自分を信じ、自信を持って生きていけるのか、どうでしょうか?」

「なるほど。まず、『人生というのは思いどおりにならないからこそ価値がある』というふうに、逆転の発想をもつことが必要ですね。制約があるからこそ、その制約の中で何かが実現したときの喜びも大きいわけですね。
 例えば、私は昔、切手を集めていたことがあるんですけれども、とにかく自分の欲しい切手を一杯揃えるのが、当時、夢だったわけです。そして、就職して多少お金ができて、昔の夢を叶えようと、昔欲しかった切手を、何万円もかけて一杯買ったんですけれども、全然、充実感が無いんですよね。やっぱり、簡単に手に入れることができるものというのは、生きがいにもそんなに結び付かない。さまざまな制約の中で苦労するから、価値も生まれてくる。
 それから、鉄道旅行も、私大好きなんですけれども、鉄道旅行というのは、さまざまなダイヤの制約の中で、『ア、これ、乗り継ぎがわるい』とか『あ〜コレ、どうしても行き止まってしまう』とか、そういう中で工夫する喜びがあると思うんですよね。ですから、旅行が趣味だった人が退職をして、自由きままに旅行が出来るようになると、急に旅行の意欲を失ってしまうことも多いんですよね。やはり、制約がさまざまにあって、その中で苦労して何かを達成するというものが、大きな生きがいに結び付いてくると思うんです。
 ですから、ふだん、職場であり、家庭であり、我々は不満をたくさん持ちがちですけれども、不満というものが実は大きな価値を産むもとにもなっているんだ、非常に価値のある制約なのだ、思いどおりにならないところにまず価値のもとがある、そういう発想転換が必要ではないかと思うんです。」

○「そうしますと、不満だらけの人はそれだけ、生きがいも大きくなると?」

「そうですね、生きがいも大きくなるチャンスをお持ちなんですよ。ですから、後は、そこで生きがいを見出すような技術をいかに身につけるか・・・その技術というのは、先程から何度も申し上げているように、人脈を広げて、自分にいろんな刺激を与えておくという・・・その点では、人間関係が苦手だという方も多いんですけれども、そういう方にとって大変いい時代になってきているんです。それは、パソコンが発達してきたからです。今、お年寄りで、パソコンとかEメールをやっている方が多いんですよ。直接面と向って付き合わなくても、そういうところで世界中の人と付き合いが出来る。そういう新たな人脈作りも、これからどんどん広まっていくと思いますので、おっくうがらないで広げていけばいいと思いますね。
 とにかく、『自分の人生には価値があるのだ』というふうに信じることが、すべての基本だと思っています。」


「はい、どうもありがとうございました。今日のスタジオのお客様は、福島大学経済学部助教授の飯田史彦さんでした。」


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 ・・・・・・いかがですか?

 活字にすると短く感じますが、実際の延べ時間にすると、50分の番組中、30分近くは、私がしゃべっていたことになります。せめて、このくらいの時間をいただければ、何とか、最低限のことはお話ができたかな、という感じですね。これが、ラジオという媒体の良いところです。
 もしもテレビだとしたら、37才の若手大学助教授に30分も自分の考えを述べさせることは、あり得ません。テレビならば、せいぜい3分、通常は大学教官のコメントなど、30秒も出れば長い方です。実は、私も以前、「生きがい論」とは関係のない話題でフジテレビの取材を受けたことがあるのですが、20〜30分ものコメントを録画したにもかかわらず、実際に放送で使われたのは、いちばん刺激的な部分だけ20〜30秒にすぎませんでした。それがテレビのやり方ですから、当然のことですが・・・。
 しかし、ラジオの場合は、ある人の解説やお話を、一定の時間を確保して十分に聞かせてくれることも多いので、難しいテーマや誤解を受けやすい話をきちんとお伝えするためには、テレビよりもはるかに適したメディアなのです。むしろ、画面が無い分だけ、聞き手のイメージをふくらませながら、聞き手の主体性を引き出しつつお伝えすることができる、とも言えるでしょう。「生きがい」といった、画面として視覚化しにくいテーマは、まさにラジオ向きのテーマでもあるのです。

 かくして、皆さんを巻き込んでテンテコ舞いしたラジオ出演は、無事に終えることができました。
 それでは、皆さんからいただいたメールを、少しだけご紹介しましょう。

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風邪を押し切っての「NHKラジオ放送生出演」・・・お疲れさまでした。
 思わず万歳!三唱...仕事帰り、電車の中で聞きました。

 雨の日の散歩...とても気に入りました。発想の転換...とても大事ですよね!
 思い通りにならないからこそ・・・聞けて良かった!
 今週のシリーズ5回の中で、一番良かったと思います。(毎日聞いていました)

 2月20日の東京での講演、楽しみにしています。
 「生きがいの創造」電車の中で読みなおしています。
 「生きがいの言葉」増刷、おめでとうございます。「やかん」と「きのこ」が、一番気に入ってるかな?


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5時に公民館のラジオをつけて、先生のお話を皆で聞かせていただきました。
 先生は体調不良を微塵も感じさせず、さすが〜と驚きました。
 (NHKにも無事到着になられたということですね。お忙しくて、大変だったでしょうね・・・。)

 どうぞ、お体、お大事にしてくださいませ。
 いつも、メールのあとホームページを拝見するので、先生の声が出なかったなんて知らず、完全復活してしまったかと思っていました。でも、今日のラジオの限りでは、「完全復活」って感じでした。本当に、お疲れ様でした。

 PS.もう・・・11万人こしていたんですね・・・1週間のご無沙汰をしただけなのに・・・驚きました!


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ラジオ放送聞きましたよ。
 心配していたけれど鼻声でもなく、いつもの(って言っても、1回しか、先生とお話ししたことありませんが)調子で、ほっとしました。本当は、まだ体調も悪く、息も苦しいのかもしれない、そんな状態なのに頑張っているんだ、と思うと勇気がわいてきました。そして、今渋谷にいるんだあ、と思うと、身近に感じてなんとなく嬉しくなりました。

 NHKラジオの番組って、洋楽ステーションに飽きたときに何回か聞いたことがあるのですが、マニアックですよね。アナウンサーも独特の雰囲気だし。テレビのアナウンサーよりも個性的な感じがします。今日のプログラムも、先生の経営学者っぽい感じとアナウンサーのリアクションがgoodでした。私としては「複数の目標を持つ」という言葉が印象に残りました。

 今、個人的にはさえない日々が続いていますが、これも、人生を彩るひとつの色だと思っています。この色があるから、きれいな色がきれいにみえるんです。よね?

 先生は、一日も早く体調を整えて、お仕事、講演会に励んでください。2月20日に、元気な先生にお会いできるのを楽しみにしています。年賀状やメールの返事なんか気にしなくていいですよ。(少なくとも、私に関しては。・・・先生から返事が来なくて怒る人なんて、いるのかなあ?)

 それでは、また。Take care.

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 今日のラジオ、聞かせていただきました。
 先生の声がラジオから流れてきて、ほっと致しました。
 ラジオに向って「万歳!万歳!万歳!」させていただきました。
 お疲れ様でした。

 絶不調とおっしゃっていた先生の「声」、ワントーン下がって、なんだか渋くステキに感じられました。災い転じて・・・?
 たくさんのお言葉、ありがとうございました。


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長野の*****です。

 ラジオ聞きました。長野は、ローカル番組ではありませんでした。お元気そうな声が聞こえてきて、万歳三唱でした。
 風邪のほうは、大丈夫だったのですか? お声がでないとのこと、心配しておりましたが、きっと奇跡的な回復だったんですね。今、私のまわりでも、熱の高い風邪の人がいっぱいいます。

 27日と、28日はどういうわけか、12月5日に佐久病院での飯田先生のご講演においでいただいた方々とお会いするすることが多くあり、よい御感想をいただいたんです。そのたびに飯田先生のラジオ出演の事をお教えすることができました。
 先生の講演会の直前に義理の弟さんを突然なくされた友だちがいます。先生のご著書のおかげで、御家族がすくわれたと、お礼を言っていました。まだ30代で、小さなお子さんもいました。でも妹さんは先生のご本のおかげで、しっかり生きていくことをご決意されたそうです。その友だちにもラジオのことを伝えましたら、楽しみに聞くと言っていました。

 これからも、御活躍期待しております。それではおやすみなさい・・・


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飯田先生、放送が始まって先生のお声が聞こえてきた瞬間、思わず「やった---!」と、心の中で叫んでいました。
 予定通り放送に間に合われて、お声も出てらっしゃるようす…。初めてお声をお聞きするので、普段とどのくらい調子が違うのかよくわかりませんが、お体の「絶不調」を感じさせないなめらかな口調に、感動するばかりでした。
 (心配で眠れない夜を過ごされたらしいのに、使命を果たすべく力を振り絞っていらっしゃっるんだな-、と思うと、私も自分に出来ることは心を尽くしてやろう…と勇気が湧いてきました。)
 涼しげで、且つパワ−に満ちた温かいお声ですね!
 ああ、ますますファンになっちゃいました…。

 かなり制約された時間の中で、身近な具体例をあげながら、とてもわかりやすくお話になっていたので、すごいな-と思いました。
 ホ−ムペ−ジにて、読者の人には物足りないかも…とおっしゃっていましたが、全然、そんなことなかったですよ。今、ここで生きている事の価値にどんどん気づけたら、誰もが皆幸せになれるんだと思うと、何だか嬉しくなってきました。

 しっかり録音させていただきました。山口の田舎でちゃんと放送してくれたことに感謝しながら、眠りにつきたいと思います。
 本当に…お疲れさまでした。今後も変わらずお忙しいのでしょうが、どうぞお体お大事に。

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こんにちは。
 御無事でラジオ出演終了おめでとうございます。 よかったですね。
 先生のお声が聞こえた途端、ご要望通り拍手をしていました。
 いつもの美声も損なわれること無く、お風邪の気配さえまったくありませんでしたね。
 少し懐疑的なアナウンサーの方に、スピリチュアルなことをお話できないのが、もどかしかったですが、さすが先生のお言葉は、説得力がありました。
 まだまだスケジュールいっぱいの先生ですから、お風邪ぶりかえさないようお気を付けて下さい。
 それでは、簡単ですが、お祝いまで。


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声の調子はよくなられましたか?
 残念ながら、大阪では、自分の耳で確認することが出来ませんでした。
(大阪では、ローカル番組が流されていました)

 もうNHKなんて聞かないぞ!

 ・・・と言うことで、ホームページで、詳細を報告お願いします。
 楽しみにしてます。


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 お声の調子、しっかり飯田先生の生声でよかったです。
 NHKの電波に乗った先生の声は、いつもの穏やかな先生で、安心しました。

 寝不足なんて思えませんでした。先生ってもしかして、修学旅行でずーっと起きているタイプですか?
 気がついたら自分だけが目がらんらんっていう・・・

 先生のお話の内容、私が講演する際にも、いっぱい引用させていただきます!!
 やっぱり、わかりやすいのが一番と感じました。
 本当に先生の御本のおかげで、いっぱい刺激をいただいております!!
 
 お体おいといくださいませ。


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 ・・・・・・という感じです。選び方が難しいので、先着順でご紹介しました。この他、ご紹介できなかったたくさんのメールの方々にも、深く感謝申し上げます。
それでは、また!



1月25日版

 
大ぴんち!!

 何もかも放り出して寝込むこと5日間、ようやく熱は微熱状態にまで下がってきたものの、肝心の商売道具である「
」が、出ません!!
 呼吸するたびに咳が出そうになり、必死でこらえるのですが、一度出てしまうと連続します。しかも、しわがれ声が何とか出るのもせいぜい5〜10分間くらいで、10分間しゃべると、もう声は枯れ、息があがり、疲労困ぱいするありさま。

 本日、福島県立医科大学病院での血液検査の結果が出ましたが、「これは相当ひどい数値の、しょうえん反応?(と私には聞こえたのですが)が出ていますね」と言われ、「***の数が・・・」「☆☆☆の値が・・・」などと説明を受けましたが、しょせん素人の私にはよくわからず、とにかく「もう一度精密検査しなければ、はっきりしませんね」とのことで、再び血液を徴収、いや、採取されたり、??室で何やらお医者さんが私のお腹に器具をあてながらコンピュータの画面をながめてブツブツ言ったりと、ふたたび検査を受けました。検査結果は、来週の月曜日にはっきりするとのこと。

 しかし、私にとっては、とにかく今週から、大学の講義と各地での講演予定をこなしていかなければなりません。火曜のゼミナールは学生の自主発表会にして私は「
」の一文字に徹して傍観し、水曜の講義は病状を説明して「抜き打ちレポート」に切り替えれば(忍法・沈黙の術)、私はほとんどしゃべらずに乗り切ることができます。しかし、木曜朝の「めばえ幼稚園」での講演会(何と、東京や栃木県などの遠方からも福島においでになるそうです)と、木曜夜に某所で頼まれているお年よりの集まりでのセミナー(非公開)、そして金曜午後5時からのNHKラジオ全国放送出演、金曜夜に東京・大手町で開かれる学会の理事会出席、さらには日曜日に横浜の福祉施設で行うチャレンジ・パーソンとそのご家族のための講演会(非公開)は、先方に与える被害が甚大になるので、どうしても、いまさらキャンセルすることはできません。

 ああ、商売道具である「声」を、何とかしなければ・・・・・



1月20日版

 
発熱!!

 な、情けなや・・・・・・とうとう、インフルエンザにかかってしまいました。センター試験の際に、受験生たちからもらったようです。
 今、ポンタール(解熱剤)のおかげで、熱が38度台にまで下がっていますので、何とかこうして更新しています。でも、薬が効いているのも、せいぜい1〜2時間ですので、今のうちに書き終わらねば・・・(ウルトラマンのようなものです)。

 2日前の深夜に突然発熱し、40度前後の高熱が続き、解熱剤を飲むと一時的に38度台まで下がるのですが、また1〜2時間すると40度に上がり、次の解熱剤まで(一定時間おかなければ連続しては飲めませんので)ひたすら熱にうなされながら我慢する、という繰り返しを、丸2日間ほど続けています。咳もひどく、血の混じった黄色の痰が出てきます。
 昨日は、午後に次期学部長選の予備選挙があり、どうしても出てきてほしいと頼まれたので、タクシーで無理して教授会に出席したところ、10分間ももたないうちに意識朦朧となり、直ちに福島県立医大病院の救急に連れ込まれました・・・・・・レントゲンを撮った結果、まだ肺炎にはなっていないとのことでしたが、「胸膜炎の影が見え、肺と心臓との境界がはっきりしなくなっている」との、素人が聞くと何やら恐ろしげな診断。血液検査などの結果は月曜日に出ますが、「治す薬はありません。ひどい発熱は薬で制御しながら、身体がウイルスをやっつけるのを待つしかありませんね。とにかく、仕事はしないで身体を休め、寝ておくことです」というアドバイスでした。医大は、ベッドが足りないので、よほどの症状でない限りは入院させないとのこと(ふぅ、助かった!)。

 このようなわけで、木・金・土・日の仕事はすべてキャンセルし、とにかく、ひたすらベッドに横になって、高熱に耐えています。こんなにひどい発熱は、生まれて初めてのことです。ただし、明日(金曜日)には、NHKのプロデューサーとアナウンサーが福島へ打ち合わせにおいでくださるので、これだけは、這ってでも出席しなければなりません。あと1日で、何とか2時間ほど外出できるまでに回復しておかなければ・・・。

 ・・・・・・と書いているうちに、また寒気がしてきました。熱が高まる前兆です。ウルトラマンで言えば、カラータイマーが点滅し始めた状態(でもカラータイマーって、点滅し始めてからが異様に長いんですよね)。つきましては、本日は、これにて失礼させていただきます。

P.S. 「病気を治すのは薬ではなく、自分の身体なんです。薬は、身体が病気を治すまでの間、つらい症状をある程度制御するだけなんですよ」という、医大のお医者さんの言葉が、今も心に残っています。なるほど、人間の身体というのは、それほど素晴らしい力を持っているんですね。このことを学んだだけでも、
今回、インフルエンザにかかった甲斐がありました(これぞ、ブレイクスルー思考)。
 私も、自分の身体が持つ治癒力をひたすら信じて、頑張ろうと思います。「頑張る」といっても、ただ寝ているだけなのですが、何もしないで寝ているというのは、これがまた辛いんです・・・・・・



1月16日版


 昨日は、女流棋士(囲碁のプロ)としてご活躍の梅澤由香里さんからメールをいただき、楽しい屋久島旅行のお話をおうかがいしました。屋久島は、私も一度は行きたいと願いながら、まだ実現していない、日本では数少ない未踏の地ですから、とってもうらやましく拝読しました。なぜか、「屋久島で飯田先生のことを思い出した」のだそうで、東京のご自宅に帰り次第、メールをくださったようです。私と屋久島とに、何かイメージ的に重なる点があるのでしょうか?

 私はもともと鉄道マニア少年だったので、鉄道のある所へは日本中くまなく行っているうえ、現在はドライブ大好きおじさんなので、道がつながっている所であれば、かなりの僻地まで縦横無尽に訪れています。ノートパソコンを抱えて日本中を巡り、車内や旅の宿で論文を書きながら、独身時代には、1年間で3〜5万キロも乗っていました(5年ローンを半分も払わないうちに廃車に!)。

 しかし、その反面、鉄道が通っていない所や、道でつながっていない所は、まだ未踏地として残されているのです。それは、つまり、「島」です。北から言えば、奥尻島、小笠原諸島、伊豆大島、隠岐、五島列島、屋久島、奄美諸島などが、これから訪れたいあこがれの地なのです。梅澤さんから、楽しかった屋久島のお話をおうかがいし、私の旅行の虫が騒ぎ始めました。



1月14日版


 長らくお待たせしました。少し、復活してきました。今、体調が小康状態なので、こうして更新しています。でも、まだ、とにかく猛烈な眠気で、こうしていても、起きていられないほどなのです。娘も風邪で熱を出して、おとといの始業日から早々に幼稚園を休んでおり、妻も風邪をもらって気力で頑張っている状態。私も仕事どころではなく、家族のために買い物をしてくる(私しか運転できないので)以外は、ほとんどベッドに寝たきりでした。長らくの過労に加えて、風邪のウイルスが身体中を巡っている感じです。週末の土日は、年間最大の行事である「大学入試センター試験」なので、朝から晩まで大学で働きづめになるため、とにかく、あと1日で回復しておかなければなりません。
 
 ・・・などと言っているうちに、あっという間に「
10万人」を超えてしまいましたね。ほんの数時間前まで9万8千人台だったので、またもや、数時間で2000アクセス程度は進んだことになります。今回も、壮絶なバトルが繰り広げられたようですが、以前予告した超絶レア・アイテムをはじめとする豪華特典を手にされるのは、いったい、どこのどなたなのでしょうか? ご連絡を、お待ちしています。

 このホームページは、昨年の2月24日にOPENしましたから、10ヶ月半ほどで10万アクセスに達したことになります。私自身は、まったく数字を操作していませんし、このホームページは1度接続を切らなければカウントが進まない旧式の仕組みになっていますので(最近は、更新ボタンを押しさえすれば1人で何回でも進められる形式のカウンターが増えているようです)、バトル時の急激な進行を別にすれば、この数字は信頼できる数字です。本当に、ここまで来ることができたのも、皆様の激励のおかげです。心から、御礼を申し上げます。

 《 ラジオ全国放送出演のご案内 》

 
1月28日(金)の午後5時〜6時、NHKラジオ全国放送の「生き生きホットライン」に生出演し、「生きがい」についてのお話をする予定です。これまで、プライバシーを守るため、著書に写真は使用せず、テレビ出演のご依頼はすべてご辞退してきました(私は芸能人ではないし、顔を売る必要はないためです)が、ラジオであれば顔は出ないので、社会貢献の価値の大きい真面目な番組でもあり、プロデューサーの熱意ある説得にも負けて、「声だけの出演ならば、まぁいいか」と判断したためです。5日連続の「生きがい」特集の最終日で、5日間を包括しながら、生きがい論を展開してほしい、とのご依頼でした。

 ただし、1時間の番組で、不特定多数の方々を対象としますから、誤解を受けやすい『生きがいの創造』『生きがいの本質』のスピリチュアルな内容には触れません。あくまでも一般的な「生きがい」の概念の枠組みのなかで、『生きがいのマネジメント』および『ブレイクスルー思考』の一部の内容をベースにしながら、きわめて無難な(したがって、私の著書の読者にとっては面白さや新しさは期待できない)内容のコメントに終始します。誤解を受けやすいスピリチュアルな話題や言葉には一切触れないでほしいというのが、NHKの上層部およびプロデューサーからのご要望です。それでも、一般的な言葉や概念を用いながら、「生きがい」について大切なお話をさせていただくことは十分に可能ですから、全国のラジオの聴取者の方々(おそらく、お年寄り・自営業・運転手などの方々が中心だと思われます)に、心をこめて、「生きがい論」を語りかけたいと思っています。

 私の著書の読者にとっては、初歩的な、物足りない内容になるとは思いますが、いわば私の「全国放送のライブ中継」ですから、ご興味をお持ちの方は、どうぞ聴いてみてくださいね。ただし、当日1時まではどうしても大学で重要な会議があるため、新幹線に飛び乗って、東京・渋谷のNHK放送センターまでたどり着けるのが、どうしても4時を過ぎてからになってしまいます。NHKからは、「事前の打ち合わせのため、4時にはスタジオに来てください」と言われていますが、順調に行っても遅刻することになり、新幹線に乗り遅れたり、新幹線が遅れたり止まったりしたら、番組開始そのものに間に合いません。生放送の怖いところです。どうか、放送時刻までにスタジオへたどり着けますよう、祈るばかりです。



1/5日版

 昨年の秋に続いて、またまた、新年早々、

 
「戒厳令」を発令させていただきます!!

(「戒厳令」とは、戦時中やクーデター・革命の発生などの非常事態時に厳戒態勢が敷かれ、街中を軍隊が占拠して警戒し、民衆の外出が禁止されるなどする、あれのことです)

 前々回の更新から予告しております通り、1月7日の正午までに、現在執筆中の論文を、大学に(正確に言えば、編集委員の奥本助教授のメイルボックスの中へ)届けなければなりません。この締め切りは本当の最終締め切りなので(実はもう2度も延期してもらったのです)、そうしなければ、論文審査に間に合わず、論文を掲載してもらえない → 「飯田はお世話になった先生の退官記念号に論文を寄稿しなかった」と非難される → 「飯田は恩知らずな奴だ」との評価が下される → 「本業をおろそかにして、生きがい論の本などを執筆しているからだ」とのお叱りを受ける → 今後、現職にとどまる限りは、生きがい論の研究ができなくなり、「日本的経営の論点」のような本しか出版できなくなる → このホームページも閉鎖になる・・・という、厳しい末路が待っているのです。ああ、サラリーマンは辛いです。私だってサラリーマン、つまり給料で生活している組織人なのです。
 (あるいは、もう大学教官をクビになる → これを機会に、「生きがい論」の専門家として作家に転進し、思う存分に「生きがい論」を書きまくる、という展開も、あることはあるのですが・・・ホームページの読者の皆さんは、もしかすると、こちらの方をご希望だったりして・・・)

 つきましては、少なくとも7日の夜までは、ホームページの更新はもちろんのこと、メール(このところ毎日、新年メールが殺到しています)、年賀状(すでに500枚以上)、お電話、FAXなどのお返事は、一切できませんので、皆様のご協力とご理解をいただけますよう、お願い申し上げます。

 ・・・・・・ということで、本日はこれにて、失礼させていただきます。

 ここは、もう、あの言葉を唱えながら頑張るしかありません。そう、私がかつて、『生きがいのマネジメント』で強調した、あの言葉ですよ。
 さあ、それでは、皆さんご一緒に、声をそろえて、

 「暗闇を呪うより、1本のキャンドルでも火をともそう!」

 では、(執筆作業に) 行ってきま〜す!



2000年1月1日版

 ついに、2000年を迎えましたね。
 思い起こせば、ここまで2000年間(正確には194*年間なのですが)、長い長い試行錯誤の道のりでした。

 そこで、皆様、

 
あけまして、ありがとうございます!

 ・・・・・・「おめでとう」としてしまうと、世の中の「喪中」の方々に失礼です(真実は別にして、社会通念上は失礼だということになっています)ので、皆様をひとまとめにしてご挨拶するために、あえて「おめでとう」の言葉は避けて、「ありがとう」とさせていただきました。その時代、その土地の風習には、従わなくてはね。

 過去3年間以上にわたって、「生きがい論」シリーズにより、これまでを総括する本を書いてきましたが、いよいよ1999年の最後には、『ブレイクスルー思考』と『生きがいの言葉』によって、「総括」から「解放」(快方?)へと向かう下準備をさせていただきました。状況に流されながらやむを得ず書いてきたかのような素振りをしていましたが、実は、綿密な計画のもとで、予定通り順調に進めてきたのです。

 今、私の前には、3つの道が開かれています。

 第1の道・・・・・・これで一応の役割を終えたので、もう頑張るのはやめて、「引退」する。

 第2の道・・・・・・これで一応の役割は終えたが、さらに頑張り続けて、「上積み」する。
   2−1・・・現職のまま、さらに頑張り続ける(現職を守るためには、2人分以上の働きが必要)。
   2−2・・・現職を放棄して、やりたいことを自由にやる(ただし肩書きはなくなるので苦労もする)。

 私の中には、「
楽な方に走りたがる、疲れ果てた自分」と、「いばらの道を歩もうとする、使命感にあふれる自分」との2人がおり、いつも、心の奥で葛藤を展開しています。それもこれも、すべて、私が、「適当に力を抜く」という技術を身に付けていないためであり、「やるならば、ぶっ倒れるまで徹底的に頑張る。その自信がなければ、まったく手を出さない」という、極端で未熟な生き方しかできないからなのです。本当に成熟した人というのは、適当に力を抜きながら、上手にバランスを取って物事を成就させることができるものですが、まだまだ私のような未熟者には、そのような芸当はできません。私の場合、適当に力を抜こうとすると、必ず力を抜きすぎてしまって失敗するという幼稚な性格なので、いつも「今できることは今行う」「余力があれば全部使う」という方針で行動していなければ、結局あとで後悔することになるのです。

 ああ、今年は、いったいどのような展開になってしまうのでしょうか?

 おっと、その前に、1月7日締め切りの論文を書き上げなければ・・・・・・何しろ、お世話になった先生の退官記念号への寄稿論文なので、「やっぱり間に合いませんでした」などという不義理な逃げ道は存在しないのです。新年早々、本当に追い込まれています。今回は、純粋なお堅い経営学の論文なので、「光の存在」たちも、「お前の職業じゃろ。試練じゃ、試練」と、まったく助けてくれません。31日から1日にかけても、いつもと同じく、ずっとパソコンの前で論文執筆です。妻子は実家に帰っていますから、お屠蘇もお雑煮も、正月らしいものは何もありません。元旦早々、コンビニに走らなければ・・・・・・
 あまりの試練に、思わず、自分が書いたはずの『
生きがいの言葉』を取り出しては、31ページに書いてある文章を読み上げてしまう私です。

 あ、そう言えば、『生きがいの言葉』、予想をはるかに上回る好調な売れ行きなので、発売後1週間で、夢にまで見た「増刷」が決定したとのことです。私を含めて関係者一同、増刷などとても無理だと思い込んでいましたので、PHP第一出版部の、ご存知「エンマ大王」こと今井部長さんから、大喜びのお電話をいただきました。今回のような「フォト&メッセージ集」という形態は、PHPとしては初めての挑戦だったので、内心、「大コケするのでは・・・」と、とっても不安でいらっしゃったはず。私にとっても、印税をご辞退したとはいえ、思わぬお年玉をいただいたような気分になりました。これも、皆様のおかげです。心から、深く感謝申し上げます。

 いずれにしても、また今年も、さまざまな試練に挑戦し、思わぬ喜びをいただきながら、毎日が順調に過ぎていくことでしょう。どのような試練が現れ、いかなる喜びをいただけるのか、大いにワクワクしながら、「生きる」ということを、苦労しつつも楽しみましょう!





1999年12/27日版

 みなさん、クリスマスはいかがでしたか?

 わが家では、無事に、娘が望んでいた「うさぎちゃんのぬいぐるみ」を、サンタクロースが届けてくださいました。娘は、本当は、「本物のウサギ」を希望していたのですが、「本物のウサギって、
うんちするぞ! **ちゃんが、うんちの世話係だぞ!」と私が脅したところ、「えっ・・・それなら、うさぎちゃんのぬいぐるみの方がいいかな・・・」と、作戦どおりに丸く収まってくれました。クリスマスの朝には、枕もとのプレゼントを発見して、「見て見て、ほら、ちゃんとサンタさんっていたでしょ」と、ますますサンタ実在説を力説し、「どの窓から入ってきたのかなぁ」と、サンタが入ってきた痕跡を発見しようと努めておりました。

 さて、見事に「
80000人目」になられた方からお手紙をいただいたので、ご紹介しましょう。

********************

 突然、このようなお手紙を書かせていただくことになりました。
 私は**市に住んでおります****と申します。年は**才で、幼稚園の教員をしています。

 さて、なぜこのようなお手紙を書くことになったかと申しますと、今回の80000人目争奪バトルにおいて、なんと私が、それをゲットしてしまったからです。
 飯田先生の本は、「生きがいの創造」から、ずっと読ませていただいておりました(立ち読みも含めて・・・スイマセン)。先日、久しぶりに「ブレイクスルー思考」を購入して、妻にも「読んでみたらいいよ〜」と勧め、2人で「やっぱりソウルメイトなんだよね〜」と、改めてつながりを深く感じたりしておりました。すると、本の最後の方に先生のHPのアドレスが書いてありましたので、それから、ほぼ毎日、チェックを入れていました。
 そして、運命の日はやってきました。その日は12月11日(土)の11:00くらいだったでしょうか。次の日は幼稚園の「餅つき」で5:00起床だったので、「そろそろ寝ようかな〜」と思いつつパソコンのスイッチを入れ、「そういえば、そろそろ80000人になったのかな」と、先生のホームページをチェックすると、まだ78000台でした。「もう誰かがバトルを始めてるのかな?」と思い、ためしに更新してみると、カウンターが3つほど増えました。「
おお〜っ、もしかして、これがバトルなのかぁ〜っ」と加わると、更新ボタンを押すごとに、数字は少しずつ増えていきます。そして、29000台に突入した時、カウンターの進み方が明らかにスピードアップしました。1回の更新で10以上進むのです。でも、なぜか冷静なままで、私は更新を続けました。
 そして、しばらくして、カウンターには、「80000」という数字が刻まれていました。しばらくは、ポワ〜ンとなってしまった私でしたが、すぐに
事の重大さに気づき、立ち上がると、ベッドに寝ていた妻をたたき起こし、「80000人目、とれちゃった!」と報告しました。当然、妻も飛び起きて、パソコンの画面を見て「すご〜い」と、茫然となってしまいました。
 すぐにプリントアウトし、画面も写真にとって、2人で、「良かったね〜」と、肩を叩き合いました。その後、興奮してなかなか寝ることができずに、翌朝の
餅つきを迎えてしまったことは、言うまでもありません(ヘビーでした)。

 今回のことって、やっぱり、先生とお会いできるように、私が仕掛けをしておいたんでしょうか?
 **にお寄りの際には、おいしい新鮮な魚や中華料理、個人的に知っているおいしいカクテルのお店などなどで、お世話させていただきたいと思っています。

 P.S. 立ち読みで済ませていた先生の本、全部買いますね!

********************

 ・・・・・・なるほど、ホームページのアドレスを『ブレイクスルー思考』で初めて知られたということは、少なくとも、『生きがいの本質』は立ち読みで済ませてしまわれていたという推理が成り立ちますな。『本質』の最後にも、アドレスが書いてありましたから。
 それはともかく、ご夫婦でお喜びくださったとのこと、私も、とっても嬉しいです。お近くにおうかがいする際には、ぜひとも、カステラのおいしいお店もお教えくださいませ(鋭い読者には、上記の内容と併せて推理すれば、この方の住所を見抜かれてしまいますね)。ご主人はともかく・・・いや失礼、ご主人とご一緒に、素敵な奥様とお会いするのが楽しみです。今のところ、**での講演会の予定がないので、しばらくはお寄りできないのが残念です。

 
 さて・・・・・・12月28日に、職場が年内の勤務最終日になるという方が多いと思われますので、職場のパソコンを使ってこのホームページをお読みくださっている方々にとっては、今回が、年内最後の更新になってしまいますよね。
 そこで、今のうちに、申し上げておきましょう。

 
皆様、どうぞ、良いお年をお迎えくださいねっ!



12/23日版

 1週間ぶりの更新です。
 今、午前4時15分。とにかく、やらなければならない仕事が多すぎて、もうどうにもなりません。背中と腰に疲労がたまって激痛が走るので、週に3回もマッサージに通いながら、睡眠2〜3時間でがんばっていますが、ついに頭が重くて思考回路が回らなくなりました。昨年、過労で倒れて入院し、その日のうちに手術を受けた時と同じ状態になっています。「過去2週間、まったく(1分も)テレビを(ニュースを含めて)見ていないし、新聞もほとんど読んでいない」「過去1ヶ月以上、妻の手料理を食べていない(食事をとる時間も惜しんで、移動中や運転中に駅弁やパンやおにぎりで済ませています)」と申し上げれば、いかに追い詰めれれた状態であるかが、おわかりいただけることでしょう。ニュースを見たり新聞を読んだりする時間を、こうしてホームページの更新にあてていますので・・・・・・

 そこで・・・

 求む! 以下の人材!

(1)私に代わって、年賀状を書いてくださる方。
  ちなみに、昨年いただいた年賀状は、400枚を超えました。このままでは、年内に1通も書けないどころか、論文締め切りの1月7日までは年賀状が書けません。1月8日から書き始めても、私の年賀状が届くのは1月中旬以降になることでしょう。

(2)私に代わって、お手紙の返事を書いてくださる方。
  ちなみに、もう50〜70通以上、たまっています。毎日、手紙が5〜10通ほど、FAXもたくさん届きます。このままでは、論文締め切りの1月7日頃には200通を超えてしまうことでしょう。ほとんどの方は返信用封筒を同封なさらずに返事を希望されるので、宛名書き、切手貼り、封印、そしてポストまで出しに行くのも、すべて私の仕事です。
  電子メールも毎日20〜30は届きますが、メールはごく親しい方々からしか届きませんので、お返事するのは楽しい作業ですからご心配なく(ただし、お返事を書く時間がなかなか取れませんので、ほんのひと言のお返事になりますが・・・)。

(3)私に代わって、1月7日締め切りの論文を書いてくださる方。
  ちなみに、400字原稿用紙換算で80枚ほどが目安です。まだ20枚ほどしか書いていません。しかし、現職を守るためには、絶対に提出しなければならない論文なのです。

(4)私に代わって、大学4年生の卒業論文を指導してくださる方。
  ちなみに、4年生は12名います。年末年始の休みが勝負時です。まだ、1人として、合格ラインに達する出来ではありません。

(5)私に代わって、研究室の電話を受けてくださる方。
  ちなみに、電話は常に鳴り続けており、うっかり受話器を取ると、名前を名乗りもしないでいきなり、「助けてください!」「あの、うちの息子が・・・」「ばあちゃんが死にそうなんですが・・・」「退行催眠って・・・」などと、人生相談が始まります。そのほか、講演依頼と取材依頼のお電話もコンスタントにかかってきます。時々、「今すぐに会いに来てくれなければ自殺する」という、強引なお電話も。

 ・・・・・・とは言っても、やはり、私が自分でやるしかありません。どれも、ほかの人に頼めることではないからです。

 
ああ・・・もう、午前5時を過ぎてしまいました。また、これから、もうひと頑張りします。本日、世間は休日のようですが、私には、休日もクリスマスも冬休みもありません。きっと、大晦日も、2000年を迎える瞬間も、元旦も、パソコンに向かって必死で論文を書いていることでしょう。

 ・・・そ、そういえば、昨日、5歳の娘が突然、ぼそっと、「ねぇ、『サンタさんって、本当はお父さんが化けてるんだよ』って、**ちゃんが言ってたけど、違うよねぇ?」と、まるで探偵のような疑わしそうな目で探りを入れてきました。不意をふかれて動揺した私が、とっさに、「い、いや、違うよ! お父さんなんかじゃないよ! だって、サンタさんにはおヒゲがあるけど、お父さんには無いでしょ?」と答えたところ、まだ純情で素直な娘は、「ああ、そうか! そうだよねっ!」と、大きくうなずきながら納得してくれました。
 そこで聞いてみると、幼稚園では、「
サンタ実在」説をとる幼児と、「サンタ=親」説をとる幼児との間で、このところ毎日、激論になっているとのこと。わが娘は、「サンタ実在」説を、大いに力説しておりました。その根拠は、「だってサンタさんにお願いしたら、ちゃんとその通りのプレゼントくれたんだもん」という、幼児的実証主義の観点に立っているようです。
 そうなると、今年も、娘の希望から外れて実在説が揺らいでしまわないように、サンタさんから何が欲しいのか、綿密に事前調査しておかなければなりません。ところが、何しろ、尋ねるたびに違う物を希望するものですから、いったい何が本命なのかがさっぱりわからず、困り果てております。その日の気分によって、欲しい物が変わってくるのです。そういうわけで、今年は、クリスマス・イヴの当日、夕方になってから最終確認し、私がこっそりと車を走らせる予定です。

 それでは、また。

 あなたに、素敵なクリスマスをお祈りしています!



12/15日版

 前回、利尻島にたどり着けなかった件を、ありのままにご報告したところ、続々と同じ内容の反響が寄せられました。代表的なものを、ご紹介いたしましょう。

********************

 利尻島始末記ワクワク(失礼)しながら拝見しました。
 これが*******や、********や、*********なら(注:いずれも新興宗教の教祖の名前です)、とたんに空が晴れ、波が静まるのでしょうが、
そうならないところに、飯田さんのよさがあるのでしょう。教祖にならぬ語り部として、人間味あふれる所為だとおもいます。
 どうぞがんばってください。

********************
********************

 ご無事で何よりでした。本当にお疲れ様でした。まさか・・とは思いましたが、ドラマをみているようで、上のセリフをパソコンに向って、本当に声を出して読みあげてしまいました。
 すっごく力がわいてきました。
飯田先生でもこんなことがあるんですね。(ごめんなさい!!)
 私も頑張ろうと思います。貴重な体験をどうもありがとうございました。
 何気ない日常の生活の中に、気づきや発見がありますが、それを分かち合うってすばらしいことですね。
 いつも勇気を与えてくださって、ありがとうございます。

********************

 ・・・・・・というわけです。皆さん、さすがに、私の意図を、きちんと察してくださっていますね。

 もしも私が、いわゆる「教祖」を目指しているのであれば、今回の件は、決して公開しなかったことでしょう。なぜなら、教祖様に、失敗は似合わないからです。もしも従来型の教祖を目指すのであれば、「
稚内に着いたとたん、たちどころに猛吹雪がしずまり、輝かしい陽光とともに見事な虹がかかって、私の行く手にはひと筋の天空の道が開け、欠航となっていたはずの利尻便が、突然出航することになったのです」などと、素晴らしい奇跡物語に仕立て上げたことでしょう。

 しかし、ご存知のとおり、私は皆さんと同じように、日々悩み、苦しみ、反省し、失敗を重ねながら、せめて「思い通りにならない人生」に感謝しながら生きている、ごく普通の人間にすぎません。それをお伝えしたくて、今回の利尻島行きのてん末記を、ありのままにお書きしたというわけです。皆さんが、私が著書でお伝えしていることを正しくご理解くださっていることに、私はたいへん救われました。私は、素晴らしい読者の方々に恵まれて、本当に幸せ者です。



12/13日版

 ♪ は〜〜〜るばる、行けませんでした利尻島〜〜〜〜〜〜っ ・・・・・・

    m(;;)m ← 解説:がっくりと両手をつき、涙に泣き濡れる私の図


 ・・・・・・結局、予想していた最悪の事態に!!

 福島から新幹線で東京・羽田空港にたどり着き、出発手続きのカウンターで尋ねたところ、「かなり雪は降っているが、稚内行きもOK、稚内〜利尻行きもOK」とのこと。私は、喜びいさんで乗り込みました。
 と、ところが・・・・・・2時間後、稚内上空にたどり着いた飛行機は、空港周辺を襲う吹雪に、なかなか着陸許可が出ません。晴天の窓外(雲の上なので当然ですが)をみつめながら案じていると、「お客様へ申し上げます。稚内空港吹雪ため、ただ今除雪作業を行っておりますが、場合によっては、千歳空港に着陸、または羽田へ引き返すことも考えられますので、ご了承ください」とのアナウンス。
 その後1時間近くも空港の上空をうろうろした後、ようやく、雲の中に飛び込んだかと思えば、一転して猛吹雪の中を、わずかな風の切れ間をぬって強行着陸。かつてないほどの激しい揺れに、「ああ、今回の人生もこれまでか!」と、愛する人の顔が浮かんで覚悟した瞬間、ガクンとバウンドするかのような衝撃とともに、めでたく滑走路に。・・・手に汗をにぎっていた乗客たちも、やんやの大歓声。

 し、しかし・・・・・・あわてて空港の係員に確認したところ、「利尻行きは、さきほど
欠航が決まりました」とのこと。さらに、このような場合にあてにしていた船便も、すでに同じく欠航が決まっているというではありませんか!
 ここに、利尻島を目前にして、ついに私も万策尽きたというわけでした。もう3時間早く欠航が発表されていたら、羽田空港であきらめもついたというのに・・・・・・。

 しかも、たった今乗ってきたばかりの機体を使って、吹雪が小康状態であるうちに、すぐに東京行きの最終便が出るとのこと。もう、あと20分ほどしかありません。朝から何も食べていなかった私は、落胆と同時に無性にお腹がすき、しかたなく、稚内空港のレストランで「一番早くできるものは何ですか?」「カレーですね」との問答に基づき、カレーを注文。その割には出てくるまで15分もかかったため、5分でむさぼり食べ、すでに搭乗が終わりかけていた東京行きにギリギリで飛び乗って、また羽田〜福島と、再び同じルートで帰宅したのです。無理やりにでも着陸したため、きっちりと料金は往復分をとられて、「ああ、これならば、着陸できずに東京へ引き返して払い戻しになった方が良かったのに・・・」と、ぼやくばかり。

 結局のところ、何と、往復10時間以上をかけて、「稚内まで、日帰り」の旅。それも、稚内空港でカレーをかきこみ、空港から一歩も外に出ないままですぐに舞い戻ったという、かつてない悲惨な結末。つまり、わざわざ、「
福島から東京経由で稚内まで、日帰りで空港レストランのカレーを食べに行った」という、おとぼけツアーだったというわけです。
 そのうえ、稚内空港でかけた携帯電話から聞こえてきた、利尻町立博物館の講演企画スタッフの方々の、無念そうな声といったら・・・・・・「まぁ、またいつか、忘年会に重ならない時期に来ますよ」と、カラ元気を出して慰める私に、「でも、たくさんの人たちが、ほんとに楽しみにしてたんです・・・」と涙ながらに落胆する女性の声を聞き、さすがの私も、かける声を失いました。

 もう、こうなったら、皆さんご存知の、あのセリフを口にするしかありません。
 ほら、私が『生きがいの本質』で訴えた、あの言葉ですよ。
 それでは、皆さん、よろしいですね・・・さあ、みんなで一緒に、声をそろえて、

 「
人生は、思い通りにならないからこそ価値がある・・・・・・

 ・・・・・・ああ、我ながら、これほどの名言があるでしょうか。



12/10日版

 大ピ〜ンチ!!

 現在、10日の夜8時すぎ。明朝6時に起きて福島を発ち、羽田〜稚内〜利尻空港へと向かわなければ夕方からの講演会に間に合わないというのに、何と、天候が激しく悪化中です。先ほど電話で聞いた、稚内地方気象台の天気予報では、

 「現在、宗谷地方には、風雪・波浪・着雪注意報が出ています。
 明日は、北西の風が強く、雪で、吹雪くでしょう。
 明後日は、西の風が強く、雪で、吹雪くでしょう。
 稚内の、明日の最低気温は−1度、最高気温も−1度でしょう

 とのこと。はっきり、「吹雪くでしょう」と、断言しているのです。
 とりあえず羽田まで行ってみなければわかりませんが、とても、飛行機が飛ぶとは思えません。

 何とか稚内までたどり着けたとしても、稚内空港から利尻空港までは、DHC-6という、小さなプロペラ機・・・・・・無理して飛べば、オホーツク海の藻くずと消えてしまうかもしれません。飛行機が飛ばず、波浪注意報のため船も出ず、利尻島を目前にして、稚内で涙ながらに一夜を明かして福島へ舞い戻る、という可能性も充分。
 しかも、運良くたどり着けたとしても、着いたが最後、しばらく島から出られなくなってしまう危険性も。しかし、月曜日の昼には、どうしても大学に戻っていなければならないのです。

 いったい、どうなってしまうのでしょう?!
 せっかく、歌まで歌って心待ちにしていたというのに・・・・・・
 利尻島民が心待ちにする3つの忘年会も、吹雪のため延期になってしまうのでしょうか??

 ああ、私と利尻島民の運命やいかに・・・・・・

   (不安げ・心細げに)
 ♪ は〜〜〜るばる、行けるのでしょうか利尻島〜〜〜〜〜〜っ??? ♪



12/09日版

 ♪ 
は〜〜〜るばる、行くぜ利尻島〜〜〜〜〜〜っ ♪

 と、思わず北島三郎の「函館の女」のフシで歌いたくなってしまう今日この頃。
 ついに、今週末は、個人的に待ちに待った、北海道は稚内(わっかない)のさらに先、利尻島(りしりとう)での講演会です。

 と、ところが・・・・・・先日、主催者の利尻町立博物館の館長さんからご連絡があり、「
あいにく当夜は、島内で3つの忘年会が行われるため、島民はお酒に目が(舌が)くらんで、大学の先生の講演会などに足を運んでくれる可能性は低そうです」とのこと。
 狭い島内、限られた島民数だけに、3つの忘年会と重なるとは、何たる不覚。しかし、いかにも離島らしいシチュエーションに、私は大いに満足し、にっこり微笑んでいます。だって、わけのわからぬ大学教授のお堅い講演会よりも、気の知れた仲間たちと酒を酌み交わす方が、よほど「生きがい」につながるというもの。もしも私が利尻島民だったとしても、当然、「講演会」よりも「忘年会」の方に出席することでしょう。

 かくして、福島→東京(羽田空港)→稚内空港→利尻空港と乗り継いで、遠路はるばる利尻島まで出かけても、私の講演会にお集まりくださる奇特な利尻島民の方は、わずか数名かもしれません。実際のところ、私の予想では、参加者が10名を越えることはないものと思われます。
 しかし、たとえ聴衆よりスタッフの方が多い講演会になったとしても、私自身は、一向にかまいません。だって、大好きな利尻島に行き、久しぶりに、そびえ立つ利尻岳の雄姿を目の当たりにすることができるのですから!

 そこでもう一度・・・

♪ は〜〜〜るばる、行くぜ利尻島〜〜〜〜〜〜っ ♪

 ・・・・・・ということで、読者の皆さんも、どうぞご一緒に、

 ♪ は〜〜〜るばる、行くぜ利尻島〜〜〜〜〜〜っ ♪

 さあ、楽しい忘年会を捨ててまで私の講演会においでくださる奇特な利尻島民の方々は、いったい何名いらっしゃるのでしょうか?!
 次回の更新、「♪ は〜〜〜るばる、行って来ました利尻島〜〜〜〜〜〜っ ♪」の
北海道特集号に、どうぞご期待くださいっ!



11/27日版

 《 娘の小学校入学面接試験、初体験の巻 》

 
「面接試験」の意味がまったくわかっていない5才の娘は、小学校の校長先生の面前で、あくびはするわ、ほお杖をつくわ、鼻歌を歌うわ、大きなため息をつくわ、背伸びをするわ、とにかく退屈の極致にあり、日頃のしつけの悪さが露呈。校長先生から、「あら、**ちゃんって、ぜんぜん緊張しなくて、いいわね」などと、うらやましがられる始末です。

(幸い、私と校長先生が教育論議で意気投合したため、合格させていただけましたが・・・)



11/22日版

 60000人目の方から、お手紙が届きました!

 ********************

 飯田先生、初めてお手紙を書かせていただきます。
 私は山口県に住む**歳の主婦です。もうすぐ1歳*ヶ月になる娘がいます。
 突然ですが、今日は私にとって、生涯忘れられない日になりそうです。なんと、記念すべき60000人目にならせていただきました。6の隣りに、きれいに4つ並んだ0を目にした瞬間には、思わず両手を口に当てて、「
おお〜っ!!!!」と叫んでいました。思わぬ結果に、胸がドキドキし、しばらく画面に見とれていました。
 こんなことになるなんて、昨日までは、夢にも思っていなかったのです。というのも、先生のホームページにアクセスできるのは、娘の昼寝タイムか深夜なので、当面はバトルには無縁だと思い込んでいたからです。昨晩などは、なかなか寝付かれない娘に付き合って布団でゴロゴロするうち、一緒に寝てしまい(よくやるのです)、目が覚めた時には朝の5時半になっていました。パソコンに向かうと、先生のホームページが更新されていて、カウンターの数字が、すでに48198くらいになっており、だいぶ近づいてきたなぁ、と、のほほんと思っておりました。
 そして、午後2時すぎに時間ができたので再び開いてみると、もう1000くらい進んでいたのです。驚きました。なるほど、先生が語っていらっしゃるように、今日中には大台に乗るかもしれないと実感し、試しに何度かクリックしてみました。
 すると、そのたびに、カウンターの数字は、どんどん変化していきました。この時はじめて、最後のバトルが始まっていることに気づき、自分も参戦してみようと思ったのです。
まだ会ったこともない各地のライバルの方々と共にクリックを繰り返しているんだと思うと、なんだかとっても嬉しくて、胸がワクワクするのを感じていました。
 結果が出た2時半頃からは、とにかく落ち着かなくて、
パソコンのある部屋や廊下を行ったり来たりしながら、「どうしよう・・・」と、つぶやいたりしました。恥ずかしながら、画面をプリントアウトする方法がよくわからないので、とりあえず写真をとり、早く仕上げてくれるカメラ屋さんに向けて車を走らせました。もしも事故にあったりしたら、先生に手紙を出せなくなってしまうのに、「落ち着かんにゃ〜いけんね〜」(山口弁)と、後部座席の1歳の娘に話しかけながらの運転でした。

 とにかく、夢心地の一日でしたが、これまで先生の書かれた本にずいぶん救われてきましたので、夢心地になってしまうのも、ごく当たり前なのです。娘がお腹に宿る前に「生きがいの創造」に出会い、その後「生きがいの本質」を読ませていただき、最近「生きがいのマネジメント」と「生きがいをもって生きる」も購入しました。
 「ブレイクスルー思考」も発売してすぐに購入でき、その日のうちに一気に読破しました。すごく面白かったです!! 人生で出会う試練の起こるからくりや、とらえ方のコツが具体的に示されていて、ひとつひとつ「そうなんだ〜!」と納得することができました。先生が用意された謎解きも楽しくて、「ん? ひょっとして飯田先生って、***なの?」とか、「時空を超えてあちこちに行ってらっしゃるの?」などと、勝手に色々と想像させていただきました。

(プライバシー部分を省略)

 生まれたばかりの娘と初めて対面した際にも、右腕に乗せられた、生温かくグニャグニャした感触の娘が、こちらを向いてニヤッと笑った(私にはそう見えたのです)ので、「生まれてきてくれてありがとう。よろしくね。一緒に頑張っていこうね」と、思わず言いました。心から、そう思ったのです。これからも、子育てやそれ以外のことに悩むことは多々あると思いますが、それもまた順調ということで、安心して苦悩できそうです。
 飯田先生、私などが申し上げるまでもないことだと承知しておりますが、先生のお言葉に触れるのを日々の励みにして生活されている方々は、本当にたくさんいらっしゃると思います。先生のお立場上、執筆活動などにおいて何かと苦しみを感じられることも多いと思いますが、どうぞご無理のない範囲で、これからも、「こっそりと、大きな冒険」をお願いいたします。(矛盾したお願いですね)

 福島県の寒さは、こちらでは想像もつなかいほどかもしれませんが、どうか、お体を大切に。「3大特典」、楽しみに待っていますね。

 山口県 **市 *****

********************

 ・・・・・・お人柄がしのばれる、ご丁寧なお手紙を、ありがとうございました。広島県出身の私としては、そっくりの山口弁も、とても懐かしかったです。さっそく、豪華?3大特典を差し上げますので、どうぞお楽しみに!



11/17日版

 あっという間に、60000人目を突破してしまいましたね。たった2〜3時間の間に、2000アクセス以上も進んでしまいました。なぜ詳しいかというと、今回は、何と、我が妻(31歳・女性)も、バトルに参加していたからです。ふだん、パソコンというものに触ることのない妻に、「クリックする」という作業を教えてやると、「面白〜い! 1回押すたびに10も20も進んでく〜!」と、大はしゃぎ。あげくの果てには、私が制止するのも聞かず、「こうなったら、絶対、私が60000人目になってみせるっ!」と、座り込む始末です。「私が60000人目になった場合には、いったい何をくれるの?」と聞くので、「もちろん、お話券と、貴重なサイン本に決まってるじゃないか」と答えると、がっかり落胆しておりました。

 さて、本日、京都新聞に、次のような記事が載りました。

********************

 
「生きがいの創造」著者 飯田さんが講演 〜来月19日、京都テルサ

 ベストセラーとなった「生きがいの創造」の著者・飯田史彦さんの講演と宝塚市のミュージカル劇団による公演をあわせたイベント「福祉チャリティー 生きがいの創造」が12月19日午後3時半から、京都市南区東九条の京都テルサで開かれる。
 京都の若い異業種の経済人でつくる「生きがい研究会」(野口政男会長)が主催。飯田さんは現在、福島大経済学部経営学科助教授。専門分野は人事管理や企業文化論だが、科学的なデータに基づいた独自の生きがい論を展開、著作は次々とベストセラーになった。
 イベントは二部構成。飯田さんの講演後、宝塚市の「ミュージカル・カンパニーOZ(オズ)」(辻井奈緒子代表)がオリジナル演劇「リンカネーション(生まれ変わり)」を上演する。進路を迷う少女が、過去への旅を通して本当の自分を見つけていく物語。
 入場料は、前売り3千円、当日3千5百円。出演者はボランティアで、収益はすべて福祉団体に寄付する。また、身体障害者と介助者には特別招待枠を設けている。申し込み、問合せは同研究会(п磨磨磨磨磨磨磨jへ。


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 京都市民から大いに愛され、多大な影響力を持つ京都新聞社が後援してくださったことに、心から深く感謝申し上げます。おかげ様で、まったく資金の無い私たちの福祉活動が、広告費の負担なしで、京都周辺の方々に伝わったようです。
 さっそく、今夜、京都でチケット事務を担当くださっているボランティア・スタッフの方から、次のようなメールが届きました。

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 飯田先生へ

 本日、京都新聞市民欄に今回の講演に関する記事が掲載されました。
この新聞記事のおかげで、本日は、鳴り止まない電話の対応に追われ、今やっとメールを開けることができました。
 すると、嬉しい次のようなメールが届いており、思わず、目頭が熱くなってしまいました。

 (まず、私が数日前に、**さんに宛てた手紙です)

 **さまへ

 チケットは、お手元に届きましたでしょうか。
 先日より、**さんのことが気がかりで、「(障害者手帳をお持ちでないからといって、)何故、障害者としてご招待をしなかったのだろうか」と思い悩むことが多く、今後もこういったケースがあるのではと思い、先日、スタッフとのミーティングの際に私が「何のために僕たちがボランティアでこのイベントすることになったのか」を提議し、「このイベントをきっかけに、参加した方の生きることの一助(杖)になれば」との思いで始めたことを、おさらいしました。(勿論、全員善意な人ばかりですので、議論にはなりませんでした。)
 その結果、何をもって「障害者」と判断するかという基準を排除して、チケット業務を担当している私に、判断は一任して頂くようになりました。そこで、チケット代金をお返しして、**さんを「ご招待」申し上げたく思いますので、当日、受付で私(**)を呼び出して頂けますようお願い申し上げます。

 (そして、今日頂いたお手紙です)

 ** *様へ

 チケット、確かに受け取りました。速達で送金しましたが、それでも売り切れたのではと心配でしたので、届いたときには、うれしくて
主人と大喜びしました。本当にありがとうございました。
 ところで、無料招待のことですが、なんだか、思い悩ませてしまって申し訳ない気持ちで一杯です。そして、気にかけて下さって本当にありがとうございます。メールを見た時、うれしくて涙が出ました。お言葉にあまえさせていただいて、よろしいでしょうか?
 飯田先生のHPで、このイベントと無料招待の記事を見た時、身障者手帳もないし、無理だと思いました。でも、生後2日で手術を受け、これからも何度も手術を受ける息子を、すばらしい障害者のかたがたの仲間に、入れてあげたかったんです。
この子も、障害を持って産まれて来た、勇気あるひとりなんだと。
 実は、この子の場合、障害がいまのところ軽いと判断され、障害者手帳の申請は難しいだろうと言われています。役所でも、病名だけで、『それは、無理。前例がないから。』でした。同じ病気のお友達は、沖縄で苦労して一例目になりましたが、その後は、同じ病気の子が、嘘のように申請が通るようになったそうです。その子の障害を見るのではなく、病名で判断されてしまうんです。
 でも、これから何度手術しても、自分で**をコントロールできないというのは、大きな障害だと思います。でも、もっと大変な人も、がまんしてるから....と役所の人にいわれました。
 私は、飯田先生の本を読んでいたので、
障害を持って産まれて来た事を誇りに思っていましたので、けなげにがんばっている息子を、せめて、このイベントで障害者として、認めてあげて欲しいと思った訳です。いつも、役所などで、冷たい対応ばかりでしたので、**さんからのメールが、どれほどうれしいものだったか。

 今、飯田先生に、お手紙を書いています。今回、先生の本を読んでいたおかげで、どれだけパニックにならずに、息子の障害を前向きに考えることができたか、お伝えしようと思っています。そして、実際にお会いして、一言でも感謝を伝えたいと、思っています。
 この企画に、本当に感謝しています。ありがとうございました。たくさんの人が癒され、大成功しますよう祈っています。(大成功するに決まっていますけどね。)
 長々と、書いてしまってすみません。まだまだ、初心者レベルの人生で、こんな文章しか書けない事、お許し下さい。感謝の気持ちをどうしても伝えたくて。
 寒くなってきましたので、お体に気を付けて、お仕事がんばって下さいね。ありがとうございました。 ****より


 ・・・というわけです。ご招待することができて、本当に良かったと思います。今、感動で胸が一杯です。先生に、改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。
 以上、ご報告まで。

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 このような皆様の善意に支えられて、チケットの方は順調に皆さんのお手もとに渡っており、まだ1ヶ月も先だというのに、もう残席が少なくなったとのこと。全800席のうち、600席が採算ラインだということなので、どうやら、莫大な借金を抱え込む心配も、なくなったようです。参加しようか、どうしようかとお悩みの方は、悩んでいるうちにチケットがなくなりそうですので、とりあえず、お早めに上記番号までご予約くださいね。



10/19日版

 皆さん、お久しぶりです!
 ようやく、何とか更新する時間ができました。思い返せば、この3週間ほどは、ここ数年でもっとも過酷なスケジュールでしたが、必死で乗り切ることができました。本当の「大人物」と呼べる人は、いくらハードスケジュールでも「忙しい」などと一言も口にせず、それを感じさせないほど涼しい顔で乗り切ってしまうものなのでしょうが、私などは、まだまだ小人物にすぎませんので、「ああ忙しい、忙しい」と声を大にして連呼しながら、青息吐息で、見るからにテンテコ舞いしてしまうのです。「大人物」への道のりは、はるかに遠い、といったところでしょうか。(べつに大人物になりたいとは思っていないので、まったく反省していない私ですが・・・)

 それにしても、今年の福島は、「あれれ? 秋はどこに?」という感じで、残暑から一転して初冬になってしまいました。つい先日まで半そでシャツだけを着ていたのに、昨日は夜間コースの授業(18時〜21時10分)をするために、肌シャツに長袖の厚手のシャツ(呼び方を知らないので、私にとって、上着以外はすべてシャツなのです)、しかも毛(英語で何と言うんでしたっけ? この種の身の回りのことは私の関心外なので、よくわかりません)の上着(専門用語で何と呼ぶ上着なのか知りません)まで着て出かけました。福島の町の真横にそびえる吾妻連峰(標高2000メートル級ですが、わが家から1時間で、1600メートル地点のレストハウスまで一気に登ることができます)にも、先日、初雪が降ったそうです。そろそろ、車を冬用のスタッドレスタイヤに履き替えなければ、いつ街中にも雪が降るかわからない情勢になってきました。私は、雪が大好きなので、今からワクワクしています。

 ・・・・・・と、珍しく、しんみりと(?)季節のお話をしたところで、お知らせコーナーです。

(1)福岡の大ホールでの講演会も、大成功でした!

 日曜日は、福岡の大きなホールで講演させていただきました。800名も収容できる(もともと地元で有名な人気落語家の方をお招きするつもりで借りてしまったのだそうです)ということで、いくら何でも、芸能人でも有名人でもない大学の先生のお堅い講演会では、客席は半分も埋らないのではないかと予想していましたが、予想に反する嬉しい結果となり、主催者の代表の方(歯医者さんです)から、次のようなメールをいただきました。

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本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でした。
今日は大大大成功でした!!!
場内に来られた沢山の方々を見ると、涙が出てくるほどの感謝感謝でした。
飯田先生と私達スタッフの頑張りと、何か見えない方々のお力添えだと実感しました。

私事ですが、昨年、友人が亡くなりました。まだまだご両親は心に大きなおもしを背負っておられましたが、今日来られて、先生の本を購入されサインをして頂かれていました。何かを飯田先生に頂かれた事と信じております。有り難うございました。

今日は本当に感謝感謝感謝です。
これからもお体にご自愛されてますます活躍下さい。


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 私も、大役を果たせて、ほっとしました。九州の各地からおいでくださっていた皆さん、本当にありがとうございました。飛行機の時間の関係で、1時間弱しかサイン会ができず、抽選で決めるしかなかったため、多くの方々をがっかりさせてしまったことだけが、心残りです。

 来年は、
東北6県の高等学校PTA連合会の大会で、なんと1500人収容の大ホールで記念講演を依頼されています。プロのミュージシャンや劇団でさえ、人を集めるのが難しい今のご時世、本当に私なんかをメインゲストにしてしまって、大丈夫なのでしょうか?


(2)新刊「ブレイクスルー思考」、順調に進んでいます!

 お待たせしています『
ブレイクスルー思考』、現在、初校(第1回目の推敲作業)を終え、2校(最終的な推敲作業)の原稿が届くのを待っている状態です。
 早ければ、本日、装丁(本のカバー)のイメージイラストがFAXで届き、今週末か来週には、「色校正」(実際の色が入ったカバーの実物サンプル)が郵送で届くはず。今回のカバーのイメージは、これまでの「生きがい論」シリーズとはかなり変え、デザイナーも他の方に依頼しました。私が、1000枚を越える中から1枚の写真を選んで、デザイナーに依頼したイメージとは・・・・・・なんと、「
クリスマスやバレンタインに愛する人に贈る高級チョコレートのプレゼント・ボックスのように、目にするだけで心が満たされていくような、ハートウォーム&ゴージャスなカバー」です!  それを受けて、今回は、カバーに使う「紙」も、これまでとは違う高級紙を使用するとのこと(談:エンマ今井部長さん)。
 いったい、どんなことになってしまうのでしょうか!?



10/11日版

 明日から6日間は、また事実上の戒厳令期間に突入しなければならないテンテコ舞い状態なので、何とか本日、時間をみつけて更新しておきますね。本日は、2つのご報告があります。

(1)
エンマ今井部長様との御面会詳細報告!

 去る11月5日の午後7時、福島西口のビューホテルのロビーにて、PHP第一出版部の最高権力者でいらっしゃる、「エンマ大王」こと今井部長様に、無事に『ブレイクスルー思考』の原稿をお渡しいたしました。ところが、実は、まだあの時点では、原稿が完成していなかったのです。そこで、私は今井部長にお会いした瞬間、正直に、申し上げました。

 「あ、あの〜、実は、原稿、まだ全部は出来ていないんです・・・・・・」

 すると、今井部長の柔和な顔が、一転して、秋田の
ナマハゲのごとき鬼の形相へと変化し、いきなり私の首をわしづかみにすると、

 「
な、なにぃ、まだ出来てはおらんじゃと? そげぇなことが、許される思うとるんかぁ〜っ!」(なぜか広島弁)

 と、いとも容易に私の身体を放り投げたのです。
 気がつくと、私は、大分県は別府温泉にある地獄巡り最大の人気スポット、「
血の池地獄」のなかに・・・・・・

 ・・・・・・というのは真っ赤なウソで、実際は、このような状況でした。

 「あ、あの〜、実は、原稿、まだ全部は出来ていないんです・・・・・・」

 すると、今井部長の柔和な顔が、一転して、親からはぐれたおさな子のような、大いなる不安の表情へと変化し、

 「えっ! あ、あの・・・はぁ、それは・・・その・・・いやぁ・・・」

 と、満面が絶望で支配されていきました。

 そこで私は、すかさず正確な表現へと訂正いたしました。

 「・・・とは言っても、出来ていないのは、『注および参考文献』の部分だけなので、明日には追ってお送りしますから。」

 その瞬間、今井部長のこわばった顔が、はぐれた親を見つけたおさな子のように、一転して安堵の表情へと変化したのです。

 「あ、そ、それなら、全然かまいません。だ、大丈夫ですっ!」

 横でやりとりを見ていた、観音菩薩の順子嬢(常に冷静)も、思わず確認の言葉をはさみました。

 「あのぅ、最後の注書き部分を除いて、ご本そのものは、もう完成していらっしゃるんですね?」

 「ええ、何しろ、この30時間で、たった50分くらいしか寝ていないんです・・・・・・何とか全部完成させたいと思ってがんばったんですが、どうしても、最後の注書きの部分だけが間に合わなくて・・・」

 「ほっ・・・」(エンマ大王様の安堵のため息。その後、脱力。)

 「ほっ・・・」(観音菩薩様の安堵のため息。その後、同じく脱力。)

 ・・・・・・といった具合で、何とか、ごく一部を除いて完成した原稿を、無事にお2人にお渡しできました。
 このホームページでは、面白おかしく「エンマ大王様」などと称しましたが、今井部長さんは、実はたいへん優しくて穏やかなお人柄で、決して怒ったりするような方ではありません(?)。あとで、「原稿が出来ていないと聞いた瞬間、何を思いましたか?」とお尋ねすると、今井部長は、このように回想してくださいました。

 「いやぁ、あの瞬間は、びっくり仰天して、目の前が真っ暗になってしまいました。頭のなかは、一瞬の間に、『どうやって会社の営業の者たちに弁解しようか・・・こうなったら、飯田先生に仮病を使っていただくしかない』とか、『さあ大変だ! スケジュールをすべて大急ぎで組みなおさねば・・・緊急手配で押さえてある印刷所たちを、どうすべきだろうか』などと、今後の対策で一杯になりました・・・」

 どうやら、善良な今井部長の寿命を、ちょっぴり縮めてしまったようです。
 とっても優しいエンマ今井部長さん、このたびは、本当に失礼いたしました。


(2)
「40000人目」の方より、ご連絡をいただきました!

 先日、見事に40000アクセス目の4大特典を獲得なさった方から、次のようなお手紙(フロッピーディスク)をいただきました。

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 飯田史彦様、初めまして。私、**に住んでおります、****と申します。
 よろしくお願いいたします。

 早速ですが、40000人目取らせて頂きました。
 
興奮しすぎて余り覚えていませんが、本日午後にアクセスしますと、39500人目位でした。これはあと1時間が勝負だと思い、まず「電話は繋がないように」言い、トイレを済ませパソコンの前に陣取りました。
 20000人目も、30000人目も逃した私は、「今回こそ」と思い、
パソコンは2台用意しました。左手のマウスの先には、今話題の「e−one」、右手はノートパソコンのマウスパッドへ。マウスパッドはクリック先が狂う事があるので、右のノートの画面に集中し、左手はクリックしっぱなしにしました。
 39700人位では一回更新する度に2.3人だったのが、39800人を過ぎるとワンクリック5.6人になり、「これはみんなやってるなぁ」と思いながら、39900人はあっという間に過ぎました。
それからはもう狂ったように更新し、人数もワンクリック毎に10人以上になっていました。「これは最後のクリックは39985人目位にして次の更新を押そう」と思いながら、最後に見たのが39995人目だと思います。
 「
しまったーだめだーー。」と思いながら左手の「e−one」を見ると、ななななななななななんとーーーーーーーーっっっっ。「040000」ではないですか。
 「
やったーー。」と叫び、まず印刷。2枚印刷し、デジカメでも3枚録り、しばらくは脱力感で放心状態でした。夢にまで見た4万人。たぶん最後の100人は、30秒かからなかったと思います。それからブラウザも消せずに、仕事を済ました後もう一度印刷を確認し、帰宅してからワードか一太郎で書いて明日の朝郵送するつもりで書いていますが、なんと自宅のプリンターが動きません。前回の人も速達で送ったと聞いておりますので、明日出さないわけにはいかないので、考えたあげく、フロッピーに画像と供に入れて送ります。
 本当に、今日はうれしい日でした。前回は30003人目で悔しい思いをしましたが、30001目や29999人目の人はもっと悔しいだろうと思います。ここで提案ですが、「前後賞を作りましょう。」

 私と飯田先生の出会いは、3年半前にさかのぼります。忘れもしません1996年3月25日午後6時30分。地下鉄半蔵門線大手町下車目の前、サンケイ会館6階ホール。そこでの講師が飯田先生でした。題は「生きがいの夜明け」。予定の2時間はあっという間に過ぎ、感激した私は、自宅に帰り
夜の10時を過ぎているのに家族全員をキッチンに集め、今聞いてきた内容を忘れないうちに1時間以上かけて話したものでした。その年の手帳の3月の所にはこう書いてあります。
「愛する、許す、感謝する。」
 なかなか出来ませんが、意識しているつもりです。その後、「生きがいの創造」を買い、マネージメント、本質、メッセージときて、次の新刊も楽しみにしております。

 「生きがいの創造」を読んだ後1年ほどして、私の細君が親しくしていただいているご夫人のご子息が突然亡くなり、ちょうど同じ年頃の子供を持つ親として、ご夫妻の心労は計り知れないものがありましたので、細君に「時間があったら読んでみてください」と言って渡してくれと「生きがいの創造」を渡しました。その後何ヶ月かして細君に聞いたところによると、ご夫妻は大変感激し、ご子息の友人、ご主人の会社の人たちにもこの本を配ったそうです。
 私がこの2万人目、3万人目、4万人目の特典に挑戦し、もしゲットできたら、飯田先生にお願いがありました。私も先生のE-MAILは知りたいですし、本も欲しいです、そのためにほとんど挑戦しましたが、特典のなかのひとつ「
お話券」を、前出のご夫人にお話しし、ご了承が得られれば、そのご夫人にお譲りしたいと思っています。もちろん私も先生とお話ししたいですが、別に今日現在可もなく不可もない(私はこれが一番の幸せだと思っていますが)生活をしておりますので、こんなに貴重な特典を私が使ってしまうのは、もったいないと思うのです。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 長々と書いてしまいましたが、先生もお体にお気を付けて、
ホームページの更新を毎日されますようお願いいたします。(全然気を使ってないですね) ご機嫌よう、さようなら。

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 お子様を亡くされたご友人に、私との「お話券」をプレゼントしたいという一心で、平日昼間に仕事もそっちのけで(?)、両手の2台のパソコンに思いを込められたとは・・・・・・きっと、その善なる目的が、神様に届いたのでしょう。このような御方に当選して、本当に良かったと思います。



10/7日版

 
 祝 !! 新刊『ブレイクスルー思考』、
 11月初旬に、
PHPより緊急発売決定!!

 ・・・・・・これも、ひとえに、読者の皆様の激励のおかげです。ただし、この数日間の疲労と、山積みになった急ぎの仕事のため、本日は、これ以上更新する余裕がありません。近日中に、聞くも涙、語るも涙の「エンマ大王様とのご面会詳細報告」を行いますので、次回の更新までお待ちください!

 P.S. めでたく「40000人目」にご当選なさった方、確かに証拠物件を拝受いたしました。3度目の正直でようやくゲットなさったとの苦労談、涙なしには読めませんでした。本当に、ありがとう&おめでとうございます! 現在、超多忙でテンテコ舞いしておりますため、お返事、もうちょっとお待ちくださいね。



9/27日版

 またもや、びっくりです!
 本日1日だけで、1500以上もアクセスカウンターが進んでしまい、夕方にホームページを開くと「40000」をはるかに超えており、「ええっ!」とのけぞってしまいました。平日なのに、お仕事そっちのけで、バトルに加わってくださったのでしょうか? まだまだ、今夜から明日の夜あたりが勝負かと思っていたのですが・・・・・・豪華特典(?)を目指しての仁義なきアクセス・バトルは、回を追うごとに、激烈な戦いになっているようです。次の「50000人目」は、いったいどうなってしまうのでしょうか?
 いずれにしても、当選者の方、特典にご興味をお持ちでしたら、ご連絡くださいね。

 さて、本日は、読者の皆様に、
緊急重大発表があります!

 エンマ大王(PHPの I 部長)様の御付きの方から御通達が下され、ついに、来たる10月5日(火)の午後7時に、福島駅前のビューホテルのロビーへと、御降臨なさることが決定しました。私としては、何が何でも、この日時までに、『ブレイクスルー思考』の原稿を書き終えて、エンマ大王様の御手に献上いたさなければなりません。観音菩薩の順子嬢も御同行なさるとのことなので、その御恩に報いるためにも、未完の原稿をお持ちするわけにはまいりません。
 そして、何よりも、各地から温かい励ましをくださった、このホームページの読者の皆様のご期待にお応えするために、頑張らなければなりません。

 つきましては、
本日(9月27日)より10月5日の夜まで、ついに、

 
戒 厳 令 を発令させていただきます!!!

 この間は、「鶴の恩返し」ではありませんが、絶対に、私の書斎のドアを開けてはなりません。すなわち、本日より10月5日の夜までは、お手紙・FAX・メールにお返事はできませんし、電話も取りません。もちろん、ホームページの更新も、1週間ほどお休みさせてくださいね。心を鬼にして、外部からのご連絡に耳をふさぎ、目をつぶりながら、執筆活動に専念させていただきます。これも、ひとえに、『ブレイクスルー思考』を書き上げるための緊急措置ですので、どうか、ご理解・ご協力くださいますようお願い申し上げます。

 さて、無事に、書き上がりますでしょうか? 確率は、5分5分といったところです。分量の問題ではなく、完成度の問題であり、私自身が納得のいく仕上がりにならない限りは、発表できないからです。『ブレイクスルー思考』が何とか書きあがりますよう、皆さんも、どうか私に、祈りの力をお貸しくださいね。

 それでは、これから、山ごもりに入ります。
 次回(1週間後)の更新、「
エンマ大王様とのご面会大特集号」を、どうぞお楽しみに!

 ・・・・・・
ああ、今度こそ絶体絶命の、私の運命やいかに!?



9/26日版

 刻一刻と近づくエンマ大王(PHPの I 部長)の足音に耳をふさいでいるうちに、いたずらに日付だけが進み、ふと気がつくと、数日中に「
40000アクセス記念」を突破することが確実な情勢となってきました。
 見事に「40000人目」になられた方は、「40000」と数字が入ったページをプリントアウトするか写真に撮って、私の研究室(〒960−1241 福島市松川町 福島大学経済学部 飯田研究室)までお送りください。以下の豪華4大特典を差し上げます!

 特典1: 
お話券(私が今後仕事などでお近くを通りかかる際に、ご指定の場所におうかがいして、直接、お話をさせていただきます!) ・・・実際に、先日、見事「30000人目」を獲得なさった美女(何とテレビにご出演の有名人でした!)と、ゆっくりお話をさせていただき、2人で大いに盛り上がりました。
 特典2: 私のマル秘
メールアドレスをお教えします(これであなたも、私のメール友達です!)
 特典3: 『生きる意味の探究』の「
表紙色校正プリント」を、あなたのお名前と私のサイン入りで差し上げます(世界にたった1つしか存在しない、超レア・アイテムです!
 特典4: 厳しい情勢ですが、もしも『
ブレイクスルー思考』がめでたく完成した場合にのみ、いわゆる「見本本」(出版社が見本として発売前に作る試作品)を、サイン入りで差し上げます。誰よりも早く、私の新刊を読む大チャンス! もちろん、見本本は、ほんの数冊しか試作しない貴重本でもあります!


 以上、コレクターズ・アイテムとしても貴重な4大特典をお望みの方は、どうぞ、ふるって「40000人目」に挑戦してみてくださいね!

 ただし、特典4は、あくまでも、『ブレイクスルー思考』が
奇跡的にも完成した場合のみに有効です。「幻の本」として未完成に終わってしまう可能性も充分な情勢ですので、どうぞ、ご期待なく!

 え? 
現在の執筆状況ですか??

 何しろ、いつもデニーズで注文していた「きのこ雑炊」が、不評のためメニューから廃止され(私だけが気に入っていたのでしょうか?)、いつのまにか「キムチ雑炊」に変わってしまっていたものですから、いつも通りに深夜のデニーズでノートパソコンを広げても、どうも調子が出ません。どうして、いつも、私が気に入るメニューばかり廃止になるのでしょうか(怒)。



9/21日版

 
た、大変なことになってしまいましたっ!!!

 昨日、PHPの美人編集者・
観音菩薩の順子嬢から連絡があり、今度の『ブレイクスルー思考』の締切り日には、なんと、恐怖の「エンマ大王」(PHPの I 部長)ご本人が、わざわざ福島まで原稿を取りにいらっしゃるとのこと!
 とうとう、PHPの最終兵器、ご本尊の登場です!
 昨夜は、エンマ大王の衣装を着けた I 部長が夢にまで現れ、私の眼前に巨大な手を突き出して、「
コラ、つべこべ言わんと、早う原稿を渡さんかい!」(なぜか関西弁)と、世にも恐い顔で迫るのです。

 ついに、ノラリクラリと締切りを延ばし続けていた私の悪運も尽き果て、今度こそ、
断崖絶壁の端に追い詰められてしまいました!

 ああ、もはやこれまで・・・・・・



9/19日版

 ふう・・・ようやく、ひと眠りして、元気が出てきました。
 昨夜、福井を18時すぎに特急「雷鳥」で発ち、新潟着が22時30分すぎ。新潟駅南口に駐車しておいた自家用車に乗り込み、磐越自動車道経由で福島に着いたのが1時半でした。
 それからベッドに転がり込んだのですが、「やっと眠れるゾ!」と思うと、あまりの嬉しさにハイになってしまい、クタクタに疲れているくせに、目がさえてしまって眠れないという悲惨な状態に突入。「ね、眠らなければっ!」と力めば力むほど、ますます目だけがさえて(頭は仮死状態)、結局、眠れたのはどうやら朝5時すぎだったようです。
 ところが、7時から町内会の清掃活動があるので、たった2時間の睡眠で6時半すぎに起床(というよりも、キティちゃんの目覚まし時計に、たたき起こされました)。草刈り用のスコップを持ち、軍手をはめて、フラフラ状態で児童公園に向かうと、何と「昨夜の雨で地面がぬかるんでいるので、今日の掃除・草取りは中止」とのこと!
 「わ〜い! これでしばらく眠れるぞ」と、いさんで帰宅したものの、妻からは、「何言ってるの? 私、運動会の役員だから、8時半には幼稚園に着くように連れて行ってね」との指示が(妻は運転ができません)。結局、30分でもいいから眠ろうとしたものの、娘が何度もベッドに来ては、「ねえ、ビデオ撮ってね」「ねえ、これ持って踊るのよ」などと、運動会前のハイな状態で私に乗っかってくるので、まったく眠れず。
 そのまま幼稚園に向かい、「雨で延期になってくれ〜」という心の叫びも空しく、午後3時までビデオ撮影係の大役を果たし、帰宅するや否やベッドに飛び込んだというわけです。

 しかし、昨日の福井での講演会で、皆様から大いに激励をいただいたので、身体には疲れが残っているものの、精神的には元気いっぱいです!
 定員200名の会場に270名以上の方々が詰めかけてくださり、県の職員の方々も、「今回は全く職員やその家族を動員しなかったので、定員を超えるなんて考えていませんでした」と、講演会の大成功に、大喜びしてくださいました。私も、「ねんりんピックの記念講演」という大役を無事に果たせて、ほっと一安心です。
 ついでに、会場で私の著書を販売してくださった福井の書店の販売員の方も、「講演会の書籍販売で、持ってきた本が全て完売したなんて、初めてです!」と、驚かれていました。福井の皆様(京都や富山からおいでの遠方の方々も)、本当に、ありがとうございました。

 そこで、大発表です!

 福島に戻ってみると、PHPの編集者、仏の順子嬢から、次のような返信メールが届いていました。

 「この大切な時に、ちょうど私用で会社を休んでおりましたので、お返事が遅れてしまって申し訳ございません。締切りに遅れたからといって、『ブレイクスルー思考』の出版を取りやめるなんて、と・ん・で・も・な・い!
 編集者というのは、本当に心の底からいただきたい原稿に関しては、臆面もなく何度でも『仏の顔』をするものです。とは申しましても、1日も早く原稿をいただきたい事情に変わりはありませんので、どうか、何とか9月末の締切りということで、ご了承くださいませ。これは、上司とも相談したうえでの結論でございます。」

 な、何と、ついに、PHPの社内では「エンマ大王」と恐れられる鬼の上司、I 部長と直接にご交渉くださったうえで、これまでの執筆の遅れを帳消しにして再度延期するという、
「徳政令」まで発布してくださるとは!

 あまりの感激に、ふがいない自分を深く反省し、順子嬢がくださる詔(みことのり)を伏し拝んでいただいて、ひたすら涙で泣き濡れるばかりでございます。しかも、あの恐怖の「エンマ大王」に直訴(じきそ)くださるという、今回の異例なご恩により、仏の順子嬢は、単なる「仏」のレベルでは収まりがつかなくなってしまいました。
 つきましては、今後、仏の順子嬢は、「
観音菩薩の順子嬢」様へと、格上げさせていただきます。

 このご恩は、生涯、いや、何度生まれ変わっても、決して忘れません。
 観音菩薩の順子嬢からいただいた、海よりも深いお慈悲にお応えすべく、そして、全国の皆様の温かい励ましにお応えすべく、今夜も頑張ります!



9/17日版

 ホームページの読者の皆様、ありがとうございます!
 この10日間ほど、皆さんから、「新刊は早く読みたいけど、それよりも、まずゆっくり休んで、心身ともに元気になってください」という内容のお手紙やメールをたくさんいただきました。事実、先週末に行った松本での講演は、最悪の体調の中で無理して必死に頑張ったのですが、異常な発汗と目まいがして、途中で時間感覚も飛んでしまい最後のまとめ時間がほとんどなくなるなど、自分としては大いに悔いの残る悲惨な講演になってしまいました。松本の皆様、本当にごめんなさい。

 皆様の温かいお言葉に甘えたわけではありませんが・・・・・・ようやく数日前から体調が戻り、昼夜を問わずワープロに向かっているものの、何しろ、本日(17日)には遠路福井まで移動し、18日(土曜)には福井県のご依頼で国際高齢者年「ねんりんピック’99福井」の記念講演(13:30より福井県国際交流会館)を行い、その夜のうちに新潟経由で自家用車を運転して深夜2時頃に福島まで戻り、19日(日)には
早朝7時から町内会の児童公園清掃に駆り出され、その足で幼稚園に向かって、
娘の運動会を観戦(?)しなければなりません。このままでは、20日までに『ブレイクスルー思考』を書き上げるのは、どう頑張っても時間的に不可能になってきました。
 PHPの編集者、仏の順子嬢にも、一昨日の早朝に早々とお詫びのメールを出しておいたのですが、いまだにお返事が来ません。やはり、「仏の顔も1度まで」という出版界の格言(?)の通り、もう『ブレイクスルー思考』は見切りをつけられ、出版していただけないのでしょうか?
 こうなったら、運動会を指折り楽しみにしている娘には気の毒ですが、どうか19日(日)に早朝から雨が降って、公園清掃と運動会が延期になり、身体をひと休みさせることができるよう、祈るばかりです。

 しかし、昨日、とっても素敵なお手紙を頂戴したので、ご紹介しますね。

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前略 「生きがいシリーズ3部作」を読ませていただきました。
 私は、保護司として更生保護施設に勤務する**才の者です。ご存知かもしれませんが、更生保護施設とは、法務省保護局の委託を受けて、犯罪を犯した者の更生を助けるために一定期間施設に収容し、宿泊と食事を扶助しながら社会復帰を支援するものです。
 更生保護施設に保護を求める方は、仮釈放・満期釈放者や、刑の執行猶予・起訴猶予等の判決を受けた方のうち、家族や縁者から引き受けを拒否され、行き場のない方々です。そのほとんどの方が、幼少の家庭環境において様々な理由から普通の愛情を受けることなく育てられた経緯が遠因として考えられる方々ばかりです。そんな彼らが社会に復帰する、復帰を受け入れられるということは、並大抵の努力ではできません。ましてや我々の支援効果など、限界があります。
 私も、彼らに「心の更生」を祈りつつ接しているつもりですが、彼らの癒しがたい心の寂しさをかいま見るたび、自分の無力さを禁じ得ません。犯罪統計を見ても、いつの時代も、一定の比率で犯罪者が社会の構成員として存在するということは、どのような意味があるのだろうかと、あなたの著書を読ませていただきながら、そんなことを考えています。
 彼らも、ある意味では「被害者」であり、現在親のいる方には、特に「親との和解」がまず必要ではないか、と思っています。彼らに、少しでも「生きる意味」を伝えることができれば、と願っています。
 ご縁があれば、一度お会いしたいものです。これからもお体を大切に、ご家族仲良くお過ごしください。私は*男*女を授かりました。いい子たちです。妻も、あなたの著書が大好きです。

 平成11年9月、当直の夜、彼らの安らかな夜を願いつつ。


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 これまでに何千通も(一万通を超えるのでは)のお手紙をいただきましたが、更生保護施設にお勤めの方からいただいたのは、これが初めてではないかと思います。このような、使命感と優しさにあふれる方が、保護司の大役を果たしてくださっているということ・・・・・・きっと、この方は、ご自分に、保護司という重要な職業を通じて大いに学び、世のため人のために貴重な役割を果たすという使命を課して、この世に生まれてこられたのでしょう。「彼らも、ある意味では被害者である」というお言葉に、保護司として長年に渡って犯罪者の更生を助けてきたお方だからこそ発することのできる、「重み」を感じます。

 このような素敵なお手紙をいただくたびに、その意味の深さに「う〜ん」とうなってしまい、思わず思考があちこちに飛び、考え込んでばかりいる私・・・・・・こうして、ますます、著書の執筆も(良い意味で)遅れてしまう、というわけです。世の中って、本当に、広くて深いですよね。

 ・・・・・・というわけで、久々に、本日のご報告です。

 本日のスランプ指数 ・・・ ついに、0に到達!(100を最大とする) ← 皆様のおかげです!
 本日までの『ブレイクスルー思考』 執筆度 ・・・ 50 (100を完成とする)
 原稿締切りまでの残り日数 ・・・ 3日!! (9月20日を締切りとする)

 皆様の温かいご声援のおかげで、ついにここまで達することができましたが、上記の通り、金・土・日曜日はハードスケジュールのため、完成にはほど遠い状態でタイムアップすることが確実となりました。
 きっと、このホームページの読者の方々は、数週間前から、「そうは言っても、飯田先生のことだから、インディー・ジョーンズの映画やヒーロー漫画のように、ギリギリで見事に書き上げて、ハッピーエンドで終わるに違いない」と、期待・予想なさっていたことでしょう・・・・・・しかし、現実は、そんなに甘いものではありません。そう、私自身が主張しているではありませんか、「
人生は、思い通りにならないからこそ価値がある」と!

 ・・・・・・などと、自分の情けなさを正当化するのはやめて、こうなったら、皆様に、いさぎよく、平謝りに謝るしかありません。

 原稿執筆が予告通りに進まなくて、本当にごめんなさい!

 さて、PHPは、こんな私に、どのような処分・裁定をくださるのでしょうか?
 もう、私の新刊など、出版してはくださらないのでしょうか?
 それとも、前回の「締切り延期の詔」に続いて、さらに「
徳政令」まで発布してくださるのでしょうか?
 この後、どのようなドラマティックな(悲惨な?)展開が待っているのでしょうか??

(それでは、今夜もこれから、ノートパソコンを抱えて、朝までデニーズに立てこもってきます)



9/7日版

 しばらく、更新することができなくて、ごめんなさい!
 このところ、毎日300〜400ものアクセスがあり、読者の皆さんが、私の毎日の状況をご心配くださっていることがわかります。
 このままいくと、あっという間に「40000人目」が来てしまいそうなハイペースですね。

 40000人目の方には、何と、私の新刊『ブレイクスルー思考』の原稿を、世界中の誰よりも早く読んでいただけるという超豪華大特典を差し上げようかと思っていたのですが・・・・・・実は、またまた体調が悪くてダウンしてしまっており、寝たり起きたり、無茶のできない状態です。昨年、入院してしまった時のような状態になる前に、きちんと体調を自己管理しなければなりません。『ブレイクスルー思考』の執筆どころか、今日一日のスケジュールを乗り切るだけで必死になっているという有様・・・・・・
 それにもかかわらず、手帳を見ると、明日(水曜日)は大学で教授会と各種委員会、木曜日はカナダから来る留学生たちに市内を案内し、金曜日は東京の病院で講演、土曜日は信州に移動して、日曜日は松本で講演、そして月曜日は朝から夕方まで大学の前期試験の試験監督と、ハードスケジュールが続きます。ああ、いったい、どうなってしまうのでしょうか!?

 本日の更新は、ここで力尽きてしまいました。たったこれだけですが、本日は、これが精一杯です。どうかお許しください。



9/2日版

 本日は、HPの更新など行っている暇はないのですが、重要緊急トピックスが入りましたので、思わず更新してしまっています。

(1)さっそく、
「30000人目」の当選者の方から、「速達」が届きました!

 そのお手紙の一部を、プライバシーに触れない範囲内で、ご紹介いたします。

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初めてお便り差し上げます。
 なんと、ラッキーにも、私が30000HITをとってしまいました。めちゃめちゃ嬉しかったです!
 自己紹介をしますと、***に住む2*才の女性です。
(中略)
 昨日の夜、HIT数を見て「明日からチェックしなきゃな」と思いながら寝て、今日の昼頃、「徐々にペースを上げていこう」と思い、チェックする頻度を高くしていきました。ちなみに、今日は仕事の休みをとっていたのも、ツイていました。
 28000の後半くらいから、パソコンの前に座りっぱなしになり、29000からは、「更新」ボタンをクリックし続けました。更新するたびに、びっくりするほどの数字が、どんどん増えていくのです。
 いよいよ決まりだ〜! という時に、画面にきれいに「30000」と並んでいるではありませんか!
 一瞬、頭が真っ白になり、無表情で「カメラ、カメラ」とつぶやきながら、居間をうろうろしてしまいました。ちょうど停電になってパソコンが切れてしまったらどうしようとか、カメラに写っていなかったらどうしよう、と思い、ポラロイドカメラのフィルムが切れていたので急いで買いに走り、同封の写真を撮りました。

 
ちょ〜信じられなかったです。ひ〜〜〜っ。
 まだ書きたいことは山ほどありますが、早くこれを出したいので、ここでやめます。


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 この方は、パソコンをお持ちだというのに、プリンターをお持ちでないのでしょうか? それとも、とっさのことで混乱して、プリントアウトすれば簡単だということを、すっかり忘れていらっしゃったのでしょうか?
 いずれにしても、確かに、封筒の中には、「30000」ときれいな数字が並んだ画面のポラロイド写真が。しかも、写真の外枠の白い部分には、「
わ〜い! 超らっきい〜〜!」と、書き込みがしてありました。
 これほど喜んでいただけるとは、私も、いわゆる「冥利に尽きる」というものです。このような方に当選して、本当に良かったと、私も幸せ感に包まれました。これで、前回の「20000人目記念」の悪夢を、ようやく払拭することができたというものです。

 本当に、おめでとうございます! そして、こんなに喜んでくださって、本当にありがとうございます!
 あなたの喜びをいただいて、私の「スランプ指数」も、大幅に減少いたしました!


(2)仏の順子嬢から、
「締切り延期」の詔(みことのり)を頂戴いたしました!

 上記のように、おかげ様で私のスランプ指数は激減。
 その余勢?をかって、PHP第一出版部の美人編集者、順子嬢(残念ながら人妻です)と交渉した結果、「先生の執筆状況は、毎日、HPでチェックしていますから、よく知っていますよ」とのこと。
 そして、「先生の新刊には、PHPの社運がかかっていますので、本当は締切りを延期すると**(鬼の上司・ I 氏)から叱られるのですが・・・」と厳しい前置きを付けながらも、「それでは、何とかギリギリで、9月20日までに仕上げていただく、というのではいかがでしょうか? その間、こちらとしても、原稿をいただき次第、すぐにフル活動できるように社内を調整しておきますから・・・。」

 ・・・何と、仏(ほとけ)の順子嬢から、締切りを10日間ほど延期してくださるという、有難いお言葉が!
 あまりの有難さに、私は思わず「
平成11年9月、仏の順子嬢発令 : 締切り延期の詔」と命名し、伏し戴いて、服従をお誓い申し上げた次第です。

 その結果、本日のご報告は・・・

 本日のスランプ指数 ・・・ 30 (100を最大とする)
 本日までの『ブレイクスルー思考』 執筆度 ・・・ 9 (100を完成とする)
 原稿締切りまでの残り日数 ・・・ 18日 (9月20日を締切りとする)

 ・・・と変化いたしました。本日も公務に追われ、執筆そのものは進みませんでしたが、事態は着実に向上の一途。

 30000人目に当選なさった方、順子嬢、そして全国の読者の皆様のおかげで、どんどんスランプから脱しつつあります。
 皆様へのご恩返しのためにも、がんばりますね!




9/1日版

 驚きました。「30000人目」のクリア、あっという間でしたね!
 前回の更新で、「火曜日から水曜日にかけてが、勝負時でしょうか」と書きましたが、火曜日の午後1時の時点で「29172」だった数字が、午後7時38分に開いてみると、すでに「30123」になっていました。何と、6時間ほどで、1000アクセスに達していたのです。「勝負は今夜だな」と想定して、夜になってからページを開いた方々は、私と同じように、「ありゃりゃ!」と絶句されたのでは?
 過去最高の激しさを記録した、今回の「30000人目チャレンジ」。いったい、どの方に当選なさったのでしょうか?

 そして、本日のご報告は・・・

 本日のスランプ指数 ・・・ 50 (100を最大とする)
 本日までの『ブレイクスルー思考』 執筆度 ・・・ 8 (100を完成とする)
 原稿締切りまでの残り日数 ・・・ 9日 (9月10日を締切りとする)

 何と、皆様の温かいお言葉のおかげで、スランプ指数は低下の一途をたどっているものの、それに反して、大学で雑務・・・じゃなかった、重要な公用が入り、昨日も本日も一日中、忙殺されました。それどころか、今週中は、公務に追われ、ほとんど執筆時間が取れそうにない見通しとなり、土曜日は東京医大に余命いくばくもないと思われる友人を見舞いに行く約束があり、そのまま名古屋に移動して、日曜は四日市市で講演。さらに月曜日には、地元の「福島商業高等学校」の生徒たちを相手に、講演を頼まれています。そして、水曜日は教授会でつぶれ、原稿締切日である金曜日には、東京の大きな病院(東芝林間病院)で、医師・看護婦のための講演会を依頼されています。

 つまり、今後10日までのスケジュールを眺めてみると、いくらノートパソコンを持ち歩いても、
どう考えても、9月10日までに書き上げることは、物理的・時間的に、不可能になってしまいましたっ!!
 かくなるうえは、編集者の順子嬢の
お慈悲にすがるしか、方法はありません。この件、順子嬢の仏心とご相談のうえで、またご報告いたします。



8/30日版

 昨日、29日は、東京で講演してきました。会場には、このホームページの読者の方々が、30人くらいもおいでくださっていました。
 講演後のサイン&握手会では、皆さん、とっても温かい応援と激励のお言葉をくださり、スランプに陥っていた私にとって、本当に効果絶大の「言葉の薬」となりました。
 会場においでくださっていた、ハンデイキャップをお持ちの方や、障害者支援活動をなさっている方も、とっても喜んでくださいました。ずいぶん遠方からおいでくださった方々も、何組かいらっしゃいました。ご丁寧なお手紙や、私の娘あてのかわいいプレゼントまで持参くださる方々も。
 その結果、本日のご報告は・・・・・・

 
本日のスランプ指数 ・・・ 60 (100を最大とする)
 
本日までの『ブレイクスルー思考』 執筆度 ・・・ 5 (100を完成とする)
 
原稿締切りまでの残り日数 ・・・ 11日 (9月10日を締切りとする)

 何と、皆さんの温かいお言葉と笑顔と涙のおかげで、私の心は大いに癒され、スランプ指数は、一気に60にまで激減!
 同時に、使命感の方も激しくパワーアップし、執筆度の方も、まだまだ少ないとは言え、5まで進展しました!
 この調子で、明日からもどんどん進んでくれるでしょうか?
 やはり、読者の皆さんからの温かい応援が、私の一番のエネルギー源です。本当に、ありがとうございます!

 また、会場においでくださった方々の中には、「30000人目を狙います!」と宣言する方も、たくさんいらっしゃいました。この調子では、30000人目プレゼントをめぐる攻防戦は、これまでにも増して、激しくなりそうです。火曜日から水曜日にかけてが、勝負時でしょうか。

 さて、本日の夕方、PHP研究所の文庫編集部門の編集長、大久保さん(以前は一般書籍の編集者でしたが、担当した『生きがいの創造』の大ヒットにより、文庫部門の編集長にご栄転されました。めでたし、めでたし)が、わざわざ福島までおいでになり、『生きがいの創造』の文庫版の完成本をお届けくださいました!



8/29日版

 いよいよ、アクセス計の数字が28000人台へと突入しましたね。
 過去の経験から言えば、おそらくまた、30000人目の前後では、1日に1000前後ものアクセスに達する可能性がありますので、29000を超える前に、またまた「30000人目記念・出血大サービスプレゼント」のお知らせをしておきます。

 見事に「30000人目
」になられた方は、「30000」と数字が入ったページをプリントアウトするか写真に撮って、私の研究室(〒960−1241 福島市松川町淺川 福島大学経済学部 飯田研究室)までお送りください。めでたく30000人目に当選なさった方には、以下の特典を差し上げます。

 特典1: 
お話券(私が今後仕事などでお近くを通りかかる際に、ご指定の場所におうかがいして、直接、お話をさせていただきます!)
 特典2: 私のマル秘
メールアドレスをお教えします(これであなたも、私のメール友達です!)
 特典3: 『生きがいの創造』文庫版の「
表紙色校正プリント」を、あなたのお名前と私のサイン入りで差し上げます(世界にたった1つしか存在しない、超レア・アイテムです!
 特典4: 私が翻訳編集して9月末に発売になる、『生きる意味の探求 〜退行催眠が解明した人生の仕組み』(グレン・ウィリストン著)の、私が直接入力した
原稿フロッピー・ディスクの現物を差し上げます(日本中で誰よりも早く、発売前に、
あなただけが本書を読むことができます!

 以上、コレクターズ・アイテムとしても貴重な4大特典をお望みの方は、どうぞ、ふるって「30000人目」に挑戦してみてくださいね!



8/27日版

 本日(正確には昨日)のご報告です。

 本日のスランプ指数 ・・・ 98 (100を最大とする)
 
本日までの『ブレイクスルー思考』 執筆度 ・・・ 0 (100を完成とする)
 
原稿締切りまでの残り日数 ・・・ 14日 (9月10日を締切りとする)

 ご覧の通り、本日は、スランプ指数は改善の方向へと微速前進したものの、一日中、大学での会議とその関係の宿題(公用)に追われていたため、新刊の原稿執筆は全く進みませんでした。確実に進んだのは、締切りまでの残り日数だけという有様です。

 
かくして、本日も、執筆どころではありませんでした。
 ごめんなさい! (誰に謝っているのかわかりませんが、とりあえず謝りたい気分なのです)

 さあ、私はいったい、この絶体絶命のピンチを乗り切ることができるのでしょうか?
 刻々と状況報告をいたしますので、お楽しみに!

 そういえば、ふと気がつくと、またまたアクセス数「
30000人目」が、ヒタヒタと近づいてきましたね・・・・・・フフフ・・・・・・



8/20日版

 今日もまた、「
う〜ん」とうなっているうちに、1日が過ぎてしまいました。執筆作業は、まったくはかどっていません。

 さて、本日、このようなお手紙をいただきました。実は、この種のお手紙は、決して少なくないのです。

********************

 
前略 益々ご健勝の事と拝察申し上げます。
 私、**は、知的障害者更生施設において、作業・生活指導課長を務めており、日々、利用者・職員の教育に励まさせていただいております。また、その傍ら、高野山真言宗の僧侶として、微力ながら教義の伝道に勤しんでおります。
 長い間、人の運命とか、あり方とか、縁とか、人生とかについて、「なぜ?」の興味を捨てきれず、少なくとも普通の人々よりは、勉強を重ねて参りました。
 そんな中、このたび飯田先生の著書(生きがいの3部作)に触れ、多くの事に気づき、「なるほど」と、やっと安堵感を得ることが出来ました。そこで、できましたら、本書のような価値観を共有でき、気軽に話し合える仲間を、職種を問わずにご紹介いただけないものでしょうか。先生のご好意に甘えさせていただきたいのです。
 本当は、先生に当施設でのご講演をお願いしたいのですが、ご多忙のためこのような遠方においでいただくことはご無理と判断し、まずその前に、気軽に価値観を共有できる友人がいればと思いました次第です。
 先生のご健康とご多幸を祈り、感謝の意を込めまして、筆をおかせていただきます。
 当施設のパンフレットを同封いたしましたので、どうか目を通してやってくださいませ。


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 ・・・・・・ご住所は確かに遠方でしたが、私は遠方が大好きですので、福祉施設は最優先で講演させていただきます。

 それはそうとして、この方のように、私の著書に深く共鳴くださり、「同じ価値観を共有する仲間を紹介してほしい」とおっしゃる方々が、少なくありません。現在、医療関係の方々に限って、ご紹介やネットワークのご案内をさせていただいていますが、この方のように、福祉関係、教育関係、あるいは他のサラリーマンや主婦の方々などからも、コンスタントに同じ内容のお手紙をいただきます。
 ところが、私は「友人紹介業」ではないので、なかなかそのような作業の時間を取ることはできず、ご要望に沿えないままでご迷惑をおかけしています。何か、良いシステムでもあればと思うのですが、思いつきません。もちろん、私に秘書や弟子でもいれば、実務作業を任せてしまうことができるのですが、私一人ですべてを処理しており、秘書や弟子をつくる意思も、養うお金もありませんので、そうもいきません。
 このお手紙の方は、僧侶でもいらっしゃるわけですから、私の著書のような人生論を語る僧侶仲間がいらっしゃるはずなのですが、やはり、僧侶として仏典を語る仲間と、私の著書に共鳴して「生きがい論シリーズ」を語る仲間とでは、本質的に異なるのでしょう。
 ご紹介するにしても、僧侶の方がいいのか、福祉施設の方がいいのか、まったく関係のないご職業の方がいいのか、同年代の方がいいのか、近隣地域の方がいいのか、同性・異性の方がいいのか・・・・・・などと考え込んでしまうと、まるで「結婚相手紹介業」のように、「ご希望のタイプは?」などとお問合せしてマッチングしなくてはならなくなり、ますます私の手には負えなくなってしまうというわけです。だからといって、本当に、誰でもいいから同じ日にお手紙をくださった方を適当にご紹介する、というわけにもいきません。

 私の著書に共鳴くださり、価値観を共有する「心友」たちと、「生きがい論」を大いに語り合いたい、と熱望される皆さん、ご希望に沿えなくて、本当にゴメンなさい。



8/19日版

 こんにちは!(こんばんは?)
 昨日、更新したばかりですが、またまた更新しています。
(こうして、思わぬ時に更新している場合があるのが、アクセス数を伸ばすコツでしょうか?)

 なぜ、連日更新しているのかというと・・・・・・実は、このところ、極度のスランプ状態にあり、筆が(ワープロが)まったく進んでいないので、何とか筆に(ワープロに)勢いをつけようとして、HPを更新しているというわけです。
 私にだって「スランプ」というものがあり、読者の皆さんにもご経験がおありのように、スランプ状態におちいると、仕事がまったく進まなくなってしまうのです。皆さんにも、それぞれご自分に適したスランプ脱出法がおありのはずですが、私の場合は、「旅に出る」「山に登る」「温泉に浸かる」「音楽を聴く」「ギターを弾く」という5大脱出法に加えて、こうして「まず、筆が進む小文から書き始めてみる」という方法がフィットするのです。

 つまり、裏を返せば、もしも私が「時間破産している」などと申しながらも連日連夜の更新を続けているようならば、それはおそらく、「本業の研究・執筆作業がスランプ状態にあるので、とりあえずウォーミングアップとしてHPを更新している」という状況を示しています。
 有名なスポーツ選手にも、必ずスランプというものがあって、大打者が突然に打てなくなったり、大投手が長い間に渡って勝ち星に見放されたり、エース・ストライカーのシュートが全くゴールに入らなくなったりしますよね。その状態を何とか乗り越えると、そのブレイクスルーによって、また一段と素晴らしい選手へと成長していくものです。きっと、「スランプ」というのは、人間が一段高い次元へと成長する際に必要な、エネルギーを溜めて、視野を広げ、視点を変え、ブレイクスルーを起こすための、貴重な状態なのでしょう。

 私も、早くこのスランプ状態を脱するためのブレイクスルーを起こさなければ、9月10日が締め切りの『ブレイクスルー思考』の原稿が書けません。このままでは、私にしては珍しく、締め切りを守れなくなってしまいます。何とかしなければ・・・・・・などとアセってしまうと、実は、ますますスランプの底なし沼にはまってしまうものなのですが、そうとわかってはいても、迫り来る締め切りにPHPの編集者の顔(ちなみに実名を明かすと、順子さんです)が目に浮かび、ついつい絶望してしまう私です。

 昨日、お盆休み明けに久しぶりに大学の研究室へ行くと、大量のお手紙が溜まっていましたが、その中に、このようなお手紙がありました。

********************

 
初めまして。
 私は1*才で、先日、母親を亡くしました。母を亡くしてから、毎日泣いていました。後悔ばかりしました。
 別の本をさがしに本屋さんに行って、偶然、飯田先生の本を見つけたのです。今思うと、先生の本と出会わせてくれたのは、母だったのかな、なんて思います。
 私の母は、心筋梗塞と脳梗塞で、突然、言葉がしゃべれなくなりました。なかなか母の言いたいことが理解できずに、自分自身に腹が立ったこともありました。でも、理解できた時は、すごく嬉しくてたまりませんでした。最後は、食事もほとんど食べられなくなり、歩くこともできず、病院の先生や看護婦さんの言うことも聞かなくなって、亡くなりました。
 今までのいろんな想いがめぐって、私は、自分が狂ってしまいそうでした。つらかったです。どうして、自分はこんなにつらい思いをしなければならないのか? どうして、母は、あんなにつらい思いをしながら死ななくてはならなかったのか? 飯田先生の本に出会うまでは、毎日、そんなことを考え、自分を責めてきました。

 でも、今は違います。先生の本を読んで、すごく前向きになりました。そのように学びの計画をして生まれてきた母に対して、親のありがたさを実感しています。本当は、母がまだ生きている時に先生の本を読んで、母に「産んでくれてありがとう」と、ちゃんと言葉で伝えたかったです。でも、この感謝の気持ちが、母に伝わってくれてると信じています。
 私は今まで、死ぬことが恐かったんです。死んで、自分という存在がなくなってしまったら、どうなるのだろうと不安でした。でも、もう恐くはないです。死んでも、また母に会えると思えるようになったからです。時々、母がここにいない寂しさが押し寄せてきて、涙が出てきてしまう時もあるけど、そんな時は、先生の本を開いて、また読み返したりしています。
 本当の故郷へ帰った母の幸せを祈りつつ、私自身も、これから全てのことに、愛をもって生きてゆこうと思います。
 先生の本に出会えて、ほんとにほんとに良かったです! ありがとうございます。私の宝物です。
 話が長くなってしまって、ごめんなさい・・・。
 これからも、お仕事がんばってください!!


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 ・・・・・・私にとっても、本当に嬉しいお言葉です。このお手紙を、こうしてワープロで書き写しているうちに、私自身が、どんどん癒されていくのがわかります。言葉の力、そこに込められたお気持ちの力って、すごいですよね。私は、つらいことがあって傷つくたびに、いつも、読者の皆様からの温かいお手紙を読み直し、傷口を癒します。そうすれば、また、頑張って、少しでも世のため人のためになるような本を書くぞ、という元気が湧いてくるのです。私の研究・執筆・講演活動の動機を、正しくご理解くださる読者の方々がいらっしゃる限り、そして、このようなお手紙が毎日たくさん届く限り、自分にできる役割・使命を、精一杯に果たしていかなければと思っています。

 それでは、だんだん筆が(ワープロが)滑らかになってきましたので、何とかブレイクスルーして、『ブレイクスルー思考』の執筆に挑戦してみようと思います。はてさて、スランプ脱出は、いつになるのでしょうか? (本当に脱してしまうと、HPを更新している暇などなくなってしまう、という矛盾も抱えているのですが・・・・・・)



8/12日版

 世の中は、お盆休みに突入したようですね。
 私と言えば、仕事のかたわらで、親孝行に精を出しています。

 私はテレビをほとんど見ないのですが(1週間に合計2時間くらいでしょうか)、なぜか「帰省ラッシュ」のニュースは大好きで、つい各局のニュースをハシゴして、「おっ、そろそろ高速道路も渋滞し始めたな! 新幹線は・・・」などと、見入ってしまいます。
 青森の「ねぶた」、秋田の「竿灯」と、ここ数年、夏は素晴らしいお祭りを観に行ったので、今年は山形の「花笠まつり」に、両親を誘って行ってみました。夕方に山形新幹線で出かけ、1時間少々で山形に着き、8時すぎにはまた新幹線で帰ってくるという強行軍でしたが、「花笠まつり」も、とっても良かったです。さすが、有名な祭りは違いますね。
 それに引き換え、わが福島の「わらじ祭り」(地元の人以外は誰も知りません)ときたら・・・・・・どうにかならないものでしょうか。まぁ、祭りというのは地元の人が楽しむためのものであって、有名になる必要はないと言えば、その通りなのですが。毎年、「わらじ祭り」(名前からして泣けてきますよね)の時だけは、「おお、福島にも、こんなに人がいたのか」と驚くほど、駅前通りがにぎやかになります。



7/22日版

 あまりのことに、私は虚脱感にとらわれています。今夜も仕事が山積みなのですが、どうしても、書かないではおれません。

 昨晩、21日版を更新した時点で、19354アクセス、そして一夜明けて、今朝の11時に起床(就寝は5時すぎ)した段階で、19649アクセス。「これは、オフィスのパソコンを使用なさっている方が一斉に挑戦可能になる、昼休みが勝負だな」と予想しつつ、午後1時前に開いてみると、すでに20036番目でした。何と、11時から13時までの2時間で、400アクセスほどに達していたのです。約1日の間に、1000アクセスほども増えていました。
 実際に、「今回こそ、20000人目をゲットして、3大特典を手に入れます」と挑戦なさる方々から、たくさんのお手紙やEメールをいただいていましたので、「やはり、今回も激しいアクセスバトルが繰り広げられたか!」と驚きつつ、「どこのどなたが当選なさったのだろう?」と、本当に、大いに楽しみにしていたのです。

 と、ところが・・・・・・聞くも涙、語るも涙の物語です。あまりの虚脱感に、皆様にお伝えするのは大変つらいのですが、泣く泣くお知らせせねばなりません。本日の夕方、一通のメールが届きました。私が大学時代に一番親しかった悪友で、自ら勝手に「飯田の小姑」と称し、私の本やホームページを読んでは色々と「いちゃもん」をつけてくる、口うるさい「K」(本田自動車本社の人事担当)からのメールです。

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ゴメンナサイ!!

昼休みに飯田さんのHPを開けて、更新ボタンを押したらば、私が20000人目のお客様になってしまいました。
特別装丁本は欲しいけど、お話もメールアドレスもいつでも実現できるし・・・ほんとに困った困った・・・・・・・・

それとも、権利を行使して、家に遊びに来てもらおうかしら。
これを機会に福島の温泉に遊びに行くっていうのもいいかもしれないし。

それともどなたかに権利をお譲りしましょうか? どうしましょう・・・・

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 ・・・・・・ひ、ひどい! ひどすぎる!!
 よりによって、いちばん当たって欲しくない男に当たってしまうとは!!
 私は、「え〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」と絶叫したきり、しばし茫然自失状態でした・・・・・・

 1日で1000アクセスにも達したことを見ても、日本中に、「20000人目」の特典、特に「お話券」を目指して、必死の努力をなさった方々が、たくさんいらっしゃったというのに・・・・・・長年に渡って家族ぐるみで付き合ってきた悪友(もはや親友ではありません)が、何の気なく開いてみたら当選してしまったとは!!

 日本中の、善良なる挑戦者の皆さん、本当に、本当に、ごめんなさい。
 どうか、気を取り直して、「
30000人目」に挑戦なさってくださいませ!!



7/21日版

 大ピンチです!!
 原稿締切りに追われ、今度こそ本当に、ホームページを更新するわずかな暇さえも、なくなってしまいました。寝ている時以外は、食事や大好きなお風呂の時間も惜しんで、原稿書きに専念しています。新幹線に乗っても、飛行機に乗っても、常に携帯用パソコンに向かっています。これから数日間は、1日に最低15時間はパソコンに向かわなければなりません。したがって、今回の更新は、たったのこれだけが精一杯です。ごめんなさい!!

 なお、あと2〜3日のうちには、とうとう20000人目の方が大決定します。今回も、10000人目の時のような、激しいバトルが繰り広げられるのでしょうか? だとすれば、もしかすると、もう今夜中に20000人を突破するかもしれません。狙っていらっしゃる方々は、今夜から明日にかけて、パソコン画面から目が離せませんね。何しろ、10000人目の時は、約1日で700アクセスを超えてしまいましたから・・・・・・「19800くらいになったら、パソコンの前に座り込もう」などと悠長なことを考えていたら、ちょっと気を抜いた隙に、あっという間に20000を超えてしまっているかもしれません。

 私が次にこの画面を開く時には、きっと20000アクセスを超えているでしょうから、今のうちに申し上げておきますね。
 
20000人目の方、当選おめでとうございます!!  ご連絡をお待ちしています!
 



7/15日版

 今夜もまた、朝まで原稿書きです。昨日、PHPの編集者の方々が福島までおいでくださり、何と「8月に、しばらくお好きな宿にこもって、原稿執筆に専念いただきます」との宣告をくださいました。「日本全国どの宿でも、私の好きな宿にしばらく監禁され、PHPが交通・宿泊・飲食・入湯費など全てを負担する代わりに、私が原稿を書き上げる」という交換条件です。いわゆる「拉致監禁」のようにも思えますが、まあ、そこは深く考えないで、監視役の編集者と露天風呂にでもつかりながら、ゆったりと・・・・・・とはいかないでしょうね。手塚治虫や藤子不二夫の伝記ドラマによく出てきたシーンですし、今でも、売れっ子漫画家やベストセラー作家の方々は、ホテルに「缶詰め」にされて原稿執筆を強要されることがあるらしいですが、何と、この私自身がそのような状況に陥ろうとは、思ってもみませんでした。そう言えば、サザエさん家の隣に住む作家の「いささか」さんも、ノリスケに監視されながら原稿を執筆していましたっけ・・・・・・こうなったら、どこか山奥の一軒宿に立てこもって、一気に新刊「*********」を書き上げてしまうしかありません。そうすれば、「ぜひとも、読書の秋である10月中には、飯田先生の新作を世に問いたいんです」というPHPの編集者(偉い上司からの勅命を受けて、私を説得に来たのだそうです)の執念が、私に勝利することになるというわけです。さて、PHPの拉致監禁作戦、果たしてどうなることでしょうか? ・・・・・・読者の皆様は、きっと、編集者の味方なのでしょうね?

 さて、うかうかしているうちに、今度は「
20000人目」が近づいてきました。見事に「20000人目」になられた方は、前回の「10000人目」と同じく、「20000」と表示された画面を印字するか写真に撮って、私の研究室までお送りください。今度もまた、豪華3大特典(私のメールアドレス、世界に15冊しか存在しない「生きがいの創造」特別装丁本、そして「お話券」)を、差し上げます! どうぞ、挑戦してみてくださいね!



6/18日版

 今、まさに、6月17日が終わり、18日になろうとしています。私は、クタクタに疲れています。結局、2時間ほどの睡眠で、東京へと向かいました(以下17日版を参照)。でも、心はとっても元気です。

 皆さん、私に祈りの力をお送りくださり、本当に、ありがとうございました。皆さんのおかげで、皆さんに守られて、東京も福島も、無事に講演を終えることができました。しかも、結局、誰一人として、私に反論や怒りをぶつけてくる人は現れませんでした。拍子抜けするくらいに、平穏なままで終わりました。
 
 まず、東京での講演は、超一流企業の常務・専務・顧問などの方々がズラリと20名ほどおそろいになり、私がお話したあとで、様々な質問を矢継ぎ早に浴びせてくださいました。そして、私がひとつひとつ誠意を込めてお答えすると、すべてご納得くださり、批判的意見や反論は、一切出ませんでした。そして最後には、はっきりと、「我々OBは、飯田君を応援している。ぜひとも、堂々と生きがい論の研究を続けてくれたまえ。そして、本学の名前を、大いに高めてほしい。よくぞ、このような画期的な本を書いてくれた」とまでおっしゃってくださり、私が持参して差し上げた『生きがいの本質』に、多くの方々が、サインを求めてくださったのです。

 次に、福島での講演は、学部長をはじめ重要人物が多数お聞きくださっているという過酷な状況で、120名(例年の総会の2倍近い参加者だとか)ものお偉方を前にしての講演でした。たった45分間しかなかったため、どうしても消化不良な内容になり、要点のみを羅列して「詳細は著書をご参照ください」とばかり連呼するしかありませんでした。そのせいか、講演後に謝辞をくださった方のご挨拶では、「よく理解できない部分の多い講演だったが、もっと心の面を重視しなければならない時代に入ってきているのかな、ということはわかった」という、歯切れの悪い評価でした。私は、「やはり時間が短すぎたか・・・どうやら評判は悪そうだな」と、落胆していました。

 ところが、講演後の懇親会になると、たいへん多くの方々が私のところに名刺交換においでくださり、「君の本はほとんど読んでいるよ」とか「今日の話を聞いて、ぜひ読みたくなった」「自分も、君と同じような仮説を持っていた」「眼からウロコが落ちた」などとおっしゃってくださったのです。結局、批判や攻撃をなさる方は誰一人として現れず、むしろ他の同窓会支部長さんからも、「ぜひ、うちでも講演してください」とご依頼をいただくくらいでした。中には、わざわざ、「有名人になっても、他の大学に移らないでくださいよ」とか、「ぜひ、世界初の『生きがい学教授』を目指してくれ」「うちの妻が大ファンでね、今日も来たがってたんだが、OBじゃないし・・・」と、激励に来てくださる方々も。
 しかも、会場となった「エルティ」で会場責任者をしていた20代の男性が、たまたま私の講演を会場の隅で聞いていたらしく、「すごい話を偶然に聞けて、大感激しました! いったい、先生のどの本から読めばいいですか?」と、こっそり聞きにおいでになるというオマケ付き。

 かくして、運命の一日は、非常に短い講演時間という厳しい制約を考えれば、「大成功」と言っても良いほど、うれしい結果に終わりました。「杞憂に終わる」という言葉がありますが、まさに、不思議なほど平穏無事に終わり、多くの方々から力強い激励をいただきました。

 これもすべて、私のために祈ってくださった、皆様のおかげです。夕方、福島の会場「エルティ」へ着くと、なんと3名の方々から私あてのFAXが届いており、「HPで見ました。うまくいくように祈っています」と書いてありました。どうやら、「エルティ」という会場名が書いてあるのを見て、番号案内で調べて送ってくださったようです。読者の皆さんの発想と実行力、恐るべし!
 また、先ほど自宅へ帰ってパソコンをつけると、10名以上の方々(遠くはカナダの読者)から、「今日一日、祈っています」というメールが届いていました。おそらく、メールを送ると私に迷惑ではないかと考え、迷った末に送らなかったという方々や、送りたくてもアドレスを知らないので送れなかったという方々も、大勢いらっしゃるに違いありません。すべての方々に、涙が出るほど感謝しています。

 私は、いま、とっても幸せです。



6/17日版

 ・・・ここに書くべきかどうか、大いに迷ったのですが、やはり皆さんのお力をお借りしたいので、思いきって書くことにいたしました。私だけの力では、足りないのです。

 現在、6月17日の、午前1時15分です。実は、本日(6月17日)は、私の今回の人生を左右する、とても重要な日です。本日の結果がどのように出るかによって、私は、このまましばらく福島大学に留まるか、それとも福島大学を辞めてしまうかを、決めることになるでしょう。

 本日、午前11時30分から1時すぎまで、東京のある場所で、福島大学の有力OBの方々(一流企業の幹部が揃っています)のお招きで、講演をいたします。終了後、すぐに福島に戻り、午後6時からは、福島駅前のエルティという場所で、福島大学同窓会総会の記念講演をさせていただきます。いずれも、学長・学部長のご了承のもとで、学部長から直接に依頼いただいたもので、双方とも、講演タイトルは「生きがいの本質 〜私たちは、なぜ生きているのか」です。
 皆さん、これが、どのように重要な意味を持つ特別な出来事か、おわかりですよね。何と、大学内で大いに嫌われている私の異端的な研究内容を、大学・学部のトップを通じた依頼によって、同窓会で公式にお話させていただけるということなのです。昨年までならば、絶対に考えられない展開です。私自身、学部長に直接呼び出された時には、「どのようなお叱りを受けるのだろう」とビクビクしながら学部長室へ行きましたので、講演を依頼された瞬間には、「えっ?・・・ほ、本当に、私なんかでいいんですか??」と、耳を疑って返答ができませんでした。私にとっては、天地がひっくり返るほどの驚きだったのです。

 そして、ついに、今日、その日がやってきてしまいました。講演をお受けしてはみたものの、講演会場には、私に反感を持つ先生方やOBの方々が、大勢いらっしゃいます。そのような筋金入りの唯物論者の方々を前にして、私は、たった45分間しか時間を与えていただけません(いつも、講演は2時間〜2時間半をいただきます)。私に与えられた45分間で、敵意をお持ちの方々に対して、私はいったい何をどのようにお話すれば良いのでしょうか?
 下手をすると、私の話の隙や矛盾点・疑問点などを鋭く突かれ、私は、罵声と怒号のなかで壇上で立ち往生してしまうことになるかもしれません。そして、「あんな奴をなぜ雇っているのか」などという悪評が広まってしまったならば、私の存在が大学にご迷惑をおかけしていることがいよいよ明らかになるので、私は自ら、いさぎよく辞職するつもりです。OBのお偉方や先生方の前でお話をするということは、大変な名誉であると同時に、大変なリスク(危険)をも伴うことなので、私は、「ありのままをお話して、ご理解が得られなかったら辞職しよう」という覚悟を決めたうえで、今回のお話をお受けしました。

 しかし、もしかすると、「何だ、飯田は怪しい奴だという噂ばかり聞いていたが、実際に話を聞いてみると、意外にまともな奴じゃないか」と、私のことをご理解くださり見直してくださる方々も、いらっしゃるかもしれません。そうなれば、今よりも少しは、居心地が良くなるかもしれないのです。自分が真面目に「生きがい」を研究しているのだということを、大いにアピールするチャンスでもあるのです。おそらく、講演の後の懇親会では、色々な方々が様々なことを私におっしゃることでしょう。そのお一人お一人に対して、私がどれだけ誠意を伝え、誤解を解き、ご理解を得ることができるかということも、私の今後を大いに左右します。

 このように、本日は、朝から晩まで、「大ピンチ&大チャンス」の連続です。実際、同窓会事務局の方々によると、「今回は参加申込者がたいへん多くて驚いている」とのことでした。私が記念講演を行うこと以外はいつもと同じプログラムなので、良くも悪くも、お目当てが私の話であることは明らかです。「話題になっている飯田という人物を品定めしてやろう」と、全国から集まっていらっしゃる大先輩の方々に対して、私は、果たしてどのような印象・評価を与えることになるのでしょうか。悪評が広まるようでしたら、私は辞職へと追い込まれることでしょう。しかし、もしも皆様の誤解を解き、「少なくとも、真面目で誠実な人間だ」という印象を抱いていただくことができれば、このまま大学に籍を置くことが可能になるかもしれません。まるで受験生の気分で、身体は疲れ切っているのに、不安と心配で心臓がドキドキして、全然眠れません。このまま、最悪の体調で、この大切な日を迎えることになりそうです。あと4時間後には、もう起きて東京へと向かわなければなりません。

 しかし、私自身が、『生きがいの本質』で書いていますよね・・・・・・ベストを尽くした結果がどのようになろうとも、それが私にとって、長い眼で見た最良の結果なのです。私にできることは、いつもの講演どおりに、限られた時間の中で自分の力を精一杯に発揮しようと頑張り、ベストを尽くすこと・・・・・・ただ、それしかありません。その結果、大学を追われることになろうとも、大学に残ることになろうとも、それが私にとって、最善の結果なのです。どちらの結果になろうとも、その結果を受けて、またその道を進みながらベストを尽くすだけのことなのです。

 ・・・・・・とは言っても、私も、ただの人間です。この大切な日を前にして、不安と緊張に押しつぶされそうになり、誰かにすがりつきたいほど追い詰められています。そこで・・・・・・このホームページの読者の皆さん、どうか、私に、今日1日だけで結構ですから、力をお貸しください。どうか、私のために、「最善のことが起きますように」と、祈っていただきたいのです。日本中、いや、世界中からいただく、その祈りのパワーに包まれて、私は今日一日に、精一杯、ベストを尽くしたいと思います。私には、いま、皆さんのお力が必要です。どうか、よろしくお願いいたします。




6/9日版

 さっそく届きました!
 しかも、速達です。

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 前略
 「10000」と数字の入ったホームページのプリントを同封いたします。3大豪華特典、お願いいたします。

 私も色々な事情があり、先生の本にはずいぶん助けられました。先生の本は、あるお坊さんから勧められて購入しました。
 とりあえず、今は仕事中なので、先生のメールアドレスを教えていただいた後、ゆっくり本の感想でも連絡させていただきます。
 「10000」取得の苦労話も、またゆっくりと、させていただきます。

 では、ご安心してお付き合いいただくために、私の身元について書いておきます。

 氏名:****
 年齢:1966年2月11日生まれ、33才
 仕事:コンピュータ・ソフトの開発
 住所:東京都 *** ***
 家族:妻と娘2人

 それでは、特典、お待ちしております。 草々
********************

 何と、やはり思った通り、仕事中に(仕事そっちのけで?)、「10000人目」を目指して、たいへんご苦労なさったようです。
 しかも、私と同じく、小さなお嬢さんがいらっしゃるとか。どんなに素敵な奥様なのでしょうか。「お話券」でお会いするのが、楽しみです。

 とにかく、企画倒れにならなくて、ほっとしました。
 本日は、「10000人目を目指したけれどダメでした」という声を、たくさんいただきました。
 残念ながら今回は逃した方々、ぜひとも、次の「20000人目」のチャンスを、お楽しみに!



6/8日版

 え〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!??
 私は、びっくり仰天しています。いったい、どうなっているのでしょうか??
 さっぱり、わけがわかりません!!

 昨日、更新したのが(下記6/7版)、6月7日の午前3時前後だったでしょうか。その時点で、アクセス計の数字は、「9465」でした。私は、毎晩、寝る前にメールをチェックするついでにホームページのアクセス計を記録しておくので、正確な数字がわかるのです。
 ちなみに、一昨日の夜は、「9303」でしたから、1日で約160人ほどのアクセスがあったことになります。そこで、私は「このペースでいくと、3日後くらいに10000アクセスに達するかな」と推定しました。
 そして私は、7日の午前4時頃に、眠りについたのです。

 ところが、一夜明けて、7日(日付は同じ7日ですが、睡眠から目覚めた後)の午後3時頃に、メールを送ったついでにホームページをのぞいてみると・・・・・・私は、我が目を疑い、思わず「ね、ねえ、ちょっと来てよ!」と、妻を呼び、他人の目で確認してもらいました。

 何と、アクセス計の数字が、「
10056」となっているではありませんか!!
 しかし、つい12時間ほど前に見た時には、「9465」だったのです。つまり、たった12時間ほどの間に、10056−9465=591ものアクセスがあったことになるのです!
 つい数日前、私の誕生日前後に、1日で200アクセスを超えた日がありましたが、何と、半日で591ものアクセスが殺到したとは・・・・・・信じられない現象なのですが、確認してみたところ、サーバーの故障でもなく(故障したら、むしろ止まってしまうかゼロに戻ってしまうとのこと)、もちろん我が家の誰もパソコンをいじっていないので(妻子は全くパソコンに触れませんし、アクセス計の数字を操作するには高度な専門知識が必要です)、実際に起こった現象だと判断するしかありません。

 考えられるとすれば、7日の朝から午後にかけて、土日をはさんで会社に出勤した方々が職場のパソコンで私のホームページを一斉に開いたところ、一気に数字が9800くらいまで跳ね上がり、「こ、これは、今日中に10000アクセスに達するかもしれないぞ」と判断した読者の方々が、10000を目指して(仕事そっちのけで)アクセスを繰り返した結果、半日で591にも達してしまった、という真相です。
 私のアクセスカウンターは、回線をつないでいる限り、他の誰かがアクセスしなければ、何度のぞいても数字は変わりませんから、数字を進めるためには、わざわざ電話回線を切って、再びダイヤルし直さなければなりません。そんな手間のかかる機械的作業を繰り返した方々が、ずいぶんいらっしゃったことになります。きっと、7日の朝から午後3時前にかけて、パソコンの前に何時間もくぎ付けになったまま、「10000人目」を目指してアクセスを繰り返した方々が、日本中に大勢いらっしゃったに違いありません。おそらく、今にも「10000」前後に達しそうだという時間帯には、日本中(世界中?)の多くの方々が殺到し、画面を1回更新するだけで、数字が何十も跳ね上がったことでしょう。私の知らないうちに、「10000」アクセスを狙って、多くの見えない読者同士が、熾烈なバトルを繰り広げていらっしゃったのです!

 とにかく、そのような修羅場の中で、ちょうど「10000人目」になった方は、たいへんな偶然に恵まれた方だということだけは確かです。いったい、どこのどなたなのでしょうか? どうぞ、証拠となるプリント紙か写真を、私の研究室までお送りくださいませ。

 ちなみに、この文章を書いている今(7日の午後10時45分)、もう一度のぞいてみると、「10159」になっています。きっと、7日の夕方以降にアクセスなさった方々は、一気に跳ね上がった数字を見て、私と同じように、「!!!」とびっくりされたことでしょう。10000アクセス目を狙いながらも、「まあ、おそらく3日後くらいだな」と目星をつけていらっしゃった方々は、予想外の急展開に、「し、しまった、読みが甘かったっ!」と、肩をがっくり落とされたのでは・・・・・・

 さて、「お話券」は、どこのどなたに渡るのでしょうか? 私は、いったい、日本のどこにおうかがいすることになるのでしょうか? 今から、ワクワクしてきます。
 なお、「お話券」は、他人に譲渡なさってもかまいません。「べつに、飯田と話なんか、したくないや」と思われる方に渡ってしまった場合は、どなたか、「お話券」に価値を感じてくださる方がいらっしゃいましたら、「こんなもので良ければ、あげるよ」と、差し上げてください。とにかく、少しでも喜んでくださる方に、「お話券」が渡りますよう願っています。(今、正確には7日の午後11時7分。まだ8日にはなっていませんが、下記6/7版と混乱するといけませんので、「6/8版」としておきます。)



6/7日版

 37才の誕生日を迎え、5才の娘から、「プレゼントボックス」(と言えば聞こえは良いが、実はお菓子の空き箱)を頂戴しました。
 空けてみると、私の似顔絵、折り紙で作った花、意味不明の工作品、だんご3兄弟のミニチュア、ゴミのようにしか見えない紙クズなどが入っていました。大いに感謝の弁を述べた後、ゴミのような紙クズだけ取り出して、「ゴミが混じっているのだな」とゴミ箱に捨てようとしたところ、「あ〜! それ捨てちゃダメ!」と叱られ、「それは、ボールなの」と説明を受けました。よく見ると、紙クズがボール状に丸められているかのようにも、見受けられます。「あ、ゴメン、ゴメン」と、平あやまり。

 なお、娘は「だんこ3兄弟のミニチュア」(スーパーの隅に置いてある、100円を入れてハンドルを回転させるとプラスチックのカプセルに入って出てくるチープなおもちゃ)を見つけ、「あれ? 何でここに入ってるの? これ、私のよ」と取り出し、持って行こうとするのです。私が、「え? それ、お父さんにくれるんじゃないの?」と追いかけると、「ダメよ! これは私のよ。大事なんだから」と、急ぎ足で自分の部屋に持って行き、どこかに隠してしまいました。
 とにかく、「キノコの絵」ではなかったので、一安心。娘に「去年は、上手なキノコの絵をくれたよね」と尋ねてみると、「何、それ? 何のこと?」と、すっかり去年のことなど忘れ去っている様子。私がほっとしていると、「欲しかったら、書いたげようか? キノコさんの絵ね?」という思わぬ展開になってしまったので、あわてて話題を変えました。

 ちなみに、私はキノコが大好きで、「キノコスパゲティ」「キノコ雑炊」「キノコ汁」「キノコピザ」「キノコご飯」「キノコカレー」「キノコうどん」「キノコぜんざい」(そんなの無いか?)など、しばしば注文します。おそらく、そんな私の習性を娘はじっと見ていて、「お父さんはキノコが大好きなんだ」というイメージが出来あがり、昨年の誕生日プレゼントに「キノコの絵」を書いてくれたものと思われます。
 そう思うと、娘がとっても愛しくなり、思わず抱きしめてしまいました。ついでに、「ねえねえ、大人のお姉さんになっても、お父さんに抱っこさせてね」と哀願すると、「いいよ〜。お尻もさわっていいよ〜」と、たいへんうれしい発言が返ってきました!

 窓の外は、大雨です。私は雨が大好きなので、これからちょっぴり、深夜の雨天ドライブに出かけてリフレッシュしてきますね!



6/2日版

 ごめんなさいっ!
 昨日、更新したばかりなのですが、妻に大きな間違いを指摘されたので、あわてて訂正しておきます。
 昨日の更新(下記参照)で、「6月3日は、私の38才の誕生日」と書いてしまいましたが、実は、妻によると、「何言ってるの? 私がまだ30才なんだから、あなたは今年で37才じゃないの」とのことでした。つまり、私は現在36才で、6月3日をもって37才になるのだそうです。
 読者の皆様、たいへん失礼いたしました。

 なお、刻々と近づく「
ホームページ訪問10000人目記念」は、いったい、どこのどなたになるのでしょうか!?
 このペースでいくと、10日後前後に達成されそうです。
 記念すべき「10000アクセス目」となった方は、どうぞ、「10000」と数字が入ったパソコン画面を印字するか、写真に撮って、私の研究室(〒960−1241 福島市 福島大学 経済学部 飯田研究室」までお送りください。私から、以下の豪華特典をお送りいたします!

 特典1: このHPの「研究室探検ツアー」のページでご紹介している、
世界に15冊しか存在しない、特別限定製作版の『生きがいの創造』(化粧箱入りで、金粉がまぶしてあります)のうちの貴重な1冊を、差し上げます! もちろん、「○○さんへ」と、あなたのお名前を明記したうえでのサイン入りです。

 特典2: 私の、
極秘のメールアドレスをお教えします! これで、あなたも、私の個人的なメール友達です。


 特典3: 何と、私との「
お話券」をプレゼント! 「お話券」とは、今度、私が仕事や講演などで、あなたのお近くに行った場合、必ず足を延ばして、あなたがご希望の日時に、ご指定の場所へおうかがいして、「お話」をさせていただくお約束のことです。「飯田さんに一度会ってみたいけれど、近くで講演もないし、福島まで行くのも無理だし」とおっしゃる方は、どうぞ狙ってみてくださいね。この「お話券」さえ手に入れれば、そのうち私の方から、必ず、あなたのもとへ出向いて差し上げます。(ただし、日本国内に限らせていただきます)

 以上、お金に換算できない3大豪華特典を狙って、どうぞあなたも、「10000人目」にチャレンジしてみてくださいね!
(なお、宝クジのような「前後賞」はありませんので、ぴったり「10000」という数字でなければなりません)



6/1日版

 6月3日(木)は、私の38才(あれ?37才でしたっけ? 実は、自分の年齢がよくわかりません)の誕生日です。娘は、ずいぶん前から「誕生日プレゼント」と称して、私に画用紙や折り紙で何か製作してくれているようですが、いったい何をくれるのでしょうか?
 ちなみに、昨年の誕生日には、当時4才の娘から、なぜか「キノコの絵」を頂戴し、ありがたく仕事部屋に飾っておきました。「どうしてキノコの絵なの?」などと、決して尋ねてはならない雰囲気で、得意げにプレゼントしてくれました。
 今年のプレゼントは・・・・・・「キノコの絵」以外ならば、何でも喜ぶつもりです。先日も、「プレゼントを空けてみたら、またキノコの絵だった」という悪夢を見て、うなされてしまいました(笑)。



5/21日版

 今夜は、至急の仕事が山積みで大忙し(朝4時頃までには寝る予定)なのですが、やむを得ず更新です。「このあいだ更新したばかりなんだから、無理しないで後日にすればいいじゃないか」と思われるでしょうが、読者の皆様とぜひともShareしたい(分かち合いたい)、速報性を求められる嬉しい情報が2件到着しましたので・・・・・・

(1)日経にお勤めの親友、Tさんからのご連絡

********************
 飯田先生、ご無沙汰しております。
 お身体の具合はいかがでしょうか? 『生きがいの本質』を読んで以来、このことが最も気になっております。
 実は、今頃になって恐縮ですが、今週月曜日発売の『日経ビジネス』5月17日号の書評欄(155頁)に、貴著の紹介が載りましたので、勝手ながらFAXにてお送りいたします。
 先日、店頭で『生きがいのメッセージ』を見つけ、読み始めたところです。しばらく先生とはご無沙汰しておりますが、先生からのメッセージを本やインターネットを通じて入手できるため、常に先生のそばにいるような気がしています。いつも元気づけていただいて、ありがとうございます。
 簡単ではございますが、別紙1枚とともにお送りいたします。
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 ・・・・・・『日経ビジネス』と言えば、日本を代表する経営誌であり、書店での市販は行わず、法人・図書館をはじめ、企業の管理職以上や研究者・学者などにのみ直販することによって、格調の高さを売り物にしていることで有名です。日本中の経営者や管理職の方々に多大な影響力を持つ、格調高いその書評欄で、私の著書を取り上げてくださるとは、何と光栄なことでしょう!
 さてさて、気になるその中身は・・・・・・

 新刊の森: 『生きがいの本質』 飯田史彦著、PHP研究所

 豊かな人生のための発想転換

 社会の中で人間が生き、行動する活力の源は「生きがい」だろう。筆者は、このような視点から人の生きがいについて独自の研究をする経営学者。既刊の『生きがいの創造』『生きがいのマネジメント』に続く完結編だ。
 家庭のトラブル、病苦や障害、仕事の挫折、学校でのいじめ・・・。人は時に、生きる張り合いを失い、親が自分を生んだことを怨んだりする。だが、もし人間が自らの意思で、生まれるべき場所を選んで生まれてくるのだとしたら、人生の意味は変わってくる。
 筆者は、幼児が往々にして誕生以前の記憶を持っており、彼らが共通して「自ら親を選んでその母胎に宿り、生まれてきた」と言う事例に注目する。そして、われわれはみな自らが成長するために、あえて病気や失敗といった課題を自分に課して誕生してくるのだと説く。どんなに不幸に思える人も、みなそうした課題を解きながら、「順調」に人生を歩んでいるのだ、と。
 生前の記憶、魂の不滅、前世の縁など、その論調は神秘めいてもいるが、筆者の主眼は、人生を前向きに発想転換させることにある。考え方ひとつで、人の心は救われる。現代人にとっての「癒し」とは何かをも考えさせる本だ。

 ・・・・・・何という、ありがたいお言葉でしょう! あの、色々なメッセージがテンコ盛りに入っていてゴチャゴチャしている『生きがいの本質』を、限られた字数で見事に整理・要約し、本書の「本質」を言い当ててくださっています。この書評をお書きくださった方は、きっと、相当な力量をお持ちの、「書評のプロ」として熟練した方でいらっしゃるに違いありません。(そもそも、あの『日経ビジネス』の書評欄を任されるほどの方ですから、そのくらいの力量は、当然のようにお持ちでいらっしゃるはずですが・・・)
 しかも、いわゆる「書評」としては、異例なほど高く評価してくださっている論調であり、「その論調は神秘めいてもいるが、筆者の主眼は、人生を前向きに発想転換させることにある」と、本書の内容を嫌うであろう「食わず嫌い」の人々に対して、誤解を解こうとするお言葉までくださっています。この一言で、どれほど多くの方々が、本書への「悪い先入観」を捨ててくださることでしょう。
 さらには、「考え方ひとつで、人の心は救われる。現代人にとっての「癒し」とは何かをも考えさせる本だ」とまで、言いきってくださるとは・・・・・・。
 
きっと、この方は、本書の書評を依頼されて、どのように論評してよいやら、相当お困りになったはずです。日本は何しろ唯物論の国ですから、私の著書などに高い評価を与えるかのような書評を載せてしまうと、唯物論の読者から多数の抗議が寄せられてしまう危険性があるためです。
 私は、この評者と『日経ビジネス』編集部の勇気に、ひたすら感謝するのみでした。日本企業・日本社会の未来は、このような良識と勇気にあふれる方々がいらっしゃる限り、まだまだ捨てたものではないかもしれませんね。


(2)書籍評論家、Oさんからのご連絡

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 前略 このたび、私が書評を担当しております『週刊大衆』(5月10日号)に、同封の書評を載せました。貴著は、本誌の読者層のような人々にはそぐわないとおっしゃるかもしれませんが、だからこそ私は、本誌の読者層にこそ、貴著を読んで欲しいと思っております。 草々

 ノンフィクション: 生きがいの本質 (飯田史彦、PHP研究所)

 思い通りにならないからこそ価値がある!

 書名から受けるイメージは、なんだか、とても難解な本のように感じられるかもしれない。ところが、これが実にやさしく、わかりやすく書かれているのである。
 著者は国立福島大学の経営学を専門とする先生。近年、著者は生きがいについて想いをめぐらし、『生きがいの創造』『生きがいのマネジメント』を出版、多くの読者から圧倒的な支持を受けている。
 本書の冒頭に、3歳と4歳になる幼児の話が載っている。それは母親が、その子供たちから話を聞いて驚き、著者に送ったものだ。そこでは小さい幼児たちが、生まれる前のことを鮮やかに記憶しており、生まれる前の楽しかったことを話している。
 著者はそこから、生まれる前の楽しく素晴らしい環境を捨ててきて、なぜ「思い通りにならない人生」に生まれてきたのかを考察するのだ。そして得た考えは、わざわざ「思い通りにならない」状況を体験すること、そこから「思い通りにならないからこそ価値がある」という仮説を引き出し、それを価値観(ものごとのとらえ方)として人生を考えるのだ。
 だれでも思い通りに生きたいと思うだろう。しかし、ほとんどの人は、その反対だ。そこに、どういう意味が隠されているのか。大変難しい世の中、本書を読めば、それこそ思いもよらぬヒントが出てくるかもしれない。
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 ・・・・・・何と、ありがたいご紹介なのでしょう! 恥ずかしながら、『週刊大衆』という雑誌は、広告で目次の見出しを見たことがある程度でしたが、まさに誌名にふさわしい読者層に対して、その読者層のニーズに適合した記事を届けて支持を得ている、という印象でした。上記の『日経ビジネス』とは正反対といってもよい、まさに「一般大衆」を徹底的に意識した編集姿勢には、そのプロ意識に頭が下がります。
 そのような徹底した目的意識を持つ媒体であることを重々認識しながらも、この評論家の方が自ら、「だからこそ私は、本誌の読者層に、貴著を読んで欲しいと思っております」とおっしゃってくださることに、私は深い敬意を表し、心から感服するのです。ふだん、大学教官の本などに目もくれないであろう方々に対して、だからこそ、ぜひとも『生きがいの本質』を薦めたいとおっしゃってくださること・・・・・・私にとって、これほど光栄なお言葉があるでしょうか。
 この方がおっしゃるように、『生きがいの本質』は、一部のインテリ層の方々のために書いた本ではなく、まさに社会の大部分を占める一般大衆・民衆の方々を激励し、勇気づけるために書いたものです。私自身、絵に描いたような「一般庶民」の出身なので、常に、一般庶民の視点から考察し、論述したいと思っています。その意味で、私は、「経営学者」として『日経ビジネス』の書評をたいへん光栄に思い、その一方で、ひとりの「人間」としては、『週刊大衆』の書評の方を、より強く光栄に思うのです。Oさん、本当にありがとうございます!

 ・・・・・・今夜は、仕事が山積みであるにもかかわらず、読者の皆様と上記のお手紙を分かち合いたかったため、つい長文の更新になってしまいました。これで、4時に寝るどころか、ほぼ徹夜になりそうです。さて、これから、明日締切りの仕事に取りかかります!



5/7日版

 あっという間に、ゴールデンウイークも終わってしまいましたね。
 私は、5月2日から4日までは、広島から遊びに来た新婚の弟夫婦を案内して、自家用車であちこちを回りました。2日は、吾妻スカイラインから裏磐梯高原へ抜けて、五色沼や雄国沼を巡り、大自然を満喫(するはずが、人ごみにうんざり)。3日は、早朝に出て蔵王の御釜をのぞいてから山寺(山形県・立石寺)に登り、松尾芭蕉が「しずかさや(しずけさや?)・・・」のセミの句を詠んだ現場を堪能(するはずが、人ごみにうんざり)してから、福島郊外の穴原温泉のホテル吉川屋へ。4日は、喜多方へ向かって名物のラーメンを食べ、会津若松の歴史博物館をじっくりと見学(するはずが、人ごみにうんざり)。かくして、何とか、渋滞の列を横目に「抜け道」を走り回って、旅のコーディネーター兼運転手の責務を果たし終えました。親友の加藤さん(福島県郡山市を代表するシティ情報誌「こおりやま」の編集長)から「お薦めの店」をたくさん教えていただいたおかげで、人ごみにうんざりしながらも、充実した旅になりました。

 5日は、子供の日。5才の娘の要望に応え、以前から約束していた駐車場のおもちゃ(娘は、女の子のくせにミニカーで遊ぶのが大好き)を買ってやり(しかし実際に支払ったのは、おばあちゃんである)、和菓子屋で柏餅を買って帰宅し、家族でささやかな祝宴をあげました(ところで子供の日って、子供の成長をお祝いする日でしたよね?)。娘にとって、一番のプレゼントは、私が長時間遊んでやったことのようです。
 このようにして、四方八方に奉仕しているうちに、ゴールデンウイークも終了。本日、久しぶりに大学へ出てみると、「休んだツケを支払え」とばかりに、溜まっていたお手紙・FAX・留守電の山でした。今後、7月末までは、週末や祝日でさえも講演や学会でびっしり埋まっており、休める日がありません。今から、夏休みを心待ちにしている、不謹慎な教師の私です。



4/30日版

 しばらく全くヒマがなく、深夜に帰宅してバッタリ倒れ込んで寝てしまっていましたので、10日ぶりの更新になりました。
 
 世の中は、いよいよゴールデンウイークですね。私の予定は・・・・・・広島から、新婚の弟夫妻がやってくるので、天気が良ければ、福島県が誇る(べつに誇ってないか?)一大リゾート景勝地、「裏磐梯から吾妻スカイライン」あたりをドライブして案内する予定です。特に、福島西インターチェンジから出て吾妻山に登っていく「磐梯吾妻スカイライン」は、超おすすめ! 絶景です!
 ついでに足を延ばして、盛岡(福島から高速で3時間)に「わんこそば」を食べに行こうか、それとも、秋田(高速で4時間)の「キリタンポ鍋」がいいか、新潟(高速で2時間)の「わっぱ飯」にすべきかなどと、いろいろ空想しながら楽しんでいます。
 旅の楽しさは、行き先やスケジュールを検討している時が、ひとつのピークですよね。もう少し、決定してしまわないで、いろいろ思い浮かべて楽しみたいと思っています。

 皆様も、素敵なゴールデンウイークをお過ごしくださいね。
 福島方面(東京から東北自動車道で3時間)においでになる方は、裏磐梯か吾妻スカイラインのどこかで、お会いしましょう!!



4/20日版

 5才の娘が風邪をひいて熱を出してしまい、今日は、大学のゼミナールを終えしだい自宅に直行し(とは言っても大学から自宅までは車で5分程度ですが)、とりあえず近くの小児科に連れて行きました。幸い、深刻な風邪ではないということで、一安心。この時期の福島は、昼間はシャツ1枚だけでも良いくらい暑く、夜になるとコートを着てもおかしくないほど冷え込むので、風邪が流行するのです。「お風呂に入りたいよ〜」と騒ぐ娘をようやくなだめて、ベッドに寝かせました。

 新刊『生きがいのメッセージ』(著書紹介のページ参照)の発売まで、あと一週間です。「過去の生きがい論シリーズと同じく、たいていの書店に並びますよね」とのご質問をいただくことが増えてきましたが、私自身には、さっぱりわかりません。なぜなら、今回は、PHPではなく徳間書店からの出版ですし、私の書き下ろしではなく編集書なので、書店も売れ行きの予想がつかないだろうからです。PHPの営業力は、ビジネス書に関してはたいへん優れているので、これまでは同じシリーズだということで、目に付きやすい位置に平積みで置いてくださることが多かったのですが、今回は徳間書店なので、過去の3冊と同じくらいの数を仕入れて目に付く場所に置いてくださるとは限りません。これまでのシリーズとは、全く別ものとして扱われる可能性も高いのです。どこか目立たない場所に1冊だけひっそりと入荷、などという書店が多いかもしれませんので(徳間書店さん、間違っていたらごめんなさい!)、まず店員さんに尋ねてみてくださいね。

 そう言えば、最近まれにみる怪奇現象を発見! 福島市の、某「ビブレ書房」という小さな書店では、これまでに私の本は置いてくださっていなかったのですが、つい最近になって、突然、『生きがいのマネジメント』が山積みに入荷していました(ちなみに、この小さな書店のお客様は中高生がほとんどで、ビジネス書が売れるような書店ではなく、雑誌とマンガが大部分を占めています)。しかし、1年以上も前の本を入荷させておきながら、新刊『生きがいの本質』は、いまだに1冊もありません。しかも、『マネジメント』以外の周囲の本は、みな最近出された新刊なのです。新刊に混じって、なぜ突然に今ごろ『マネジメント』が? 仕入れ担当者の方、いったいどうして?

 他店でビジネス本ランキングの上位に入っている私の本を入れないで、1年以上も前に出した古い本(当然ながらもうランキングには入っていません)を、突然に山と積むとは、いったい・・・・・・あまりにも特異なマーケティング戦略なので、経営学者の私には理解不能です。女子高生たちの冷たい視線を浴びるばかりで、全く売れる気配がありません。このまま、1冊も売れないで消え去ってしまうという、あまりにも不憫な生涯が予想され、その不可思議さに、涙も出ません。
 だからといって、お店の人に、「なぜ?」と質問する勇気も無い私です。・・・・・・もしかして、仕入れ担当者の方、出版社に出す注文書に、書名を間違って書きませんでしたか? そして、そのまま間違って入荷し、何の疑問も感じないままで山積みになっているとすれば・・・・・・ああ、何と恐ろしいことでしょう!



4/15日版

 本日は、大学で担当する「人事管理論」の第一回目でしたが、学生たちに混じって、私の講義に「密航」なさっている方々を発見!
 そのうちのお一人は、「おじさんから頼まれたんですが」と、私の講義をカセットテープに録音しても良いかどうか、確認に来られました。ご事情をおうかがいしたうえで、「どうぞ録音なさってください」とお返事しましたが、一応、大学の規定により、大学内での録音・撮影には事務官あるいは教官の許可が必要ですので、必ず事前に申し出てくださいますようお願いいたします。

 福島は、夏が暑くて冬が寒いため、「冷暖房完備」と皮肉られるほどの、盆地特有の気候です。京都大学から赴任して来られた先生方だけは、「こんなの京都に比べりゃましだよ」と平然とされていますが、京都って、それほど「冷暖房完備」なのでしょうか?
 この時期、昼間と夜間との気温差が激しいですから、どうか風邪など召されませんようお気をつけくださいね。



3/24日版

 今夜は、ようやく、ちょっぴりパソコンをいじる時間ができました。ほかのページ、超多忙のため、なかなか更新できないで、ごめんなさい。しかし、着々と、ほかの建設中のページも、更新の時が近づいています。もうちょっとです。もしかすると、次回には・・・・・・

 世の中は、春休みですね。私はと言えば、ここ数日、福島〜(新幹線+寝台特急)〜広島〜(寝台特急)〜東京〜(新幹線+在来線)〜渋川(伊香保)〜(新幹線)〜東京〜(在来線+私鉄)〜横浜〜(新幹線)〜福島と、『生きがいの本質』の講演で飛び回っていました。特に、寝台特急を往復で使って広島まで「日帰り」というのは辛かった・・・・・・何しろ、もと鉄道少年であった私にとって、寝台特急に乗って眠ってしまうことほど「もったいない」ことはなく、ついつい目を真っ赤にしながら、朝まで、車窓を流れる景色に見とれてしまうものですから。

 しかも、明日もハード・スケジュールです。私用休暇を取って大学を休み、福島の自宅〜(自家用車)〜福島駅〜(新幹線)〜仙台駅〜(バス)〜仙台空港〜(飛行機)〜小松空港〜(タクシー)〜小松駅〜(特急列車)〜金沢駅〜(快速列車)〜七尾駅〜(お迎えの車)〜講演会場(福祉施設)と、何と8種類もの交通機関を乗り継いで能登半島の七尾まで行き、着き次第、ほとんど休む間もなく2時間半の講演を行わなければならないのです! どこかでミスをしたり、どれかの交通機関が乱れたりすると、もう講演の開始時刻には間に合いません。スリルとサスペンス一杯の、インディー・ジョーンズの映画のような紙一重の乗り継ぎスケジュールです。さて、見事に間に合うでしょうか?

 今や、関西地区(伊丹空港)や博多(福岡空港)に行くのも、ほとんど福島空港(自宅から自家用車で片道90分)を利用して日帰り(早朝に発って午後に講演して夜の便で帰宅)です。いつも、このような乗り継ぎばかりして東奔西走しているのでは、身体を壊してしまうのも、当然ですよね・・・・・・平穏な「余生」は、いつ訪れてくれるのでしょうか?



3/16日版

 現在、早朝の3時・・・・・・デニーズ(ファミレス)南福島店で仕事(原稿の下書きと校正)を終え、自宅に戻ってきたところです。私は、時おり、深夜から早朝にかけて、デニーズに入り浸って仕事をします。私を見つけるために最も手っ取り早い場所、それが深夜のデニーズです。男がひとりで深夜のデニーズにいる光景は、それはそれは寂しいものです。しかし、本人は真剣です。集中して仕事をせねば、家に帰ってベッドに転がり込むことができません。「自宅でやればいいじゃないか」とおっしゃる方も多いでしょうが、我が家は、私の仕事部屋の机のすぐ後ろにベッドが置いてあるため、仕事にうんざりすると、ついついベッドに横になってちょっと休憩・・・・・・のはずが、朝になって(正午になって)しまうことがたびたびあったのです。そこで、弱い自分に喝を入れるためには、ベッドから遠く離れなければなりません。デニーズにたどり着き、「こんなにお金と時間を使ってしまったからには、仕事をせねば・・・・・・」と、罪悪感の極地へと自らを追い込むことによって、はじめて仕事がはかどるというわけです。

 本当は、コーヒーだけで何時間も粘りたいのですが、それではデニーズのお姉さん(教え子であることも多いのでコワイのですが)に失礼なので、気弱な私は、いつも何かもう一品頼んでしまいます。コーヒー一杯で何時間も居座ることのできる人を見ると、うらやましいばかりです。定番は、雑炊&コーヒーなのですが、たまに疲れていると誘惑に負け、「白玉あずき」を追加してしまうことも。ちなみに、なぜデニーズかといえば、私の家から「通える」範囲内の24時間営業のファミリーレストランが、福島にはデニーズ一軒しかないためです。他のレストランを無視しているわけではありませんよ。



3/8日版

 2月24日にOPENして以来、12日ぶりの更新です! もっと早く更新したいと思っていたのですが、日本各地を飛び回っており、久しぶりに今夜は自宅でゆっくりしています。昨日は、またかなりの雪が降りました。一昨日は、深夜1時前に思い立って車に乗り、目的もなく雪山を見に行きました。土湯温泉から箕輪スキー場を経て裏磐梯へと抜け、湖沼群の間を走り、真夜中の草原で車を止めてのんびりしてから、自宅には4時頃に戻って来ました。

 本日は、産経新聞社の記者が取材に来ました。4月初旬に、私の「生きがい論」シリーズを紹介する記事が載るそうです。(ボツ記事にならなければの話ですが・・・・・・)
 明日は、久しぶりに自宅でのんびりできる予定なので、今から楽しみでワクワクしています。とは言っても、仕事は山積みなので、「一日中自宅にこもってパソコンに向かう」というのが正確な表現なのですが・・・・・・



1999年2/24日版

 ついに、念願のホームページを公開いたしました。ご来場、どうもありがとうございます。

 何しろ、パソコンの専門家に相談したわけではなく、すべてゼロから(もちろん作成ソフトは使っていますが)自分で作っていますので、稚拙な内容でゴメンなさい。むしろ、その素人っぽさを、お楽しみいただけましたら幸いです。

 私の著書の読者は、「お買い上げくださった方々の数」+「人から借りてお読みくださったであろう方々の数」を考えると、おそらく、少なくとも日本で100万人以上はいらっしゃると推定できます。そのうち、パソコンが使用可能な方で、しかもインターネットを活用なさっている方は、どのくらいになるのでしょうか? 私の著書の読者層は、おそらく7割が女性で、しかも主婦が過半数を占めると思われますので、このホームページをのぞいてくださる方々は、意外に少ないのではないかという気もします。

 正直なところ、このホームページは、いつまで開いておけるかわかりません。私が元気で生きているうちは、数日から2週間くらいの間(平均1週間くらい)で、内容を更新する予定です。時々、のぞいてみてくださいね。


 生きているうちに、きっと、どこかでお会いしましょう!




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